03 失意の弟バッタ 


太陽が輝く青空の下、クラシックなスーツに身を包む赤毛の少年は寝転がっていた
歳は12歳に相当するつもりだったが、ドラマCDの発売によって急遽13歳に変更する。

「はぁ……」

誰も通る気配のない川辺に大の字になって寝転がっている少年――エリオ・モンディアルは溜め息をついている。
普段なら相棒――ストラーダが何か語りかけてくれるのかもしれないが、今あるのは矢車から貰った何も語らない金属質のブレスレットだ。

「僕がもう少し頑張れば良かったんだ……」

自分の未熟さを悔やむように呟く。
生計を立てる為にようやく見つけた蕎麦屋のアルバイト、代わりに働いた影山と剣によってクビになってしまった。
皿洗いを担当してた影山はこれでもかという位に皿を割ってクビになる。出前を担当した剣は出前先で配達主が代金を払わないまま店に戻るという行為を繰り返してクビとなった。
剣は『サービスにおいても頂点に立つ男の義務だ!』と激怒したがそんなの通用するわけがない。
そしてそんな二人を代理にしたエリオも何故か連鎖的にクビになってしまう。
それでも店長さんはせめてもの情けで三人分のバイト代をくれた、受け取ったエリオはもう涙を流した。



その晩、夜空の下で矢車は一人、仏頂面で手料理を作っている。
エリオと剣の二人と一緒にテントの中で待っている影山が言うには矢車の料理は絶品で、どんな材料を使っても美味しくなるらしい。
どんな料理が出てくるんだろうという期待、ちゃんとした料理なのだろうかという不安が五分五分でエリオの頭の中を駆け巡っていた。
そして矢車がテントの外から三人に声をかけてくる。

「出来たぞ」

焚き火の周りを囲むかのように4人は食事をとっている。
出された料理は天丼だった。主に野菜や海老を揚げ、丼飯の上に載せる丼物の一種として有名だ。
狐色の衣に包まれているのは海老に見える。天ぷらにはタレがかかっていて、食欲をそそるような湯気も漂う。
だがそれを見た途端、エリオの中である疑問が芽生える。いくらバイト代が入ったとはいえ自分たちに海老を買うほどの余裕なんてあるのだろうか。
ふと気が付くと、近くに川なんて無いはずなのに周辺にその匂いが漂っている。そして見覚えのない青いバケツが目に入った
エリオは矢車に尋ねる。


「あの、矢車さん」
「何だ?」
「これは一体何なんですか」
「天ぷらだ」

聞きたいのはそんなことではない。

「そうじゃなくて、何の」
「ザリガニだ」

一瞬でエリオの表情は凍り付き、無意識に箸を落としてしまう。

「え……ザリガニって……」

エリオは食器を置いて、恐る恐る隅に置いてあったバケツを覗き込む。川の匂いが漂うバケツの中には数匹のザリガニが蠢いていた。
その途端エリオの表情が青ざめ、害虫を握り潰したかのように全身に鳥肌が立ち、冷たい汗が流れるのを感じる。
いくら10歳という若さでガジェットとの死闘を乗り越えてきた彼でもこれは耐えられなかった。

「こんなもの食べさせないでください!」
「安心しろ、ちゃんとした川で釣ってきたし10分以上茹でた」
「そういう問題じゃなくて!」

涙目になりながら激怒するエリオと冷静に返答する矢車を尻目に影山と剣は箸を進める。
確かにザリガニは食べることができ、フランス料理では貴重な食材として使われ、ザリガニ料理を扱うレストランも存在する。
しかしここはミッドチルダ、そんな風習なんてないのかエリオからすればただ迷惑なだけだった。

「影山さんと神代さんはこんなの平気なんですか!?」
「何言ってるんだ、こんなに美味い飯久しぶりに食べたよ」
「じいやの味によく似ている、美味すぎる~」

恍惚の表情を浮かべながら食べる二人を見て、一気に食欲が減退した。いくら成長期で大食いの彼でもこんなのを食べる気にはなれないようだ
大食いといえばスバルとギンガのナカジマ姉妹を思い出すが、あの二人でもこれを出されたら激怒するだろう。
今更だが、エリオはこの三人がかなりの変人であると言うことを再認識する。


「これって兄貴がずっと前に読んだ漫画にあったレシピなんだよね」
「ああ、ある教師が生徒に振るった料理だ。漫画では化学工場のドブで釣ってきたのを使ってたが」

漫画を参考に料理を作ったのかこの人は
そしてそんなのを生徒に振る舞うなんて教師はどんな神経をしてるんだろう、PTAから苦情が来るはず。
エリオがそんな疑問を抱いていると、影山が顔を顰める。

「兄貴がせっかく作ったんだぞ、食えよ」

仕方がないので恐る恐る口に運ぶ、どうやら諦めるしかないようだ。
――あ、海老みたいで結構美味しいな。これならご飯数杯楽に食べれるかも
そう思った途端、一気に自分が情けなくなり涙が出そうになった。




数日後、人気のないトンネルの中で影山は一人、成虫体ワームが率いる3体のサリスワームの前に立っていた
唇を振るわせながら表情を歪め、その瞳には憎悪の光を宿らせている。
影山は忘れない、いや忘れられない。ワームがいたから人生が狂い、自分という存在が永遠の闇から抜け出せなくなったことを。
見るもの全てに嫌悪感を与える顔、ホタルを連想させる右手の発光球、発達した筋肉を持つリーダー格のワーム――ランピリスワームは影山の顔をじっと見つめる。
通常ならこのような異形の怪物に目を付けられたら逃げ出すかもしれないが、憎しみに支配された影山にはそんな行動を取ることなど出来なかった。

「影山瞬、ネイティブに成り下がり殺されたと聞いたが……?」
「うるさい! お前達ワームがいたから俺は……!」

ワームの一言に対し苛立ちが強くなった影山は大音量で喚くと、その声はトンネル内に響く。もう我慢の限界だった。
そして憤怒の感情が湧いてくる彼の元にそれはやって来る。
バッタのような形状を持ち、己の意思でもあるかのように跳躍移動する茶色の機械――ホッパーゼクターを影山は自らの手で掴み取った。

「変身!」
『Hensin』

ホッパーゼクターを腰に巻いたライダーベルトに装填すると、エコーの強い電子音と共にヒヒイロノカネが体を包む。


『Change Punch Hopper』

影山の肉体は目の前に立つ醜悪な異形とは別の異形に姿を変える。
三本角を持つ黄緑の仮面に白い両眼、胸部を守るホッパープレスト、両肩部のショルダーブレード、右腕の側面に装備されたアンカージャッキ
キックホッパーと共に地獄から蘇り、ワームと戦ったマスクドライダー――仮面ライダーパンチホッパーがそこに立っていた。
影山はパンチホッパーへと姿を変えるのと同時にワームの元へ走り出し、自らの拳を打ち出した――



同じ時刻、他の三人はどこかに出掛けた影山を捜しに道を歩いていた
しかし突然、剣は胸を押さえながら蹲ってしまう。

「うっ……!」
「神代さん?」

異変を察知したエリオは剣の元に駆け寄る。

「大丈夫ですか? テントで寝た方が……」
「何でもない、俺は大丈夫だ……」

そう言う剣の表情は苦痛で歪み、汗が滝のように流れる。
額からは物凄い熱が発せられるのでどう見ても正常とは思えない
徐々に剣の意思が遠のき、視線がぼやけていく。

「大丈夫な訳ないでしょう! こんなに汗が出て……」
「俺は我慢においても頂点に立つ男だ、この位なんて事無い……」

弟を心配させまいと剣は無理矢理安堵の表情を浮かべる。しかしエリオはこのままでは危険と察知し、その意思を無視して左肩に手を回す。
だが次の瞬間、その手を力任せに払われた。

「何でもないと言ってるだろう! この俺に楯突くな!」
「!?」

普段の剣からは想像出来ないくらいの怒号が辺りに響き、エリオは体をびくりと震わせる。
血のように目が赤く染まり、苦痛に歪んだ表情はやがて悪鬼に近いそれへと変貌し、今にも狂気で暴れ出しそうだ。
それを見たエリオは例えようのない恐怖を感じた。ほんの一瞬、目の前にいる剣が人間に見えなくなったくらいだ。
やがて剣は冷静さを取り戻し、ハッとなって表情が青ざめていく。


「すまない……モンディ・アール」
「いえ、そんなことより……」
「俺は本当に大丈夫だ、心配するな」

エリオの心配を遮るかのように安堵の表情を取り戻すが、顔色は悪いままだ。

「お願いですから休んで下さい、もしこれで体調を悪くしたら大変なことになりますから……」
「……わかった、君がそこまで言うなら休むことにしよう」

エリオの真摯な願いを受けとめたのか、剣は応じる。その肩を借り、居住地であるテントに戻った。


剣はテントの中で毛布を纏いながら壁に寄り添う。エリオは現在頭に乗せる為のタオルを濡らす為に外に出ている為、矢車が看取っている
しかし熱がまだ残っているのか体から流れる汗は止まることはなく、苦痛の表情を浮かべたままだ。
そんな中、矢車は何かを悟ったかのように剣の耳元で囁く。

「兄弟、お前はやっぱり……」
「そうだよ矢車兄さん、俺の中のあいつが暴れだそうとしている……」

矢車の言葉を遮るように剣が俯きがちに言う。
ミッドチルダに流れ着いたあの日、剣は矢車と影山に全てを明かした。自分が何者か、そして何をしてきたのか――
それでも二人は剣を再び受け入れ、行動を共にすることとなった。

「兄さん、頼みがあるんだ……」

熱で力の出ない剣は蚊の鳴くような声で矢車に言い放つ。

「もし俺が再びワームとなって暴れ出すようなことをしたら、迷わず俺を殺してくれ……」

悲しみで溢れていたその表情を見た矢車は、再び光を求めようとしたあの日を思い出す。
たった一人永遠の暗闇に堕ちた相棒と似ている――
そう感じた矢車の答えはただ一つだった。

「分かった、約束する」
「ありがとう……」

表情を変えないまま矢車は呟く
耳元で響くその声は剣に安心感を与え、微笑みの表情を浮かばせる。

「どうせ俺達は日なたの道を歩けない、生きてるって虚しいよな……」
「兄さん……」

「ライダージャンプ!」
『Rider Jump』

一人ワームとの戦いを繰り広げているパンチホッパーはホッパーゼクターの脚部、ゼクターレバーをタイフーンを基点に動かす。
電子音が発せられると同時に、パンチホッパーは両足に流れる力を集中させ、空高く跳躍する。

「ライダーパンチ!」
『Rider Punch』

空中で左手を使い、レバーを元の位置に戻す。
ホッパーゼクターから力の源であるタキオン粒子が全身を巡る血液の流れ、神経の動きと同調し、右腕を中心に流れていく。
そして右腕を真っ直ぐに突き出し、必殺の拳――ライダーパンチをランピリスワームに叩き込んだ。
強烈な一撃を浴びたワームは勢いよく背後へ吹き飛び、背後のサリスワーム達に激突すると同時に、緑色の炎へと爆発していった。
ワームとの戦いに勝利し、役目を終えたホッパーゼクターはベルトから離れどこかに去っていく。同時にアーマーの材料であるヒヒイロカネは分解消滅し、影山はパンチホッパーではなくなり、姿を現した。



影山は一人、公園のベンチで俯きながら悲嘆する。その様子は端から見ればただの変人だった。
一年前のあの日、ワームとの戦いの末全てを失ったあの日を忘れない。
矢車と共に白夜の世界を求めて旅に出ようとしたが、自分一人『抜け出すことの出来ない永遠の暗闇』を知ってしまう。
それはかつて矢車を裏切った報い、あるいは光を求めたが故のしっぺ返しなのかは分からない。
だが、影山はもう二度と光を手にすることは出来なくなった。

「俺は……あいつらの仲間なのか……」

先程戦ったワームを思い出し、自分の本当の姿を思い浮かべる。
昆虫のサナギを連想させる緑の醜悪な肉体、頭からは大きな角、腕には長く、鋭く尖る爪。
それを思い出した影山は涙が流れそうになった。

「どうしたの?」

俯いていると、妙に柔らかい声が聞こえる。


「大丈夫? 何処か痛いの?」

顔を上げると学生服と思われる服に身を包んだ幼い少女が怪訝な表情で自分の見つめている
9歳に見える年齢に比例するように身長は影山より遙かに低く、表情からは一切の汚れを感じさせない。
影山はそのツインテールの少女――高町ヴィヴィオと目線が合った。

「俺はもう、起きあがれないんだ。永遠の暗闇を知ってしまったから……」

影山が再び俯きそうになりながらそう言うと、ヴィヴィオが満面の笑みを浮かべながら彼の肩に手をかける。

「痛いの痛いの~飛んでけ~」

突然のことに動揺する影山を尻目にヴィヴィオは肩をさすり、右手を空に向かって真っ直ぐに伸ばす。

「それは一体……?」
「元気になれるおまじない」

ヴィヴィオは屈託のない笑顔で影山に答える。

「ママと約束したの、転んでも一人で起きあがれるようになるって。だから、おじちゃんも一人で起きあがれるように頑張って」

それは端から見れば大の大人が小学生に励まされているという情けない様子で、普通の大人ならば恥ずかしくなってしまうだろう。
しかし影山にとってザビーに選ばれる前、矢車へ絶対の信頼を寄せシャドウの一隊員として戦っていた自分を見ていたみたいで輝きを感じた。

「じゃあね~」

やがてヴィヴィオはその笑顔を保ったまま、影山に頭を下げその場を去っていった。


事件を終え、ひとときの平穏を取り戻したミッドチルダ首都、クラナガン
夜の闇を切り裂いていくかのように蜂の外見を持つ『それ』は己の意志を持つかのように流星の如く飛翔し、待ち続ける
組織にとって用済みとなり見捨てられ絶望した『それ』は時空の歪みに乗り、このミッドチルダを彷徨い続けていた。


再臨の時は近い――


03 終わり


次回予告

影山「俺達は所詮、兄貴の光を遮ってるだけなんだ……」
キャロ「ティアさん、フェイトさん、私はエリオ君に酷いことを……」
エリオ「僕がやるべき事は……! 変身!」

『Change Wasp』

天の道を行き、総てを司る




特報

お父さん、ギン姉、マッハキャリバー、なのはさん、ティア
みなさんお元気ですか。
何でこうなったのかは分かりませんが、あたしは今ミッドチルダから遠く離れた別の世界でちょっと変わった毎日を過ごしています。
そして、それはある男の人との出会いから始まりました。
『天の道を行き、総てを司る男』って自称するとっても自分勝手で変だけど、とっても強く、とっても優しいあの人との出会いから……



「お婆ちゃんが言っていた。俺は天の道を行き、総てを司る男」

太陽の下、人差し指を天に指す

「天道 総司」




仮面ライダーカブト レボリューション 序章

近日公開

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最終更新:2008年08月25日 21:44