「ディバイン――」

 その時、荒涼とした大地に凛とした声が響き渡った――ような気がした。

『本日は、クラナガン発特急206号線にご乗車頂き、誠にありがとうございます』

 まるで押し寿司のように隙間なく乗客の詰め込まれたリニアレール車両内に、アナウンスの平坦な声が浸透していく。
 停車予定に無い駅で突如停車し、その後一向に動き出す気配の無い列車に業を煮やし始めていた乗客達は、一字一句聞き洩らすまいとするかのようにアナウンスに集中する。

『只今前方の山岳貨物線にトラブルが発生しており、その影響により当列車も現在運行を見合わせております。
 現場では現在時空管理局職員が全力で問題解決に当たっており、状況が改善し次第当列車も運行を再開致しますので、今暫くお待ち下さい。
 お急ぎのお客様には大変ご迷惑をお掛けしますが、ご理解とご協力をお願い致します』

 アナウンスの言葉は半時間前に告げられたものと一字一句だった、同じ内容の放送を既に三回以上も繰り返し聞かされている乗客達の顔に落胆の色が浮かぶ。
 この何も無い辺境の駅に押し留められてから二時間が経とうとしている、一体いつになったら走り出すのか……乗客達の不満は限界に達しようとしていた。
 不穏で剣呑な空気が列車中に蔓延し、子供は泣き叫び、堪え性の無い大人は露骨に愚痴を零し、そして比較的分別のある者も苛立ったように眉間にしわを寄せている。

「一体いつまで待たせるつもりなんだ」
「ママー、電車いつになったら動くのー?」
「管理局なんだからさっさと仕事しなさいよ。損をするのはいつも私達市民なんだから」
「他の世界にばかり力を入れて、俺達地元はいつも後回しだ。これだから管理局は……!」

 足止めされて苛立つ乗客達が好き勝手に不平不満を口にしているその頃、話題の「全力で問題解決中の現場の管理局職員」達は――、

「ラケェェェテン、ハンマァァァァーーーッ!!」

 ――戦っていた。

「紫電、一閃ッ!」

 ――闘っていた。

 真紅のドレスを纏う少女、ヴィータの鉄槌が敵を叩き潰し、紫色の甲冑に身を包む女性、シグナムの長剣が敵を斬り捨てる。
 空は泣いていた、空は哭いていた。
 撒き散らされる無数の破片が涙のように地上に降り注ぎ、両断された敵の断末魔の爆発が慟哭のように大気を震わせる。
 群れをなして蒼穹に蠢く機械仕掛けの怪鳥、AMFの鎧を纏い質量兵器で武装した魔導師にとっての最悪の敵――ガジェット・ドローンⅡ型。
 しかし悠久の時を越え数多の戦場を駆け抜けた歴戦の戦士達の猛攻の前には、そのような〝子供騙し〟など足止め程度の意味も為さなかった。
 爆発音が怒号のように山間に轟き、吹き荒ぶ灼熱の風が空を紅蓮色に染め上げる中、二人の騎士は戦場を翔け抜ける。

 そして――、

「――バスター!!」

 ――怒号と共に撃ち放たれた桜色の閃光が、ガジェットⅡ型の群れを纏めて呑み込んだ。
 空を突ら抜く破壊的な光の奔流、砲撃魔法ディバインバスターに撃ち抜かれたガジェットⅡ型は、爆発することすらも許されずに一瞬で蒸発消滅していく。
 出力制限の鎖に繋がれようと、管理局の誇るエースオブエース、高町なのはの砲撃は一撃必殺――その看板を誇示するかのように、白い魔女は圧倒的な力と共に戦場に君臨する。

 スバル達がリニアレール奪還に奮戦しているその頃、なのは達隊長勢もまた、空の上で戦っていた。



 だん――激烈な踏み込みにリニアレールの車両が大きく震撼した。
 弾丸のように床を疾駆するスバルに槍を携えたエリオが追走し、車両の奥に鎮座する巨大な球体――ガジェットⅢ型を目指して真っすぐに突進する。
 魔法による攻撃や身体強化を無効化されているとはいえ、スバルもエリオも、生身での戦闘に関してもかなりの「性能」を自負していた。
〝戦うために生まれた〟生命……それが戦闘機人、それが人造魔導師。
 破壊の意思を秘めた鋼の拳と刃金の切っ先は、あらゆる魔力結合を打ち消すAMFの結界に囚われても尚、必殺の看板を下ろすことなく己の道を突き進む。。
 ローラーブーツのサスペンションを軋ませ、籠手に覆われた右腕を振り上げながら、スバルが大きく跳躍した。
 敵の頭上から拳を繰り出すスバルに合わせるように、エリオも捻りを加えながら槍を突き出す。

「「ストライクドライバー!!」」

 空中から放たれるスバルの打撃と、地上から撃ち込まれるエリオの刺突が、怒号と共にガジェットⅢ型の巨体に叩き込まれる――が、

「痛っ……何これ、硬っ!?」
「駄目だ……穂先の先っちょすらも通っていない!」

 二人の渾身の一撃を受けながら、ガジェットⅢ型は全くの無傷だった。
 何という面の皮の厚さ……出鱈目とも言える敵の重装甲にスバルが瞠目しエリオが歯噛みする中、ガジェットⅢ型が独楽のようにその場で回転を始める。
 まわる、回る、周る、廻る……高速かつ無秩序に乱回転することで更に硬度を上げたガジェットⅢ型の装甲が、まるで反発する磁石のようにスバルとエリオを弾き飛ばす。

(二人とも、危ないからちょっと離れてなさい!)

 踏鞴を踏みながらも体勢を立て直すスバル達の頭の中に、ティアナの声が響き渡る。
 反射的にガジェットⅢ型から二人が飛び退いた、その刹那、

「ヴァリアブル・ファントムブレイザー!!」

 まるで巨大な杭が打ち込まれるかのように、橙色の光の奔流が車両の屋根を突き破り、ガジェットⅢ型の背中を直撃する。

「ティア!!」
「ティアナさん!?」

 屋根に穿たれた大穴の向こうに見知った人影を確認し、スバルとエリオがその名を叫ぶ。

 多重弾殻砲撃――ティアナは対ガジェットⅠ型戦の際に自身が発見したAMF攻略法を、今度は砲撃魔法に応用した。
 二挺拳銃型という己のデバイスの特性を生かし、片方で砲撃魔法の術式を構成しながら、同時にもう片方で弾殻を生成。
 更に弾丸全体を殻で覆うのではなく帯のようなもので包み込むように外殻を形成することで、砲撃という〝どこまでものび続ける弾丸〟への応用を可能にしたのだ。
 外殻維持に魔力を割かれる分威力は落ちるが、砲撃はAMFの結界を貫き、その中心に護られた目標へ確実に届く。

 しかし代償が無い訳ではない……ハッキングという用途外の運用に加え多重弾殻砲撃という無茶を強行した結果、クロスミラージュの演算回路は限界に達していた。

《Circuit overloaded. System down》
「お疲れ様、クロスミラージュ。ゆっくり休んでて」

 力尽きたように沈黙するデバイスに労いの声を掛け、ティアナは屋根の残骸とガジェットⅢ型の転がる床の上へと降り立った。
 車両を覆うAMFの結界は消滅し、瓦礫に埋もれたガジェットⅢ型は一向に動き出す気配は無い。

「ティア凄い! 今のは本当に必殺技っぽかった!!」
「流石です、ティアナさん!」

 自分達の苦戦した強敵をあっさりと沈黙させたティアナの手腕に、スバルとエリオが惜しみない喝采を送る。
 ただでさえAAランク指定の多重弾殻射撃、それを――射撃と同系統の砲撃魔法とはいえ――「別の魔法」に応用しようとすれば、当然ながら難易度は急激に跳ね上がる。
 その超弩級高等魔法をBランクに昇格したばかりのティアナが平然と使いこなしているという異常に、気付いた者はこの時誰一人としていなかった。

 その時、床に力なく垂れるガジェットⅢ型の触手が、冬眠から目覚めた蛇のように不気味に動き始めた。
 逆三角形に並んだガジェットⅢ型の三つ目――光線の発射口も兼ねたセンサーレンズに、鬼火のような光が淡く灯る。

「皆さん! まだ終わってません!!」

 逸早く異常に気付いたキャロが警告の声を発した瞬間、ガジェットⅢ型が動き出した。
 光が集う、光が集う、光が集う……ガジェットⅢ型の三つ目の光に吸い寄せられるかのように、魔力の光が螺旋を描いて集束していく。
 水色の光が、薄桃色の光が、橙色の光が――エリオとキャロ、そしてティアナの魔法の残滓もまた、集束する魔力の渦の中に引き込まれていく。

「まさか……集束砲!?」

 青ざめた顔で呟くティアナの言葉に、スバル達の表情が愕然と凍りついた。
 大気中に拡散した使用済みの魔力を再度実戦レベルで集束させるには、Sランク以上の技術を必要とする。
 その超高等魔法を機械が平然と駆使するなど……出鱈目にも程がある!

 ガジェットⅢ型の眼前に集束する光は次第にその輝きを増し、そして次の瞬間、荒れ狂う光の奔流がスバル達へと解き放たれた。
 迫り来る破壊の光に、デバイスを失ったティアナの前にはスバルが、魔力切れとなったエリオの前にはキャロが盾のようにそれぞれ立ち塞がり、バリア系の防御魔法を発動する。
 展開された青と薄桃色の魔力の壁がガジェットⅢ型の砲撃を受け止め……きれない!?
 濁流のように容赦なく押し寄せる魔力の奔流の前に二枚の防御陣は悲鳴のような音を立ててひび割れ、生じた亀裂は蜘蛛の巣が広がるように防御陣全体を侵食していく。

 刹那、崩壊を始める二枚の防御陣を更に護るかのように、橙色の魔力光を纏う防御陣が出現した。
 いつの間にかスバルとキャロの背中にティアナが仁王立ちし、二人の隙間を潜るように右腕をのばしている。
 突き出されたティアナの右手には、クロスミラージュの二挺拳銃とは異なる〝第三の銃〟が握られていた。
 アンカーガン――クロスミラージュを支給される以前、つまりつい数時間前までティアナが愛用していた、自作の拳銃型デバイスである。

「備えあれば憂いなし……ってね!」

 ティアナの怒号と共に橙色の防御陣が眩い魔力光を放つ、同時にスバルとキャロも己の防御陣に渾身の魔力を注ぎ込んだ。
 三枚の魔力陣はガジェットⅢ型の砲撃と真正面から拮抗し、そして光の奔流の消滅と共に弾けるように消滅した。
 安堵の表情で息を吐くスバル達三人の傍を、赤い影が疾風のように駆け抜ける。
 自身の身長を超える蒼い大型の槍を両手で握り、ガジェットⅢ型へと一直線に突き進む小柄な影――エリオだ。

 AMFの結界の消えた今ならば、自分達魔導師は魔法が使える。
 自身の魔力こそ使い切ってしまったが、自分にはまだカートリッジが残っている。
 なのはは言っていた……どんな魔法にも長所と短所が存在し、「万能無敵の切り札」などあり得ないと。
 フェイトが教えてくれた……砲撃魔法は絶大な威力を誇る反面、充填時と砲撃直後は致命的な隙を生むと!

「エリオ君!」

 三人の中でただ一人、エリオの意図に気付いたキャロがバリアジャケットを脱ぎ捨て愛しい人へと投げ渡した。
 キャロ自身には戦う力はない、誰かに力を託し与えることしか出来ない。
 逆に言えば、キャロには力がある……魔法に己の思いを託し、戦う者に力を与え、大切な人を守り助ける為の力が。
 故にキャロはエリオに託す、力を、思いを、自分の全てを戦う者に捧げる!

「ツインブースト! スラッシュアンドストライク!!」

 キャロの祝詞が車両内に響く中、受け取ったバリアジャケットをマントのように肩に羽織り、エリオはカートリッジをロードした。
 デバイスの刃の根元がスライドし、空薬莢が三本同時に吐き出される。
 ストラーダの魔導回路内を奔り回る膨大な魔力を、エリオは〝デバイスから体内へ〟取り込んだ。
 普段魔法を発動する時、体内からデバイスへ魔力を流し込むプロセスの、ちょうど逆の要領で。

 骨が軋む、肉が切り裂かれる、臓物が沸騰する、神経が焼き切れる……無理矢理取り込んだ異質な魔力が、エリオの身体を内側から蹂躙する。

「シュタール――」

 体内を無秩序に暴れ狂う魔力に身体が拒絶反応を起こす中、エリオは己に鞭打ち高速機動魔法を発動、一瞬でガジェットⅢ型の眼前まで移動する。

「――メッサー!!」

 迸る電光を穂先に纏い獣のように唸る愛槍を、エリオが咆哮と共に敵へ突き出したその時、まるで大口を開けるかのようにガジェットⅢ型の前面装甲が大きく展開した。
 大きく口を開けたガジェットⅢ型の中から、太い円筒状の何かが舌のように迫り出す。

 ――ミサイル!

 エリオが戦慄に目を見開いたその時には、ミサイルは多量の噴射煙と共にガジェットⅢ型の口内から吐き出されていた。
 高速で撃ち出された金属とセラミックと爆薬の塊が突き刺さるように鳩尾を直撃し、鼓膜を突き破るような轟音と紅蓮の炎が零距離からエリオを襲う。

「う、わぁああっ!?」

 キャロのバリアジャケットに護られ、エリオ自身にダメージは無い……が、爆発の衝撃で吹き飛ばされた小さな身体は壁を突き破り、エリオは車両の外へと投げ出された。

「エリオ君!?」

 中空に投げ出されるエリオの姿に、キャロが短く悲鳴を上げる。
 エリオを追うように壁の大穴へと走るキャロの傍を、白い影が追い抜いた――スバルだ。
 マッハキャリバーのアクセルを全開に傾け、加速した勢いをそのままに大穴の向こうへと躊躇なくダイブ。
 まるでカタパルトから射出されたかのように勢い良く空中に飛び出したスバルの鋼の右手が、落下を始めるエリオの手首を掴まえた。
 手首のタービンが唸りを上げて高速回転し、エリオの身体を螺旋の風が包み込む。

「エリオ……ちょっと歯ぁ喰い縛ってて!」

 言いながらスバルはエリオを握る右腕を大きく振り被り、

「リボルバーシュート!!」

 怒号と共に右腕に渦巻く魔力の風を〝エリオごと〟撃ち出した。
 衝撃波に吹き飛ばされたエリオの身体が――床に強かに全身を打ちつけながら――車両内に帰還する……が、逆にスバルの身体は反動でリニアレールから遠く突き放される。
 何の足場も無い空の上では、当然リニアレールまでの道も無い。

 だが、問題ない……道が無ければ作れば良い、その為の魔法が自分にはある。

「ウィングロード!!」

 スバルの怒号が谷間に木霊し、足元に展開された魔方陣から光の道が列車へとのびる。
 届け……ローラーブーツを全力で噴かし、矢のように突き進むウィングロードの上を疾走しながら、スバルは祈るように呟いた。
 自分はまだ何も出来ていない、自分の拳はまだ天に届いてすらいない。

「届けええええええええええっ!!」

 スバルの絶叫に応えるように、ウィングロードは更に加速し――次の瞬間、まるで風船が割れるかのように、突如音を立てて弾け散った。

 AMF……スバルの――そして車両内からスバルを見守っていた全員の――瞳が絶望に凍りついた。
 おちる、落ちる、墜ちる、堕ちる……翼を失った剥き出しの肢体を重力の鎖に絡め捕られ、スバルは暗い闇の底へとゆっくりと堕ちていく。

 自分の掌はもう何も掴めないのか、自分の拳はもうどこにも届かないのか?
 足掻くように空へとのばされた右腕は空しく空を切り、縋るように口に出た問いに答える者は誰もいない。

 しかし、次の瞬間――まるで虚空を貫くように白い閃光がティアナ達の目の前を垂直に駆け抜け、、

「ううん、ちゃんと届いてたよ」

 ――青いグローブに包まれた暖かい左手が、スバルの右手首をしっかりと掴まえていた。

 ギシリ……と金属の軋むような音が、スバルの頭上で小さく響く。

 糸が垂れていた。
 刃物とワイヤーを繋ぎ合せたような奇妙で物騒な糸が、スバルの目の前に垂れ下がっていた。
 見覚えがある……連結刃形態に可変する、ライトニング隊副隊長シグナムの長剣型デバイス、これはその刀身だ。

 血が滴っていた。
 スバルの手首を掴む掌とは反対の腕、ゆらゆらと振り子のように揺れる連結刃の「命綱」を握る右手から、血の滴が青いグローブを赤く染めながら止めなく滴り落ちていた。

 そして血に染まる右腕と、スバルを掴まえる左腕の繋がる先には――、

「遅くなってごめんね、助けに来たよ」

 そう言ってスバルに笑いかける、憧れのエースの顔があった。

 連結刃の「命綱」の続く先――リニアレールの屋根の上で、足を踏ん張る二つの人影がある。
 シグナムとヴィータ――二人の前線部隊副隊長が、魔法を封じられたAMFの結界の中、己の腕力と体力を総動員してなのは達二人の体重を支えていた。

「往けるか、ヴィータ」
「応よ、シグナム!!」

 シグナムの音頭にヴィータが応え、二人の騎士は「命綱の柄」を握る両手に力を込める。

「「でぇえりゃああああああああああああああああああああああっ!!」」

 雄々しい咆哮を轟かせながら、シグナムとヴィータは長剣の柄を思い切り振り上げた。
 崖下のなのは達がまるで釣り上げられた魚のようにシグナム達の眼前まで引っ張り上げられ……勢い治まらず、二人の頭上を越えて空中高くに投げ飛ばされる。

「レイジングハート、セットアップ!」

 連結刃を手放した右掌の中に、なのはは己の相棒を顕現させる。
 血塗れの右手に握られる魔導師杖型デバイス、双頭槍の穂先にも似たその黄金色の頭部の先端に、桜色の魔力光が集束する。

「ディバインバスター!」

 抜き撃ちで放たれたなのはの砲撃が、AMFの結界を突ら抜きながら眼下のガジェットⅢ型を直撃する……が、

「そんな……なのはさんの砲撃でも全然効いてない」

 天空を穿つ破壊的な光の奔流を平然と受け止めるガジェットⅢ型、その異常な耐久力にスバルが愕然とした表情で呻き声を上げる。
 しかしなのはは涼しい顔で眼下の敵を一瞥し、そしてスバルへと視線を向けた。

「征って、スバル」

 唐突に紡がれたなのはの言葉。
 短くも絶対的な信頼の籠められたその科白を耳にした瞬間、スバルは反射的に理解した。
 なのはは敵を倒す為に撃ったのではない。
 天地を繋ぐこの砲撃の光は、敵と自分を繋ぐ「道」……戦場に舞い戻る自分の為になのはが用意した最高級の「花道」なのだ。

 なのはの左手に掴まえられていた右手首が解放され、偽りの無重力が身を包み込む。
 スバルはなのはを見た。
 連結刃を命綱代わりにしたリカバリーなどという荒技をやらかした破天荒な師匠は、相変わらず不安の二文字とは無縁な笑顔で自分を見つめている。
 完全に自分を信じてくれている……なのはの思いに気付いた瞬間、スバルの中の不安や絶望、そういった「後ろ向きな考え」は消え去った。

 自分はなのはを信じている、自分を信じるなのはを信じている。
 だから自分を信じられる、なのはの信じる自分を信じられる。
 恐れるものなど、何も無い。

「征ってきます」

 なのはの笑顔に短く応え、スバルは砲撃の「道」を駆け下りた。
 余計な言葉など必要ない……この「道」の真下にいる敵を全力で叩き潰す、それがなのはの信頼に応える唯一にして絶対の道だと知っているから。

 ――IS発動、振動破砕!

 スバルの瞳が金色に変わり、魔法・螺旋力に続く第三の力――「兵器」として〝組み込まれた〟破壊の力が解き放たれる。

「振動拳!!」

 怒号と共に振り抜かれたスバルの拳と、高速回転するガジェットⅢ型の装甲が激突し、火花を散らして激しくせめぎ合う。
 一瞬の拮抗の後、スバルの身体がティアナ達の元へと弾き飛ばされた。

「「「スバル*1!!」」」

 駆け寄ろうとするティアナ達三人を片手で制し、スバルは目の前の敵を油断なく睨みつける。
 時を同じくして、ガジェットⅢ型もまた回転を止めていた。
 すり鉢状に陥没したガジェットⅢ型の頭頂部、その中央にはスバルの拳の跡がくっきりと刻まれている。

 ガジェットⅢ型の前面に再び魔力の粒子が集い始める。
 水色と桜色、そして僅かな青色の光が渦を描いて回り、巡り、そして少しずつその輝きを増していく。
 集束砲が来る……徐々に巨大化する色鮮やかな魔力光の塊を前に、スバルは懐に右手を突っ込んだ。
 アンダーウェアの下から引き出した掌には、細いチェーンに繋がれた金色のペンダント――コアドリルが握られている。

 まるで花開くかのように魔力塊が弾け、破壊的な光の奔流が撃ち放たれる。
 同時にスバルもローラーブーツを全力で噴かし、ガジェットⅢ型へ突進を開始していた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 咆哮と共に振り抜かれたスバルの拳と、ガジェットⅢ型の砲撃が激突する。
 力は互角……押し迫る砲撃の壁と、それを打ち砕くべく捻じ込まれるスバルの拳は完全に拮抗し、一進一退の膠着状態を保ちながら車両中央で静止している。

 否……金色の瞳に覚悟の焔を灯しながら、スバルは拳に更に力を込めた。
 右手に握るコアドリルが、光を放ちながらゆっくりと回り始める。
 思い出せスバル、自分を誰だと思っている。
 自分の拳は天を突く拳だ、如何なる壁が立ち塞がろうとも打ち砕くのが自分の拳だ。
 この程度の砲撃など、この程度の壁など、自分の拳の敵ではない!

 回転するコアドリルの先端が光の壁を削り崩し、その度にスバルの身体は前に進む。
 一歩ずつ、ゆっくりとだが確実に砲撃の壁を掘り進み、そして遂に、スバルは敵の眼前まで辿り着いた。

「コアドリルインパクト!!」

 狼狽したように三つ目を明滅させるガジェットⅢ型の鼻面に、スバルは渾身の力を込めてコアドリルを握る右拳を叩き込んだ。

「スピン……オン!!」

 怒号と共に捻り込まれるコアドリルを通じて、螺旋力の奔流が敵の体内に流し込まれる。
 ガジェットⅢ型の球体が一瞬風船のように膨張し、まるでザクロの実が弾けるように爆破四散した。

「あたしを誰だと思っている!!」

 身を焙る灼熱の風に額の鉢巻を遊ばせながら、スバルは雄々しく啖呵を切った。

 残存敵戦力ゼロ、自軍の被害軽微――山岳リニアレール奪還任務、ミッションコンプリート。



天元突破リリカルなのはSpiral
 第10.5話「初めて会っていきなりだけど、一緒に頑張ろうね」(了)

 追加報告――、

 ムガンが――そして恐らくガジェットも――狙っていたと推測される積荷、9と刻印されたレリックケースは、スターズ隊二人の素通りした第七車両でその後無事回収された。
 結果だけに着目すれば、スバル達新人前線部隊の初任務は大成功だと言えるだろう……が、しかしそれまでの「過程」には、些かどころかかなりの問題を孕んでいた。

 曰く、使用法不適切で新品のデバイスを早速壊した。

 曰く、調子に乗って車両一つを消し炭に変えた。

 曰く、頭に血が昇り結果魔力切れになった。

 そして曰く……何も考えずにただ暴れ回った。

 そんな部下達の不始末を本来叱責するべき立場にいる筈のなのはは、その頃……、

「なのは! 手前ぇまだその突撃癖抜けてなかったのかよ!?」
「レヴァンティンを命綱代わりに使うなど……貴様一体私のデバイスを何だと思っている!?」

 烈火の如く怒り狂う副隊長二人による、雷の嵐に晒されていた。

「あうぅ……ご、ごめんなさい! ヴィータちゃん、シグナムさん!!」

 半泣きの表情を浮かべて必死に二人に謝るなのはの後姿からは、エースオブエースの威厳など微塵も感じられなかったことは言うまでもない。

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最終更新:2008年09月03日 10:07

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