同日、海鳴市内オフィス街―――06:48 p.m.

「――で、つまりそのクワガタには逃げられてもうたん?」
「うん……悔しいけど、まさかなのはの砲撃が効かないなんて……」

作戦失敗から数分後、フェイトとなのはは既にバリアジャケットを解除し、アスファルトへと降りていた。
二人が浮かない表情で、現在の状況を説明する相手は、同じ年頃の、関西弁の少女。
それから、それに付き従う金髪の女性――八神はやてと、その騎士シャマルだ。

「でも、なのはちゃん達が無事で良かったわ。
 買い物帰りに歩いてたら、突然ここで結界が張られて、本当に何事かと思ったわ」
「にゃはは……心配掛けちゃって、ごめんね」

現状はシャマルが説明したとおり。
どうやら八神はやてとシャマルの二人は、夕飯の食材を揃える為にスーパーへと買い物に出かけていたらしい。
買い物自体はすぐに済ませたのだが、スーパーからの帰宅途中、シャマルがこの近くで何者かの結界を察知したという。
一応はやても魔法の関係者である以上、それを見過ごすわけにも行かず、様子見がてらここに立ち寄ったのだという。
ちなみにはやてはシャマル以上に元気にダッシュしていたらしい。
足の調子は順調だ。

「でもそんなんやったら、変に気遣わずに私らも呼んでくれたら良かったのに……」
「うーん……だってまさか、あのクワガタムシがあんなに堅いなんて思わなかったから」
「うん……それに、凄く強引だったね。なのはの砲撃の中で無理やり進んだり、結界を力づくで突破しようとしたり」

なのはに続いて、フェイトが真剣な表情で語る。
特にフェイトは、なのはの砲撃の威力を痛いほど良く知っている。
それ故に、まさかあの未確認飛行体が無傷で済むとは思わなかったのだろう。
一方ではやてはというと、身をもってなのはの砲撃を受けたことがある訳ではない為に、
フェイトほど切実になのはの恐ろしさを知っている訳ではない。が、なのはの砲撃魔法が自分と並ぶほどに強力だという事は良く知っていた。
それ故に未確認飛行体の防御力の高さが異常なほど高いのだろうという事は想像に難くは無かった。
そんな事を一同が考えていると、なのは達の背後にゆっくりとクロノが着地した。

「どうやらあの未確認飛行体、何かの装甲に包まれてるみたいだったけど……
 もしかしたら魔法じゃダメージは与えられない素材なのかも知れないな」
「え、えぇぇぇぇ……!? そんなの、どうやって相手にすればいいの!?」
「……それはまだ解らないけど。それよりなのは、フェイト……
 君たちはあの未確認飛行体に一度でも攻撃されたかい?」

クロノの質問に、なのはとフェイトは顔を見合わせる。
そういえば忘れていたが、あの飛行体は自分達に一切の攻撃を加えてはこなかった。
あれはあくまで任務であって、自分達はあの飛行体に敵意があって攻撃を仕掛けていた訳ではない。
とは言え、それを考えると一方的な攻撃、という点にだけは少しだけ罪悪感を感じない事もない。
なのはとフェイトの二人は、クロノの質問に首を振ってこたえた。

「そうか。じゃあ多分、あれは現時点では誰かに危害を加えるつもりはないんだろう」
「それよりも、どちらかというと……何処かに向かおうとしていた?」
「まぁ……その可能性はあり得ない話じゃないな」

フェイトの言葉に答えながら、クロノは目の前に空間モニターを展開させた。
モニターに映った相手は、アースラでオペレーターとして勤めているエイミィだ。
クロノはエイミィに、引き続き未確認飛行体の進路を付き止めるように依頼。
エイミィは快くそれを了解し、通信を切断。恐らく捕捉にそれ程の時間はかからないだろうとのこと。
では飛行体を補足した後の事も含めて、これからどうしようかと、クロノが思考を巡らせようとするが。

「まぁでも、ここまで話を聞いたからには私らも参加せぇへん訳には行かへんなぁ」
「そうですね、私達になんの活躍の場も設けられないまま作戦失敗なんて……流石にね」

クロノに考える隙を与えず、買い物袋片手に意気込むはやて。シャマルもまた、微笑みを浮かべている。
どうやらこの二人的には、日常生活に支障が出ないようにと気を遣って貰った事には感謝したいが、
それでも自分たちだけが作戦行動に収集されなかった事に関しては少々不満らしい。
なのはとフェイトは、こうなったらもう仕方ないとばかりに、はやてと笑みを交わす。
今度こそ、あのクワガタを捕まえる。一同はそう、固く心に誓ったのであった。


EPISODE.03 邂逅


平成13年1月30日―――平成16年4月8日
その日から五代雄介の、時空を超えた冒険が始まった。
三年間という短くも長い時間を飛び越え、さらには並行世界の壁すらも飛び越えて。

0号との決戦後、五代が目を覚ました時。そこは既に五代の知っている時代ではなかった。
しかしそれは、五代が生活していた世界と限り無く似た特徴を持った世界。
それ故に五代は、その事実にはまだ気付いてはいない。
ただ一つ、五代が現時点までに気付いたのは、時間を超えたということだけ。
まさか並行世界の壁までも超えてしまったとは、思いもよらなかっただろう。


同日、東京都文京区某所、ポレポレ前―――07:34 p.m.
使い慣れた駐車場に、五代はビートチェイサーを停車させ、ヘルメットを外す。
本日昼ごろ、国道沿いに進み続けた五代は、ようやく自分が居た海鳴市という街の所在地を把握した。
海があり、都会に近く、周囲の人間が使う言語は方言では無く標準語。
それらのヒントから、恐らくは関東地方の海沿いの県なのではと考えていた。
結果、五代の推理は間違っては居なかった。どうやらこの街は神奈川県に存在する街の一つらしかった。
一つ引っかかるのは、五代の記憶の中、神奈川県内に「海鳴市」などという名前の街は存在しなかった筈であるが―――
しかし実際にこの街は存在していた。それは、この世界が五代が生活していた世界とは
別の世界だという事を裏付ける決定的な証拠となるのだが、今の五代はまだその考えには至ってはいない。
故に、自分が今までこの街に来ることが無かったために、すっかり忘れていた街なのだろうと判断した。
海鳴市についてはそれ以上考えても仕方がないと判断した五代は、それ以上の思考を止め、真っ直ぐに東京へと向かうことに。
少なくとも東京に入ってからは、何ら不自然な事も無く、全てが五代の見知った道であった。
それ故に迷う事もなく、真っ直ぐに自宅であるポレポレへと向い、現在に至る。
五代は見慣れた喫茶店のドアを開けると、顔からゆっくりと店内へと進入していく。
いつも通りならばここにはおやっさんが居て、アルバイトの朝日奈奈々が居るはずであるが―――

「いらっしゃいませー」
「……あれ?」

五代を迎えたのは、見知らぬ女性。
予想外の歓迎の仕方に、五代はその動きを止めた。
店内にいるのは、エプロンを掛けて、客に料理を出していた女性と、キッチンで料理を作る若い男性が一人。
しかしそれはおやっさんでもなければ、アルバイトの奈々でもない。
こんな人達とは会った事もなければ、勿論知る筈もなく。

「あの~……おやっさんは……?」
「はい?」

店内へと進み、恐る恐る訪ねた五代に、キッチンの中にいた男が答えた。

「いや、おやっさん~……は今留守ですかね? 飾玉三郎って人は……」
「いやぁ~……そんな人は知りませんけど……人違いじゃないですか?」
「あ、あれぇ~……そんな筈ないですよ! ここってポレポレ……ですよね?」
「いえ、違いますよ」

言われた途端、五代は店から飛び出していた。
すぐに看板の前まで行き、店の名前を確認。そこに書かれていた名前は

「レストランAGITΩ……?」

五代は何処だよと思いながらも、自分の目を疑った。
ここには確かにポレポレと書いていた筈なのに、見れば「レストランAGITΩ」と書かれたその店は、
まだ出来たばかりの看板のようだった。
そういえばキッチンにいた、店主らしき若い男もまだまだ初々しい感じがしたような気がしない事もない。
五代はもう一度店内に入ると、店主らしき青年に話しかけた。

「あの~……ここって出来たばっかりのレストランなんですか?」
「ええ、まぁそうですね。今年出来たばっかりですよ!」
「あ~……ちなみにここが出来る前はポレポレって店でしたよね?」
「いや……ここは確か空き家だったと思いますけど」
「う~ん、そうですか……ありがとうございます」

五代はそれだけ言うと、「おかしいなぁ」などと呟きながら、店の入口に戻っていった。
所持金もない状態で、もうこれ以上ここに居るのも気まずい。そう思い、ドアに手を掛けた。
丁度その時である。立ち去ろうとした五代に、店主が声を掛けた。

「あれ? 何も食べていかないんですか?」
「あ~……すいません、俺今240円しかないんですよ~」
「そ、そうですか……それは失礼しました」

気まずそうに言う五代に、店主もまた苦笑いを浮かべていた。
店側も商売である。240円しか持ってない男に料理を御馳走してあげるほど、景気は良くないのだろう。
五代は苦笑いを浮かべたまま、店主に向かって親指を立て、店を後にした。
最後に店主も自分と同じように親指を立てて見せてくれたのが、精神的にせめてもの救いとなった。




「おっかしいなぁ~……おやっさん、どっか移転したのかなぁ」

ぼやきながら、五代はビートチェイサーに跨った。
ふと、ポレポレ――ではなく、見知らぬレストランに視線を向ける。
ここは確かにおやっさんが経営する喫茶店の筈だったのに、どういうことだろうかと思考を巡らす。
おやっさんが店を閉じるとも思えないが、あの店主が言っていた「元は空き家」という表現も気になる。
それはつまり、ポレポレはとっくに無くなっており、空き家となったこの家を、あの店主が買ったということだろうか?
五代は考えるが、答えは出ない。
それというのも、実際にはこの世界にはポレポレという店は存在していないというのが真相なのだが。
五代はまだ気付いてはいないが、並行世界という性質上、ほとんど同じとはいえ、違う箇所は所々存在する。
例えば、一つ目が未確認生命体の有無。二つ目がこの店についてなのだが、探せばもっと他にも違う箇所は存在するのかも知れない。
だがしかし、現在の五代にはそんな答えなどどうでもいい。
五代からすれば、自宅が丸ごとなくなったのだ。
何の情報もないこの時代で、携帯電話は使用不能。所持金は僅か240円。自宅無し。
これをピンチと言わずして何と言うか。
流石にこんな状況下に陥ったことはなく、0号との決戦前から何も食べていない五代の空腹もピークに達しようとしていた。
と、そんな時だ。五代の耳に、何処かで聞いたことがある言語が入ってきた。

「ん……? この声は……」

五代はゆっくりと、顔を頭上へと向けた。
その声は、五代がクウガとして戦う際、いつも力を貸してくれていた者の声。
それはまさに、クウガにとっては救世主とも呼べる存在。
そして、今の五代にとっても、それは救世主となろうとしていた。

「おぉ~! ゴウラム~っ!」

五代の上空で止まった漆黒の身体を持った巨大なクワガタムシ。
五代の表情はたちまち笑顔となり、嬉しそうにその名を呼ぶ。
突如頭上に現れたクワガタムシ。その本来の名前は、「ゴウラム」。
それは、古代のリント族が生み出したアマダムが、クウガの意志に応えて変化した姿。
リント族の間では神聖な生物とされていたクワガタムシの姿を模して、クウガが乗る馬の鎧として共に闘った、心強い仲間。
もちろん、ゴウラムは現代のクウガ――五代にとっても大切な仲間である。

「あ、あれ……ゴウラム?」

と、そんなゴウラムの様子が可笑しい事に、五代は気付いた。
いつも通り、ビートチェイサーの頭上でゴウラムはバラバラになり、ゆっくりと降下。
そのままビートチェイサーの鎧となるように装着され、ビートチェイサーは「ビートゴウラム」へと変形を遂げた。
解り易く言うと、ビートゴウラムはビートチェイサー2000とゴウラムの変型合体マシン、ということになる。
変形して合体して―――ここまではいつも通りなのだが、何と言うか……ゴウラムに元気がない気がした。
見ればビートゴウラムに跨った五代の背後で、翠の霊石がゆっくりと点滅していた。
まるでここまでの道中、何かトラブルにでも巻き込まれたかのように、ゴウラムは疲弊し切っていたのである。

「ゴウラム~……お前どうしたんだ~? こんなに疲れ切って……」

五代が心配そうにゴウラムの頭部――戦士クウガのマークが施されたヘッド部分をなでる。
ゴウラムは何らかの言語を話しながら、バイクで言うライト部にあたる赤い目をちかちかと点滅させた。
恐らくゴウラムは「疲れました」的な事を五代に伝えたかったのだろう。
それはゴウラムにとっては予想外である、“人間からの襲撃”を受けたからなのであるが。
それを知らない五代は優しくゴウラムをなでる。同じアマダムを持つ五代に触れられる事で、ゴウラムもまた活性化するのだ。
と、その時―――

「あの~……ちょっといいですか?」
「へ?」

五代に話しかける、一人の少女が居た。
顔を上げる五代。目に入ったのは、小学生くらいの茶髪の女の子。
少女は、ショートカットの髪の毛に、赤と黄色のヘアピンを付けていた。
その背後から、若い金髪の女性と、小学生くらいのツインテールの女の子が二人、歩いてくる。

「私たち、その未確認飛行体を追いかけてきたんですが……」
「へ? 未確認飛行体って……ゴウラムの事ですか?」
「ごうらむ……? えー……っと、何だかわからないけど、それは貴方の物ってことでいいんでしょうか?」

五代に話しかける金髪の女性の背後から、茶髪のツインテールを揺らしながら一人の少女が現れる。
そしてツインテールの少女は、核心に迫る質問を五代へと投げかけた。
対する五代は、暫し悩むような素振りを見せたあと。

「ん~……まぁ、そんなところかな。君たちはゴウラムを追いかけてきたの?」
「はい。ずっと……海鳴市から、ここまで」
「あぁ~、海鳴市から……結構遠いよね、海鳴市……ってあれ?」

ふと、五代の脳裏に本日昼ごろの記憶が蘇る。
五代の頭の中でフラッシュバックされるのは、海鳴市のコンビニで、新聞を買った後。
自分はあの後、何をした。確か近くを歩いていた小学生の女の子に、今は何年かと聞いて―――
そうだ。自分は今日、一度この茶髪のツインテールの少女に会っている。
一瞬だが、間違いなくこの少女の顔には見覚えがあった。
それを思い出した五代は、少女を小さく指さし、言った。

「あっ! 君、今日海鳴市にいた子だ!」
「え……? あ、あぁー……そういう貴方は、今日私に今は何年かって聞いてきた人!!」

少女は――高町なのはもまた、同じように五代に人差し指を立てた。
人に人差し指を立ててはいけないとは教わってはいたが、咄嗟の事に反射的に指が出てしまうのは仕方がない。
周囲を取り巻く少女たちは、「知りあい?」などと呟きながら、きょとんとした表情で五代となのはを見比べる。
これが、彼らのファーストコンタクトであった。




薄暗い部屋の真ん中に、巨大な黒い石が備え付けられていた。
石にはあらゆる方面から延びたコードが繋がれており、ここが何らかの研究所なのであろう事が窺える。
部屋の中心に聳えるは巨大な石。そしてその奥には―――小さな少女が入れられたカプセルが一つ。
女は、しばらくカプセルの中の少女を眺めた後、長い黒髪を揺らしながら、漆黒の石の前に立った。
そのまま、そっと石に指を触れる。

「フフ……これさえあれば……―――は私のモノ」

小さく囁くように、聞きとれない位の声で、女は言った。
石に触れる指に嵌められているのは、奇妙な形をした指輪。
まるで愛おしい物を撫でるかのように、指輪が嵌められた女の指は石を這う。

「あとは……ベルトの破片を全て集めて……―――」

そう言った女は、不健康そうな笑みを浮かべていた。
ククク、と。不気味な笑い声が、部屋の中響き渡る。
まるで自分の野望が完成へと近づく事に喜んでいるように。


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最終更新:2008年12月31日 08:46