感情に従って生きるシャーマンなんて、企業には用なしでしょう?
―――涼風、メイジ
Lyrical in the Shadow
第2話「アウェイクンズ・マッドパーティー!」その2
~思い通りに進まぬモノたち~
「何で、こうなっちまったんだろうなぁ……」
依頼を受けた翌日、情報収集のために街に繰り出した俺は、昼食の為に入ったカフェで、小さくため息をついた。
原因は解っている。きわめて簡単なことだ。
「やっぱり、お世話になりっぱなし、というわけにはいきませんから」
「それに、ママもヴィヴィオもがんばるから」
ねー、と互いに笑いあう二人を見て、俺の不安は大きくなった。
はぁ。
自然、ため息が大きくなる。それもこれも、昨日の依頼を受けた時点から問題があったのだ……
「それでは、依頼の詳細な内容を説明しましょう。
やるべき事は大きく分けて二つ。1つは、我がシアーズ・アミューズメント・システムからデータを持って出奔した、二人の元社員を確保すること。もう1つは、その持ち出されたデータを、市場に出回る前に確保する事。よろしいですね」
そう、真剣な面持ちで指を折りながら、刃衛さんは言った。しかし……
[……二つ目は、相当難しいと思うけどねぇ]
「そうですね。恐らく、真っ先に換金していると思いますよ」
もちろん、盗品を扱うフィクサーにあたりが付けられれば、という前提はあるだろうが。
だが、いくら企業の人間がストリートに暗いと言っても、そういう手合いを探し出すのは、信用さえ考慮しなければ、そこまで難しい事ではない。そして、金になりそうならば、さっさと売ってしまった方がいいに決まっている。
もっとも、その後の身の安全は、まったく保障されないだろうが……
「確かに。ですので、可及的速やかに見つけ出して欲しいのです」
真剣な表情を崩さぬまま、刃衛さんは答えた。……ふぅむ……
「……ちなみに、そのデータの内容は、教えてもらえますか?」
[少なくとも、見分け方が解らないと、探しようもないしね]
まったく当然の事だが、正体のわからないものを探すことは不可能だ。そのための情報が欲しいわけだが……
「内容につきましては、社外秘の開発データですので、ご勘弁を。
ただ、持ち出されたデータチップには、開発ナンバーが記入されたタグがついています。そちらをご確認ください」
そういって、ナンバーだけをコムリンクに転送してきた。……なんともしっかりした情報管理だ。
「それと、出奔した二人ですが、データはこちらになっています」
続けて送られてきたデータに目を通した俺は、思わず唸ってしまった。
2人ともまだ若い――恐らく、なのはと同じぐらいの少女だった。
1人は、恐らくネイティブと思われるドワーフ、ニーナ・ノースロップ。魔法使い。
……はいいのだが、気になったのは、様式が「シャーマニズム」、つまりは、シャーマンだと言うことだ。
別に、シャーマンが気に入らない、と言うわけではない。ただ、会社という社会形態の中に、感情を優先しがちなシャーマンを入れていたという事に、少しばかり驚いた。
まぁ、その会社そのものがアミューズメント系である事を考えると、感情優先の人材も必要なのかもしれない。もっとも、逃げられてしまっては意味がないが。
そしてもう1人。こちらは日本人で、胡桃沢 皐月。幼いと言ってもいいような容姿をしているが、それよりも気になったのが……
[……テクノマンサー?]
ランドールの呟きが、全てを語っていた。
電脳の魔術師、電子の申し子、新世代のオタク……呼ばれ方は様々だが、共通することがある。その1つが、
「企業としては、存在を認めていないはずですが……」
そう。テクノマンサーは「公的には存在しない」。性質の悪いハッカー。それが企業の見解だったはずだ。
「確かに、彼らは現れて間もないですからね。だからこそ、企業としてはいろいろと知るために、手元に置いておきたいのですよ」
決して冷徹とは言えない貌ではあったが、刃衛さんの言いたい事はわかる。つまりは、実験材料として欲しかったのだろう。そういった話も、いくつか耳にしてきた。企業としては大した事ではないのだろうが、人としては、やはり、気味のいい話ではない。
ともあれ、出奔したのがこの二人となれば、確保する理由もなんとなく解る。魔法使いとなれば、たとえ扱いにくいシャーマンとはいえ、確保しておくことに越した事はない。テクノマンサーなど、言わずもがなだ。
ただ懲罰のため、となれば、その場で殺してしまえば良いのだから。
だが、それが解ったとしても、やはり困難な仕事である事に変わりない。これを3人でやるのか……いや、実入りが良い分、黒ひげさんにも頼んで見るのも良いかもしれない。
「それと、捜索には、私も協力しますので」
……はい?
「……依頼人自ら動く、と言うのですか?」
「人手は多いほうが良いでしょう?
大丈夫ですよ。ストリートは不慣れとは言え、自分の身を守る事ぐらいは出来ますので」
……確かに、まっとうな生活をしていたのであれば、あんな傷など負う事もないだろう。つまりは、「こちら側」に近いと言うことか。
なんにせよ、これで4人か。
「それでは、前金の支払いもありますので、そちらの人数を教えてもらいたいのですが」
そんな刃衛さんの声を聞きながら、軽くシミュレーションしてみる。
俺が足で稼ぎ、ランドールはマトリクスから追う。フェイはどちらかの護衛兼データチップ捜索のための車出し。戦闘も出来そうな刃衛さんも、誰かの護衛をやってもらう、と。
[……アレン、ちょっといいかな?]
そんな大まかな計画を立てているとき、ランドールから呼びかけがはいった。
「何かあったのか?」
[それがね……なのはもやる、って言ってるんだ]
……なんだって?
「いや、ちょっと待て。いくらなんでも、素人の出る幕じゃないぞ」
[そう言ったんだけどね、『世話になりっぱなしじゃ悪いから』って言って聞かないんだ]
……なんとも厄介だな、おい。
「だけどな、なのはが動いたら、ヴィヴィオはどうなるんだ?」
[……そのヴィヴィオもやる気なんだよ……]
おぉ、ランドールが辟易している。……って、喜ぶところじゃないだろ、ここは。
「そうはいっても、いくらなんでもなぁ……」
そう言いながら、初めて会ったときの事を思い出す。
扉すら撃ちぬいた、砲撃と呼んでも差し支えない、強力な間接攻撃魔法。SMGすら止めた強固な障壁。他にも、誘導弾も使いこなすと言う。エース・オブ・エースの称号は伊達ではない、と言うことか。
……護衛として考えれば、十分じゃね?
ヴィヴィオにしても、精霊の攻撃を防ぎきるほどの障壁を作っていたわけだし……問題があるとすると、年齢から来る経験の少なさぐらいか。
とは言え、いくら本人が希望していても、ヴィヴィオをそういう場に出すのは憚られる。なのはにしても、こういう仕事には向いているとは言えない。さてさて、丸く治めるには……
「……よし。こうするか」
[……アレン?]
ランドールから掛かる声を尻目に、俺は刃衛さんに向かって告げた。
「こちらから出す人数は4人。ただし、1人は新人ですが」
刃衛さんは一瞬目を瞠り、そして、何事もなかったかのように薄く笑った。
「それこそ、普通は言うものではないと思いますが?」
「正確な戦力分析は、成功率を高めるものだと思いますからね」
こちらとしては、苦笑せざるを得ない。なのはの要望を満たすと共に、なるべく前に出さないようにするのが目的なのだから。
苦肉の策と言っていいが、この方法が一番まっとうじゃないか、と思う。
……もっとも、その新人が一番戦力になるんじゃ無いかと思うと、どこかむなしいものがあるのも事実なのだが……
ともあれ、なのはも調査に参加する事になったのだが、ここでごねたのがヴィヴィオだ。
「手伝う」「置いていく」の激しい応酬のあと、結局は、「3:3でちょうど分けれる」などと言うふざけた案が通ってしまい(数は凶器だと改めて思い知った)、厳正なるくじ引きの結果、このようになった、と言うわけだ。
まぁ、確かに、部屋に一人ぼっち、と言うのがよろしくない事もわかる。だからと言って、下手すりゃ銃撃戦だってありかねないところに、こんな子供を連れて行くって言うのは、どうなんだ?
……もういいや。俺の意見が蔑ろにされるのは、別に今に始まったことじゃない。
なんにせよ、データを持ち出した二人の情報を求めるべく、街へと繰り出したのだが……よくよく考えれば、この2人を連れて情報収集って、少々問題がないか?
とは言え、フェイの車に乗せるのも問題がある(主にスペースで)。ランドールがまともに動かない以上、車に乗せて運ぶしかないからだ。まぁ、こいつも今に始まった事じゃない。諦めるしかない。
で、あまったスペース2つを埋めるのなら問題はないが、そうすれば、向こうは4人、こっちは2人となり、バランスが悪くなる……らしい。
そこで、刃衛さんを載せておく事になったのだ。
この刃衛さん、コンバットメイジとしてはそれなりの評価を得ているらしい(この情報に関してはレイチェルに感謝だ)。
性格は、「非情になりきれないエリート思想の持ち主」らしい。自分が優秀だと把握しており、同じように優秀なものにはそれなりの対応をするが、そうでないものには冷淡に扱う。ただし、どうも最後の詰めが甘いらしい。
なんにせよ、このグループ分けのおかげで、車の席は埋まってしまった、というわけだ。
おかげでこちらとしては、表通りを歩くぐらいしかない(まさか、この2人を連れて裏道にはいるわけにもいくまい)。相手は逃亡者だから、裏通りの方が情報は集めやすいだろうが、その分、身の危険が増えるからだ。
そんな訳で、これ以上の情報をどうやって集めようか、と悩んでいるところである。下手に「Wanted!」とかやるわけにもいかないしなぁ……
「そういえば、アレンさん」
そうやって頭をひねっていた時、なのはが声をかけてきた。
「こういう人たちって、裏通りに行ったほうが、見つかりやすいんじゃないですか?」
……俺が何で悩んでると思ってんだ、おい。
「……そうは言うがな、安全なところじゃないんだぞ?」
「大丈夫です。自分の身を守る事ぐらいは出来ますから」
「いや、俺達はそうかもしれんがな……」
どうにも1つ、忘れている事があるような気がしてならない。
「……ヴィヴィオはどうするのか、って言ってるんだ」
俺の言葉にようやく合点がいったのか、なのはは少し驚いたように目を瞠り……すぐにいつものような笑みを浮かべた。
「ヴィヴィオの事も、心配要りません。今でもいくつか魔法は使えますし……
私が、絶対に守りますから」
決して揺るぐ事の無い決意を秘めた、力強い眼差し。その意思の強さは評価に値するが……
……SMGを止めるほどの障壁を張り、ドアを打ちぬけるほどの攻撃魔法を使いこなす。コンバットメイジとして考えると……間違いなく、常識はずれの実力の持ち主。それが、目の前にいる少女、高町なのはだ。
その娘のヴィヴィオにしても、精霊の攻撃を防ぐだけの障壁を張っていた。攻撃については未知数だが、「身を守る」と言う点については、問題ないかもしれない。
確かに、この2人なら、いきなりの銃撃戦でも自分を守るぐらいは出来そうだ。と言うか……この中で一番ヤバイの、もしかして俺じゃね?
「……それならいいが……
何で、裏通りの方がいいと思った?」
とりあえず軽く落ち込んだあと、なのはに聞いてみた。
「えぇっと、この二人は、現在逃走中なんですよね? という事は、なるべく表に出ないようにしていると思うんです。
企業にも保安部隊はあるみたいですし、もし、表に出るような事をしてるなら、もう見つかっていると思うんですけど」
……なるほど、「なんとなく」ではないわけだ。
「それに……」
声を一段低くして、なのはは続けた。
「警察でなく、アレンさんみたいなランナーに頼んだという事は、今回の事件は、表に出て欲しくない、ということですよね。だとすると、企業もより迅速に探し出すはずです。
にも拘らず見つかっていないということは、少なくとも二人の行きそうな場所にはいない。もしくは、ほとぼりが冷めるまで、見つかりにくい別の所にいると思うんです」
「……驚いたな。そこまで考えてたのか」
俺は素直に言った。確かにその通りなのだが、こちらの世界の事情を教えたとはいえ、たった2週間しかいないのに、これだけの事に気付いたと言うのは、正直驚きだ。
少々指摘する点があるとすれば、シアーズ・アミューズメント・システムそのものの保安部は大した事がない、と言うことだ。この点については、すでにランドールによる裏取りがなされている。
もっとも、この会社がシアワセ系列だという事を考えると、話は多少変わる。何せ、ビッグ10の一角が親会社なのだ。今回の不祥事が明るみに出ると……あまりいい顔はされないだろう。
だからこそ、その大した事のない保安部は、刃衛さんを捜索に加える、という事をしたのだろう。少しでも捜査がし易くなるように。そして、親にばれる前に不祥事を始末するために。
まぁ、俺達がいる場所も、刃衛さんから教えてもらった、彼女たちの良く行く場所近辺なのだから、情報源として考えてもありがたい人事だったわけだが。
で、二人を探したわけだが見つからず、他のところに行くか、それとも……と考えていたところであったわけだ。しかし、女二人が行きそうな場所で、見つかりにくい場所と言ってもなぁ……
「……なぁ、なのは。お前さんが組織から隠れるとしたら、どんな場所に隠れる?」
「ん~……難しいですね……
……やっぱり、無難なところで廃ビルとか廃屋の中、でしょうか。ある程度長居する事も出来ますし……
ただ、魔導師……魔法使い独自の隠れ家があるのでしたら、話は別かもしれませんけど」
「魔法使い独自の隠れ家か……
儀式魔法を使うためのマジカル・ロッジじゃ、真っ先に調べてるだろうし、それ以外となると……
……待てよ?」
そうだ、魔法使い、それもシャーマンだと言う事を忘れていた。もしかしたら、場所をさらに絞れるかも。
そんな事を考えた矢先に、ランドールからのコール。
「どうした」
[二人の居場所が見つかったよ]
……あれ? 今までの考察は? 向かいではなのはも唖然としてますよ?
「……それで、何処にいたんだ?」
畜生、声に悲しみが滲んでしまう。
[それがねぇ、海の中だったよ]
「……は?」
海の中? ……って、それは……
「まさか……」
見れば、なのはの顔が青ざめている。ヴィヴィオが心配そうに見つめるが、無理矢理笑っただけで、顔色までは戻らない。
しかし……
「1つ聞くぞ、ランドール」
[何かな?]
「それは、『二人のコムリンクの位置を特定した』だけじゃないのか?」
[……それ以外で僕が探せると思ったの?]
何をいけしゃあしゃあと、こいつは……
「要するに、二人はコムリンクを海に捨てて逃亡中、と言うことだろう、それは」
「……え?」
[恐らく、そうだろうね]
なのはの驚きの声と、ランドールの答えが重なる。ったく、無駄に心労を増やしやがって……
ランドールがやった事は、二人のコムリンクのアドレスを(恐らくは不正に)入手して、そこからGPSの情報を取得、位置を特定、と言うことだろう。当然、二人がコムリンクを持っていなければ、二人の現在位置を知る事なんて出来ない。
なのははそれに気付かず、勘違いをしてしまった、と言うわけだ。もっとも、彼女を攻める事は出来ないが。
「……でも……コムリンクを捨てたって……」
見る見る顔色が戻っていくなのは。まぁ、戻りすぎて赤く見えるのは気のせいだろう。
「そうだな。表で生活するのは、難しくなるな」
買い物をするにも現金が必要になるが、最近では現金など、めったに見かけない。全部、ワイヤレスで終わらせてしまうため、わざわざ現金を使う必要がないからだ。
それでもあえてコム無しの生活をする者もいるが、そいつらは当然ランナーか、それでなくても社会不適合者に違いない。さて、これでより裏にいる可能性が大きくなったわけだが……
「ところでランドール、刃衛さんはいるかい?」
俺は、先ほど出た疑問を解決しようと、その回答を知っていそうな人物の事を尋ねた。
[変わればいいんだね]
そして現れた刃衛さんは……なんと言うか……少しやつれていた。
『……なんでしょう』
「いや……大丈夫ですか?」
『……これに乗ってなんともないあなた方を尊敬しますよ……』
実に弱々しい声だが……そんなにひどい運転だったのか……
何か、フェイの抗議が聞こえたような気もしたが、気のせいと言う事にしよう。
とりあえず気を取り直し、訊かなければならない事を尋ねた。
「実は、1つ尋ねたい事がありまして……
ニーナ・ノースロップ。彼女に導師精霊はいますか?」
そう、この事を聞き忘れていたのだ。きわめて重要な事なのに。
『……います。彼女は『鴉』のシャーマンです』
……よりにもよって、「鴉」か……
「解りました。今後はそれを考慮して行きます。
それでは……その、お気をつけて」
『……今この瞬間だけは、あなたがうらやましいですよ……』
そんな弱々しい抗議を耳にしながら、電話を切る事にした。
「あの……『導師精霊』ってなんですか?」
こちらの世界に来て半月ほどたったとはいえ、まだまだわからないことは多い。それがまた1つ、増えてしまった。
「あぁ、説明してなかったな」
そんな前置きをしてから、アレンさんは教えてくれた。
「まぁ、簡単に言ってしまえば、魔法使いを導く存在の総称だな。
例えば、シャーマニズムでいうトーテム、いろんな宗教の神なんかがそうだ。様々な様式に、いろいろと姿を変えて存在している。
もちろん、俺みたいに『選ばれていない』魔法使いもいるがな。
導師精霊に選ばれると、性格まで似るようになる。例えば、犬の導師精霊なら、友人や仲間を見捨てる事はなくなるし、猫なら好奇心旺盛だがちまちまと痛めつけるのが好き見たいだし……」
「ウサギさんは?」
アレンさんの説明を遮ったのは、ヴィヴィオの何気ない一言。一瞬呆気に取られたけど、「う~ん……」と唸ったあと、アレンさんは答えた。
「報告はないけど、どこかにいるかも知れんな。どんな奴か想像も出来んが」
「そうなんだ……」
ちょっと残念そうにヴィヴィオが呟く。さすがに、苦笑せざるを得ない。
でも、アレンさんが何を言いたいのかは解った。つまり……
「導師精霊の性格に似る、と言う事は、鴉の場合、空に近いところにいやすい、ということですか?」
私の言葉に再び呆気にとられた後、我が意を得たり、と言わんばかりににやりと笑い、
「そう言う事になるな。もっとも、空が開けている場所、と言う可能性もあるが、そういった空を感じられる場所の方が落ち着くらしい。
居場所を限定しやすい、と思わんか?」
確かにそうだ。でも、そんな精霊がいるなんて思いもしなかった。まさか、性格にまで影響を与えるほどの者なんて……
そんな事を考えていた私に、アレンさんは厳しい顔で言った。
「だが、気を付けろ。奴らは狡猾で貪欲なトリックスターでもあるんだ。もし闘いになったとしても、あまり気持ちのいい物にはならんぞ」
「……解りました」
もともと、戦いを気持ちいいと思った事はない。だけど恐らく、今まで以上に嫌な気持ちにさせられる可能性があるのだろう。それだけは、肝に銘じて置かないと。
「それともう1つ。闘いになっても、レイジングハートは起動させるなよ」
「え~」
『Why?』
続けて発せられたアレンさんの警告に、ヴィヴィオとレイジングハートが不満の声をあげる。だけどアレンさんは、ジト目でレイジングハートを見ながら、言葉を続ける。
「お前の世界では普通かも知れんが、こっちじゃあんなに大きく変化する魔法はないの。そんな魔法を使っていたら、お前の主人が『異常な魔法使い』として、注目される事になるだろうが」
……言いたい事はわかるんですけど……その言い方はちょっと……
『If it is accel mode from the start and does not become a problem?』
レイジングハートはそう言って食い下がるけど、アレンさんは、さらに冷たく言いはなった。
「お前の主人が『いかれたコスプレ野郎』として見られていいなら、俺は止めんぞ」
『Understand』
そう言われて、ようやくレイジングハートも引いた。だけど……やっぱり、その言い方はちょっと……
「んじゃ、そろそろ捜索を再開するか」
こちらの思いに気付かぬまま、そう言ってアレンさんは席を立ち、店を出て行った。
ちなみに……
「コスプレ野郎って何?」
と言うヴィヴィオの無邪気な質問から逃れるのに、少々ならざる時間を要した事は追記しておく。
「今帰ったぞ」
「ただいま」
「ただいま~っ!」
「お帰り~。先食べてるよ」
アレンさんの事務所に帰った私達を待っていたのは、芳ばしい香りと、ピザを食べているフェイさんたちだった。……って、またピザですか。
「それで……そちらはどうでした?」
一緒にピザを頬張っていた刃衛さんが、口の中の物を飲み込んでから尋ねてきた。
……少し、やつれているように見えるのは、なぜでしょうか……?
「あぁ、情報が少なすぎますから。さすがに簡単には見つかりませんよ。
まぁ、幾つかのあたりと、裏の奴らに渡りを付けてきました。見つかれば、こっちに連絡するように言ってあります」
そう。午後にやっていたのはその手の情報収集である。だけど、私達が歩き回ったのは、それほどの量ではない。
簡単に言ってしまえば、アレンさんの知り合いに頼んだだけである。情報があったら回してくれ、と。だけどそれが、1つの格言の意味を教えてくれた。曰く、「重要なのは何を知っているか、ではない。誰を知っているか、だ」。
実際、私はまったくと言っていいほど役に立たなかった。せいぜいが、アレンさんとの関係をからかわれ、ヴィヴィオの存在に驚かれた程度。それぐらいだ。
だけど、アレンさんはいろいろと話を進めていった。その中には引ったくりの常習犯もいたし、ただのスクワッター(不法居住者)もいた。そして、多少の対価と共に、情報を得ていった。
はっきり言ってしまえば、それほど手際が良かったわけじゃない。だけど、必要な情報を引き出すことには成功しているのだ。それで十分だと思う。
ただ……その結果がついてこなかったのが残念だ。
「それで、そちらは?」
[こっちの収穫は、向こうのコムリンクが海の中、って事だけだよ]
ピザを頬張ったままランドールさんが答える。……まぁ、チャットソフトを使ってるから、汚くはないんですけどね……
あ、刃衛さんも変な目で見てる。やっぱり、気になるんだ……
「さすがに、タグだけじゃ場所はわからないか」
[マトリクスに接続してるわけじゃないからね。接続してれば、アドレスを探し出して、GPSから割り出すことも不可能じゃないと思うけど……]
残念そうにするアレンさんに、横目で刃衛さんを見ながら、ランドールさんが答える。その刃衛さんは、軽く肩をすくめ、
「さすがに、商品開発用のタグですからね。そこまでの事は出来ませんよ。その上、電波も弱いから、近づかない限り見つからないでしょうね」
……確かに、せいぜい1つの建物内で見る事が出来ればいい程度のものだ。そんなに強い電波が必要だとは思えない。だけど、だとすると……
「つまり、地道に足で探すしかない、というわけですか」
「そうなりますね。残念ながら」
そうやって尋ねた私に、本当に残念そうに刃衛さんは答えた。
しかしそうなると、今日の捜索でほとんど収穫がなかった事が悔やまれる。あまり急ぎすぎて、本当に重要な事まで見落としては問題だけど、やっぱり、何か手がかりぐらいは欲しかった。
「それはそうと、これからどうしますか?」
私が少し落ち込んでいるとき、刃衛さんが尋ねてきた。
「そうですね。なのはとヴィヴィオは置いて、もう少しまわってみようと思います」
「え~」
アレンさんの提案に不満の声をあげたのは、当のヴィヴィオだった。
「ヴィヴィオもまだやれるよっ!」
これには、みんな苦笑するしかなかった。確かに、ヴィヴィオもまだ未熟とはいえ、魔導師としての素質はある。だけど……
「だめだよ、ヴィヴィオ。夜のお外は危ないんだから」
「それに、下手をすれば、夜遅くまで動く事になるからな。夜更かしは良くないんだぞ」
「そういえば、夜ちゃんと寝る事は、成長を促すという研究結果もありましたね。『寝る子は育つ』というわけですか」
私に続いて、アレンさんも刃衛さんも窘めてくれた。でも……刃衛さん、ちょっと的が外れてると思いますよ、それ。
「う~……
じゃぁ、みんなはいいの?」
それでもなお不満そうに、ヴィヴィオは抗議する。でも……
「あたしらは、これ以上大きくなりようもないしねぇ」
[少なくとも、縦に大きくなる事はないね。横になら十分ありうるけど]
フェイさんの言う事はもっともですけど……ランドールさん、それ、あまりいい事じゃないと思います。
「それじゃぁ、ヴィヴィオは大きくなれなくてもいいのかな?」
「う……」
私の言葉に、言葉を詰まらせる。そして、
「……やだ」
残念そうな呟き。やっぱり、自分も役に立ちたいのだろう。でも、それが出来ない不条理を感じているのだ。
「解りました。では、今日の捜索はこれまで、としましょう」
突然の刃衛さんの提案に、私達は驚き共に振り返った。だけど、刃衛さんは顔色1つ変えず、
「子供が親といたがるのも、親が子供といるのも、当然の事です。そして、子供を夜に出歩かせないのも、ね。
でしたら、夜の捜索は、なるべく控えましょう。ヴィヴィオちゃんのためにもね」
「いや、しかし……大丈夫なんですか?」
アレンさんの疑問ももっともだ。1週間と言うのは、人を探すには短すぎる。それなのに、夜の捜索を無くしてしまうなんて……
「何、その分私が何とかしますよ。移動力はありますので、何とかなるでしょう」
「あ、車持ってたんだ」
「えぇ。ローンは残ってますがね」
……随分と切実です。
「それでは、私はこれで。
……あぁ、最後に1つ言わせていただきます」
扉を開けて出て行こうとした時、刃衛さんが振り向きながら言った。
「……明日は、アレンさんとの組でお願いしますよ。正直……あの運転は辛いですので」
……どんな運転だったんですか、ホントに……
ちなみに、次の日の組み合わせは……
アレンさんと刃衛さん、それに私の組と、フェイさんとランドールさん、それにヴィヴィオの組になった。
最初は嫌がったヴィヴィオだけど、アレンさんの「お前しかいない」等の説得によって、何とか納得した。
確かに、ヴィヴィオがいるなら、そんな無茶はしないだろう。そう思って、二人に託す事にしたのでした。
それなのに、あんな事になるなんて、予想も出来ませんでした……
最終更新:2009年02月07日 10:40