「管理局が追ってくるー!」
なおも絶叫しながら、グレンは裏通りを爆走していた。
その勢いに、道端でうたたねしていた牙の生えた口だけの生物たちが警戒の唸り声を
上げて物陰に逃げ込み、進路上にいた通行人が突き倒されたり飛び退いたりする。
追跡していた三人の隊員のうち、身長121cm程の小さな人間型の魔導師がグレンを
引き倒そうとタックルをかけるが、グレンとの体格差は如何ともし難く、そのまま
引きずられていく。

“フー・マンチューの萬屋”と書かれた看板が下がる、精力増強をウリにした“ゾンビ
の干し首”という人間型生物の頭の干物や“第256管理世界産、効果抜群の媚薬”と
書かれた青色のドロドロした薬の入った小瓶など、如何にも胡散臭い品々が陳列された
屋台のあるT字路で、グレンは見事な直角カーブを描いて右に曲がる。
飛び付いた魔導師は振り落とされて屋台に突っ込み、満州族の絢爛な衣装を着た、
ドジョウ髭に営業スマイルを貼り付ける胡散臭い店主とまともにぶつかる羽目となった。

必死に走るグレンと、それを追う魔導師二名の追跡劇は、裏通りから43区内を流れる
神田川程度の小川の上に架かる橋の上へと舞台が移る。
ここで振り切られたら見失う。背中が甲羅のように盛り上がった魔導師が、傍らで一緒に
走る、二本の角と背中に蝙蝠のような翼を生やした同僚に言う。
「ホールディングネットで止めろ!」

二人は足を止めると、橋を駆けるグレンの方にデバイスの狙いを定める。
グレンが山ほど荷物を積んだ荷車の横を駆け抜けようとした時、突然前方にゴール
ネットの様な光り輝く網が表れた。
グレンが止まる間もなくその中に突っ込むと、光る網はゴムのように伸びてグレン
を絡め取り、パチンコのように荷車の荷物の山の中へと放り出す。
荷物に埋もれたグレンを取り押さえようと、魔導師たちは荷車へと駆け寄った。
「な、何じゃお前ら!?」
顔を覆える程大きい耳と、白い肌にオカマメイクを思わせるアイシャドウが特徴の、
出っ歯な某有名芸能人を思わせる馬丁が、引っ張っていたサイと同じ大きさの生物
を放り出して荷車の所へ走って来る。
「こら、やめい! 荷物を目茶苦茶にすんな!」
暴れるグレンを取り押さえようと荷車上で悪戦苦闘する二人の所へ、馬丁が抗議
しながら飛び乗った時、高く積まれた荷物の山が崩れて荷車が馬もろとも横倒しと
なり、その上に居たグレンたちは橋の上から道頓堀のように緑色に濁った汚い小川へと
転落してしまう。
欄干へと駆け寄った野次馬たちの目の前に、派手な水音と盛大な水しぶきが上がる。
魚類の体に人間みたいな足が付いた水中生物が腹を見せて浮かんでいる横で、グレンが
両手両足をバタつかせて叫ぶ。
「助けてくれ! 俺は泳げないんだ!!」
その後ろ横では、馬丁が水面に浮かぶ荷物を目の前に頭を抱えて歎いていた。
「何つうこっちゃ、荷物が総てパアや!」

1158管理外世界。
未だ火災の収まらないセギノール基地では、消火作業と遺体の収容作業が急ピッチ
で行われ、ヘリやドロップシップが頻繁に出入りしている。
そこから南へ約25キロ、基地と真向かいの位置にある砂丘の窪地に、ヘリに偽装した
ブラックアウトが鎮座していた。
自身が持つ優れた視覚装置で基地の状況をつぶさに観察していると、突然左隣りで
砂煙が上がった。
ブラックアウトは特に気にかけなかった。相手がメガザラックである事は、識別
信号で分かっていたからだ。
砂の中からよろよろと這い出て来たメガザラックは、フレンジーとサウンドウェーブ
が使っていたのと同じノイズ信号で首尾を報告する。
報告を聞き終えたブラックアウトから、突然大出力の信号がメガザラックに浴び
せられ、センサー類が危うく吹き飛びそうになる。
例えるなら、ヘマをやった部下に短気な上司が“この役立たずが!!”と怒鳴り
付ける感じだろうか。
怒声を浴びて畏縮するメガザラックを尻目に、ブラックアウトは機体後部の
ドアを開く。
メガザラックがすごすごと乗り込んだのを確認すると、最初の攻撃時に得たデータ
からデッチ上げた偽の識別信号を発信しながら、ブラックアウトは離陸した。
「なのはちゃん、もう起きて大丈夫よ」
制服の上に白衣を着込んだ、金髪に白い肌の三十代前半に見える女性医務官が、
心電図や人体の断面図が表示された空間モニターを操作しながら、Yシャツと
スカートでベッドの上に横たわるなのはに言った。
「どうですか、シャマル先生?」
陸上部局医務官のシャマル一等陸尉は、モニター上の数値をチェックしながら
難しい表情で言う。
「芳しくないわね。JS事件でのダメージが慢性化しているし、リンカーコアの
回復率は依然として1%を切ってる」
シャマルはそこで言葉を切ると、モニターからベッドの端に座って靴を取ろう
としているなのはに目を向けた
「一度、治療プログラムを見直す必要があるかも知れないわね…」
なのはは靴を履き終えると、上着が架けてある壁際のコートハンガーへと歩く。
「シャマル先生、体の痛みは段々良くなって来てます」
そこで一旦言葉を切り、上着を手に取って着始めてから、なのはは話を再び始める。
「…確実に効果は出てますから、自信を持っていいと思いますよ。
見直すにしても、その方が良い方法を見つけられると思いますし…」
微笑みながら言うなのはに、シャマルは表情を和らげた。
「ありがとう、なのはちゃん」
シャマルはモニターを切ると、苦笑して肩を竦める。
「どうしたんですか?」
「担当医が患者に励まされるなんて…、私もまだまだだな…って思ったの」
「私も一緒ですよ、これからもよろしくお願いします」
なのははそう言って、シャマルに頭を下げた。

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最終更新:2009年07月22日 00:25