なのはが顔を上げると同時に、医務室のドアが開いてヴィータとシグナムが姿を見せる。
「シャマルー、お昼一緒にどうだー?」
そう言いながら部屋に入ってきたヴィータは、なのはの姿を見て軽い驚きの表情を浮かべた。
「あ、なのはも来てたんだ」
その言葉に、なのはは頷いて答える。
「うん、時間がちょっと空いたから、シャマル先生に診てもらってたの。
二人ともこれからお昼?」
ヴィータの後に続いて部屋に入って来たシグナムが、なのはの問いに答える。
「私とヴィータが丁度同じ時間に空いたから、シャマルはどうかなと思って来たんだが…邪魔だったかな?」
シャマルは微笑みながら首を横に振る。
「ううん、なのはちゃんの検査も終わったところだし、一緒に食事へ行くにはいいタイミングよ」
突然、ヴィータが何か忘れていたことを思い出したような表情で手を叩いた。
「あ、そうだ。なのはに知らせたい事があったんだ」
「何?」
「テスタロッサが救助された」
その言葉を聞いた途端、なのはは文字通り血相を変えてヴィータに飛びつく。
「本当!? どこで助けられたの? 怪我は?」
なのはから矢継ぎ早に質問を浴びせかけられながら、ヴィータは肩を掴まれてガクガク前後に激しく揺さぶられる。
見かねたシグナムは、なのはの肩に手をかけて言った。
「落ち着けなのは、それではヴィータが答えられん」
「え!? あ…ご、ごめん」
我に返ったなのはが、ヴィータから手を離す。
「の、脳味噌がプリンになるかと思った…」
目を白黒させ、頭を押さえながらヴィータが言うと、なのはは心配そうに言う。
「ごめんね、大丈夫だった?」
なのはの様子に、ヴィータは首を横に振って笑みを返した。
「いいって、テスタロッサが心配なのは、あたしやシグナムだって同じだからさ」
二人の会話が終わったのを見計らって、シャマルが全員に提案する。
「詳しい話は歩きがてら…でどうかしら?」
その提案に、なのは、ヴィータ、シグナムは揃って頷いた。

879階の医療エリアから、600階にある局員・来客用の会食テラスへと下りるエレベーターの中で、
四人は眼下の光景を眺めながらフェイトが救助された時の話を続けていた。
「―――で、ヴァイスとアルトのドロップシップに救助された…って事らしい」
ヴィータがなのはの方を見ながら言う。
「そうだったんだ…。フェイトちゃんの怪我は?」
ヴィータはなのはから眼下の光景に目を移し、腕を組んで考え込みながら答えた。
「詳しいことはまだ分かってないけど、数ヶ月は絶対安静なんじゃないか…ってアルトは言ってたな」
「そう…」
なのはは少しの間空を見上げた後、笑みを浮かべてヴィータに振り向く。
「でも、生きてるって分かって、本当によかった」
「だから言っただろ、スターライトブレイカーの洗礼を受けたテスタロッサが、その程度で死ぬはずがない…って」
シグナムがからかい半分に言うと、なのはは頬を膨らませてむくれてしまう。
「もー、またその話ですかー」
その様子を見たシグナムは安堵の笑みを浮かべた。
「ようやく、いつもの調子にもどったようだな」
まるでその言葉を合図にしたかのようにエレベーターが減速を始め、胃が競り上がるような不快感を
エレベーター内の全員がかすかに感じた。

鐘の音に似せたドアチャイムが鳴ると、エレベーターのドアが音もなく開く。
談笑しながら降りる人間種・非人間種の局員達に続いて、なのは達がエレベーターから出るのと同時に、
陸上部局の制服を着た、紫色のロングヘアーの二十代前半ながら落ち着いた雰囲気の女性が、なのは達に
敬礼しながら声をかけてきた。
「皆様、お久しぶりです」
「ギンガ?」
なのはがそう言うと、スバルの姉ギンガ・ナカジマ二等陸曹長が改めて挨拶する。
「ご無沙汰しております、高町一佐」
「あたしも居るぞー」
そう言ってギンガの左肩から手を振って姿を現したのは、リインフォース∥と同じ身長の、ツインテールに
セットされた真紅の髪が焔の色を思わせる、妖精と言うにはやんちゃ過ぎる印象の陸上部局員。
「アギトも来てたのか」
シグナムがそう言うと、人間型ユニゾンデバイス“烈火の剣精”ことアギト三等陸士が、拗ねたように頬を
膨らませながらシグナムの元へ飛んで行った。
「ひどいぞシグナム、あたしを置いてけぼりして勝手に食事に行くなんて」
アギトの言葉に、シグナムは頭を下げて謝る。
「すまん、 忙しい様子だったから声を掛けかねて…な」
シグナムの態度に、アギトは両手を前に出して周囲を見回しながら慌てて言う。
「そ、そんな…。頭を上げてくれよ」
シグナムが頭を上げると、アギトは納得行ったように笑みを浮かべながら言った。
「ああ、丁度仕事が立て込んでたんだ時に来たんだ。でも、ちょっと待っててくれれば終わったんだぜ」
シグナムも笑いを浮かべて言う。
「そうか…。分かった、次からはきちんと声をかけるようにしよう」
その言葉に安心したアギトは、シグナムの肩に飛び乗った。
「頼むぜ、行けるかどうかちゃんと答えるからさ」
「こんにちは、アギトちゃん」
なのはが声をかけると、アギトはシグナムの肩から飛び上がり、ガチガチに緊張しながら敬礼する。
「し、失礼しました高町一佐!!」
上ずった声で言うアギトに、なのはは微笑みを浮かべる。
「ううん、なのはでいいよ」
そう言いながらなのはに頭を優しく撫でられると、アギトは緊張を幾分か和らげ、顔を赤くしながら
「は、はい…な、なの…な、な…あだっ!」
“なのは”と呼べずに舌を噛んだアギトの姿に、シグナムたちは互いに顔を見合わせて苦笑を浮かべた。

「ところで…、何かあったの?」
シャマルが尋ねると、ギンガは言いにくそうに答える。
「はい。…あの…シャリオ・フィニーノ三等陸曹の事なんですが…」
シャーリーの名前が出てきた瞬間、アギトを除く全員が頭に手を当てたり、両手を組んだり、首を横に
傾げて困ったような表情を浮かべる。
「シャーリーは一体何をやらかしたわけ?」
なのはが眉を八の字に歪め、苦悩が前面に出た口調で尋ねると、ギンガは自分の事でもないのに非常に
申し訳なさそうな感じで話を始めた。
「はい、実は…」


第61管理外世界「スプールス」
この世界は、百メートル近くに及ぶ巨大な木々が生茂る広大な森に包まれた、多様かつ豊かな生態系が特色である。
それ故に先史時代より密猟者が絶えることなく、管理局は対策として現地で徴募した局員たちを主体とする、
“自然保護隊”と呼ばれる生態系及び原住民保護の部隊を常駐させていた。

森を切り拓いて作られた自然保護隊のベースキャンプ。
その中央部にある航空機類離着陸用の広場には四隻のドロップシップが駐機しており、その周りでは船に乗ってきた
別次元世界の行商人たちによる市場が開かれ、現地の住民たちに食糧から服飾品まで、様々な物品の売買を行っている。

「本日検挙した密猟者は以上です」
市場から少し離れた場所で、右手に槍型のデバイスを持つ、朱いジャンパーに膝下までの白い半ズボン仕様のバリア
ジャケットに身を包む、まだ幼さの残る顔立ちをした十代半ばの少年魔導師が、自分の目の前にある空間モニターに
表示された名前を読み上げてから言った。
「では、こちらにサインをお願いします」
身長三メートル近くある、左右四つの目を持った恐竜のような外骨格型生物の、米軍の迷彩服に似た、管理局の標準
バリアジャケットを着込む局員はそう言うと、二つの爪を器用に動かして少年のモニターに犯罪者の引き渡しに関する
手続きの証明書を転送する。
少年は手続きの完了を示す欄に左手の人差し指を当てた後、局員のモニターに再度送信する。
「これで手続きは終了です。お疲れ様でした」
リストを確認した局員が敬礼すると、少年も局員に返礼しながら言った。
「お疲れ様でした!」

局員が囚人護送車へと歩き去るのと入れ替わりに、ピンク色のジャケットと髪に、白い帽子とロングスカートとマントの
バリアジャケットを着た、少年と同い年の少女魔導師が、物が一杯に詰まった竹の編み篭を両手で抱えながら少年へと
駆けて来る。
「エリオくーん!」
「キャロ!」
エリオ・モンディアル二等陸士は、キャロ・ル・ルシエ二等陸士に笑顔で手を振った。
キャロはエリオの元に駆け寄ると、篭の口を開いて中身を見せる。
「見て見て、今日は沢山もらったの!」
中は様々な次元世界の果実や野菜がぎっしり詰まっていて、その豊富さにエリオも驚きの声を上げる。
「うわぁ…! これどうしたの?」
エリオが尋ねると、キャロは満面の笑みを浮かべながら説明した。
「行商人さんにパナオ地方から地元の動物を売りに来た人を紹介したの。
そしたら、害獣の被害がある世界で高く売れるって高値で買い取ってくれたから、お礼にって」
「へぇ…」
エリオは感心したように頷く。
「ミラさんも大喜だね」
キャロが笑顔で言うと、エリオも頷いて答えた。
「今日の夕ご飯が楽しみだよ」

「…突然やって来られても困ります。事前に連絡して頂きませんと…
保護隊所属を示す緑色の制服を着た三十代半ばの女性局員が、元老院所属を示す紺碧のローブに身を包んだ、
白い羽毛のような毛に覆われた、身長2メートル半ほどの細長い鳥を思わせる生物と押し問答を繰り広げていた。
「何の前触れもなくお伺いした点は謝罪します。しかし、これは元老院大法官直接の布告(命令)であり、
何人たりとも拒否する事は出来ません」
威厳と落ち着きのある口調に、女性は何も言うことが出来なくなる。

「何だろう…?」
その様子を遠巻きに眺めながらエリオが呟くと、キャロも首を傾げながら首を横に振った。
と、元老院の使いと一緒にいる、大きな三白眼に光沢のある灰色の肌に艶やかなピンクの唇が対照的な、糊の効いた
黒一色のスーツと膝下までの長さスカートという、一分の隙もないキャリアウーマン風の女性型次元世界生物がエリオ
たちの方へとやって来る。
女性は膝をついて二人同じ視点に立つと、声をかけてきた。
「エリオ・モンディアル君とキャロ・ル・ルシエさん?」
女性が尋ねると、雰囲気に気圧されていた二人は慌てて敬礼しながら返答する。
「は、はい。 エリオ・モンディアル二等陸士であります!」
「キャロ・ル・ルシエ二等陸士であります!」
女性は頷くと、空間モニターが発達したミッドチルダではすっかり廃れた、革製の身分証明カードを二人に見せながら
自分の所属と名前を言う。
「初めまして、わたくしの名はシル。
元老院大法官および聖王教会法王直属の極秘組織“セクター7”より、あなた方をお迎えに参りました」
これまで一度も会った事のない、雲上の存在でしかなかった人間の名が出て来た事に、エリオとキャロは困惑気味に
顔をただ見合わせる他なかった。


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最終更新:2009年08月19日 22:18