時空管理局本局、医療施設――12:02 p.m.
現在この部屋に居るのは、この施設の医療を担当する医者が一人と、ユーノとクロノ、そしてリンディの四人。
ユーノがモニターに写し出された画像を移し変え、クロノとリンディの二人が、その画像を見つめる。
一同が見ている画像に映っているのは、一人の成人男性のレントゲン写真だ。
だがそれは、普通の人間のものと比べると一目で違いがわかるもの――とても普通の人間とは思えないものだった。
レントゲン画像に写った人間の腹部に顕在するのは、普通に考えればあり得る筈のない物質。
見方によってはベルトにも見えるそれからは、体全体へと向けて根が張られているようにも見えた。

「これは一体……」

ぽつりと、クロノが呟く。
異形の画像を見つめるクロノの表情はしかめられ、医者への説明を求める。
対する医者は、レントゲン画像の腹部――ベルト部分を指差した。

「見ての通り、彼の身体には何らかの異物が埋め込まれています。」
「その異物……というのが、五代君の説明にあったアマダム……という訳ですね?」
「ええ、恐らくはロストロギアの一種だと思いますが……それがこの腹部から――」

言いながら、腹部を差した指は、全身に伸びた根をなぞる。

「全身の至る所へ神経状の組織を張り巡らせています。」
「それは、取り除く事は出来ないんですか?」
「ここまで全身に神経を張り巡らせている物を取り除くのはまず不可能でしょうね。」

その言葉に、質問をしたリンディはむぅ、と考えるような仕草を取りながら、レントゲン画像へと視線を向ける。
クロノも同じように、奇異の表情を浮かべながら画像を凝視していた。

「無限書庫にも、アマダムの情報は何も無かったのか?」
「五代雄介って人が管理世界か管理外世界の人間なのかはわからないけど、少なくとも無限書庫にアマダムやクウガに関する資料は無かったよ」

ユーノの説明を聞いたクロノはそうか、と一言。それだけ告げて、黙って俯いた。
例えミッドチルダの医療技術を持ってしても、腹部の物質から体の全身――果ては脳まで神経を張り巡らせてしまうなんて芸当は不可能だ。
それ故に彼らは腹部に写し出されたこの異物をロストロギアと呼んだのだ。
しかし、これをロストロギアだとしても、人の身体に埋め込まれ、その体を作りかえるものなどユーノですらも聞いた事がない。
ジュエルシードと呼ばれるロストロギアも、一応は動物や植物と融合した事例は確認されている。
が、ジュエルシードが融合した動植物のレントゲンなど撮影出来る程の余裕がある筈もないし、
ジュエルシードが絡んだどの事件も最終的には動植物との融合は解除されている。
つまり、分離も不可能な完全融合となれば、アマダムが初めてのケースなのである。

そんな話をしていると、突然医務室のドアが開き、いつも通りの表情で五代雄介が入ってきた。
雄介は優しい表情を崩さぬまま、クロノの隣の椅子に腰かけ、レントゲンに視線を移した。
何かを考えるような表情を浮かべながら、雄介はレントゲン画像に頷きで返す。

「あー……やっぱり治ってるんですね、ベルトのヒビ」
「ヒビ……?」
「ええ、ベルトの周りに亀裂みたいなのが写ってるでしょ?」

雄介の説明に、納得する一同。
確かに雄介の言うとおりだ。レントゲンの写真に写し出された画像――その腹部。
曰くベルトと呼ばれたその中心から、360度あらゆる方向に向けて亀裂のような線が写っていた。
しかし、その亀裂も完全にベルト全体を覆っている訳では無い。
短い亀裂が中心に向かって無数に入っている程度で、ベルトの外側はほぼ無傷と言えるレベルであった。
本来0号に殴られた事によって生じたヒビは、ベルトの中心から外側までも粉々に粉砕していたというのに。

「もしかしてこれが、五代君が言ってたクウガ……の身体なの?」
「はい、そうです。ベルトのアマダムから、全身に向かって神経が伸びて……
 このベルトの力で、俺はクウガになれたんです。」
「でも、君はもうクウガになれないんじゃないのか?」
「そう……の、筈なんですけどねぇ……やっぱり見た感じ、だんだんアマダムも直って行ってるみたいですね」

苦笑いしながら告げる雄介に、クロノとリンディは何と言っていいか分からずに、黙って頷いた。
それは、雄介の瞳が明らかに喜んでいるものでは無かったからだろう。
どこか言いようの無い悲しみを帯びた苦笑いに、二人とも言葉を失ったのだ。
我ながら流石に気まずいと思った雄介は、ユーノに視線を向けた。

「……そういえば、君は?」
「あぁ、僕はユーノ・スクライア。無限書庫で司書をやってるんだ」
「彼には無限書庫のデータベースにクウガに関連する情報が無いかを調べて貰ってたんだよ」
「へぇ、そうなんだー…………無限書庫?」

自己紹介をされたのはいいが、またしても雄介にとって聞き慣れない単語が登場。
とりあえず“無限書庫”という言葉に反応した雄介は、小首を傾げながら質問した。

「ま、まぁ……簡単に言えば物凄く大きい図書館って感じかな?」
「あらゆる管理世界のデータが収められてる場所で……世界の記憶を収めた場所とも言われてるんだよ。」
「へぇ~……それは凄いなぁ」
「まぁ、結局クウガもアマダムもゴウラムも、検索しても出てこなかったんだけどね……」
「ん……あ、もう全然気にしないでよ! クウガはやっぱり色々謎が多いし、仕方ないよね」

苦笑いするユーノに、雄介は申し訳なさそうに両手を振りながら答えた。
元よりクウガについての知識が今以上に解明されることなど期待していなかった。
それ故にあまり残念という気もしないし、強いて言うなら元の世界に帰る手がかりが見つからなかったという事に
少しばかり落胆した程度の事。といっても、雄介はその問題もそこまで真剣に悩んでいた訳ではないのだが。




第97管理外世界、東京都豊島区、地下街――01:00 p.m.
それは、雄介がミッドチルダに移動している間の出来事。
東京都のとある地下街の入口―――そこに突っ込んだトラックは、見事に地下街の入口を塞いでいた。
これにより、この地下街の入口の一つは完全に封鎖されたという事になる。
別の世界で、以前にもこれと全く同じ事件が発生した事がある。
今回もそれと同じ方法が行われたのは、ある意味では人間たちへの挑戦のつもりなのかもしれない。
勿論、この世界の住人がそんな異世界の前例を知っている訳もなく――
突然のトラックの衝突に、地下街に居た人々はやはり困惑していた。
しかしそんな中でも、困惑の表情を浮かべぬ青年が一人。
やがて青年は、気合を入れるかのように大きく息を吸い込み――

「ボセジョシ・ゲリザギバス・ゲゲルゾ・ガギバ・ギグス!」

この世界の日本人には到底解明不可能な言語で、大きくそう告げた。
その言葉に釣られ振り向く人々も居たが、最早関係は無い。皆どうせ、ここで死ぬのだから。
謎の言語を意気揚揚と宣言すると同時に、青年の姿は見る見るうちに異形へと変わって行った。


EPISODE.08 接近


何故雄介が本局でレントゲン写真を撮る事になったのか。
それは、雄介本人がリンディ達に自分の身体を調べて貰えるように頼んだからである。
保険証も何も持たない異世界の住人である雄介がはやて達の世界の病院に行く訳にも行かないし、
どうせならクウガの身体を見てもあまり驚かなさそうな異世界の病院を訪ねた方がいいと判断したからだ。
同時に、クウガの事を調べたいのであれば、無限書庫にも連絡を入れた方がいいと判断したクロノが、ユーノを呼んでくれたらしい。
結果、雄介の考えとは外れレントゲンを撮影した医者を含め、クロノやユーノ、リンディまで軽く驚いてしまう結果となった訳だが。
それからややあって、アマダムやクウガについて一通りの説明を終えた雄介は、ユーノと一緒に本局内部の街を探索していた。
クロノとリンディはまだ色々とやらなければならない事があるとかで、席を外しているが。

「いやぁ~、それにしても凄いよね、船の中なのに街があるなんて!」
「まぁ、ここは船って言っても管理局の本局だからね。街を一つと、管理局の施設を持てるくらいの大きさはあるんだよ」
「へぇ~……俺の世界じゃあり得ない筈のことが、ここじゃ普通にあり得る訳だ。
 もうなんていうかさ、流石異世界! って感じだよね……!」

ユーノの簡単な説明に、雄介は感心そうに頷いた。
流石異世界だけの事はある。雄介の世界の常識では考えられないような事も、この世界には普通にあり得るのだ。
今まで自分は地球のあらゆる国を冒険してきたが、世界は一つでは無かったという事を考えると、まだまだ自分の世界は狭かったとすら思えてくる。
そもそも異世界を冒険の場所に含めてしまってはキリがないような気がするが。

「あはは、五代さんの世界じゃあり得ないことって言っても、クウガの力だって僕たちからしたらあり得ないことだよ?」
「あー……いや、これは俺の世界でも普通はあり得ない力なんだけどね」
「うーん……まぁ、五代さんがいた世界でのアマダムのように、そんな不思議な力がある世界もあるってことだよね。
 だからそれぞれの世界観も違うし……そう言う意味では五代さんの言う事は間違ってないと思うよ」

雄介は再び、ユーノの言葉に頷きで返した。
色んな世界が存在し、それぞれの世界にそれぞれの常識がある。
それは雄介が元の世界で色んな国を冒険していた時にも感じた事――それぞれの国の文化の違いと同じだ。
そう考えると、やはり世界はまだまだ広い。今みたいに色んな世界を渡ってみるのもいいかも知れないなと、雄介は考えていた。

そんな他愛もない雑談を繰り広げながら暫く歩いていると、気付けば二人の足は公園へと入っていた。
そこはこの街でも少し大きめの公園。広場では小さな子供たちが走り回って遊んでいた。
楽しそうに遊ぶ子供たちの表情を見て、雄介は思う。
子供達の笑顔――これだけは何処の世界も変わらないんだな、と。
そう考えると自然と雄介の表情には微笑みが浮かぶ。
と、そんな雄介を尻目に、ベンチに座ったユーノがおもむろに口を開いた。

「五代さん……さっきクウガの力は普通はあり得ない力だって言ったよね?」
「え? あ、うんうん、それがどうかしたの?」
「変な事を聞くようだけど……そんな不思議な力を手に入れて、辛くはなかったのかな……?」

ユーノの言葉に、雄介はしばしの沈黙を挟み――やがて「うーん」と唸り、考えるような仕草を見せた。
難しい質問だと、雄介は思考する。何ていえば良いのかと悩んでいると、ユーノはそのまま言葉を続けた。

「僕の知り合いに、本当なら関わらなくて良かった筈の事件に関わって、
 結果、その世界の常識で言えば“不思議な力”を手に入れる事になっちゃった女の子がいるんだ」
「え……それって……」
「その子の人生は、本当なら関わる筈も無かった事件に巻き込まれて、大きく変わったよ。
 それは寧ろその子からしたら良かった事なのかもしれないんだけど……
 結果的に僕は一人の運命を変えちゃったんだって思うと、ちょっと気になって……」
「そっか……」

雄介はそれだけ言うと、ユーノの隣のベンチに腰かけた。
やっぱり何ていえば良いのか解らないし、上手く言葉には出せないかもしれない。
それでも、何となく状況を理解した雄介は、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

「実は俺もさ、本当ならクウガの力なんて手に入れる筈も無かったんだよね」
「え……?」

きょとんとした表情で見つめるユーノ。
雄介の脳内では、初めてクウガに変身した時の記憶が蘇って来る。
あの時――初めて未確認生命体第1号が長野県警に現れた時、もしも手元にアークルが無ければ、自分はクウガになる事は無かった。
その事件だって、元々クウガになる為に長野県警に向かった訳でも、未確認と戦うために向かった訳でもない。
そんな雄介が、突然の襲撃に見舞われて――アークルを触った時に感じたイメージのままに、古代のベルトを装着した。
結果として雄介はアマダムと融合し、クウガへの変身能力を手に入れてしまったのだ。
それは勿論雄介が望んでいた形である筈もなく。

「正直言って、未確認と戦ってる時は、辛くて泣きたくなるような事も沢山あったし、
 色んな奴と戦って、生まれて初めて“こいつを殺したい!”って思うほど、どうしようもなく相手を憎んだ事もあったよ」
「……」
「でもさ、クウガとして戦って、失っていく物ばかりだったってわけじゃないんだよね。」
「クウガの力の他に、手に入れた物……?」
「うん、俺は一年間クウガとして戦ったけど、そのおかげで沢山の仲間が出来た。
 俺一人じゃ最後まで戦い抜いてた自身はないかも、ってくらい何度も助けて貰ったんだ。」

クウガを支援し、共に戦ってくれた仲間達――
一条さんを初めとした、警視庁の皆さん。それから、それに関わる色んな人との出会い。
そんな皆からは、雄介自信も色んな事を学ばせてもらったし、そう言う意味ではクウガとしての戦いも列記とした冒険であった。
いつ自分の身体じゃなくなってしまうかもわからない恐怖や、未確認との戦いで心身共に傷つくことも何度もあったが、
結果として、雄介はあの世界の皆の笑顔を守ることが出来た。それは、雄介にとって一番の幸せなのだ。

「――そんな仲間が出来たし……多分、クウガの力のお陰でユーノ君たちとも会えたんだと思うからさ、俺は良かったと思ってるよ
 だからさ、その女の子もきっと今では良かったと思ってると思うよ。ユーノ君みたいな友達も出来たんだからさ!」

そう言って、雄介は屈託の無い笑顔を浮かべた。
対するユーノも、さっきまでと比べると、心なしか明るい表情で、雄介を眩しそうに見つめている気がした。
雄介はいつも通り、大丈夫の合図――サムズアップを、笑顔と共に返す。

「まぁ、とにかくそう言うことだからさ、ユーノ君も元気だしてよ」
「……なんか、ありがとうございます、五代さん……凄くいい人ですね」
「あ、いやいや、そんなことないよ!」

ユーノに褒められた雄介は、照れを隠すように笑顔を浮かべた。
嬉しそうな表情で笑顔を浮かべる五代に、ユーノも自然と笑顔になっていた。
しかし、笑顔が満ちていた筈の二人の耳に入ってきた声は――怒声。
振り向く雄介の視界の先、先ほどまでに楽しく遊んでいた筈の子供達が、何やら揉め合っていた。
一人の子供が相手を両手で突き飛ばし、周囲の子供たちにも何処か険悪なムードが広がる。
それを見ていた雄介が、おもむろに立ちあがった。

「ユーノ君はここで待ってて。ちょっと俺、行ってくるよ」
「え……行くって、五代さん!?」
「すぐ戻ってくるから、安心して!」

走りながら言葉を発する雄介に、最早ユーノはどうにもすることが出来ずに、ただ黙って見送る事しかできなかった。
そんなユーノの視線の先、雄介は子供達の間に割り込むと、懐から三つのお手玉を取り出し――
まるで大道芸人のように楽しげにジャグリングを始めた。
見とれる子供たち。最初は怪訝そうな表情で眺めていたが、そう時間が経たないうちに子供達の表情には笑顔が戻っていた。
最初は少しはらはらしていたが、こうなればもう大丈夫だろうと、ユーノは安心した表情を浮かべ、その光景を眺めていたという。
同時に、こんな人間だからこそ、辛くとも最後までクウガとして戦えたのだろうな、と。
少しだけ、雄介の事が解った気がした。




同日、海鳴市、八神家リビング――06:02 p.m.
八神はやてと、ヴォルケンリッターが一同に会し、一緒にテレビのニュースに視線を釘づけにしていた。
どうやらどのチャンネルに変えても同じニュースを報道しているらしく、そこからも緊急事態なのだろうという事が窺える。
テレビの画面に映っているテロップは、「地下街で大量殺人」というものだ。

「ひでぇな、こりゃあ……」
「あんまり遠くの事件でも無いし、なんや怖いなぁ」

ヴィータに続いて、はやてが不安そうに呟く。
事件はほんの数時間前に起こったらしく、その概要は地下街での大量虐殺というもの。
平凡な日常を送っていたこの世界の住人からすれば、それは普通に考えたらあり得ない規模の大事件だ。
ニュース曰く、地下街を歩いていた歩行者から、地下街で商売をしていた人間に至るまで、片っぱしからその命を奪われたという。
その被害者は、数が多すぎるが故に未だ数えきれてはいないが、数百人という単位であることはまず間違いないという。

『目撃者の証言によると、怪物が現れたという情報が―――』

ニュースでレポーターが報じた一言を聞いた一同の表情が険しくなる。
怪物だと? そんなもの、この世界にあり得る訳がない。
普通に考えればそう思う筈だ。だけど、はやて達には思い当たる節が一つだけ存在した。
自分達はごく最近、怪物が出てくる話を聞いた事がある筈だ。
八神家の居候――雄介が、元の世界の話をしてくれる時。何と言っていた?
未だ新しい記憶が、はやて達の脳裏に蘇る。
その概要は『未確認生命体と呼ばれる怪物達による殺人ゲーム』というもの。

「まさか、怪物って……」
「お、おい……雄介?」
「え……?」

そこまで言ったはやての言葉が、ヴィータの言葉によって途切れる。
ヴィータははやての背後に視線を向けたまま、何か変わったものを見つめるような表情を浮かべていた。
それに釣られ、はやても背後に振り向く。そこにいたのは――

「……雄介君?」

今帰って来たばかりの雄介が、スーパーの買い物袋を下げたまま、テレビを凝視していた。
雄介がこれほどまでに無表情になっているのを見たのは、これが初めてかもしれない。
はやてがそう思うほどに、雄介はただ黙りこんで、じっとテレビの画面を見つめていた。
そんな雄介が見詰める先で、テレビのニュースはやはり、先ほど起こったばかりの事件を繰り返すのみ。
これが雄介にとっての新たな闘いの予兆となるとは、まさかはやてには思いもよらなかっただろう。


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最終更新:2009年03月03日 13:14