海鳴市、私立聖祥大学附属小学校―――01:02 p.m.
いつもと変わらぬ平日の昼下がり。
子供達は運動場で走り回ったり、教室で雑談を楽しんだりと、多種多様な昼休みを送っていた。
そんな教室でただ一ヶ所だけ、他よりも重たい空気を醸し出している一組のグループが存在した。
まるで何かの会議をするかのように俯いたまま何も話さない少女が三人。
それから、何事もないように話を続ける少女が二人。
傍から見れば、五人いる中で三人もの少女がだんまりを決め込んでいるという光景は、どこか気まずくも見えた。
――否。何の会話もない訳では無い。ただ口から言葉を発していないというだけだ。
ならばどうやって話しているのか。その答えは、彼女ら魔導師組にとっては至って簡単なもの。
一般人には聞かれる訳には行かないような会話を、頭の中で念じるだけで言葉にせずとも話せる、所謂「念話」という奴だ。
彼女たち――八神はやてを始めとする魔導師組は現在、念話を持ってお互いに話し合っていた。
『――じゃあ、昨日の事件は、五代さんの世界からやってきた未確認生命体っていうのが犯人ってこと?』
『多分、雄介君ははそうちゃうかって言ってた。殺人の方法が以前戦った未確認と全く一緒やって』
寡黙な表情を崩さぬままに、フェイトが問うた。
対するはやては、「グロンギによる殺人事件」と思しきニュースを見ての、五代雄介の見解を述べた。
雄介が言うには、雄介が元居た世界でも、「第45号」と称された未確認生命体が、昨日起こった事件と全く同じ方法――
即ち、「トラックで地下街の入口を封鎖しての大量虐殺」を行ったという。
大量虐殺という時点で既に普通の日常では考えられないような事件であるのに、
トラックで入口を封鎖という方法まで“偶然”に一致することがあるだろうか?
未確認のやり方を知っている雄介からすれば、そんな事はまずあり得ない。おまけに怪物の目撃証言まで存在する。
そう考えるならば、今回の事件も未確認と何らかの関係がある者、あるいは未確認そのものが犯人と考えるのが妥当だという。
『ちょ、ちょっと待って……未確認の殺人ゲームって、五代さんが終わらせたんじゃなかったの!?』
『その筈やねんけど……もしかしたら、雄介君に倒された直後にこっちに飛んできたんかも……』
雄介自身、0号との戦闘中にこの世界に飛ばされて来たのだ。
それを踏まえて考えると、もしかしたらクウガとグロンギの戦闘で発生した何らかのエネルギーが原因で、
その戦闘によって倒された方が時空を超えて別の世界に訪れてしまう、という仮説も考えられなくはない。
が、それはあくまで仮説。ただの想像に過ぎないために、はやても自信無さげに呟いた。
『どちらにせよ、今はこれ以上被害を出せへんように何とかせなあかん。
仮に敵が時空を超えてやってきた相手やとして、それはやっぱり管理局も関わって来る事件やろうし……』
『そうだね……今は私達に出来る事をしないと。』
『うん……まずはこれ以上被害を出さないように出来る事を――』
「――ちょっと、聞いてるの!?」
出来る事をしよう。そうフェイトが念話で言おうとした、直後。
三人とはまた別の人物からの介入によって、その言葉は遂げられた。
フェイトが目を丸くして、机を叩いて立ちあがった声の主を見上げる。
顔全体で怒りを体言しながら立ちあがったのは――アリサだ。
「さっきから三人ともずーっとだんまりで……私の話少しでも聞いてた?」
「あ……いや、ごめんなアリサちゃん……ちょっと大切な話してて――」
「何よそれ? 私の話は大切じゃないって言いたいの?」
「いや、そんなつもりは……」
苦笑いを浮かべ、何とか場の空気を和ませようとはやてが言葉を切り返した。
が、それはアリサを邪魔者扱いしているかのように取られ、かえって怒らせる要因となったらしい。
冷静になって考えれば、今の一言は失言だったということははやてにも良くわかる。
だが、言ってしまったものはもう遅い。何とかフォローしようとするも、こんな時に限っていい言葉が出てこない。
未確認の話などアリサ達に解る訳も無いし、かといって「アリサ達には着いて来れない話だから」等と言える訳もない。
フェイトもなのはも、恐らくははやてと同じ考えだろう。どうしていいものかと慌てているのが、表情から感じ取れる。
何とも言い難い、気まずい空気が流れる。
ややあって、アリサ自身がそれを振り払うように、言葉を切り出した。
「はぁ……もういいわよ。そんなに私達が邪魔ならそうやって三人でいつまでも話してれば?」
「ちょ、ちょっと待ってアリサちゃん、そんなこと思ってな――」
「何なんその言い方……こっちかて確かに悪かった思うけど、そんな言い方することないやろ」
「ちょ……は、はやてちゃん!?」
流石に気まずくなったなのはがフォローしようと会話に割り込むが、その言葉も最後まで紡がれる事はなかった。
はやて自身も、今のアリサのふて腐れた一言に少しばかりカチンと来たのだろう。
はやてからすれば、アリサの話を無視する形になってしまったのは確かに悪いとは思っているが、それにも理由があるのだ。
「未確認生命体と呼ばれる化け物が大量虐殺を起こしました」なんて一般人が突然言われても混乱するだけだろう。
それ故に念話という手段をとっただけであって、アリサにここまで言われて黙っていられる訳がなかった。
「何よ、開き直るつもり?」
「開き直るとかそんな話とちゃうやろ。そりゃあ私らが悪い時は素直に謝るよ。
でも、アリサちゃんかて、友達に向かってその言い方はないやろ」
「そう言うはやてだって、友達に平気で隠し事してるじゃない。それってどうなのよ?」
「いや、だからそれは――」
「ああもう……! 知らないわよ、勝手にすれば?」
アリサはそれだけ言うと、はやての言葉を最後まで聞くことなく、席を立った。
「ちょっと待って、アリサちゃん!?」
「追い掛けんでええよ、なのはちゃん」
咄嗟になのはがそれを追おうとするも、はやてによってその足は止められた。
今のアリサはきっと、何を言っても人の話に聞く耳は持たないだろう。
ならば、暫く頭を冷やさせればいい。それが今のはやての考えであった。
EPISODE.09 戦士
海鳴市、八神家―――03:47 p.m.
八神家の居間で雄介は一人、考えていた。
電気をつけずとも明るい太陽の光が入ってくるとはいえ、やはり家の中では影が出来る。
それが日も少しずつ傾き始めようとしていた時間帯ともなれば尚更の事だ。
薄暗い一室で、ソファに座ったまま、表情をしかめる。
雄介が思い起こすのは、昨日の夜の出来事。
昨日地下街で起こった大量殺人事件のニュースを見た雄介はすぐに、はやて達に事情を話した。
かつて自分の世界でも全く同じ方法で殺人を行った未確認が居た、と。
その未確認は次々とトラックで地下街への出入り口を塞ぎ、逃げ道を失った人々を虐殺して行った。
もしもあの未確認がまだ生きていて、雄介と同じように時空を超えてこの世界にやってきたのであれば――
出来る事なら、そんな事は考えたくもない。だが、事実として、かつての未確認と全く同じ方法で殺人が行われているのだ。
故に、雄介はアースラのエイミィ達にその旨を連絡した。
エイミィが言うには、件の大量殺人事件が発生する少し前、僅かながら何者かがこの世界に転移してきた形跡があったという。
それが未確認生命体なのかどうかは定かではないが、雄介にとってはほぼ確定したも同然。
恐らく、今回の事件にも何らかの形で未確認が関わっているのは間違いないだろう。
だとすれば――
(俺はまた、クウガになれないといけない……)
これ以上の犠牲者が出る前に、クウガとしての力を取り戻さなければならない。
一刻も早くクウガとしての力を取り戻し、未確認を倒さなければ、また多くの人の笑顔が失われてしまう。
アマダムの石は、雄介の意思を受けて力を発揮する。雄介がもっと強く、“戦いたい”と願えば。
もしかしたら、すぐにでも戦えるようになるかも知れない。
だが、現実はそう甘くはなく――クウガのベルトは未だ姿を現さない。
まだ、何かが足りないのだろうか? だとすれば何が足りない?
そんな事を考えれば考えるほど、どうにも出来ない自分への憤りと、僅かな焦りが雄介に募り始めていた。
この世界に来てからの雄介しか知らない人間が、今の雄介を見れば、何事かと思うだろう。
それ程に雄介の表情は寡黙なものとなっていた。
「……雄介君、大丈夫?」
ふと、聞こえる声に雄介は顔を上げた。
そこにいるのは、背負っていた学校の鞄をソファに置きながら、心配そうに自分の顔を見詰めてくるはやて。
雄介はすぐにいつもの笑顔を作って、はやてに挨拶で返す。
「あっ……おかえり、はやてちゃん!」
「うん、ただいま……」
いつも通りの雄介の言葉に、いつも通り一言で返すはやて。
しかし、そんなはやての表情に雄介は、ほんの少しの異変を感じた。
人一倍相手の表情の変化に気付きやすい雄介だからこそ、気付けたのかもしれない。
どこかはやてに、元気がないように見えたのだ。
「……はやてちゃん、何かあったの?」
「え……なんで?」
「いや、何か元気ないように見えたからさ」
「あ……いや、ちょっとアリサちゃんと色々あって……」
「もしかして、喧嘩しちゃった……とか?」
罰が悪そうに言うはやてに、雄介はおずおずと質問する。
それに対する返事は一瞬。こくんと頷くのみで返された。
どうやら雄介の推測は当たっていたらしい。
「そっか……それで仲直りしたくて、どうしようか悩んでる訳だ?」
「まぁ……だいたいそんな感じやね。出来る事なら仲直りしたいけど……」
小さく俯き、表情を曇らせるはやて。
ややあって、はやては今日の昼休みに起こった一連の出来事を、雄介に話し始めた。
ちょっとしたことから口喧嘩にまで発展してしまい、結局アリサを怒らせてしまった。
確かに自分にも言い分はあったが、後から冷静になって考えれば、アリサの気持ちをもっと考えるべきだった。
喧嘩をした時はお互いに少し頭に血が昇っていたが故に、冷静になれなかった。
結果として、結局お互いに一言も言葉を介する事無く、下校時間を迎えてしまったらしい。
しかし、仲直りはしたいが、思い出したら腹が立ってしまうのも事実。
それが今のはやてを悩ませている原因だという。
雄介からすれば、子供の間にはありがちな喧嘩のパターンだ。
そんな時はお互いに冷静になってきちんと話し合うことが大切なのだが――。
「じゃあ、明日もう一回きちんと話し合ってみようよ」
「うん……わかってる。明日アリサちゃんに会ったらきちんと謝ろうと思う。
アリサちゃんを仲間外れにしてもうたのは私らが悪いんやし、もうそんな事にならへんように……」
「そっか……それなら、大丈夫。きっと仲直り出来るよ」
雄介はそれだけ言うと微笑み、親指を立てて見せた。
はやても小さな微笑みを浮かべながら、親指を立てて返す。
今自分がどうするべきなのか。それを雄介に教えられるまでもなく、はやてはしっかりと解っていた。
だから雄介も、これ以上何も言う必要も無いだろうと判断した。
――いや、寧ろはやての判断に、雄介は何か大切な事を思い出した気さえした。
はやてのように、今自分のすべき事をはっきりと見据えて行動する。それが大事なのだ。
(そっか……今俺がするべき事、か)
雄介は天井を見上げ、頭の中で呟いた。
今何よりも優先してやるべき事。それは、これ以上誰かに悲しい思いをさせないこと。
人間の命を何とも思わないような奴らの所為で、誰かの笑顔が奪われていく。そんなことは絶対に許してはおけない。
その為には自分は何をすればいい? クウガの力を取り戻すのを待っているだけでいいのだろうか。
――否。そんな筈はない。
自分は何としても、クウガの力を取り戻して、再び未確認の前に立たなければならない。
それが戦士クウガとしての、彼の役割なのだ。
―――そうだ。今は俺が出来ることを、やらないと。
その為には、まず何が出来るか。
自分は、昨日の事件の犯人――45号の手口を知っている。
今回も45号は以前と同じ方法で殺人を繰り返すのなら―――。
「ありがとうはやてちゃん」
「え? 何が……?」
「ううん、なんでもないよ。じゃあ俺ちょっと、出掛けてくるから」
「え……出掛けるって、どこ行くん?」
「うん、まぁ……ちょっと“こっちの冒険”に」
はやての問いに笑顔で返し、玄関へと向かって行った。
冒険というのはあながち間違いでは無い。何故なら、「未確認との戦い」という名の冒険はまだ終わっていないのだから。
今度こそ全ての未確認を倒し、全ての人々の笑顔を守る。それが雄介の、もう一つの冒険。
こっちの冒険を終わらせて、今度こそ平和になった世界で、本当の意味での冒険をしたい。
それこそが、雄介の願いなのだ。
◆
それからややあって、雄介は八神家の庭に停車させていたビートチェイサーに跨っていた。
ヘルメットを被りながら、雄介はビートチェイサーの無線機に向かって話しかける。
通信の相手はアースラ。ビートチェイサーの電波をアースラで拾って、管理局側からも通信を出来るようにしたのだ。
これは、この世界で碌な通信手段を持たない雄介への仮初の処置だ。
「――それじゃあエイミィさん、もしもまた未確認らしき者が現れたら俺に連絡お願いします」
『それは別にいいけど……未確認を見つけても、五代君は戦えるの?』
「ええ、まぁ……大丈夫です。だって俺、クウガですから!」
自信に満ちた表情で、雄介がそう言いきった。
自分はグロンギを倒す為のリントの戦士、クウガなのだ。それが自分に課せられた使命。
暴力が嫌いな雄介にとって、戦う事は苦痛でしかない。しかし、皆の笑顔を守ることは、それ以上に雄介が望んだこと。
だから、クウガとして戦う。その為にまず、45号を見つけ出す。
それが今の自分に出来ること。言い方を変えれば、45号のやり方を知っている今の自分にしか出来ないこと。
その意思を感じ取ったのか、無線機の向こうで、エイミィも何処か安心したように了解、と一言。
『じゃあ、それらしい反応があればすぐに連絡するけど――くれぐれも、無理はしないでね』
「はい、ありがとうございます! それじゃあ俺も、今から未確認を探しに行ってきます」
それだけ言うと、雄介は無線を切り、アクセルに手をかけた。
45号はかつて、四日間の間自分で入口を封鎖した地下街でばかり殺人を行っていた。
恐らくは今回も同じ。昨日の事件が起こった現場の周囲を中心に、地下街を探していく。
そうすればきっと、再び45号と出会える筈だ。
その思いで、アクセルを握る手に力を込めようとした、その時であった。
まるでビートチェイサーを進ませまいとするように、雄介の眼前に一人の少女が立ちはだかった。
つい先ほどまで雄介と会話をしていた、八神はやてだ。
「はやてちゃん……?」
「ちょっと待ち、雄介君。このまま行かせる訳にはいかへん」
言いながら、ビートチェイサーのヘッドを手で押さえる。
夕焼け色に染まる空の下で、はやての顔がビートチェイサーのヘッドライトに照らし出された。
照らし出されたはやては、真剣な表情で、ヘルメット越しに雄介を睨んでいた。
どうやら先程のエイミィとの無線の内容をはやてにも聞かれてしまったのだろう。
だからこその足止め。その表情からも、雄介ははやての言いたい事がだいたい解った気がした。
「ごめん、はやてちゃん……俺、行かなきゃダメなんだ。」
「冒険って、そういうことやったん?」
「そうだよ……これ以上、あんな奴らの所為で誰かが悲しむ顔は見たくないから」
雄介の決意は揺るがない。
真っ直ぐな瞳で、はやてを見据えたままそう告げた。
だが、対するはやてはそれで納得できる筈もなく。
「それでもし雄介君が死んでもうたりしたら、私が……
ううん、私だけやない、雄介君を知ってる皆が悲しむ事になる!」
「……俺は死なないよ。絶対に帰ってくるって約束する」
「なんでなん? 変身も出来へんのに、なんでそう言いきれるん!?」
「出来るよ、きっと」
「え……?」
はやてには、何故雄介がそう言いきれるのかが分からなかったのだろう。
目を丸くして、雄介を怪訝そうに見つめる表情からも、それが感じ取れる。
だからこそ雄介は、親指を突き立てて言った。
「だって俺、クウガだから」
そう。雄介は戦士、クウガなのだ。それが雄介の絶対的な自信の要因の一つ。
先程もエイミィに言った言葉を、今度ははやてに向かって。
サムズアップと一緒に、自分は大丈夫だから、と。
「そんなん理由になってへん……クウガである前に、雄介君は雄介君やんか……」
「だからこそだよ。俺は五代雄介で、クウガなんだ。今は俺を、信じて欲しい」
「……」
何処か自信に満ちたような微笑みを向けながら、雄介ははっきりとそう言いきった。
確かにはやての言うとおり、戦士クウガである前に、自分は一人の人間、五代雄介だ。
でも、だからこそはやてには信用してほしかった。
はやての知る五代雄介は、約束を破って死にに行くような真似は絶対にしないと。
それが五代雄介という一人の人間であり、クウガという一人の戦士の在り方なのだ。
雄介の言葉を聞いたはやては、呆れるように小さなため息を一つ落とし――
「――わかった。ただし、絶対に死んだらあかんで。これは何においても優先や。
ピンチになったら無茶はせずに、私やなのはちゃん達にも頼ること。わかった?」
「うん、約束する。絶対に一人で無茶はしないから」
それだけ言うと、雄介はビートチェイサーのアクセルを握り締めた。
手に力を込めると同時に、ビートチェイサーがエンジン音を轟かせる。
雄介は最後にはやてに振り向くと、笑顔を崩さぬまま告げた。
「それじゃあ、行ってきます!」
「……行ってらっしゃい」
はやては雄介のように笑顔ではいられなかった。付き纏う不安を振り払うにはまだ足りないのだろう。
だが、それでも。その一言だけは出来る限りいつも通りに。
それはまるで、買い物に出かけて、いつも笑顔で帰ってくる雄介に向けた言葉のように。
はやての言葉を聞いて安心した雄介は、勢いよくビートチェイサーのアクセルを解き放った。
◆
今度こそ、未確認の殺人ゲームを終わらせる。
人々の笑顔を奪う全ての敵を、この手で打ち倒してみせる。その思いを込めて、アクセルを握り締める。
ビートチェイサーに乗るのは久しぶりだが、調子は昔のまま。つまり絶好調だ。
流石は警視庁の技術の粋を凝らして造られたスーパーマシンだけの事はある。
そのままの勢いで、海鳴市を出ようとした、その時であった。
(あれ……あの子は……)
ビートチェイサーを運転する雄介の視界に入ったのは、目の前の公園。
日も落ち始めた夕刻時に、公園のベンチに独りぼっちで座る少女の姿が見えたから。
どうやらまだ家には帰っていないらしく、小学校の制服を着たままの金髪の少女は、どこか悲しげに俯いて居た。
まるでお守りでも握り締めるかのように、金色に光を反射する“何か”を見つめながら。
雄介はあの少女を知っている。そうだ。あの娘は――
「アリサちゃん……?」
そうだ。あの少女は、はやて達の友達の、アリサ・バニングスだ。
何故こんな時間に家にも帰らずにあんな場所で一人で悩んでいるのか。
はやてから聞いた話からも、雄介にはその理由には心当たりがあった。
恐らくは、はやてと同じように――いや、はやて以上に悩んでいるのだろう。
だからこそ、雄介はアリサを放っておくのが後ろめたく感じた。
――今は未確認を探すべきか。
――それとも、アリサに話しかけるべきか。
そう考えていたところで、雄介の思考はストップした。
その理由は、アリサの正面に立つ男にある。
特徴的な天然パーマに、紫色の唇。ストリート系ファッションの男が、アリサの前に立っていた。
まるで爪を噛むような仕草を見せながら、ゆっくりとアリサに歩み寄る。
雄介も、あの男の事は良く知っている。だけど、何故こんな所にいるのかが解らない。
元居た世界で、緑川学園の中学生が89人も殺され――さらに、1人は恐怖の余り自殺してしまうという最悪の事件があった。
それは、初めて雄介が“殺してしまいたい”と感じる程に憎んだ相手。
クウガになった者が最も抱いてはならない感情――「憎悪」を持って倒した相手。
それが、今雄介の目の前で、アリサの眼前に立っていたのだ。
雄介は最早これ以上考える事は無かった。
何もかも忘れて、今は全力でビートチェイサーのアクセルを握り締めるのみ。
あの男を、これ以上アリサに近づけてはならない。その一心で、雄介はビートチェイサーを走らせた。
最終更新:2009年03月16日 18:29