――それはあまりにも唐突だった。
とある一日のとある昼、時空管理局本局及び地上本部のあらゆる通信網が強制的にジャックされ、ある男の姿が映し出される。
それは時空管理局そのものを震撼させるのに充分な威力を持っていた。
『ご機嫌よう、親愛なる時空管理局の諸君。我々が主催する祭りの幕開けを楽しめて頂けただろうか?』
科学者を思わせる草臥れた白衣に、乱雑に伸びている長髪、金色に濁る瞳。
陰鬱な笑みを浮かべながら愉快そうに語るその男を忘れた者は誰一人としていない。
その男の脇にはまるで自分の成し遂げたことを見せしめるかのように市街地を襲ったワームの群れが映し出されていた。
『聡明たる彼らの名はワーム。 彼らが次元世界を超えて我々の元に訪れ、私は愛しい娘たちと共に自由を取り戻すことが出来た
その恩返しとして我々は拘置所に捕らわれた多くの同胞達と共にワームに手を貸すことを決めた……』
瞬間、モニター画面には軌道拘置所に収容されていたはずの世界規模のテロリスト及び、要注意危険人物と判断された次元犯罪者が次々と切り替わるように映し出されていく。
かつて自身の保有する強大な魔力を悪用した者。ロストロギア及びそれに匹敵する質量兵器を用いて、管理外世界を崩壊寸前へと導いた者。管理局が認めない威力を持つ危険なデバイスを開発し、凶悪犯罪に手を染めた者――
それら全てが広大な次元世界を恐怖に陥れた末に拘置所に収容された筈の最重要危険人物と認定された次元犯罪者だった。
『これは私が開くミッドチルダ管理局員の諸君に対するゲームの招待状だ、正義という名目で横暴たる君たちに捕らわれた我々の怨みはあの程度じゃ済まされない……精々対策会議でも何でもしてくれたまえ』
男は両腕を天に掲げ、高らかに笑う。それは自らに酔いきった人間の声だった。
目の前の光景に驚愕する者はもちろんのこと、憤慨する者もいれば、悪夢だと思いこむ者、状況の把握を急ぐ者、
その他大勢。
何故この男がそこにいるのか。あの騒動はこの男が仕向けた者だというのか。
管理局員の千差万別の反応を気付いているのか、モニター越しからその男は歓喜の表情を浮かべながら熱弁を続けた。
『それともう一つだけ君たちに向けて忠告しよう、周りの環境を取り纏う人間には気を付けた方が良い。ちょっとでも気を抜いたらすぐに絶望へと叩き落とされるだろうから……
ああ、我々を捕らえたことを後悔したところでもう遅い。同胞達は君たちのことを余程憎んでいるだろうから、頭を下げたところで逆鱗に触れるだけだろう
まあこちらの出す条件を呑むのなら、私から彼らに取りなしても良いがね……また会える日を楽しみにしているよ!』
男は不気味な笑みを保ち続けたまま一方的にその通信が遮断していき、姿が画面から消える。
その狂人の名はジェイル・スカリエッティ。
かつてミッドチルダを震撼させたJS事件の首謀者が発信したこの通信は、悪魔達からの復讐を意味する宣戦布告であった。
「――――――!!」
それはかつて時空管理局に背き、自らの魔力を悪用して犯罪を犯した魔導師の悲鳴だったが、もはや声になっていない。
大の字に拘束された男は四肢を痙攣させながら、数え切れないほど血の泡を吐いた。命乞いをした。忠誠を誓うとも何度も言った。
しかし女はそれをまるで退屈そうな表情で受け流しながら、目の前のコンソールパネルを動かしている。
やがて男の身体は表面が赤く染まっていき、ボコボコと音を鳴らしながら沸騰していく。次の瞬間、その身体は跡形も残すことなく霧散した。
検査台の上に残っていた二本のチューブのみが、捕らわれた男が存在していたという唯一の証明だった。
「……あ~あ、つまんないの。これも失敗か」
実験体となった男が消滅したことに気付いた女は溜息を漏らしながら呟き、両腕を止める。
その女、クアットロにとってこの光景は何度目になるかは分からない。仮にその回数を数えたところで意味を持つことはない。もはや当たり前のように慣れてしまったので何の感情も動かされることはなかった。
初めの内は長きに渡って管理局に捕らわれた鬱憤を晴らす最高の手段として人体実験を行っていた。
その素体は攫ってきたミッドチルダの一般市民から拘置所に捕らわれた次元犯罪者、更には管理外世界の希少生物及び同胞たるワームまで留まることを知らない。
自分たちを見下していた者達が、何の事情も知らずに拉致されたただの人間が実験に使用され無力な虫けらと成り下がる様は絶頂にも勝る悦びを感じる。
罵詈雑言で自分を罵りながら破滅していく者。一瞬の希望を与えた末に命を奪い、瞳から光が消えていく者。生き足足掻こうとした結果あっさり命を落とす等、数多の反応が見れた。
しかしそれも毎日のように見てきていては飽きてしまい、今や弱者に絶望と恐怖を与えたところで何の感情も湧いてこなかった。それでも自分を解き放ったワーム、創造主たる男の為にこの作業を続けなければならない。
実験体から止めどなく溢れ出る血漿、体内に蓄積された汚物、腐敗した体組織、胃液、嘔吐物――
己の身体にまとわりつくような暗闇の中は、夥しいほどの異臭に包まれていた。
「ふふふふ………頑張ってるみたいね、クアットロ」
多種多様の匂いが漂う闇の中に立ち尽くしていると、笑い声と共に声が聞こえる。
振り向くと、漆黒を掻き分けるように人影が浮かび上がる。現れたのは自身が最も敬愛した姉であり、スカリエッティの影響を最も強く受けた2番目のナンバーズ、ドゥーエだった。
薄い唇に張り付いた笑みを見た途端、クアットロは先程までの倦怠感が嘘のようにその表情を明るくさせる。
「ドゥーエ姉様!」
「あらあら、また失敗したの?」
「そうなんですよ~どいつもこいつもあっさり壊れちゃって全然実験が進まないんです」
「まったくこの位のことにも耐えられないなんて………ん?」
クアットロは自身の抱える不満を姉に漏らす。
微笑みながらそれを耳に入れるドゥーエは微かな熱が残る検査台を一瞥する。チューブの先に置かれている物体を見て、ドゥーエはその口を止めてしまう。
そこには眩いほどの青い光が放たれていた。目を凝らしてみると、手の平に収まるほどの宝石のように形が整っている鉱石が見える。ドゥーエは瞬時に光を放つ物体の正体を導き出した。
ジュエルシード。
強力な魔力が結晶となったそれは周囲の生物のあらゆる願いを具現化させる性質を持ち、世界を破滅させるほどの力を持つロストロギア。
かつてはスカリエッティも所持していたが、JS事件の際にレリックと共に時空管理局に全て押収されたはず。
「どうしてこれがここにあるの」
「ビショップ様からの贈り物ですわ~」
「ビショップからの?」
「ほら、先日の会談の際にドゥーエ姉様はお怪我をなされたじゃありませんか。その事に対するお詫びの品だそうです」
喜色満面で語るクアットロに対し、ドゥーエはジュエルシードを見据えながら思惟を始めた。ファンガイアの中でも知略に長けた策略家である彼が何故このようなロストロギアを差し出したのか。
ビショップは度々ミッドチルダに訪れては管理局に関係するあらゆる情報を集めていた。魔導師の使用するデバイスの性能及び製造方法はもちろんのこと、それによって発動される魔法技術の原理。
更にはかつてJS事件で製造したガジェットドローン、果ては封印されて久しい質量兵器といったミッドチルダの歴史に刻まれた技術について調べていた様子も見られた。
無論、ジュエルシードを初めとするロストロギアについても熟知しているはず。彼ほどの男が危険性の高いロストロギアを易々と渡すなんて考えられない。
仮に策略があったとしても、我々のように破壊欲に満ちた存在に預けた結果が見えないわけがない。
「ドクターの立てた原理は完璧なんですけど、やっぱこいつら使えなさすぎです~ ドゥーエ姉様、もっと良い個体を使えるように頭領やドクターに頼んでくれませんかぁ?」
思案に耽っていたところ、妹の媚びるような甘い声が耳に入りドゥーエは我に返る。
「……そういえば、あなたが作っているのは人造魔導師に変わるって言う新たなる戦力だったわよね」
「ええ、人間の体内にワーム、ファンガイア、ネイティブを初めとする強靱な生命力を持つ生物の細胞を混ぜ、そこから強力なエネルギーを流し込むことによって誕生する究極の生体兵器です。最初は結構成功してましたけど、ジュエルシードをエネルギーとして使うようになってから急に失敗続きで」
「適合しなかった個体はあなたが始末してるの?」
「いいえ、み~んなエネルギーを流す最中に跡形もなく消えちゃいました! あ、でも良くてジュエルシードに取り込まれてパワーになるくらいの結果は残りましたわ。まあどっちにしろ片づける手間が省けて大助かりですけど~」
うふふ、と機嫌良く鼻を鳴らしながらクアットロは語る。
「それにしてもこのような物を差し上げてくれるファンガイアの皆様には見直しましたわ~ 時空管理局も見習って貰いたいくらいです。でも、やっぱりもう少し良い個体は欲しいですね~」
「手元にある個体でも良質のはたくさんあると思うけど、それじゃ駄目なの?」
「ん~使いたいのは山々なんですけど、あれは成功例が出来てから使う予定ですので。だから今は外から他の素材を探しているんです~」
「他の素材って……どんなのなら良いの?」
「そうですね~………例で言うなら奇跡の部隊、機動六課の魔導師クラスが素材なら成功率はグ~ンと上がるかもしれませんね~……」
クアットロは言う。
閉塞的な暗闇の中で、進化を遂げた戦闘機人達はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
計画に対する絶対の自信を示すかのように二人は喉を鳴らすが、それは不規則的に鳴り響く機械音に飲み込まれていった。
クロノ・ハラオウンに召集を受けた彼女達は時空管理局の一室にて、円卓越しに向かい合っていた。
戦技教導官高町なのは、次元航行部隊執務官フェイト・T・ハラオウン、特別捜査官八神はやての三人はジェイル・スカリエッティの脱獄及び突如としてミッドチルダに現れた怪物、ワームについて話し合っている。
人間の姿と記憶を複製し、社会の闇に紛れ込む――
ワームの持つその能力を聞いて、フェイトは例えようのない憤りを感じていた。それはスカリエッティが生み出した自分やエリオの誕生に関係するプロジェクト・Fと同じ性質だからだ。
その最中にはやては以前カリムから聞いたレアスキルによって導き出された予言について語り出す。予言に書かれた詩が最近のミッドチルダ各地で発生している怪現象に近いと彼女は推測している。
次元震動、そこから不規則的に発生する謎の皆既日食。別次元世界より現れたワーム、それに対抗する為に作られたマスクドライダーシステムの名を持つ技術。
加えてスカリエッティ及び軌道拘置所に捕らわれたナンバーズを初めとする数多に存在する次元犯罪者の脱獄。
無論、時空管理局は更なる対応に追われることとなったが、未だに具体的な対策案が出ていない。会議に出席していたクロノはその中で出された案について語り始めた。
「機動六課の再結成……?」
「そうだ、この異常事態の対策の為に結成すべきだという案が会議の途中で出た」
訝しげに口を開くはやてに答えるようにクロノは言う。
機動六課。それはかつてカリムの予言に記された詩文に書かれた内容に対抗する為になのはやフェイト達と共に作り上げた古代遺物管理部の機動課の第六部隊。
クロノ、リンディ、カリム及び伝説の三提督といった管理局上層部の人間の力を借り、はやての身内に近い人間を中心に構成された組織。
一年間という僅かな期間に試験運用として使われ、その間に新人達の育成を兼ねてレリックに関連する数多くの事件を解決してきた。
「今回は数年前と同じように各部署から魔導士の招集が認められ、大規模な予算のバックアップも付くそうだ」
「それは、かつてのメンバーが集まるって事?」
「ああ、それに加えてスカリエッティの対抗策として更生プログラムを受けた戦闘機人達も機動六課のメンバーとして導入するらしい」
クロノははやてにそう告げた跡、苦い表情で軽く溜息を漏らす。
「ただ、あまりにも都合が良すぎるんだ。既に六課設立の為の条件が既に整っていたり、出力リミッターの任意解除など、これからの活動の為に相当の自由が許されるようになった……
これは僕の推測だが、ワームは管理局を利用して遊んでいるんじゃないだろうか」
「兄さん、もしかして――」
「考えてみろ、スカリエッティほどの男がワームのような能力を持つ生物と手を組んだら、本気を出せば管理局を乗っ取るなんて造作もないはずだ。それにも関わらず何故あのように自らの実力を誇示するような真似をする?」
「私達を使って、遊ぶ為……」
フェイトの呟きと同時に、一同に溜め息が漏れる。
その時、ノックの音と共に部屋の扉が開き、一人の青年が姿を現す。無限書庫司書長、ユーノ・スクライアだった。
「みんな、遅くなってごめん。無限書庫での書類検索に手間取っちゃって」
「いいや、大丈夫だ。それよりそっちの方は大丈夫なのか?」
「無限書庫もワームの出現で空気が悪くなってたけど、ようやく落ち着いたところ」
ユーノは言葉に続くように、円卓の上に仮想ディスプレイが開く。
そこに映し出されているのは市街地を襲撃した昆虫を模した異形の集団、ワームが映し出されている。
「管理局はこいつらの生態系について徹底的に調べた、けれど体組織に不可解な点が多すぎる。一部には、魔法の効力を一切通さない組織もあったんだ」
「無限書庫にワームに関する情報は無かったの?」
「勿論調べたさ。けれどワームに関しても、あのマスクドライダーシステムって技術についても何も出てこなかったんだ……」
ワームの映像とユーノの顔を交互に見ているなのはに対し、ユーノは申し訳なさそうに答える。
「もしかしたら、既に先手を打たれていたかもしれない。無限書庫の局員に擬態したワームが、自分たちに不利になるような情報を抹消した……こう考えるのが妥当な気がするよ」
「でもユーノ君、ロッサは無限書庫はシロだって言うてたから、考えすぎとちゃうん……?」
「僕もそう信じたい。でも、あいつらの持つとんでもない性質のことを考えると嫌でも悲観的になっちゃうんだ……」
はやては言うが、ユーノの様子は一向に変わることはない。
彼女は一瞬でそれを理解した。あのような生物が管理局にとって重要な部署と言える無限書庫に忍び込んでいると考えるなという方が無理な話だ。
ワームの対策会議の後、ヴェロッサ・アコースは自らのレアスキル『思考捜査』を用いて管理局上層部及び重要部署に配置されている人間の調査を行った。
結果、現時点では以上は確認されなかった。しかし、それでもワーム程の能力を持つ生物が時空管理局の支配を行うなど造作もないはず。
故に市街地で行われた戦闘の直後、管理局各地では不穏な空気が流れていた。
一同の間に沈黙が流れそうになった途端、それを破るかのようにクロノは口を開く。
「……とにかくユーノ、すまないがあいつらと戦う為に必要な資料がないかもう少し調べてみて欲しい」
「僕だってそのつもりさ。とりあえず、本局からあのマスクドライダーシステムって機能のデータを送ってもらおうとも思う」
「そうか、分かった。はやて、六課の再結成については怪しいところがあるかもしれない」
「分かってる、もしかしたらこれはあいつらの罠かもしれない………でも、あんなとんでもない化け物がミッドに現れたのなら動かないわけにはあかんからな。私は私の出来ることをしようと思う」
自らに言い聞かせるようにはやては宣言する。
そこには、ミッドチルダに現れた悪夢に立ち向かうという意思が込められていることをこの場の誰もが感じ取った。
こうしてごく僅かな人間を集めて行われたこの日の会議は終了となった。
08 悲劇の真実
陸士部隊のスーツを着たその男は、クラナガンのある駅の北口から出ていた。そして彼は街の通りに出て行った。
早朝の時間帯からか空は未だに薄暗く、街灯が僅かに照らされていて通行人もほとんどいない。彼は右手に巻かれている銀色の腕時計を見る。
「見つけたぞ……」
獲物を狙う百獣の王のような視線で物陰から彼を不敵な笑みで見つめる男がいた。
ルークの名を持つその男は右腕のストップウオッチを確かめる。自らが行うゲームの残り時間は五分を切っていた。
『腕時計を巻く人間』それが今回のルールだ。
この世界には時空管理局というかつて自分のいた世界に存在していた『素晴らしき青空の会』と同じように我らファンガイアの邪魔をする組織がいるとの報告があった。
同じチェックメイト・フォーの一角に立つビショップからはその愚か者共の排除の任務が課せられている。しかし、ルークにとって今狙っている男がその組織に属しているかどうかなど関係なかった。
あの日、ルークはイクサとの戦いに敗れた末に跡形もなく粉砕された。
しかしそれは自ら望んでいたこと。このままの流れならば天国に行き、退屈を紛らわせられるはずだった。
だがある日、ファンガイアと別種のネイティブと名乗る異形の集団に蘇生させられてしまい、自分はこの未知の場所に送り込まれた。目的はただ一つ、邪魔者の排除。
本来ならばそのような任務など断るはずだが、今の彼は最高の娯楽を見いだしている。それはマスクドライダーシステムの名を持つ兵器。
彼は今すぐにでもこれを使って獲物を狩りたい衝動に駆られていたが、相棒はそれを許さない。よってその時が来るまで耐えねばならなかった。その鬱憤を晴らす為にルークはゲームを行っている。
ルークは軽く地面を蹴る。人間の姿を保ったままでも感覚器官、運動器官は異常なまでの能力を誇っていた。人間とは比較にならないほどの筋肉は彼の身体を軽々と運び、数メートルの距離を一瞬で埋める。
男は唐突に現れたルークを見て、驚愕の表情を浮かべる。それに答えるかのようにルークの瞳が怪しく輝き、頬にステンドグラスを思わせるような模様が浮かび上がった。
直後、男の周囲に浮遊する四本の牙が現れる。それは男の首筋に刺さり、彼から生気を奪う。
「ーーーーーー!!」
口をあんぐりと開けながら声にならない悲鳴を漏らす彼の顔は、徐々に透き通るように色を失っていく。やがて崩れ落ちるかのように地面に倒れ、跡には彼が着ていた服のみを残していた。
それを見たルークは満足げに喉を鳴らし、唇を一層歪ませる。
「………ゲームクリアだ、俺は俺にご褒美を与える!」
ルークは動き続けるデジタル時計を止め、その場を去っていく。
計画の進行は相棒が知らせてくれる。彼はただ、ゲームを続ければいい。クリアすれば褒美を与えるし、時間切れならば自身に罰を与える。
今までそうやって生きてきた。そしてこれからもそう生きればいい。
その間に生まれた犠牲のことなど、知ったことではない。
不意に彼は足を止め、天を仰ぎながら大空を見上げる。
「GYYYYAAAAAAAAA!!」
青空を見上げるルークは勢いよく吠え、覇気と共に放たれる衝撃が冷たい大気を震撼させる。
その内面には獰猛さと威圧感、更には圧倒的凶暴性を全て揃えており、百獣の王に近い。
やがて咆吼を終えるが、その途端に辺りは静寂に包まれた。
「それにしてもつまらんな………」
ルークはぽつりと呟く。
ゲームは制限時間以内にクリアした。だが面白くない。物足りない。
何の障害もなくクリア出来るゲームなど、やって何になるというんだ。
純粋なるファンガイアの血が騒ぐ。こんな雑魚など襲い飽きた、もっと強い相手はいないのか。面白い相手はいないのか。
キバだろうとイクサだろうと、何ならサガが相手だろうと構わない。とにかく退屈さえ拭えれば何でも良い。
彼はその鋭い視線で、次の獲物を喰らう為に動き始めた。しかし、彼はすぐに足を止める。
「お前は………?」
空の彼方からルークの目前に、カブティックゼクターが銅色の身体を街灯に照らしながら現れた。
それはまるで主人に何かを伝えるかのように周囲を飛び回っている。対するルークはその意味を瞬時に察知した。
「………そうか、極上のゲームがあるんだな!」
笑みを浮かべながら答えるルークに、カブティックゼクターは肯くことを伝えるように激しく動く。
それを見たルークからは苛立ちが消え、まだ見ぬ強い獲物への渇望が沸々と湧き上がっていった。
「良いだろう、今すぐそいつの元へ連れて行け! ご褒美は後でいい、新しいタイムプレーの始まりだ!」
時計のボタンを押すと、時間が流れ出す。それを合図として、カブティックゼクターは空の彼方へと飛び立っていく。
対するルークは人間を遙かに上回る視覚でカブティックゼクターを目で追いながら、重量感溢れる体を動かす。
今の彼の中にあるのは、次のゲームのフィールドに向かうこと。ルークは既にたった今行ったゲームのことも、ゲームをクリアした自分への褒美のことも、犠牲になった男のことも忘れている。
ルークとって、そんなことなどもはやどうでもいいことだった。
ルーク自身は数えたことなど一度も無いが、彼がこの世界に降り立ってから数日が経過している。
その間に行ったゲームの回数は既に二十回を超す。そのゲームの犠牲者は総計して、三百四十八人。
ここ数日、ワーム出現に続くように発生したミッドチルダ各地で行われている謎の無差別殺人が世間を大きく震撼させる。
しかし、今も何処かで誰にも知られることのないルークのタイムプレーは続く。
ファンガイアの中でも上位の実力を持つチェックメイト・フォーの一角に立つ男、ルーク。
暴虐と狂気に満ちたゲームを止めることの出来る者などいなかった。
最終更新:2009年06月25日 22:19