―――7
50畳程の広い部屋である。
室内の三分の一はシェードで区切られ、その奥には椅子に座っている髪の長い女性と思しきシルエットが一人。
手前には“sound only”と表示された空間モニターが相対する位置にある。
モニターの周囲は、壁際全体を取り囲むように二十あまりの同じモニターが、半円形に並んでいる。
天井全体にはめ込まれたパネル型の照明は、自然光に近い暖かい照明で燦燦と部屋を照らし、壁面にはカナディアン
ロッキーかアルプスの麓を思わせる山岳地域の美しいホログラム映像が流れている。
寝入ってしまいそうな心地良い部屋であるが、室内に漂う空気はそれと正反対の緊張感に満ちていた。
「フレンジーが得た情報は以上だ」
半円のモニターの中の一つ、下に小さく“サウンドウェーブ”と名前の出ている空間モニターがそう言って報告を終えた。
「“案内人”、確かにあんたの言ってた通りのようだな」
“ボーンクラッシャー”と表示された空間モニターがシェードの向こうの人影に言う。
「これで、私があなたたちに提供した情報の正確さが理解できたわけね」
案内人と呼ばれた人影が言うと、“バリケード”という名のモニターが賛意を表す。
「ああ、御蔭で目標がはっきりしたよ。聖王教会の最深部だ」
モニター名“デモリッシャー”が、シェードの前にあるモニターへ問い掛ける。
「で、どうすんだ “スタースクリーム”?」
スタースクリームと呼ばれたそれは、しばし思考を巡らせるようにゆっくりした口調で言う。
「管理局と聖王教会の連中の注意を、他に逸らす必要があるな」
そこで一度言葉を切り、スタースクリームは再び思考の糸を巡らす。
「ミッドチルダ人が言う聖王教会最奥に眠る“魔神”を確認次第、クラナガンに潜入している連中は市内で撹乱行動を取れ、
それもド派手に…な。合図は俺が出す」
スタースクリームの言葉に“ダブルフェイス”から笑い声に似たノイズが発せられる。
「いよいよ大暴れの時が来たってわけだ」
それに続いて“ブロウル”も嬉しそうに言う。
「あの街の大通りで思いっ切り主砲をブッ放してみてェ…とは思ってたんだ。お誂え向きだぜ!」
「ちっ! 俺たち“ビルドロン部隊”は出番なしかよ!!」
“ロングハウル”が不満を口にすると、ブラックアウトも不服げに呟く。
「俺も同じく」
「へへっ、お気の毒さま」
デモリッシャーは、愚痴をこぼす六つのモニター向けてからかうように声をかけた。
「サウンドウェーブ」
「何だ?」
嬉々として話し合う周囲のモニター達を尻目に、スタースクリームはサウンドウェーブに声をかける。
「タイコンデロガから動けるか?」
サウンドウェーブは即答した、考えるまでも無い事だからだ。
「依然として警戒態勢は継続されているが、向こうは我々について何も掴んでいない。
移動は容易だ」
「よし、お前はクラナガンの本局ビルへ移れ。通信の傍受と、出来れば妨害をやるんだ。
それから、フレンジーは聖王教会に向かわせろ」
「了解した」
サウンドウェーブと話を終えたスタースクリームは、次に案内人へ声をかける。
「それで案内人、あんたの要求は?」
「何の事かしら?」
案内人が首を傾げると、スタースクリームは先程ブロウルが発したのと同じ、笑い声のような不快なノイズ音声を発する。
「とぼけるなよ、タダでこれだけの重要情報をくれるなんて事は絶対に有り得ん話だ。
何か狙いがあるんだろ、そいつは何だ?」
案内人は少しの間考え込むように沈黙する。
「そうね…、確かに要求はあるわ」
その言葉に続いて、スタースクリームの眼前に男性一名と女性四名の人間型生物が映った空間モニターが表示される。
「この五人の脱獄を手伝ってもらいたいの」
「誰だこいつらは?」
「“ジェイル・スカリエッティ”と彼が創造した戦闘機人“ナンバーズ”。
今から数年前、クラナガンで“JS事件”と呼ばれる大規模テロを引き起こし、聖王教会の禁忌“聖王のゆりかご”を起動
させた科学者よ。
それだけの事をやった割にわずか数日で鎮圧される体たらくだったけど」
スタースクリームは吐き捨てるよう言った。
「へっ、だらしのねぇ奴め」
「でも、生命操作の技術に関しては超一流だし、この眷属たちもそれなりの戦闘力を持っているのは確かよ、こちら側に
引き込めば強力な戦力になる。
あなた達“デストロン軍団”にとっても、損のない話だと思うけど」
スタースクリームはしばし考え込んだ後、案内人の要求を呑む事にした。
「いいだろう、ビルドロン部隊を使うか? あいつらも暴れたがっているようだし」
スタースクリームの提案に、案内人は首を振る。
「いいえ、破壊活動ではないから彼らでは不向きだと思うわ。
それよりもフレンジーのように秘密裏に侵入できるデストロンは居ないかしら?」
それに答えたのはサウンドウェーブだった。
「“ジャガー”はどうだ?」
サウンドウェーブの言葉に、スタースクリームが尋ねてくる。
「動かせるのか?」
「ああ。別次元世界での潜入工作に必要になるかと思い、現在は自由行動にしてある。
指示があればいつでも動かせる」
反対する理由は特に無かったので、サウンドウェーブからの提案に案内人は同意する。
「私はそれで構わないわ」
「OK、取引成立だな」
案内人にそう言うと、スタースクリームは次にサウンドウェーブに質問する。
「サウンドウェーブ、そいつらの居場所は?」
サウンドウェーブはフレンジーの情報を検索し、結果をモニターに表示させて答える。
「第17及び第6無人世界の軌道拘置所だ」
「二つの世界に居るのか…。インセクトロンとリアルギアの連中も動員しよう」
そう言い終えると、スタースクリームは部屋の全員に宣言して話を締めくくった。
「おい野郎ども、方針は決まったぞ。直ちに準備にかかれ!」
「おう!」
空間モニターがすべて消えるとシェードが上がり、革張りのアームチェアに座って複数の空間モニターに映るニュース放送
に見入る、黒のロングスカートに灰色の髪をした案内人の後姿が現れる。
案内人がその中の一つに手を触れると、ニュース番組からカリムの予言に表示が切り替わる。
案内人は文の上を指でなぞりながら呟いた。
「これは全ての始まり…真の死せる王が蘇る時、全次元世界を戦火が呑み込む…。
復讐の手始めとしては上出来かしら」
セギノール基地が壊滅してから数日、ゲラー長官は家に帰る事なくずっと本局ビルとタイコンデロガの間を行き来している。
この時は、オーリス秘書官の強い奨めを受けて、本局ビルの将官用の休憩室にて数十時間ぶりの睡眠を取っていた。
ベッドの機能も兼ね備えた長椅子に横たわり、毛布をかぶって眠る長官を最小限の明度に落とされた照明が淡く照らす。
と、突然アラーム音と共に空間モニターが一つ開く。
少しの間毛布がもぞもぞ動いた後、中から手が伸びてモニターのアラームを切った。
「お休み中のところを申し訳ございません」
眠たそうにな様子に、オーリス秘書官が本当に済まなそうな表情で言うと、ゲラー長官は優しげに微笑んで言う。
「大丈夫だよ、君の御蔭で久しぶりに眠る事ができた。ところで用件は?」
ゲラー長官の表情に秘書官は多少ホッとした様子だが、まだ不安げな表情のまま言葉を続ける。
「はい、元老院よりお客様が参られてます」
それを聞いたゲラー長官の顔から微笑みが消え、数多の局員を指揮する時空管理局長官らしい冷徹な表情に変わる。
「そうか…。すぐに着替えるから、少々待たせてもらえるかな」
「かしこまりました」
5分後、真新しい将官用スーツに着替えて部屋を出たゲラー長官を、オーリス秘書官と糊の効いた黒いスーツにチェックの
ネクタイを付けた、五十代前半らしい髭の白人男性が出迎えた。
「お休みのところ誠に申し訳ありません」
男性はそう言いながら長官に手を差し出すと、長官も握手を返しながら男性に質問する。
「元老院から参られたそうで?」
男性は頷きながら革製のカードケースを取り出し、“トム・バナチェク”という名前の入ったIDカードを見せる。
「正確には元老院大法官及び聖王教会法王直属の機密組織、セクター7より参りました」
「…セクター7?」
“シーモア・シモンズ”と名前の入ったIDカードを見ながら、なのはは首を傾げた。
「シグナムさん聞いたことあります?」
なのはは右隣りで同じようにカードを見ているシグナムに尋ねるが、シグナムは首を横に振りながら言う。
「いや、まったくないな。お前たちはどうだは?」
シグナムはさらに右隣りに居るギンガ・シャマル・ヴィータの三人に声をかけるが、全員首を横に振った。
「今後も聞かなかった事でお願いします」
シモンズという名前の、警察官僚か諜報工作員を思わせる一分の隙もなさそうな雰囲気を身に纏った、四十代後半
らしき黒スーツのラテン系男性は、カードケースを仕舞いながら言った。
「で、その機密組織の方が何のご用でしょうか?」
シグナムが尋ねると、シモンズは
「セギノール基地事件及びタイコンデロガ侵入事件と、騎士カリムによるJS事件の預言との関係について説明する為、
関係者全員をお呼びしております」
「騎士カリムの預言って…ゆりかごの件ですか? あれは、ゆりかごの撃沈でもって終わった筈じゃ?」
シャマルが驚きの表情で尋ねると、シモンズはその反応に満足したような口調で答える。
「我々セクター7はまったく違う解釈をしております」
ヴィータが両腕を後頭部で組ながら、うんざりしたような表情で言った。
「また会議かよ、あたしお腹空いてるんだけどなぁー」
「ヴィータ!」
「ヴィータ三尉!」
シグナムとギンガが窘めると、ヴィータは二人をジト目で見上げながら言う。
「でも、シグナムやギンガだってそうだろ?」
ヴィータの言葉を肯定するかの様に、二人の腹の虫が音を立てた。
あまりに出来過ぎたタイミングにヴィータはニヤニヤ笑いを浮かべ、シグナムとギンガが顔を紅くして俯く。
「食事でしたらご心配なく、こちらで用意いたしますので」
シモンズが表情を変える事なく言うと、ヴィータは「やったー!」と満面の笑みを浮かべて両手を挙げ、シグナムと
ギンガは「も、申し訳ございません…」と恥ずかしそうに頭を下げて言った。
本局ビルの地下は、未決囚の収監用及び尋問用の小部屋が無数にあり、本局勤務の局員たちはそこを“毒蜂の巣”と
呼んで恐れている。
シャーリーとグレンが放り込まれた部屋もそんな巣の中の一つであり、黒色のウレタンのような柔らかい材質の
防音用壁材の所為で照明が点いているにも関わらず周囲は薄暗い。
小皿一杯に盛られた“セデア・ドエディア”と呼ばれる、ミッドチルダ産の小麦に似た穀物で作られたドーナツを、
グレンは次々と口に放り込んでいく。
そんなグレンの様子を呆れた表情でシャーリーは眺めていると、それに気づいたグレンはニヤリと笑いながら言った。
「いいかシャーリー、こいつは尋問前のテストなんだ」
「テスト?」
シャーリーが訝しげに尋ねると、グレンは自信たっぷりに頷いて先を続ける
「まずは食事を出して尋問する相手の反応を確かめるのさ、どこまで知っているか…と言った事をな」
シャーリーは訝しげな表情のまま、黙ってグレンの話を聞き続ける。
「考えても見ろ、後ろ暗い秘密を持っている人間がこんなに食いまくるか?
俺は自分の有り余る食欲を見せ付ける事でその辺りをクリアにするつもりなのさ」
「私には必死に誤魔化しているだけにしか見えないけど…」
シャーリーは顔を伏せて小さく呟く。
「そこでだシャーリー、まずは俺たちの意見を統一しておこう」
「意見の統一?」
シャーリーが言うと、グレンは頷いて話を続ける。
「逮捕自体が不当だと訴えるんだ、こちらが管理局に対して人権侵害で訴えるぞ、って抗議する」
それを聞いたシャーリーは、完全に呆れたような表情と口調で言った。
「抗議ってあんた…い―――」
「しーっ!」
グレンが人差し指を口に当てると、シャーリーは慌てて口を押さえた。
そして、グレンの隣に席を移してヒソヒソ声で話す。
「違法を承知でデータをコピーしたのはバレバレだってのに、一体どうやって?」
するとグレンはニヤリと笑って答えた。
「今こそ演技力が必要なんだよ。
まぁ見てなって、このグレン・ホイットマン様一生一代の名演技を―――」
彼らがそうこう話し合っているうちに、ドアが開いて尋問の担当官二名が入ってきた。
一人は青白い顔色の、鋭い前歯に長く上に伸びた耳が鼠を思わせる、身長2メートル以上の痩せた不気味な生物。
もう一人は身長70cmの、蝙蝠の羽のような大きい耳を持つ、モヒカン刈りのような白い髪の毛の牙を剥き出しに
した凶悪な表情の小柄な生物。
彼らはグレンとシャーリーを値踏みするように見回した後、二人の真正面の位置に立つ。
鼠顔が皿を片付け始めると、蝙蝠耳がそれを横目に椅子に座ると、彼の体格に合わせて椅子の大きさ、高さが調節
される。
皿がトレーに載せられてガチャンと音を立てた次の瞬間、グレンの乏しい忍耐力は限界に達した。
「こいつだ! こいつが犯人だ! 俺は違法なデータ解析を強要されたんだ、無実だ!」
これまでの強気な発言をほっぽり出して、グレンはシャーリーを指差して見苦しい自己弁護を始める。
「そりゃ、確かに動画やらヒット曲を数千も無許可ダウンロードしたけどさ、反逆罪に問われるようなヤバい事は絶対
やってないって! 聖王陛下に誓ってそれだけは言える!」
事これあるを予想していたシャーリーは、グレンへ特に反論したり罵声を浴びせたりする事はなかった(軽蔑の眼差し
を向けこそはしたが…)。
「聞いてください! あのデータは―――」
シャーリーは分析結果について説明を始めようとするが、依然として続くグレンの言い訳がその邪魔をする。
「俺まだ女とヤッた事ないんだよ、童貞なんだよ! 死刑にはしないで下さい! お願いします!!」
あまりにあんまりな懇願を続けるグレンに辟易したシャーリーは、大声で怒鳴り付ける。
「ちょっとグレン! 今、重要な話してんだから少し黙ってて!!」
しかし、シャーリーの怒鳴り声はかえってグレンの反発を招いた。
「そっちこそ黙れこの犯罪者! 俺に話し掛けんじゃねぇ! 金輪際俺と関わるんじゃ―――」
グレンはそこまで言いかけると、突然表情を曇らせてテーブルに突っ伏す。
「うえっ、何か気分が…」
「そりゃそうでしょうよ! 菓子パンやら何やら色々ドカ食いしたんだから!!」
シャーリーは吐き捨てるように毒づくと、尋問官に振り向いて説明を始める。
「聞いてください! グレンによる分析結果では、彼らが特に重要視してるのは“セクター7”と“銀の魔神”と
言う名前の機密ファイルです!!」
シャーリーはそこで言葉を切り、必死に次の言葉を探す。
「そのデータが何を意味するのかは私には分かりませんが、八神一佐が言っていた通り分離主義者とはまったく
無関係な、今まで存在の知られていなかった勢力による犯行であることは間違いありません!
至急長官に連絡して分離主義派との戦争が始まる―――」
シャーリーが必死で尋問官を説得している時、突然ドアが物凄い勢いで蹴り倒され、鬼の形相で肩をいからせている
はやてが姿を現す。
「げっ、八神一佐…!」
突然出現したはやてにビビったシャーリーは、グレンの背後に身を隠す。
「シャァ~リィ~、見つけたでぇ~!」
ドスの効いた低い声で唸りながらシャーリーに迫るはやての姿はなまはげそのものである、あまりの殺気に尋問官も
盾にされたグレンも呆然としたまま動けない。
「シャーリー、ムチャはあかんやろ!」
グレンの頭越しに仁王立ちになって説教するはやてに、シャーリー背に隠れながら果敢にも反論する。
「も、申し訳ございません! ですが、八神一佐のお考えを証明する為にも、より詳しく分析する必要がありまして…!」
シャーリーの反論に、はやてはかえって表情が厳しくなる。
「なら、ウチを通じてきちんと上層部へ話を通しい! 自分一人だけで勝手に事を進めるからこんなトラブルになるんや!!」
「あの…俺は無関係―――おふっ!!」
そこまで言いかけたグレンの顔にはやての裏拳がめり込んだ。
気を失ってテーブルに突っ伏したグレンの頭を鷲掴みにしながら、はやては説教の続きを始める。
「とにかく! 今後はこんなことあらへん様、ちゃんと申告なり何なり―――」
はやての説教は、ゴンという重い音と共に途切れた。
「人の事を言える立場かお前は」
頭を押さえて呻くはやての後ろで、拳を作ったゲンヤ少将が呆れたような表情で立っている。
「うう……少将~、ゴンゴン頭殴らんで下さい~。アホになってもうたら、どないすんですか~」
頭を押さえながら涙目ではやてが抗議すると、ゲンヤは目を閉じ、腕を組んで頷きながら言い返した。
「お前は頭が回りすぎるからな、少しはバカになった方がいい」
「ううう~」
冷徹な反論に、はやては何も言えず呻くしかなかった。
「あ、名案かも」
思わず呟いたシャーリーにはやては殺気をこめて睨み付ける。
獲物を狙う豹や羆を思わせる視線に、シャーリーは沈黙して呻き声を上げるグレンの陰に隠れた。
ゲンヤはその様子を見て呆れたように首を振りながら、様子を見ている尋問の担当官たちに顔を向けて言った。
「後は任せてくれ」
担当官たちは頷くと何も言わずに部屋から退出する。
彼らが居なくなると、ゲンヤははやてたちの方に再び振り向いて言う。
「来てくれ、元老院からのお客様がお前たちをお呼びだ」
「お、俺もですか?」
意識と取り戻したグレンが鼻血を流しながら言うと、ゲンヤは頷いてティッシュを渡す。
「ああ。お前もこの件に深く関わっているからな、一緒に来てくれ」
最終更新:2009年11月14日 23:03