「流石はルーク、あのマスクドライダーを四機も相手にしてもこれほど有利に戦えるとは……」

ZECTの生み出した四機のマスクドライダーシステムを用いている資格者と、ライオンファンガイアの姿を現したルークが戦っている川辺の影で、一人の男が冷たい視線でその様子を眺めている。
ルークと同じくチェックメイト・フォーの称号を与えられた男、ビショップはキングに与えられた任務によって、再びこの平行世界ミッドチルダに訪れていた。指令はただ一つ、ルークの監視。
協定を結んだネイティブと共にミッドチルダに存在する複数の技術を用いて肉体を復元させ、再生後の能力確認をしてみたがその力は予想を遙かに上回っていた。クロックアップした存在の探知は勿論のこと、以前と比べ威力が格段に飛躍した爆弾攻撃及び腕力、マスクドライダーの必殺攻撃を受けてもなお立ち上がる肉体の耐久力。
それらの要因が重なってか、高い戦闘能力を誇るマスクドライダー複数を相手にしても互角、或いは有利に戦っている。このままの調子で行けばネイティブから与えられたケタロスのライダーシステムを使わなくとも、その身体能力だけで勝利を収められるだろう。
しかし、油断は出来ない。数の面で勝っている相手はそれなりに統率力の取れた戦い方を取り、ルークを翻弄している。いくらルークが以前の戦闘力を上回るとはいえ、万が一という可能性も否定出来ない。
それに長引けばあの忌々しい時空管理局がその技術力で異変を察知し、魔導師を送り込むかもしれない。

「呪文を使えば穴を一つ……いや、二つは開けられるか」

ビショップは眼鏡を軽く押し上げながら、一人ぽつりと呟く。彼はその冷たい目で、サソードとパンチホッパーを見つめた。
あの二人はその仮面の下に怪物が眠っている。それを目覚めさせれば戦況は一気に変わり、崩落へと繋がるだろう。
彼は右手を戦場へと向けると、その掌には紋章が浮かび上がる。それは偉大なるキングより与えられたチェックメイト・フォーのビショップたる証。
するとビショップの双眼が禍々しい紺碧の色に輝き、彼の足下に漆黒の方陣が描かれていく。それはミッドチルダに存在するミッドチルダ式、近代ベルカ式、古代ベルカ式による魔法を用いるときに発生されるいずれの魔法陣とも異なる物だった。
やがてビショップの周囲を覆う大気が暗黒により歪み、魔法陣の輝きが増す。

「封印された冥府の亡者よ、我に力を――」

ビショップは唇を動かす。それは人間の言葉でも、人間が喉から放つ音でもなかった。
それはファンガイア一族に古来より伝わる呪文の詠唱に必要な古代ファンガイア言語。この世界のあらゆる魔術体系と異なるその魔法は、ビショップを含む限られたファンガイアしか使うことを許されない。

「我が下に集いし冥府の大気、そして亡者の魂よ――愚者の身体に眠りし魔獣の血を覚ませ。愚劣たる人間の皮を打ち破る魔獣よ、四つの星に抗う愚か者を滅ぼさん――」

両腕を天に高々と掲げながら空を見つめると、瞳の歪みがより一層増していく。
するとビショップの目前に浮かび上がった紋章に、辺りを覆う暗黒の大気が一ヶ所に集中した。集まった闇は形を作り、球体へと変えていく。

「我は汝らに新たなる力を与える……その代償とし、汝らは我らが忌み嫌う愚者を滅ぼせ。漆黒よ、我の傀儡に力を――」

その言葉を終えると、漆黒は自らの意志を持ったかのように尾を引きながら素早く走る。
闇は戦場となった川辺の上空へと飛ぶと、瞬時にその形を崩落させた――



「GYAッ!」

咆吼と共に放たれたライオンファンガイアの拳はザビーの頬に食い込み、彼の身体を乱暴に吹き飛ばした。
その身体は勢いよく地面に叩き付けられ、数度転がる。その一方でキックホッパー達はライオンファンガイアにそれぞれ異なる三つの攻撃を加えるが、どれを受けたところでライオンファンガイアは揺らぎもしない。
彼は再び立ち上がり、ライオンファンガイアを見据える。先程から何度あの屈強な身体を殴りつけたか、何度向こうの攻撃を避けたか、何度攻撃を受けたかはもう分からない。しかしそれでも相手が倒れる気配は一向に見られず、彼の中で次第に焦燥が強くなっていた。
だがいくら倒れようと戦わなければならない。その思いを胸に抱えながら彼は再び歩を進めようとした。
その途端、ザビーの脇に一筋の闇が走る。軌道を描きながら走るそれは上空へと上がり、破裂した。次に彼が認識したのは漆黒。形を崩した闇は周囲を包み、辺りを暗くしていく。しかしそれはほんの一瞬で、瞬時に辺りは光を取り戻す。
一体今のは何だったのかと、ザビーは上空を見上げながら呆然と立ちすくんでしまう。しかし瞬時に気を取り直し、ライオンファンガイアに視線を向けようとした。

――ドサリ。

突如、何かが倒れるような音が二度も耳に入る。見ると、そこにはサソードとパンチホッパーがまるで全ての力を無くしかのように地面に横たわっていた。そしてその直後、彼らからは身を守るヒヒイロノカネで構成された鎧がパラパラと崩れるかのように消滅し、それぞれの変身ツールからはゼクターが不調を訴えるかのように離れていった。

「影山さんに、神代さん……?」

ぽつりとザビーは呟く。
一瞬、過度のダメージによる変身解除かと思ったがそれ程の攻撃を受けたとは思えない。いくら目の前の怪物があれほどの強さを持つからと言って、致命傷は負ってないはず。
疑問を抱きながらも彼は二人の下に駆け寄ろうとした途端、彼らの身体がぴくりと微かに動く。
それが起こったのはその瞬間だった。

「ガ………アッ……」
「ウ゛……ウ゛………」
「え?」
「オアアア゛アアア゛アッ! ギャアアアア゛ア゛ア゛アアッ!」
「グアアアアアアッ! ギェアギア゛ア゛アアアアアアア!」

突如、影山と剣は口から喉を引き裂かれてしまうほどの絶叫を発した。その顔には黒く染まる血管が浮かび上がっていて、瞳は血のように赤く染まっている。
そのまま彼らは身を悶えさせると、顔面からは止めどないほどの汗が流れていき、それは地面に染み込んでいく。

「どうしたんですか、二人とも!?」
「に、兄さん……俺の中から奴が出てくる……! モンディアルを連れて……ガァッ……!」
「え?」
「早く……逃げるんだ……! ウグッ……!」

苦しげに言葉を出す剣の顔は苦悶に歪んでいた。同じように影山も激痛に苦しむような表情を浮かべており、ザビーは彼らの元に駆け寄ろうとする。しかしその途端、キックホッパーに右肩を掴まれ、足を止めてしまう。

「ここから離れろ」
「何言ってるんですか! 影山さんと神代さんが……」
「離れろと言っている………!」
「ッ!?」

憤怒が込められているようなキックホッパーの声により、ザビーは違和感を覚える。それは普段の彼からは考えられないような態度だった。
矢車という人間はこの世のあらゆる出来事に対して否定的な態度を示し、いつ何時も意気消沈としていた。それはワームとの戦いの時でも例外ではないはずだ。
まるでそれは自分に対する警告のようだった。一体、何に対してそこまで警戒しているのか。
しかし、考案する時間は与えられなかった。突如、彼らの間に銅色の軌道を描きながら小さい何かが割って入る。瞬間、ザビーとキックホッパーの身体に激痛が走り、衝撃によって身体を蹌踉めかせてしまう。
すぐさま体制を立て直し、軌道を追う。その途端、ザビーは自らの目を疑った。

「あ、あれは……!?」

驚愕が混ざった声をザビーは漏らす。
見るとそこにはゼクターと同じように機械で出来たような昆虫が、ライオンファンガイアの周りを漂っていた。自分たちのゼクターと違う点があるとするならば拳大の身体を銅色に輝かせ、ケンタウルスオオカブトの如く力強い角を空に向けていることだ。
突如現れたゼクターの存在に気付いたライオンファンガイアは視線を向けると、体の表面が金色に輝き出す。瞬間、その体は元の長髪の巨漢へと戻っていった。
ゼクターを見つめる男は、その太めの喉を鳴らしていく。

「そうか、お前も戦いたいんだったな……!」

男はゼクターに語りかけるように呟くと研ぎ澄まされた刃のように鋭い目線をこちらに向け、弱者をほんの一瞬で戦慄させるような笑みを浮かべながらゼクターを手中に収める。見ると、男の右手首には黒いブレスレットが巻かれている。その形状はザビーの変身ブレスと非常に酷似していた。
やがて男は手に持つゼクターをブレスレットの窪みに当てながら、言葉を告げた。

「変身!」
『Hensin』

男の言葉に呼応するかのように、銅色のゼクターからは電子音声が鳴り響く。次の瞬間、ゼクターからは粒子が男の屈強な身体を覆うように吹き出されていき、それは装甲として生まれ変わっていく。
右手首から胴体。続くように腹部から足を金属片が包んでいき、最終的に首から頭部が仮面に覆われていった。

『Change Beetle』

全ての過程を終えたことを知らせるかのような人工音声がゼクターから告げられ、複眼は輝きを放つ。
ケンタウルスオオカブトを思わせるような銅色に輝く額に備えられた角。鋭い視線を隠すかのような緑色の複眼。銅色を基調とし、左肩のみに昆虫の角を思わせるような突起が付けられた装甲、腰に巻かれた銀色のベルト。
この場にいるザビーにはその名を知るよしはなかったが、それはマスクドライダーシステムの技術を用いて新しく生み出された戦士。仮面ライダーケタロスの名を持つマスクドライダーへとその男は姿を変えていった。
ケタロスのアーマーに包まれた男を見て、ザビーの仮面の下では驚愕の表情が生まれていた。何故、あのような怪物がマスクドライダーシステムの産物と思われる機械を所有しているのか。
頭の中を駆け巡っていく疑問の答えを考える暇もなく、ケタロスはこちらに詰め寄ってくる。それを見て、警戒するかのようにザビーは構えを取った。しかし対するケタロスはザビーの動きに目もくれることもなく、ベルトの脇を右手で叩く。

「クロックアップ!」
『Clock Up』

電子音声がベルトから鳴り響く瞬間、ケタロスは風となった。それはザビーがよく知るマスクドライダーシステムに搭載された高速移動を可能とさせる機能、クロックアップ。それはケタロスとて搭載されていて当然だった。
次の瞬間、ザビーとキックホッパーの胸部に火花が走りだす。まるで刃物で斬られたかのような痛みを感じた瞬間、無数の斬撃が鎌鼬のように襲いかかる。
体勢を崩した途端、そこに付け入るかのようにアーマーに傷が刻まれていく。火花が飛び散るたびに、ザビーの両眼が自分とキックホッパーの周りを駆ける様な銅色の影を捉えているが、疲労と激痛によって身体がついて行くことが出来なかった。

「アアアァァァァァァァアッ!!」
「グッ……!」

ケタロスの猛攻によるダメージが徐々に蓄積されていき、ザビーは悲鳴に等しい絶叫を上げ、キックホッパーは呻き声を漏らす。それでも攻撃が止むことはなく、ザビーとキックホッパーは全身に傷を負ってしまう。

『Clock Over』

唐突に攻撃が止んだと思うとクロックアップが終わることを知らせる音声が鳴り響き、ケタロスの動きが通常の速さへと戻る。しかしその瞬間、満身創痍であるザビーとキックホッパーはついに限界を迎えてしまい、地面に両膝を付けてしまう。
その様子に全く気に留めることのないケタロスは、自身の身体に視線を配る。

「ほう、これがマスクドライダーの力か………面白い!」

喉を鳴らしながらのケタロスの言葉に、ザビーは痛みに耐えながらも何とか顔を上げる。目の前に立つケタロスの手にはクナイを思わせるような武器が握られていた。あれで散々攻撃を受けたことをザビーは察知するが、それに気を止めている場合ではなかった。
蹌踉めきながらもザビーとキックホッパーは立ち上がる。しかし彼らの身体は異常なまでの負荷が掛かり、ほんの少しの攻撃でも倒れる恐れがあった。対するケタロスは様子から見て体力が有り余っており、加えて装備も持っている。
もはや打つ手がなく、絶体絶命と呼べる状況だった。

「アア゛ア゛ア゛アアギァァァアァア゛ア゛ア゛!」
「ゴォォォアアアア゛ア゛アギィィエァァァ!」

突如、獣の咆吼のような大きな叫び声が耳に入る。それは影山と剣があげたもので、この場にいるライダー達の意識はそちらに向けるのに充分な役割を持っていた。
見ると、二人の全身の皮膚は鮮血を思わせるように赤く染まり、次第に表面がボコボコと形を変えていくように歪んでいく。

「俺がこうなったのも、お前らライダーのせい……!」
「人間が、殺してやる……!」

二人は立ち上がると、この世の全てを憎むような激しい殺意が込められた視線をこちらに向けながら口を開く。それを浴びたザビーの背筋に悪寒が走り、仮面の下で冷や汗を流す。

「俺のことも笑えよ……!」
「殺す……殺す……殺してやる……!」

氷のように冷たい声で一歩、また一歩と足を動かす。彼らが歩を進めるたびに体の表面は歪みが増していき、人の形とはかけ離れていく。
その行為は人間が行う動作とはとても思えず、まるで人の皮を被った別の何かのように見えてしまう。故に、無意識のうちにザビーは僅かに後退ってしまう。
次の瞬間、彼らの目がカッと見開かれる。直後、影山と剣の全身からはそれぞれ緑色と銀色の霧が吹き出していき、その体を覆った。濃霧の中には微かに人型のシルエットが見えるが、それはバキバキと音を立てながら人間のそれから遠ざかる。

「「GYAAAAAAAAAAA!!!!」」

彼らは雲が一つたりとも存在しない青空に向かって盛大に吠える。霧は周囲に吹き飛ばされ、そこから現れた存在を見てザビーは仮面の下で目を見開いた。彼らの外見は、人ではなく異形の――ワームのそれに分類される物だったからだ。
片や影山は、昆虫のサナギを連想させる緑色に彩られた毒々しい醜悪な肉体。空に向かって大きく伸びる角。右腕から生え、鋭く尖る昆虫の爪。それはネイティブと呼ばれるワームの亜種。
片や剣の外見は、瞳も眼球もなく、蠍を思わせるような頭部。西洋の騎士が身に纏う甲冑に近い全身に覆われた銀色の外骨格。右腕に付けられた刃物に近い輝きを放つ巨大なかぎ爪。左腕には同じように光が放たれる盾。ザビーはそれを知らないが、蠍に近い特性を持つスコルピオワームの名が与えられたワーム。
それが意味することはただ一つしかなかった。

「ど、どうして……!?」

ザビーにとって信じることが出来ない光景だった。今まで共に戦ってきた影山瞬と神代剣という男達が人間に危害を加える怪物、ワームだったという事実に。
絶望感に叩き落とされそうになった途端、ワームへと姿を変えた二人は地面を蹴りつけ、キックホッパーを目掛けて前進する。二匹のワームは下から掬い上げるように勢いよく巨大な腕をキックホッパーに振るう。鋭い爪はその身体を守る鎧を抉った。

「ガアッ……!」

瞬く間にヒヒイロノカネで構成された装甲からは火花が吹き出し、キックホッパーは呻き声を漏らしながら体勢を崩してしまう。それに続くかのようにネイティブワームとスコルピオワームは縦横無尽に爪を振るい、鎧に無数の傷を刻んでいく。
通常のキックホッパーならばこの程度の襲撃など瞬時に回避行動を取り、そこから反撃の一撃を加えることが余裕に出来たはずだ。しかし今の彼はケタロスの度重なる攻撃により疲労が蓄積されてしまい、それが戦闘の枷となっていた。
体を動かすにしても傷がキックホッパーの動きを妨げる要因になり、避ける暇も与えて貰えずダメージが貯まる一方で、悪循環に陥っていた。
そしてワーム達は力一杯、キックホッパーの胸板に向けて足を振り上げ、その身体を後方に吹き飛ばす。そのまま自然に重力に引きつけられて、灰色の壁に叩き付けられた。
それが引き金となったのか、自らの限界を告げるかのようにホッパーゼクターがベルトのバックルから離れ、キックホッパーの鎧を構成するヒヒイロノカネが音を立てながら崩壊し、矢車は元の姿に戻った。

「や、矢車さん!」

ネイティブワームとスコルピオワームは背中をコンクリートに寄せる矢車の元にじりじりと詰め寄る最中、ザビーはいてもたってもいられなくなってしまい、彼らの元に駆け寄ろうとする。しかし、その動きは止まってしまう。
唐突に右肩に鋼をぶつけられたかのような衝撃が走り、激痛が広がるのと同時にザビーは蹌踉めいてしまう。彼はその反射速度で瞬時に右を振り向く。見ると、先程まで自分たちを襲っていた銅色のライダーが、その手に持つクナイの様な刃物をまるで拳銃を扱うかのように持ち方を変え、銃口をこちらに向けていた。
ザビーがそれを察知した途端、ケタロスの持つクナイガンの銃口が瞬き、空気を切り裂くような勢いで光弾が放たれる。その直後、身体のあらゆる部分に弾丸がシャワーのように襲いかかり、ザビーは勢いよく吹き飛ばされてしまった。全身を貫かれてしまうかのような衝撃に耐えることなど出来ず、もはや声も出ない。
その視界は宙を舞うことによって回転していき、彼の身体は勢いよく水しぶきを立てながらすぐ近くで流れる川に落下していった。
ザビーの視野が茶色に濁った水に埋まっていく中、その身体は徐々に沈んでいく。普段の彼ならばすぐさま浮かび上がれるだろうが、その体力も残されていない。
戦いに負けた。ぼんやりとその思いが頭に埋まっていく中、ザビーはただ一人流れる水の中を漂い続けていた。




「貴様……!」

コンクリートの壁に後頭部を付ける矢車は、ザビーを沈めた銅色のライダーを睨み付けた。その外見と手に持つ武器ははかつて、幾度となく自分と戦ってきたマスクドライダーシステムの初号機、カブトを彷彿とさせる。しかし仮面に付けられた角の形、鎧の色、戦闘スタイル等微かに異なる点も存在していた。
だがそれよりも脱却すべき問題がある。矢車は再び視線を前に向けた。そこには神代剣の真の姿である禍々しく銀色に彩られた蠍を思わせるワームと、影山瞬のもう一つの姿である巨大な角が特徴的な蛹を彷彿とさせたワームが、こちらに向かって足を進めてくる。
スコルピオワームとネイティブワームはその巨大な爪を自分に向け、空に向けるように高く掲げる。それを見た矢車は数秒後の自分の未来を察知し、目を細めた。よく考えれば、このまま愛する兄弟達の手にかかって消えるのも悪くないのかもしれない。
彼はあの忘れもしない港の夜のことを回想していた。光を掴む為の旅に出ようとした矢先に無理矢理異形の姿へと変えられてしまった弟。絶望する彼の思いを受け取り、自らの手で葬った。
だがこの異国の地に流れ着いた日、その影山は天道に葬られたと言われる剣と共に自分の隣にいた。弟達と共に生きられるなら例え闇の底でも構わないと決意し、この世界であての無い旅を始めた。
その終わりがこれだ。暗闇の中を空っぽで生きて、空っぽのまま死ぬ。しかし、意外にも惜しいとは思わない。恐怖も後悔もなかった。所詮自分は光を掴み取れない闇の住民、このように惨めな死に方こそが相応しいのだろう。

「ウ゛………グッ………」
「グッ………ギャ………アッ!」

回想の最中、突如として呻き声のような物が耳に入り込み、矢車の意識が起こされた。

「ガァァァッ……グゥア゛ア゛アァア゛ァア゛ア……!」
「ウ゛ッ………ギッ…………ギャアッ………!」

二匹のワームは両腕で頭を抱えながらもがき苦しむかのように後ずさりしていき、叫び声をあげる。やがて彼らは何処へとともなく走り去っていく。程なくして、その姿はすぐそばに生い茂った森の中へと消えていった。
突如として起きた不可解な出来事に矢車は怪訝な表情を浮かべるが、すぐにその瞳は別の敵を睨み付けるのに使われた。その先にはあの銅色のライダーが存在する。
矢車の目線に気付いたのか、ケンタウルスオオカブトを模した鎧に包まれた男は振り向く。そのマスクの下からは先程ライダー達に向けた威圧感が未だに放たれていた。
カブトクナイガンに酷似した形状の武器を手にした銅色のライダーは開いた距離を詰めるように足を進める。対する矢車は何か行動を起こそうとは考えていなかった。今更足掻いたところでどうにもなるとは思えない、どうせ死へと辿り着く時間が数秒だけ延びただけ。
矢車が諦めの境地に入った途端、突如として電子音が鳴り響いた。ライダーの腕から放たれるそれはゼクターに組み込まれた音声とは全く異なり、時計のアラーム音に似ている。
それを合図にするかのように男の腕に巻かれたブレスレットからはゼクターが離れていき、鎧が分解されていく。その下から現れた男は腕時計を巻く左手首を驚愕の表情で見つめていた。

「タイムオーバーか!?」

男は次第にその顔を顰めていく。それは目的を果たせなかった自分に対する憤りが込められていた。しかし人間の姿へと戻った彼は次第に落ち着きを取り戻し、時計から放たれる音を止める。

「………俺は俺に罰を与える!」

自分に言い聞かせるように呟くと、すぐそばで倒れている矢車のことなど忘れきったかのように男は背を向けて足を進める。それに伴うかのように彼の周りを舞うように宙を漂う銅色のゼクターは空の彼方へと飛び去っていく。
矢車はその巨大な背中を消えるまでただ静かに睨んでいた。兄弟達を笑ったあの男をこのまま野放しにしたくはなかったが、戦いで追った傷と疲労により身体が動かない。
この時、矢車自身はそれに気付くことはなかったが彼は唇を強く噛み締めていた。それは闇の中で弟を葬ったあの夜以来の出来事だった。同時に胸の底から遺恨と自己嫌悪の感情が湧き上がり、その空虚な瞳に微かな感情の動きが見える。

「どうせ……俺はこの程度か……」

息を荒げながらも矢車は静かに呟き、ふと空を見上げる。そこにはまるで今の自分とは正反対なくらいに爽やかに蒼く澄み切った空と、穏やかに流れる雲。そして闇に堕ちた自分など簡単に焼き尽くしてしまうくらいに燦々と輝く太陽が存在していた。
恐らく、それらをいくら求めようと決してその下を歩くことなど出来ないのだろう。いや、近づくことすら許されずに手痛いしっぺ返しを食らうのが落ちだ。弟を永遠の暗闇から救えなかった自分に光を掴む資格など無いのだから。
その途端、彼の心の中で疑問が生まれる。そんなことなど分かりきっているのに何故、このような未練に等しい感情を今更になって抱くのか。まるでシャドウの隊長であるザビーを手にして、部下を率いてワームと戦っていた過去の栄光を未だに縋り付いているかのようだった。
様々な感情が交錯する中、矢車の視界は次第に暗くなっていく。もはや意識を保つことなど出来ない。痛みによって併発される高熱を体中に感じながら、矢車の瞳は閉じられていった。



「……はぁ………はぁっ………はぁ……っ……」

川に流されたエリオは水の中で佇む岩に手を付けて、辛うじて起き上がりながら土手に向かって足を進めている。その身体を護っていたザビーの鎧は既に砕け散っており、既に限界を超えてしまったザビーゼクターも彼の手元には存在しない。
どれほどの時間、どれほどの距離を流されたのかはエリオ自身にも分からない。長時間もの間水に浸かっていた所為か、身体の体温は殆ど奪われ、喉が痛み、顔と唇が青白く染まり、視界もぶれて一点に定まらない。
一歩足音を立てるごとに冷えた水に音を立てながら波紋が走る。その身体は服に吸収された水の重さと先程の戦いによる体力の消耗によって満足に動かず、フラフラと糸が切れた凧のように頼りなく揺れていた。
ようやく陸に上がった途端、身体に限界が来たのか糸が切れた人形のようにぐったりと雑草の上に倒れてしまう。土の匂いが鼻腔を刺激しながら、彼は影山と剣のことを考える。
殺意の視線をこちらに向けながら雄叫びをあげた途端、肉体が異形のそれへと変質していた。それは、あの二人の正体がワームということ。
エリオには未だに自身の目を疑っており、その現実を受け入れることができなかった。
ワームという生命体は人間を無差別に襲い、その容姿、記憶を利用するという悪質な存在のはずだ。もしかして今まであの二人は自分のことを騙していたのか。
だとすると、矢車想という男も二人と同じように本当はワームの擬態で、影で自分のことを嘲笑っていた――
その可能性に至った瞬間、彼は心の中で首を横に振る。もしそれならば何故初めて会ったあの夜にフェイトやキャロに擬態したワーム達と一緒に自分を殺さなかったのか。
それに先程の矢車の言葉も気になる。まるであの二人がワームであることを知られることを阻止するかのような口調だった。
エリオは疑問に対する考案を浮かべたが、やがてそれは黒く染まっていく。手元から去っていったザビーゼクターのように彼もまた限界に達していた。
不意に、こちらに向かってくるような足音が聞こえるがもはや顔を上げることも出来ない。
そこからエリオが意識を手放していくのに、それほど長い時間は必要としなかった。



「あらあらあら~! と~っても良い物を見つけましたわ~!」

川岸に生えている雑草の上で濡れた状態で倒れているエリオを女が一人、満面の笑みで見つめていた。
その名はジェイル・スカリエッティにより生み出されたナンバーズNo.4、クアットロ。
彼女はチェックメイト・フォーのルークとの戦いを見ており、川に突き落とされたエリオを追ってこの場所へと辿り着いた。
目的はただ一つ、計画の進行の為。ワームの皮を破った影山瞬と神代剣の二人は体力を消耗しているだろうから、後で大群を送り込んで回収すればいい。
クアットロは青白く染まったエリオの顔を見ると、その唇を歪ませた。

「うふふ………チェックメイト・フォーの方々には後でお礼を言わなくてはいけませんね、このような素敵なプレゼントをして下さるんですもの」

一人でそう呟いた途端、クアットロの身体から光が放たれていき、その身体が静かに変質されていく。
それは、牢獄から解き放たれた彼女が与えられたもう一つの姿。蝸牛を思わせるような風貌、口腔に長く生えた触覚、蝸牛の殻を思わせるような両肩、禍々しい形に発達した筋肉。
コキリアワームの名を持つ異形へと姿を変えたクアットロは目を覚ます気配のないエリオの身体を抱えると、喉を鳴らしながらその場を去っていった。

「可愛い坊や、こんなところで寝てたら風邪をひいてしまいますよ~……素敵なお姉さんと一緒に素敵な場所に行きましょうね~!」



身体が暖かくなっていく。
最初に感じたのはそれだけだった。
続いて体中の痛みが徐々に消えていき、疲労も癒されていく。それに伴うかのように矢車の意識が回復していった。

「くっ………!」

意識が覚醒するのに従って、矢車の瞼が開かれていく。しかしその身体には微かな痛みが残っており、呻き声が漏れてしまう。
彼が目を空けた先に認識したのは光だった。一瞬、それに対して嫌悪感を覚えたがすぐに違和感を覚えていく。
光は自分の体を覆うかのように周囲から降り注ぐが、それは最も避けている太陽の輝きとはまったく別のもので、まるで人工的に作られた光のようだった。

「ほぅ、もう起きたのか! 流石と言うべきだな」

どこからともなく野太い声が耳に入り込んだので、コンクリートに背中を寄せたまま矢車はそちらに振り向く。その途端、矢車は目を見開いた。
自分の目前にいるのは人間と呼ぶには程遠い外観で、むしろ蝙蝠に酷似しており何処かゼクターを彷彿とさせる。
二枚の銀色の翼をパタパタと動かしながら、赤く輝く双璧をこちらに向ける蝙蝠の白く彩られた顔面を矢車はじっと眺めていた。

「おい、何シケた面でジロジロ見てんだよ? 俺は見せ物じゃねえぞ!」

頭一個分の大きさ位の蝙蝠は矢車の視線を不愉快に思ったのか、怒声を上げながら彼に迫る。しかしそれに対する矢車は何の言葉も出さない。
それよりも、身体の痛みが消えていることが今の彼にとって重要なことだった。体の調子を確かめる為に四肢を微かに動かす。ほんの僅かな痛みは感じられるものの、移動する分には何の問題もない。
それならばこんな所で寝ている場合ではない、先程の戦いで弟たちは皆散り散りになってしまった。特にエリオはいくらマスクドライダーシステムに守られているとはいえ、先程の猛攻によりゼクターが多大なダメージを受けているだろう。
判断を下した矢車は立ち上がり、この場を去ろうとするが目前に白い蝙蝠が飛び込んでくる。

「てめえ、何処に行くつもりだ? 命の恩人の俺を無視するとはいい度胸じゃねえか!」
「何……?」
「止さないか、レイキバット」

機械的に口を動かす蝙蝠に対し、矢車が怪訝な表情を浮かべると彼らが出す声とは別の声が聞こえる。振り向くと、コンクリートの影から一人の青年が姿を現す。
整った黒髪、端正な顔たち、その身体を包む純白のコートと仕立ての良さそうな高級感の溢れるスーツ。
矢車と真逆であることを誇示するかのような青年が微笑みを浮かべるように唇を曲げると、彼の感情に微かながらの変化が現れる。

「お久しぶりですね、矢車さん」
「貴様……何故ここにいる?」
「僕のことを覚えてくれているとは光栄です。流石はZECT精鋭部隊シャドウの元隊長と言ったところでしょうか」

僅かながらの驚愕が込められた言葉を矢車は言うと、青年は微笑みを保ったまま口を開いた。矢車は自身の過去を暴かれたことにより若干の嫌悪感を覚えるが、すぐさまその感情は消えていく。
彼はその青年に見覚えがあった。それはZECTからも自分を慕う全ての人間から見捨てられた後、何もかもを失い全てに絶望しきった闇の中でのことだった。ワームも、ZECTも、かつての部下も、この世の全てに対してただ呪うしか出来なかった頃、彼は自分の元に現れた。
当初は青年に対し嫌悪感を抱いていたが、彼は今の自分を生み出すきっかけとなるものを与えた。

「やはりホッパーゼクターは貴方に与えて正解でした、そのゼクターの特性を充分に生かせているのですから。もう一機の方もホッパーの特性を生かせる方に使って頂き、我々としては充分に大助かりですよ」

あの時と同じような口調で、青年は語り続ける。矢車は忘れるはずがなかった、彼は今の自分が生まれたきっかけとなった二機のホッパーゼクターと、ホッパー専用のゼクトバックルを与えた男なのだから。
レイキバットと呼ばれた白い蝙蝠は二枚の羽を用いて青年の傍らを漂う中、矢車は訝しげな表情で涼しげにしている彼の顔を見ていた。

「それで……俺に何の用だ?」
「おっと、そうでした。こうしている場合ではありません、現ザビー資格者であるエリオ・モンディアルがワームに拉致されたようです」

その言葉によって、矢車の瞼が微かに動く。それは滅多に動くことのない彼の感情を動かすのに十分な威力を持っていた。
それを知ってか知らずか、笑みを浮かべる青年は口を動かし続ける。

「どういう意味だ?」
「そのままの意味です。彼は先程の戦いの後、川に突き落とされた隙を付かれてワームに捕らわれてしまったのです」
「貴様……それを黙ってみていたのか?」
「おいおい、話を最後まで聞きやがれ! 奴はこの世界とは別の世界に逃げやがったんだ、アルハザードへとな!」

矢車が顰めた表情を浮かべた途端、レイキバットは彼の言葉を遮るかのように羽を羽ばたかせながら声を荒げる。

「ワームの奴らはあのガキを利用して何かを企んでやがる。最悪の場合放っておきゃあ影山瞬って野郎と同じ運命を辿るだろうな」
「ッ!?」

レイキバットの言葉を聞いた途端、矢車の身体は全身を強い力で殴られたかのような衝撃が走り、これまでずっと半開きだった両眼が完全に開かれた。
そして、矢車の頭の中に悪夢に等しいあの光景が再度流れ込む。自分たちが最も忌み嫌う異形へと無理矢理変貌させられた弟、全てに絶望した弟の顔、そして――そんな弟を葬った後の感触。肉を、骨を、細胞を――弟の全てを破壊した永劫忘れることの出来ない忌々しい感触を、忘れるはずがなかった。

「それ以上はやめないか、レイキバット………誠に失礼しました、ご無礼をお許し下さい」

滅多に湧き上がらない矢車の感情が爆発されそうになった途端、それを察知したかのように青年がレイキバットを制止させると、軽い謝罪の言葉を投げかける。
気を取り直すかのように青年は話を切り出していく。

「しかし、ワームが彼を使って何かを企んでいる可能性は高いのです……かつての悲劇を繰り返さない為にも貴方の力をお借りしたいのです」

その語り口は矢車の怒りを冷まさせるのに、充分な威力を持っていた。真偽の程は分からないが、確かにエリオはあの銅色のライダーによってすぐそばの川に落とされた。
もしも、どこかに打ち上がっているにしても体力が大いに消耗しているはずだ。その隙をワームに突かれる可能性は充分に高い。
彼は自らの経験によって積み重ねてきた思考を用いて判断を下すと目の前の青年、白峰天斗に顔を向ける。
そして、白峰は口を開いた。

「行きましょう、アルハザードへ――」



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最終更新:2009年07月29日 23:04