『マクロスなのは』第2話「襲撃」
アルトは開けられない窓から下界を見渡す。
ここはあの高層ビル内部の待合室だ。ランカのライブ終了後すぐにフェイトによってここに連れて来られていた。
下界には今あまり人はいない。爆弾テロがあった現場を捜査する捜査員が十数人とカメラとリポートで報道をしているらしい報道スタッフが4,5人。そして下に置いてきたVF-25を守るガードマンが3,4人見えるだけだった。デモ隊も防衛隊もライブ終了と同時に解散していた。
「どうアルトくん?なにか見える?」
「いいや。10分前と代わり映えはしないな」
ソファに落ち着かない様子で座っているランカに、10分前と同じ言葉を返した。
ここに連れられ、退室する時フェイトは
「本局に確認してきますので、しばらく待っていてください」
と言っていた。しかしもうあれから30分が過ぎようとしていた。
また、久しぶりにランカに会えたと言えど、このような状況では和やかに談笑、というわけにもいかない。
アルトはそろそろ文句を言ってやるべきだろうかと思案していると、ようやく扉が開く音がした。
だがそこにいたのはフェイトではなく、同年代ぐらいの2人の少女だった。
2人には見覚えがある。たしか先ほどのテロ事件での救助作業で、それぞれが中心的な立場にあり、フェイトともよく行動していたと記憶している。
しかし彼女達は部屋に入って窓際でたたずんでいた自分を見るなり、「あれ?」という顔になった。そして視線をソファに座るランカに落とし、確認するように部屋を見渡して再びこちらに視線を戻すと、さらにその疑念の顔を強めた。
「ん?」
その不審な行動に顔を傾いで見せると、慌てて言い訳を始めた。
「あ、ごめんなさい。フェイト執務官からはランカさんと男性が1人って聞いてたのに、あなたしかいなかったから―――――」
「だ、誰が女だ!誰が!!」
反射的に怒鳴ってしまった。その声でようやくこちらが男であることが認識されたようだ。そして意図せず険悪になりかけている2人との間に絶妙なタイミングでランカが介入してきた。
「私もね、アルトくんに初めて会った時そう思ったんだ。『わぁ、なんて綺麗な人だろう・・・・・・』って」
「お、おいランカ・・・・・・!」
当時を思い出し思わず恥かしさがこみ上げて口を濁した。しかし当のランカは確信犯であったようで、振り返ると同時にいたずらっぽくペロッと舌を出して謝罪すると、再び2人に向き直って「一緒だね!」と屈託無く笑いかけた。
その笑みが伝染したのか2人の顔から緊張の色が抜け、微笑みがこぼれていた。そしてランカと一緒に「ごめんなさい」と謝られると、自然と毒気が抜かれて
「もう慣れてるよ・・・・・・」
と、ため息しか出なかった。
ここにランカの人心把握術の一端を見た気がした。一時、彼女のシンデレラ的な人気の急浮上を批判していた当時の批評家達が、彼女に会った途端に賛美に寝返るという現象が日常的に発生していた。
偽善のはびこる一種怪物のような芸能界で、彼女が歪みない素直でまっすぐな心を保っていけたのは、そんな本人には自覚のない非凡な才能のおかげなのだろうと、改めて納得した。
(*)
「改めましてこんにちは。私は時空管理局、地上部隊所属の八神はやて二等陸佐です」
「同じく、高町なのは一等空尉です」
「俺は惑星『フロンティア』の民間軍事プロバイダ『SMS』所属の早乙女アルト中尉だ」
ちょっとしたハプニングとランカのおかげでこんな状況における初対面の緊張感が抜けたようだ。口調は軍人のそれだが自然に挨拶が交わされた。
「・・・・・・それで、どうやってこの星に来たんですか?」
なのはの問いに、アルトは事の顛末を簡単に説明する。
自分の任務はランカを地球のマクロスシティまで送り届けることであった。しかし途中でフォールド機関が故障して、一番近くの不時着場所を探したらこの星だったということ。
「それじゃあの飛行機の燃料タンクを直して、燃料を入れなおせば自力で帰れますか?」
「いや。フォールドブースターを空間を抜けるときに無くしちまってな、さすがに何百光年も自力で帰ることはできそうにない。まぁここの銀河絶対標準座標を教えてもらえれば、地球に救難信号を送るつもりだ」
そのアルトのセリフによってはやてとなのはの間に、「やっぱり次元航行以前の文明みたいやね」とか「となるとフェイトちゃんの言う通り次元漂流者か・・・・・・」という憶測が飛び交う。
悪意はないんだろうが、なんかひそひそと話されてこちらの文明が劣っているとも聞こえる発言にアルトとランカはカチンときたが、彼らにとって今の問題はそこではなかった。
「次元航行?次元漂流者?いったい何の話だ?」
「えっと・・・・・・驚かないで聞いてな。この星は、太陽系、第3惑星『地球』なんよ」
アルトははやての言葉に、前振りに関わらず驚いてしまう。
「はぁ!?なにを言っている!衛星軌道上には防衛艦隊も防衛衛星もなかったし、呼びかけてもどこからも応答がなかったぞ!」
「多分2人とも、他の次元世界(パラレルワールド)から来たんだよ。」
はやてとなのははできる限りのことを話す。
- この世界には次元世界(パラレルワールド)が存在していて、アルトとランカを乗せたVF-25は恐らくそのフォールド事故によって次元の壁を乗り越え、この世界に迷いこんでしまったこと。
- 自分達の所属する時空管理局の本局は、次元世界同士を繋ぐ次元宇宙の平和維持のために組織された軍・警察組織で、100年近く前からその職務を続けていること。
- この世界には〝魔法〟文明が発達していること。
「ちょっと待て、魔法だと!?」
その単語のもつオカルト的な面に面食らったらしいアルトだったが、その魔法もデバイスなどのテクノロジーに支えられたものと知ったので、2人のカルチャーショックは軽かったようだ。なぜなら元より彼らはOTM(オーバー・テクノロジー・オブ・マクロス)という20世紀末の人が見たら十分魔法に見える技術を持っていたためであった。
(*)
パラレルワールドの存在など早乙女アルトとしての18年の人生で積み上げてきた価値観の急な変わりように精神的に大きなダメージを負ったアルトだったが、なんとか踏みとどまる。
「・・・・・・とりあえず、ここは俺達の地球じゃないんだな?」
その確認になのはが頷く。
「じゃあ、お前達の地球はどうなんだ?」
「うーん・・・・・・私達の地球でもあんな足が生えるような飛行機はなかったなぁ・・・・・・」
この時空管理局本部ビルの置かれている第1管理世界ではなく、第97管理外世界出身というなのはが、外に駐機してあるVF-25を見ながら首をかしげる。隣に座るはやても覚えは無いようだ。
「バルキリーがないのか?それじゃあここや、そっちの地球の新・統合政府はどんな防衛政策を?」
「新・統合軍?聞き覚えないなぁ・・・・・・なのはちゃんは?」
はやてはなのはに振るが、彼女にも分からないらしく首を横に振った。
(おいおいマジで知らないのか!?)
アルトの世界では新・統合政府や各移民船団の運営する新・統合軍なしではやっていけない。それは生きるためには物を食べなければならない。という真理にも近いものだった。
「1999年に落下したASS(エイリアンズ・スター・シップ)-01(後の初代マクロス)の技術を巡る戦争で、当時の世界各国が統合されてできた世界政府が地球統合政府だ。2009年に起こった第一次星間戦争で、ゼントラーディが加わって2010年に新・統合政府に改称したが・・・・・・」
こちらの説明に更に首を捻っていくはやて&なのは。
「えいえすえすわん?ぜんとらーでぃ?・・・・・・ん~私達の世界は今2009年だけど、私達の住んでた日本って国は64年間そんな大きな戦争はしてなかったよ」
なのはは答えるが、彼女の言ったある1つの単語がアルトの頭を真っ白にした。
「ニホン? ニホンってあの歌舞伎のある日本か!?それに2009年から64年前の戦争って太平洋戦争のことか!?」
「そっ、そうだけど・・・」
「なんや、日本を知っとるんかいな?」
たじろぐなのはの代わりにはやてが聞く。
「太平洋戦争は今なお語り継がれる伝説だ。」
2060年を生きる彼らからすれば太平洋戦争はすでに100年以上前の出来事。それらはもう歌舞伎の演目としての体を確立していた。例えば真珠湾奇襲を描いた『ニイタカヤマノボレ』や、硫黄島での玉砕を描いた『日本皇国に栄光を』などがある。しかし、残念ながらそれらは大幅に美化されていたりする。
自らの知る〝日本〟をアルトは熱を持って語りだす。それは、なのはの会った老夫婦やその筋の人が聞けば、「君のような若者があと百万人もいれば・・・」と涙するほどだろう。それほどに彼の知る日本は美化されていた。そしてそれゆえに、彼は地雷を踏んだ。
「2009年の日本はどうなってるんだ?やっぱりまだ経済成長が続いてるのか?」
(*)
少年の瞳は純粋だった。それゆえになのはもはやても口をつぐんだ。
アルトの世界では統合戦争によって前後の歴史が曖昧化している。そのため、日本については1990年代前のバブル経済から詳しいことはわかっていなかった。
そのため彼らの予想では、バブルの芽は中央銀行(日本銀行)の〝緩やかな〟公定歩合引き上げによって段階的な収束を迎え、マクロス落下の1999年まで持ち前の経済発展を続けたというのが定説だった。
無論第一次星間戦争を生き延びた日本人もおり、バブルが弾けて大不況に陥ったと主張したが誰もそれを信じなかった。
そんな〝バカなこと〟を器用な日本人がするわけがないと考えていたからだ。
しかし実際には中央銀行の急激な公定歩合引き上げにより市中銀行が企業への貸付をひかえ、次に資金を回収しようとした企業が一斉に土地や株式の売却に走り、地価及び株価は大幅に下落。こうして〝バカなこと〟は実際に起こり、バブルは崩壊した。
また、それに関連して経営の再構築などと称したリストラが進み、経済成長を支えた日本型終身雇用制度と年功序列制度も崩壊前夜だ。
その後第97管理外世界で〝失われた10年〟と言われるように、アルトの世界でも1999年にマクロスが降って来るまで変わらなかった。
これが真実だ。
それは2009年に到達した第97管理外世界の日本でも変わらない。
1度、期間面で「いざなぎ景気」を超えたなどという好景気が訪れたが、それは企業を潤すのみで、家計の収入を増やさない偽りのものであった。
また、アルトの知る日本人像はいわゆる〝古き良き時代の日本人像〟と酷似しており、最近増えてきた凶悪犯罪。助け合いの精神の低下。若者のモラルの低下等々。おそらく彼はこれらの事を知ったらさぞや失望するだろう。
しかし2人は彼の純粋な瞳を汚したくなかった。
そこではやては強引に話をねじ曲げる事にした。
「そんな事より! アルト君が日本を知っとる、ちゅうことはタイムスリップに近いけど、少しちゃうみたいやね」
「・・・そ、そうだね。多分うちに近い次元世界から来たんだ」
はやての機転になのはも乗る。おかげでアルトも論点を変えた。
「それじゃ結局、俺達の世界は見つかってないのか?」
そのアルトの質問に答えようとしたその時、部屋のドアが開いた。
そこには本局に連絡をしていたフェイトと、彼女の兄であるクロノ・ハラオウンがいた。彼の艦隊は確か一番近くの次元航行船受け入れ港で補給をしていて、報告のためにこの時空管理局本部ビルに来ていた。どうやら次元宇宙に浮かぶすべての世界にある程度精通している彼を連れて探す手間を省こうというのだろう。
もとより地上部隊である自分たちがランカ達に会いに来たのもフェイトが
「時間かかかりそうだからあの2人に事情を説明してきて」
という要請からだった。
(*)
「失礼、じゃましたかな?」
フェイトと共に登場した男がそう聞く。
「・・・あんたは?」
「私はクロノ・ハラオウンという者だ。この管理局では次元航行部隊の護衛艦隊(次元航行艦隊)、第3艦隊提督をしている」
そう言って彼は右手を差し出す。それを握り返すと、先ほどの質問を繰り返した。
「ああ、現在この宇宙座標に惑星『地球』の名を持つ世界はここを含めて確か83見つかっているが、どれも君達の世界とは違うようだ。・・・・・・こちらは助けてもらったのに、役に立てずすまない」
とクロノは頭を小さく下げた。
「マジかよ・・・」
そう呟きながら先ほどから楽しそうに話している4人娘を見る。
どうやら魔法に関する話で盛り上がっているようだ。
(あいつらもう打ち解けてるよ・・・・・・)
それを見ると少し落ち着いた。まったく女性という人種のバイタリティーの高さには頭が上がらない。
「我々も全力で君達の世界を探す。だからどうか絶望せず、待っていてほしい。」
クロノが真摯な態度で言った。
「・・・・・・わかった。でもそれまで俺たちは―――――」
どうすればいい?と言おうとしたところ、話に夢中かと思っていたうちの1人、はやての口から突拍子のない提案が出た。
「もしよかったら、ウチらが新しく作る部隊に入ってけーへんか?」
「は、はやてあれは・・・・・・!」
と、その提案に口を濁すクロノ。
「実はランカちゃんからは超高濃度のAMFが展開されとったみたいなんよ」
聞き慣れない略語に、ランカは首を傾げ
「えーえむえふ?」
と繰り返す。
「そうや。『アンチ・マギリンク・フィールド』。略してAMFってのはな、空気中の魔力素の結合を阻害して魔法を弱体化する現象を作るフィールド魔法のことや。本当はクラスAAAのリンカーコア出力を持った熟練魔導士か、巨大なジェネレーターとか専用アンプがいるんやけど、これを見てみ」
そう言ってはやてはホロインターフェースを展開、操作する。すると部屋に比較的大型のホロディスプレイが出現し、何かの動画を再生する。よく見ると先ほどのライブの映像だった。
クロノは初めて見るらしく、
「なるほど・・・・・・これは威力絶大だ。特に〝キラッ☆〟というのが・・・・・・」
などと呟いている。
「なんやクロノくん、目移りか?」
「ば、バカ!そんなわけあるか!妻に謝れ!」
「はいはい♪」
クロノの赤面した反撃をサラリとはやてはかわすと、説明を続けた。
「それでこれを魔力素の結合を見えるようにするスペクトル・フィルターに掛けると―――――」
画面に何かが被せられる。すると全体的に薄暗くなったが、ランカを中心に背景がクリアな領域ができ、バルキリーのスピーカーがそれを増幅する様がみてとれた。
「この暗くなってるところが魔力素が自然に結合してるところで・・・・・・まぁつまり普通だと薄暗くなるはずなんや。・・・・・・こんな感じにな」
この部屋の監視カメラを呼び出したのか新たに浮かび上がったホロディスプレイに、この部屋の隅から映した映像が流れる。それは確かに薄暗い。試しになのはが魔力球を生成してみると、その桜色の球は画面では真っ黒になった。
「最初はあの飛行機のせいかと思ったんやけど、ランカちゃん自身も独自の発生源になっとるみたいやったし―――――」
ランカが独自に発生でき、バルキリーのあのスピーカーから出る普通と違うものは1つしかない。だからその原因はすぐにわかった。
「・・・・・・間違いなくフォールド波だな」
「え?」
集まった一同の視線に晒されながら淡々と理由を説明する。
「ランカはこっちの世界でもバジュラという異星生命体とフォールド波によってコンタクトできるんだ。VF-25・・・・・・バルキリーのスピーカーも宇宙空間で使えるようにフォールド波を振動媒介にして超光速で音を伝えるようにできてる」
(口で説明しても分かりづらいか)
皆の反応を見てそう思い、携帯端末のデータベースからフォールド波に関するデータを呼び出し、お互いの世界の共通部分である1999年代の第97管理外世界の規格に変換すると彼女のコンピューターに送った。
そうしてデータを元にコンピューター上でシュミレーションして原理を探るが、思ったような効果を発揮せず、またそれだけでは説明がつかないことに気づいた。
考えてみればランカは常に微弱なフォールド波を発しているが、救助活動中や今は妨害されていなかった。
つまり、フォールド波は関係ないか、他に要素があるのか。
そのヒントを発見したのはランカ自身だった。
「そういえば、私が歌い終わってから10秒ぐらいで暗くなっちゃうんだね」
芸の精進のためかデータ解析しながら試行錯誤していた自分達とは離れて、ライブ映像を見ていたランカがつぶやく。
「そうか!歌だ!」
「ああ!」
「「歌エネルギー!」」
ランカと声が唱和する。もちろん、クロノやはやてなど管理局勢は顔にハテナ(?)を浮かべていた。
歌エネルギー理論と呼ばれる理論は2045年にマクロス7の軍医であるDr.千葉の手によって提唱された。
これは人間が歌ったり、楽器を演奏したりすることで精神活動が活発化すると『サブ・ユニバース』と呼ばれる高次元エネルギー空間から我々の三次元宇宙に高次元エネルギーが流入、それが精神的・物理的作用を引き起こすというものだ。
その作用の具体例を出すと、人間の精神エネルギーであるスピリチアを回復させたり、物質の最小単位である量子を振動させて伝わるサウンドウェーブなどがある。
その理論は有名であったが、普通強力な歌エネルギーの発現者にそう出会うものではない。そのためほとんど省みられないが、ランカという少女は正真正銘の歌手であり、発現者だった。
そこで最も分かりやい科学的現象として量子の振動(サウンドウェーブ)を要素として加えてみることにした。
「ちょっと待って!歌にほんとにそんな力があるの?」
なのはが信じられないといった顔で聞いてくる。相当なカルチャーショックを受けたようだ。無理もない、ただの空気の振動、ただの言葉と変わらない。と考えていた歌にそのような力があるというのだから。
「・・・・・・じゃあランカ、ちょっと歌ってみてくれないか?」
ランカ自身も真相は気になるようで、こちらの要請に快く承諾するとデビュー曲「アイモ」をコーラスする。
『アイモ アイモ ネーデル ルーシェ―――――』
するとどうだろう。検証のためなのはの手のひらに生成されていた魔力球は彼女の驚きと共に瞬時に掻き消え、監視カメラの映像も一点の曇りないクリアな映像となった。
こうして歌が関係することは立証され、シュミレーションによる検証を続行する。
「ランカ、お前は何チバソングあるんだ?」
「え~と、確か平常値が6万、最高値が10万だってカナリアさんが・・・・・・あ!これ秘密だった・・・・・・」
ランカは口を塞ぐがもう遅い。反応兵器と同等、またはそれ以上の価値を持つ歌手という〝兵器〟の科学的スペックは秘密などという生易しいものではない。それは最高峰の軍事機密(TOP SECRET)の域にある。
そんな情報をコロッと出してしまうランカのうっかりさには呆れるほどだが、そんなところが彼女らしく、それがまた魅力であった。
「・・・・・・まぁ、必要なんだ。許せ。さて、仮に平常値の6万チバソングだとすると量子の振動数はサウンドウェーブに平行に―――――」
歌エネルギー理論の公式に当てはめて導き出した値を入力するはやてに伝える。
そうして開始されたシュミレーションは見事その能力を白日の下に晒した。
魔力素という素粒子の変換エネルギー体である魔力は、まず次元干渉を起すフォールド波によってエネルギー構成を乱され、バグ(穴)のようなものを作る。それだけなら問題はないのだが、そこに量子を振動させるサウンドウェーブが加わると一転、共振を起してバグから構造全体を崩壊させる。結果、制御不能に陥り、霧消するように魔力が消え、魔力素に戻ってしまうようだった。
「それで・・・・・・この原理を何に使うつもりだ?」
ランカの歌の予想を上回る威力に、周囲から彼女を庇うようにして立つ。
最低1万チバソングでなければこの現象は発動できないようだが、ランカ単体でもその効果範囲は半径500メートルに及ぶと計算結果に出ている。
彼女達の話によれば、この世界では軍事から民生に至るまで魔法に頼っているところが多いという。しかしランカの歌があれば戦術レベルでそれらすべてを無力化することなど造作もない。フォールドスピーカーを搭載したVF-25を併用すれば余裕で戦略兵器たり得た。
「さっきの話の続きやけど、今管理局システムは本局に重きをおいてミッドを守る戦力が乏しくなっとるんや。地球全体は各自治領にそれぞれ自衛組織があるし、次元宇宙レベルの凶悪な事件は起こらんけど、管理局の本部のあるミッドじゃそうはいかん。管理局の敵対組織からの攻撃に備えなきゃいけないんや。でも近年の地上部隊は、予算の減少による練度の低下に喘いでいて、しかも動かすコストが治安隊に比べて高いことが悪循環に繋がっとる」
(フロンティアでの新・統合軍のようだな)
と、軍に籍を置いていた時期があり、同じような経験もしたためそれには深く同情した。
また、これと同時にはやての声に徐々に熱がこもっていくのを敏感に感じ取っていた。
「まぁ今日ランカちゃんのおかげでその問題も劇的に改善されそうなんやけど、全快するには少なくとも1年はかかるはずや。そこで所属は本局でも、ミッドを守るための部隊。それがウチの考える新しい部隊の構想や。艦船がないから本局でも通常の10分の1の予算しか出してけーへんけど、まだ陸士部隊みたいな地上部隊よりは多い。それで高ランクの魔導士を隊長にすえて、残った予算で未来の管理局を引っ張っていく人材を育てるんや」
「・・・・・・そこでランカの歌を何に使うんだ?」
「そう、重要なのはそこや。新しい部隊には当然ミッドの治安維持も任務に入っとる。そんでミッドで起こる大概の事件は魔法を使ったものや。だから、正面から行ったら大被害を被るような場面で、ランカちゃんが歌ってくれれば相手も改心してくれるかもしれんし、突入も容易になるやろ? それで安全無事に犯人確保。めでたくスピード解決って魂胆なんやけど・・・・・・どうやろか?」
「・・・・・・つまり、戦争や人殺しには使わないんだな?」
彼女が悪人には見えないし、悪意も感じなかったが、グレイスに騙されたフロンティアの二の舞は御免(ごめん)なため、これは外せない確認事項だった。
「もちろん!管理局は元々平和のために質量兵器を禁止したんや。今頃戦争なんてウチらがさせん!」
はやてはなのはとフェイトを脇に抱える。そしてクロノすら巻き込んで大見得をきった。
いつの間にかランカもそれに参加している。どうやら彼女はもう決めたようだ。
当事者のランカが乗り気ではもうどうにもならない。
「・・・・・・わ、わかったよ。はぁ、手伝ってやるさ・・・・・・手伝えばいいんだろう・・・・・・」
しぶしぶ答えると、4人娘の間に万歳の声が高らかに唱えられた。
最終更新:2010年09月21日 17:22