『マクロスなのは』第4話「模擬戦」
設立から1ヶ月。
スターズ分隊の3(スバル)、4(ティアナ)。そしてライトニング分隊の3(エリオ)、4(キャロ)。この4人の新人達、通称『フォワード4人組』に対する訓練は熾烈を極めていた。設立式の次の日から始まった訓練は、朝から日の暮れるまで続いた。
簡易ストレージデバイス(別名「手作りデバイス」)であったスバルとティアナのデバイスは、過酷な訓練によって3日でおシャカになってしまってしまい、ヴィータを初めとする教官達に
「そんなデバイスで戦場を生き残れると思っているのか!」
ときつくなじられた。
しかしそれは教官達には「装備は常に万全でなければならない」ということを体に教えるための予定だったようだ。なぜなら宿舎にトボトボ帰ってきた4人を出迎えたのはシャーリーと、新しいデバイスだったからだ。
ティアナには拳銃型のインテリジェントデバイスである『クロスミラージュ』。
スバルには、ローラースケート型のアームドデバイス(ミッドチルダ式に多い杖のようなものではなく、剣やハンマーなどその名の通り武器の延長のようなベルカ式のデバイス。ベルカ式カートリッジシステムがほとんどの場合で搭載される)『マッハキャリバー』。
ちなみに右腕の籠手(こて)型ストレージデバイス「リボルバーナックル」は、彼女の母の形見で、十分実戦に耐えるため共用となった。
一方フェイトの与えたデバイスを使っていたエリオとキャロも、それぞれ槍型のアームドデバイス『ストラーダ』と、グローブ型のインテリジェントデバイス『ケリュケイオン』をアップデートして継続使用することになった。
そしてそれらのデバイスには新機軸としてPPBS(ピン・ポイント・バリア・システム)が装備されたことは言うまでもない。
次の日の訓練は、ガジェットⅠ型のホログラムを相手に行われた。
スバルとエリオは近接戦闘を。ティアナは指揮と援護射撃を。キャロは3人の魔法の出力を上げるブーストの訓練だ。
しかし、教官側に誤算があった。
PPBSの存在である。
本来この訓練は、AMFを展開する敵機の恐ろしさを体感する目的で行われた。
魔力素を空中で結合して実体化させる物理的なシールドである魔力障壁は、AMFの影響を諸(もろ)に受けてしまう。しかしPPBSは、術者体内のリンカーコアで魔力素を結合して魔力エネルギーに変換、そのままデバイスに流し込んでさらにバリア用に時空エネルギーへ再変換する。そうした過程をたどるため、空気中での魔力素の結合に頼らないエネルギーシールドであるPPBSの効果は並のAMF中では全く揺らがない。
また、ベルカ式カートリッジ1発で数度の展開に耐えられ、強度も通常時展開の魔力障壁に匹敵するため、防御力も抜群であった。
特にスバルは打撃系のため、PPBパンチというおまけ以上の攻撃力を与えた。
なのは達が気づいた時には4人は完全にPPBSを使いこなし、ガジェット相手に無双を演じていた。残念ながらすぐさま禁止令が出て、本来の地獄を味わうことになったが・・・・・・
その後PPBSの存在の重要性は格段に上がり、遂には六課の実戦部隊全てのデバイスに標準装備されることになってしまった。
また、どんどんOTM(オーバー・テクノロジー・オブ・マクロス。主に初代マクロスから入手した技術)や、OT(オーバー・テクノロジー。人類がプロトカルチャーの遺跡やゼントラーディの艦などを研究して開発した後発的な技術)を解析してしまうシャーリーは、その後も慣性を抑制するOT『イナーシャ・ベクトルキャンセラー』など次々開発、採用していった。
つい1週間前には近接戦闘の多いスバルやエリオ。そして出力が大きい隊長や副隊長のデバイスのフレームに、VF-25でも使われる『アドバンスド・エネルギー転換装甲(ASWAG)』が採用されていた。
六課に少しずつオーバーテクノロジー系列の技術が採用されていく中、アルトとランカはそれら技術の漏洩については沈黙を守った。
アルトはこの1ヶ月、4人と一緒に訓練などをして過ごしていた。そのためEXギアを模したインテリジェントデバイス『メサイア』の扱いにも慣れ、なのはに習った魔力誘導弾『アクセル・シューター』を改良した『ハイマニューバ誘導弾』(バルキリーのミサイル同様、打ちっぱなし式。誘導はメサイアが担当。誘導中メサイアの処理容量の大半を持っていかれるが、デバイスとしての付与機能が封印されるのみであり、EXギアとしての機能に支障はない。)、そしてリニアライフルを自在に使いこなし、生身でも並みの空戦魔導士を優に越える技能を手に入れていた。
またランカも、隊長、新人問わずSAMF(スーパー・アンチ・マギリンク・フィールド。効果範囲内の全ての場所で魔力素の結合を、空気中では完全に、リンカーコア内でも99%不能にさせるAMF)下の訓練へ協力や広報で働き、金食い虫であったVF-25の改修をして余る程の資金を獲得するなどそれなりに成果を納めていた。そして―――――
(*)
「みんな。今日の午前は、模擬戦を行います」
早朝のウォーミングアップと軽い基礎演習が終わった4人に、なのはは本日の訓練内容を告げた。フォワード4人組はいままでずっと基本練習だったため、自らの腕がうずくのを感じた。が、それは次の言葉で脆くも打ち砕かれた。
「相手は私とフェイト隊長、そしてアルト君の〝バルキリー〟で~す」
瞬間4人から笑みが消え、可哀想なほど全員の顔が青ざめる。
しかし隊長陣は不敵な笑みを浮かべていた。どうやらマジらしい。
バルキリーは前日改修が終了し、テストとしてヴィータ副隊長との模擬戦が行われていた。結果はバルキリーに軍配が上がっている。つまり、バルキリーはヴィータ副隊長より強い敵なのだ。
「私達の内、誰か1人に一撃を与えればあなた達の勝ち」
微笑を浮かべながら言うなのは。しかし4人には今、それは死神の笑顔だ。
だがアルトには事前に話されていなかったようだ。なのはに反論する。
「おい、なのは。さすがにそれは厳し過ぎるんじゃないか?」
「うん? じゃあ、アルト君1人でやる?」
「え!?」
「あぁ、やっぱり負けるのが怖いんだ?」
「怖かないさ!条件はなんだ!?」
「バルキリーの出力の8割カットと、MHMM(マイクロ・ハイ・マニューバ・ミサイル)の使用禁止。」
なのははさらっと言ったが、それはバルキリーの可変機構が使えず、PPBSもエネルギー転換装甲すら起動できない。かろうじてバトロイド形態で通常の戦闘機動をするのがやっとというレベルだろう。
ちなみにここで言うMHMMとは、純正のMHMMの改良型だ。これは特殊化学燃料ロケットモーターではなく、新開発した魔力推進ロケットモーターを装備している。
また、爆薬やMDE弾頭の代わりにベルカ式カートリッジシステムの大容量カートリッジ弾(直径15mm全長45mm。大出力を要するなのはなどが使用する)が8発封入されており、それを強制撃発させた魔力爆発となっている。さらに噴射ノズルに通常、魔力砲撃を行う時展開される偏向・集束バインド(環状魔法陣)を掛け、それをまた推力偏向ノズルとするので、機動性能も純正以上の優れ物だ。
このミサイルは現在六課の隊舎に整備される自動迎撃システムの一端を担うことになっている。また、六課隊舎を守るシールドを展開するために本格的な大型反応炉の敷設が計画されている。これが実現したとき、六課は完璧な要塞となるだろう。
ちなみに六課解体後は、時空管理局本部ビルから地上部隊司令部が独立して六課隊舎に移転することが予定されており、上層部もこの要塞化に乗り気だったようだ。
ここで話は戻るが、この魔力推進のマイクロミサイルは、はやての要請でミサイルランチャーと共に潤沢な予算を注ぎ込んで急遽開発、生産されたもので未だ先行試作量産型。配備数がまだ少ない。だから実戦用に取っておくつもりなのだろう。
どうやらなのははフォアード4人組と同時に、アルト自身の実力をも計るつもりのようだった。
「面白い・・・・・・その条件乗った!」
アルトは言い放つと、バルキリーの待つ格納庫へ飛翔していった。
これまでの話を見ていたティアナは内心歓喜していた。
(あんな大きな的にどうやって外すのよ)
大きくてのろくさい質量兵器1機の撃墜。それは容易いことに思えた。しかし、それが間違っている事が分かるのはすぐのことだった。
(*)
訓練場
そこは海上を埋め立てて作られた台地にあり、普段はまっさらな300メートル×300メートルの見た目コンクリート打ち付けの島だ。しかし、そこはホログラムによって市街地から森まで自由に再現できる訓練所だった。
ホログラムとは光子によって物質を擬似的に構成させるもので、設定の変更によってそれを触ったりできるようになる。
これはアルト達の世界(管理局では『第25未確認世界』と呼称されている)ではOTMによって初めて触ることが成し遂げられたが、この世界では独自で開発していた。これはミッドチルダの技術力が魔法だけでなく科学でも進んでいる事を示していた。
すでになのはのレイジングハートからデータを受け取ったコンクリート島は市街地となっている。なのはによると、そこは比較的開けた市街地で、撃墜されたら逃げ込む避難所以外は破壊可能な設定らしかった。
すでにアルトの操るバルキリーは、4人とは建物を挟んだところで準備はOKだと言う。
「みんな、相手はアルト先輩とはいえ、とろい大きな的よ。相手がこっちに来たら、まずわたしが先制の砲撃をかける。そしたらスバルとエリオは挟み撃ちで一気に白兵戦に持ち込んで。キャロは、私のところで全体の魔力ブーストをお願い」
「「了解!」」
3人の声が唱和した。
現在ティアナ達は公園のようなところに陣取っていて、ずいぶん開けており、彼女らの作戦のフィールドには最適だった。
「はーい、それではこれより模擬戦を開始します。アルト君の勝利条件は制限時間の10分が経つか、4人の撃破。フォワードの4人の勝利条件は指定した的5個の全撃破とします」
今回VF-25には胴体、両腕、両足にそれぞれ1個ずつ直径1メートルぐらいの的がついている。それらすべてにティアナなら魔力弾を。スバル、エリオなら直接攻撃を。キャロならば持ち竜『フリードリヒ』のファイヤーボールを当てることが撃破条件であった。
「・・・・・・それではよーい、始め!」
開始と同時に4人が動く。スバルとエリオは左右に、自分とキャロは後方の一軒家に。
典型的な待ち伏せ陣形だが、アルトに・・・・・・いや、ヒトに対して使うのは初めてだ。
果たしてアルトは来た。
丁度ティアナ達がいる一軒家とは公園を挟んで対面となるため遮蔽物がなく狙いやすい。
現在クロスミラージュからは赤外線など各種センサーを騙すためにジャミングが行われている。本来ならば全域にバルキリーの高性能な電子機器を騙すほどのジャミングなど無理な相談だが、キャロの魔力ブーストがそれを可能にしていた。
『(みんな、準備はいい?)』
全体に念話で呼び掛ける。
『(いつでも)』
右側のアルトから死角になった建物からスバルの声。
『(どこでも)』
今度は左側のこちらも死角になった草むらからエリオの声。
「どこへでも」
すぐ後ろからキャロの声。そして目の前には砲撃用の魔法陣。
「『(いくわよ!)』ファントム・・・・・・ブレイザー!」
放たれるオレンジ色をした砲撃。必中の思いを込めたそれは的のあるバルキリーの胴体にに吸い・・・・・・込まれなかった。
当たる直前にバルキリーが射軸から消えたのだ。よくみると、バルキリーは前のめりになっている。
(転倒?)
彼女はそれを見てそう思った。確かにその挙動から転倒にも思えるが、実は違う。
バトロイド形態のバルキリーは、ただ立っているだけで大きな位置エネルギーを持っている。そのためティアナの砲撃を普通の機動では避けられない。と判断したアルトは重力の加速を使ったのだ。
バルキリーはそのまま前転を繰り返し、前、つまりティアナ達のいる一軒家に急速に近づいていった。
最初の挙動を転倒と捉えたティアナ達の対応は遅れに遅れる。
気づくとそれは目の前にいた。
壁が破壊され、巨大な頭が現れる。そして顔に着いた緑のバイザーがこちらを向き、2対の頭部対空レーザー砲がこちらに向け─────
とっさにキャロを巻き込んで左に跳ぶ。
すると、先ほどまで自分達の居た場所をレーザーが赤く染めた。
即座に次なる回避場所を探すが、残念ながら部屋に隠れられる場所はなかった。
(万事休す・・・・・・!)
しかしバルキリーは次の攻撃をせず、横っ飛びに退避する。
「え?」
キャロがその行動に疑問の声を上げる。直後に聞こえる相棒の突撃する叫び声。どうやら足の速いスバルが間に合ったようだ。だがそれはすぐに悲鳴に変わった。
「わぁーーー!ティア援護ぉ~!!」
キャロと共にすぐに一軒家から出てスバルを探す。すると彼女はウイングロードを展開してバルキリーから必死に離脱をかけていた。後ろには魔力誘導弾(そのくせ青白い尾を引いている)が、親についていく子供のように大量についている。
どうやら誘導性を優先したため弾速の遅いその玉は、必死に離脱するスバルを嘲笑うようにつきまとう。
「キャロ、エリオとこの戦線の維持をお願い。私はスバルの援護に行くから!」
「はい!」
ティアナはスバルの援護に走った。しかし、それがアルトの狡猾な罠とは見抜けなかった。
(*)
3区画離れた場所(最初の場所から500メートル以上走った事になるが、訓練場から足を踏み外す事はない。理由は後述する)でスバルを捕まえ、迎撃を始める。
「遅い遅い・・・・・」
20秒ぐらいだろうか、その全てを簡単に叩き落とした。
礼を言う相棒を尻目に、エリオ達と合流するために念話を送る。しかし耳障りなノイズ音しかしなかった。
(しまった、ジャミングか!)
つい最近まで念話を阻むものがなかったことが仇となる。
VF-25に装備されていたそれは、元々バジュラ達のフォールド通信を妨害するためのものだったが、フォールド波の応用である念話にも使う事ができた。
3区画離れた場所にバルキリーが現れた。それと同時に雑音が消える。
『(すみません・・・・・・)』
エリオの申し訳なさそうな声。そして報告を続ける。
ティアナとスバルの戦線離脱直後
「僕がアルト先輩の動きを封じるから、キャロはフリードで隙のある時に攻撃して!」
「うん!」
キャロが返事をするのを確認すると、自身は迷いなく突入する。なんてことはない。これまで彼女と重ねた訓練が信頼と、魔力ブースト以外の強力な力を与えていた。
彼はフェイト直伝の高速移動魔法とOT『イナーシャ・ベクトル・キャンセラー』の慣性制御を使って、まさにイナズマのような強烈な戦闘機動でハイマニューバ誘導弾の雨の中を突破。バルキリーへと肉薄する。
「ハァ!!」
踏み込みによって最終加速されたエリオはストラーダを突き出してバルキリーへ。しかしその渾身の一撃は紙一重で回避された。
「フリード!」
そこにキャロの命令が放たれる。バルキリーの死角で待機していたフリードリヒは鳴き声とともに火球を放つ。それは見事バルキリーの右肩に付けられていた的に着弾。真っ赤なペイントがそこを装飾した。
攻撃はそれにとどまらない。バルキリーの関心がフリードリヒに向いたと見るやエリオが再び突撃して左足の的をその槍で貫いた。
しかしバルキリーは脚部の推進エンジンを吹かして猛烈なバックステップを行い、同時にガンポッドが火を噴く。おかげで右足まで彼の攻撃は通らず、エリオ自身も緊急離脱を余儀なくされた。
しかしエリオもキャロもこの接敵で味を占めてしまっていた。
「自分たちだけでもアルト先輩に勝てる」と。
不意打ち、大いに結構だが、そのような戦術が何度も通じるわけがなかった。
もしもここにティアナがいたなら2人の増長を必ず防げただろう。
だがいなかった。
エリオは今度も一撃離脱を狙って高速で接近。ストラーダを突き出す。
フリードリヒも同様に死角へと隠れる・・・・・・つまり多少の機動の違いはあれど、まったく同じ作戦だった。
エリオはバルキリーが自身の攻撃を回避してくれることを疑っていなかった。だからそれが突然黒い煙を散布し始めたときには焦ってしまった。
どうやらスモークディスチャージャー(煙幕発生機)で文字通りこちらを煙に巻くつもりのようだ。
(煙に隠れられたら厄介だ・・・・・・!)
瞬時に判断を下すと、今までしていたジグザグの回避機動を捨ててバルキリーへと直線的に向かう。しかしバルキリーは突然こちらに向き直ると神業とも取れる精妙な動きでストラーダのみを掴み、こちらの攻撃を完全に止めた。
(は、嵌められた!)
アルトは最初からこちらを煙に巻くつもりはなかったのだ。
(こっちが回避機動をやめて、機動が直線的になるのを待ってたんだ・・・・・・!)
煙幕のせいでフリードの支援も絶たれ、武装を封じられたエリオは手も足も出ず、即座にバルキリーのアサルトナイフで無力化された。
その後移動能力の低いキャロが撃墜されるのには時間はかからなかった。
その報告でようやくティアナは自分がアルトに嵌められたことに気づいた。
スバルをすぐに撃破しなかったのは、自分が彼女を助けるのを見抜いたため。確かに非常時には念話があると思って行動したが、それもお見通しだったのだ。
結果としてそれは戦力の分断と指揮系統の混乱という、戦いを統べる者なら誰もが学ぶ基本原則を成功させてしまった。しかもアルトはそれを数の劣位と出力ダウンという大きなハンデを背負った上で行ったのだ。なんというしたたかさ。そして計算高さだろうか。
―――――読み飛ばし可―――――
さて、少し話はそれるがここで問題となるのが発生する戦闘音であり、同時に訓練場の広さの問題だ。
前述した通り300メートル×300メートルの広さしか持たないこのコンクリート島からなぜ彼らは足を踏み外さないのだろうか。
それは結論を言ってしまえば〝ほとんどその場を動いていない〟からだ。
読者の皆さんはルームランナーをご存知だろうか?
幅のあるベルトの回るグラインダーのような台の上を、人間が走る機械の事だ。
これを使えば我々は無限に走ることができる。
だが無論そんなものがここに敷き詰められているわけではない。だが、もしあなたがこの訓練場に顕微鏡を持ち込んだのなら謎はすぐに解けるだろう。
そこに広がるは、外見から予想されるコンクリートの平面ではなく、たくさんのパチンコ玉が整然と並べられたような光景が広がっているはずだ。
本当はこれだけでは正常な走りは再現はできないのだが、このホログラム機構を語ることは本稿の主旨に合わないのでまたの機会に譲る。
つまるところ彼らはお互いに100メートル程しか離れていないのだ。
そしてティアナが実質100メートル先で行われていたエリオ達の戦闘に、気づかないほどの音の問題だが、そこは逆位相の音波の照射による相殺や遮音シールドなどで補っている。
ちなみにそれほどの広さを必要としない場合は、実測の建物等を普通にそのまま具現化する。
―――――ここまで―――――
ティアナはアルトの老獪な作戦に舌打ちした。しかし、まだ諦めるつもりはなかった。
「スバル、私が援護するからアイツに特攻かけて!」
「OK!」
ティアナの不屈の精神を感じ取ったスバルは親指を立ててウィンク。
「制限時間はあと3分。一気にカタをつけるわよ!」
「了解!」
スバルはアスファルトの地面を駆ける。その進攻を援護するためクロスミラージュを1挺にし、機関銃顔負けの連射でバルキリーの動きを抑える。
順調に突撃は進行していた。しかし、突撃開始からずっと小さな違和感に苛まれていた。
(なぜ攻撃してこない!?)
いくら頭を抑えたといっても、近づくスバルに牽制ぐらいの反撃は出来るはずだ。しかし目の前のバルキリーは巨大なミッド式魔力障壁を展開したまま動かなかった。
『エネルギーコンデンサのチャージだろうか?』とも思ったが、反撃しなければジリ貧であるこの状況。それでも沈黙を守る理由・・・・・・そこでようやく気づいた。しかし、それはまたしても遅すぎた。
(*)
肉薄していたスバルは、バルキリーまであと5メートルほどのところで信じられない物を見ることになった。
突然バルキリーの姿が、バラバラになってかき消えたかと思えば、そこに浮かぶは先ほどと同じハイマニューバ誘導弾。
「ちょ!幻影!?」
実際はVF-25に装備されていたイベント用のホログラム投影機からの映像だったが、魔法のそれと同じ効果を発揮した。
数瞬後、容赦なく音速で突入してきたハイマニューバ誘導弾はあやまたずスバルに命中。ド派手な爆発が彼女を包んだ。
「ああ・・・・・・」
煙が晴れると、模擬弾が命中したことを示すホログラム製白ペイントが彼女のあちこちに付着していた。・・・・・・そのある意味扇情的な光景のなか、スバルはトボトボと近くの避難所に歩いていった。
(*)
ティアナはスバルの撃墜直後にアルトからの奇襲を受けていた。
最初の攻撃はガンポッドの一斉射だったが、その攻撃を回避できたのは奇跡だった。目の前の青くペイントされたアスファルトを見て、背筋に悪寒が襲う。
しかしバルキリーはすぐに街頭から飛び出すと、間断なくホログラム弾による砲撃を浴びせかけてくる。
その砲撃は鉄筋コンクリートの壁をまるでベニアのように易々と貫通していった。
(これが質量兵器の力・・・・・・か!)
破壊によって吹き上がった粉塵の中滑り込んで瓦礫に隠れると、幻術を展開した。
対するバルキリーは、確認できる全ての敵へのマルチロックによる全力射撃で広域掃討。
その隙をついたティアナの狙撃に右肩の的が吹き飛ぶ。
応射としてガンポッドの砲弾が雨あられと降るが、ティアナはすでにその場から退避していた。
(*)
「予想以上だな・・・・・」
アルトは下界で孤軍奮闘する少女をそう評した。
まず基本がよくわかっている。射撃に関わる者の基本である「撃ったら逃げろ」というものだ。
ティアナはずっとヒット・アンド・アウェー(一撃離脱)戦法に徹している。
これはわかっていてもなかなかできるものではない。急ぎすぎるとまともに照準できない。しかし遅いと命取りになる。この場ではそうゆう繊細な戦術だった。
「さすがアイツが教導してるだけのことがあるな・・・・・・」
彼女を教導した栗色の長い髪した教導官に改めて感心した。
「う!?」
突然の揺れ。どうやら左足もやられたようだ。
「あと1枚か・・・・・・そろそろ本気にならないとダメだな・・・・・・」
アルトは機体のパワー配分をセンサーと機動につぎ込むと、ハイマニューバ誘導弾を生成した。
(*)
「あと1枚!」
ティアナは自身の魔力弾が命中するのを確認すると、すぐにガンポッド、頭部対空レーザー、そしてハイマニューバ誘導弾の応射が来た。
「やっば!」
どうやら眠れる獅子を起してしまったようだ。これまでとは比較にならない攻撃が一挙に集中した。
クロスミラージュを含め六課の戦闘員全てのデバイスにはエリオと同じ重力制御で慣性を抑制するシステム、OT『イナーシャ・ベクトルキャンセラー』が装備されている。しかし機動が限界に達し、それで拾いきれない慣性が発生すれば、術者は制動を失う事になる。
ティアナがまさにそうだった。
この状況から脱しようと建物から建物への迅速な移動をしようと思い立ったティアナは、デバイスに内臓されたビームアンカーを対面のビルに固定、一気に乗り移った。
しかしそこで連続使用に耐えかねた搭載バッテリーが干上がり、来ないと思っていた横への慣性ベクトルが足元をすくいあげ、転倒させてしまった。
「しまっ―――――!」
アルトにはその一瞬で十分だった。ガンポッドの一斉射が彼女を襲う。咄嗟に展開したシールド型PPBと魔力障壁はその嵐のような猛攻によく耐えたが、続くハイマニューバ誘導弾を止めるには足りなかった。
(*)
5分後
そこには青(ガンポッド)、赤(頭部対空レーザー)、黄(アサルトナイフ)、そして白(ハイマニューバ誘導弾)に芸術的にペイントされた4人。そしてバルキリーから降りたアルトがなのはの前に集合していた。
ちなみに、フェイトとヴィータは模擬戦終了と同時に
「「アルト(君)に負けられるか(られない)!」」
と言って今は海上で演習中だ。
「今日は初めての対人模擬戦なのによく頑張りました。今日の訓練はここまで。4人は午後に今日の模擬戦についてのレポートを書き、提出してください。以上。では解散」
皆一様に疲れた様子でトボトボ歩き出す。
アルトは所々跳弾でペイントされた純白の愛機に向かうところをなのはに呼び止められた。
「ちょっと来て。」
手招きされるままにホログラム製の木の影に入る。
「・・・・・・どうだった、うちの新人は?」
「そうだな・・・・・・基本はよく訓練されている。指揮もしっかりしていれば、分隊として十分機能するだろうよ。」
なのはの問いにアルトは実感で答える。でなければ指揮系統の混乱など思いつかない。最初からそれほどにはティアナの実力を評価していた。
「わかった。でもあともう1つ。アルト君、最後まで手加減してたね?」
表面上は疑問形だが、その有無を言わさぬ迫力に少したじろいだ。
「〝FASTパック〟の使用許可は出したはずだよ。」
「いや、それは・・・・・・」
しかしアルトはすぐに持ち前の役者精神が復活。
「ただ、新装備で魔力消費を心配しただけだ」
と、強がった。
そんな2人を遠くから隠れて見る真っ白な1人の少女がいた。ティアナだ。
彼女には〝ふぁすとぱっく〟がなんのことかわからなかったが、手加減されたということへの悔しさたるや壮絶なものだった。そしてその事が、彼女に1つの決意の炎を灯した。
(次は絶対アルト先輩に勝ってみせる!)
ティアナはそう心の中で誓うと、2人に見つからぬように宿舎に戻って行った。
(*)
模擬戦2週間前
クラナガン郊外の地下に作られた秘密基地では、ある科学者が狂気の笑みを浮かべていた。
「なにがそんなに面白いのかしら?」
そこに現れたのはグレイスだった。
「アぁ、君か。まったく君の世界の技術は素晴らしい。魔法に頼らず、ここまでできるとは、ハッハッハッ・・・」
狂気の天才科学者ジェイル・スカリエッティは額を押さえて笑う。彼の目の前には、ある機体の設計図があった。それはグレイスと手を組む時に渡されたものだった。
「そう・・・・・・とりあえずレリックのほう、お願いするわよ。」
「あぁ、わかっている。あれはこちらでも必要なものなのでね。」
彼はそう返すと、図面に向かい格闘を再開した。
OTやOTMに初めて触れて4ヶ月。もう適応してしまった彼はさすが天才であった。
彼の格闘する図面には前進翼と1基の三次元推力偏向ノズルを備えた機体が描かれている。しかしそこには戦闘機最大の弱点とよばれるシステム〝パイロット〟の乗るスペースがなかった。
今1つの世界を震撼させた幽霊の名を冠された先祖が、ここに復活しようとしていた。
次回予告
ひょんなことからVF-25を壊してしまうアルト。
それを修理するため地上部隊傘下の技術開発研究所に向かうことになるが―――――
次回マクロスなのは、第5話『よみがえる翼』
不死鳥は、紺碧の翼をもって再び空へ!
最終更新:2010年09月23日 21:26