『マクロスなのは』第5話「よみがえる翼」
午前の模擬戦を終え、食堂で一息いれていたアルトに凶報が届く。
あらかた食べ終わっていた焼き魚定食と自分との前に現れたのは無機質な金槌だった。
「午後はあたしと戦え!」
そう殴り込みに来たのは隊舎内なのに、未だ赤いバリアジャケットに身を包んだ小さな少女。しかし、アルトは彼女が外見で計れないことは知っていた。
かつて六課設立記念パーティーがあったとき、食堂で珍騒動が起こった。あの時その身の丈の数十倍は巨大化した、そして今、目の前に突き出されたハンマーはなんといったか。そう、確か『グラーフアイゼン』だった。
そしてバルキリーの改修完了時、なのはの砲撃でも一撃では簡単に破れないであろうバトロイド形態の時のPPBを盛大にぶち抜いたのもコイツだった。
そんな事を思い出していると、彼女の後ろにいたもう1人が声を上げた。
「その後、私もお願いするわ」
と言う女性は茶色い地上部隊の制服を着用し、腰すら超える金髪の長髪をストレートにした女性だった。
しかし、その温和な物腰に隠しきれない戦闘意欲が垣間見える。これは彼女がこの六課で、シグナムと並んで〝バトルマニア〟と呼ばれる所以だろう。
「しかしまだ整備が―――――」
「んなん大丈夫だろ? とっとと来い!」
アルトの微々たる抵抗は有無を言わさず却下された。彼はこれを断れない自らの准尉という階級を恨んだ。
目の前の、頭に〝のろいうさぎ〟のぬいぐるみを載せた外見年齢12、3歳(実年齢はどういう訳か特秘となっていた)のヴィータが二等空尉。そして隣のフェイトは1歳違うだけなのに一等海尉(執務官は称号)・・・・・・
「わかった!わかったからせめて飯を食わせろ」
「・・・・・よし、食ったらすぐ来いよ」
食卓との間を遠く隔てていたハンマーが退けられ、ヴィータとフェイトの2人は食堂から出て行く。
そして自身の食事に視線を戻すと、あと2口ぐらいで完食してしまうだろう定食が目に入った。
(この程度の抵抗しかできないのかオレは・・・・・・)
そんなことを考えながらすずめの涙のように残った味噌汁を飲み干してやる。そしてお椀を盆に戻すとき、骨身になってしまったさばの焼き魚と目があった。それは
「次はお前だ」
と言っているような気がした。
(*)
今度の模擬戦は全てのハンデが解消され、可変にPPBに空中戦にと存分に戦えた。しかし、たまった疲労は確実に彼と機体を蝕んでいた。
エンジン出力の不安定な変動などが原因でヴィータとの模擬戦は相討ちに終わり、続くフェイトとの模擬戦は、アルトの撃墜に終わった。
(*)
格納庫へとアルトが機首向けた時、日は傾きかけていた。
VF-25は整備なしで酷使されて機嫌を損ねたのか、ガウォークの右足からは異音がする。そして遂に―――――
アルトは突然の浮遊感を感じて驚いた。
警報ががなりたてている。多目的ディスプレイには大きく〝エンジントラブル〟の文字。どうやら先ほどから不調を訴えていた右舷エンジンが止まったらしい。
右舷だけだが、2基の足で空中をホバリングするガウォーク形態だったからたまらない。たちまち姿勢を崩し、キリモミ落下を始めようとする。すぐにスラストレバーを倒し、推進モーメントのバランスがとれるためエンジンが片方だけでも飛べるファイターに可変しようとするが、変形機構も言うことを聞かなかった。
ここは高度2000メートル。下界はすでに陸地のため墜落すれば大破では済まないだろう。
「イジェクト(緊急脱出)しかないのか・・・・・・!」
機体を振り返って確認する。
キリモミ落下の始まった機体を立て直すには高機動スラスターだけでは荷が重いだろう。
しかしアルトはそこで天命を受けた。翼が白い尾を引いていたのだ。それは彼にここが大気のある天体である事を思い出させた。
「そうか、空気に乗れば!」
普段から風を読むことに関して冴えた才覚の持ち主である彼は第六感とも思えるその能力で、見えないはずの上昇気流を地形、日照等から瞬時に割り出す。そして生き残った左舷エンジン(左足)と両翼を駆使してその気流へと突入して落下速度を減殺し、錐揉み方向と逆の方向のラダーを一杯に踏み込み、スティックを錐揉み方向へ目一杯倒す。また、可変ノズルと高機動スラスターもエマージェンシーモードのコンピューター制御で機体を水平にしようと青白いきらめく粒子(現在VF-25は魔力を推進剤代わりに使っているため)を噴き出す。
パイロットを含めた機体の全てのシステムが一体になって墜落を防ごうとその能力をフル活用する。そうした結果、対地距離が100メートルほどになったときにはなんとか機体は水平を維持し、高速で螺旋回転をしながら降下していた。下界の地面が迫る。
アルトは次の瞬間にはやってくるであろう衝撃に備えて呼吸を止め、身を固めた。
(着地!)
まずガウォークの足が地面に触れる。もちろんいつもの垂直着陸ではないのでその足はこの形態で出しうる限界の速度で走っており、螺旋回転のエネルギーを地面とその足のサスペンションで受け止めていく。
おかげでカクテルシェイカーのように上下振動するコックピット。
ISC(イナーシャ・ストア・コンバータ。慣性エネルギーをチャージすることでその慣性を一定時間抑制する)によってなんとか〝ケチャップ〟にならず命を繋ぐアルトは意識を失いそうになりながらでも機体を保全するため可能な限りのエネルギーをエネルギー転換装甲へと回し、その生き地獄を耐える。
途中で何かに蹴躓いたら最後、高速道路の車並みのスピードでVF-25とそのパイロットの命は硬い地面に投げ出されることになるだろう。
そのパイロットが誰なのか?と考えると彼は生きた心地がしなかった。
その時、地面にある〝もの〟がその驚異的な視覚によって捉えられた。
(なんであんなとこにブロックが!?)
六課の海岸線に花壇を作ろうと大量のレンガを一時的に置いていた場所、そこへ向かってガウォーク形態のVF-25は邁進していた。
その集積所は見る見る近づいていき―――――
(*)
「止まった・・・・・・のか・・・・・・?」
振動が収まり周囲を見渡す。海辺では波が揺れ、植えられた草木は風に気持ちよくそよいでいる。レンガ集積所も無事だ。そして何より、地面が動いてなかった。
トラブル発生からの時間は1分に満たなかったかもしれないが、アルトにとってそれは永遠にも思える時だった。
(*)
こうしてアルトはなんとか着地に成功した。
しかしJAF(レッカー車)などないため、ヴァイスの輸送ヘリを要請。格納庫へと空輸した。
こうして搬入されたVF-25に即座に点検が行われる。整備員達が一昔前の医療用の内視鏡のようなものと、超音波スキャナーでエンジン部を点検していく。
2時間後、原因の一端が判明した。
右舷エンジンのファンが破断してズタズタになっていたのだ。これは左舷エンジンも同様で、それでも最後まで動いてくれたことにアルトはVF-25を撫でてやりたくなった。
「見たところ小石が原因ですね。午前の模擬戦で空いた穴を午後で悪化させたみたいです」
とは整備員の言だ。
どうやらそもそもの原因は、午前の模擬戦の時、転換装甲なしのバトロイドで戦闘したことにあるらしい。
推進力アップのためバトロイドでは普段シャッターで閉じられているはずのエアインテーク(給気口)を開けていたのだ。その時入り込んだ大量の小石にファンが耐えられなかったようだ。
整備員は同様の材料を使った補修材で直すことを提案したが、アルトは待ったをかける。
レンガ集積所を反射的にジャンプしてかわしたが、その無茶な運用と、ガウォーク形態で走りながら着地するという前代未聞の不時着方法によって半壊してしまった一体形成型のベクタードノズル(足)は補修材では強度に不安が残るからだ。しかし、そんな規模・設備は技研の方にしかないらしい。
そこでアルトはその許可を求めるために部隊隊長室に向かうことにした。
(*)
アルトが廊下を歩いていると、途中でバッタリと、ヴィータとフェイトに出くわした。
(どう文句を言ってやろうか・・・・・・)
とずっと考えていたアルトだが、予想に反して2人はすぐに頭を下げ
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
と、ペコペコ謝った。
(・・・・・・なんだ。案外素直な奴らなんだな)
フェイトはともかくヴィータは階級パワーを使って
「あれくらいで壊れる飛行機の方が悪い」
とか言って逃げると思っていたため、本気で謝っている2人の様子に毒気を抜かれてしまったアルトは、文句を言うのを忘れ、さらりと2人を許して部隊長室への歩を進めた。
(*)
着いた部屋の表札には『機動六課 部隊隊長室』とある。
(そういえばはやてに会うのは2日ぶりになるのか。確か食堂で昼食を食いながら「来週までの書類処理が大変!」とか何とか言ってたな・・・・・・)
そんなことを思い出しながらノックしようとした時、ドアの向こうから声が聞こえた。
『わぁ、リイン、綺麗な朝日だねぇ~』
どことなく上の空に聞こえる声。これははやての声だ。
リインとは、正式名称を『リインフォースⅡ(ツヴァイ)』といい、はやてのユニゾンデバイス(術者と融合することで、その者の魔法のパフォーマンスを向上させるデバイス。しかし彼女自身もクラスA相当のリンカーコアを持ち、単独の魔法行使も可能)で、妖精のような小人だ。
アルトは自分の認識が間違っているのか不安になって腕時計を見る。
(間違いない。今は〝午後〟6時だ)
つまり、窓の外に見えている太陽が朝日であるはずがない。
『はい~、また仕事が始まるですぅ~』
今度はリインの声だ。彼女の声もどこか浮いている。しかしここで考えていても仕方ない。怪訝に思いつつも扉をノックした。
『はぁ~い、誰ですかぁ~?』
リインの声だ。彼女は普段はやての秘書をしているため、こういう返事は原則的にリインが行うことになっていた。
「早乙女アルト准尉です。八神はやて部隊長にお話があります」
『んがっ!ア、アルト君!? ちょ、ちょっとごめんな。少し待っといてや!』
答えたのはリインでなく、はやてだった。直後内側からは何かが倒れる音や、2人の悲鳴などが聞こえた。
しばし待つと、入室の許可が降りた。
「失礼します」
アルトは注意深く中に入る。そこはまさに異世界だった。
空気は完全にコーヒーの匂いに占拠され、床には所々書類の山がある。
「おはようアルト君。朝、早いんやな」
床から目を離してはやての声のする方を見ると、そこには彼女に見える人がいた。
制服はしっかり着こなしているが、気づかなかったのかサラサラであるはずの茶髪の髪がボサボサで酷く荒れている。また、役者である自分から見ても涙ぐましいほど必死に笑顔を作っているが、目の下の隈が不気味さすら漂わせていた。
(まさかコイツ・・・・・・)
「・・・・・・なぁはやて、今日が何曜日かわかるか?」
はやては突然の問いに思案顔になる。
「うん? 確か書類の処理を始めたのが月曜日の昼で、今は日付が変わったから・・・・・・火曜日やな」
「今は水曜日の午後6時だ!」
どうやら自分が食堂で彼女を最後に見てから今までの2日間を貫徹をしていたようだ。
窓には分厚い雨戸のようなカーテンがあり、それで外光を完全にシャットアウトしていたのだろう。
食事もゴミ箱に放り込まれたプラスチック包装の量から推察できた。たくさんの備蓄が消費されたようだ。
(人間のリズムが太陽の光を浴びないと狂うとはガッコ(学校)で習ってはいたが、まさかここまでとは・・・・・・)
のべ48時間を越える彼女の集中力には畏敬の念すら覚えるが、おかげで頭も回らないようで、こちらの突きつけた真実に
「え!? ウチ、タイムスリップしてもうたん?」
と言っているあたり末期だ。
しかし、ここで彼女を追い詰めてもこれもまた仕方ないので早々に本題に入ることにした。
「バルキリーの本格的な修理をするために、管理局の技研に運び込みたいんだ。許可をくれないか?」
「え?まぁ、ウチはかまへんけど、どうして壊れたん?・・・・・・うちの整備員が何か粗相をしてもうたんか?」
「いや、アイツら(整備員達)は知らない技術相手に十分頑張ってるよ。それで壊れた理由なんだが実は―――――」
これまでの経緯を説明すると、彼女はすぐに頭を下げた。
「うちのヴィータがご迷惑をおかけしました」
「いや、さっき本人達から謝られたからそれはもういい。それで修理するとき機密面から俺もバルキリーに同行したいんだ」
そう言うと、はやては気の毒そうな顔をして言う。
「透視魔法に転送魔法。素粒子スキャナーにMRI(磁気共鳴映像装置)・・・・・・ウチは魔法以外のことはよく知らんから他にも色々あると思うんやけど、たぶんランカちゃんのAMFでも守りきれんで」
「じゃあ、この世界は覗き放題か。機密もあったものじゃないな」
と言うと、そこはそれ。
個人情報や機密事項を守るための守秘プログラムがあり、それは主に施設そのものやデバイスの管轄で、個人情報はデバイス、機密は施設とデバイスの双方で守るらしい。
「でも今回は、施設の所有権が向こうにあるから支援は期待出来ん。それにデバイスの守秘プログラムではバルキリーは大きすぎて現状では守りきれんのや」
そう諭すように続けるはやてだったが、あのVF-25はSMSから預かった大切な機体。このまま引き下がることはできない。
「それでもいい。同行させてくれ!」
食い下がると、彼女はあっさりと許可を降ろした。やってみればわかるということなのだろう。
ともかく同行できるだけでもよしとしよう。と思いなおすと、簡単な輸送の手続きを済ませ、部屋を出た。
(*)
その後彼女たちは鏡を見たのだろう。結果として、六課の隊舎全てに響く悲鳴が発生したことは、言うまでもない。
(*)
次の日
はやての手配した大型トレーラーに載せられたVF-25は技研へ向かう。しかしそのトレーラーにはアルトの姿はなかった。
「昨日は本当にごめんね」
そう謝りながら自身の愛車を運転するのはフェイトだ。
「あぁ。なんてことはないから安心しろ」
アルトは答えると前方のトレーラーに視線を注ぐ。幸い、トレーラーにはビニールシートが掛けてあり、それをVF-25と思う人間はいないだろう。
ちなみに、フェイトは純粋にアルトを送るために乗せているのではない。もちろん償いの意味もあっただろうが、彼女のデバイスの改良は今度、大規模なOT・OTM取り入れだった。そこで、設備の大きい技研で改良及び調整をするためらしかった。
こうして2人でそれぞれ自分の世界の事などを話ながら2時間ほど車に揺られていると、ミッドチルダ一(いち)の高さを誇る『富嶽(ふがく)山』の麓まで来た。そして大した時も置かずトレーラーが門の前に到着した。
表札には『時空管理局 地上部隊 技術開発研究所』の文字があった。どうやらここらしい。
検問で簡単な確認を済ますとゲートが開き、中に入った。
入ってすぐの建物は鉄筋コンクリート製の六課よりも小さいビルで、所々ヒビが入っていた。しかし企業団の出資によって達成された予算拡大の影響か、補修と拡張工事が急ピッチで進んでいた。
VF-25を載せたトレーラーは新設されたらしい真新しい格納庫へ入っていき、自分達を乗せた車もそれに続く。
格納庫内には人間が1人もいない様だった。代わりに誘導は滑走路の誘導灯ように地面に光の道が浮かび上がり、それに沿って進むよう指示されるようだ。
トレーラーはやがて巨大な自動洗車機のような所で停まった。そしてトレーラー本体と荷台とを切り離してVF-25の乗った荷台を置いていくと、トレーラーはそのまま格納庫から出でいく。だが自分達は誘導によって格納庫内を一望出来そうな制御所の下に停車させられた。
「じゃあ帰りも送って行くから、その時は呼んでね」
フェイトは車を降りたアルトにそう告げると車を発進させ、格納庫から出ていった。
それを見送ると、トレーラーに載せられている愛機VF―25を一瞥して制御所の方を見上げた。
その制御所はそれほど大きくなく、壁にくっついた箱のように設置されていた。
そして足元にはまっすぐ伸びる光の道。どうやら地面には簡易的なホログラムテクノロジーが使われているようだ。
「・・・・・・あれに乗ればいいんだな」
光の道の終着点である制御所すぐ下のエレベーターを見つけて呟く。だがこの広さに比してのあまりの静けさに
「誰もいない格納庫は気味が悪いもんだな・・・・・・」
とSMSの整備員が整備、点検、修理と24時間体制で作業をしていたマクロスクォーターを懐かしく思いながらそこへ向かった。
(*)
エレベーターはゆっくり6メートルほど登って止まる。そしてドアが開くと、白衣を着た研究者が1人、アルトを迎えた。しかし―――――
(お、親父!?)
その顔は自らの父、早乙女嵐蔵にそっくりだったのだ。
「こんにちは、早乙女アルト君。私はこの技研の所長をしている田所だ」
だが他人の空似のようだった。嵐蔵の巌(いわお)のような雰囲気と違って人の良さそうなそれを放っていた。
「・・・・・・よろしくお願いします」
握手を交わす。田所所長は生粋の技術屋らしい。シワの多い手には無数の傷があった。
「君の境遇は八神部隊長から聞いている。早く君の世界が見つけられる事を祈っているよ」
「はい、どうも」
しかしその静かな中、外から場違いな歓声が聞こえた。
『デカルチャー! デカルチャー!』と。
こちらの怪訝な顔に気づいたのだろう。田所が窓越しに1軒の建物を指し示す。
「今所員のほとんどが休憩の許可を受けていて、あそこに集まっているんだ。どうだ?あいつらが戻ってくるまで検査は始められないし、君も行くか?」
「・・・・・・ん、あぁ。わかった。」
1人残されても仕方ない。と、所長の後を追った。
(*)
臨時の休憩所となっている大型食堂は歓声と熱気に包まれていた。
皆一様に展開された大型のホロディスプレイの映像を見ながら声援を送っている。画面の中には自分がよく知る、緑色の髪をした少女がステージ上で歌っていた。
(そうか、ランカのセカンドライブは今日だったな・・・・・・)
アルトは2日前に彼女から送られて来たメールの内容を思い出す。
ランカは六課の一員だが、現在次元世界各国でチャリティーライブを続けていた。
ちなみに、管理局の企業団の出資を含めた全予算の25%に上るライブで集まったお金は、9割近くが貧困に喘ぐ次元世界の救援物資に化けている。
「しかしなんて華(はな)だ・・・・・・」
思わず生唾を飲み込む。
容姿が、ではない。もちろんそれを否定するわけではないが、もっと、その立ち居振る舞いのほうだ。
ただ舞台に立つだけで、全ての人間の耳目を集めてしまう〝華〟。
彼女の笑顔が光の矢となって放たれる度に血が熱くなるのを感じる。
第25未確認世界を席巻していた彼女の人気は、この世界でも健在だった。
ランカの歌声は既に全次元世界を駆け巡り、超時空シンデレラの名に恥じぬ人気を叩き出している。
また、彼女によって終結した戦争、紛争も少なくない。
学者達はこの現象を『フォールド波が人の聴覚に直接作用して、理性に直接的な感動を与えている』と言う。
だがそれならフォールドスピーカーを使った全ての歌に普遍的に作用されてしまうはずだ。しかしそんな調査結果は出ていない。つまり科学的にはなかなか説明は難しいのだ。
だがアルトの様な人間には、彼女の歌がなぜこんなにも聴衆を引き付けるかわかる。
彼女の歌には、彼女を支え、愛してくれている世界に対しての無償の愛がありありと感じられるのだ。
それは人々の心の奥で忘れかけている母親の愛を連想させる。そのことが、特に戦場で荒んだ兵士達の心に響くのだ。
上からの命令で日々人を殺めたり、傷つけたりしている内に彼らは、人間より生体兵器に近くなる。そんな彼らに母の愛を思い出させるとどうなるか。
母の愛とは無論、無償の愛であり、よほど偏屈した家庭でない限りそれは自らの存在を許し、生かしてくれるものだ。それが双方敵味方を越えて存在することを思い出した彼らは、もう戦争などという愚かな事はしないのだと。
(*)
熱狂の中曲が2~3曲終わると、休憩タイムに入る。この局は国営放送だがCMを流すようだった。
人混みの中、田所とはぐれたアルトは彼を探していると、視界の端に研究員の白衣や作業員の灰色のジャンプスーツ(つなぎ)とは意が異なる茶色の服を着た女性(ひと)が写った。
「あれ、アルト君も?」
「どうやらそっちもランカ・アタックのようだな」
「うん。着いて誰もいないから、警備の人に理由を聞いたの。そしたらみんなここだって」
フェイトは苦笑を浮かべつつ言う。
『ランカ・アタック』は、第25未確認世界の『ミンメイ・アタック』に相当する。これは彼女らの歌が戦闘を止め、ほぼ精神攻撃とも取れる事からこの名がついている。
また『デカルチャー』も、第25未確認世界の言葉だ。これは元々ゼントラーディ(巨人族)の言語で、『感動』や『驚愕』を意味する。元の世界では陳腐化していたが、ここではランカが時々口にすることから彼女が持ち込んだ新しい文化として大ブレイクしていた。
「まったく・・・・・・」
ため息をつきながらテレビに向き直ると、丁度CMが変わった。
――――――――――
大写しになるVF-25のキャノピー。そしてどこからか流れてきた『星間飛行』と共にそれが開く。
「みんな、抱きしめて。銀河の、果てまでー!」
副操縦席で立ち上がったランカのその常套句が、労働争議中の時空管理局本部ビルに響き渡った。
直後曲をBGMに、画面が切り替わる。
「テレビの前の皆さんこんにちは。ランカ・リーです!」
ステージ衣装を身に纏ったランカが挨拶した。バックには、時空管理局のエンブレムが躍る。
「時空管理局は平和を守るっていう、すっごい大切な仕事をしています!だけど・・・・・・」
声と緑の髪が落ち込むようにシュンとなる。そこでランカの肩に手が置かれた。
手を置いた彼女は今、隣でその人が着ているような地上部隊の制服ではなく、本局の真っ黒な執務官の服を着ている。
「でも今、管理局の地上部隊は人材不足に陥っています」
そこに今度は陸士部隊の礼服を着て、画面右側から出てきたはやてがフェイトの後を継ぐ。
「地上部隊はランカちゃんのおかげでだいぶ待遇も改善されたで。それに今なら重要なポストもけっこう空いとるよ!」
「来たれ勇士達。私達は、あなた達を待っている!」
最後にバリアジャケット姿のなのはが画面上からやってきて、アップと共にレイジングハートを〝ズバッ〟とこちらに向けて大見得を切った。
「「みんなのミッド、みんなで守ろう!・・・・・・キラッ☆」」
最後に4人の声が唱和し、同時にやってきたBGMに合わせ〝なぜか〟決めポーズ。
画面がまた切り替わる。そこにはまた大きく時空管理局のエンブレムが描かれていた。
そこにランカの声が重なる。
「こちらは時空管理局広報です」
――――――――――
冒頭の労働争議の映像はその時撮られたものではない。1週間前に時空管理局広報部から正式に依頼されてホログラム場で再現したものだ。そのためこのCM撮影は、六課も全面的にバックアップしていた。
しかし完成版のCMを初めて見たアルトは苦笑した。
ランカは台詞を頭で演じているようだ。多分台本通りに読んでいるのだろう。これではあまり聴衆の深層心理には訴えられない。
しかし、他3人の訴えには心がこもっていた。やはりまだ来てから1ヶ月では、日々実感するであろうはやて達3人にかなうものでもなかった。
「思わざれば花なり、思えば花ならざりき・・・・・・か」
だが、これらの考察はアルトレベルの同業者にしかできるまい。
事実、周囲の人々は、
「いいぞ!ランカちゃん!」
「フェイトさん最高!」
「「デカルチャーッ、デカルチャーッ!」」
等々やんや、やんやの大騒ぎだ。
(いや?待てよ・・・・・・「フェイトさん最高!」って言ったか!?)
しかし、気づいた時には遅かった。もっと早く気づくべきだったのだろう。ランカが来る前、管理局の『3大美少女オーバーSランク魔導士』として名を馳せていた『はやて』、『なのは』と並んで『フェイト』がいたことに。
振り返るとそこに麗しき金髪の魔導士の姿はなく、奥の方で席に座らせられ、困った顔でペンをサラサラと動かしていた。また、時折シャッターの閃光が彼女を白く包む。
フェイトはこちらと目が合うと、助けて欲しそうな魅惑的な視線を送ってくる。しかしアルトは、胸の前で十字を切って合掌すると、さっと身をひるがえして離脱した。
不利な体勢になったら推力を生かして戦線離脱!混戦から抜ければなんとでもなる!
それが空戦のセオリーだ。
そんなアルトの戦線離脱に、フェイトは色紙に次々自分の名を書き込んでいく作業と、記念撮影をせがんでくる所員たちの要望に応えながら、小さな声で呟いたという。
「アルト君の意地悪・・・・・・」
(*)
フェイトの臨時サイン会が中断したのはCMタイムが終了したためだった。所員たちは再びテレビの前に集い、ライブ会場に画面が戻ったテレビがそこの人々の熱気を放射する。
現在セカンドライブは、首都クラナガンの中央にあるクラナガンドームで開かれている。そこは普段公式野球に使われるため十二分に広いはずだったが、グランドから客席まで人で埋め尽くされていた。
絶えることのないランカを呼ぶ声。そして彼女が舞台袖から出てくると、それは一気に歓声に変わった。
ランカはその歓声を手を上げるだけで制すると、そのままマイクを〝空中〟から掴み出し歌い始めた。
<ここは『What ’bout my star? @Formo』をBGMにすることを推進します>
〝Baby どうしたい 操縦?
ハンドル キュッと握っても―――――〟
彼女のクリアなア・カペラが世界を静寂に引き戻した。しかし、観客は次第にリズムに乗って体を揺らす。
少女はスポットライトに照らされながら、歌い続ける。
緑の髪が別の生物の様に躍って、汗の粒がきらきらと宝石のようにきらめく。
そしてそのメロディがサビになる頃には観客は総立ちで跳び跳ねていた。その動きは、クラナガンの地震計に記録されるほどだったという。
また、待機していた空戦魔導士達がサビ突入と同時にスタントを開始した。
魔導士達は2サビ突入寸前の歌のカウントに合わせて技を披露し、ゼロと同時に全方位にパッと散って美しい軌跡で花を添えた。
・・・・・・しかし、聡明な読者ならもうお気づきだろう。
『なぜランカの歌という超強力AMFのなかで飛べるんだ?』と。
その秘密は、彼女が空中から取り出したマイクにある。
実はこのマイクはシャーリーの作ったデバイスなのだ。このデバイスは、待機中はブレスレット状態なので、空中から取り出したように見える。
また、攻撃的な装備はないが
その他の装備は充実している。
ステージ衣装は言わずもがな、バリアジャケットであるし、バルキリーと同種のフォールドアンプやフロンティア移民船団の装備していたのと同じオーバーテクノロジー系列の全方位バリア『リパーシブ・シールド』。そしてインテリジェントデバイスのため、術者であるランカが歌に集中していても防衛機構は全自動運転できる。
中でも特筆すべきなのは『SAMFC(スーパー・アンチ・マギリンク・フィールド・キャンセラー)』と呼ばれる機構だ。これは不規則に変化するランカのサウンドウェーブの周波数を、体内を流れる電気信号から推測。推測した周波数を周囲の友軍のデバイスにデータリンクを通して伝え、そのAMFをキャンセルするという画期的な装備だった。
これにより六課をはじめとする管理局は、対魔法、対魔導兵器戦では強力なアドバンテージがあった。
その後彼女のセカンドライブは1時間以上続いたが、誰もが時間を忘れて聞き惚れていた。
最終更新:2010年10月01日 23:10