『マクロスなのは』第7話「計画」
アルトはこちらと同じ様にガウォークで並進するバルキリーに呼び掛ける。
「なぜ生きてるんだミシェル!? 魔法でも死者甦生は無理なはずだぞ!?」
『勝手に殺すな。それともなにか? 死んだ方が良かったのか?』
「いや・・・・・・生きててよかった」
『・・・・・・へぇ、見ないうちに素直になったなアルト姫』
「姫はやめろ!もう一度ここで戦死したいか!?」
アルトとミシェルと呼ばれる謎のパイロットの激しい口撃の応酬。後部座席でそれを聞くなのはは何がなんだかわからない。
「えっと・・・・・・アルトくん、どうなってるの? お友達?」
アルトはこちらを振り返ると怒鳴る。
「こんなやつ友達なもんか!」
すると聞こえたミシェルが言い返す。
『ほう、言うじゃないか。だが女の子に怒鳴るとは天下のアルト姫も地に落ちたようだな』
それに怒鳴り返すアルト。スカした言動で翻弄するミシェル。口喧嘩はさらに5分にもおよんだが、一触即発という雰囲気どころかお互いそれを楽しんでいるように感じられた。そう思うと自然と笑みがこぼれた。
(本当に仲がいいんだ)
自然と思ってしまった思考はどうやら念話に乗ってしまったらしい。2人は同時に否定する。その息の合ったユニゾンに今度は笑い声を隠すことができなかった。
(*)
なのはの仲裁によってようやく2人は矛を収めたが、アルトはやっと重要な事に気づいた。
「そういえばお前、その機体どうした?」
ミシェルはしばし沈黙を守ると一言。
『メイド・イン・ミッドチルダだ』
「は!?」
「え!?」
『・・・・・・詳しいことは技研に着いて、田所所長から聞いたほうがいいだろう』
ミシェルのVF-0はガウォークからファイターに可変し旋回していく。アルトはなのはの了解を得ると、ミシェルを追った。
(*)
10分ほど巡航飛行を続けると六課を飛び越し、クラナガン湾に出た。VF-0が降りる大地は六課とは対岸の半島に存在した。下界には湾内に浮かぶ大きな人工島が見える。
『こちらは時空管理局地上部隊、技術開発研究所のテストパイロット、ミハエル・ブラン一等空尉。管制塔、着陸許可願います』
『・・・・・・確認しました。第7滑走路はクリア。着陸OKです』
続いてVF-0の後についてきたVF-25にも通信が入る。
『管制塔からフロンティア1』
「こちらフロンティア1、どうぞ」
『路面が通常のアスファルトのため、ファイター形態にて滑走路に進入、ミハエル機に続いて着陸してください』
「フロンティア1、了解」
コールサインで呼んでいるのは、近くを飛ぶ民間機の多いせいだ。
この滑走路は管理局の施設ではなく、国営のミッドチルダ国際空港だ。レーダーを見ると、100を超える民間の旅客機、次元航行船が写っている。
ちなみに通常のアスファルトやコンクリートの地面だと、ガウォークのエンジン噴射の熱に耐えられずひび割れが発生する。技研にそのまま帰れないのはそのためだ。
「・・・・・・珍しいのか?」
なのはがさっきからキョロキョロしているので聞いてみる。それになのはは目を輝かしながら応えた。
「うん。空戦魔導士でも危ないって緊急時以外近づかせてくれなかったの。・・・・・・こんなに飛行機が飛んでるんだ・・・・・・ほら!あんな大きい飛行機の操縦なんて楽しいんだろうなぁ~」
彼女はそう言って着地のアプローチに入ったVTOLジェット旅客機を指差す。
オートパイロットの見張り役と酷評される民間機のパイロットからすれば、Sランクで自由に空を飛べるなのはの方がよっぽど羨ましいに違いない。だが人間、自分に無いものが羨ましくなるものだ。
その後もひっきりなしに離着陸する民間機に混じって無事着陸。そのままVF-0とVF-25は格納庫へ運ばれ、アルト達はリニアレールで技研に向かった。
その道中なぜミシェルは生きているのか?また、なぜこの世界にいるのか?が彼の口から明かされた。
彼の話によると宇宙に放り出されてすぐ、EXギアの緊急装置を作動させて体を風船のようなもので包み、凍死と窒息の危機から身を守ったらしい。
そして今度は怪我から意識を失いかけていたミシェルだが、そこにアイランド3から誤作動で切り離された脱出挺が偶然通りかかり救助されたという。
その後避難していたフロンティア市民を乗せたまま漂流していた脱出挺はアイランド3から発生した謎の爆発に呑み込まれフォールドしたらしい。―――――その爆発がバジュラ殲滅に使ったフォールド爆弾『リトル・ガール』であることは言うまでもない。―――――脱出挺は奇跡的にフォールド空間へと振り落とされたらしく、乗員達が気づいた時にはこの世界に来ていたという。
「じゃあこの世界には俺たちよりも早く来たのか?」
向かい合わせのミシェルは頷くと話を続ける。
「あぁ、もう8カ月前になるな。そういえばその様子だとバジュラの野郎共には勝ったみたいだな。フロンティアはどうだ?・・・・・・クランはどうしてる?」
(やはりこの男はクランを気にかけているんだな)
そういえばなどと言っているが、ずっと気にしていたのは分かった。おそらく彼女にもしものことがあったら・・・・・・と聞くのが怖かったのだろう。
「安心しろ。あれからバジュラとの共存の道が開けたんだ。だから両方とも無事。今ではバジュラの母星に移民した。もう1年になる」
「そうか・・・・・・よかった」
ミシェルはそう胸を撫で下ろした。
ちなみにそれぞれの客観時間がずれていることはフォールド航法を使うとよくある事なので、まったく気にならなかった。
「・・・・・・でだ、なんで知らせてくれなかったんだ?」
「技研の作業がぎっちぎちでな。しかしおまえがランカちゃんと来た時には驚いた。暴動に歌か。まったく昔の自分を見るようだったぜ。しかも俺達が必死こいて守ったオーバーテクノロジーも全部暴露しやがって」
「あ、いや・・・・・・すまない・・・・・・」
機密を漏らすということに罪悪感があったので素直にあやまった。そんな2人の会話になのはが仲裁しながら入り込んできた。
「まぁミハエル君、あんまりアルトくんを責めないであげて。それで他のフロンティア船団から来た人達はどうなったの?」
「なのはちゃん、親しい友人はみんな俺のことをミシェルって呼ぶんだ。だからミシェルって呼んでいいよ」
彼のウィンクに頬を赤らめるなのは。
ミッドチルダとフロンティアでは客観時間がずれている。そのためまだミシェルは17~18歳のはずだ。一方なのはは資料によれば19歳。年上だ。つまり年上しか狙わないミシェルの射程内ということになる。
しかしクランとのことや、なのはが戦闘職であることから外れるかもしれないが、この8カ月が彼を変えたかもしれない。
(こいつ(空とベットの撃墜王)に狙われてからでは遅い・・・・・・)
アルトは一応予防線を張ることにした。なのはに念話で呼びかける。
『(なのは、こいつはやめたほうがいいぞ)』
『(? どうして?)』
『(実はそいつ・・・・・・ゲイなんだ)』
「ふぇ!?」
なのははおどろきのあまり素っとんきょうな声をあげた。
「どうしたの? なのはちゃん?」
ミシェルは顔を真っ赤にしたなのはに問う。
「ううん、なんでもない・・・・・・」
「ん? そっか。とりあえず他の人達だよね。民間人は普通にミッドチルダで暮らしてるけど、元新・統合軍の軍人さんはみんなを守りたいって残らず時空管理局の地上部隊に入局してるよ」
不思議なことに、民間人含めてみんながみんな魔力資質があってね。と付け加える。
「ミシェル君も?」
「ああ。大抵クラスBだったんだが、俺はAA+だった」
「へぇ、そっちの世界に魔法がないのが残念なぐらいだね」
なのはが言った辺りでリニアレールのアナウンスが、技研に最も近い駅に到着したことを知らせた。
(*)
その後研究員の運転する車で技研に戻ると、彼らを出迎えたのは田所だった。アルトは彼に問いただしたいことが山ほどあったが、田所のたった一言にその気力を挫かれた。
「おかえり」
アルトだからわかる演技でない心からの言葉。父の姿が重なったアルトは少し戸惑いながら
「ただいま」
と返した。
(*)
帰還直後ミシェルは
「用事がある」
とか言って田所と研究員達に連れていかれたが、アルトとなのはは応接室に通された。
しかし入れる部屋を間違えたのか先客がいたようだった。
「レ、レジアス中将!?」
なのはは入ると同時にそのおじさんに敬礼する。
「ん? あぁ、高町空尉。君も来ていたか。第256陸士部隊から君達六課の活躍は聞いている。地上部隊の窮地を救ってくれてありがとう」
もし予算を増やしたのに陸士部隊が敗北してロストロギアを奪われていれば、地上部隊の存続すら危うくなる。リニアレール攻防戦はそういう深い意味のある戦いだった。
「いえ、私達は任務を忠実に実行しただけです」
「それを尊いと言うんだと、私は思う」
彼はそう言ってなのはの肩を叩き、こちらに向き直る。
「早乙女アルト君、君とランカ君には特に感謝しなければならない。君達と我々は元々関係のない間柄なのに、以前の襲撃事件や今回のことなど助けてくれてありがとう」
アルトはその言葉に、以前シグナムに言った事と同じセリフを返す。
「いや、俺たちは偶然あそこにいて、偶然それに対応できる装備があっただけだ」
「とんでもない!我々が助かったことは事実だよ。精神面でも〝技術面〟でも」
技術が各種オーバーテクノロジーを示していることは明白だったが、そこを強調するところはタヌキだ。こうしてこちらの反応を試しているのだろう。
すでにアルトは彼がペルソナ(仮面)をかぶっていることを見抜いていた。しかし、以前のフロンティア臨時大統領、三島レオンのような野心や悪意は感じられない。
彼にあるのははやてと同じような〝守りたい〟という強い思いだけだ。
おそらく彼のような立場になると否が応でもペルソナを・・・・・・権謀術数にまみれた権力の世界を渡るために、被らなければならないのだろう。
「どういたしまして」
そう答えるのと田所が入室するのは同時だった。
邪魔かな?と思ったなのは達は出ていこうとするが、レジアスに呼び止められる。
「丁度いい。君達にも関係ある話だから聞いていきなさい」
そう言うレジアスは空いたソファーの席に俺たちを誘導した。
(俺たちに関係あるってどんな話だ?)
なのはのほうも見当が付かないようで、同じようにこちらを見てきた。俺は肩をすくめてそれに応えると、準備する田所所長に視線を投げた。
3人の視線に晒されながら田所は空中に大型のホロディスプレイを出すと、資料を手に説明を始める。
画面には大きく『時空管理局 地上部隊 試作航空中隊についての中間報告』とある。
「今回完成した試作1号機『フェニックス』の実戦テストは無事終了。量産機としてVF-1『バルキリー』の第1次生産ラインの整備が進んでします。現在は第25未確認世界より漂流してきたL.A.I社研究員より提供されたVFシリーズの設計図から選定したVF-11『サンダーボルト』の解析が完了。試作2号機として試作を開始しました。試作機が完成し、テストも順調ならば1ヶ月以内に同機種の生産ラインが整備できる予定です。またパイロットの養成は彼らを教官に順調に進んでおり、1週間以内にVF-1の試験小隊が組める予定です」
ディスプレイに写るVFシリーズの図面は紛う事なきアルトの第25未確認世界のものだ。しかし随所にVF-25の最新技術、またはミッドチルダの技術がフィードバックされている。
2機種のエンジンが初期型の熱核タービンから最新の熱核バーストエンジン(ステージⅡ熱核タービン。AVF型では初期型の2倍。VF-25の最新型では約4倍の推進力を誇る)に換装され、装甲が第3世代型の『アドバンスド・エネルギー転換装甲(ASWAG)』になっていた。
また、推進剤のタンクが本来入るべき場所に小さなリアクターが居座っていた。このリアクターは改修したVF-25の装備と同じようだ。
VFシリーズの装備群は、基本的に反応炉(熱核タービン)のエネルギーを流用する。しかしそれではまるっきり質量兵器と同じなため、このリアクターが搭載されたのだ。
これは名称を『Mk.5 MM(マイクロ・マジカル)リアクター(小型魔力炉)』といい、ミッドチルダにはすでに30年以上前から製作、量産する技術力があった。しかし魔導士が携帯するには大きすぎ、車両に搭載すると質量兵器に見られかねない。・・・・・・いや、まずこれほどの出力が通常個人レベルの陸戦では必要なかった。
かといって基地や艦船の防衛システムに使うには逆にひ弱で、正規の艦船用や基地用の大型魔力炉に比べると受注量は少なかった。
そこに目を着けたのが『ちびダヌキ』の異名を持つ八神はやてだった。
彼女は比較的安価でVF-25に搭載するには十分小型なこの魔力炉を搭載させ、兵装と推進系を改装したのだ。
この魔力炉は『疑似リンカーコア』とも呼ばれており「個人の魔力を最大500倍まで増幅する」というのが本当の機能だ。しかし本物のリンカーコアがないと、使用はおろか起動すら出来ない。
だから誰でも、そしてボタンを押せば使えるような兵器ではない。
「これは魔法そのものである」
というのが六課側の主張であり、報道機関の協力もあって世論からは認められている。
しかし六課自身もこれは質量兵器であり、ランカを守るための希少な戦力であるべきだと考えていた。
「田所所長・・・・・・まさか本気で量産したりしないよな?」
アルトの問いに田所の表情が陰る。彼は正直なのだ。
しかし、今まで『管理局は質量兵器を使わない』と信じていた。または、信じようとしていたなのはやアルトには衝撃だった。
「田所所長、君は答えなくていい。私から説明しよう」
レジアスは立ち上がると、自らの端末を操作してディスプレイに投影する。
〝56回〟
上の見出しによるとミッドチルダでのガジェットの出現回数のようだ。
確か六課はこの回数の半分ぐらい出撃しているはずだ。
六課は新人の研修ばかりやっているように思われがちだが、今回のリニアレール攻防戦以外にも要請を受けてスクランブルしたことは多い。
目立たないのはほとんどが空戦であり、新人達が実戦に臨むことがなかったためだ。
「現在、六課の善戦で地上の平和が守られているといっても過言ではない。しかし、君達1部隊に地上の命運を託すわけにもいかないのだ。そこで突破口となるのがアルト君、君のバルキリーだ」
多少芝居がかったようすで大仰にこちらを指差す。
「俺の?」
「そうだ。バルキリーは改良すれば、魔導兵器として管理局でも採用できるのだ。君が以前襲撃事件の時バルキリーを使い、その業績から世論はそれを許した」
報道機関も珍しく比較的ソフトに表現しており、ミッドチルダ市民はVF-25が上空を飛んでいても不安を覚えず、子供達が手を振っているほどに受け入れられていた。
ちなみに早くも普及の始まったPPBS(ピン・ポイント・バリア・システム)も今では魔法として人々にとらえられており、格闘でもPPBを併用すれば質量兵器を使った攻撃とは見なされない。(VF-25では反応炉で発生させたものであるが、そんなことはもちろん伏せられている)
「しかし、質量兵器廃絶の理念に違反するすれすれではないでしょうか?」
なのはがつっこむが、レジアスは悲しい顔をして言う。
「そこまで追い詰められているのだよ、我々は」
『ピッ』という電子音とともにディスプレイの数字が変わる。
〝12人〟と。
「この数字は、ガジェットとの戦闘で戦死した数だ」
それを聞いた2人の顔が強ばり、田所は顔を伏せた。
「しかしそんな報道は―――――」
「君は住民にパニックを起こせ。と言うのかね?」
レジアスはそう言ってなのはの反論をねじ伏せた。どうやら厳重な報道管制が行われているようだ。
「戦死したのはほとんどBランク以下の者だ。」
列挙される殉死(戦死)者名簿。右端に書かれた魔導士ランクを見ると、確かにB,Cランクで固まっている。しかし1人だけAAランクの魔導士がいた。職種は空戦魔導士。部隊名は『第4空戦魔導士教導隊』。それはどこかで聞いた部隊名だった。
(確かなのはの―――――)
「え?うそ・・・・・・栞!?」
なのははそのAAランクの者の名を叫ぶ。
そう、確かその部隊はなのはの前任地だった。
レジアスはそんな彼女の驚きを予想していたようだ。彼はその宮島栞二等空尉のデータを呼び出す。
「彼女は管理局員の鏡だった」
レジアスはそう前置きをして話始める。
彼によれば教導隊はその日、海上で学生上がりの見習い空戦魔導士の訓練を行っていたそうだ。
しかしその時、部隊は大量のガジェットⅡ型の奇襲を受けた。教導隊は必死の防衛戦の末撃退は不可能と判断し、転送魔法による撤退を選択した。
だが敵の攻撃が激しく、学生を守りながらではとても逃げられなかったという。
「そんな時彼女は、全員を逃がすために囮になったんだ。おかげで新人含め部隊はほとんどが無事に帰還した。だが彼女だけは・・・・・・」
遺体は海上のためか発見されなかったらしい。しかし発見された彼女のデバイスのフライトレコーダーから彼女の死亡が確認されたという。
「彼女はフライトレコーダーに最期の遺言を残していた。それがこれだ」
レジアスは端末を操作してプレーヤーを起動し、再生した。
『みんな、無事に逃げたよね? 私はここまでみたいだけど、きっと仇をとってね。私は空からみんなを見守ってるから!
・・・・・・なのはちゃん知ってるよね?この前見た映画で私、「私も『空からみんなを見守ってる』って言ってみたいなぁ~」って言ってたこと。でもいざそうなってみると、あんまり感慨深くないんだね』
無理にでも明るく振舞おうとする声。きっとそうして恐怖に対抗しているのだろう。
敵に囲まれ後は座して死を待つのみ。その恐怖は想像するに難くなかった。
そしてその声に混じる爆音。それは彼女の後ろに迫る死神の足音のように響く。
『・・・・・・もう時間がないみたい。これを聞く人みんなにお願いします。絶対この機械達に私の無念を晴らさしてやってください―――――』
そこでプレーヤーが止まった。・・・・・・いや、まだ残っているがレジアスが止めたのだ。
最終更新:2010年10月26日 20:54