『マクロスなのは』第7話その2



「ど、どうして止めるんですか!?」

なのはが珍しく声を荒げる。

「これ以上聞くのは勧められない。・・・・・・きっと君は後悔する」

「構いません!お願いします!」

なのはの懇願にレジアスは彼女に再度答えが変わらない事を確認すると、再生を押した。



沈黙



ただ爆音が響く時間が10秒ほど続くと、微かな声がした。

『・・・・・・ぃゃ、いやだよ!わたしまだ死にたくない!なのはちゃん、誰かお願い、助けて!私にはまだやりたいことがたくさん残ってるの!私には、私にはぁぁぁーーーーー!!』


恐らく最終防衛ラインであった全方位バリアを破られたのだろう。直後ガラスが割れるような音とスピーカーを割らんとする程の断末魔の悲鳴が部屋を包んだ。
そこで今度こそ再生が終わった。
しかしアルトはなのはの顔を窺うことができなかった。彼女はそれほどの負のオーラを放っていた。

「さて、君はガジェットとの戦闘に慣れている。その見解から聞かせてほしい」

「・・・・・・はい、なんでしょうか?」

なのはが顔を上げ気丈に振る舞う。目に涙を溜めて・・・・・・

「シングルAランクの空戦魔導士部隊1編隊(3人)と、ガジェットⅡ型の10機編隊が会敵した場合、どうなると思うか?」

「適切に対応すれば十分ガジェットの撃破は可能であるはずです」

なのはのセリフに自信がこもる。
彼女は教導という仕事にはまったく妥協を許さず、しっかりした人材を育てることを誇りとしていた。それは短期の教導をしてもらった俺やフォワードの新人達だけではなく、以前からそうであったはずだ。
彼女の自信はそうした自負と誇りを背景に確立されたもののようだった。
しかしその自信も現実の前には脆かった。

「ではAランクをリーダーに置き、大多数のB,Cランクの魔導士で形成されている現状の部隊ではどうだ?」

「それは・・・・・・」

なのはは口を濁す。
彼女が担当したのは彼女が確立した戦法が使いこなせる最低クラスAの魔導士に限定されていた。しかしクラスAのリンカーコア保有者はキャリア組といわれるようにエリートに分類され、その数は極めて少ない。
なのは自身そうした背景を十二分に知っていたのでそれに対応するべく彼らにできうる限りのことを教えていた。だが相手が予想を超えて強大であった場合、その被害は恐ろしいものになることは不可避であった。

「すみません・・・・・・」

なのははもう俯いて喋れなくなっていた。

「甘いよ、高町空尉。これが現実だ」

映り変わったディスプレイには予想される1年後の損耗率が表示される。

〝Aランク 25%  Bランク 50%  Cランク 75%〟

なのはは遂に堪えきれず泣き出し、その数字が的外れでないことを表した。アルトは彼女の背中をさすりながら呟く。

「これほど逼迫していたのか・・・・・・」

この損耗率ならばまだ殉職者が12人〝しか〟いないというレベルだ。なぜならもし、Aランク1人、Bランク4人、Cランク5人で1部隊の場合、最悪半数以上が帰還できない。
アルトの驚愕に、レジアスは追い討ちをかける。

「加えて、先ほど六課から報告があった。君達は確か、今回の戦闘で新型空戦ガジェットと遭遇したそうだね?」

アルトは背筋から血の気が引くのを感じた。あいつら―――――「ゴースト」は能力リミッター付きとはいえ、最精鋭たる六課が苦戦した。つまり彼ら、現状の空戦魔導士部隊が会敵した場合など、考えるまでもなかった。

(*)

今、応接室にはアルトとなのはの2人しかいない。それはレジアスが

「高町君が落ち着くまで我々はフェニックスを見に行ってこよう」

と言って田所を伴い、部屋を出ていったからだ。
あれから15分。なのははまだ嗚咽を漏らしながら涙を流している。
無理もないことだった。彼女が友人をどれほど大切にしているかをアルトはよく知っている。
そんな彼女がそういう友人の無惨な死を知らされ、今後も死者は増えるというのだ。その心中、察するに重かった。
アルトは根気よく彼女が落ち着くよう努力したところ、だんだん嗚咽が少なくなってきた。
そしてなのはは訥々と喋り始めた。

「・・・・・・栞とはね、教導隊の同期だったからよく話したの。生い立ちとか、夢とか。その時の私はみんなを守れる気でいたの。・・・・・・でも結局私は、自分の見えてる範囲の人達しか・・・・・・いや、誰も救えてなかったんだ・・・・・・大切な友達だって・・・・・・ほんとダメダメだよね。私なんて・・・・・・」

普段の彼女、エース・オブ・エース『高町なのは』からは想像できない弱音の数々。それは彼女がいままで1人でため込んでいたものだ。
幼少期から受け継がれているこの、悩みを1人でため込んで処理しようとする悪い癖はいまだに彼女を束縛していた。

「・・・・・・俺は、そうは思わない」

アルトは立ち上がると、俯くなのはに昔話を始める。

「あれは、フロンティア船団がバジュラに初めて襲われた時だった―――――」


――――――――――

燃え上がる市街地。
コンサートを開いた歌手(シェリル・ノーム)に、混乱への対応をしないでそそくさと逃げようとしている事に対する文句を言いに行ったアルトは、彼女のボディガードによって気絶させられていた。

「くそ!統合軍はなにをやってやがる!」

地面に叩きつけられた痛みでガンガンする頭を上げ、野外を見渡すと、その赤い圧倒的な存在があった。
よくみれば防衛出動したらしい統合軍のベアトリーチェ(8輪の装甲偵察車。偵察車とあるが、実際には105mm速射砲塔を搭載しているため従来の戦車のように運用される)があちらで数両大破している。そして目の前の怪物(バジュラ)には被弾したらしき弾痕があった。
つまり統合軍は必死に戦ったが、敵が圧倒的だった。
そういうことなのだろう。
逃げられないアルトは統合軍の質の低下を招いた、時の政府に悪態をつき、後ずさる。

「いやぁぁーっ」

場違いな悲鳴がしたのはその時だった。驚いてそこを見ると、先ほど道案内した緑色の髪をした少女だった。ビルの壁面に追い詰められ、腰を抜かしている。
なお悪いことに怪物は彼女に興味を持ったらしく、そちらへと方向を変えた。

(どうする・・・・・・俺は・・・・・・!)

逃げるなら絶好のチャンスだ。今怪物の意識は完全にそれている。しかし―――――

(見捨てるのか!?)

怯え、すくみ、ただ恐怖するしかない少女を。
だが助けるにも今のEXギアでは、彼女を助けて2人で離陸するだけの推力はなかった。
怪物の頭らしき物に付いた無数の目が、妖しく光る。しかし次の瞬間、その頭を曳光弾混じりの機関砲弾が殴打した。それを行ったのは純白に赤黒ラインの映えるVF-25Fだった。

『さっさと逃げろ坊主!仕事の邪魔だ!』

そのバルキリーのパイロットのものであろう割れた声がEXギアの無線を介して届く。
VF-25Fはガウォーク形態に可変するとバジュラを抑え込んだ。
だがアルトは言われた事と正反対の行動に出ていた。先ほどの少女に向かって全速力で走り出したのだ。
しかし、怪物の爪が抑え込んでいたVF-25Fのコックピットを襲い、キャノピーを大破させた。

『負けてたまるかよ!』

パイロットは自衛用のリニアライフルを1挺担ぎ、EXギアで飛翔する。パイロットにもアルトの意図がわかっていたのだろう。彼女から数十メートルも離れていなかった怪物を、1区角先まで誘導する。

『やらせるかよ・・・・・・!ここは俺たちの船、フロンティアなんだからよぅ!!』

彼はそう叫んでリニアライフルで4.5mmケースレス弾を怪物に叩き込む。しかし、VF-25Fの50ミリ超級の機関砲すら効かない相手には全く効果がない。

「やめろ!死んじまうぞ!」

アルトは叫ぶが、パイロットは

『・・・うるせぇ!坊主、早くお嬢ちゃん連れて逃げるんだよ!』

と、まったく取り合わなかった。

――――――――――


「それでパイロットさんはどうなったの?」

なのはが先を促す。

「あの後、バジュラがパイロット―――――ギリアムを掴んで―――――」

アルトが広げた手を閉じ、強く握る動作をする。それを見たなのはは痛々しい顔をして背けた。

「だがな、彼は最後の最後まで撃つのをやめなかった。多分彼は守ろうとしたんだ。悪態をつくことしか出来なかった俺や、怯えることしかできなかったランカを。だから俺は周りの人間・・・・・・いや、目の前の人間を守ろうとするだけでも尊いと思うんだ。そうでなければ、あのVF-25を遺してくれたギリアムに、なんと言えばいいかわからない・・・・・・」

悲しそうに握りこぶしを振るわせて語るアルト。その時なのはの脳裏に2週間前の光景がフラッシュバックした。
それはVF-25の魔導兵器への改装が終わって、ついでに塗装も変えるか?という話になった時のことだ。
アルトはSMSの国籍表示マークはともかく、その純白に赤黒ラインの塗装を断固として譲らなかった。
今思えば、彼の3代目VF-25にも引き継がれたこの塗装は、アルトに掛けられたカース(呪い)なのだ。ギリアムを初めとする散っていった者の意志を継ぎ、人々を守るための・・・・・・

「・・・・・・ありがとう、アルトくん。おかげで元気が出てきた!でも、今日はみっともない所ばっかり見られちゃったな~」

テヘへ、という笑顔はいつもの彼女のものだった。
その時、計ったかのようにドアが開き、レジアス達が入って来た。

(*)

「それでは続きに入ろうか。この損耗率に憂いた我々は、低ランク魔導士でも運用可能な装備の開発に着手した。今回リニアレール攻防戦でその実用性を示した新型デバイスもこれに当たる。これは陸士達の装備だが、空戦魔導士の装備を考えた結果出たのがバルキリーだ」

ホロディスプレイにバルキリーを使うことの有用性を箇条書きにしたものが示される。

  • MMリアクター(擬似リンカーコア)の導入でリンカーコア出力がクラスCならBへ。クラスBならAへ。クラスAならSという超絶的な火力になる。(事実、クラスAAのアルトのガンポッドから撃ち出される最大出力時の魔力砲撃は、シングルS+の威力を有している)
  • 全体的に魔導士ランクが低くできるため、管理局の規定にある『1部隊が持ちうる魔導士ランクの限界』がほぼ無視できる。
  • 非魔力資質保有者を整備員や生産工として大量雇用し、非魔力資質保有者の就職氷河期に歯止めをかける。
  • ファイター形態は速度が速い(音速以上)ため、即時展開性が向上し、素早い対応ができる。
  • 局員の生存性の向上。

それらを見る限り悪いことはないように思えた。

「これらの理由からバルキリーの制作は決定された。わかってくれたか?」

2人は異論なく頷いた。

「我々はこのように公表するつもりだ。あと、彼女の遺言も・・・・・・。これで世論はわかってくれるだろうか?」

レジアスが2人に再び問う。

「レジアス中将の考えは間違ってないと思います。だからみんなにも―――――栞にもきっとわかってもらえると思います」

なのはの同意にレジアスは

「ありがとう」

と礼を言いい、田所に報告を続けるよう促した。

(*)

田所の報告が終わり、4人で修正点などを協議して一段落したのは昼の12時だった。

「そろそろ私は本部に戻らなければならない。田所所長、バルキリーの開発を急いでくれ」

レジアスは立ち上がると、田所に向かい合って小さく頭を下げる。

「承りました」

そしてレジアスはアルト達を振り返ると、深く頭を下げ

「ミッドチルダをよろしく頼む」

と言い残し退出して行った。



アルト達はまだ、彼の言葉の裏に隠された重さには気づいていなかった。



田所は深呼吸をすると、アルト達に向き直って言う。

「さて、アルト君や高町君ももうお昼だろう? 食堂に行くか?」

田所の提案に2人は頷く。そして

「考えて見れば俺はまだ朝飯前じゃないか!」

と悪態をついたアルトに、なのはと田所は一様に笑う。

「じゃあ行こうか。ああ、アルト君。昨日君が作ってくれた料理だがね、料理長にも食わせたらいたく気に入ったらしくてね。作り方を教えて欲しいと言っていたんだ」

昨日の料理とは、田所と談笑する時に、小腹が空いたアルトが作ったつまみだった。

「え?アルトくん、料理上手なんだ。私も食べたいなぁ~」

なのはが上目遣いに見てくる。アルトは胸を叩き、宣言する。

「いいだろう、みんな俺にまかせとけ!」

「やったぁ!」

―――――さっきの重い雰囲気はどこへやら。
2人は田所を加え、食堂へと向かった。

(*)

食堂には、昨日のコンサートの熱気は完全になく、閑散としていた。
やはり研究職。昼の12時と言えど、机や実験施設からなかなか動けるものではないようだ。
そして全員で厨房に行くわけにも行かないので、なのはと田所は席で待つことになった。

(*)

「え?この肉使うの?」

まだ若い料理長はアルトの手際の良さに感心しながら訊く。
アルトの作ったつまみとは唐揚げだった。しかし彼が手に取ったのはミンチになった牛肉。そのため怪訝に思ったのだろう。

「そう、ここがポイントなんだ」

そう言ってアルトはもったいぶりながらその秘密の具材を料理長に示す。

「それは・・・・・・!?」

彼は絶句する。
アルトの手に乗ったもの、それは豆腐だった。

<作り方は家業秘密により伏せます>

「すごい!食感が、肉のそれと同じだ!それどころか柔らかくて美味しい!」

料理長は歓喜しながら、2個目を口に運んだ。

(*)

結局料理長に10個以上持っていかれたが、材料費がかからないため大量生産に向いたこの唐揚げ団子はその程度では減らなかった。

(ちょっと作りすぎたな・・・・・・)

しかし、結果としてアルトの反省は無用なものとなった。

(*)

なのは達の座っていた席の周りになぜか20人以上の人が集まり、黒山のひとだかりになっている。
研究員かとも思ったが、着ている服は技研の正装である白衣やツナギではなく、地上部隊の茶色い制服だ。
そこからは会話が聞こえてくる。話しているのはなのはと、制服を着た少女だ。
内容から察するに、空戦のアドバイスのようだ。
制服を着た少女が彼女1人しかいないためか、その存在感は群を抜いている。
年の頃は15,6だろうか。幼さを残す顔立ちのなかで、大きな目を見開き、頬を赤く染めている。特に大きな赤いリボンで後ろに結わえた黒髪は、まるで川のせせらぎのような清らかな印象を与えた。

「よう、アルト姫」

なのはの対面に座っていたミシェルがこちらに気づいて片手を挙げる。その一言に周囲の顔がアルトに集中し、一様に納得した顔になった。

「・・・・・・なんだよ?」

舞台で聴衆に見つめられることには慣れていたが、この違った雰囲気に気圧される。

「あぁ、アルトくん。この子達がバルキリーパイロット候補の1期生なんだって」

なのはの説明に、生徒一同はアルトに敬礼した。
とっさに答礼しようとして両手がふさがっている事に気づく。仕方なく苦笑しながら両手を差し出したなのはに皿を渡し、ようやく答礼した。

「ミシェル教官からお話は聞き及んでおります」

生徒のリーダーらしき25歳くらいの青年がアルトに言う。その言葉には敬意の念があるが、何かのスパイスが効いている。

「おい、ミシェル。コイツらになにを話した?」

「・・・・・・さあ、ね」

イタズラっぽい笑み。

(コイツ、いったいなにを吹き込みやがった・・・・・・!)

アルトは胸の内で悪態をついた。

(*)

結局スパイスの中身はわからなかったが、山と積まれた唐揚げはアルト達や昼飯前の生徒達の胃袋に消えるのに時間はかからなかった。
そうして昼食を済ませると、田所からある提案がなされた。

「今日はうちのパイロットの卵の授業を見学するのはどうだろう?」

その提案は、生徒達の大賛成という空気に流され、2人はそれを飲む形になった。

つづく

――――――――――

次回予告

1期生達の訓練を見学することになったアルトとなのは。
しかしそこにはマクロス・ギャラクシー出身と名乗る者が・・・
果たして彼は敵か?味方か?
次回マクロスなのは、第8話『新たな翼たち』
管理局の白い悪魔が今降臨する!

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最終更新:2010年10月26日 20:54