『マクロスなのは』第8話「新たな翼たち」
「ここが校舎だ」
食堂から出てミシェルに案内された場所は所内にある比較的古いコンクリート打ち付けの建物だった。
表札もおそらく昔の名前、『技術開発研究所 化学部門』となっている。
「案外古い建物を使ってるんだな」
アルトの呟きに、玄関の階段に足をかけたミシェルが答える。
「ここにはまだ予算があまり割かれてないんだ。まだ訓練を始めて2週間だからな」
「そんなものか」
アルトは階段に足を掛けながら後ろを歩く生徒達を流し見る。
昼食の時に話を聞いた所、大多数がリンカーコア出力がクラスBの空戦魔導士だった者達で、一様に理系―――――特に工学を学んだ者で構成されていた。(そのためか女子生徒は1人のようだ)
やはりバルキリーに乗るためには自分の乗っている物がなぜ飛ぶのか、そういう事がわからなければ緊急時に対応できない。そのことを管理局も理解しているらしかった。
玄関をくぐると、ミッドチルダには珍しい褐色の肌をした男と鉢合わせした。
「よう、ミシェル。・・・・・・ん?そちらの2人は?」
「ああ。さっきのリニアレールの事件で手伝ってもらった、機動六課の高町なのは一等空尉に、〝アルト姫〟だ」
アルトは聞くと同時にこの金髪のクソ野郎をぶん殴ってやろうかと思ったが、彼にはそれでわかったらしい。
「ああ、あなたが。噂は聞いています。私は第51次超長距離移民船団『マクロス・ギャラクシー』所属、新・統合軍のミラード・ウィラン大尉です」
教官をしていて今の階級は三等空佐ですが。とつけ加える。
「こんにちは、高町なのはです」
笑顔で応対するなのは。一方、『マクロス〝ギャラクシー〟』と聞いたアルトは一瞬身構えたが、彼の友好的な顔からは敵意はまったく感じられなかったためそのまま会釈だけで簡単に流した。
「こんにちは。・・・・・・しかし噂通りお2人とも美しい女(ひと)だ。・・・・・・ああ、そういえばアルトさんは報道でお見受けした時もそうでしたが、普段から〝男装〟をされているんですね。それでも内に秘めた美しさが垣間見えるようでよく似合っておいでですよ」
まったく悪意のないウィランの自然な言葉に、後ろから生徒達のクスクス笑いが聞こえる。
「だ、誰が男装だ!!誰が!?」
アルトは全力で否定した。舞台以外で性別を間違えられるなど、自身のアイデンティティーに関わる。
ウィランもこの美青年の声にようやく気づいたようだ。
「え?・・・・・・あ、いや失礼。ミシェルの話から早乙女アルトは女性だとばかり―――――」
どうやらさっきのスパイス、そしてこれはミシェルの差し金だったらしい。
「ミ・ハ・エ・ル、貴様ぁ!!」
激昂するアルトに
「俺に勝ったら男の子って認めてやるよ。〝姫〟」
と涼しい顔。
突然険悪になった2人を生徒やウィランはハラハラと、なのはは苦笑しながら見ていた。
(*)
「それでは当初の予定通り、午後はシュミレーターによる実習だ」
ミシェルが生徒を前に宣言する。
彼の後ろには縦2メートル、横5メートル、奥行き3メートル程の箱がある。どうやらあれがシュミレーターらしい。中にはバルキリーの操縦席がある。
「内容は会敵、戦闘となっている。だが、これで5分も持たないような奴は―――――」
ウィランが鋭い視線で生徒達を威嚇した。
ミシェルが時たま見せる眼光にもスナイパーであるためか見られたものを竦み上げさせる力があったが、所詮まだ高校生。40以上で、下っ端からの叩き上げという彼とは場数が違った。
そうして生徒の1人がデバイスを起動してバリアジャケットに換裝する。それは紛れもなく軍用EXギアだった。どうやら『メサイア』とは腹違いの兄弟らしい。
着なれているらしく、シュミレーターに乗り込む彼の動きに無駄はなかった。どうやら訓練を始めてから2週間というのは本当らしい。
シュミレーターが稼動すると他の生徒達はディスプレイの前に集まる。どうやらシュミレーターとこの画面とはリンクしており、観戦ができるようだった。
画面に浮かぶ自機、VF-0はクラナガン上空を飛ぶ。そこに現れたのは50機を優に越えるであろうガジェットⅡ型の大編隊。
本来の生身の戦闘ではとても勝てないであろう彼らに向かってVF-0は獰猛果敢に突入する。
アルトはこの戦いを見てこの訓練は始まったばかりだと感じた。可変の使い方を心得ていない。
可変という特殊機構をもつVFシリーズは戦場を選ばぬ全領域の汎用性がある。そのためこの機構を使いこなしているかで即、技量がわかる。
可変の使い方の基本としては、ファイターは高速度と高機動を生かして敵中突破または距離をとるために。ガウォークは戦闘ヘリのような小回りを生かしての戦い。バトロイドは腕という名の旋回砲塔による全方位攻撃や近接戦闘に。
しかし元空戦魔導士だった彼らはファイター又はバトロイド形態に固まってしまい、ガウォークを中間とする流れるような運用ができていなかった。しかしそれでも頑張っていられるのは魔導士時代の実戦経験と、戦闘のノウハウがあることが大きいだろう。
これがある者は例えバルキリーの操縦カリキュラムをすべて履修したが、実戦経験がないという者に比べても差は歴然である。
これのない者は戦場では空気だけで押しつぶされてしまい、実力の半分も出せない。対してある者は冷静に事態を見つめることができ、なおかつ経験を元に独創的な戦法を思いつくことができる。
さらにここの1期生達は元は優秀な魔導士だったらしい。ただ、ガジェットを相手にするにはリンカーコアの出力が低かったため戦力外通知され、ここに引っこ抜かれたという。
そのため1期生は戦闘技術なら実戦レベルであり、バルキリーに慣れさえすれば、『バジュラ本星突入作戦』に投入された緊急徴用の新人パイロットより十二分に戦力になりそうだった。
生徒の最後の1人が敵の猛追を受けて撃墜で終わり、さてどうするのだろう?と遠巻きに観察していると、ミシェルがこちらに来て言う。
「なのはちゃんもやってみる?」
「へ? わたし?」
ミシェルの突然の誘いに、彼女を尊敬しているという女子生徒にアドバイスをしていたなのははキョトンとする。
「そう。滅多にやれないと思うよ」
この誘いにしばし迷っていた彼女だが、周囲の期待のこもった空気にのせられ、承諾した。
「あ、でもわたしEXギアがないから出来ないんじゃ―――――」
「大丈夫。こっちで用意するよ。なのはちゃんのデバイス・・・・・・そう、レイジングハートをちょっと貸して」
言われたなのはは胸元にある赤い水晶のような石、レイジングハートをミシェルに手渡す。
彼はそれを端末に置くと、パネルを操作していく。
「・・・・・・ああ、『三重(トリ)フラクタル式圧縮法』か。ずいぶん洒落たの使ってるね。・・・・・・それに最終形態時の常時魔力消費(バリアジャケットや各種装備を維持するのに必要な魔力)率が15%って結構無茶するね・・・・・・」
なのははミシェルの一連のセリフに驚いたようだった。
「そんなにすごいことなのか?」
なのははアルトの問いに頷くと、理由を説明した。
『三重フラクタル式圧縮法』を使えば、普通のデバイス用プログラム言語の約3分の1の容量で同じことができる。しかし通常のデバイスマスターでは扱えないし、それであることすら看破できない代物であった。
しかしミシェルはそれを斜め読みしただけで解読しているようだったからだ。
「ミシェル君にはわかるの?」
「まぁね。姫にもわかるはずだぞ」
「はぁ?ミシェル、俺はガッコ(学校)で習ったプログラム言語しか知らん―――――」
「じゃあ見てみろよ。ほれ」
ミシェルは開いていたホロディスプレイの端をこちらに向かって〝ツン〟と指で突き放す。
(仕方ないな・・・・・・)
俺はスライドしてきたホロディスプレイを手で掴んで止め、投げやりに黙読を始めた。
もし現代のプログラマーがパッと見ることがあれば、見た目数字とアルファベットがランダムに配置されていて、なにか特殊な機械語だと思うかもしれない。
しかしアルトにはすぐに見当がついた。中学生時代、人類が生み出したC言語などを全て極めた後でようやく習ったプログラム言語―――――
アルトは猛然とミシェルに駆け寄ると、画面を指差して叫んだ。
「おい!こいつは紛れも無く〝OTM(オーバー・テクノロジー・オブ・マクロス)〟じゃねぇか!?」
そう、これはOT(オーバー・テクノロジー)を有機的に運用するのに最適化されたSDF-01マクロス由来のプログラム言語だった。
「ああ。そうだな。わかるっていったろ?」
「だが何で―――――!」
こいつらがこれを知っている?というセリフを直前で飲み込むアルトだが、ミシェルは
「さぁな」
と肩をすくめて見せただけだった。
そして彼は顔にハテナを浮かべる生徒やなのはを見て当初の目的を思い出したのか端末に操作を加え始めた。
「えーと・・・・・・ここを繋いで・・・・・・これをペーストして・・・・・・第125項を第39項で繰り返す・・・・・・よし、これでIFS(最初にバリアジャケットのイメージデータを作成するシステム)に繋がるはずだ。これからバリアジャケットのイメージデータを送るから、待機してもらってて」
ミシェルは自身の端末を操作しながら、なのはに指示を出す。
「わかった。レイジングハート、お願い」
『Yes,My master. IFS(Image・Feedback・System) connecting ・・・・・・complete. All the time.(はい、マスター。IFSに接続中・・・・・・完了。いつでもどうぞ)』
「じゃあ、始めるよ」
ミシェルは言うが、変化はほとんどない。レイジングハートが数度瞬いたぐらいだ。そして不意に端末を畳むと、レイジングハートをなのはに返した。
「終わったよ。着替えてみて」
なのはは頷くと、その手に握る宝石に願った。
アルトは手で隠すように眩い桜色の光を避ける。するとそこから光臨してきたのは、いつもの白いバリアジャケットではなく、EXギアを着たなのはの姿であった。
しかし―――――
「これが・・・・・・うわっ」
予想以上の動きに大きくふらふらする。そしてバランスをとろうとして動かすとさらにバランスを崩し―――――と事態をどんどん悪化させていく。
「動かないで」
ミシェルが落ち着いた声でそう彼女に釘を刺すと、応援に来たアルトと共にそれを制していった。人間焦った時動かす場所など決まっているものだ。アルトやミシェルのような熟練者であればEXギアを生身でも制止することは可能だった。
「ふぅ・・・・・・トレース(真似)する動きは最低の1.2倍になってるけど、動く時には気をつけて。もし危ないと思ったら体は動かさず、いっぺん止まること。バランサーのおかげでどんな姿勢でも転倒することはないし、なのはちゃんが動かなきゃコイツは動けないから。OK?」
「う、うん・・・・・・」
彼女は素直に従い、ミシェルにエスコートされながらゆっくりシュミレーターに乗り込む。そして簡単な操縦機器の説明を受けるとシュミレーターを稼動させた。
『わぁーすごい!』
なのはの邪気のない声がスピーカーから届く。
たとえその身1つで飛べるとしても、やはり飛行機のパイロットの席に座る感触はまた格別である。
アルトもEXギアで飛ぶのと同じかそれ以上にバルキリーで飛ぶことを楽しんでいるので、なのはの気持ちはよくわかった。
「それじゃなのはちゃん、操縦の説明は―――――いらないみたいだね」
ミシェルはそう言うと、曲芸飛行をはじめたVF-0を見やった。
縦宙返りをして頂点に来るや360度ロール。再びループを継続すると、元いた場所に戻る。
そしてそこで鋭くターンすると、先ほどループした中心を貫いた。
その航跡が〝ハートを貫く矢〟に見えたのはアルトだけではあるまい。
なのははこの短時間でVF-0を乗りこなしたようだ。
その後も捻り込み、コブラなど曲芸を披露していった。
『うん、いい機体!』
なのはは水平飛行しながら足のペダルに直結された可変ノズルを操作して機体を揺すった。
「なのはちゃん、十分出来そうだね」
『うん。戦闘機の空戦機動ならみっちり〝練習〟したから』
それを聞いたミシェルがニヤリと微笑む。
「それじゃうちの生徒と同じ難度でやってみる?」
『うん!お願い!でも邪魔だからコンピューター補助全部切ってマニュアルにして』
「え?でもそれじゃ機体制御が難しくなるし、限界性能が出ちゃうからG(重力加速度)で気絶しちゃうかもしれないよ?」
しかしなのははカメラ目線になると、ウィンク。
『お願い』
と繰り返した。
「・・・・・・わかったよ。それじゃ、お手並み拝見」
ミシェルは肩をすくめて言うと機体の設定をいじり、訓練プログラムを作動させた。
出現するガジェットの大編隊。
なのはの操縦するVF-0はファイターで単身敵に向かっていく。その間チャフ(レーダー撹乱幕)とフレアを連続発射してあらかじめロックをかわす。
そしてすれ違った時には敵のうち数機が破片になっていた。
『〝LOMAC(LOCK ON MODERN AIR COMBAT。第97管理外世界に存在するフライトシュミレーション)〟で培った私の技術、今ここに見参!』
神技であった。
突然ピッチアップしたかと思えばそのまま後転。機首を元来た方に向けると、敵をマルチロック。続いてマイクロミサイルを斉射し、まったく回避動作に入っていなかったガジェット数機を葬った。
続いて追ってきたガジェットになのはは機首を上にしてスラストレバー(エンジン出力調整レバー)を絞る。すると機体は失速するが、なのははそこから可変ノズルを不規則に振ってハチャメチャにキリモミ落下を始めた。
これに似た機動は第97管理外世界ではフランカーシリーズの最新鋭戦闘機だけができる曲芸だが、VF-0でも潜在能力として出来た。
また可変ノズルなどの機構やOTM、そして操縦の完全マニュアル化によってそれら戦闘機より鋭く、速く行え、この機動中も制御が利くので、複雑な軌道なため狙いがつけられず棒立ちのガジェットを次々ほふっていった。
開始1分でガジェットを10機以上葬ったなのはのVF-0はその後もファイターしか使わない。いや、EXギアシステムが満足に使えないため、それをトレースするバトロイド、ガウォークなど使えない。
そのため遂にはミサイル、弾薬が尽き、戦闘空域から離脱する前に無限に出てくる敵の損害覚悟の包囲攻撃にさらされた。
「まだまだ!」
なのはは機体を180度ロール。続いて主観的な上昇をかけて急降下。いわゆる『スプリットS』を実行し、下界のビル群に突入した。
ガジェットも彼女を追わんとそこへの突入を敢行する。
「さぁ、どこまで着いてこられるかな!」
彼女は乱立するビルの間を音速で飛翔する。
本当にやったらビルのガラスが割れてその中の人や道路を歩いている人が大変なことになるが、なのははまったく気にしていないようだ。
秒速数百メートル単位で迫るビルという名の障害物を絶妙な機動で縫っていくなのは。
そんな魔のチキンレースにガジェットは更に10機ほどがビルにぶつかって散った。
しかし目前のビル群がとうせんぼ。正に袋のネズミになってしまったなのはに上空待機していたガジェットが大量に急降下を仕掛けてきた。
万策尽きたらしい彼女はスラストレバー全開で敵に特攻。数機を相討ちにするが、自らは激突寸前にイジェクト(脱出)して生き延びるという狡猾さを見せた。
「ふぇ~、やっぱり難しいよ~ぅ」
などと〝可愛く〟言いながらシュミレーターから出てくる。しかしこの20分で築き上げた撃墜数は1期生を余裕で上回る62機を叩き出していた。ちなみにこれには、ビルに激突して散った機は含まれていない。
おそらく実戦なら脱出後、生身でさらに80機近くを落とすだろう。
(さすがは管理局の白い悪魔・・・・・・)
この時全ての人が同じ思いを共有していたという。
(*)
「さて、アルト姫。ここで生徒達にお手本を見せてくれるかな?」
なのはの奮戦を見て血のたぎっていたアルトはすぐさま応じ、メサイアを着込む。そしてシュミレーターから降りたなのはの、
「頑張って!」
と言うエールを背中に受けながらシュミレーターに乗り込んだ。
ハッチが閉じ、コックピットの機器に光が灯っていく。
操縦系統はEX(エクステンダー)ギアシステムを採用したためかVF-25と相違ない。アルトは自らの技量を過信するわけではないが、いくら旧式VF-0のスペックでも、ガジェットごときに落とされるとは思えなかった。
(*)
シュミレーター外
なのははミシェルがシュミレーターのコントロールパネルに操作を加えるのを見逃さなかった。
「ミシェル君、なにをしたの?」
なのははそう言いつつミシェルが操作していたコントロールパネルの『難易度調整』と書かれたダイヤルを見た。ダイヤルのメーターはMAX(最大)を示している。
「普通の難易度じゃ、あいつにゃすぐクリアされちまうからな。あの高慢チキな鼻っ柱をへし折るにはこれぐらいで丁度いいんだよ」
その難易度はなのはや生徒達よりも8段階以上、上の設定だ。なのははシュミレーターの前で静かに合掌した。
(*)
「おいおい、ミシェル!これはなんなんだぁぁぁ!?」
アルトは迫るHMM(ハイ・マニューバ・ミサイル)をチャフ、フレアに機動を織り交ぜて必死に回避し、EXギア『メサイア』とシュミレーターの発生する擬似的なGに喘ぎながら通信機に怒鳴る。
後方にはライトブルーの機体が3機。機種はアルト達の世界でも最新鋭の無人戦闘機QF4000/AIF-7F「ゴースト」だ。
このゴーストは現在、新・統合軍の主力無人戦闘機だ。
有人機と対決した場合、高コスト機体であるAVF型(VF-19やVF-22)であっても1対5のキルレシオ(つまり、ゴーストが1機落とされる間に5機のAVFが撃墜されているということ)を誇り、VF-25で初めてタメが張れるという恐ろしい機体だった。
『あれ?生徒達の前で恥をかくのかな?』
それだけ言って通信は切られた。
「くっそ!覚えてろよミシェル!うおぉぉーーー!!」
アルトは持てる技術を総動員し、旧式VF-0で現役ゴーストに挑んだ。
(*)
ゴーストは宇宙空間や大気圏でのいわゆる〝空中戦〟に特化しているため、このまま敵のフィールドである空中にいたらタコ殴りになると急降下。
1機を市街地のビル群に誘い込み、バルキリーの最大の特徴であり、得意であるバトロイドやガウォークなどで市街地機動戦を展開。罠にはめてガンポッドで見事撃墜した。
しかし残る2機にミサイルを雨あられと降らされ、袋叩きに会うこととなった。
「なめんなぁ!」
アルトはアフターバーナーも全開に急上昇を掛ける。
それによって空間制圧的に放たれていたミサイル達は飢えた狂犬のように従来の軌道を捨て、そこに集中する。
それを見越していたアルトはその瞬間ガンポッド、ミサイルランチャーなど全装備をパージしてデコイ(囮)とし、その弾幕をなんとかくぐり抜けた。そして間髪入れずにバトロイドへと可変すると、目前にいたゴーストに殴りかかった。
PPBの輝きも無い無骨な拳は見事主翼を捕らえてそれを吹き飛ばし、軌道が不安定になったゴーストを残った腕で掴むと、主機(エンジン)と武器を殴って全て停止させ、ミサイルランチャーからミサイルを1発拝借した。
もはや翼を文字通りもがれて鉄くずとなったゴーストだが、まだ利用価値がある。
バトロイドとなったことで急速に遅くなったVF-0に、残った最後のゴーストが接近掛けつつミサイルを放ってくる。その数、10以上。
そこでアルトは鉄くず同然のゴーストをミサイルに向かって投げつける。そして腕のみを展開したファイターに可変したVF-0は最加速して投げたゴーストに追いつくと、手に握っていたミサイルをそのゴーストに投げつけた。
直後に襲う衝撃。
ミサイルとゴーストの誘爆で大量の熱量と破片、そして衝撃波が放たれる。そして向かってきていたミサイル達はその目的を果たす前に、VF-0に重なるように出現した熱源に誘われて破片にぶつかったり、爆風の乱流で他のミサイルにぶつかったりとそれぞれの理由で自爆した。
その代償はVF-0にも降りかかる。VF-25であればファイターでも転換装甲が使えるため何とかなったはずの破片だが、スペックが完全に古いままらしいVF-0には多数の破片が弾丸となって機体を襲う。
主翼を半分ほど持って行かれ、腕は両方とも寸断され、可変機構にも深刻なダメージを与えられ、エンジンはガタが来ていた。
しかしVF-0はまだ飛んでいた。そしてアルトの瞳も最後のゴーストを捉えて離さなかった。
数々の損害を代償にミサイルの回避と莫大な推力を貰ったVF-0は一瞬にしてゴーストの前に躍り出た。
発砲されるレーザーの嵐。
通常なら回避する攻撃だ。しかしこのエンジンの様子だともはや攻撃はラストチャンスであり、残された攻撃方法も特攻以外に残されていなかった。
コックピットへと飛び込んできた無数のレーザーに全身が焼けるように熱くなって感覚が失せる。だがアルトの突入への気迫が勝った。
「終わりだぁーーーーー!!」
VF-0は迷わず特攻を敢行。その1機を相打ちにした。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」
アルトはブラックアウトしたシュミレーターの全天画面の下、しばし休憩する。
全身がジンジン痛むが、体はなんとも無いし、徐々に収まる。どうやら被弾の痛みはEXギアの仕業のようだ。脳に直接信号を送り込んで激痛を走らせているらしかった。
それにメサイアの生み出す擬似的な重力加速度やシュミレーターのハイレベルな完成度からまさに真剣にやったため、たった5分の戦闘での疲労はフルマラソンに3~4回連続出場したレベルにまでアルトを追い詰めていた。
そうして満身創痍でシュミレーターを降りた彼を迎えたのは『ミンチ・キロ100円』や『I'm dead』等と書かれたプラカードを持ったミシェルではなく、生徒やなのは達の満場の拍手だった。
「さすが〝アルト〟だ。俺でも2機しか落とせなかったのに」
ミシェルが正確に名を呼んだこと。それがアルトに対する最大級の賛辞を表していた。
(*)
その後場所を普通の部屋に移し、講義が行われた。教壇で筆をとっているのはあのウィランだ。
内容としては比較的普通のことを教えている。バルキリーで使われるOT・OTMの基礎理論を普通と呼ぶことができればだが。
「―――――従来型の翼で空力制御し、上向きの力を得るやり方と、OTによって力を得る方法がある。工藤、主に何の力があるか言ってみろ」
ウィランの指名にただ1人の女子生徒、工藤さくらが立ち上がって答える。
「は、はい!〝摩擦〟〝圧力〟〝誘導〟の3種類です」
「では従来の揚力方程式にOT加えるとどう置き換えればいいか?」
続くヴィランの詰問にさくらは
「抗力係数をClから・・・・・・」
と従来の式の係数はスラスラ出たが、それを加えるとどうなるかを忘れたのか、大慌てでプリントをペラペラめくる。
「えぇーと・・・・・・Cdに置き換えればいいはずです」
ウィランはよろしいといって彼女を席に着かせ、講義を再開した。
アルトには自明のことだが、なのははためすすがめつしながら複雑な計算式の書かれたプリントとホワイトボードに書かれた計算式を見比べ、しきりに顔を捻る。
なのはは見たところ理系に近いが、1期生達のような工学系大学出身でも手間取るのに、彼女のような中卒でOTやOTMを理解しろというのも無理な話だろう。
ちなみに第1管理世界の教育は短期集中で、大学でも15歳で卒業できた。
(*)
90分の講義が終わり、アルトが時計を見るとすでに16時を回っていた。
ロングアーチに技研に行く旨は伝えてあるが、報告書の提出など帰ればやることはたくさんある。
「なのは、そろそろ―――――」
「そうだね」
なのはが頷く。
現在教室は休憩時間に入っており、生徒のほとんどが机に突っ伏して静かに寝息を立てている。
「それじゃさくらちゃん、頑張ってね」
「はい。ありがとうございます」
唯一の女子生徒、工藤さくらが笑顔でなのは達に手を振ると、机に吸い寄せられるように横になり、数瞬後には
「くー・・・」
とイノセントな寝息をたて始めた。
生徒達はいつもハードスケジュールらしい。
アルトとなのはは顔を見合わせて笑うと、静かに教室を抜け出し、教員室に向かった。
(*)
「もう、お帰りに?」
ウィランが惜しそうに言う。
「はい。今日はお世話になりました」
「いえ、こちらこそ。また来てやってください。あいつらのいい刺激になるので」
「はい♪」
なのはが満面の笑み。間違いない、コイツはまた来る気だ。
アルトは頭を抱えたが、同時に彼に問おうと思っていたことを思い出した。
「ところでウィラン三佐、ギャラクシー所属だったそうですけど、どうやってここへ?」
アルトの問いに、机に向き合っていたウィランがコンピューターにワイヤード(接合)していたコネクターを外し、コードとともに〝耳の後ろ〟辺りに巻き戻した。それがあまりにも自然な動作だったためアルトですら一瞬気がつかなかった。
「え? アンドロイド?」
ミッドチルダではインプラント技術が進んでない(フロンティア同様、医療目的以外禁止されている)ため、なのはが目を白黒させる。
そんな彼女のセリフにウィランは一笑すると
「残念ながら全身義体じゃないよ。これはただの後付けの情報端末で、あとはナチュラルだ」
と簡単に説明した。そしてイスを引くと、アルト達に向き直る。
「・・・・・・それで本題だな。実はギャラクシーの急をフロンティアに伝えようと急ぎすぎたんだ。おかげで機体のフォールド機関が暴走してこの有り様だよ」
彼は肩を竦める。どうやらウィランも同じくフォールド事故で来ていたらしい。
「機体はどうなりました?」
「俺の乗っていた高速連絡挺は技研に差し押さえられてしまったよ。だが糞虫どもにやられてボロボロだし、連中の手には余る代物だからな。ほとんど解析出来なかったみたいだ。フロンティアの脱出挺が来てからは、OTの流出を最小限にして管理局を手伝おうと思ったんだが・・・・・・バレちゃったみたいだな。昨日、連中がいきなりフェニックスの変換装甲を作動させた時は驚いたぞ」
「いや、その、すいません・・・・・・」
どうやら技術の漏洩を黙認していたのはアルト達だけらしかった。
「まぁ起きてしまったことはもう仕方ない。おかげで量産のメドが立ったし、幸いここの連中はいいやつだ。OTを人殺しに使うようなことはないだろう」
ヴィランはそう言ってアルトの肩を叩いた。
その後フェニックスの整備に行っているというミシェルによろしくと言い残し、アルトとなのははフェニックスと一緒に陸路で搬入されたVF-25の待つ格納庫に向かった。
(*)
格納庫に着くと、知らせを受けたのか田所が待っていた。
「田所所長、お見送りですか。ありがとうございます」
なのはが一礼。
「いや、しっかり謝りたかったのだ。・・・・・・アルト君すまなかった、あの事を隠していて」
アルトはかぶりを振る。
「必死だった。どうしてもここの人々を守りたかった。そういうことなんだろ?」
田所が頷く。
「なら、恨みっこなしだ」
アルトは踵を返すとVF-25に向かう。しかし立ち止まり、背を向けたまま一言呟いた。
「俺も言い忘れてたけど、VF-25を―――――俺の恩人の形見を直してくれてサンキューな」
「うむ。いつでも来い。今度来たときにはその機体のかわいいエンジンをギンギンにチューンしてやる」
アルトは振り返り
「ああ」
と破顔一笑。そしてなのはを伴ってVF-25のコックピットに収まると、すっかり暗くなった夜空に飛翔していった。
――――――――――
次回予告
シェリルの元に届く知らせ。
それはアルト達の居場所を導く手がかりとなるものだった!
そして決行される乾坤一擲の大作戦。その成否はいかに!
次回マクロスなのは、第9話『失踪』
「あたしの歌を、聞けぇぇー!」
――――――――――
最終更新:2010年10月26日 21:06