機動六課に光太郎が身を置く事になってから、光太郎は毎日特訓と、陸からの呼び出しでミッドチルダで起こった事件の解決に力を注いでいる。
スカリエッティ達は動きを見せておらず、協力関係を約束した陸のボスレジアスからの接触もない。
レジアスの承諾を得て、内部捜査を進めるクロノ達に紹介もしたがクロノ達の捜査にも相変わらず進展がないようだ。
クロノ達にも自分の仕事があり、それには管理世界の命運に関わることも多いのだから仕方がないことではあったが。
光太郎が特訓と陸の手助けに力を注ぐ事が出来るのは、機動六課内で光太郎の仕事がないお陰だ。
戦力を投入する必要がある状況はまだ起きておらず、光太郎以外の隊員も皆訓練漬けの毎日を送っているのだ。
といっても、フェイトの話しによればまだ新人4名の魔法の杖、デバイスも調整中という話で単に実戦投入できる段階にないと判断されているのかもしれない。
そんなわけで、フェイトが別件で忙しく外へ出ている為、フェイトが担当するはずの二名も合わせた新人4名がなのはのしごきに必死になっている傍で光太郎は今日も特訓をしている。
特訓に付き合うのはシグナムと、彼女と同じく六課隊長となったはやての守護騎士の一人、ザフィーラだ。
これまでザフィーラとは余り付き合いはなかったのだが、この特訓でかなり気安い仲になろうとしている。
それがザフィーラの我慢強さのお陰であることに、光太郎は気付いていなかったが…
守護騎士ザフィーラは、「盾の守護獣」の二つ名を持つ獣人の男性で、獣モードと人間モードの2形態を使い分けている。
性格は寡黙で、ここ何年かは特定の役職に着かず、もしもの時の為にはやてかシャマルのボディーガードをしていた。
機動六課でもそれは変らず、特定の役職に着かず、六課隊舎の留守役や隊員達の護衛を最優先する…はずだった。
大事な事なのでもう一度言うが、もしもの時の為に特定の役職は持たないはずだった。
「クッ…」
苛立ちを零しながらザフィーラは片手でハンドルを回す。太い指が手馴れた動きで細かくギアチェンジを行い、車は180度の回転を済ませる。
一歩間違えば横転するだろうが、出所不明とされているこの車の性能はトップスピードからの急停車を難なくこなすだけの性能を持っている。
タイヤの跡を残しながら、再びザフィーラはアクセルを踏み込んだ。
「ウオオオッ!!」
立ち上がったばかりの黒い人影に向かって全速力で突っ込む短い時間、音の壁を超えて無音の世界に突入するまではほんの一瞬。
訓練とはいえ、味方を轢き続ける為に俺は人型になっているんじゃあない…!とばかりに苦い顔で敵を睨みつけるザフィーラに対し、助手席のシグナムは体を座席に固定して涼しげな顔をしていた。
目の前の男はそれに反応して速度を上げ、真っ赤な複眼を輝かせながらザフィーラへと突進を開始する。
瞬間的には、ザフィーラが乗り込んだ車さえ越える加速で、怪人は今出せる最高の速度まで自分の体を持っていく。
信じられないことだが、何度も轢かれる間に飛蝗男はその特徴をより高めて立ち上がっていた。
交差する直前、ザフィーラの乗る車は飛蝗男の脚部を、あるいは胴体を掴み、砕く強靭な顎を自動的に剥き出した。
飢えた肉食獣の牙のように、蜜を狙って争う昆虫の角のようにそれは存外にスマートな敵のパーツを挟み込もうとする。
飛蝗男はそれを難なくかわし、ボンネットの上に着地した。
逆行で陰になった仮面。見上げると爛々と光る複眼とザフィーラの視線が一瞬交差する。
幾人ものザフィーラとシグナムを写した複眼、表情の変らない仮面に躊躇いが浮かんだようにシグナムは感じた。
飛蝗男…仲間となったRXが次の動きに移るまでの間が、そう感じさせたのだろう。
RXは車体の端を掴み、強引に車を持ちあげる。
特訓だからと様々な方法を試すのはいいが、無理やりにも程がある。助手席に座るシグナムが苦笑を零した。
エンジンを貫けば良いだろうに、ひっくり返そうという算段だと悟ったザフィーラが助手席に座るシグナムの名を叫んだ。
シグナム自身判断していたことなのだろう、ひっくり変えされる前に薄い魔方陣が現れてひっくり返った車体を受け止めた。
柔らかく車体を受け止めた魔方陣が車体を押し返す。車体を転がし飛び退いていたRXへ向かうため、再びザフィーラはハンドルを切る。
魔法によって緩和された慣性を押さえ込みながら、シグナムが口を開いた。
「流石に光太郎も、覚悟を決めたようだな」
「ああ…容赦がなくなってきたようだ」
一言二言言葉を交わす間に、再びRXと接触する瞬間が迫る。
元々この訓練に使っている場が狭すぎるのだ。再び衝突する直前、RXは再び地を蹴った。
踏み砕かれた路面が砕け、車体に接触しないギリギリの高さを飛ぶRXが身を捩る。握り締められた拳は、正確に車に取り付けられた新しいエンジンを貫いていた。
それを目視で確認する前に、ザフィーラとシグナムは車から飛び降りていた。
遅れて車が爆発するのをRXは無言で見つめていた。
その爆発を、同じフィールド内の別の場所で休憩をしていた新人達も動きを止めて見つめていた。
日に日に容赦なく派手になっていく彼等の訓練に感心したスバルが目を輝かせて教官であるなのはを見上げる。
「なのはさんも普段はああいう訓練をされているんですか?」
教導官であるなのはは、教え子からの質問に驚いたような顔をして、すぐに我に返って答える。
「にゃ? う、う~ん…車に轢かれたりはしないかなぁ」
「え、そうなんですか?」
不思議そうな顔をするキャロ。
キャロのパートナーを務める少年エリオはキャロと同じようなイメージを持っていたのか驚いたような顔をしていた。
自分もあれと同じように扱われているのだろうかと複雑な気持ちになったなのはを見てヴィータが笑う。
その間に、エリオがそれもそうかと直ぐに立ち直り、フォローを入れた。
「キャロ、なのはさんは砲撃魔道師だからあんな訓練はしないんだよ」
「ヴィータ副隊長っ、じゃあ私もいつかはあんな訓練が出来るようになるんですか!?」
「しねーよ馬鹿!!」
あはは、と笑いながらなのははこっそり嘆息した。
実は自分の教導が地味で成果が見えにくいことを気にするなのはには、RXの特訓を見て新人達が妙な勘違いをしはじめているらしいのは小さな悩みになっていた。
「やっぱりもう少し派手にやった方がいいのかなぁ……」
あるいは見えないところでやれと言うべきなのかもしれない。
*
なのは達への配慮は完全に頭から抜け落ちた三人はスクラップになった偽ライドロンの元に集まっていた。
偽ライドロンが壊れてしまったのは残念だったが、こうなるのは承知の上で行っていた三名には動じた様子はない。
目的を達成していない状態で壊れてしまったのなら違っただろうが、今の攻防で偽ライドロンを使用した特訓の目的は半分以上は達成していた。
はやてにも何かの参考にと地球の漫画版仮面ライダーなどを提供してもらっていたし、あわよくば新しい技の一つも編み出したいという欲はあった。
だが本当の目的は、ここ数年ウーノ達と平穏に暮らしたことによって緩んだRXの精神的な錆を落とすこと。
偽ライドロンを見た瞬間はまだしも、爆発寸前にならなければ手を下せなかった性根を叩きなおす為に、敢えてザフィーラやシグナムに運転してもらい攻防を繰り返したのだ。
そんな目的さえなければ遠隔操作するだけでも別に構わなかったし、こんな形の特訓を行う必要もない。
避けるなら現状でも容易いし、パワーが足りないならロボライダーの姿で筋肉トレーニングを行えばいい。
スカリエッティがいつかRXを完全に模倣したライダーを生み出すのではないかという懸念はあったが、まだまだ先のことだろうと思われる。
能力的にはまだ特訓を行う必要はないのだ。
「直せるかな?」
「さあな。私もその辺りは門外漢だ」
頭を振るシグナムの横で、ザフィーラが偽ライドロンの傷ついたフレームを軽く叩いた。
お疲れと労らいを込めフレームに手を置くザフィーラは優しげな顔をしていた。
「後でシャーリーには連絡しておこう。数日中には返答が来るだろう」
「すまない」
「気にするな。私も愛着が沸いている」
シグナムがRXの肩を気安げに叩いた。
「その間は我々が相手をしよう…」
「ああ。頼むよ」
「任せてもらおう。そうと決まれば早速始めたいのだが…RX。ついでに剣を教わる気は無いか?」
言いながら、壊れた車から数歩離れてレヴァンティンを抜くシグナム。
「どうしたんだ?」
遠慮がちな言い方が彼女らしくないと感じ、尋ねるRX。
人に物を教えられるような人間じゃないと嘯くような人間だと知っているザフィーラは、純粋に剣を教えるというシグナムに驚いていた。
シグナムは特訓中に教えてもらった武器が気になっている、と答える。
「リボルケインだったか?」
「ああ」
彼女は特訓に際して打ち合わせをする間に、RXが銃だけでなくリボルケインという剣状の杖を所持していることを聞かされていた。
リボルケインは光を結晶化することで生成される。
打撃を加えるだけでなく、RXの身体能力あってのことだが敵の光線を受け止める事も可能なRXの必殺の武器だ。これを使いRXは幾多の敵を『爆破』してきた。
だが、そのことを聞かされた際に、シグナム達はRXがまだ完全にその武器をを使いこなしていないことに気付いた。
「試して見ないとわからんが、お前はリボルケインの性能を全て使いこなせていないと思う」
「なんだって…!?」
リボルケインは元々光を結晶化して作り出した武器。
稀には切断武器としてもRXは使用している通り、形状は自由に変化させることが出来る。
例えば、シグナムのレヴァンティンのように鞭のように使用する事も、敵に突き刺してから行っているようにエネルギーを集めて、発射することもできる万能武器のはずなのだ。
「お前の武器なら私の剣をそのまま使うことも出来るはずだ」
シグナムに遠慮がちな申し出をさせたのは、相手がRXだったからだ。
RXに聞いた話では、彼はロボライダーとなり必殺武器であるボルテック・シューターを撃つまで銃を持ったこともなかった。バイオライダーとなった際もそうらしい。
その事を踏まえて考えるなら、もしかしたら、RXは必要ならその場で必要な技術を身につけるの事が出来るのかもしれない。
もしそうなら、シグナムの申し出を受けても時間の無駄になってしまう可能性がある。
説明を終えたシグナムは、RXの答えを待った。
RXは直ぐに、シグナムと同じように車から数歩離れると、軽く足を開いてシグナムへと体を向けた。
おもむろにベルトのバックルへと左手を伸ばし、二つある宝玉の片方の手前で伸ばした手を握り締める。
すると瞬く間に宝玉から眩い白光が伸びた。光は見る間に線へと収束し、柄を格子造って収まっていく。
完全に光が収まった時には、RXの右手には光から生み出された柄が握られていた。
柄から更に光を伸ばしながら、RXは左手に現れた杖を右手に持ち替えて、軽やかに腕を振るう。
最後まで光を残していた先端が空中にRを描き、地面に落とされた。
「是非お願いする」
「そうか」
シグナムは剣を構える。
「私には思ったことを口にすることと相手をしてやるくらいしか出来ないがな」
「前にバイトをしていた時と同じってことかい?」
「いや。私の技を盗め」
始めようとする二人に、水を差すようなタイミングでザフィーラが言う。
「二人ともちょっといいか?」
「なんだ?」
「シャマルの護衛で出かける予定があってな。明日から数日は特訓には参加できない」
「そうか…」
この六課で少ない男性の友人に若干残念そうにRXが言う。
「ありがとうザフィーラ、お陰で特訓が捗った」
「気にするな。主はやての命令でもある。また戻ったら付き合おう」
邪魔してすまないと言って、スクラップの上に腰掛けるザフィーラを合図に二人は切り結ぶ。
RXは直ぐにシグナムの剣を真似てきた。
RXが素手だったりシグナムがRXに合わせ飛ぼうとしないという違いはあるが、既に二人は何度も戦っている。
シグナムの癖はほぼ見切られていた。逆にシグナムの方も、RXが見せる自分の技ならば容易に受ける事が出来る。
二人が巻き起こす風に飛ばされぬよう、ザフィーラは魔法を使う。
全身を使い竜巻を起こす事も出来るRXの剛力に押されながら、シグナムは鍔競るのを避け、どうにか打ち落とし、払っていく。
六課に入るに辺り、以前にも増して強いリミッターをかけられたシグナムの身体能力はRXに全ての点で劣っている。
力も早さもだ。だがシグナムは、時にその体を吹き飛ばしかねない強風を起こしながら振るわれる打撃を受け流していた。
RXは以前の訓練中にも見せられたその技術を取り込もうとしていた。
二人は距離を取り、シグナムの持つレヴァンティンが吼えた。
蛇剣と化して、シグナムの周囲に展開していくレヴァンティンを複眼に写しながら、RXの持つリボルケインのスティックが光を放つ。
うねりながら迫り来る刃を避けながら、RXのリボルケインが伸びて行く。
だがそこでRXは突然動きを止めた。
シグナムは直ぐに察して剣を引き戻す。
「事件か?」
「事件だ」
二人の戦いを見物していたザフィーラが嘆息する。
車を使用していた時も度々あったことだが、ミッドチルダで事件が起きるとRXが出動してしまう。
規模によっては向かわない事もあるとはいえ、時間を選ばず陸から呼び出しがかかってしまうのだ。特訓の最中、深夜や朝方。一番多いのは昼間だ。
魔導師ランクから言ってRXならば危険はないので、心配はしていない。
だがザフィーラ達が出動するわけではないとはいえ、特訓に付き合うザフィーラ達の方もいいところで止められてしまうのには困っていた。
「また行くのか」
「ああ」
リボルケインを仕舞い、地面を蹴ろうとRXは体を傾けた。
今回は距離が近く然程緊急でもないのかこのまま向かうつもりのようだ。
腿に力を込めて飛び立つ。その直前、RXの目の前に画面が開いた。
飛び出すのを止めたRXが、勢いを殺すために踏み込み…画面へ仮面を向けた。
開かれた画面には、いつもよりは控えめな笑みを浮かべたスカリエッティが映っていた。
RXはもうそれに驚いたりはせず、体勢を立て直す。
スカリエッティが管理局の内部に強く食い込んでいることは嫌と言うほどわかっている。
手の内を明かし、協力関係となったレジアスは陸の長でありながらスポンサーの一人であるし、レジアスの話しによれば更にその上に当たる者達も彼と繋がっているらしい。
クロノ達が未だに捜査に梃子摺っているのも致し方なかった。
「やあRX」
「何の用だ…!」
スカリエッティが視線を動かす。
それに釣られて意識を向けるまでも無く、RXの目にはその背後でなにやら操作しているウーノの姿が入っていた。
ツンと澄ました顔に、それなりに付き合いのあるRXはウーノが憤っていることはわかった。
それについてか、RXへ一瞥を送るウーノにも気付いていたが、RXは黙ったままスカリエッティの対応をしようとしていた。
「お願いがあるんだ。実は君に後処理を頼みたくてね」
「後処理だって?」
尋ねる光太郎の前に、ウーノが手元で何か操作すると新たな画面が開く。
シグナム達や、その場にいない六課の隊長達にも盗み見られながら開かれた画面には暗い路地が映っている。
「勿論六課の諸君も私の居場所を探りながら見てもらって構わないよ」
「ふざけるな…っ、貴様の悪事に手を貸す気はないっ」
「今回は貸してくれるはずさ」
余裕たっぷりに言うスカリエッティの視線は開いた画面上に映る路地を見つめていた。
通りから入ってくる日差しにひび割れた壁が浮かび上がり、くぼみに溜まった汚水や散らばった破片などが暗がりの中で光を反射していた。
RXが向かおうとした現場に近いようだが、詳しい位置まではRX達にはわからなかった。
すると、その情報が画面に加わり、ウーノが画面の向こうでため息をついていた。
「クアットロが少しミスをしてね「ドクターの責任ですわ!!」…す、すまなかったね。あー、出てきたようだね」
激に珍しく引きつった笑みを見せてスカリエッティが言う。その後ろに立つウーノがスカリエッティに冷め切った目で見下ろしていた。
言われるままに皆が目を向けると路地の奥から水色の透き通った体をした人のようなものが画面の中に入ってきた。
微かな光を放っているせいで、暗がりの中でもその姿ははっきりと確認する事が出来る。
見当がついたのか、RXは烈火のごとく怒り体は青く染まりかけた。垣間見せたのはその人のようなものと良く似た青色だった。
ウーノさえ微かに表情を変えたそれを見るスカリエッティは少しばかり申し訳なさを顔に表していた。
「…フゥ、どうも気が強くなり過ぎているんだが、どう扱えば良いのかね?」
「貴様ッ!! また彼女達を改造したのか!?」
「いやそうではなくて……クアットロだと言っているじゃないか」
やれやれとスカリエッティは肩を竦めて頭を振る。
目はRXが刹那見せた色を追ってやはり無理かと嘆いていた。
「困ったものさ。私は君のゲル化は我々の技術では再現できないから止めろと言ったんだがね。形だけはどうにか」
「もったいぶらずに言ったらどうだ。ジェイル・スカリエッティ…!!」
RXと同じく怒りを目に灯してシグナムが言う。
同じ思いでザフィーラも画面を睨みつけていた。
遠くでは六課の他の面々もそうであろうが、スカリエッティは特に気にした風もない。
「だから、彼女を殺してくれればいいんだ。勿論私から報酬も出す。以前君に渡しそびれたデバイスを送らせてもらう」
「助け「見たまえ。不完全なゲル化から時折ああして元の姿に戻るんだが」
助けると叫ぼうとする声に被せて、スカリエッティは失敗したバイオライダータイプ戦闘機人を指差す。
そこには初めて出会った頃のウーノやセッテと同じスーツを見につけた少女が、体の一部を透明にしたままの姿で映っていた。
髪は色を失っていて、RXにも顔見知りの誰かなのか新しい誰かなのか判断が出来なかった。
「彼女の姉妹達の要望で私も手を打ったのだがね。ゲル化する度に自我等の、今の彼女の情報が壊れていくのさ。苦痛も伴う。それで―何も分からなくなって飛び出してしまった」
言う間に、少女はまたゲルと化してどこかへ消える。
「これだから私達が追いかけるのは無理なよ…ほぉ、見たまえ」
スカリエッティの指示で、画面が引き伸ばされる。
今消え去ったゲルの一欠けらがそこでは蠢き、壁に突撃して新たなひび割れを作り出していた。
「どうやら一つに戻る事も出来なくなりつつあるようだ。暴走状態のゲルは少量でも一般人には危険だろうねぇ」
スカリエッティがRXを見る。
RXの姿はいつのまにか、よりスマートに。
その心情を現して常よりも鋭い印象を持たせる形を持ち、青く染まっていた。
「そうだ!! 奇跡を起こしてくれてもいいね」
ウーノがまた手元を操作して、スカリエッティはニヤニヤと喜んでいるようにしか見えない深い笑みを浮かべた顔のままで天を仰いだ。
「ああ、今度は大通りに出たようだ。そろそろ誰かが食われるかも」
「ウーノッ、場所を教えろ!!」
「送ったわ。マスクド・ライダー」
怒鳴り声に微かに眉根が動き、素っ気無い返事が返される。
操作の後微かなタイムラグが生じていたのだろう今また新たな画面が開き、RXと似たゲルを見て叫ぶ人々が映った。
車がゲルに突っ込み、通り抜けながらゲルの一部を弾き飛ばす。
RXはそれを見る前に己もまたゲルと化して現場に向かっていた。
「ッ、RXめ。私も連れて行けばいいものを…!!」
シグナムが口惜しげに言う。
示された場所は、彼女の今の移動能力では時間がかかりすぎる。
「いやいや。君達は君達でそろそろレリックを守りに行かなければ行けないと思うがね」
「何を知っている?」
「私の所にはレリックを運んでいる列車がガジェットに襲撃されたという情報が届いているのだが。もしかしてまだ上で止められているのかな?」
あくまでもスカリエッティは愉しげだった。
そんな情報は確かに入っていなかったが、シグナム達は確かめないわけにもいかず六課の足はそこで止まってしまった。
後にスカリエッティの言葉どおり出動要請は出されることになる。
だが、六課の隊長であるはやてから出動要請が出されるのはそれから一時間以上後のこと。
その日教会本部へ出向いていたはやてに連絡を取り、出動の恐れがあることを確かめる間に致命的な程の時間が過ぎ去っていった。
外へ出向いていたフェイトだけは情報を受け取り、車を向かわせる。
だがどれほど急いでパーキングエリアに車を停めて、能力を制限するリミッターに歯がゆい思いをしながら現場に向かって飛ぼうとも直ぐにとはいかなかった。
制限を受けてさえ六課で最速の彼女がたどり着くまでにかかる時間は、自由に奇跡を起こす事などできないRX。
バイオライダーが、自分を模倣しようとした科学によって死んでいく戦闘機人の少女を殺すと判断するまでには十分な時間だった。
飛び散った欠片を、欠片より鮮やかに輝く青色のゲルが押し潰す。二つの大きなゲルは共に人の形へ戻っていく。
現場に到着したバイオライダーの体から溢れる怒りの烈しさは、悲しみなどの残りの感情を仮面の奥に押し殺す事には成功していた。
だからこそより激しく空気を変えてしまう感情に怯えてゲルは少女の形を取り戻した。
超破壊エネルギーには遠く及ばないが、空気が帯電し、周囲の人工物が悲鳴をあげるように軋んでいた。
「しっかりしろ!! 気をしっかり持つんだ!!」
声だけは少女に対するせつなさを微かに見せたが、圧力がかかったように少女の体が溶けて膝が折れた。
それほど昂ぶっていても、彼は、彼の命であるキングストーンは奇跡を起こさなかった。
仮面の内で、無理なのだとはっきり悟った自分の感覚を否定し、叱咤する。
その無理が、"今の自分"ではなのか"キングストーンの力"でも不可能なのかはわからなかった。
自分に向けた感情の片鱗が複眼から微かな赤い光として零れる。
かつてゴルゴムの首領、前創世王や世紀王シャドームーンを倒したサタンサーベルの刃と同じ光の色だった。
もう理性が残っていないのかと思われた少女が微かに口を動かす。
他の人々は、近くに偶然いた陸士達もそれを聞き取る事は出来なかった。
バイオライダーの鋭敏すぎた感覚だけはなんと言っているのか理解していた。
「い………!?……チン……ク…姉…ッ…」
少女の体がまたゲル化していく。
溶けるようにして青いゲルになった少女が宙へと逃れる。
バイオライダーを模そうとしただけのことはあり、特訓に使用していた偽ライドロンをも超える速さだった。
空中にばら撒くようにゲルが散らばっていくのも構わずに同じ青色をした空へと向かって浮かび上がる。
金属的に光るせいで混ざり合う事は無いが、見るものには色はほぼ同じに見えただろう。
その動きに不意に変化が現れた。
下から吹く風に絡め取られてゲルは更に飛んでいく。
少女のゲル化に刹那後れたのは確かだ。だがしかし。
偽物を容易く上回る速度で動き出したほんの少し前までバイオライダーだったゲルは、既に少女のゲルを追い越していた。
少女を包み込むようにもう一つのゲルはその周囲を回る。
その圧倒的な動きが竜巻を生み出して、飛び散っていく細かなゲルも、まだ大きく纏まった逃げようとするゲルも一滴も残さず絡めとり、自由を奪いながら空中へと浮かび上がらせていった。
渦の中心へと、一箇所に集まっていくのかといえば、そうではない。
ゲルの飛沫が、竜巻の中で同じく散らばったより青く、力強く輝くゲルの粒によって蹂躙されていく。
一方を情け容赦なく完全に潰していく粒を混ぜた竜巻は青々と輝き、怯えていた人々の口から陶然としたため息さえ洩らさせる。
それ自体がカットを施された宝石のように煌びやかに光っているのに、日の光が加わってえも言われぬ美しささえ持っていた。
「ライダー、きりもみシュート…!!」
その竜巻の根元には、いつの間にかバイオライダーが降り立っていた。
はやてに見せられた資料の中で見た先輩の技は、急速に色を失い、力を失って消えていく。
もう一つのゲルは、影一つ残ってはいなかった。
遠くから近づいてくるフェイトの金色の髪が、複眼に映る。
額にある第三の目とも言えるセンサーや聴覚は街で起こっている事件、今日本当なら既に鎮圧していた事件を捉えていた。
『RXっ!!』
魔法の力でフェイトの声が届けられる。
事件が解決し、RXも無事であることを確認して安堵した声はRXの体には心地よく響いた。
RXは頷いて走り出した。助けられた人々から声がかけられる…その波の中を抜けて、犯人の下へと突き進む。
「事件を解決してくる」
彼女の声を聞き、顔をあわせて労いをかけられるよりも先に、助けを必要とする状況が光太郎の心を掴んでいた。
最終更新:2010年05月29日 02:49