海鳴の町はずれを歩く、二人の女がいた。
一人はパンクファッションの女性。ネイルアートを施した手に握られているのは、開かれた扇子。
もう一人は、スーツを着こなした眼鏡の女性。腕に抱えるのは、ノートパソコン。
二人とも何処か周囲の人間からは浮いた、異様な存在感を放っていた。
それもその筈だろう。彼女たちはただの人間ではない。
人間よりも遥かに高等な能力を有した生命体――グロンギなのだから。

不意に、先頭を歩くパンクファッションの女性が、苛立たしげに扇子を閉じた。
扇子を無理やり閉じたことで、ぱたんと音が鳴る。
それに釣られて、背後を歩いていた眼鏡の女性が先頭の女性に視線を向けた。
視線の先の女性は、軽く舌を打ち、言葉を続けた。

「舐めやがって、あのリント……なんで私がこんな事しなくちゃなんねぇんだよ……!」

表情をしかめ、悪態をつく。
これ以上ないという程に苛立っているらしく、その言葉からも鋭い棘が感じられる。
彼女の名前は、ゴ・ザザル・バ。グロンギのトップ――ゴ集団に属する、女戦士だ。
グロンギにとって、ゴ集団に属するという事実そのものが、凄まじい実力を有しているという証明になる。
それ程の戦士であるというプライドが故に、彼女の苛立ちも最早最高潮に達しているのだろう。

「落ち付きなさいザザル。今はゲゲルを再開する事が大事……」

もう一人の女性が、やれやれと言わんばかりに口を開いた。
彼女の名前は、ゴ・ジャーザ・ギ。グロンギトップの集団であるゴの中でも、最強と呼ばれる三人衆の一人。
冷静に物事を判断し、的確な判断でゲゲルを遂行する頭脳派戦士。
彼女もまた、全くの苛立ちも感じていないのかと問われれば嘘になる。
ザザルと同じく、プライドの高い彼女もまた、彼女なりに怒りを胸に秘めていた。

「ゲゲルさえ達成すれば、あんな女は殺してしまえばいい……それだけよ」
「だからって、こんな扱い我慢出来っかよ!」

ザザルが怒鳴る。
表情をより一層歪ませ、身体全体で怒りを体現する。
対するジャーザの口ぶりからも、秘めたる怒りが感じられるが、頭に血が上ったザザルにはそれも解りはしない。
ジャーザにとっても、プレシアの言いなりに行動する事は不本意なのだ。
自分のお陰で再びこうして動き回る事が出来るのだと恩を着せられ、再びゲゲルを強いられる現状。
確かに、一度失敗したゲゲルをもう一度執り行うことが出来るのは願っても無い機会だ。
だが、その為には生け好かないリントの女の言いなりに動かなければならない。
奴がかつてのバルバと同じ、ゲームの進行役だというのならばそれも仕方がないと言えるが、
誇り高きグロンギの女戦士にとっては、それは苦渋の選択以外の何物でもない。
故にザザルは全身で怒りを表し、ジャーザは怒りを胸に秘めて活動をする。

「だいたい、なんで私達がベルト探しなんかしなきゃいけねぇんだよ!
 んなもん下っ端にでもやらせときゃいいだろ!」
「貴女も解っているでしょう? ゴオマもザジオももう居ない。
 プレシアにはバルバ、リニスにはドルドと同じ役割がある。だから私達がするしかないのよ。」

ジャーザの言葉に、ザザルは再び舌を打って眼前のごみ箱を蹴り飛ばした。
怒りの捌け口にされたごみ箱は、大きな音を立てて中身をぶちまけ、歩道に横たわった。
中に詰め込まれていた大量のごみをぶちまけ転がるごみ箱を横目に、ジャーザは考える。
プレシア・テスタロッサはこのゲームを取り仕切る進行役。元の世界のラ・バルバ・デと同じ役割。
リニスと呼ばれる使い魔は殺人ゲームを監視する審判役。元の世界でのラ・ドルド・グと同じ役割。
二人ともゲームにとって必要なのは理解できるし、この世界に居るのはクウガによって倒されたゴのグロンギのみ。
それも、全てのゴがこちらの世界に来ている訳ではないのだ。
実際には、ゴの中でもプレシアが選定した数人しか再生されてはいない。
プレシアも全員蘇らせるだけの余裕は無かったのだろう。それ故に雑用係だった
ズ・ゴオマ・グのような存在も、武器の製造や整備を担当していたヌ・ザジオ・レも居ない。
だから、人員は本来プレイヤーである筈の自分達だけしか居ないという事になる。

今回与えられた任務は、ダグバのベルトの破片集め。
既にほとんどの破片はプレシアの手の中にある為に、もうすぐこの仕事も終わる時が来る事だろう。
元のバックルのサイズからして、残った破片は恐らく1つか、多くても2つ程度。
それを見つけて、ゲゲルさえ完遂すれば、あとはプレシアを殺してダグバをも超える。
それだけで自分はグロンギの王になる事が出来るのだ。
そう考えれば、ジャーザも何とか怒りを抑える事が出来るというもの。
内心で自分を宥める。そうしていると、不意に同行者の声がジャーザの耳朶を叩いた。

「おいジャーザ……この階段上んのかよ!?」
「そうよ。この上からバックルの反応がある……もう少しで終わりよ」

目の前に続くのは、小高い山の上の神社へと続く長い石階段。
ジャーザは気休め程度に、もう少しで終わりだと告げ、その手に抱えたパソコンを開いた。
開かれたパソコンの画面を確認すれば、少しの間を置いて、画面全体に一つの映像が映し出された。
それは立体的な造形のマップで、ジャーザの周囲の地形を的確にトレースしていた。
画面上に表示されるのは、“山”を表す盛り上がった地形と、その麓にいる自分たちの現在地。
そして、ジャーザの眼前の山の頂点を表すポイントに、金色の三角錐が表示されていた。
それが、二人の目指す場所。三角錐が示す場所に、ダグバのバックルの破片は存在する。
これはプレシアが集めた破片を元に開発し、ジャーザのパソコンにインストールしたシステムだ。
元々数日前までは、グロンギはこの世界に転移する前に、事前にプレシアが示した場所を記憶し、その周辺を捜していたのだ。
プレシア曰く、ダグバのベルトはロストロギア並みの強力な反応を持っているらしく、大凡の場所を判定するのは容易いことらしい。
だが、つい先日になって、ロストロギアを感知する能力を凝縮した、“簡易レーダー”がプレシアによって完成した。
それからという物、ジャーザは元々持ち歩いていたパソコンにそれをインストールし、ベルト探しを続けていたのだ。
一方で、元々やる気が無かったザザルは、単にプレシアの言いなりに働くのが嫌だった。
だが、かといってサボる訳にも行かず。仕方なくきちんと仕事を実行しているジャーザに追随しただけに過ぎない。
現在、二人が目標としているのは、この海鳴市の山の上に建てられた神社。
そこにベルトの破片がある事が判明したのだが――彼女たちはまだ知らない。
この階段が、死へと繋がる階段となる事を。


EPISODE.14 恐怖


第97管理外世界、海鳴市―――04:04 p.m.
幸せそうな微笑みを浮かべながら、雄介は空を見上げ歩いていた。
雄介の視界に映るのは、何処までも続く青空と、ゆっくりと沈みゆく初夏の太陽。
当然の如く日常に有り触れた光景も、雄介にとっては幸せを実感する大きな要素の一つであった。
そんな雄介の両手に提げられているのは、大量の食料品が詰まった買い物袋。
八神家を構成する人数は、自分も含めて6人。
それだけの人数が毎日しっかり栄養を摂取するための食事を作ろうと思えば、やはり食材もそれだけ多く必要になる。
故に平日の買い物係である雄介は現在、近所のスーパーで晩御飯に使う食材の買い出しを終え、帰宅する途中なのだ。
一応シャマルが買い物に行く場合もあるのだが、最近ではもっぱら雄介が買い物を担当している。

理由は簡単。単純に、まだ全容を知った訳ではないこの海鳴市を散策するのが楽しいというものだ。
その間シャマルは八神家内での家事を担当し、空いた時間でのんびりテレビを見ていたりする。
家事にもゆとりが出来たことで、八神家としても雄介が来たことは大きなプラスとなっているのだ。
強いてデメリットを上げるとすれば、それは一人分増えた食費と生活費くらいだろう。
だが、それに関して雄介が心配する必要は無いと、八神家の主であるはやてから聞かされている。

「ん~……!」

両手に提げた袋を上方へと突き上げ、大きく伸びをする。
やはりこんな天気のいい日は、外出するに限るな、と。心の中で呟いた。
シャマルも家でくつろいでいるだろうし、自分もそんなに急ぐ必要はない。
いつもの散歩ルートとなったこの道をゆっくり歩いて帰宅する。
それから夕飯の支度を始めれば、食事時にはヴィータやシグナムも帰宅し、八神家全員で夕飯が食べられる事だろう。
世界中を冒険するのもいいが、こうやって平和な日常を過ごすのも悪くはない。
本当にこんな日がいつまでも続けばいいのに、と。そんな事を願いながらも帰路を進む。
勿論、雄介自身も今が本当に心から安心出来る平和である等とは思っていない。
生き残った未確認を全て倒さないことには、またこの世界の人々の笑顔が奪われ続ける事になる。
こんなささやかな幸せを守りたいからこそ、雄介は辛い戦いも耐えることが出来るのだ。

不意に雄介は、昨日の未確認との戦いの記憶を呼び覚ましていた。
現在、この世界で倒した未確認は一体。
かつてクウガが倒した未確認生命体第45号だ。
雄介の記憶の中、クウガとの戦闘中。45号は確かに金の力に目覚めつつあった。

(なんでだ……? なんで45号がビリビリを……)

心中で疑問を浮かべ、首を傾げる。
クウガの場合は、医療用の電気ショックが原因だった。
かつて雄介は、未確認との戦いに敗れ瀕死の重傷を負った経験がある。
実際には体内に注入された毒素を消し去るために、霊石アマダムが一時的に雄介の身体を仮死状態にしただけなのだが。
当初それは判明していなかった為に、雄介の掛り付けの医師である椿が電気ショックによる治療を行った。
結果として、それ以来、マダムに電撃の力が加わり、クウガは更なる力を手に入れる事が出来たのだ。

そしてクウガの金の力と等しい力を、手に入れた未確認が一人。
名は、未確認生命体第46号――ゴ・ガドル・バ。
0号を除き、クウガが最も苦戦した未確認だ。
雄介は知らないが、彼はクウガの力を解明し、自ら発電所の電力を体内に取り込んだ。
その結果として手に入れた力は、クウガと同等か――或るいは、それ以上。
同じエネルギーでパワーアップする事から、クウガも未確認も本質は非常に近いと考えられる。
ならば、何故45号は復活した今になってビリビリを身につけたのだろうか?
考えられるのは、46号の様に自ら電気の力を取りこんだか、偶然電撃に当てられたか。
前者なら、未確認がパワーアップの仕方を知ってしまった事になる。
それは非常に厄介な事だ。戦いに於いて苦戦を強いられるだけでなく、街や人への被害が増えるのはほぼ間違いない。
その点を考慮しても、出来れば考えたくないパターンが前者なのである。
一方で、後者ならまだマシだと言える。
45号本人も電撃の力を使いこなせてはいなかったし、偶然に電撃を浴びてしまったのだとすれば納得がいく。
だとすれば何故? と考えたいところだが、実はその真相は意外と簡単なところに存在する。
雄介が45号との戦いの場に現れる直前、45号はフェイトの電撃攻撃を受けていたのだ。
フェイトは若干10歳にして、魔道師としての実力はまさしくエース級のソレだと言える。
魔力も一般の魔道師よりも遥かに高く、フェイトが繰り出す戦闘用の電撃の威力は、並大抵の電気ショックの比にならない。
そんな強力な電撃を一度でも浴びれば、すぐに金の力に覚醒する事は無くても、
その力のほんの一部が戦闘中の、さらに言えば昂った状態の身体の表面に露呈したとしても、可笑しい話ではない。
しかし、魔法という物を未だ詳しく理解していない雄介に、それが解る筈も無かった。
フェイトの戦いを直に見たことも無い為に、それが電撃をエネルギーとする魔法だという事も解る筈がないのは当然の事。
結局、45号が金の力を手に入れた理由に関しては憶測の域を出なかった。

「雄介君……!」

不意に、解けない謎に悶々とした表情を浮かべる雄介に明るい声が投げかけられた。
聞き覚えのある家族の声。朝、元気よく家を飛び出していった居候先の主――八神はやてだ。
気づけば、雄介は徒歩で八神家のすぐ近くまで戻って来ていたのだ。
学校から帰ってきたはやてが、雄介の目の前で嬉しそうに手を振っていた。


一方で、日が沈みかけた海鳴の町。
小高い山には、麓から山の上に建てられた神社へと続く石の階段が設けられていた。
その長さは相当なもので、走って登るだけでも相当な体力を必要とする事だろう。
だが、少年は全くと言っていい程に疲れを感じてはいなかった。
それどころか、一日中ずっと歩き続けていたというのに、彼の身体には疲れの一つも見当たらない。
白装束を纏った少年は、嬉しそうに神社の境内に佇んでいた。
長い石階段を登りきった神社からは、周囲の海鳴市が一望出来る。
といっても、同じ海鳴市内でも、遠く離れた人物を肉眼で見分ける事は並みの人間には不可能なのは当たり前の事。
されど、少年は普通の人間とは訳が違う。
少年は例えどんなに離れていようと、その超感覚で目標を的確に視界に捉えることが出来るのだ。

「見つけたよ、クウガ」

浮かべる表情は、微笑み。されど、目は笑ってはいなかった。
緩やかに微笑む唇とは裏腹。その目を細め、視線の先をじっと見詰める。
不気味なまでに歪んだ口元は、彼が心底喜んでいるのだという事を認識させるには十分だった。
視線の先にいるのは、海鳴の街並みを笑いながら歩く若い男と、小さな少女。
興味を持ったのは、その片割れ、若い男。一緒にいる少女には、全く興味は無い。
見下ろすのは、目標(ターゲット)と定めた敵、リントの戦士クウガ――五代雄介。
目標は視線に気づいたのか、一瞬動きを止めた。
恐らく此方の尋常ならざる殺気と、圧倒的な存在感に気を押されたのだろう。
奴もまたこれだけ離れていても、自分を感知する事が出来た。
自分の力が大き過ぎるから、という理由も多分にあるのだろうが、
これには少年も流石クウガと言わずには居られなかった。

宿敵は見つけた。これでいつでも戦う事が出来る。
後は力さえ取り戻せば。
その時こそは。今度こそは。
超古代から続く因縁の戦いに、完全な形での決着を付けられる。
世紀を超えた宿命の戦いに、ケリを付けられる。
それを考えただけで彼の表情は歓喜に歪んだ。

「でも、その前に――」

が、不意に彼の表情から、笑顔が消え去った。
浮かべる表情は、怒りでも悲しみでもない。
何の感情も感じられない、無表情。
まさかクウガに会いたくてこの場所まで来たら、別の知り合いまで来てくれるとは思ってもみなかった。
“彼女ら”は、一度戦いに敗れて死んだ。
自分と唯一対等に戦う事の出来る相手に、彼女らは歯が立たなかったのだ。
それも、自分と対等である“凄まじき戦士”となったクウガ相手にならまだしも、
全く自分に歯が立たなかった“黒の金のクウガ”よりも遥かに下回る、“ただのクウガ”に彼女らは殺されたのだ。
彼女らのゲゲルは終わり、クウガは最早自分で無ければ倒せない最強の敵となったのだ。
そうだ。クウガだけが、自分を喜ばせる事が出来る唯一無二の存在。
ゲリザギバスゲゲルも全てクウガによって失敗した今、グロンギの戦士達に存在する意味等有りはしない。
彼にとってこの世に必要なのは。この世界に存在意義を認められるのは。
最早戦士クウガ以外には存在しない。
それ以外の何者も、彼の興味の対象にすらなりはしない。
故に――

「“整理”を、しないとね」

――少年は背後へと振り向き、一言告げた。
無表情だった顔に、小さな微笑みが浮かぶ。
されど、その微笑みは決して相手を安心させる笑みでは無い。
殺気の宿るその笑みは、見る者に更なる恐怖を与えるスパイスにしか成り得なかった。


八神家へと続く帰路の途中で、二人は並んで歩いていた。
暫し他愛ない雑談を交わし、雄介は本題に入った。

「それで、アリサちゃんとはどうなったの?」

それは、雄介が今日一日ずっと気にかけていた事。
些細な事から、喧嘩してしまったはやてとアリサは仲直りする事が出来たのだろうか。
機嫌良さ気に笑うはやてを見ていると、その答えは大方予想できるが。

「うん、大丈夫やったよ」
「そっか、良かった」

予想通りの答えに、雄介は安堵の笑みを零した。
素直に謝る事。それから、きちんと会話を交わす事。
それが一番大切なのだと理解していたはやてならば、きっと大丈夫だろうとは思っていた。
そしてはやては雄介の予想通り、無事にアリサと仲直りが出来たのだ。
雄介も心から安心し、まるで自分の出来事のように喜んだ。

「これも雄介君のお陰や、ありがとうな」
「ううん、俺は別に何にもしてないよ。
 はやてちゃんならきっと、俺が居なくたって仲直り出来た筈だから」

雄介の言葉に、嘘偽りはない。
いくら腕の立つ魔道師とは言え、はやて達はまだ小学生。
どんなに人より大人びていると言っても、本質はまだ子供なのだ。
子供の間は、友達と喧嘩をする事も当然のように有り触れた事。
勿論、中にはそのまま相手と二度と口を利かなくなる者も居るだろう。
だが、はやて達の場合は元々が仲の良い“親友”とも呼べる関係であったのだ。
それを知っている雄介だからこそ。
例え喧嘩をしたとしても、二人ならきっと仲直りが出来るだろうと信じていたのだ。

「……やっぱり雄介君は人がええなぁ」

雄介の言葉を受け取り、はやては若干苦笑気味に微笑んだ。
これが五代雄介という人間なのだという事は、すでにはやても理解しているのだろう。
だからこれ以上は何も言わない。
雄介も微笑みで返すだけだ。

「ところで雄介君……」
「ん、何? はやてちゃん」
「今日の晩御飯は何にするつもりなん?」
「うん、今日ははやてちゃん達の仲直りのお祝いの……」

首を傾げるはやてに、雄介は手に持った袋を掲げて見せた。
中に入っているのは、にんじんにじゃがいも。その他各種食材に、調味料。
それは、雄介が数ある中でもとりわけ得意とする料理の一つ。
はやて自身も、何度か口にした事がある。
そして、質問の答えを理解したはやての表情は、太陽のような笑顔へと変わった。

「特性カレー……雄介スペシャルっ!!」
「正解! はやてちゃんもヴィータちゃんも、皆カレー好きだもんな。
 ……あ、そうだ、せっかくだからアリサちゃん達も呼んでみない?」
「え……?」

疑問を浮かべるはやてに、雄介が向ける表情は笑顔。

「せっかく仲直り出来たんならさ、やっぱり皆で笑顔になりたいじゃない」
「うん……せやな、雄介君の言う通りや! ほな、今から連絡してみるな」

暫し思案に俯くも、はやての答えはすぐに決まった。
制服のポケットから取り出した携帯電話を開き、メールを打ちこみ始める。
雄介の居た時代には、今はやてが持っているような高性能な携帯電話は存在しなかった。
この時代に来てから時間が経ったとはいえ、やはり全く気にならないと言えば嘘になる。
故に雄介は、携帯にでメールを打つはやてを興味深げに見つめるのだが―――

「……ッ!?」

刹那、雄介の全身に寒気が走った。
まるで全身の神経を突き刺すような悪寒。
アマダムによって張り巡らされた全神経が、一瞬で麻痺したかのような感覚。
雄介の笑顔は消え去り、気づけばその表情に浮かぶのは、不安と冷や汗のみ。

「……どうかしたん? 雄介君」
「う、ううん……なんでもないよ、はやてちゃん」

咄嗟に笑顔を作って誤魔化す。
はやても不審に思いながらも、それ以上は何も言っては来なかった。
だから雄介も、何事も無かったかのように歩き出す。
横に並んで歩くはやてを不安にさせない為にも、出来る限りの平静を装って。
だが、表情と態度を幾ら取り繕おうと、自分の心までは誤魔化せない。
まるで心臓を締め付けられている様な。
何処かで体験した事のある、言い様の無い不安感に駆られているのは、
雄介自身が……いや、雄介のみが気付けた事実。

(なんだこれ……まるで0号に睨まれた時みたいだ)

それは、雄介の記憶にはまだ新しい。
超感覚の緑に超変身した際に、雄介は一度未確認生命体0号の姿を確認した事がある。
初めて知覚した0号は、その全てが規格外の化け物だった。
その気迫が。
その殺気が。
その存在感が。
それら全てが、クウガとして戦ってきた雄介の、常識も経験も凌駕していた。
一瞬で白のクウガにまで退化させられ、雄介自身もとんでもない恐怖に襲われた。
それに近い感覚が、たった今雄介を襲ったのだ。
果たしてその主は―――


ザザルはただ、震えていた。
一緒にいるジャーザも同じだ。
まるで目の前に顕在する圧倒的な存在感に、心奪われたかのように。
何故自分程の戦士が震えているのか。この不快感は何なのか。
何一つ理解する前に、彼女らはその殺気に当てられた。
感じるのは恐怖心。
まるで全身の神経が恐怖に震え、泡立っているようだった。

自分たちは、いつかは王を超える為に戦っていた戦士。
王を超える戦士である筈の彼女らが、その王を目の前に恐怖を抱くとは、何と滑稽な話だろう。
“奴”は彼女らの視線の先で、じっと佇んでいる。
全身を白装束に包まれた、まだあどけなさの残る少年。
真中で分けられた髪の毛の間から見えるのは、四本角を象った白きタトゥー。
そして、少年の手に握られているのは、彼女らが探し求めていたバックルの欠片。
並大抵のロストロギア等、軽く凌駕してしまう程のエネルギーを内包したバックルの持ち主の名は。

「――ダグ、バ……!」

全ての元凶であり、史上最強の戦士と謳われる白き悪魔。
殺戮の限りを尽くした戦闘部族である、グロンギを纏め上げる王。
あらゆる命を一瞬にして摘み取ると畏れられた、凄まじき戦士。
この世の全てを滅ぼし、太陽さえも闇で覆わんとする“究極の闇”を齎す者。
数々の異名を持つ化け物は、少年の姿のまま自分たちに冷たい視線を送っていた。
これではまるで、蛇に睨まれた蛙そのもの。
動けない彼女らの狼狽など意に介さないように、少年は冷たい声色で告げた。

「君たちのゲゲルはもう終わった。
 ……クウガに勝てなかった君たちは――」

少年は、感情を読み取らせない微笑みで言葉を続ける。
それがもしも彼では無く、普通の少年の微笑みであったならば。
それはきっと、優しいと言われる部類に入る微笑みだっただろう。
だが、彼は普通ではない。
目の前の少年の存在感は、彼女らのあらゆる希望を打ち砕くには十分過ぎた。
彼が味方側に着いていたなら、間違いなく誰よりも心強かっただろう。
だが、今は違う。今自分たちに向けられているのは、確かな“殺気”なのだから。
だからこそ、少年がその先に言わんとした言葉が、ザザルには解る。
いや、出来る事ならば解りたくは無かった。
されど、頭で否定しようが自分の記憶がその先の言葉を予想してしまう。
以前、自分がゲゲルを行う少し前。グロンギ内で“整理”が行われた事がある。
切欠は、ゴ集団の中でも屈指の実力者であるゴ・バダー・バがクウガによって倒された事。
“整理者”である王は、バダーで勝てなかったのならと。
バダーよりも力の下回るグロンギを、その手で皆殺しにしたのだ。
だが、それは弱い下級グロンギ達にのみ当て嵌まる話だ。
自分たちの実力は、バダーと同等か、それ以上である筈。
そんな自分たちがその対象に当て嵌まってたまるものかと、自分に言い聞かせるが。

「――“整理”、しないとね」

無情にも、彼女の願いは叶わなかった。
言葉の続きが告げられた。告げられてしまった。
その瞬間、ザザルの中で全ての希望が打ち砕かれた気がした。
以前と今との違いはただ一つ――“力の基準”だ。
バダーを強さの基準にし、それ以下のグロンギを葬るか。
クウガを強さの基準にし、それ以下のグロンギを葬るか。
たったそれだけの違い。

「ダグバ……! 我々はもう一度ゲゲルを――ッ」
「必要無いよ。だって君たちは、クウガより弱いんだもの」

なんとか発されたジャーザの言葉も、少年の威圧感にかき消された。
自分たちはクウガよりも弱い。それが目の前の少年が告げた、全ての答えだった。
目の前で微笑む“ダグバ”は、どうやら自分たち二人を敵と見なしたらしい。
いや、敵であるならばまだいい。自分たちは恐らく、敵とすら認識されていないのではないだろうか。
ダグバにとっての自分たちは、ただの整理の対象。
無邪気な子供が、道端の小さな虫を踏み潰すのと、大した違いは無い。
どうする。実力では自分に勝るジャーザも、恐らく今は何の役にも立たない。
ならばどうする。ダグバは元々、いつかは戦わなくてはならない相手だったのだ。
今戦う事になったとしても、多少戦う時期が早まっただけと考える事も出来る。
それも、今のダグバはベルトも持たない不完全な状態。
一方、自分は金のクウガ相手になら対等以上に渡り合える実力の持ち主。
ダグバがとんでもない化け物だという事は理解できるが、不完全な今ならば、或いは――。

「クソッ……!」

視線をダグバに向け、歯を食いしばる。
どの道生き残るには、もう一つしかない。
恐らくこの化け物を相手にこの場所から逃げ出す事は不可能だろう。
ならば、力を完全に取り戻す前に――倒す。
最早ゲゲルなど関係無い。
自分の番もまだ回ってきてはいないのだ。
バックルに仕込まれた時限爆弾も起動してはいない。
そうだ、生きてさえいれば。この場をやり過ごし、生を繋ぎさえすれば。
更に言えば、不完全とは言えあのダグバを倒したとあれば――チャンスはまだいくらでもある。
これまで勝ち続けて来たのだ。
どんなゲゲルもこなし、ゴまでたどり着いたのだ。
そこに至るまでの自分の道に、狂いは無かった筈だ。
あの時だって、クウガとの戦いだってそうだ。
リント達の邪魔さえ入らなければクウガに負ける事は無かった。
それなのに、ただ一度クウガとリント達に負けただけで、役立たずの烙印を押されてしまう。
自分と戦った後のクウガがどれ程強くなったのかは知らないが、
それだけで低級グロンギを同じ扱いを受けてしまう事が、どうしても我慢ならなかったのだ。

「ボソギデジャス、ダグバ……ッ!!」
「……待ちなさい、ザザル!?」

声を荒げた。
最早ジャーザの声も耳には入らない。
生きるか死ぬかが掛っているのだ。今だけは自分の判断で動かせてもらう。
ザザルの身体はすぐに変化を初めた。
全身の筋肉が高質化し、頭から爪の先まで、身体の全てが茶色の強化外骨格に覆われた。
腕に装着した長い爪状の武器から、ひたひたと体液が滴り落ちる。
落ちた体液は地面を溶かし、何かが焼ける様な音を発しながら煙を立たせた。
リントの戦士“警察”による公式発表での名称は、未確認生命体第43号。

「オォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」

震える自分の身体に喝を入れ、腹から声を絞り出す。
咆哮と共に、闘志を、覇気を、その身に纏った。
ゲゲル最終プレイヤーである、ゴ集団の誇りにかけても。
自らの生の掴み取る。二度目の死を迎える事だけは絶対に御免だ。
だからザザルは、制止しようとするジャーザを振り切って地を蹴った。
その毒爪を振り上げ、ザザルは王に反旗を翻した。


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最終更新:2009年12月29日 21:27