「これは……大量のタキオン粒子反応?」

青空の下で穏やかに流れる川の音が聞こえる中、ティアナは数名の管理局員達と共に脇に浮かぶコンソールを叩きながら変わり果てた姿の川岸を見つめていた。
緑草の生えた地面には所々に穴が空いており、まるで火薬を使用したかのように見えた。近くのコンクリートで作られた壁には多くの亀裂が走り、灰色の瓦礫が辺りに散らばっている。
ほんの数分前、この場所で異常事態が起きたのは明白だった。
魔導師同士が戦闘した可能性も考えられたが、いくら何でもタキオン粒子を使用したデバイスなど聞いたことがない。

(やっぱり………マスクドライダーがこの場所でワームと戦っていたっていうの?)

焦げたような匂いが辺りに漂う中、ティアナは一つの推測を立てる。
一瞬、風間大介の変身したドレイクかと考えたが、彼は現在クラナガンにいるはずだ。
ということは、以前市街地で管理局がワームの軍勢と戦っていたときに現れた四機のマスクドライダーなのだろうか。
次元漂流者である彼らを一刻も早く保護しなければならないが、未だに捜索が難航している。
JS事件の情報が届かない次元の住民である彼らがワームのことはともかく、スカリエッティのことについて知っているとは思えない。
可能ならば大介と同じようにワームの情報を手にしたいが、キックホッパーの資格者はフェイトに攻撃を仕掛けたので難しいだろう。
しかし、彼は何故フェイトに攻撃を仕掛けたのだろうか。まるで彼女に恨みでもあるかのような態度を取っていた。
もしや彼はこの世界に流れ着いた際に、フェイトに擬態したワームに何らかの被害を受けたのだろうか。それによって、フェイトの人格を誤解している――?
考えに至った途端、ティアナは軽く溜息をついた。このような考案を今しても意味がないだろう。
それより今は、この場所でタキオン粒子以外にも検索された謎の魔力反応についても調べる必要がある。
調べているとこの魔力はミッド式、近代ベルカ式、古代ベルカ式全てに当てはまらない。
もしや、ミッドチルダに存在するのとはまた違う次元の力の産物だろうか。マスクドライダーを相手に戦ったワームが開発した、未知の技術――
そのような物があるのなら即刻この魔力について対策を取らなければならない。

「お~い、ティアナ~」

ティアナが思案に耽っていると、突如として肩をつつかれる。
背後から女の声が聞こえ、彼女は振り向く。
その先にはウェンディ・ナカジマが満面の笑みを浮かべながら立っていた。

「何、どうしたの?」
「こっちこっち」

ウェンディは物陰から手招きをし、こちらに来るように言っている。
何事かと思いながらも、ティアナは訝しげな表情を浮かべて彼女の元に向かう。

「……で、何の用?」
「いや~頼みがあるんスけど、聞いてくれるッスか?」
「勿体ぶってないで言いなさいよ、こっちは忙しいんだから」

ティアナが答えるのと同時にウェンディは機嫌を良さそうにふふん、鼻を鳴らす。
そこから数秒の間も空けずに彼女は満面の笑みを浮かべ、左手を勢いよく突き出した。

「最近金が無くてピンチなんス! だからちょっぴり貸してくれると嬉しいッス!」

ウェンディはこれでもかという程に、歯を輝かせながら陽気な笑みを浮かべる。
彼女は今、金欠だった。その理由は単純明快、無駄な買い物によって。
他の知り合いや姉妹に集っては見た物の、見事なまでに金を借りることは失敗する。
故に、彼女にとってティアナは最後の希望の星だった。

「…………………」

ティアナは無言で朗らかに笑うウェンディに視線を向ける。
刹那、彼女はにこやかな笑顔を浮かべながら左手で握り拳を作り、その頬に勢いよく叩き込んだ。

「ぎゃぅん!?」

奇妙な呻き声を漏らしながら、ウェンディは勢いよく地面に吹き飛ばされる。
ティアナはその様子を見守ることなどせず、背中を向けて現場に戻ろうとした。
しかしその歩みはすぐに止まってしまう。殴られたウェンディが地面を這い蹲りながらも、ティアナの足にしがみついていたからだ。

「ティアナ~行かないでくれッス~~!」
「うっさい! あんた今までにあたしからいくら借りてると思ってるのよ!」
「え~十万超える一歩手前ッスけど~!」
「分かってるならとっとと返しなさいよ! この金食い虫!」

瞳に涙を浮かべながらも歩行を邪魔するウェンディに対し、ティアナは怒声を浴びせる。
彼女は今までにウェンディに散々集られていた。けれどもその金が返ってくる気配は一向に感じられず、むしろ借金が増えるばかりだ。
無論、ティアナは腹を立てている。何故、こいつの尻拭いを自分がしなければならないのか。

「大丈夫ッスよ、最近買った宝くじで一等を当てたときに0.2倍にして返すッスから信用してくれッス~!」
「出来るか!」
「マイフレンド~! ヘルプミ~ッス! 武士の情けで三千円くらいでいいッスから~!」
「知るか!」

ティアナは泣き言を言うウェンディの拘束から逃れようとするが、なかなか離れない。

「なぁ、あれなんだ?」
「待て、目を合わせるな!」

不意に声が聞こえる。
ティアナはふと周りを見ると、周りで捜査をしていた管理局員達がまるで変な物でも見るような視線でこちらを見ていた。
中にはひそひそ話をしている者もいる。
それに気づいたティアナは途端に顔を赤くした。

「いや……これは、その……えっと……!」
『フッフッフッフッフ、さあティアナどうするッス? このまま行けばティアナの未来は無いッスよ~』

頭にウェンディの声が響く。
振り向くと、念話を飛ばしていた彼女は怪しい笑みを浮かべている。
それを見た瞬間、ティアナは気付いた。こいつは最初から恥も外見も捨てて自分に集る気でいたのだ。そうでなければこんな場所に現れない。
謀られていたのだ。自分の迂闊さを呪ったときにはもう遅かった。

『あんた、最初から狙って………!?』
『さあ、どうッスかね~? でも、明日から職場でどんな風に見られるか実に見物ッスね~』

ティアナは未だ縋り付くウェンディの額をクロスミラージュで撃ち抜きたい衝動を抑えながら、身体をワナワナと震わせる。
まずい、こいつは金を得るまで本気でこのままでいようとする。金を貸すのは御免だが、このままでは赤っ恥をかく。
ウェンディに対する苛立ちが徐々に貯まっていくが、もはや諦めるしかないだろう。

「まったく………わかったから離しなさいよ」
「本当ッスか!? 二言はないッスよね」

深い溜息を吐きながらティアナが言うと、ウェンディはその瞳を煌めかせる。
それを見た途端、ティアナは相棒の非殺傷設定を解除しようとする衝動に襲われるが、必死に堪えた。
ウェンディは膝に付いた土を払い落としながら立ち上がる。

「とりあえず、あたしは今忙しいから――」
「分かってるッス! 後でいいッスよ! じゃ!」

ウェンディはティアナの言葉を遮ると、右手を挙げて軽やかに去っていった。
あまりにあっさりとしすぎたので、ティアナもぽかんとした表情を浮かべてしまう。
しかし数秒経った直後、すぐに彼女に対する怒りが沸き上がっていく。

(あいつ………ワームより憎い…………!)

ティアナは握り拳を作りながら、心の中で毒を吐いた。




09 異世界大乱闘





光から背を向けるように、その男は暗闇の中にいた。
誰の目にも届かないような闇に。
きっかけは、絶対の信頼を寄せていた部下達から裏切られたことによって。

――我々シャドウの完全調和に、もうあんたは必要ない

これは、自らの片腕といってもいい男の言葉だった。

――むしろ不協和音なんだよ

あの日からだった、何をやっても上手くいかなくなったのは。
これまで挫折を知らなかった人間が、いきなり全てから突き放されたらどうなるか。
上官や同僚からは相手にされなくなり、今まで尊敬の眼差しで見ていた部下の中には軽蔑の態度を取る者も出てくる。
やがて彼が周囲から追い出されるまでの時間はほんの僅かだった。
失意のどん底にまで叩き落とされた彼には、考えることなど不可能だった。
どれ程嘆いたか、どれ程涙を流したかはもう覚えていない。
もはや彼に出来ることはたった一人で朽ち果てるのを待つことしかなかった。
けれども、その日は唐突に訪れる。

――貴方に使っていただきたいのです。このマスクドライダーの力を

突如として目の前に現れた見知らぬ青年。
彼は男に新たなる力を差し出した。それは、金属質のベルトと飛蝗を模した二つのゼクターを。
ホッパーの名を持つそのゼクターは高い戦闘能力を持つ男をすぐに認める。
やがて新たなる相棒を得た男は自身に牙を向ける異形の存在と戦った。
しかしその内面には以前のように誇りや正義といった高尚な物は何一つとしてなく、あるのは自分をここまで追い込んだ者に対する憎しみのみ。


もう、全ては数年前の過去の出来事に過ぎない。
全てを失い闇に堕ちた男、矢車想が仮面ライダーキックホッパーとなり、ワームとの戦いに再び身を投じるようになってから――




辺りに吹く風は、肌に突き刺さるほどとても冷たい物だった。
時折雷が走る暗雲によって空は覆われており、全ての光を遮っているように見える。
ミッドチルダと呼ばれる先程までいた場所と違い、ここはアルハザードと呼ばれる別の異世界。
数刻前に戦った銅色のマスクドライダーに敗れた矢車想は、自らの前に現れた白峰天斗に導かれるようにこの世界へとやってきた。
何でもここはかつて、果たせない願いなど存在しないほどの技術力を誇っており、理想郷と呼ばれたほどだった。
しかし今は寂れきっており、知的生命体など一切存在しない。その代わりに、今はワームの巣と呼べるような状態となっている。
けれでも矢車にとってその事実はどうでもいいことだった。

「しかし光栄ですよ、シャドウの隊長として部隊を率いていた貴方と共に戦えるとは」
「知らないな、そんなこと」

突如として口を開いた白峰に、矢車は興味など無いと言いたげに鼻を鳴らしながらあっさりと返す。
今の彼にとって地位など塵ほどの価値もない。隊長の肩書きなど何の意味も持たない。
故に、もし仮に今更矢車を羨望の眼差しで見る人間がいようとも、一切の感情が動くことはないだろう。
続くように白峰は笑みを浮かべ、矢車の方に顔を向ける。

「それで、どうでしょうか? 一切の光が差し込むことのないこの世界の感想は」
「ああ、まさにこの世の地獄って感じだな……」
「そうでしょう? 僕が貴方の元に現れなければこの異世界で彼もまた、身体を弄くられるでしょうね」

白峰の言葉によって、矢車は微かに眉を顰める。
その直後、彼の脳裏に深く焼き付いている光景が蘇っていく。
人としての命を失ってしまった弟、永遠の闇を知ってしまった弟、それを救うことの出来なかった自分、それにも関わらずして今こうしてのうのうと生きている自分。
影山瞬を葬ったあの日から、忘れることの出来ない苦い記憶を思い出す度に、彼の中では身が焼かれそうなほどの自己嫌悪が沸き上がっていた。
しかし矢車はエリオを助けるためにその気持ちを押さえ込んだ。今更、悔やむ心など持ち合わせていない。

「……ところで、相棒達は探してるんだろうな………?」
「勿論です、他のお二人は僕の仲間が懸命に捜索しているところです。ですから、この戦いに集中しても何も問題ありません」

矢車の問いを白峰は丁寧に返す。
エリオと同じように散り散りになってしまった二人の弟たちは、共にミッドチルダへとやってきた彼の仲間が探しているらしい。
白峰が言うにはケンタウルスオオカブトを模したあのマスクドライダーはワームの所有物で、ケタロスの名を持つようだ。
だが俄に信じがたい部分がある。果たして、この男をこのまま信用してもいいのか。
何故、ホッパーゼクターを与えてから今まで自分の前に姿を見せなかったのに、このタイミングで現れたのか。
兄弟達を助けると入っていたが、あまりにも出来すぎている。
もしや、これは何らかの演技――?

「そろそろ、来るでしょうね……」

傍らで歩く白峰の呟きと同時に、矢車は思考を止める。
顔を上げた先には、異質な雰囲気を放つ鋼鉄製の建築物が顕在していた。
それは、この深い森林の中で存在するにはあまりにも不自然すぎる。
第一印象を持った途端、まるで蛇が地面を蠢いているような耳障りな鳴き声と共に、木々の間から矢車の見知った蛹に似た異形が次々と姿を現す。
建物の番人であると思われるサリスワームの群れを冷ややかな目線で一瞥すると、遠くからの電子音が耳に入る。
それは、ホッパーゼクターが地面を飛び跳ねながら移動する際に鳴り響く特有の音だった。
右手で腰に巻いたライダーベルトのバックルを前面に開き、空いたもう片方の手で高く跳躍するホッパーゼクターを掴み取る。

「レイキバット」
「行こうか、華麗に! 激しく!」

白峰の呼び声と同時に、相棒であるレイキバットが白い羽を羽ばたかせながら彼の右手に収まる。
その腰には矢車のとは別の形状の黒いベルトが巻かれていた。
異形達の前に立つ二人の男は、静かに呟く。

「変身……」
「変身」
『HENSIN』
「変身!」

言葉と同時に、矢車と白峰はそれぞれの相棒をベルトに装着する。彼らの相棒もそれぞれ異なる音程で復唱し、目を輝かせた。
ホッパーゼクターからは泡のようにタキオン粒子が吹き出し、六角辺の金属へと形を変えながら矢車の身体を包み込む。
緑と黒の二色に煌めく鎧を形成すると、最後に飛蝗を模した三本角を持つ仮面が頭部を包み、左足にバネを模した形状を持つアンカージャッキが作られていく。
その一方で、逆さ吊りの体制でベルトに止まったレイキバットの双眼は赤い輝きを放ち、白峰の目前に雪の結晶を模したような銀色の方陣が浮かび上がる。
瞬間、それはすぐさま音を立てながら粉々になり、白峰の全身を覆っていく。
瞬き一回分の時間が経過した後、粒子は重厚な装甲に包まれた強化スーツへと形を変えた。

『CHANGE KICK HOPPER』

キックホッパーの鎧に矢車の身体が完全に覆われたのと同時に、電子音声と共に赤い複眼が輝きを放つ。
傍らでは、白峰が戦闘に入る為になる姿へと変えていた。
レイキバットの力によって得られるその外見は、まるで空想上の生物である雪男を連想させる。
金と銀の二つの色によって輝きを放つ仮面、サファイアの如く青く彩られた両眼、両肩に備えられた金色に輝く左右対称の巨大な四本爪、胸部に付けられた体毛状の白いマイクロファイバーの束、両腕に縛られた鎖。
仮面ライダーレイの名が与えられた戦士へと白峰天斗は姿を変えるとの同時に、彼は構えを取る。
サリスワームの群れが一斉に駆け出し、自身の持つ巨大な爪をライダー達のアーマーに目掛けて勢いよく振るう。
だが、彼らがそれを浴びることはなかった。

「フンッ!」

キックホッパーが鋭い反射神経を用いてワームの脇に回り、息を吐きながら前蹴りでサリスワームの身体を吹き飛ばす。
そこから続くように周囲を囲むワーム達に多種多様の蹴りを繰り出した。
六時方向のワームには腹部を目掛けて回し蹴りを放ち、高速の勢いで建物の壁に叩きつける。
姿勢を低くしながら二時方向より迫り来るワームの懐に入り込み、顎に狙いを定めて飛び膝蹴りを打ち込む。
ワームが怯んだ様子を確認すると、すぐさま体の向きを転換させる。瞬間、キックホッパーの目前には毒々しく濃緑に彩られたサリスワームの爪が飛び込んできた。
しかし迫り来る爪に気を取られることもなく、キックホッパーは姿勢を僅かにずらしながらそれらを避ける。
攻撃が空振りに終わったその隙をついて、身体を独楽のように回転させながら横蹴りを頭部に浴びせた。
続くように背後に立つもう一匹の腹部を狙いながら、キックホッパーは後ろ蹴りを打ち出す。重量感が溢れる脚によって異形は宙に飛ばされていく。
二匹の異形が勢いよく地面を転がった途端、続くようにその後ろからサリスワームが流れ込む。
対するキックホッパーはそれに意を介さずに三体のワームに狙いを定めて、膝蹴りを放つ。
前方から迫るサリスワームには顔面を標準とし、上段蹴りを繰り出した。左足は骸骨を象ったような醜悪な顔面に沈み込み、数トン分の重さによってその巨躯が宙に飛ばされていく。
左側からは二匹目の異形が刃のような鋭さを持つ爪を高く掲げ、キックホッパーの胸板を目掛けて振り下ろす。
しかしキックホッパーがそれを受けることはなく、両足を屈めながら即座に側面へと回り込んだ。
そして彼は勢いを付けながら脇腹に目掛けて回し蹴りを放ち、乱暴に吹き飛ばす。
異形の身体が樹木に叩きつけられた様子に目を向けることはせず、キックホッパーは自らの元に向かってくる三匹目のワームに振り向く。
新たなるサリスワームもまた、自らの武器と思われる巨大なかぎ爪を高く構え、斬りかかろうと迫り来る。
しかしキックホッパーは左足を使った前蹴りでそれを勢いよく弾き、仰け反らせた。
途端に隙が出来る。ふらふらと揺れながら体勢を崩すワームの下腹部を目掛けて、キックホッパーは強烈な横蹴りを打ち出す。
それを浴びたサリスワームは、醜怪な呻き声を漏らしながらその場に蹲ってしまう。いくら強靱な生命力を持つ生物とはいえ、その威力に耐えることなど出来なかった。
緑色の巨躯が崩れ落ちていく様子を見つめると、キックホッパーは自身の相棒に指を付ける。

「ライダージャンプ……」
『RIDER JUMP』

周囲の雑踏に飲み込まれそうな程に微かな声で呟きながら、ホッパーゼクターの脚部を天に向けるように動かす。
彼の耳に慣れた音声が鳴り響くのと同時に、両足を微かに開きながら腰を深く落としていく。
ホッパーゼクターの瞳から眩い輝きが放たれ、稼動音を立てながら大量のタキオン粒子が噴出される。
粒子はエネルギーに変換されていき、やがて光へとその姿を変えた。両眼を赤く輝かせるキックホッパーの血液と神経を伝わりながら、到着点である左足に流れ込んでいく。
全ての力がアンカージャッキに纏われていったことを感じると、彼は凄まじい勢いで空を目掛けて高く跳躍した。
キックホッパーが勢いよく大地を蹴ったことによって、彼が先程まで立っていた地面が爆音を立てながら抉れていく。
それを追うようにサリスワーム達は上空に視線を向けるのに対し、跳び上がったキックホッパーは仮面の下で冷ややかに見下ろしている。
跳ぶ距離を徐々に伸ばしながらも、彼は再びホッパーゼクターの脚を左手で触れた。

「ライダーキック!」
『RIDER KICK』

キックホッパーは威圧的な声で叫ぶ。
ホッパーゼクターのレバーを元の位置に戻すと、人工音声と同時にホッパーゼクターは赤い光を発する。
ゼクターの内部に蓄積された雷の形状を持った力は、三本の角が伸びた仮面に行き渡り、瞳は輝きを増していく。
漆黒の空を背にキックホッパーは、再度エネルギーが流れ込む左足を一匹のサリスワームに向けて真っ直ぐに伸ばし、急降下する。
標的となった異形は、弾丸に匹敵する勢いで迫り来る足先に対応することは出来ず、放たれる深紅の波動を浴びるしか出来なかった。
やがてキックホッパーの足がサリスワームの歪な形に発達した胸板に達すると、稲妻を模した力が強制的に体内へと流れ込む。
そして瞬時にアンカージャッキが稼動していき、キックホッパーはサリスワームを踏み台としながら再び跳躍した。
凄まじい勢いで宙を舞いながら、彼は他のサリスワームを始末するために方向転換する。
七時の方角にいる異形に狙いを定めると、再び足を伸ばしながら風を切るような勢いで落下していく。
キックホッパーの一撃を受けたサリスワームは、二十トンもの重さに耐えきれずに空中を舞い、次の瞬間にはその身体を轟音と共に崩壊させる。
それからは数秒間の出来事だった。一匹、また一匹とサリスワームの身体に必殺の蹴りが命中する度に彼は跳躍し、足を伸ばしながら攻め込んでいく。
その度に鼓膜を刺激する音が辺りに響き渡るが、彼がそれを気にすることなどない。
やがて最後の一匹の身体を貫き、反動で跳び上がりながら地面へと着地していく。
それを合図とするように周囲のサリスワーム達はキックホッパーが与えた衝撃に耐えきることが出来ず、蹌踉めきながら爆発四散した。
吹き荒れる爆風と凄まじいほどの火炎による熱を四方から浴びていくが、キックホッパーは何も感じていない。
異形が消えた跡には細胞一つたりとも残らず、まるでせめてもの弔いのように紅蓮の炎が燃え上がっている。
辺りを照らすそれに巻き込まれたのか、地面に生えた若草がちろちろと音を立てながら微かな量の火に飲み込まれていく。
数秒の間も経たない内に黒く縮れてしまい、呆気なく燃え尽きてしまった。
熱せられた空気によって陽炎が生まれていき、辺りの視界が揺らぐ。その中で、キックホッパーの周囲を蠢いている異形の数は未だ二桁に達している。
彼は無言でその事実を認識すると、向かい来るサリスワームに立ち向かうために勢いよく地面を蹴っていく。
キックホッパーとは離れた位置で戦っているレイは、封印の鎖が巻かれた両腕を用いて高速の勢いで拳を繰り出す。
目前より向かってくるサリスワームの顔にクリーンヒットさせると、途端にその身体が数メートル先にある門前まで飛ばされていく。
サリスワームは立て続けに迫り来るが、レイはそれに動ずることはなかった。
後方より襲いかかる爪の気配を感じ取り、瞬時に全身を一歩分横に動かして難なく躱す。
そこからレイは攻撃を避けられて体制の崩したサリスワームの脇に回り込み、腰を深く落としながら正拳突きを放つ。

「ハアッ!」

突き出された拳はサリスワームの身体に深々と沈み込み、体内の組織を容赦なく傷つける。
その身体がぐらりと揺らぐのと同時に、レイは次の標的に顔を向けた。
コピー機を使ってトレースしたかのように全く同じ外観を持つ異形達は、餌に群がるハイエナのような勢いで飛び込んでくる。
軍団のようにやって来るサリスワームの一匹が、その爪をレイに振るう。
しかしその腕は逆に捕まれてしまい、続くように背負い投げの要領で投げ飛ばされていった。
宙を舞うサリスワームの身体が別の個体にぶつかり、地面を激しく転がっていく。
続いて五時の方角から一匹のサリスワームが走りながら近づいてくるが、レイは姿勢を低くしながらその懐に潜り込んだ。
そこからエルボーのように肘を腹部に打ち込む。
サリスワームの身体が地面に倒れたその瞬間、周囲を群がっている異形の間を縫うように紫色の閃光が走る。
刹那、キックホッパーの両眼に搭載されたOシグナルのシステムが働き、三時の方角から時空に歪みが生じていることを知らせた。
情報は瞬時に脳内に流れ込み、クロックアップに匹敵するスピードで自身に迫り来る気配をキックホッパーは察知し、振り向くのと同時に左足を振り上げる。
そこから数秒にも満たない程の僅かな時間が経過した瞬間、金属同士がぶつかり合うことによって生ずる激しい音が辺りに響き渡っていく。
鋭いほどの轟音がキックホッパーの鼓膜を刺激すると、彼に襲いかかった光は一瞬の内に人の形へと変えていた。

「流石だな、キックホッパー」

紫色のショートカットを揺らし、鍛えられた肉体を同じ色のフィットスーツで纏う女がその瞳から殺気を飛ばしながら、左腕より生じている刃でキックホッパーと押し合っている。
肩胛骨の部分を守る鼠色の装甲には、己の存在を現すかのように『Ⅲ』の数字が書かれていた。
キックホッパーは答えることなどせず、代わりに幻影の剣を勢いよく弾き、そこから後ろ数メートルに跳躍して距離を開く。
そこから先に仕掛けたのは女の方だった。明確な殺意の込められた刃を携えながら、駆け抜けてくる。
振り下ろされる凶器が鎧に触れようとするその瞬間、キックホッパーは全身を左方向にずらし、紙一重の差で避けた。
しかしそれで終わりではなく、続けざまに剣戟が振るわれていく。
一撃目は突起が付けられた右肩に迫るが、キックホッパーはそれを身体を軽く反らすようにして空振りに終わらせる。
それに気にかけることなく女は、刃の付けられた右腕を横に薙ぎ払う。
しかしキックホッパーが膝を軽く曲げ、体勢を低くする。それによって刃物は頭上を通るだけに終わってしまう。
攻撃が命中しなかったことにより女は驚愕の表情を浮かべていたが、キックホッパーはそれに気を止めることはせず、がら空きになった脇腹を目掛けて鋭い前蹴りを放つ。
女はそれに反応することが出来ずに勢いよく吹き飛ばされ、ボールのように数回地面を跳ねた後に、鋼鉄の壁に激突した。
けれども気を抜くことはしない。
女が壁にぶつかったことによって粉塵が沸き上がる中、彼は考えている。
このような異質な場所に平然とした様子でいるからには、目の前の女は人間ではなく、その皮の下には人ではない本当の顔が潜んでいるのだろう。
彼の推測は正解だった。煙が晴れていく中、女の起きあがる様子がシルエットで伺える。
瞬間、ボコボコと耳障りな音を立てながらその身体に歪みが生じ、大きく変質を果たしていく。
瞬き一つの時間が経過すると、既に目前の女は人の姿を持っていなかった。
毒々しいくらいにまで紫色に彩られた全身、左右に向かって頭部に生えた八本の角、見る者に恐怖を与えるような骸骨を思わせる顔面、体中に生えた灰色の棘、左腕だけ発達した左右非対称の両腕。

「喜べ、私の新たなる力を貴様で試してやる!」

レプトーフィスワームの名を持つ怪人へと姿を変えた女は、辺りに響く程の大声で叫ぶ。
やはり、こいつも化け物の仲間か。
キックホッパーはそう考えながら目の前の異形と視線を絡ませて、腰を軽く落とす。その瞬間、突如としてレプトーフィスワームの両腕から幻とも思えるような剣が両腕から飛び出してくる。
それは紫色の光を放っていて、先程自分を襲った得物と寸分違いのない形だった。
左右に一本ずつ備えられたエネルギーを原料とする刃物を構え、レプトーフィスワームは姿勢を低くしながら地面を跳ぶ。
異常なまでに発達した筋力によって、キックホッパーとの距離は瞬時に縮んでいく。
渾身の力が込められた異形の振るう刃が、紫色の軌道を描きながらキックホッパーの首を弾き飛ばさんと左から横一文字に迫り来る。
風を切るほどの勢いで放たれる凶器の行き先を、キックホッパーはその両眼で捉えた。
両足を微かに屈め、そこから軽く背後に跳躍していき、自身を標的とした刃を避けていく。
しかし、レプトーフィスワームの攻撃が終わることはない。今度は右腕の剣が下から掬い上げられるようにキックホッパーの胸板を向かって突き進む。
だが着地した直後にキックホッパーは素早く攻撃を察知して、瞬時に勢いを込めながら左足を振り上げた。

「ダアッ!」
「GYAッ!」

キックホッパーのかけ声とレプトーフィスワームの醜悪な鳴き声が、同時に重なっていく。
そこから数秒の時間も経たずに、ヒヒイロノカネによって構成された足による蹴りと、幻想とも呼べるような煌めきを放つ刃物が激突する。
異なる物質の境界面からは、甲高いほどの金属音と火花が生じていった。
漆黒の暗闇に包まれた森林の灯火となるような冷酷な輝きが拡散した瞬間、二つの異形は再度距離を取る。
次の刹那、最初に飛び込んだのはキックホッパーの方だった。力を込めながら両足で地面を蹴り、勢いよく駆け抜けていく。
それは飛蝗の特性を持つマスクドライダーに選ばれたことで手に入れた跳躍力によって成せる技だった。
凄まじいほどの速さでキックホッパーは左足による前蹴りを叩き込むが、レプトーフィスワームは両腕の剣戟を交差させるように構えてそれを防ぐ。
互いの殺気と共に金属同士の激突音と火花が再び迸り、彼らは背後を跳ぶ。
雑草が不規則的に生えた地面にそれぞれ着地した瞬間に、突如としてレプトーフィスワームの姿が消滅する。
まるで蜃気楼のように、紫色の異形が先ほどまで立っていた地面は土煙だけを残し、キックホッパーの両眼から消えていく。
その現象が意味することをキックホッパーは瞬時に察知し、銀色に彩られたベルトの左脇に位置するスイッチに手を近づけた。

「クロックアップ」
『CLOCK UP』

呟くような宣言と同時に叩くと、ホッパーゼクターから音声が復唱される。
その途端、キックホッパーの周囲に存在する全ての存在の速度が、ビデオのスロー再生の如く急激に減退していった。
吹き荒れる風、落ち葉の落下速度、流れる雲の速さ、燃え上がる火炎の勢い、辺りを群れるサリスワーム、それに立ち向かうレイの動き。
いや、ホッパーゼクターに蓄積されたタキオン粒子を体内全域に噴出したことによって彼のみが、自らの移動速度を飛躍的に上昇させていた。
全てのマスクドライダーシステムに搭載されている特殊機能、クロックアップを発動した途端、キックホッパーの目前よりレプトーフィスワームが左腕を掲げながら迫り来る。
弧を描きながら高速の勢いで右肩に近づく刃に気付くと、キックホッパーは自身の並外れた脚力を使って勢いよく天に跳躍した。
続くように彼は空中で身体を捻りながら一回転すると、左足を思い切り頭上に伸ばす。
それによってレプトーフィスワームの一撃が空振りに終わるが、勢いを止めることは出来ず、そのまま流れるように大木を横一文字に両断する。
樹皮は裂かれ、血液の如く内部から吹き出す木屑が宙を舞い、砕かれた木の上半分はゆっくりと傾いていく。
レプトーフィスワームが自身の攻撃を避けられたことを察知した瞬間、まるで鈍器で殴られたかのような重い衝撃が頭部を走り、そこから圧力によって全身が地面へと叩きつけられていった。
呻き声を漏らしながらも、レプトーフィスワームは自分に何が起こったのかを瞬時に把握する。
キックホッパーは跳び上がった直後に踵落としの体勢を作り、そのまま重力の勢いでレプトーフィスワームの頭に脚を叩きつけたのだ。

『CLOCK OVER』

地面に着地するのと同時に、ホッパーゼクターからはクロックアップの状態が終了したことを知らせる声が発せられ、キックホッパーとレプトーフィスワームの速度は通常の状態へと戻る。
その直後に、レプトーフィスワームの持つ刃によって破壊された大木が、轟音をたてながら地面に倒れていく。
辺りの土は振動し、自重に耐えきれなくなった木の枝は次々と折れていった。
互いに自身の速度が減少することを察するも、優劣はキックホッパーの方に傾いている。

「フン……」

地に伏せているレプトーフィスワームを鼻を鳴らしながら冷たく見下ろすと、キックホッパーはアンカージャッキの付けられた踵を用いて異形の左腕を踏み潰す。
この行動には自身をどん底へと追い込んだ存在に対しての復讐の意味を持っている。
こんな化け物がいたせいで自分は全てを失った、こんな化け物のせいで兄弟達が永遠の闇に堕ちてしまった。
けれどもそれを行ったところでキックホッパーが何かを感じることはなく、感情に変化が出ることは一切ない。
ただ、虚しさを覚えるだけだった。

「GUッ……!」

醜悪な声で喘ぐのと同時に、その腕に装着された刃は呆気なく粉々に砕け散っていった。
彼はもう片方の得物を破壊しようと、再度脚を振り上げる。
しかしその直後に、額から伸びたホッパーホーンに埋め込まれたアンテナによって得られる研ぎ澄まされた聴覚が、遠方から風を切るような音を捉え、キックホッパーは動きを止めた。
赤い瞳で方向を見据えると、鋼鉄製の二本の刃がブーメランのように宙を回転しながらこちらに迫っている。
刃物特有の無慈悲な輝きを放ちながら飛来する得物を、キックホッパーは右足を軸に全身を半歩分ずらしながら避けた。
標的を失った凶器は、空中で弧を描きながら方向を転換させていき、Uターンをするように来た道を戻っていく。
宙で回転を続ける刃の軌道をキックホッパーは追いかける。その先には先程の女と全く同じ形状のフィットスーツに身体を包み、無機質な輝きを放つヘッドギアを額に付けた長身の少女がたった一人で立っていた。
違いがあるとするならば、装甲に書かれた数字が『Ⅶ』であることのみ。
その得物はよく見ると、使い手と思われる少女の身長ほどの長さを持っている。
腰に届く程伸びた銀色の長髪は風に棚引き、その表情からは人形を思わせるほどに感情が感じられない。
けれども瞳からは殺意の念が放たれていることをキックホッパーは感じ取るが、それで彼が狼狽えるようなことなど無かった。
キックホッパーと目線を合わせた少女は、空気を裂きながら回り続ける二本の刃の勢いを読みとったのか、一切の躊躇もなしに取っ手を掴む。

「侵入者め……排除する!」

静かで、それでいて殺気が感じられる声を森林の中で少女は響かせる。
途端、その体が濁った光に覆われていき、ヘドロが流れるような醜悪な音を鳴らしながら表面が歪んでいく。
数秒の時間が経過した後、全身の形状は大きく変化していた。
ザリガニを彷彿とさせるように茶褐色に輝く全身の殻、鎧の役割を果たす殻に包まれる発達した筋肉、骸骨を思わせるように象られた双眼、口より長く生えた二本の触覚、刃物の形状を持った左腕、甲殻類の鋏を思わせる右腕、身体の所々に突き出した棘。
サブストワームの名称が与えられた異形へと少女が姿を変えると、腰を落としながら両手で掴んだブーメランを構える。
新手が来たことを察知したキックホッパーは気怠そうに溜息を吐きながら、周囲を囲む敵を見渡す。
蛆虫の如く沸いて出てきたサリスワームの数は、三十匹を超えている。そしてそれらを率いていると思われる姿が違う二匹のワーム。
背後に立つレプトーフィスワームの方は左腕にダメージを負っているだろうが、恐らくまだ充分なほど動けるだろう。
これ以上ワーム達の相手をしているつもりなど毛頭無いが、このまま黙って通れる訳でもない。
禍々しい輝きを放ち、刃の反った二本のブーメランをサブストワームが構えるのと同時に、キックホッパーは両足に力を込めながらゆっくりと曲げていく。
それから一呼吸ほどの時間が経った後、彼らは勢いよく地面を蹴る。
距離が瞬時に縮む中で、初めに繰り出したのはキックホッパーの方だった。
右足を軸としながら身体を大きく回転させて、大気を裂くような音と共に左足を繰り出す。サブストワームは得物を持つ右腕を掲げて、それを受け止める。
冷たく輝いている金属同士がぶつかり合うことによって、甲高い程の激突音と火花が周囲に飛び散っていく。
そこからキックホッパーの振り上げた脚が地面に触れるのと同時に、サブストワームはもう片方の刃物を持った左手で斬り掛かろうとする。
迫り来る刃の軌道を捉えると、キックホッパーは練り上げられた身体能力を用いて後ずさり、空振りで終わらせた。
僅かに隙が出来たとキックホッパーは確信し、手前に一歩力を込めて踏み込むと、空高く跳び上がっていく。
驚異的な跳躍力によってどんどん距離が伸びていく一方で、サブストワームは素早く横に跳躍する。
直後、サブストワームの立っていた背後の位置に佇む巨木は、キックホッパーが真っ直ぐに伸ばす右足を浴びることとなった。
元々込められた数トン分の重さに加え、重力による運動エネルギーが付加された蹴りの威力に耐えることが出来ず、根元からあっさりと砕け散っていく。
そのまま木はあっという間に大地に倒れていき、ほんの一瞬だが周囲は再び大きく揺れる。
濃緑に彩られた木の葉がゆっくりと舞い落ちる中、倒れた木を境界線とするようにキックホッパーとサブストワームは睨み合う。
その最中、キックホッパーの視界の外からレプトーフィスワームが入り込み、サブストワームの横に立つ。
先程砕いたはずの幻影で作られたような左腕の刃は、まるで何事もなかったかのように元の形を取り戻している。
それは到底信じがたかったが、騒いだところでどうにかなるわけでもない。
今やるべき事はどのようにしてワームの群れを突破するかだが、不安要素が多すぎる。これから二対一での戦いになる上に、破壊したはずの相手の武器は完全に復元した。
その上、戦力差と地の利でも敵の方に大きく傾いている。向こうは何十匹の配下を引き連れているのに対し、こちらはたった二人だ。
加えて相手は何か隠し球を用意している可能性も充分にある。突破どころか逃亡すらも不可能なことは火を見るより明らかだろう。

「ここはこの僕にお任せいただけないでしょうか?」

唐突に聞こえた声によって、キックホッパーは思考を止める。
振り向くと、サリスワームの群れを相手にしていたはずのレイが立っていた。

「どういうつもりだ」
「言葉の通りです。ここは僕が食い止めますので、貴方は先に行ってください」

仮面によって阻まれ、表情を確認することは出来なかったが、レイが得意げに言っているのは理解できた。
彼の背後を見てみると、蟻の如く群れていたサリスワームの数はいつの間にか一桁にまで減っている。
二匹の成虫体と戦っていたから気付かなかったが、あれだけの数を一人で倒したのか。

「貴様ら、我々がここを通すと思ったか?」

レプトーフィスワームが脅すような音質で言うが、それに気を止める者はいない。
一見、この場はレイに任せても良さそうだが何かが心の中に引っかかる。
それなりの戦闘力をレイは持っているかもしれないが、数分にも満たない僅かな時間であの数を相手に勝てるのか。
見たところ、何の武装も使ったように見えない。
気にかかる部分は多いが、考えるのを止めた。そう言うのならば、望み通りにすればいい。
もしも罠ならば、その時はその時だろう。

「………いいだろう」
『CLOCK UP』

数秒の考案が終わった後に、口を開いた。
呟くのと同時にキックホッパーは背を向けると、ベルトの脇に備えられたスイッチを再び叩く。
先程と同じ電子音声が鳴り響くのと同時に、ホッパーゼクターから大量のタキオン粒子が彼の全身を駆け巡り、彼の体感時間を常人より遙かに速い物へと進化させた。
クロックアップの状態に入ったのを合図とするように、キックホッパーは建築物の入り口を目指して地面を蹴る。
驚異的な加速能力を用いたことによって、建物の進入に成功するのにそれほどの時間はかからなかった。


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最終更新:2010年01月10日 17:23