暫くして跡地は大きくくぼみ、地面は溶岩のように真っ赤に染まり陽炎が立ち上る中、
フェイトの姿を確認する事は無くエリオの遺体も確認出来なかった。
「焼却処分と言ったところか」
レザードは高笑いを浮かべ自分の行動を賛美している様子を見せている中、
次々に部下がやられていく様を見ていたはやては恐怖にうち震えていた。
一瞬まさに一瞬の出来事、手を貸す事も割って入る時間も出来ない、そしてレザードの殺意がはやての動きを鈍らせていた。
「何が部隊長や……」
部下であるエリオがあんな目に遭っているのに肝心な時に動かないこの体、歩くロストロギアと呼ばれた自分が何も出来ていない、こんな惨めな事は無い。
そんな不甲斐なさが仲間の死がはやての心を揺さぶる、だがそれでも体が動かない。
―――お願いや!動いて私の体!!―――
必死に願を掛けるように自分を奮い立たせ恐怖心と戦い、報われ始めたのか徐々に体が動き始める。
そしてはやてはリインとユニゾンを行い魔力を高め足下にミッド式目の前にベルカ式の魔法陣を広げた。
一方ではやての動きに気が付いたレザードは不敵な笑みを浮かべ見上げると足下に魔法陣を張り右手を向ける。
すると其処に黒い球体が姿を現し徐々に大きくなり中では稲光が多数走っていた。
「響け、終焉の笛!ラグナロク!!」
「フッ…グラビティブレス」
撃ち放たれたグラビティブレスとラグナロクがぶつかり合い鍔迫り合う中、徐々に均衡が崩れ押され始めるはやて。
現在はやてが放つラグナロクは夜天の書のページを使い相当な威力を高めた代物、
だがそれでもレザードの魔法には対抗出来ず押されてしまうのが現状であった。
「フッフハハハハ!!消えてし―――」
言葉に割って入る桜色の直射砲がレザードを捉え、流石に驚き直射砲が放たれた方向へ目を向けると
其処にはなのはが息を切らしながらもレイジングハートを向けている姿があった。
なのはは先日の地上本部での戦いで心身ともに疲弊し立つ事がやっとの状態、
それでも戦場に赴いたのはヴィヴィオを助け出す為…であったのだが、今はレザードに対する憎しみで立っている状態であった。
ヴィヴィオは幼く記憶も定かではない、だからこそ守る者が必要、それを買って出たなのはだが
現実は残酷でヴィヴィオは連れ去られ鍵として長らえる事になった。
それもこれも…あの時ヴィヴィオを守れなかった自分のせい…そしてヴィヴィオを連れ去った奴のせい…
「レザード・ヴァレス!貴方を許さない!!」
体は既にボロボロ…だがそれでも奴をレザードを倒したい一心でブラスターシステムを起動、
一気にブラスター3まで発動させ、なのはの周りにはブラスタービットが四基現れその全てが収束を行っていた。
「チャージなどさ―――」
「迎撃なんてさせない!!」
レザードはなのはに向けてグングニルを飛ばそうとしたところ無数の魔力弾に苛まれる。
その方向にはメルティーナが杖を向けておりカートリッジを一発使用する度に二十を超える魔力弾を発射させていた。
「チッ!うっとうしい!!」
次の瞬間グングニルがメルティーナの心臓を貫き更に乱雑に回転、
一瞬にしてなます切りにされ叫ぶ声も無くボトボトと鈍い音を立てて崩れていくメルティーナ。
そんな中―――
「龍騎召喚………ヴォルテェェェェェェル!!!」
現れたのは上空で召喚を果たしたキャロのヴォルテール、しかも既に臨戦状態のようで合図があればいつでも攻撃を仕掛ける事が出来た。
その頃はやては夜天の書のページを更に使用、ラグナロクの威力を高め手に持つシュベルトクロイツに無数の亀裂が走っていた。
だがその甲斐があってかグラビティブレスを打ち破り、それが合図になってなのはとキャロが一斉に攻撃を仕掛ける。
「全力全開!!スタァァライトォォブレイカァァァァ!!」
「ヴォルテール!!ギオ・エルガ!!!」
放たれた必殺の一撃に加えはやてのラグナロクも混ざり、その威力は街を一瞬にして吹き飛ばしかねない強力なものとなった。
そしてそのエネルギーは上空へと向けられ巨大な光の柱と化しその後に爆発、巻き上げられた粉塵はその場にいる者全てを覆い隠した。
「ハァ…ハァ……やった…の?」
なのはは誰に言うでも無く疑問に満ちた独り言を呟く、レザードは物質魔法その両方が通じない存在、
そして…これだけの魔法を受けても耐え抜いたとしたら、それはまさに悪魔の一言である。
暫くして粉塵が落ち着き始め周囲の物陰を確認する事が出来る頃、
軋む体に鞭を打ちながら歩くなのは、すると其処に人影らしき物が現れ警戒すると、其処にははやての姿があった。
「はやてちゃん!!」
「なのは!無事やってんな!!」
お互いの生存を確認し喜び合っていると辺りに獣が絶命したかのような激しい唸り声が響き渡り
その方向に目を向け上空であることを確認すると、突然液体らしき物が頬に付き手に取ると、ぬるぬるとヌメリを持っていた。
「これって……」
「血や!!」
液体の正体に気が付き二人は上空へと飛び立ち粉塵を突き抜けると、
其処にはファイナルチェリオによって背中から串刺しになっているヴォルテールと、
グングニルを腹部に受け口元から血を流すキャロの姿があった。
「き…キャロ!!」
なのはの叫びも空しく一切答える事の無いキャロ、恐らくは即死であったのであろう、
そして…そんなキャロに目を背けるなのは、するとレザードは不敵な笑みを浮かべ見下す。
「先ほどの攻撃…中々だ、だが我には移送方陣がある事を失念していたようだな」
あの一斉攻撃を受ける手前、移送方陣にて遥か上空へと移動し粉塵が届かぬ場所で見下ろし
ヴォルテールの肩に乗るキャロの姿を目撃するや否やファイナルチェリオを撃ち放ち、更にグングニルを投げつけたのだという。
「両方とも即死…呆気ないものだ……」
「アンタっちゅう奴は…何処まで命を馬鹿にするんや!!」
みんな必死に生きている、命は大切なもの、なのにレザードはそれをいとも簡単に奪っていく。
罪悪感も殺意も無くただ淡々に…咲いた花を摘むように命を刈り取っていく。
「自分神にでもなったつもりか!!」
「つもりではない…神なのだ」
愚神オーディンの力と魔力、賢者の石が齎した魔術に知識、この世界においては技術や情報などを得た。
今のレザードに出来ない事は無い、魂も肉体も記憶のコピーによる精神の復元も世界の創造すら可能、
このような者を神と呼ばずしてなんと呼ぶ…三賢人のような紛い物ではなく真に神と呼べる存在。
「何なら今この場で死んだ者を生き返らせてやろか?」
魂を持つ者であればレザードはエヴォークフェザーと呼ばれる蘇生術にマテリアライズも可能である、
無くとも肉体を再生させる事も可能であると含み笑みを浮かべるレザード。
この言葉を聞いたはやてはカリムの予言の一文を思い出す。
…歪みの神…レザードの歪んだ心、強大な魔力、まさに名を体で現した存在、
神…そんな存在とどう太刀打ちすればいいのか、そして予言は覆す事は出来ないのではないか…
はやては暗く落ち込む表情を浮かべている頃、レザードはゆりかごとの連絡に勤しんでいた。
現在ゆりかごは順調に月の軌道ポイントへの進路を順調に突き進み、暫くすれば衛星軌道上まで到達するとのことであった。
つまりこれは計画が終了に近付きこれ以上彼女達に関わる必要が無いという事を指し示す。
それを見計らったレザードは自らの意志で使用する事を禁じた魔法の一つを発動する為、足下に魔法陣を張ると、
魔法陣は一気に広がりを見せ中央区画全地域は環状の魔法陣が帯のように幾重にも張られているドーム状の結界に包まれた。
カオティックルーン、この結界の中にいるだけで身体能力を20%減少させる強力な結界魔法である。
「本来貴様等に見せる必要は無いのだが、折角だ…神の力という物がどれほどの物か見せてやろう!!」
続いてレザードは広域攻撃魔法に使用する多重環状魔法陣を足下に張り
右手を天にかざし詠唱を始め、その姿をただただ見つめるなのはとはやて。
「我招く無音の衝裂に慈悲は無く…」
辺りはレザードが放つ白金の光に包まれなのは達は右手で光を抑えながらもレザードを見つめ怯えていた。
そしてレザードから放たれた光は次元海にまで及び、続いて光を中心に移送の魔法陣が7つ張られ光が手を伸びていた。
「汝に普く厄を逃れる術も無し!!」
すると魔法陣から直径数十メートルの巨大な隕石を呼び出す、
そして隕石が一つずつ引き寄せられるようにしてミッドチルダに落下、なのは達の下へ迫っていた。
「さぁ!神の力を堪能するがいい!!メテオスウォーム!!!」
上空から姿を現す七つの隕石、それは摩擦熱により真っ赤に染まり轟音が辺りに響き渡り地上に激突、
降り落ちた隕石の周囲は激しい爆音と衝撃が走り、周囲を吹き飛ばし地上は荒れ果て七つの巨大なクレーターが生み出されていた。
そんな光景にレザードはゆっくりと地上に降りる、瓦礫と化した街並み木々も根元から吹き飛びその威力を物語っていた。
「我ながら中々の威力ですね」
レザードはカタストロフィを解除し左手にネクロノミコンを携え周囲を見渡す。
とその時である、ゆりかごにいるスカリエッティから吉報が入り、
内容を確認しているところ、瓦礫が崩れる音を耳にしレザードは目を向ける。
すると其処には白いバリアジャケットを赤く染め髪を結うリボンは消滅し、
額から血が滴り落ち右目を覆い隠し左腕と共にデバイスを無くしたなのはの姿があった。
「ほぅ…辛うじて生きていたか」
流石のレザードも驚きの表情を隠せない、何故ならレザードが放ったメテオスウォームは常人では立つ事…いや跡形も無く消え去る程の威力を持っていたからだ。
それに耐え抜いたには訳がある、メテオスウォームが直撃する前なのははオーバルプロテクションにて身を守る用意をしていた。
だがなのはの前にはやてが立ちふさがり夜天の書の魔力を全て使い込み強力な防御障壁を張り巡らせたのである。
「はやてちゃん!!」
「これは私の意地や!これ以上部下の死を見たない!!」
自分の目の前で次々に友が仲間が部下が死んでいった、これ以上の死は見たくない!
そしてこれ以上部下を仲間を友を死なせる訳にはいかない!
はやての意地、それはメテオスウォームを四発弾き周囲に着弾させたが、五発目にて亀裂が生じ
六発目では完全に崩壊、辛うじてなのはに当てることはなかったが既に最後の七発目が迫っていた。
「はやてちゃん!これ以上は!!」
「だったら私がなのはの盾になる!!」
すぐさまなのはに抱き付き強く…力強く抱き締め身を守った。
背には真っ赤に燃えた隕石が迫りなのはは覚悟を決めた頃、なのはの意識はそこで途絶えた。
…次に意識を取り戻したのは瓦礫の中、必死に瓦礫から抜け出そうとレイジングハートを起動させようとするが
違和感を感じふと目を向けると左腕を失い夥しい血が流れていた、この時になのはは左腕を無くした事に気が付き、
また命があったのは、はやてが命を懸けて守ってくれた為であると理解する。
「はやてちゃん…自分が死んじゃったら駄目だよ」
一人ぼそりと言葉を口にするなのは、友を無くしたくない一心で守っても、死んでしまえば友を無くした事と同義
はやては自分が望まない事を友に押しつけただけだったのかも知れない、それが本人自身が望んでなくても…
その後なのはは傷口に簡易な治癒魔法を施し血だけを止め、瓦礫を右腕一本で退かし表に出て現在に至る。
「レザード……貴方…だけ…は……」
「虫の息…といった状態ですね、ですが此方には貴方と戦う理由がもう…ありませんので」
「それは…どう…いう事……」
なのはの問い掛けにレザードは眼鏡に手を当て不敵な笑みを浮かべ説明を始める。
…たった今入って来た情報によればドラゴンオーブによる次元跳躍攻撃により本局は崩壊、
それを皮切りに次々に支部を破壊し回りドラゴンオーブを破壊する為に派遣された隊も
派遣される度にイージスとミトラの手により壊滅され、今し方最後の支部の破壊を終え管理局は崩壊したとの事であった。
「そ……そんな………」
「貴方がいた管理局は…もう無い」
そして管理局員でも何でもない只の怪我人を相手にする程暇では無いと断言、
だがなのははレザードの言葉が信用出来ず何度も否定を繰り返し、その痛々しい姿にレザードはモニターを開き現実を見せる。
其処には破壊された本局、管理世界に設けられた施設、無人世界に存在する軌道拘置所などが次々に映し出され
ドラゴンオーブの軌道上には無数の次元船の残骸が浮き中には人の姿もあった。
「これで理解出来たであろう…管理局は壊滅したのだ」
「あ…………あぁ……………」
なのははレザードに突きつけられた現実を目の当たりにし力無く膝をつき、
その反応に不敵な笑みを浮かべマントを翻し移送方陣の準備を始めるレザード。
…あとは計画の最後を飾るだけ…既に邪魔者は存在しない、有意義に事を進められる。
暫くして…足下に五亡星の魔法陣を張り準備を終えるとなのはに目を向けた。
「此処で自分の無力さを噛み締めてなさい…」
レザードはなのはにトドメを指すこと無く移送し、なのはは一人残された。
…辺りは無音、時々吹く風が耳をざわつかせ髪を揺らす、賑やかであった街並みは崩れ瓦礫と化し大きな爪痕を残していた。
何もない、誰もいない…全ては終わった…何もかも失った…友も仲間も部下も愛する者も…そして相棒も…
全ては夢…そう考えたい、だが失った左腕の傷がそれを許してくれない。
現実を直視出来ない、己の無力を呪いたい、己の無能さに腹が立つ、自分の弱さに打ちひしがれる。
折れる…心が、自分を形取る、自分を支える、自分の中に確かにあった中心、不屈の心が……
「ぅ…………うぅ…………」
前のめりでうずくまり、静かに涙を零し酷く矮小な自分を噛み締め誰も耳にする事が無い小さな声で泣く…
静かに…ただ静かに時だけが刻み、日が陰り辺りは黄昏に包まれた。
現在ゆりかごは月の軌道ポイントに着々と突き進み、暫くしてドラゴンオーブを確認、
周囲に散らばっていた残骸はエインフェリアの手によって清掃、ゆりかごが横付け出来る空間を作り出した。
丁度その頃、レザードは移送を終え目の前にはスカリエッティ達が出迎えており、レザードはスカリエッティと挨拶を交わしていた。
「いや…ヒヤヒヤしたよ」
「…私があの程度の相手に後れをとるとでも」
「レザードの心配じゃないよ」
スカリエッティが案じていたのはミッドチルダの安否である。
カタストロフィを起動させたレザードの広域攻撃魔法は街を…いや区画を瞬時に壊滅させる威力を持つ、
それ程の威力を誇る魔法であるとミッドチルダはおろか、次元が綻び次元震が起きる可能性がある。
実際次元震の兆しが確認されており、あれ以上戦闘が続けば次元震が発生するところであったと説明を終える。
「そうですか、少々やりすぎたようですね」
「まぁ何にせよ無事でよかった」
計画に必須であるミッドチルダが無事であれば先に進める事が出来る、後はゆりかごとチンクの力を行使するだけである。
とその時である、今この場にはスカリエッティを中心に右にウーノ、ドゥーエ、クアットロ、左にトーレ、セッテ、チンク、ルーテシアがおり、
ギンガ、ディエチ、ディードは治療ポットに入り、アギトはディードの付き添いの為に此処にはいない、
ノーヴェ、オットー、ウェンディ、ガリューは魂だけの存在となりチンクの中にいる。
「……?セインの姿がありませんね」
「ヤッホーーー!私は此処だよ」
声と共にチンクの体から飛び出すセイン、ゆりかご内における内乱、反逆の不死者と戦闘になり肉体を失ったと、
そしてゆりかごに戻ってきたチンクの手によってマテリアライズされ、現在はノーヴェ達と共に体内にいるという。
「それにしても…魂だけで生きてるって変な感じ」
「……実際は生きている訳ではないのですがね」
それはともかく彼女達の肉体を再構成して輸魂の呪を行えば復活する事が可能、
本人が望めば今までとは異なる肉体に輸魂する事も出来るように説明すると
次々にチンクの体から魂が現れレザードに群がり要望を告げる、その光景に頬を掻き呆れる様子を浮かべていた。
すると其処にルーテシアが現れレザードを見上げ小さな声で要望を告げた。
「ガリューも…復活させて……」
「やれやれ…千来万客とはこの事ですね」
だが今は計画を完了させることを優先、肉体の再構築はその後でも可能であると告げチンクに目を向ける。
「ではチンク、そろそろ本来の力を手にしましょう」
「本来の…力ですか?」
「そうです、貴方の胸の内に潜む力、それをレリックによって引き出すのです」
やり方は精神集中と変わらない、それに魂をマテリアライズさせる事が出来た今のチンクならば可能であるとレザードは力強く説明、
早速チンクは精神集中を行う、静かに淡い光がチンクを包み込みゆっくりと回転を始める。
徐々に光は強く輝き出し完全に体を包むと、人の形を象った光は徐々に大きくなる。
それは手も足も胸も確認出来る程に成長を遂げ、光が消えていくと其処には23歳位の女性が立っていた。
「こっこれは一体!?」
「ホムンクルスの肉体が功を奏したようですね」
ホムンクルスは生きた金属で構成されたフレームを使用している、チンクはホムンクルスと融合する事により
成長するフレームを獲得、そしてレリックのエネルギーがチンクの奥底に眠る力を引き出し
それを最大限に使用出来るよう肉体も併せて成長したのである。
チンクの姿はまさに“愛しき者”の生き写し、故にレザードはチンクにもう一つの名を与える。
「本来の力に目覚めた以上、チンクにはこの名が相応しい…“レナス・ヴァルキュリア”」
「レナス・ヴァルキュリア……」
…数多の戦場を駆け抜け魂を選定する者、戦乙女ヴァルキリーの名、レザードが恋い焦がれ思いを寄せた愛しき者の名。
そして…世界崩壊ラグナロクの折り世界を創り護った創造主の名、今まさにチンクは神の名を引き継いだのだ。
だがそれだけではない、チンク――いやレナス本来の力を得たという事はマテリアライズの際の制限時間三分も無くなった事も意味し
レナスの能力であれば永続的な生を受ける与える事が出来るようになったのだ。
この結果に魂組は喜びを隠せないが、やはり魂として生きるより肉体を選び、マテリアライズされる事は無かった。
「まぁいいでしょう、この事は…今我々に必要なのは―――」
「分かっている、すぐに向かおう」
はやる気持ちを抑えながらも狂喜に満ちた表情を浮かべ歩き出すスカリエッティ。
それに呼応するかのように次々に歩き始めレザードの隣にはレナスがついて回り、
クアットロはそれをジッと見つめその光景を目の当たりにしたドゥーエが寄り添い佇んでいた。
「いいの?クアットロの気持ち伝えなくて…」
「いいんです~、所詮は叶わぬ恋だったんですぅよ」
クアットロはレザードに振り向いて貰いたく様々な行動を行ってきた。
認められたくて無茶をした事もあった、側近になってからもレザードを陰から支え立てていた。
だがレザードの目は常にチンクに向けられていた、その事に歯噛みする事もあったが今回でやっと理解した。
レザードにとってチンク――いやレナスはもっとも大切な存在、自分が割って入れる仲では無かったのだと。
「それに初恋は実らないって言うじゃないですかぁ」
「………」
ドゥーエは何も答えずジッとクアットロに寄り添う、暫く二人は佇み沈黙が包む中、
クアットロは突然ドゥーエの胸に顔を埋めか細い声で泣く、誰にも悟られないように…自分の心の内を知るドゥーエだけに聞こえるように……
ドゥーエもまた黙って胸を貸す、クアットロの胸の内を知る者として…姉として……
此処はゆりかご内のコントロールルーム、現在頭上には巨大な球体型の魔法陣が姿を現していた。
この魔法陣はレザードの世界に存在する世界樹の名を取ってユグドラシルと言い
世界創造に必要なデータとレナスの力である原子配列変換能力を強化しミッドチルダを魔力素に変え、
更にマテリアライズにて新たな世界として再構築させる際にも必要な重要な魔法陣である。
「だがその前にミッドチルダを砕かなければ」
世界を創るにはまず媒介が必要、だがまるごとでの世界創造にはかなりの魔力が必要となり、なにより良いものが出来ないらしい。
その為にまず破壊し残骸にしてから再構成させる、そうした方がより良い物が出来上がるらしく
レザードの話では折れた武器の法則と呼ぶらしい、なんだか胡散臭い話である。
だがスカリエッティはまるっきり信じ、ゆりかごの主砲と当初の予定では無かったドラゴンオーブの砲撃の同時攻撃、
これほどの出力があれば一瞬にして崩壊を見込めると狂喜に満ちた表情で語るスカリエッティ。
「では、そろそろ終幕としよう」
スカリエッティの一言を合図にゆりかごとドラゴンオーブは二つの月から魔力を吸収、
ゆりかごはその魔力を鍵によって聖王の魔力に変換、聖王の鎧の効果を持った虹色の魔力砲となって撃ち放たれた。
一方ドラゴンオーブも吸収した魔力を中心の赤い水晶体の中で増幅・収束し臨海点を超えると、その長い砲身にて加速させて発射
二つの巨大な魔力砲は折り重なるように合わさり螺旋を描きながらミッドチルダに直撃、中心核まで到達していた。
この一撃により粉塵を巻き起こし全土を黒い塵で覆い天変地異が引き起こされ
地震、雷、津波、噴火、嵐、竜巻、吹雪などが至る区画で被害を被り、その後世界を切り裂く地割れが発生、
三種に分断され磁場を失い自軸も失ったミッドチルダは巨大な瓦礫と化した。
続いてスカリエッティはレナスに指示、ユクドラシルの中心に位置するレナスは原子配列変換能力を発動、
魔法陣が力強く輝き出し、月の魔力を吸収して変換、白金の魔力に変わり主砲で発射される。
それにより瓦礫は魔力素に変化、宙域は濃い魔力素に覆われる事となった。
「よし!これでフィナーレだ!!」
最後の指示にマテリアライズを開始、魔力素は形を成し建物などが構築化されユクドラシルによる記憶、情報の改竄・変更・保守・改良により生物が構成され始める。
ユクドラシルには世界を構築する為に世界の粗方の情報が詰まっている。
情報と言っても平均を示す一般的な生物や建物や植物など情報、改良や変更による幻獣や魔法生物などの情報
物によれば構成するべきではない改竄した方がよい情報、例えば評議会などレナスの負担を軽微させる為の補助効果を持っている。
…そして出来上がった新たな世界、それは中世を思わせる造りと近代が入り混じった世界、
しかも一つでは無く幽体を主とした二つの幽界も存在し、それはかつてレザードが済んでいた三重世界に構成は似ていた。
「これは………」
「レザード…君と出会って十年、思い描いていた世界がやっと実現したよ」
思えば十年前…レザードから聞いた世界に胸の高鳴りを覚えた、そして十年後…念願であった魂が交差する世界が生まれた。
スカリエッティの持論である物と人を分かつ絶対条件が確立した世界である。
人は死に魂となって彷徨うのであれば、魂は一体何処へと返るのか…
スカリエッティは彷徨える魂を救う為に二つの世界を用意した。
造られし者が人として生きられる世界と共に彷徨える魂に安らぎと苦痛を与える世界、
これがスカリエッティが望んだ世界なのである。
「レザード…君のおかげでこの世界が生まれた…礼を言うよ」
「…いえいえ、それよりこの新たに生まれた世界に名を付けませんと」
「それなら既に決めてあるよ」
両手を広げ力強く…新たに生まれ変わった世界の名を口にするスカリエッティであった。
…神々の黄昏ラグナロクにより生まれ変わった世界、ベルカは人と魂が交差する三重世界である。
数年前…世界構築後スカリエッティはかつてミッドチルダと関わりある世界に向け宣伝した。
「悪政を引いた管理局はもう無い!我々は自由なのだ!!」
そして造られた者もそうでない者も、全ての人が等しく生きられる世界の獲得…その謳い文句は人々を造られた者の心を揺さぶった。
宣言から数日、造られた者の移住が始まり暫くして普通の人も移り住むようになった、人とは逞しいものである。
それから数年後の現在、三重世界の一つ人間界であるミッドガルド、中央都市であるクラナガンは今日も人で賑わい
中央ターミナルには多数の来客を迎え入れ、新たに生まれた世界に胸を躍らせていた。
郊外に目を向ければ風情のある街並みが続きレンガの建物が印象的なクレルモンフェラン
北に目を向ければ田舎町を思わせ小川には水車が回るコリアンドル、
南のアルトセイムにはフレンスブルグと呼ばれる首都があり神学や魔術学など魔法学校が建ち並び魔導師の楽園と呼ばれている。
東にはパークロードや娯楽施設が並び、小さな子から大人まで時間を忘れて遊ぶことができ
更に東の島国は倭国と呼ばれる独特の文化が根付く、何処となく日本文化を思わせる国も存在した。
そして西地区の一角に深い森が存在し精霊の森と呼ばれ森の住人が日夜森を守護している。
更に奥には巨大な木が存在しており中を潜ると新たな別の世界への門が存在する。
門には二人の門番、イージスとミトラが常に見張っており、門を潜ると其処には虹色の橋が続く。
名はビフレストといいミッドガルドともう一つの世界を繋ぐ橋である、この道を通れば肉体は幽体に変わり幽界に向かう事が出来る。
その幽界の名はアスガルド、主神が統治する神々が住む世界であり、また魂が安らぐ世界でもある。
広さはミッドガルドとほぼ同じく光が満ち溢れ美しさが際立った場所、中には森も存在し幻獣や妖精などが住んでいる。
そんな世界の中心に存在する宮殿には一人の王が住む、その姿は肩を露出したゆったりとした服装にガントレットのような部分甲冑を身につけ
金色の長い髪に左右が紅玉と翡翠色をしたオッドアイの少し垂れ目でおっとりとした印象を持つ女性、
かつてヴィヴィオを名付けられた存在と同じ存在、オリヴィエ・ゼーゲブレヒトである。
無論オリジナルではなく更に言えばヴィヴィオが成長した存在でもない。
彼女はヴィヴィオと同じ遺伝子から再構成させた存在で、その体は幽体だが魔力は王の証明たる虹色の魔力光、
その強さは神界の頂点に立ち、輸魂の呪とアストラライズも習得したレザードの弟子である。
無論師匠たるレザードに逆らわずレナスに崇拝している、彼女の役割は魂の選定、仕分け、回帰などが主である。
人が死に魂となるとアスガルドへと運ばれオリヴィエと彼女の後ろに存在するユクドラシルにて査定、
公平な判断の下、闇に落とされる者、此処に留まる者、人間界に返す者と振り分けられる。
そして強い魔導師、騎士においてはエインフェリアとして暮らす選択もを与える事もあった。
エインフェリアは神界を護る盾の役割だけでは無く、ベルカに侵略する者に対して排除する剣の役割も担っていた。
だが神は彼女だけでは無い、自分の意志で側近となりアストラライズ化したオットーとディードに
トーレとセッテ、二人はエインフェリアの指揮者として此処に暮らしている。
アギトはディードをマスターに此処で暮らしているが妖精達と遊んでいる事が多い、最近はどうやら男が出来たともっぱらの噂である。
他にも右目が紺で左目が青い存在、炎と雷を得意とした存在、個性的な魔法を使用する存在など多種に分けて存在する。
…そして選定され咎人となった者の魂は闇に落とされ罪を償わされる。
名はニブルヘイム、世界は闇に包まれ人の不安を掻き立て罪の意識を再確認され、
至る場所には不死者が渡り歩き罪人を裁く要因としても用いられていた。
そんな世界の一角に存在する城、その中にはヘルと名を変えたクアットロが移り住んでいる。
彼女はこの世界の統治者にして不死者を操る者、そして咎人に刑を抗し償いし者を帰す役割を持っている。
彼女には信頼出来る姉ドゥーエがおり、彼女と二人三脚で役割を抗ししていた。
因みに闇の森の中には不死者達が一目置く存在ブラッドヴェインが住んでいる。
世界は大きく変わり他の世界とも交流を深め、また侵略者に対しては確固たる態度で応戦し治安を護っている。
全ては順調スカリエッティが立てた案により安全が約束されレザードの手による魂の獲得により、
造られし者達は命を得て生きている、中には結婚を成し子を持つ者もいた。
スカリエッティもその一人である、ウーノと結婚し二人の子を設けている。
現在彼は人間界の倭国に移り住み、小さな医療院を立ち上げ家族四人で平和に暮らしている。
今日は休業日、家族団欒…水入らずでUNOで遊んでいた。
「ドロツー」
「ドロツー!」
「ドロツー、ウノです」
「………仕組んでない?」
二人の子のドロツーの後にウーノが赤のドロツーを出し、スカリエッティに六枚のカードが行き渡る。
そんな三人のテンポの良さに仕組まれているのではないのかと疑いの念を抱くスカリエッティ。
「まさか…どうやって仕込むんですか?」
ウーノは呆れた様子で肩を竦め、そんなやり取りが続けられていた。
存外にもスカリエッティは子煩悩であり、家事を手伝うのも屡々、時とは人を変えるものである。
変わったといえばルーテシア、かつての面影は無くなり明るく気さくな存在となっていた、人との繋がりが彼女を変えたのかもしれない。
そんなルーテシアは現在、母メガーヌ、相棒のガリューと共に建築デザインや設備設計などで生計を立てている。
だがいずれは自分の設計の下宿泊施設を立ち上げると言う野望を胸に秘めていた。
因みにセイン、ディエチ、ウェンディも従業員として滞在しており、こき使われている。
一番の悩みはセインがよくサボり、そのとばっちりが二人に掛かり減給され給料が少ない事である。
それはさておきノーヴェ、ギンガはスバルと共に一つ屋根の下で暮らしていた。
スバルはレザードの手により右腕から再構築されその時に魂を注入、記憶も一部改竄され現在は二人の末っ子として暮らしている。
現在は道場を立ち上げシューティングアーツにおける護身術を学ばしており、
三人とも綺麗どころなのか人の入りは重畳、告白される事も屡々だが、やんわり断っているようだ。
かつての仲間達は自らの役割・使命・希望を選び、この世界で暮らしている、自由気ままに誰にも縛られずに……
…それから長い年月がつき、レザードとレナスと名を変えたチンクは月の軌道ポイントにある、ゆりかごの中で暮らしていた。
世界創造後レザードはスカリエッティと共に地上におり世界を見渡し、二人で様々な案を出し合いニブルヘイムの女王にする為クアットロに輸魂の呪を教え
スバルと同時にオリヴィエを製造、その後オリヴィエはレザードの弟子となり、ゆりかご内で鍛え上げられ
輸魂の呪と共にアストラライズを学んだオリヴィエは肉体を捨てレザードと同じ存在となりレザードからアスガルドの統治者に任される事になる。
それまではレナスがアスガルドを統治していたのだが、オリヴィエと交代する事によりレザードの下に戻り一緒に暮らすようになったのである。
「レザード、お茶です」
「あぁ、ありがとうレナス」
レナスから手渡されたお茶を口にしジッと世界を見つめる。
アスガルドはオリヴィエに一任してある、彼女のカリスマ性、実力、性格であれば愚神と同じ道を歩む事はない。
だからこそユクドラシルを渡しドラゴンオーブの制御も開け渡した、それに自分に逆らう事はまず無い。
地上は平穏そのもの、時々小競り合いがあるがそれは人としての業、介入する必要はない、
第一、力で押しつければそれは過去の体制と同じそれでは意味がない。
まぁ、尤もレザードにとって過去の体制などどうでもいい話、
今必要なのは世界が安定し順調に生と死が混じり合い魂の循環が行われているという事
最早干渉は無粋、寧ろ干渉する事こそ無粋といえる。
「頃合いだな…」
「何がです?」
「旅立ちだよ」
いずれは決断しなければいけない事、全てが終わり計画も成功した以上留まる必要も…もうない。
「ではドクターに別れの挨拶でも?」
「いや…必要無いだろう」
スカリエッティはスカリエッティとして人生を全うしようとしている、無限の欲望としてでは無く…人として……
モニターに映し出されたスカリエッティの映像を目にした感想である。
…であれば一刻も早く此処を立ち去る事を決め、ベリオンに指示を送り暫くぶりにゆりかごが起動始める。
そして転送用の魔法陣が張られると最後の確認のようにスカリエッティを見つめた。
「さらばだ…我が友スカリエッティ……」
レザードはモニターを閉じマントを翻しレナスを傍らに置き奥へと歩き始める。
それと同時にゆりかごは転送され歪みの神はベルカを後にした……
此処はミッドガルドの東の島国…名は倭国、縁台にはスカリエッティが一人座り空を見上げていた。
そこに小さな少年が現れスカリエッティの手を取る。
「じいちゃん?なんで空を見上げてるの?」
「ん?それはね…私の友が去ったからだよ……」
少年は首を傾げ疑問に満ちた顔を浮かべスカリエッティはそんな顔に笑みで答え頭を撫でてやる。
すると少年は恥ずかしかったのか、はたまた嬉しかったのか顔を赤く染め上げその場を後にする。
それを見送ったスカリエッティは目線を空へと向けて小さく言葉を紡ぎ出す。
―――さらばだ…私の友レザード・ヴァレス―――
最終更新:2010年05月04日 11:04