「な、何で……!?」
「これ以上貴方ごときと付き合うつもりは毛頭ありませんので、最後にさせていただきます」

キャマラスワームが出す驚愕の言葉を、スワローテイルファンガイアは瞬時に遮る。
あっさりと言い放つのと同時に、スワローテイルファンガイアは得物を持つ腕を上げ、勢いよく刀身を振り下ろす。
キャマラスワームは咄嗟に右腕を掲げてそれを受け止めようとするが、硬質感の溢れる殻は刃と接触した途端、乾いた音と共に火花を飛び散らせながら呆気なく破壊されてしまった。
雷光が轟いたような衝撃に耐えきることが出来ず、悲鳴と共にキャマラスワームは反射的に右手を押さえながら後ずさってしまう。
紫に彩られた殻の破片が床に散らばっていく中、キャマラスワームの身体は徐々に形質を変化させていく。
瞬き一つの時間が経つと、それはすぐに元の姿であるドゥーエのそれへと戻ってしまう。多大なダメージによって、変身を維持できなくなってしまったのだ。
腕から血を流すドゥーエが地面に膝を付ける姿に、まるで見下しているかのような視線をスワローテイルファンガイアは突きつけている。
そのまま続くように、スワローテイルファンガイアはステンドグラスの如く鮮やかな色合いを持つ剣を、ドゥーエの首を目掛けて横に薙ぎ払う。
空気を裂くような音と共に鋭利な刃物と接触したことで、金属は皮膚に食い込む。遠心力によって加速した刃は肉に沈み込み、身体を構成している金属を次々と斬り裂き、そこから首は瞬時に切断された。
胴体と分断された頭部は、切断面から夥しいほどの血液を噴出させ、勢いよく宙を舞っていく。
遠心力によってドゥーエの視界が延々と回転していき、目線は徐々に低くなる。
思考をする暇もなく頭部に衝撃が走るのと同時に、眼界の円転は唐突に終わりを迎えた。
ドゥーエの目前に存在するのは、首より噴水の如く血が噴出される胸元に『Ⅱ』の刻印が書かれた、紫色のフィットスーツを身に纏う頭を失った身体。
それが意味することを考えようとした途端、目前が鮮血の如く赤色で覆われていく。
鉄のような生臭さが嗅覚を刺激するのと同時に、頭部と分断されたドゥーエの身体は僅かに蹌踉めき、重力に引かれるようにその場へ倒れる。
肉塊と成り下がった胴体の倒れる音が鼓膜に響くと、ドゥーエの意識は唐突に奈落へと沈んでいき、二度と浮き上がれなくなった。
延々と流れる血潮は空気中の酸素に触れたことによって黒さを増していき、まるで水溜まりを作るかのように広がっていく。
床から漂うその臭いは、人間のように脆弱な生物が嗅げば瞬時に噎せ返るほど刺激の強い物だったが、強靱な種族に分類されるスワローテイルファンガイアは眉一つとして動かさない。
心中にあるのは、侮蔑の感情のみ。

「下等な人形の分際で、我らに迫る力を手に入れようとは愚かな……」

もう何も答えることが出来ない戦闘機人を蔑むように、スワローテイルファンガイアが冷たく呟く。
それを終えると、彼の身体は蠢くような音を立てながら表面を変質させ、仮初めの姿である墨染めの法服に身を包んだ長身痩躯の男の物へと姿を変えた。
ビショップは内ポケットより取り出した眼鏡をかけると、ゆっくりとその足を動かし、未だに輝きを放つジュエルシードを手に取る。
途中、ドゥーエの成れの果てより流れ出た血液が踵を汚すが、大して気に止めなかった。
まじまじとジュエルシードを見つめていると、鉄を踏みしめるような乾いた音が背後から響き渡り、ビショップの聴覚を刺激する。
振り向くと、濃い闇の中から純白の衣類に身を包んだ一人の青年が姿を現した。

「おや、ちょうど終わったところですか」

目の前より現れた漆黒とは対極の色で身体を覆う青年を、ビショップは知っている。
仮面ライダーレイの資格者、白峰天斗。彼もまた、ビショップと同じように戦闘機人を相手に自らの力を計るため、このアルハザードへと訪れた。

「どうでしたか? 新型のクロックダウン・フィールドの効果は」
「上出来でしたね、この出来損ないの人形を止められたのですから」

氷のように冷たい瞳で、頸部の位置より頭と身体が分断されたドゥーエを見下ろす。
流れる血の勢いは既に止まっていて、瞼が開いた状態で筋肉が硬直した顔面は、自らが流した鮮血の色で染まりきっていた。
血液特有の生臭い匂いで部屋は覆われていたが、何事もないかのように平然とした表情で白峰は口を開く。

「ジュエルシードを動力とし、魔力を利用してタキオン粒子の流れを食い止める……実に素晴らしいですね」
「ええ、けれども今はまだ未完成の段階です」
「未完成?」

ビショップの言葉を白峰は、訝しげな表情で鸚鵡返しをする。

「ジュエルシード自体の力があまりにも強すぎるので、現在の段階では暴発の危険がありましてね。まだ力を長時間発動できないのですよ」
「成る程、確かこれは世界を滅ぼせるほどの魔力が込められていたのでしたっけ?」
「その通り……恐らくはサガの鎧、あるいは闇のキバに匹敵するほどと思われますね」
「あれにですか。実にそれは興味深い………」

青い輝きを持つロストロギアを見つめながら、さも感心したかのように白峰は言う。
しかしその言葉とは裏腹に、その感情は大して動いていなかった。
ふと、彼は突然思い出したかのように視線をコンソールに移し、手を伸ばす。
その指を使って、パネルを叩いた。直後、コンピューターの機能が働き、目前にモニター画面が出現する。
そこには、施設内の暗い通路を駆け抜けているキックホッパーの姿が映し出されていた。
傍らのモニターには、人気の見られない部屋が見える。その空間は多種多様の機械で埋まっており、中心に位置する場所には鉄で作られた丸い形の台が置かれていた。
直径二メートルに達すると思われる鋼鉄の上に、一人の少年が大の字の体勢で四肢を拘束され、瞼を閉じている。
赤く染まった髪の毛が特徴的な彼の名を、白峰は知っていた。ザビーの名を持つマスクドライダーの資格者、エリオ・モンディアル。
二人の位置する場所を見比べてみると、距離はそれほど遠くない。

「それで、貴方はその人間どもをどうするつもりで?」
「あれに関してですが、このまま泳がせてみようと思いまして」

声を聞いてビショップの方に顔を振り向いた白峰は、得意げに答える。

「一体また、どのような意図で?」
「いや、僕の単なる観察ですよ。旧式のマスクドライダーがどれほど生き残れるのか……それだけですね」

ビショップは淡々とした声を出すのに対し、白峰は笑みを浮かべながら唇を動かし続ける。
その言葉を深く詮索しても意味がないと考えたのか、ビショップは何も言わない。
やがて彼は遺体となったドゥーエの方に視線を移すと、ゆっくりとその左腕を向ける。
直後、血に濡れた床の上に金色に輝く魔法陣が展開された。それはミッドチルダで生み出された魔法の一種、転送魔法の陣。
横たわるドゥーエの身体は魔法陣より生ずる光に飲み込まれていき、一瞬でその全身が掻き消えていった。


「これで、私の役目も終わりですね」
「はいはいは~い、皆さんお疲れ様でした~!」

ビショップの微かな呟きを遮るかのように、突如として甲高い猫撫で声が闇の中から響く。
それに反応するように白峰とビショップが振り向くと、銀と青色を基調としたスーツに身を包み、首からは空色の水晶が下げている女が一人立っていた。
彼女は部屋に現れた途端、何かに気付いたようにハッとした表情を浮かべる。

「あれれ、もしかしてあたしが急に現れたから二人とも驚いちゃった?」
「いえ、そのようなことはありませんが」
「やっぱり? だったら良いけどね」

特徴と呼べるような青い色合いを持つ鮮やかなショートヘアーを僅かに揺らし、緑色の混ざった瞳を白峰とビショップの二人に向けながら、彼女は機嫌良く言う。
一見すると、それには暖かさが込められているように錯覚させるが、内面には一面たりともそのような物は存在しない。
突如として目の前に現れた白々しい笑顔を浮かべる女の正体を、ビショップは知っていた。
先程始末したドゥーエと同じ戦闘機人のプロトタイプ、ゼロセカンドに擬態して時空管理局を探っているワーム。

「いやいや~あたしもお二人さんみたいに鉄屑を相手に実力テストしてみたんだけど、すんごい楽しかったよ! ねぇ、マッハキャリバー」
『Yes! My Master』

マッハキャリバーの本体が微かに点滅されていき、自らの意志を示す電子音声が発せられていく。
それはミッドチルダに存在する技術の結晶であるデバイスの意思疎通の手段だった。
水晶を思わせるような透き通った輝きを放つマッハキャリバーに対し、まるで新しい玩具を買い与えられた子どもを思わせるような満面の笑みをゼロセカンドは浮かべている。
彼女は機嫌を良さそうにふふん、と鼻を鳴らし、マッハキャリバーを留めるための紐に手を付けた。
さも愉快な様子で笑っている彼女を見て、ビショップは口を開く。

「その様子では、そのインテリジェントデバイスの使い心地は貴方のお気に召す物だったようですね」
「そりゃあ勿論! この子、予想してたより結構使えたし~」
『I am honored to praise!』

マッハキャリバーは自らの気持ちを主に伝える為、音声と微かな光を発する。
その反応に気を良くすると、ゼロセカンドはビショップと白峰の方へ顔を向けた。

「そういやビショップ、ダークカブトは今どうなってるの?」
「それでしたら、少々お待ちください」

ゼロセカンドの言葉に応えるのと同時にビショップは左腕に自らの力を流す。
数秒の時間が経つと、虚空より黒い取っ手が付いた鋼鉄製のアタッシュケースが現れ、それを掴む。
彼は金属特有の輝きを放つ箱をすぐ側にある机の上に置き、金具を外す。
そこに納められていたのは、銀に彩られた無骨なベルト一本のみだった。ライダーベルトの名を持つそれは、ダークカブトゼクターを使用するために必要なツール。
ベルトをゼロセカンドに見せつけるように、ビショップはケースを抱える。
その直後、闇の中から虫の羽根が羽ばたくような音が鳴り響き、一陣の風が軌道を描きながらゼロセカンドの前を過ぎていく。
彼女は事態の把握する為、音が聞こえる方向に目を向ける。見ると、そこには辺りの暗闇に同調するほどの黒と、背部に塗られた微かな赤の二色で彩られたカブト虫が宙を浮いていた。

「ダークカブトゼクター……!」

機械で出来たようなその昆虫の正体を知っているゼロセカンドは、無意識の内に名前を呼ぶ。
その両眼は見開かれていたが、如何なる感情が働いてそうなったのかは彼女自身理解していない。
それはかつて、ネイティブが自分達ワームに対抗するために作り出したマスクドライダーシステムの試作品、ダークカブトに変身するためのゼクター。

「ダークカブトは貴方を待っていました」

まるでゼロセカンドに言い聞かせるかのように、ビショップは呟く。
目の前で漂い続けているダークカブトゼクターを、彼女は只見つめていた。
只一本だけ伸びている角は、まるで鋭利な刃物のように見える。

「お取り下さい」

感情の感じられないビショップの声を聞き、言われるままゼロセカンドは右腕を伸ばす。
その白い指がダークカブトゼクターに触れようとした瞬間だった。只跳んでいただけに見えるその機械は、自らの意志で彼女の掌へと収まっていく。
ゼロセカンドは反射的にそれを握ると、滑らかで丸い感触と軽さを同時に感じる。
直後、ダークカブトゼクターの中央に搭載された心臓部が、眩いほどの輝きと凄まじい波動を放つ。
セブンダイヤルの名を持つ動力源より発せられる光は、まるで血の色を思わせるほど紅かった。
ダークカブトゼクターより止めどなく溢れてくる暴風のような波によって、この場にいる三人の服は強く棚引き、部屋に置かれている機械が次々と破壊されていく。
それによって大量の火花が飛び散っていくが、誰も気に止めない。
ゼロセカンドは、ダークカブトゼクターの内部に込められている圧倒的な力を感じていた。
これは世界を破滅させられる力。これさえあれば、全てを破壊することが出来る。
そして、別世界にいる本物を破滅へと追いやることが出来る。
力の意味に気付いた途端、彼女は再び笑みを浮かべた。その瞳からは永久表土の如く冷たさと、剃刀を思わせるような鋭さを放っている。
ダークカブトゼクターはゼロセカンドの手中で、新たなる主を見定めながら考えていた。
数年前に、マスクドライダー計画のプロトタイプとして生み出された自分。
それからまもなくネイティブの手によって拉致され、望まずして人の身体を失ってしまった亡き主。
当時自分は、自身の兄弟機であるカブトの資格者と酷似した外見を纏わされた彼と共に、炎の中で果てた筈だった。
だが気が付くと、目の前に眩い程の輝きが飛び込んできて、何者かが自分の身体を弄くり回し、新たなる機能を付加したのだ。
正直、余計なことをしてくれたと憤慨した。あのまま紅蓮の中で果てていれば、自分はようやく解放される筈だったのに。
とはいえ、今は自分の新たなる主となる存在が目の前にいる。前の主人に情がないわけではないが、いない者のことを考えても仕方がない。
不意に、身体の奥底から力が溢れ出てくることを感じる。どうやらこの者は只のワームではなく、何らかの肉体改造を受けているようだ。
もしやそれが自分と共鳴を起こして、このような現象が起きているのか。
ならば彼女に力を貸し、道を共に歩んでみよう。
ゼロセカンドとダークカブトゼクターは互いに目を合わせながら、自身に更なる力が沸き上がっていくことを感じている。
そして、この者こそが自分と共にいるに相応しい。
彼らの間に言葉など無くともその感情が伝わっていた。
互いに視線を合わせていたが、その最中に脇のモニター画面が展開されたことにより、ゼロセカンドは目をそちらに向ける。
ビショップと白峰も同じ場所に視線を移す。そこには、喪服を思わせるような墨染めの衣装に身を包んだ女の姿が映し出されていた。

『お前達、戦闘テストは済んだようだな』

突き刺さるような鋭い声で、彼女は口を開く。
その正体は間宮麗奈の名を持つ人間に擬態したワームであることを、この場にいる全員が知っていた。
間宮の顔が映し出されたモニターに向けて、ゼロセカンドはダークカブトゼクターを握る手を離し、軽い笑みを浮かべる。

「そりゃあ勿論、鉄屑はみんなそっちに送りましたからね」
『確かに、そちらにいたナンバーズの残骸は全てこちらに届いている』

感情の感じられない言葉を出す間宮は、モニター越しで目線を軽く動かす。
彼女は今、宙を漂うダークカブトゼクターに関心が向かっていた。

『どうやら、ダークカブトは貴様を選んだようだな』
「ごらんの通り、この子はあたしが気に入ったみたいで」
『ならば早急に帰還しろ、お前達には別の指令が待っている』

その一言を終えると、間宮の顔が写っていたモニター画面は瞬時に閉じていく。
残っているのは、闇に覆われた鉄で造られた道の中を走るキックホッパーと、冷たい金属で四肢を縛られているエリオの姿が映し出された画面だけだった。
ゼロセカンドは二つの画面を見比べながら怪訝の表情を浮かべる。

「それで、あれはどうするの? 何ならあたしが殺りに行っても良いけど」
「いえ、キックホッパーに関しては僕に任せていただきたいのですが」

ゼロセカンドの提案に対して、白峰が答える。

「あれを使って少々やってみたいことがありまして。何、只の暇潰しですよ」
「ふ~ん、まあどうだっていいけどね」

ダークカブトゼクターが傍らで羽根を羽ばたかせている中、ゼロセカンドは口を動かす。

「何か次のお仕事が待ってるみたいだし、あたしはこの辺でさよならするわ」

その一言を終えると、彼女は背を向けながら右手を軽く挙げる。
そして粘るほどの濃さを持つ周囲の暗闇に向かって、足を進めていく。
新たなる主人の跡を付くかのように、ダークカブトゼクターも音を立てて羽根を動かしながら、闇の中へと消えていった。
ビショップと白峰はその後ろ姿を見送ると、光を放っているモニター画面に再度目を向ける。
モニターを見ると、キックホッパーはたった一人で未だに闇が包まれた廊下の中で足を進めていた。
ビショップはその様子を見ながら、口を開く。

「白峰、キックホッパーは貴方に任せてもよろしいのですね?」
「無論ですとも」
「それでは、良い結果を期待してますよ………」

一切の熱が感じられない声でビショップが白峰に言う。
それを終えると、彼は踵を返しながら機械から発せられた光に灯されている部屋から去っていく。
ビショップの背中が闇の中に溶けていく様子を見守ると、白峰もまた足を進める。
部屋の中に残っていたのは、施設の様子を映し続けているモニター画面と、それが放っている熱と輝きだけだった。

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最終更新:2010年05月18日 22:31