「リンカーコア?」
保護されて3日後、特にする事も無くのんびりしていたジルグは
はやてからの呼び出しで管理局内のオフィスに赴いていた。
「そや」というはやてを見ながら、
ジルグはこの3日間の中で得た知識からその単語を思い出していた。
「確かこの世界で言うところの『魔術師になるための素質』だったか?」
「お、知っとるん?」
「部屋に置いてあった雑誌に宣伝が載っていたな、
身体検査の結果、それが俺にあったということか」
「話が早くて助かるわ~、というわけでジルグさん管理局の魔術師になる気あらへん?」
「また急な話だな」
ミッドチルダにおいて、魔術師になるには前提としてリンカーコアが無ければいけない。
その段階で大半の人間は振るい落とされてしまう。
必然的に管理局は慢性的な人材不足なのだという。
ジルグにとって自分にその素質があるというのは特に不思議な事だとは思わない。
『魔法』を使える人間などいないが、魔力があることが前提の世界で生き、戦ってきたのだ。
管理局がクルゾン大陸を見つけたら人材不足も解決だろうな
などとどうでもいいことを考えつつ、はやての言葉を反芻する。
『管理局の魔術師になる』
好意的に考えればアテの無い異世界において管理局と言う巨大な組織の構成員として
身分を保証されることになる。
悪く言えば何も知らない世界で危険な仕事に従事させられ
場合によっては命の危険に晒される。
「ジルグさんは元の世界で兵士やったんやろ?
あっちとこっちじゃ戦い方なんかは違うと思うけど
実戦経験者って事で高待遇でお迎えするで?
あ、当然こっちの戦い方なんかはレクチャーするし
それ以前にジルグさんがよければ、の話なんやけど」
はやてが得体の知れない異世界人であるジルグに対して
こうも性急な勧誘に出たのには理由がある。
はやては現在、本局からある程度独立した権限を持ち
古代遺物の管理や危機管理を独自で行う自前の部隊として
新設部隊である機動六課を設立するための根回しや工作に奔走していた。
親友であるなのはやフェイトは協力を約束してくれているし
自分を守ってくれているヴォルケンリッターは当然はやてに賛同の意を示してくれている。
だが有能な人材は多ければ多いほうがいい、
だが、若くしてこの身分に上り詰めたはやては管理局内に敵が多い。
その最たる人が首都防衛隊代表で、事実上の地上本部トップであるレジアス・ゲイズ中将である。
特に多くの魔術師を抱える陸士部隊はレジアス派の人間が多く
そこから人材を引き抜くのは容易ではない。
そもそも引き抜いたと思ったら埋服の毒でした、なんてオチもありうる。
となると、必然的に本局に入局してくる才能のある新人や
レジアスの息がかかっていない人材を出来るだけ確保する必要性があった。
そしてはやてが大至急ジルグを呼び寄せたのは
身体検査で計測されたジルグのリンカーコアの数値にあった。
『魔力ランクA+相当』
これは管理局のエース陣に匹敵する数値である。
当然魔力があっても戦闘の経験が無ければ宝の持ち腐れではあるが
ジルグの場合は元軍人(本人談)であり、
ある程度の訓練さえ積めば即戦力として期待できるのではないか
とはやてが考えたのも無理からぬ話である。
そして彼はどういうわけか元の世界に未練が無いらしい。
どこかに所属しているわけでもない異邦人であり
幸いにも保護したのは自分たちである。
取り込めれば将来設立した自部隊の有力な戦力になり得る。
そう都合よく考えていたはやてだったが
「断る」
盛大にズッコけるはやて。
「え~~~~なんで!?
あ、ひょっとして戦うのにはもう嫌気が差してるとか
なんか恋人と敵同士になったりみたいな悲しい記憶があったりするとか?
そんならしゃーないけど…」
「勘違いするな、やらないと言ってるわけじゃない
まだ俺にとってはこの世界の情報が足りない。
結論を下すのは判断材料を揃えてからだ」
まぁ面白そうな話ではあるがな。
と言い残し、去っていくジルグを恨めしそうに見送った後
はぁ~っとはやては息をついた。
「食えん人やなぁ…まぁその方が落とし甲斐があるけどな」
人に聞かれたら勘違いされるような事を呟き。
仕方なくはやては執務に戻った。
そして数日後、結果としてジルグは管理局への入局を目指すことにした。
ただ本人にとっては深い理由があるわけではない。
せいぜいが「面白そう」「楽しめそう」程度の認識である。
元の世界において『クリシュナの双璧の後継者』として
生まれた時から常にそのプレッシャーに晒されていたジルグからすれば
大層な肩書き抜きで実力を試されるという状況に魅力を感じたともいえる。
ましてこの世界は調べれば調べるほど、自分の世界では有り得ない現象や事柄に満ちている。
全てに飽きていた彼にとってこれほど興味をそそられることは
久しくなかったと言っても過言ではなかった。
いや、この世界に来る前
あの、能無しライガット・アローと古代ゴゥレム『デルフィング』
彼はジルグにとって非常に興味をそそられる対象であり。
それは最終的にジルグにとってライガットとの対決時に突きつけられた約束を通し
初めて自分と対等な「友」とも呼べる存在になる可能性があった。
その約束はボルキュスが自分に放った凶弾によって砕け散ることになったのだが…
はやてにそれを伝えた時
拍子抜けしたような顔から小躍りしそうな顔に変わる様を見て
同じ女でもあの王妃様とは大違いだな、と言う感想を抱いたとか抱かなかったとか…
ともかく入局を目指す事を決めたジルグであったが
まずは魔術師としての基礎訓練から始めなければならない。
いくらリンカーコアの持ち主と言えど
管理局は「入局します」と言って入れる場所ではない。
だからといって訓練学校などに入れていては時間が掛かりすぎる。
そこではやてがジルグを預ける事にしたのはゲンヤ・ナカジマ率いる陸士108部隊であった。
彼の部隊はレジアスの影響が強い陸士部隊に属するが
ゲンヤとはやては個人的な付き合いもあり
基礎的な訓練を受けさせるにはもってこいの場所と言えた。
魔術師は基本的に空士か陸士かを適正によって分けられる。
陸士に比べて空士は適性能力者が少ないため希少な存在とされているが
ジルグの場合、それ以前にこの世界での戦い方を教導する必要がある。
これまで彼は魔導巨兵『ゴゥレム』に搭乗して戦ってきたが
この世界ではデバイスを用いて生身で戦わなければならない。
というわけではやてはジルグを連れ、ゲンヤの部隊にやってきた。
ゲンヤの部屋に通されたはやて達だったが
「あれ? ゲンヤさんおらんやん」
「もう…お父さんたらどこ行っちゃったのよ」
ちなみに二人を案内しているのはゲンヤの娘、
青い長髪から一見お淑やかな外見を持つギンガ・ナカジマである。
外見からは想像もできない実力者であり、実質陸士108部隊のエースであった。
「ごめん、もうちょっと待っててくれる?」
「まぁそんな大急ぎの用ってわけでもないから別にええよ」
「ところでジルグさん…だっけ?
お話を聞く限りだとゴゥレムってロボットで戦ってたらしいけど
さっきの説明を聞く限りだと操縦って言うより
乗ってる人の感覚で動かす、って感じになるのかしら?」
「ああ、大体そんな感じであっている」
ゴゥレムは石英によって作られた巨人であり
搭乗者が乗り込んで稼動させる。
一般的に想像されるロボットと違うのは
レバーやペダルを用いて操縦するのではなく
搭乗者の魔力を伝えることで、感覚によってゴゥレムの動きに反映させること。
燃料にあたるのは推進剤やロケット燃料やましてや勇気でも無く、
やはり搭乗者の魔力である。
ゴゥレムは石英靭帯と呼ばれる加工された石英を制御することにより稼動し
手足を動かし銃器にあたるプレスガンを発射させる。
魔力が大きければより多くの石英靭帯を動かすことが出来、
同じ性能のゴゥレムならより機敏な動きや大きな膂力を得られ
高性能なプレスガンを使うことが出来る。
ただ魔力が大きくとも、それをゴゥレムの動きに反映させるセンスがなければ意味が無い。
たとえば格闘技の場合、いくら力やスピードがあっても
それを戦闘に生かすことが出来なければ宝の持ち腐れなのである。
銃器であるプレスガンにしても
魔力が大きければ大口径や長射程のプレスガンを使うことが出来るが
当てる腕が無ければ実際の戦闘の役には立たない。
逆にいえばいくら高性能なゴゥレムや武器だとしても
魔力が少なかったりうまく扱えなければ無用の長物になってしまう。
ジルグの世界でどこぞの御曹司が搭乗していた『至高のゴゥレム』アキレウスなど
その最たる例と言えよう。
ジルグはゴゥレムに関する基本的知識を二人に語り終わると
「これがゴゥレムの基本的な運用法だが、参考くらいにはなったか?」
と二人の背後に向かって声を投げる。
「気づいてるなら声くらい掛けてくれよ」
と笑いながら登場したのは
「お父さん!いったいどこ行ってたのよ!」
陸士108部隊を束ねる、ゲンヤ・ナカジマその人であった。
「うんこだうんこ」
あまりにあまりなストレートな下ネタにギンガが絶句するのをよそに
ゲンヤはジルグに声をかける。
「よぉ、おまえさんがはやての言ってた漂流者の兄ちゃんか」
「ジルグだ」
「この部隊を預かってるゲンヤ・ナカジマだ、ゲンヤでいいぜ
それにしてもおまえさん結構男前だな、どうだ?ギンガの婿にでもならねぇか?」
「ちょっとお父さん!!」
耳まで真っ赤にしてギンガが怒鳴る。
「冗談だ冗談。そんなに怒んなよ
それともあれか、ひょっとしてタイプだったか?」
ギンガをからかうゲンヤと置いてけぼりな二人。
「え~とゲンヤさん、とりあえずさっきの話は聞いてたっちゅうことでええんかな?」
「ああ、大体な。それにしてもジルグよ、おまえさん本当に戦闘要員だったのか?」
「なぜそう思う?」
「えらくやさしそうな顔だからな、殺し合いをやってた男の顔には見えんぜ」
「顔で戦闘経験を判断されるとは思わなかった」
「おいおいそこは怒るところじゃねぇか?
ま、確かに顔で判断すると痛い目にあうってのはギンガなんかを見りゃ…
アデデデデ! こらギンガ! 耳を捻るな! 千切れる!」
「千切るのは口のほうが良いかしら」
と満面の笑みでゲンヤの耳を引っ張るギンガ。
目が笑ってない。
「うちで預かる分にはかまわんが、本当に入局する気か?」
ゲンヤはジルグに尋ねる。
「なぜだ?」
「なんだかんだで危険な仕事だぜ?
戦争やってたおまえさんからすればたいしたこと無いかもしれんが
別の世界に来てまでゴタゴタに首突っ込むってのはわからんなぁ」
「面白そうだからな」
涼しい顔を崩さないジルグに対してしかめっ面を作るゲンヤ。
「まぁ、おまえさんが良いなら俺がどうこう言う事じゃねぇしな」
そう言ってはやてに向き直る。
「じゃあしばらくはうちで預かるぜ。何かあったら連絡するって事で良いな?」
「おおきに。ほんならジルグさん、ゲンヤさんに迷惑かけんといてな」
どの口が言うのか……と思いながらも返事は返した。
まぁ腫れ物扱いされるよりはこの方がいい。
「了解、努力する」
かくしてジルグの陸士108部隊での生活が始まったのであった。
最終更新:2010年09月03日 20:17