建物に入ったゲンヤとギンガは
そこで二人の魔人の魔の手からあっさり逃れた赤毛長髪眼鏡の青年を発見する。
「どこに隠れてた?」
応えずに笑うジルグ。
「あんまりあの二人から逃げ続けてると後が怖いですよ?」
「そうか、覚えておく」
表情を崩さずに応えてさっさと宿舎に向かおうとするジルグに
ギンガがはやてからもらったお土産のクッキーを渡す。
「ちょっと待ってください。はい、これはやてさんがお土産で持ってきたクッキーですよ
今度会ったらちゃんとお礼を言っておいて下さいね?」
「ああ」
クッキーを受け取り、今度こそ宿舎に消えるジルグ。

実は初対面の際、ゲンヤが「自分達の家に住むか?」という提案をしたのだが
「実の娘を貞操の危機に晒す父親がいるんだな」
とおどけるように言ったジルグにギンガがムキになって反応し
ジルグは当初の思惑通り部隊内の個人部屋を得ていたのだった。
「さて、試験は一ヵ月後……か」
部屋に戻り、参考書のテキストを手にするジルグ。
ギンガ個人から借りたり部隊に置いてあるものを借りてきたそれらの中には
明らかにBランク試験とは関係のないものも混じっている。
この数日で数冊の筆記試験用テキストに目を通したジルグだが
筆記の試験に関してはすでに1ヶ月中に合格圏内に入れる目処はついている。
むしろその後必要になるであろう、この世界を構築している歴史
生活観や地理、さらには戦術書やデバイスの専門書など
あらゆるジャンルの知識を取り入れる事に行動をシフトさせていた。

たとえ管理局員になったとしても、所詮彼は何のバックホーンも持たない異邦人である。
何かしらの事態が起こって万が一管理局と敵対する事になった場合や
管理局内において”自分が好き勝手をやる”為にも
まずは知識が必要である。

八神はやての思惑について、ゲンヤやギンガの言動や自分の扱われ方から
おおよの察しはついている。
彼女は若くしてその努力と実力、個人の持ち得る力としては最高の人脈によって
現在の地位を得ている。

だが、どこの世界でも既得の権力を持つものは新興勢力の台頭を喜ばないものだ。
はやての場合も例に漏れず、地上本部との確執が周知の事実となっている。
そして彼女が独立した権限を持つ新設課を作ろうとしていることも
局内においては既に公然の秘密のようなものであった。
対立者との波風を抑えつつ自前の戦力の拡大を図っているならば
自分は格好の獲物である。

彼の立場は事実上、八神はやての手によって握られているも同然だ。
預けられている場所こそ陸士部隊だが
ここは数ある陸士部隊の中でも異端の部類に入り
レジアス中将の影響を受けにくい。
自分の魔力ランクがどの程度なのか、まだ知らされてはいないが
あれだけ性急な勧誘とデバイス起動時の周囲の反応を見れば
ある程度高レベルのランクである事は言われなくてもわかる。

時空震の関係者として施設に収監されていた可能性もあるが
(もちろんジルグからすればそのようなことに関わった記憶も事実もない)
レジアス側からの接触が無いのは
魔力ランクがはやてやその関係者によって隠蔽されている。
もしくはレジアス側の勢力からすればジルグは
”箸にも棒にもかからない存在”と見なされているからだろう。
最終的にどちらにつくにせよ、いずれは自分の力を示す必要はある。
だが……
「まずは試験、か。まるで学生だな」
そう呟き、ジルグはテキストのページを捲り始めた。

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最終更新:2010年07月31日 21:30