第5章「動き出す物語」





 ここは闇の中。
 その中で眠る男が一人いた。
「・・・」
 死んだはずの男。
 主を崇め、師を殺し、師の息子と戦い、敗北した戦士。
 四駿の一人で、アイクの考えられる限り最強の男。
「私は・・・」
 男が呟く。
「私は・・・どうしたら・・・」
 彼の目は虚ろで救いを求めていた。
 救い、すなわち「死」のことである。
「彼に・・・もう一度・・・」
 そういって彼は鎧を着て、剣を握り闇の中から抜け出した。



  ミッドチルダ上空:ヘリ内

「今回は、護衛の任務や。これまで謎やったガジェットの襲撃とレリックの回収。現状ではこの、「ジェイル・スカリエッティ」が犯人と睨んどる。」
 モニターが浮かび上がり、顔写真が目に入ってくる。
 20台半ばか・・・とアイクが想像する。
「基本は、この人は私達が捜索をするけど、念のためにおさらいね。」
 フェイトが補足を付け足した。
 なるほど、確かにこの顔なら世間一般のどこにでもいそうなため、ちゃんとした顔を知っておかないとどこかで取り逃がしてしまうかもしれない。
 だが、今回の任務はあくまで『護衛』だ。
 そう思った瞬間、突然、声が聞こえた。
「それで、今日向かうのはここ、ホテル・アグスタ!」
 よく探すと、その声はモニターの近くから出ていた。モニターに目を向けると、ちっこい何かがいる。
 ……小さい女の子らしきものがフワフワ浮いていた。 
 だが、それに驚いている暇もない。
「骨董美術品の会場警護と、人員警護。それが今日のお仕事ね。」
 なのはが切り出す。
 つまりは、会場内、その周辺、そこにかかわる人員に危害が加わらないようにせよ、ということだ。
「出品許可の出されているロスト・ロギア。その反応をレリックと誤認したガジェットが来る可能性が高いので、警備に呼ばれたです!」
 甲高い声でしゃべるちっこいの。
 そろそろ訪ねてもいいだろうか、口を開きかけたアイクだったが、言葉を発することはなかった。 
 代わりにセネリオがたずねたからだ。
「突然ですみませんが、そこの方は・・・?」
 みんなの視線がちっこいのに向けられる。
「あっ!!すみません、自己紹介が遅れたです。私の名前はリインフォースⅡ。主に、サポートやユニゾンがとくいです!!」
「俺はアイク。よろしくな。」
「僕はセネリオ。以後、お見知りおきを。」
 それっきり自己紹介は終わったようだ。
 その愛想のなさにさすがに驚いて、リインフォースがなのはにたずねた。
「あのぅ・・・この二人怒ってるんですか?」
「ううん、これがこの二人の普通だよ。あまり気にしないでいいよ、リイン。」
 そうはいっても、まだ少ししょんぼりしていたリインフォースであった。


  ミッドチルダ:ホテル・アグスタ


 そこにはすでに長蛇の列が出来上がっていた。
 受付の係員もなかなか忙しそうだ。
「さ、いくで。」
 そういうはやてはドレス姿だった。
 はやてだけではなく、なのはやフェイトまでドレス姿だった。
 美しい、とは思うものの、もともとアイクには「美」という言葉は存在しない。
 だから、アイクにとってはそれはただ「美しい」だけで、それ以外の何者でもなかった。
 ただ、着替えている間はそこらへんを徘徊して時間をつぶす必要があったから、面倒といえば面倒だったが。
「長い・・・」
 ポツリとアイクが呟く。
 無理もない。列はホテルの外まで続いており、目の前にはザと30人は並んでいるだろうか。
 というか、それ以前に聞きたいことがアイクにはあった。
「俺の服だが、本当にこれでいいのか?」
 そういうアイクの格好は赤いぼろぼろのマントに、使い込まれたバンダナ、そして、軽い鎧のような物。
 いかにもこんなぼろぼろの服装で入るのはいただけない。
 セネリオは白く、美しいマントを羽織っていたのでそれなりにセレブっぽく見えたが、アイクはどう考えても無理だ。
「ならば、アイク。僕はなのはさんたちと一緒に護衛に当たるので、アイクはシグナムさんたちと一緒に外の警護に当たってください。」
 確かに、それが一番いい策だろう。
 そもそも、こんなたいそうなホテルの中にラグネルを持ち込むとえらいことになりかねない。
「わかった。そうしよう。」
 承諾したアイクは列から去っていく。
 そしてそのままどこかへと消え去った。



   とある森の中。
 フードをかぶった男性と小さな女の子が手をつないでいる。
 その様子は傍から見れば親子だ。
 だが、この二人はそんな生易しい関係ではなかった。
「あそこか・・・」
 男性が呟く。
「お前の探しているものは、ここにはないのだろう?」
 その言葉に少女はゆっくりとうなずく。
「何か気になるのか?」
 そういったとき、一匹の虫が少女の指に止まった。
 虫が体をくねらせて少女に何かを伝えようとしている。
「ドクターのおもちゃが、近づいてきてるって・・・」


 シャマルが屋上でガジェットの反応を確認した。
「シャーリー!」
 通信でそう呼びかける。
「ガジェットドローン陸戦Ⅰ型、機影35!」
「陸戦Ⅲ型、4機!」
 シャーリーの左右にいるオペレーターがガジェットたちの反応をすぐさま感知する。
 当然、その情報はシグナム達にも届いていた。
「エリオ、キャロ、アイク。お前達は上に上がれ。ティアナの指揮で上で防衛ラインを設置する。」
 シグナムが指示を出す。反論する場所がないのでアイクはエリオたちと一緒に返事をする。
「ザフィーラは私と迎撃に出るぞ。」
「心得た。」
 ……犬がしゃべった。まあ、ちっこい人間がしゃべったのでそんなに驚くこともなかったが。
 最初はてっきり、エリオたちのペットかと思っていたアイクだった。
 エリオたちもザフィーラがしゃべれたことに驚きを示していた。
 だが、驚いている暇はない。
 すぐに上へ向かうため走り出した。
 シャマルがティアナへモニターを送り、バリアジャケットへ着替えた後、シグナムとヴィータに通信を行った。
(シャマル、スターズⅡとライトニングⅡ、出るぞ!)
 その言葉を聞いたモニタールームのシャーリーとオペレーターたちはグラーフアイゼンとレヴァンティンのロック解除を行う。
 二人はバリアジャケットに着替えた後、そら高く飛び去り、ガジェットの迎撃に向かった。


 一方、なのはたちの方では・・・
(フェイトちゃん、主催者さんは何だって?)
(中止は困るから、開始を少し延ばして様子を見るって。)
(そう・・・)
 だが、なのはは危険、というか嫌な予感がしてならなかった。


「ヴィータ。私がでかいのを叩く。細かいのを頼む。」
「わかったよ。」
 それだけで、この二人には十分だった。
 ヴィータが8個ほどの魔力で作られた球体を作り出す。
「まとめて・・・ぶっ潰せぇぇぇぇっ!!!」
 魔力で出来た弾をグラーフアイゼンで叩き、確実にガジェットに当てていく。
 同じくシグナムも――――
「紫電、一閃!!」
 炎をまとったレヴァンティンで大型を確実に切り裂く。
 ザフィーラもバリアを展開しつつ、地面や壁から魔力で作り出した棘のようなものでガジェットを次々撃破していった。


 その様子を高いところから見下ろす人物が二人。どうやら通信を行っているようだった。
 通信相手は、ジェイル・スカリエッティ。
「何の様だ。」
 男のほうは実にそっけない態度を示す。
 対して――
「ごきげんよう、ドクター。」
 少女のほうは丁寧に挨拶をした。
「つれないねぇ、騎士ゼスト。あのホテルにレリックがない様なんだ。が、実験材料として興味深い骨董が一つある。少し協力してくれないか?」
 と猫なで声で話しかける。
「断る。レリックがかかわってくる以上、不可侵と決めたはずだ。」
 スカリエッティは少し残念そうな顔をして、
「ルーテシアはどうだい?」
 とピンクの髪の少女に尋ねた。
「いいよ・・・」
 こっちはあっさり承諾したようだ。
「優しいねぇ・・今度、ぜひお茶とお菓子をおごらせてくれ。君のデバイス、アスクレヴィウスに必要な情報を送っておいたよ。」
「わかったよ。ドクター。ごきげんよう・・・」
「ごきげんよう、ルーテシア。吉報を待っているよ。」
 そうして、スカリエッティからの通信は途絶えた。
「いいのか?」
 ゼストがたずねた。
「ゼストやアギトはドクターを嫌うけど、私はそんなにドクターのこと嫌いじゃないから。」
「そうか。」
 ルーテシアは軽くうなずき、左手のデバイスに魔力を集中させる。
 左手の宝石が光った瞬間、地面に四角い魔方陣が描き出された。


「!!」
 キャロが驚く。
「キャロ、どうかしたのか?」
 アイクがたずねた。
「だれかが、この近くで召喚を使ってる!」
 そのとき、通信が割り込んできた。シャマルからだ。
「クラールヴィントからも反応を確認!でも、この反応は・・・」
「大きすぎる・・」
 オペレーターが呟いた。


「小さきもの、羽ばたくもの。言の葉の答え、我が命を果たせ。召喚、インゼクトズーク。」
 そう唱え、両手を前に突き出した瞬間、三つの触手の中から無数の虫が現れた。
「ミッション、オブジェクトコントロール。・・・いってらっしゃい。」
 無数の虫たちがガジェットに寄生する。
 寄生されたガゼットは紫色に変化し、能力が上がった。
 その様子に驚き、シグナムがヴィータをアイクたちの元へ行くよう促す。
「転送移動・・・」
 そう呟き、ルーテシアはガジェットをホテル前に転送させた。


 転送にいち早く気づいたのはキャロだった。
「来ます!!」
 4箇所から大体15機ほどのガジェットが現れた。
「召喚士ってこんなことも出来るの!?」
「迷っている暇はない。・・・応戦だ!」
 アイクはラグネルを構え、ガジェットを斬り付ける。
「このままじゃ、埒があかない!!一気に片付ける!!」
「無茶だ!止せ!」
 アイクが静止させようとするも、ティアナはそれを聞かなかった。
「スバル、行くよ!!」
「OK!」
 二人して乗ってしまった。 
 スバルはウィングロードを展開して敵の攻撃をひきつける。
 空中移動なので、アイクでは到底追いつけない。
 しかも、ティアナの周りは魔力弾で埋め尽くされている。
 止まったガジェットの群れにティアナは魔力弾を打ち込むつもりだ。
「クロスファイアー・・・シュート!!!」
 一斉に弾丸が放たれる。
 それは確実にガジェットをつぶしていた。
 そんな中、一発だけスバルに向かって弾丸が飛んでいく。
 そして――――
「だりゃぁぁっ!」
 ヴィータがスバルに当たる直前で叩き落す。
「このバカ共!!無茶した上に仲間撃墜してどうすんだ!!」
 ヴィータが怒鳴りつける。
 ティアナが絶望した表情で落胆する。
 そんなティアナをフォローするスバルだが、意味がなかった。
「うるせぇ!!お前ら二人ともすっこんでろ!!」


 とある駐車場にて。
 バキバキ、という音が聞こえたので警備員が駆けつけて調査を始めた。
 そこには、壊された木箱が一つ―――
「ん・・・ガリュー。ミッションクリア。いい子だよ。そのままドクターの下へ送ってあげて・・・」
 ゼストがマントをルーテシアに渡す。
 どうやら、ドクターに送ったものはオークションに出すものではなく、密輸品だったらしい。
 まだ、ガジェットたちの戦いは続いていた。
 それをどこか悲しくも表情の読み取れない目でゼストはその風景を眺めていた。


 シャーリーとオペレーターがはやてに任務報告をしていたときだった。
「お嬢さん、オークションはもう始まっていますよ」
 と緑髪のかっこいい男性がはやてに話しかけてきた。
「生憎、こちとらお仕事中の身なんです。」
 その後、二人は楽しそうに話し合った。
「またお仕事ほったらかして遊んでるんとちゃいますか、アクオス査察官。」
「ひどいなぁ、こっちだってお仕事中の身さ。はやて。」



 ホテルの裏側。
「ティア、向こうの警備、終わったって。」
「速く行きなさいよ。」
 すこぶる冷たい返事であった。 
 だが、それが落ち込みから来ているということは誰の目から見てもお見通しだ。
 スバルはなおもフォローを続ける。
「ティアは、悪くないよ・・・。アタシが――――――」
「行けっつってんでしょ!!」
 その言葉にスバルは驚いた。
 そして悲しい笑顔を作りながら、
「ゴメンね。また、向こうで会おうね。」
 と言い残し、去っていった。
 アイクと、ティアナが残された。
「・・・ティアナ。」
 不意に呼びかけられてティアナの方がビクッ、と震える。
「・・悔しいか?」
 返事はない。
「苦しいか?情けないか?」
 徐々にティアナの肩が震え始める。
「その苦しさを次に生かせ。次は絶対にスバルを危険にさらさないと今、心に誓え。これから強くなればいいから・・・」
 ティアナの肩の震えが徐々に大きくなっていく。
「今は、思う存分泣いておけ。」
 それが限界だった。
 ティアナはアイクに抱きつき、泣いた。
 自分の不甲斐無さを、平凡さを嘆くかのように。
「私は・・・あたしは・・・っ」






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最終更新:2010年09月07日 16:25