愛有るが故に、時として非情にならなければならない。それが戦場なら尚更のこと。
それをいつまでも仲間だから、友達だから、と同情を引きずる戦士は居てはならない。
その戦士は必ず、一人のために大勢を犠牲にするからだ。そんなことはあってはならぬこと。
なのに、ここの戦士たちはそれを知らない。いや、知ろうとしない。まるで、高校の友達のように接している。
それがアイクにはにわかに信じ難かった。戦いを生業とする者が、いつまでもヘラヘラしていることに。
アイクの部隊は決してそんなことはなかった。
確かに、戦いが無い場ではこんな風に楽しく過ごしていたのだが、いざ戦いとなると、
お互いのことを決して心配しないようになる。自分の身は自分で守るしかないからだ。
そのことをこの模擬戦が終わったら伝えよう、そうアイクは思っていた。
せめてこのことだけは、と思っていたのだ。
しかし、模擬戦の後に伝えるのはもはや手遅れだと、アイクは感じることになる――――――――。
第7章「愛情と友情と」
「たぁぁぁっ!!!」
「でやぁぁぁ!!」
スターズの隊員となのはが空中で戦っている。今日の訓練のおさらいも兼ねているらしい。
ふと、セネリオは違和感を感じた。その正体は分からない。
ただ、何かが起こる――――――――――――そう感じた。
アイクはその違和感の正体に気付いているらしい。
「アイク、これは一体…?」
「セネリオ、ティアナをよく見てみろ。」
そういってティアナを顎でしゃくる。次いで、なのはをみる。
セネリオはまだその意味がわからないでいるようだった。
「一体どういうことですか?」
「……ティアナはこの模擬戦で一発もなのはの弾を相殺していない。」
セネリオとなのはの「撃った弾」を見る。
言われてみれば、確かにオレンジの弾はなのはの撃ったピンクの弾を狙わず、なのは自身を狙っている。
ふとその正面にスバルがやってきて、なのはを思いっきり殴りつけようとする。
(危ない!)
反射的に感じたアイクは体が少し前に出ていた。スバルを救おうとして、やめた。
今は彼女の訓練中だ。他人が余計な口をはさむのは許されないだろう。
無意識的に握ったラグネルを再び壁に立てかけ、フェイトやエリオ達と一緒に傍観をすることにした。
そんな行動をしている間に模擬戦は進んでいく。
ビルの屋上からティアナが砲撃を撃とうとする。砲撃は今の彼女には使えぬ代物だ。
皆が驚いている中、セネリオは危機感を感じる。
セネリオはなのはの葛藤を感じていた。
自分の思った通りに動いてくれないという苛立ちと、予想外の行動に出始める部下への焦りを。
このままでは危ない。セネリオが感じた刹那のことだった。
「一撃必殺!!」
クロスミラージュからオレンジの刀身がなのはを襲おうとする。
確かに、この高密度の魔力の刃を食らえばただでは済まないだろう。
だが、―――――――――
「………レイジングハート。モードリリース。」
杖の様なデバイスを引っ込める。
そして、スバルの拳とティアナの刃がなのはに当たった、様に見えた。
しかし、その拳も刃も、なのはに届くことはなかった。
なぜなら、
「…おかしいな。みんな…どうしちゃったのかな?」
なのははその両方を素手で受け止めていた。
アイクは戦慄する。食らえばひとたまりもないであろう攻撃を両方素手で食い止めたのだから。
さらに、なのはの醸し出す雰囲気も変わった。
それは殺気でもなく、怒りや憎しみでもなかった。純粋な悲しみ。今のなのはからはそれが感じられた。
「練習のときだけ言うこと聞く振りして本番でこんなむちゃするなんて…練習の意味…ないじゃない。」
拳を掴まれているスバルは恐怖を、デバイスを掴まれているティアナは驚きを感じた。
血を、流している…。
ティアナの心が罪悪感で満たされつつあった。
誰も傷つけたくないから、強くなりたい。そんな思いがあったから、彼女は今まで頑張っていたのだ。
だが、今は恩師を自分の手で傷つけている。その事実にティアナは大きく動揺し、涙をにじませる。
「私は!!誰ももう傷つけたくないから!!強くなりたいんです!!」
そう叫ぶティアナはどこか、己自身を断罪しているかのようだった。
まるで、罪人が神に許しを請うように。
「……少し、頭冷やそうか…。」
スバルにレストリクトロックをかけ、なのははティアナを狙う。
「ファントムブレイズ!!!!!!」
「クロスファイア…シュート。」
二つの魔力弾がぶつかり、相殺される。
ティアナは絶望したように立ち尽くすのに対し、なのはの攻撃はまだ終わっていなかった。
「よく見てなさい…」
スバルに言い放つ。
それは、仲間がやられる様を見ていろと言うのか。
それとも、彼女が罪人に正義の鉄槌を下す瞬間を見ていろというのか。
何にせよ、質問の時間は与えられなかった。
ドウッ!!!
そして、二発目が放たれる。それは一直線にティアナへと向かって行き、そして――――――
「くっ!!」
魔力弾が当たった時特有の轟音と爆発が起きる。
しかし、クロスファイアシュートを食らった時の声は明らかにティアナではなかった。
「…………」
アイクが無言でティアナの前にたたずむ。
その姿はまさに修羅だった。
「なぜ撃墜しようとした?」
「あなたには関係ないわ。どいて。」
冷たくなのはが言い放つ。並みの人間ならば、その一言だけで足が震えるに足るものだろう。
しかしアイクは歴戦の勇者。この程度ではびくともしない。
「…………」
しばし、無言の圧力が場を支配する。その間は永遠に匹敵するほど長く感じられるものだった。
そんな二人の醸し出す殺気と圧力にエリオときゃ路の二人は脅えきってフェイトにしがみついている。
「フェイトさん……」
キャロが不安げにフェイトに抱きつく。そんなキャロにフェイトは優しく言った。
「大丈夫。あの二人は私たちを悲しませるようなことは、絶対にしないから。」
そう言って二人の頭をなでる。だが、今の二人はまさに、一触即発だ。
きっかけがあれば、爆発する。
そんな様子だった。
「……裏切られるのが怖いか?」
静寂を破り、アイクがなのはに問いかける。
それは恨みや憎しみはおろか、悲しみさえも含まない感情のない声だった。
アイクは純粋にそれが聞きたかったのだ。
「…何が言いたいの?」
「お前は「今」が変わってしまうのが恐いのか、と聞いているんだ。」
その場にいる誰もが首をかしげる。
ただ一人、なのはだけはビクン、と肩を震わせ動揺を示していた。
「誰だって突然「今」が変わってしまうことには恐怖を抱く。
だから、部下にいつもと違うことをさせぬよう徹底させ、不変の日常を演じようとする…違うか?」
「あなたに何がわかるっていうの!?それがわかってるんだったら、どうして!!」
いつにもなく、なのはが大声を出す。相当動揺しているようだ。
そんな中、アイクはすっと目を閉じ、語り始めた。
「…俺がいた世界には、対をなす二人の女神がいた。
片方は絶対の秩序こそが争いを生まぬと信じ、世界中の人々を石に変え、世界に静寂と絶対の安定を作った。
もう片方は進化こそが人間の希望だと信じ、石にされなかった俺達とともに、その女神と戦う道を選んだ。
その後、その二人の女神は一つになり、「見守る。」という判断を下した。
…確かに、「今」が変わるのは怖い。だが、それが進化のためならば、俺たちは見守ってやるべきじゃないのか?」
アイクが懐かしく語りだす。
その様子は過去を懐かしく思うようであり、また、戦うことしかできなかった自分を悔やんでいるようにも見えた。
そんなアイクの言葉に耳を貸さず、なのははレイジングハートを起動させ、アイクに向けてアクセルシューターを放とうとする。
「だから何!?私のこと何も知らないくせに、そんなこと言わないでよ!!」
アクセルシューターが放たれた。
しかし、それはアイクに届くことはなかった。
ゴウッっ!
突然、アイクを覆うように竜巻が生まれ、アクセルシューターをすべて弾きだしてしまった。
「え……?」
スバルも、ティアナも、フェイトもエリオもキャロも、もちろんアイクも。
何が起きたのか、全く分からない様子であった。
竜巻が晴れ、辺りの景色が見やすくなる。よく見ると、アイクの前に小さな人影があった。
「…大丈夫ですか?アイク。」
そこにはセネリオがいた。しかし、様子がいつもと違う。
セネリオは怒っていたのだ。自分の最も信頼する人を傷つける人に対して。
そして、なにも語ろうとしない癖に、自分のことを理解してないくせに、という人に対して。
「なのはさん。あなたは何もわかっていない。では聞きますが、あなたはアイクの過去を知っていますか?
アイクの背負っている物を知っていますか?僕のことを完全に理解しているというのですか?
それが説明できない者に、そんなことを言う資格はありません。」
痛烈な言葉を浴びせるセネリオ。
だが、それはすべて的を射ており、反論の余地がない。
アイクは事実上、両親を目の前で殺されている。
しかも、母親を殺した人物は父親である。
そんな複雑な家庭を持ち、さらに傭兵団団長を務めているというのはあまり人には言えぬだろう。
セネリオもそこを察知して、あえて語らなかったのだろう。
その態度と言動にすっかり心を乱されたなのはは、
「今日の訓練はここまで」
と言い渡し、さっさと帰ってしまった。
時刻は9:30.
ロングアーチの階段にティアナは座っていた。
(私…どうしたらいいんだろ…)
ティアナは迷っていたのだ。
自分が変わっていってほしくないから、なのははティアナの変化を拒んだ。
しかし、アイクにはその変化を受け入れてくれた。
どちらかといえば、アイクに受け入れてもらえてうれしかった、と感じてしまう自分がいる。
それはいいことなのか、それともいけないことなのか。
そう考えていると、背後から声がした。
「ティアナ…」
不意にティアナは名前を呼ばれ、反応する。
そこに立っていたのはアイクだった。
「俺は何があろうと、お前を信じる。だから、変化を恐れるな。
何かを得るには、何かを捨てなければならない。今の自分を捨て、新たな事に挑戦しなければならない。
強くなりたければな…。だから、頑張れ。」
アイクも階段に座り、そう言ってくれた。
ティアナはアイクが心配してくれているのがうれしかった。それだけで自分は強くなれる気がする、そう思えるようになっていた。
「はい!…ありがとうございます。」
ティアナは戦士として、一人の女性としてアイクに例を告げた。
そして、気になっていたことを聞いてみた。
「アイクさん、セネリオさんはああ言ってましたけど、…過去に何があったんですか?」
決して安易に尋ねてはいけないであろう質問をするティアナ。
その質問にアイクはどこか複雑な豊穣を浮かべて話した。
「俺は………………」
「すみません…こんなこと聞いて。」
つらい過去を思い出させてしまったという自責の念に駆られるティアナ。
だが、アイクはそんなことはこれっぽっちも気にしていなかった。
「いや、俺の過去は俺のものだからな。俺が背負って生きていかなきゃならない。
だったら、拒絶するより受け入れるほうがいい。それを全部ひっくるめて、俺なんだからな。」
ティアナはしばらく絶句した。
なんて、強い人だろう…。
率直にそう感じた。
ここまでつらい過去を背負って尚、一人で生きようとする意志を持てる人間はそういないだろう。
百歩譲っていたとしても、その目標を達成するのは不可能に近いだろう。
「さて、俺はこれから寝るが、大丈夫か?」
「はい!ありがとうございました!」
いい笑顔で返事をするティアナ。
アイクはそれで少しは安心した。
「じゃあ、お休み。」
そう告げて、アイクは寝室へと戻って行った。
「ぐっ………」
ティアナと別れ、寝室に戻ってきたアイクは突然膝をついた。
理由は、全身を駆け巡る体の痛みだった。
「これが、加護の反発…。」
アイクが受けた痛みの正体は、体の中にあるアスタルテの加護t、ラグネルのユンヌの加護の反発。
お互いがお互いを倒すために作られた加護。
とはいえ、ラグネルを握っただけでこの痛み。
「これで戦ったら、どれほどの痛みが…が…」
さすがに、訓練などで体力を消耗していたからか、痛みで意識が混濁し、アイクはそのまま眠りに落ちてしまった。
to be continued.....
最終更新:2010年09月23日 23:04