第8章「勇者の実力」
なのはたちとのいざこざがあった翌日。
アイクは少しより早起き(といってもすでに午前10時を回っていたが)して、なのはのところに行こうとした。
だが、、
「……普段、あいつはどこにいるんだ?」
ろくに調べもしていなかったので、なのはの足取りは追えずじまいになっていた。
そこであることに気がつく。
(もうすぐ朝練じゃないか…)
とりあえず、いったん部屋に戻り、ラグネルを持ち出してロングアーチに向かおうとしたその時だった。
「アイクさん。ちょっといいですか?」
話しかけてきたのは眼鏡をかけたきれいな女性だった。
茶髪のストレートが何とも美しい。
どこかで見たような気が…と記憶を思い返すアイク。
確かこの人は…
「シャーリーか?」
「何で疑問形なんですか?」
もっともといえばもっともな質問である。
話しかけられてお互いの顔を見て数秒して、あんた○○か?と尋ねられては何と返事をしていいのか分からない。
「とりあえず、何の用だ。」
「今朝、なのはちゃんが体調を崩したらしくて。朝錬のほうは中止、とみんなに伝えてほしいって伝言を頼まれたの。」
「わかった。伝えておこう。」
と、立ち去ろうとするアイクだったが、5歩ほど歩いたところで突然振り返って尋ねてきた。
「訓練は中止でも、個人練習は許可してくれるんだろうな?」
シャーリーは少し戸惑った。
また、昨日の様なハードワークに付き合わされるということだろうか。
ふぅ、とためいきをつきながらも、
「いいわよ。許可します。」
と言った。
その返答に満足したアイクはそのまま、礼を言う、とだけ言い残し、食堂のほうに消えていった。
「これと、これを大盛りで。7人前分。」
アイクは食堂にて大量の肉を食らいつくしていた。
「これだけ食べてよく動けますね…」
あきれるセネリオ。それも仕方がないというものだろう。
なんせ、アイクが注文したのは焼肉屋で言う「特上カルビのフルコース」並みのもので、
1人前でも成人男性が全部食べきれるかどうかのボリュームである。
それを7人前というのだから、どんな胃袋をしているのだろうか。
まるで、ピンクのボールの形をしたコピー能力の使えるアレと同じくらいではないだろうか。
セネリオは今、この瞬間は何よりも、この食堂の肉が危機にひんしていることを持ち前の直感で感じ取った。
そうこうしている内に――――――――――――
「セネリオ。行くぞ。」
7人前を平らげてしまった。
「……………」
もはや、言葉も出なかった。
一体どんな食べ方をしたらここまで早く食えるのか。
一体どんな運動をしたら、この食事のエネルギーを使い果たすことができるのか。
立ち止まってそれを猛烈に聞きたくなるセネリオではあったが、ここでは自粛した。
(食事のときは後ろを向いていよう…)
ここまで豪快に食べられると、かえって気分が悪くなる感じがしたので、
セネリオはひそかに心に誓ったのだった。
…………
Another Side Episode:???
「こ奴を利用すれば…ククク…」
下卑た笑い声。
それは一人の男から発せられた笑い声だった。
「あの世界では不覚をとったが…今回なら…」
そういって薄汚い笑みを浮かべる人物。
その人物のモニターには、ある男が映っていた。
それは――――――――――――
「…この世界のため、そして私のために、お前を利用させてもらおう。ジェイル・スカリエッティ…」
Another Side Episode:END
起動六課:ロングアーチ
「……今日はなのはが休みだから俺が訓練を行うしかないんだが…異論はあるか?」
率直に訪ねるアイク。
なのは曰く、少し時間がほしい、とのこと。
まあ、面と向かっていろいろ言われて考える必要があったのだろう。
しかし、一つ疑問があった。
「それは異論はないですけど…何でアイクさんなんですか?」
エリオが尋ねる。
それもそうだろう。アイクは「部隊の人間」であって「教官」ではない。
ならばなぜ、アイクが教えねばならぬのか。
「ヴィータは任務、シグナムは教えることができない、と言っていた。剣聖と同じくらい強いんだがな。
フェイトは、なのはにつきっきりだ。それで、シャーリーから頼まれた。」
全員が納得する。
「おしゃべりはここで終わりだ。まずは練習メニューを教える前に全員に言っておくことがある。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・強くなりたいか?」
真剣な瞳でアイクが見据える。
嘘やその場しのぎは一切許さぬ、とでもいうかのように。
その表情を見て全員は気を引き締める。
「「「「はい!」」」」
4人の声が重なる。
アイクは満足したように続けた。
「よし。スバルとエリオは俺と来い。ティアナとキャロはセネリオについて行け。
セネリオ、頼めるな?」
そう言ってアイクはセネリオに視線を送る。
承知しました、とでもいうかのように軽くうなずく。
「それでは二人とも、来てください。」
「行くぞ、二人とも。」
二人はそのまま別れる。
この後待っていたのは、アイク達の世界では普通の修行だが、なのは達の世界ではあまり行わなかった修行であった。
Another Side Episode:ZELGIUS
「やはり、か…」
ゼルギウス、もとい漆黒の騎士はため息をつく。
彼は絶望していた。自分の体に。
漆黒の鎧に自分の剣をつきたてる。
だが、鎧を貫くどころか、傷一つついていなかったのだ。
「女神の加護が残っている…か。フッ……まさかこの私が死を望むとはな。」
彼は剣を鎧から放し、暗闇に包まれた廊下を歩く。
スカリエッティのもとへ行くために。
(この世界は危機にさらされている。…しかも、スカリエッティだけでなく、「私たちの世界の者」にも…)
そう、彼は知ってしまった。
スカリエッティが起こそうとしている事件の裏側には、スカリエッティ自身も知らぬ大きな陰謀が渦巻き、混沌に陥れようとしていることを。
(問題は、それが誰なのか…調べる必要がありそうだ。)
剣を肩に担ぎ、足を止める。
「スカリエッティよ…お前はセフェラン様の足元には遠く及ばない…。私がずっとお前の言いなりだと思うな。」
誰にも、何にも向けない言葉を一人つぶやき、彼はスカリエッティの自実験室へと入って行く。
Another Side Story:END
「さて、この辺でいいだろう。」
スバルとエリオを連れてロングアーチで設定した森の中を歩いて数分、アイクが足を止める。
「お前たちに教えるべきことがある。それは、武器の使い方だ。」
二人は何事かと顔を見合わせる。
「エリオ、お前の武器はストラーダ…だったか。槍の形状をした奴だったな。
槍は突くだけの武器じゃない。まだ体が小さいから仕方ないかも知れんが、槍に振り回されている。それでは、いくら強い技を覚えたって強くはなれん。
スバル、お前は一撃必殺の技にかけすぎだ。その腕のデバイスが重いのかも知れんが、カウンターを合わされれば確実に死ぬ。
…二人とも。まずは戦ってみろ。」
二人の弱点をさらっと告げ、戦えと言うアイク。
エリオとスバルは自分の弱点を一言も聞き逃さず、真剣な表情で聞いていたのだが、戦え、と言われてたじろぐ。
「戦えって、誰とですか?」
もっともな質問をスバルが発する。
だが、何を言ってるんだと言わんばかりにため息をつき、
「俺とだ。」
と言い切った。
ラグネルを肩に担ぎなおし、二人を見据える。
「まずはエリオ、お前からだ。」
そう言ってアイクはエリオに斬りかかる。
とっさにストラーダを起動させてラグネルを防ぐ。
「っ!!……な、何するんですか!」
「…思ったよりはいい反応だ。」
と言い残し、アイクは再びエリオに斬りかかる。
エリオはそれを的確に捌き、何とか隙を見つけようとする。
(ラグネルを振り下ろした瞬間を狙う!!)
エリオはラグネルが振り下ろされた瞬間を見計らってストラーダで斬りかかるつもりだった。
そして――――――
「でやぁぁぁっ!!」
ラグネルを振り下ろした直後にストラーダが一閃する。
タイミングは完璧だった。
だが、その攻撃は届くことはなかった。
「とうっ!!!」
アイクは振り下ろしたラグネルを地面に突き刺し、体を浮かせる。
そして、そのまま突進してくるエリオを避け、首筋にラグネルを突き付けた。
時間にして約2秒。
たった2秒で一連の動きをやって見せたのだ。
エリオはただただ戦慄する。
この人には、絶対勝てない、と思うほどであった。
ふと、アイクがラグネルを降ろす。
「エリオ。お前の敗因は間合いを見極めなかったことだ。槍使い(ハルバーディア)には間合いとしなやかな動きが不可欠だ。
力任せに扱うのではなく、流れるように槍を使いこなせ。」
感情のこもっていない声でエリオに告げる。
「は、ハイ…。」
としか言えないエリオであった。
「次、スバル!」
スバルは既に戦闘準備ができているようで、二人が戦っている間にバリアジャケットを装備し、マッハキャリバーを起動させていた。
「いい覚悟だ。」
ラグネルを構えなおし、スバルの行動を待つ。
「でやあっ!!」
「はあっ!」
二人の声が重なり、ラグネルとリボルバーナックルがぶつかりあった。
ところ変わってセネリオの方。
「さて、二人とも、訓練を始めますよ。」
そう言ってセネリオはファイアーの魔道書を取り出す。
「訓練内容は簡単です。僕に魔法攻撃を一撃でも入れればいい。ただし、僕も反撃はしますので、僕の攻撃に当たったら、少々中断せざるを得ないかもしれません。
……覚悟してください。」
ティアナとキャロはごくり、とつばを飲み込み、バリアジャケットに着替える。
この着替えの間もセネリオは目をつぶっていた。
……どうやら、着替えが終わったようだ。
「準備はいいですね?訓練…開始!!!」
その掛け声とともにキャロが強化したティアナの弾丸がとんでくる。
だが、その弾丸を何食わぬ顔でファイアーで弾き飛ばす。
そして、ファイアーを数発エリオとキャロに飛ばす。
「くっ!」
「きゃっ!」
ギリギリではあったが、二人ともよけきれたようだ。
しかし、これだけで攻撃が終わるはずがなかった。
「!?嘘…」
「え…そんな…」
二人が見たのは、弾丸。
それも、さっきより小さく、多い。
直径3センチほどだろうか。
それが空を埋めつくさんほどに召喚される。
「………」
無表情でその弾丸すべてを操るセネリオ。
ティアナとキャロはラウンドシールドを展開しながら耐える。
(なんて数なの…っ)
次々に弾いていくが、体力には限界がある。
このまま防御し続けていれば、勝つことはまずあり得ない。
仕方なく、シールドを引っ込めてクロスミラージュを構える。
「はっ!!」
2、3発弾丸を撃ったが、多すぎるセネリオの弾丸にかき消されてしまう。
(仕方ない、物陰に隠れて―――――)
そこでティアナの思考は中断された。
「ぐっ!?」
背中に熱く重たい衝撃が走る。
セネリオが放った弾丸が背後から襲いかかってきたのだ。
おそらく、1発1発を操作していたのだろう。
さらに2発ほどティアナの背中に襲いかかる。
「ぐああぁぁっ!」
「ティアナさん!!」
その様子を見たキャロが飛び出す。
しかし、シールドを解いたことによって隙が生まれた。
「……そこです。」
すかさずセネリオはキャロに数発撃ちこむ。
小さいうえに速い球では避けるのは困難だろう。
どう見てもセネリオの圧勝である。
「……少し休憩します。」
と言い弾丸を消す。
「ティアナ。シールドを展開したまま弾丸を撃つことはできなかったのですか?さっき僕がやったように僕に直線的に撃つのではなく、
一発ばれないように上に打つなどしてその弾丸を操作し、僕に当てることを心掛けてください。
キャロ。もう少し戦闘用の技を覚えてください。もしくはティアナの弾丸の威力のサポートを見えない位置から行うのが効果的です。」
さらっとそう告げるセネリオ。
「少ししたら、また始めますよ。」
「「はい!!」」
そうして、彼らの訓練は夜まで続き――――
「これで、今日の訓練は終了だ。俺が教官で申し訳ないが、全員自分の弱点を知ったはずだ。
その弱点を克服できるよう、頑張ってくれ。」
「「「「はい!!ありがとうございました!!」」」」
4人の声が重なる。
「さて。帰るぞ。」
アイクはしばらく川の流れを見つめていた。
自分はこの世界でうまくやっていけてるだろうか、本当の世界に帰れるだろうか、そんなことを考えていた。
そんな時だった。
「アイクさん…」
ティアナがアイクに話しかけてきた。
「まだ帰ってなかったのか?」
「ちょっと、話しがあって……」
少し思いつめた表情をしている。
周囲が暗いからだろうか、少しやつれて見える。
「…話を聞こう。」
「ハイ………」
…………………………
「なるほど。つまりは、なのはにどう顔を合わせていいか分からないんだな。」
「はい…」
しょんぼりしているようだ。無理もない。
仲介に入って状況を悪くしたのはアイクだが、そもそもの原因はティアナにあるのだ。
「私、努力しても、強くなれなくて。もともと才能もないし、本当の戦いがどんなに怖いことかも知らない。
多分、こんな平凡極まりない人が起動六課に入ろうとしたこと自体、無茶だったのかな…」
「………俺には、わからん。」
「…え?」
ティアナがアイクの方を振り向く。
「ティアナ、お前がどういう経緯で入ろうと思ったのかは知らない。それに、俺自体この世界に来てから日も浅い。
だがな、強くなるということは「自分を知る」ということだ。それに、強くなるにはそれなりに責任が付いて回る。
例えるなら、なのは達がリミットを設けているように。
そういった責任を押し付けられてもなお、お前は強くなりたいと思えるか?」
アイクが尋ねる。
ティアナは真剣な瞳でアイクを見据え、頷く。
それを見たアイクは少し顔をほころばせる。
「そうか。だったら、お前も強くなれるさ。」
と言った。
徐々にその言葉の意味を理解したティアナはもう沈んではいなかった。
「さ、帰るぞ。」
「はい!」
二人は静かに夜の道を歩き、帰りが遅いとシャーリーたちに怒られるのであった。
最終更新:2010年11月03日 20:51