『マクロスなのは』第12話『演習空域』
「ファイア!!」
アルトの掛け声と共に100もの青白い航跡を残しつつ中距離ハイマニューバミサイル(以下、中HMM)が飛翔していく。
これは3メートルほどの全長を持ち、VF-1とVF-11、VF-25の4つある翼下ステーションのうち2つを使って1機につき8発ずつ装備していた。
敵との距離は約40キロ。
しかし魔導士部隊が亜音速、バルキリー隊がハイパークルーズ(超音速巡航)でマッハ2を出せば相対速度はマッハ3になる。この速度でも接触まで40秒かからない。加えて最高速度がマッハ5+を記録する中HMMならば相対速度がマッハ6になり、たった20秒弱で走破できる。彼らにとって40キロとはその程度の距離だ。
『着弾まで3、2、1・・・・・・今!』
ホークアイからの報告。しかしそれは驚愕に変わった。
『・・・・・・ん!? 全弾はずれた・・・・・・だと?』
アルトはモニターの倍率を最大にして戦果を確認する。確かにミサイルは突然目標から大きく逸れ、無益に自爆していく。
理由はすぐに知れた。
魔導士達は着弾の直前に、デコイとして大量に魔力弾を散布すると飛行魔法などを一瞬全て解除して魔力の探知を不能にしていたのだ。
『なんで奴らはミサイルの弱点を知っているんだ!?』
隊の1人が悪態をつく。
当初開発された中HMMの誘導方式はフォールド波・電波併用アクティブ・レーダーまたは赤外線画像ホーミングだ。
そのためレーダーに映らず、空気摩擦で生ずる熱以外まったく発熱のない彼らに対応して急遽作られたのがこの魔力スペクトル解析式画像ホーミングの中HMMだ。
しかしこのミサイルには大きな弱点がある。今のように魔力の使用を完全に止めたり、探知範囲(発射後はカメラのあるミサイル正面から45度以内)を過ぎると無力になる事だった。つまり一度デコイ(囮)にロックがかかると魔導士の再認識は難しいということだ。
『怯むな!ミサイルがダメならレーザーでもガンポッドでも使え!全機突撃!』
ミシェルの突撃命令に隊は編隊を維持して進撃する。
『『ホークアイ』からフロンティア基地航空隊。魔導士部隊は鶴翼陣形で包囲するつもりだ。気をつけろ!』
『了解。スコーピオン、アリース、ジェミニ小隊は俺と右翼へ。残りはサジタリウス小隊と共に左翼から挟み撃ちだ』
ミシェルの指示にバルキリー隊は2手に別れ、ミシェルの指揮するスカル小隊と上記3小隊は右翼へ。アルトは自身の指揮するサジタリウス小隊とアクエリアス、カプリコン、トーラス小隊を率いて左翼へ飛ぶ。
魔導士部隊との距離が10キロのところで彼らの迎撃が始まった。VF-25に装備されたバックミラーの端が一瞬光る。
『・・・っ!』
『大丈夫か、トーラス2?』
『はい、主翼にかすっただけで飛行に支障はありません』
彼は続けて『大丈夫です』とつけ加えたが、この距離での被弾を想定していなかったため転換装甲は全機最低出力になっている。殺傷(物理破壊)設定なら撃墜はなくても主翼を吹き飛ばされただろう。
やはりAランク魔導士。視認距離ギリギリでこの命中精度。砲撃の腕と威力は伊達ではない。
その火線は近づくにつれて幾何級数的に増えていき、回避のために隊としての進撃速度がガクンと落ちる。
「各機フォーメーションA。敵を一気に突破する!」
各機からの了解の声。
瞬時に編隊が組み直され、エンジン出力に余裕のあるVF-25とVF-1が先頭になり、VF-11が後方に。全体から見ればVF-25を頂点とした円錐の陣形だ。
先頭の部隊はMM(マイクロ・マジカル)リアクター(小型魔力炉)の魔力とエンジンのエネルギーをデバイスと機体のPPBS(ピン・ポイント・バリア・システム)に叩き込んで前方に展開。砲撃を弾き返しつつ進撃する。
しかし推進エネルギーの大半をPPBSに持って行かれるため、全体の進撃速度は時速1000キロ台に低下した。
前衛に守られる形となった後方のVF-11は必死に砲撃を行うが、魔導士達と違い4機しかいないため牽制にしかならなかった。
ダメージの蓄積するPPBSをハラハラしながら注視する十数秒間。それはあまりにも長く感じた。だがそれもこれで終わりだ。
「今だ!サンダーホーク、あいつらにクラスターミサイルをぶち込んでやれ!」
アルトの指示にVF-11のエンジンナセル側部のハッチが展開。マルチウェポンベイから1機につき1発づつ打ち出されて敵に殺到した。
この空間掃討用クラスターミサイルの内部には多数の魔力墳進(ロケット)弾が封入されており、親機で敵の目前まで進攻すると子機であるロケット弾が散布。広域に分散して目標空間を〝制圧〟することができる。
しかし射程が5キロ(親機の飛翔射程が3キロ。ロケットの最大飛翔射程がそこから2キロ)という致命的な短さ。それに加えてその機構ゆえにミサイル本体の大きさは大型反応弾頭に匹敵する。そのような重装備であったためペイロードに余裕のあるVF-11にのみ装備されていた。
4発のクラスターミサイル達は前衛魔導士部隊の迎撃で2発が途中で撃墜されるが、他はその役目を忠実に実行した。
親機から前方投射面にばら撒かれるロケット弾。それはそれぞれ指定された距離だけ飛翔を終えると、内包する大容量カートリッジ弾3発という莫大なエネルギーを開放した。
結果、彼らの真ん中で無数の青白い魔力爆発の花が咲き、勇敢な前衛魔導士部隊を一瞬で壊滅させた。
敵が後退していく。だが戦死者がその場に呆けたように浮いていた。アルトは急いでVF-25に内蔵された外部フォールドスピーカーを起動させ怒鳴る。
「お前ら死んだら早くどかないか!接触したら本当に死んじまうぞ!」
空気ではなくフォールド波を媒介にした声は光速より速いスピードで戦死者達の耳に届き、彼らを撤退させた。
そしてアルト達はそのまま敵に斬り込んだ。
「各小隊散開。各個に敵を掃討せよ」
指示を出しつつハイマニューバ誘導弾を生成し、敵を流し見る。するとHMD(ヘルメット・マウント・ディスプレイ。ヘルメットのバイザーに直接高度計や機体姿勢、進行方向など重要な情報が表示される形式)に映る敵に次々とロックオンレティクルがかけられていく。
その隙にも数人の敵がデバイスを照準してくるが、遠方より飛来せし極音速の魔力弾がピンポイントで命中。連携が乱れる。
「喰らえ!」
気合い一発。ハイマニューバ誘導弾はデバイス『メサイア』によって誘導され、HMMの純正も顔負けな速度で敵に食らいついていく。
ハイマニューバ誘導弾の射程は2000メートルほどしかないが、弾数制限が無いことと光学識別式(ロックオン時に物体の形を覚え、それを追う)なのが魅力的だった。
アルトは発射と同時にガウォークに可変し、敵の応射をロール機動で回避。返す刀で誘導弾に気を取られていた数人の敵を(Aランク魔導士に対しては)1発で即死判定という58ミリペイント弾で撃破した。
アルトには聞こえなかったが、超音速で飛んできたペイント弾に撃破された魔導士は鮮血のような真っ赤なペイント飛沫と共にその衝撃によって凄まじい悲鳴を上げたという。
そんなことツユとも気にせぬアルトは可変を駆使して加速、減速、推進・質量モーメント変化などによって複雑な回避運動を行う。
そしてそれが必然であるように魔導士部隊の火線を掻い潜り、必殺の反撃を行っていった。
(*)
「すごい!」
後方の大きな雲の中でホログラムによって光学擬装したVF-11Gの中でさくらが感嘆の声を上げる。アルトの機動は攻守が一体となった全く無駄のない動きだった。
しかし彼女とて彼らから2キロほど離れているのに援護射撃だけでなく、高速度で横方向に動く目標に狙って当てている事は十分すごいことだった。
だが彼女には今、そんな自惚れはない。彼女はアルトの見せる〝舞〟に心奪われていた。
彼女は再び狙撃をしようとカメラをズームすると、アルトの後ろにつくVF-1Bがだんだん遅れてきているのを発見した。
「天城さん、早くしないとアルト隊長行っちゃいますよ!」
『ま、まってくれぇ~』
そう言ってついていく天城も、アルトの切り開いた道を適度に維持し、後方からの敵を阻止する。
たまに危なく見えるが彼も自分と同じく1カ月間アルトに徹底的にしごかれた1人。実力は十分ついている。
『天城、混戦になるから俺の後ろを絶対離れるなよ!さくらはこのまま全体への支援狙撃を頼む。あと警戒を怠るな。特に後ろ』
アルトからの通信。さくらは
「了解!」
と応えつつ、ミシェル直伝の長距離スナイピングで敵を撃破していった。
(*)
演習空域、南西端
そこには2人の騎士甲冑姿の女性と彼女達を支える小さな妖精がいた。八神はやてとシグナム、そしてリィンフォースⅡだ。
シグナムは2人の護衛だが、今は敵がいないので静かにたたずんでいる。
『―――――敵の進撃速度が予想値を上回ってはいますが、ここまで〝予定通り〟進行しています』
画面の中の魔導士がはやてに報告する。
はやては中立である『ホークアイ』からリアルタイムで送られている戦況俯瞰図を流し見る。
余談だが中立の『ホークアイ』内部も二分され、それぞれにオペレーターがついていた。(これができるのは情報提供のみに特化し、指揮・火力管制任務が外されているからである)
図によると主戦場は演習空域のほぼ真ん中で、フロンティア基地航空隊が優勢だった。
「了解。こっからもこちらの立案した予定にしたがって動いてください」
「はっ!」
魔導士は敬礼してモニターを閉じた。そして隣で同じく通信の終わったらしいリィンを向く。
「マイスターはやて、各部隊の〝転送魔法〟は準備完了です」
彼女の通信していた部隊も仕込みが終わったようだ。
「じゃ、行ってみよか」
「はい!」
2人は息を合わせるとユニゾン。そして友軍全体への音声通信を放つ。
「こちら八神はやて。これより作戦をテイク2に移行します!」
そして彼女は自身の杖、アームドデバイス『シュベルトクロイツ』、本型ストレージデバイス『夜天の書』を出すと魔力のチャージに入った。
(*)
アルトは不審に思っていた。
前衛突破後から強固な抵抗が無いのだ。まるで無理をするなと言いくるめられたかのように魔導士部隊は後退を続ける。
遂には右翼から進攻してきたミシェルの部隊とも合流し、現在20人程で円陣(三次元的に言えば球陣)を組んで抵抗する敵の包囲戦を行っている。
アルトは並進するミシェルに呼び掛ける。
「ミシェル、どうもおかしい。あまりにも簡単過ぎる」
『ああ。まだ六課が出て来てないしな』
「だが六課は範囲攻撃主体であの円陣の内側にいないと撃てないはずだ」
包囲しているバルキリー隊はほぼ円陣に密接するように攻めている。それゆえなのはの大火力砲撃や、はやての爆撃は友軍を巻き込むため使えないはずだ。
しかし円陣の内側にそんな魔力反応はない。レーダーによれば放出魔力量はすべてクラスA相当で、クラスSならすぐにわかる。
(まさか参戦してないのか?)
そんな考えが頭をよぎるが、あのミサイルの回避法は紛れもなく自分がリークした情報を元にしている。はやてもいるようだし、参戦していない訳ではないはずだった。
その時、前線から切迫した声が入った。
『隊長!奴ら転送魔法を使う気です!』
『「なに!?』」
円陣に視線を投げると、その下に巨大なミッドチルダ式の魔法陣が展開されている。そして一瞬で敵の全てが消えてしまった。
「なんてこった!こんな無茶をするなんて・・・・・・!」
アルトは歯噛みした。
転送魔法は高ランクの魔法で、これほどの大量転送には相当な人数を必要としていたため自分達は想定していなかった。
しかし、相手の人数もわからないこの現状ではそれもあり得た。
「全機、何が来るかわからん。ミシェル隊長機を中心に集合。周囲の警戒に当たれ!」
アルトは急いで指示を出し、現場空域の撤退をはかった。
(*)
しかし、すでに魔導士部隊の罠にかかった彼らに逃げ出すチャンスは少なかった。
(*)
「囮魔導士部隊の現場からの退避を確認。はやてちゃん、行けるですよ!」
精神内からリィンが報告する。ユニゾン中でも各個に動くことができるため、それぞれの仕事がやりやすくなっているのだ。
また、誰にも聞かれないので彼女の口調がいつものそれに戻っている。
「了解や。でもリィン、ごめんな。わたし長距離サイティングとか苦手やから―――――」
「なに言ってるですか!私はそのためにいるんです。私は祝福の風、リィンフォースⅡですよ!」
彼女が不服そうにその愛らしい小さな頬を〝ぷく〟と膨らます。
「そうやった、ごめんな。逆に失礼やったな」
はやては苦笑するとまぶたを開き、意志のこもったブルーの瞳をのぞかせる。そして夜天の書を開いた。
すると足元に大きな白いベルカ式魔法陣が。目の前には合計5つのミッドチルダ式の魔法陣が出現した。彼女は詠唱する。
『来よ、白銀の風、天より注ぐ、矢羽となれ!』
チャージは十分。あとは発射コードの打ち込みだけとなった。彼女は高らかに自身の技名としての発射コードを宣言する。
「フレース、ヴェルグ!」
するとミッドチルダ式の魔法陣から5発の光の奔流がバルキリー隊に向けて射出された。
(*)
フロンティア基地航空隊は高度8000メートルで周囲の警戒をしつつ北に向かっていた。
『『ホークアイ』よりフロンティア基地航空隊。演習空域南西端からオーバーSランク相当の高エネルギー反応!砲撃又は爆撃と思われる!』
アルトは報告から瞬時にその方向をセンサーでサーチし、VF-25のコンピューターで解析する。結果はやての魔力爆撃と判明した。
「こちら副隊長、反応は八神二佐の魔力爆撃と認む!全機高度を2000メートル以下に落とせ!」
それ以下で魔力爆撃の効果が及ぶことは管理局の規定で特例がない限り禁止されている。アルトはそれを逆手に取ろうと言うのだ。
『了解!全機、俺に続け!』
ミシェルが急降下に入り、全機が続く。しかし敵は速かった。
『発射を確認!着弾まで3、2・・・・・』
ホークアイが秒読みを始める。だがまだ高度は6000だ。
最終更新:2010年11月12日 22:45