『マクロスなのは』第16話「大宴会 前編」


総合火力演習は結局、ガジェット・ゴースト連合の介入によって中止となってしまった。
しかしこの演習によって魔導士、バルキリー両方の長所と短所が世間一般に露呈した。
万能に思えるVFシリーズだが、低空時の機動性は魔導士と互角。小回りにおいては技量の関係で劣っている。それに転送魔法や様々なスキルの存在する魔導士に分があった。
また、地上部隊として多い地上での治安維持活動はその大きさが枷となるため不向きだ。
だが高空での高機動性と、バリアジャケットより圧倒的に強靭な装甲。そして無限大の航続能力と高い生存性。ガウォーク形態による制空権の確保、維持の信頼性。高性能かつ大規模な各種センサー、強力なECM(電子攻撃)及び対AMF能力。
そして災害時、マニピュレーターによるレスキュー能力など魔導士では望んでも得難い物が多数あった。
しかし空戦魔導士部隊全てをバルキリーに転換するのは予算はともかく、訓練時間がないためAランク以上の慣れていない者が乗っても逆に戦力低下を招くだけだった。
また両者の合同作戦の有効性も証明されたこともあって世論も各隊員も共存を望んだ。そして保守派の者も最低限の利権の確保のために

「共存なら・・・・・・」

と譲歩した。

(*)

演習から3日後

クラナガンの中央に位置する本部ビルからそうはなれていない所に、巨大なドーム型の建物『クラナガンドーム』があった。
そこは普段ミッドチルダ及び隣国のベルカなどの公式野球チームが平和的に試合をする場だった。
しかし今日は予定された試合がないにも関わらずドーム内の照明は明々と灯っている。
そして野球で本来ライトのポジションの者が立つであろう人工芝の上には仮設のステージが据えられていた。そこには横断幕が掲げられていて〝地上の平和は任せとけ!〟と書かれている。
センターには大人数用の長机がズラリと並べられ、300を超える人が腰掛けていていた。
またレフト付近には第一管理世界だけでなく各次元世界の報道陣が詰めかけており、時折シャッターが焚かれる。
彼らのカメラは全てステージに向けられており、今まさにあの記者会見に次ぐ歴史的な事が行われようとしていることを示唆していた。
ステージ上には地上部隊と本局の旗が掲げられ、地上部隊の礼服姿のレジアス中将、そして〝本局の礼服〟姿の八神はやての姿があった。
レジアスは壇上のマイクの前に立つと演説を始める。

『ミッドチルダ、及び各次元世界の皆さん。私は時空管理局、地上部隊最高司令官のレジアス・ゲイズ中将です。
現在ミッドチルダはガジェットと呼ばれる魔導兵器によって、時空管理局始まって以来の危機に直面しております。彼らは管理局の戦闘員のみならず、非戦闘員である民間人にすら躊躇わず攻撃してきます。現在の死者は40人にも及び、負傷者は民間人を含めると600人を超えます。彼らの正体は未だに不明ですが、平和を脅かす〝敵〟である事は間違いありません!そして我々は決して彼らに屈伏する訳には行かないのです!』

力強く訴えかける俗に言うレジアス調が始まり、センターに座る人々もそれに同調して

「「そうだ、そうだ!!」」

と囃し立てる。

『なおも禍々しい力を使おうとする者達には正義の鉄拳が振り下ろされるだろう!我々の鉄の意志と団結によって!!』

民族大虐殺を実行した第97管理外世界のヨーロッパ辺りに出現した〝ちょび髭〟独裁者のようなその力強い演説に、フラッシュが数多く瞬いた。
だが彼がその独裁者と違うのは、持ちうる大きいが有限な権力を〝少数(ゲルマン民族)の幸福と多数(ユダヤ民族に代表される他民族)の非幸福〟に使うか、〝最大多数の幸福〟に全力を注ぐか。の違いであった。

『テレビの前の皆さん。今日我々時空管理局は、長きに渡る海(本局)と陸(地上部隊)の反目。そして魔導士部隊とバルキリー隊の対立乗り越えて一致団結する事をここに宣言します。
その礎として空戦魔導士部隊及び時空管理局本局代表の八神はやて二佐と─────』

はやてがコクリと頭を下げる。

『─────バルキリー隊及び時空管理局地上部隊代表である私とが、肩を並べ、手を取り合う姿をご覧いただきたい』

実は2人とも地上部隊所属だが、そこはご愛嬌。
地上部隊と本局の最高司令である両文民大臣は、これに類する法案整備が忙しく出席を辞退。元々バルキリーと魔導士部隊の連携を誓うつもりだった2人に代理を押しつけたのが真実だったりする。
ともかく、親子ほどの歳の差がある2人が固い握手を交わした。
その光景にセンターにいた人々─────空戦演習に参加した空戦魔導士部隊全員、フロンティア基地航空隊の参加者、そしてクロノ提督やリンディ統括官など本局からのゲストも大きな歓声をあげた。
またマスコミも待ってましたとばかりに一斉にフラッシュを焚き、ドームを真っ白に照らした。
この時、本局と地上部隊、そしてバルキリー隊と魔導士達は真にお互いを受け入れたのだった。

(*)

その歴史的瞬間からすぐ、天井の屋根がスルスルと動き出した。
開いていく屋根からは青い空が望む。そこを横切るは6つの航跡。
桜色、金色、赤色の魔力光を放つ光跡は、機動六課のなのは、フェイト、ヴィータのものだ。残る青、緑、白の航跡は、スモークディスチャージャー(煙幕発生機)を起動したVF-11SGとS、そしてVF-25だ。それぞれミシェルとライアン、そしてアルトが乗り込んでいる。
6人は中央でパッと六方に散ると、3人ずつ時間差でUターンして再び中央に戻って来る。
六課の3人は対になるように3方向からアプローチし、ドーム中央を軸に回転しながら急上昇する。それによって3色の光跡は綺麗に螺旋模様を描いた。
バルキリー隊の3機も、さっきと同様に螺旋模様を描きつつ上昇する。
その時会場に音楽が流れ始めた。その歌声は紛れもなく超時空シンデレラのものだった。

<ここより先は『私の彼はパイロット ミスマクロス2059』をBGMにするとより楽しめます>

その歌声に合わせて6人が舞う。
キラリと光ったかどうかはそれぞれの主観によるが、6人は綺麗な編隊を組んだまま歌に合わせて会場にかすめるほど急降下。そして急上昇しながら六課とバルキリーとで二手に別れた。
上昇を続けるバルキリー編隊と六課編隊はそれぞれが特徴的な円を描きつつ合流する。その軌跡は大きなハートを描き出していた。
続いて六課編隊からフェイトが抜け、高速移動魔法によってバルキリー編隊を掠めるようにニアミスして反転、離脱しようとする。しかし3機はガウォークを使った鋭いターンでそれを追うと、マイクロハイマニューバミサイルを放つ。
ロックされたフェイトを追尾してミサイルが直線に並びながらハートの真ん中へとさしかかる。

『ディバイン・・・・・・バスタァーーー!』

フェイトの目前で放たれたなのはの砲撃がハートを貫く。その桜色の光跡は瞬時に消えてしまうが、ミサイルの誘爆によってその爆煙が綺麗な矢を形成。ハートを貫く矢というラブサインを描き出した。
そしてなのはにはミシェル、フェイトにはアルト、ヴィータにはライアンとそれぞれ別れて2機編隊で宙返りなどアクロバットする。

〝だけど彼ったら 私より 自分の飛行機に お熱なの〟

組同士仲良く編隊を組んでいたが一転、六課側が砲撃などの攻撃を敢行。攻撃はそれぞれの相方の機体に直撃し、機体は煙を上げながらキリモミ落下した。
会場はその行為と、ほんとにヤバそうなバルキリーのキリモミ落下に息を呑む。
しかし落下する3機はほぼ同時に機位を立て直すと六課側と合流。そのまま仲良く編隊を組んで会場をかすめ飛ぶ。
他5人がそのまま横切って行く中、VF-25のみがガウォーク形態に可変し減速。ステージ前に降り立った。そしてキャノピーを開けると、後部座席の少女をステージ上に降ろした。

〝きゅーん、きゅーん きゅーん、きゅーん 私の彼はパイロット〟

ランカはステージ上で歌を完結させると、声援とフラッシュに応えた。

(*)

30分後

ドームはまるで優勝の決まった野球チームのようなどんちゃん騒ぎになっていた。

「今日は無礼講、階級は忘れて大いに飲んでくれ!」

というレジアスの言の下、空戦魔導士、フロンティア基地航空隊員入り乱れての酒盛りやシャンパンファイトという光景も見られた。
しかし今は比較的沈静化し、楽しく談笑しながら出されている料理を食べる事が主流になりつつある。
アルトもそんな主流派の1人だ。彼も適当に見繕ってきた食材を皿に並べ、それらをつついている。
彼の周りにはすでに機動六課の面々(隊長陣とフォワード4人組)やサジタリウス小隊のさくら。そしてミシェルと机を囲んでいる。ちなみにランカとはやて達はマスコミに連行されたっきりだ。

(大変だなぁ・・・・・・)

アルトは他人事のように考えながらよく煮えたポークを口に頬張った。

「しかし、まさか両方の戦勝パーティーに出られるとは思わなかったな」

周りを見ながら呟く。
比較的オープンな六課では感じなかったが、地上部隊では魔導士ランクですべて決まり、ほとんどの場合で同じランクの者としか付き合わなかった。
また、魔導士とバルキリーパイロットも異質なものとして原隊でもなければ互いに接点を持たなかった。
しかし今はどうだろう。
地上部隊の茶色い制服を着た(魔導士ランクが)高ランクの局員と、フロンティア航空基地のフライトジャケットを着た低ランクのバルキリーパイロットが仲良く談笑していた。
演習前にこの光景を誰が予想しただろうか。
少なくともアルトは現状に満足していた。『どちらかが路頭に迷うことなど、ない方がいい』と考えていたからだった。
そしてアルトの呟きに、いつもの和食ではなくパーティ料理をつついていたなのはが応える。

「そうだよねぇ。でもこっちはほとんど必勝のつもりだったんだけどなぁ~」

そう言うなのははちょっと悔しそうだ。確かにあのAランク魔導士を全力投入した物量作戦では勝ちを確信してもおかしくなかっただろう。バルキリー隊の生存率が高いのはその装甲によるものだけではない。大量に搭載された撃ちっぱなし式ミサイルが抑止力として魔導士達の接近を拒んだからだ。あのまま長引いていれば弾薬切れで確実に負けていた。

「確かに。はやて部隊長、なんかすっごい張り切ってましたもんね~」

こちらは何故か甘いもので埋め尽くされているスバルが言った。今彼女の目の前には20cm程に高くそびえ立つアイスクリームボールを積んで作ったタワーがあった。

(あんなのどうやって食べるんだよ・・・・・・)

「こっちだって六課対策で猛特訓したんだぜ。なぁ、アルト」

「・・・・・・うわっ!」

ミシェルが突然肩を叩いたため、アイスクリームに意識が集中していたアルトは前につんのめる。その拍子に机を揺らしてしまった。それによってギリギリの均衡を保っていたアイスクリームタワーはグラリと揺れ、最上部の1個が落ちた。

「あ?」

それに気づいたスバルの対応は早かった。
彼女はコンマ数秒の間に小型のウィングロードを落ちる先に展開すると、アイスの地面への落下を防ぐ。そして更に驚嘆すべきことに直径4センチを超えていたであろうアイスクリームボールをそのまま口に滑り込ませてしまったのである。

「・・・・・・」

彼女は口を閉じたきり動かない。
人の口の大きさを超えるようなものを一呑みしてさらに動かないとなると、さすがにヤバイかと思い始めて駆け寄ろうと腰を浮かせる。

「おい、スバル? だい─────」

大丈夫か?と、最後までいえなかった。なぜなら彼女はブルリと震えたかと思えば、目を輝かせて一言。

「美味しい!」

出鼻を挫かれたアルトはその場に転んでしまった。

「あぁ、アルト隊長、大丈夫ですか?」

さくらがズッコケたこちらへと手を差し出し、助け起こしてくれる。

「・・・・・・あぁ。っておい、お前ら!あれを見てどうも思わないのか!?」

しかし、六課メンバーは一様にいつもの事だ。という顔をした。
ティアナが唯一

「あんた、食べ過ぎるとお腹壊すわよ」

と注意していた。

(いや、そんなレベルじゃないだろ・・・・・・)

アルトはやはり胸の内で呟いた。

(*)


「お代わり行きますんで、皆さん欲しいものありませんかぁ?」

スバルはまたアイスクリームを食べるつもりらしい。手にはさっきのアイスが入っていた大皿が乗っている。
彼女はなのは達からお茶等の注文を受けると、注文が多かったため運び係を志願したエリオを伴って人混みに消えていった。

「それでアルト、さっき聞いてたか?」

ミシェルの問いに今度は落ち着いて答える。

「ああ、あん時あと1週間しかなかったからな。陣形の選定とかしなきゃいけなかったし、参戦してくるであろう機動六課戦力への対策に1番時間を費やしたな」

アルトはあの日々を思い出しながら言う。まさにそれは〝月月火水木金金〟と呼べるほどのハードスケジュールだった。

「そういえば演習1週間前に、突然アルト隊長が私達の小隊を集めて『お前達がフロンティア基地航空隊の切り札だ!』なーんて言い出すんですよ。びっくりしちゃった」

さくらがアルトの声色を真似て言う。
そう、サジタリウス小隊のさくらと天城の両名とも珍しくクラスオーバーAのリンカーコアを保有していた。そのため訓練次第では超音速可能なハイマニューバ誘導弾の使用が、そしてMMリアクターの補助でSクラスの出力を持った魔力砲撃ができたのだ。
─────しかしなぜ2人はこれほどの出力を持ちながらバルキリー隊に配属されたのだろうか?
実は天城の方はこのクラスのリンカーコアを持ちながら飛行魔法が大の苦手であった。しかし空戦に必要な空間把握能力などのセンスが高く、実績も十分評価できる立派なもの(なんでも部隊の数人でテロを計画する次元海賊の本拠に突入。そこで暴れまくり、対応の遅れた本隊の到着までの時間稼ぎをしたらしい)だったため、原隊の部隊長が陸で果てるには惜しい人材と判断し推薦したという。
またさくらもヘッドハンティング(引き抜き)でなく推薦だ。しかし推薦主は〝特秘事項に該当〟するとかで判明しなかった。
話は戻るが魔力砲撃のSクラス出力は戦闘の上では必須条件であり、音速を軽く突破してくるオーバーSランク魔導士に追随できるハイマニューバ誘導弾もまた必須であった。
そのため彼らには対六課戦力用の特訓が施された。結果的に2人は格段に進歩し、それぞれに小隊を与えてもよい程の技量に到達していた。

「─────でも負けてしまいました。すいません・・・・・・」

シュンとするさくらに対戦したフェイトがフォローする。

「さくら、もしあれが演習用の模擬弾じゃなくて、実体の徹甲弾だったら私のシールドは全部破られていたよ」

「そうだ気にするな。お前の砲撃を受けきるなんて誰も予想してなかったんだ。おまえ達は十分やったよ」

「はい!ありがとうございます!」

さくらは2人にペコリと頭を下げた。この素直な所が彼女の持ち味だ。きっとどんな困難にぶち当たっても挫けないだろう。

「やっぱりお前達を選んでよかった。・・・・・・しかし俺は教官だからな。またすぐ他の奴を教えなきゃいけないのが、なんだか寂しいもんだな」

2人の頑張る姿がフラッシュバックする。
総火演までの7日間、シミュレーターによるAIF-7F『ゴースト』とのタイマン勝負を朝飯前の日課とし、VF-25を仮想六課戦力に見立てた2機一組による連携訓練。そして戦術について深夜まで話し合ったあの日々が。
さくらにもこちらの思いが伝わったのか

「そこまで私達の事を・・・・・・!」

と感極まった様子だ。

「アルトくんの気持ち、よくわかるなぁ~」

なのはは続ける。

「私も教導隊だからね。同じ子は大体1ヶ月ぐらいしか見てあげられないの。だから『まだ教え足りない!』、『もう少し時間があれば・・・・・・!』って何度も思ったな。だからいつも教える時は全力をかけて、後悔しないように。だからアルトくんも後悔しないように頑張ってね!」

「ああ。サンキュー」

なのはの激励を授かったちょうどその時、今まで沈黙を守っていたステージに光が戻った。

『これより新春隠し芸大会を開催いたします!』

壇上でマイクを握っているのは天城だ。姿が見えないと思ったら裏企画に参加していたらしい。
周囲からはブーイングの嵐だ。
曰く、

「テレビが来てるんだぞ!」


「新春って今7月末だぞ!」

等々。
天城は地声で

「こういうのは新春って決まってんだよ!」

などと怒鳴り返すと、マイクを握りなおす。

『こういう展開になると予想していた俺は、すでにエントリーナンバー1番を予約しておいたのだ!それでは先生、ガツンと一発お願いします!』

天城と立ち代わりにやってきたのはランカだった。

『1番、ランカ・リー、歌います!』

ランカが〝ニコッ〟と、笑顔の矢を放つと場が一斉に盛り上がった。
冷静に

「これって隠し芸?本業じゃね?」

とつっこむ者もいたが、大半が肯定側に寝返った。
ランカの衣装がバリアジャケットであるステージ衣装に変わる。
そして彼女はお決まりのマイク型デバイスをその手に握ると、力いっぱい叫んだ。

「みんな、抱きしめて!銀河の果てまでぇー!」

大音量のイントロと共にランカのライブが始まった。
客席が水面のように揺れて、大気振るわす歓声が輪になって広がっていく。
恋する少女のときめく心を綴ったファンシーな歌詞を、ノリのいいビートと快活なメロディに乗せたランカ最大の必殺歌(?)『星間飛行』。
そして遂に幾多の戦闘を止めたこの曲最大のポイントに突入する!


「「「キラッ!☆」」」


ドームに唱和する全員の声。
続くサビに場は完璧にランカの生み出す世界に呑まれ、誰もが興奮のるつぼへと飛び込んだ。

(*)

そうして長いようで短いライブは終わった。

『ありがとうございました!』

ランカがペコリと頭を下げ、舞台袖に引っ込んだ。既に会場は最高潮の盛り上がりをみせている。
そして再び舞台袖から天城が姿を現した。

『ランカちゃんありがとうございました。では2番をどなたかお願いします!』

天城がマイクを客席に向かって突き出す。
レベルの高かったランカの後だ。なかなか名乗りを挙げるのは難しいだろう。アルトはそう思ったが、案外早く見つかった。

「はーい、わたしやるですぅ!」

聞こえたのは遥か後ろ、ちょうどマスコミのど真ん中あたりからだった。
そして彼女は自分達を飛び越えてステージに一直線に向かっていき、天城は彼女のためにマイクの台を残すと舞台から退いた。

『2番、リインフォースⅡ(ツヴァイ)、歌います!』

彼女はマイクの前で宣言すると、歌いはじめた。

〝トゥエ レイ ズェ クロア リュオ トゥエ ズェ─────〟

さっきとはうって変わってなんだか荘厳な雰囲気だだよう曲だ。それにア・カペラであるはずなのになぜかパイプオルガン伴奏が聞こえてくるようだ。
また、彼女の足下にミッドチルダ式でもベルカ式でもない魔法陣が展開されている。あれは一体?
しかしその時、後ろから来た疾風が自分の横を駆け抜けていった。ちょうど歌が終わる。

「こぅら、リィィィン!!」

満場の拍手に混じって八神はやての怒声が会場に響き渡った。そして次の瞬間には舞台に現れ、リィンにハリセンの一撃を加える。

「ひたい(痛い)!」

「〝中の人ネタ〟やったらいかんってあれほど言ったのに!」

「だって、隠し芸って─────」

「中の人ネタは隠し芸って言わんのや!」

はやてはそう言って彼女を叱りつけると

「すいませんでした!」

とこちらに一礼。舞台袖にリィンを連行していった。

「ええっと・・・・・・それでは3番行ってみようか!!」

はやての乱入によくわからなかった一同だが、天城の強引な司会進行によってなんとか盛り上がりを取り戻した。
周囲に祭り上げられて名乗りを上げた3番手が上がる舞台を眺めながらアルトは気づいた。フェイトの舞台に投げる熱い視線に。

「そういやフェイト、歌完成したんだって?いい機会だし歌ってきたらどうだ?」

しかし彼女は笑顔見せると、

「私の歌なんて、こんなところで披露するような大層なものじゃないよ」

否定する彼女の面影はどこか見たことがあるような哀愁を漂わせている。

(この表情、どこかで・・・・・・?)

見た覚えは強烈にするのにどうしても思い出せない。しかしそれは少なくともフェイトではなかった。

「・・・・・・ん、そうか」

とりあえずそう応答するが、それがどこか気にかかってアルトの心をかき乱した。

(*)


10分後

舞台はすっかり通常の隠し芸大会の様相を呈していた。さっきまで酔った管理局の一佐がカラオケを披露していた。
今は空戦魔導士と基地航空隊の男女十数人ほどが動く死人、いわゆるゾンビに扮装し、どこかで聞いたような英語の曲に合わせ

「スリラー!」

などと叫びながら踊っている。
また、ホロディスプレイのテロップには〝M.J.追悼慰霊祭〟と書かれていた。

(ゾンビの意味あるのか?)

元を知らないアルトはそう思ったが、他人の芸に口出しするのもはばかられたので気にしない事にした。
さてアルト達はというと、変装したランカやはやて達を加えてあるゲームをしていた。
机の中心には人数分のカレーパンが積んである。
持ってきたスバルによれば、この中に1つだけ『爆裂・ゴッドカレーパン』というどこかの必殺技のようなカレーパンがあり、ものすごい辛いらしい。
それを食べた幸運(?)の持ち主を残りの人が当てるという単純明快なゲームだ。

「そうねぇ・・・・・・これにしよっと!」

ティアナが早速と、ひとつのパンを掴み上げた。そこにスバルが茶々を入れる。

「あぁ!ティアそれでいいの!?」

「なに?まさかこれ!?」

「ヒヒヒ、わたしも分かんな~い」

「む~!」

膨らむティアナにスバルはしてやったりとクスクス笑う。

「じゃあぼくはこれ」

2人に続いてパンに手を伸ばしたのはエリオだ。

「あ、エリオくん、わたしのも取って」

席が遠くて手が届かないキャロがこれ幸いと頼む。

「いいよ。うーん・・・・・・これでいい?」

「うん。ありがとう」

キャロはパンを受け取ると、笑顔を返した。
字面だけみていると仲のいいカップルのように聞こえる。しかし本人達に自覚はないし、周囲からみても仲のいい〝兄妹〟にしか見えなかった。
いろいろありながらも、パンは1人1人に渡っていった。
アルトもあと5つ程になった時に

「ままよ!」

と3つとり、1つをさくらに渡した。

「え?ああ、ありがとうございます」

どうやら扱い慣れていないナイフとフォークで、ビフテキと格闘していたようだ。

「・・・・・・えっとだな、さくら」

「はい?」

「利き手がナイフだぞ」

さくらは顔を真っ赤にして持ち変える。そんな彼女を横目に、ランカにもう1つを渡した。

「ありがとう、アルトくん」

ニコッと微笑むランカ。今彼女の髪は黒になっている。
それだけでアルトも最初彼女がランカとは分からぬほど印象が変わっていた。なんでもデバイスの簡易ホログラム機能を使って髪を黒に見せているという。

「みんな取ったね?」

スバルが最後に残ったパンを手に確認する。
ちなみにミシェルはさっきウィラン達とどこかへ行っていた。

(チッ、運のいい奴め)

スバルが周囲を見渡して確認を終えると、開始の合図を放つ。

「それでは始めぇ!」

パクッ

そんな擬音が聞こえてきそうなほど全員一斉にパンを口に頬張った。

モグモグ

なんてことはない。確かに辛いが普通のカレーパンだ。
ランカやさくらも普通に食べていく。どうやら3人とも〝当たり〟ではないらしい。
周りを見渡すと他も普通に食べて・・・・・・いや、キャロは先にフリードリヒに食べさせて〝毒味〟させているようだ。

(うーん、見かけによらず計算高いヤツなんだな・・・・・・)

彼女はフリードリヒが問題なく食べるのを確認したのか今度こそその愛らしい小さな口でパンをほうばった。

「からーい!!」

 ・・・・・・どうやら普通のカレーパンでも十分辛かったらしい。
苦笑しながら見回していると、今度はなのはと視線があった。

「どうした?」

「うん、ちょっとみんなの反応を見てただけ。アルトくんは?」

「俺も同じだ」

そう言うと2口目を口に運んだ。
しかしアルトは既に気づいていた。彼女の額にうっすらと浮かび上がっていた汗。そして声に混ざる小さな緊張のスパイス。これによってなのはがホシに違いないと。
しかしそこまで考えなくとも彼女はすぐにシッポを出し始めた。
食べていくうちになのはの顔色が赤にそして青に変わっていく。
ルールでは水が飲めないことになっているため相当きつそうだ。
全員が食べ終わった時、なのはは必死に笑顔を作っていた。しかしそれはひきつり、顔は真っ青だった。

(まったく、無理するのが好きなやっちゃ・・・・・・)

頑張りは認めるがあれでは誰の目にも明らかだろう。
投票が行われ、アルトは用紙になのは以外の名を書いた。

(お前の頑張りに乾杯!)

心の中で呟いた。
しかし正直者が多かったようだ。投票は、なのは:5。他バラバラ:5で、なのはが圧勝した。残り4票はなのは自身とアルトのような同情票だろう。

「はい!わたしです!だから・・・・・・早くお水を・・・・・・!」

負けたなのはがもはや息も絶え絶えに言う。
スバルは即座に席を立って飲み物の調達に走る。そして水を取ってくると、なのはに渡した。

ゴク、ゴク・・・・・・

その豪快な飲みっぷりに透明な液体はすぐになくなった。
しかし様子がおかしい。今度はフラフラし始めた。その目の焦点は定まっておらず、トロンとしている。

「ちょっとなのは、大丈夫?」

彼女の隣に座るフェイトがなのはを揺する。

「あぁ・・・・・・フェイトひゃん、らんか、ろれつが、まわららないの・・・・・・」

なのはがえらく色っぽく言う。そしてそのままフェイトに倒れ込んで抱きついてしまった。

「ちょっと、スバル? なにを飲ましたんや?」

はやてが席を立って、現場に急行しようとする。こうして席の者たちが騒然とする中、外部から介入が入った。

「おい君、アレ、飲んじゃったのかい?」

魔導士部隊と基地航空隊の隊員数人がスバルに問い詰める。

「は、はい・・・・・・ダメでしたか?」

「いやあれは罰ゲームに使うつもりだったアルコール度数が60%の酒のスポーツ飲料割りだぞ!」

「「「え~!」」」

どうやら急いでいたスバルが、水と間違えて酒をなのはに渡したらしい。
それも悪いことにスポーツ飲料割りと来た。スポーツ飲料は水分などの体内への吸収を良くするため、同時に摂取してしまうとアルコールの回りがものすごく速くなる。
つまりあれは急性アルコール中毒者製造飲料とも呼べる兵器と化していたのだ!
なのはも急いでいたし、カレーパンに味覚、嗅覚をマヒさせられていたので気づかずに飲み干してしまったようだ。
現在当のなのははフェイトの腕の中でイノセントな寝息をたてている。
さすが一杯で物凄い即効性だった。しかしこの程度で済んでいるのは実は酒に強いのだろうか?
ともかくこのままでは風邪をひいてしまう。仕方ないのでなのはは同じように酔いつぶれた人が集う休憩所で寝かせてもらうこととなった。

(*)

「でもそんなに辛かったのかなぁ?」

ランカの素朴な疑問に、なのはを〝持って〟行って不在のフェイトとはやてを除く全員が同調する。
『エース・オブ・エースをノックアウトしてしまう神なるパンはいかほどのものだろう』と。
その疑問に最初に耐えられなくなったのはやはり好奇心旺盛なスバルだった。

「じゃあ人数分持ってきますね!エリオも行こ!」

「はい!」

「あ、2人とも私の分はいいからね」

まるで解き放たれた矢のように飛び出して行きそうな2人にランカがマイクを片手に喉を示しながら言う。
『商売道具である喉に負担をかけたくない』ということなのだろう。

「「はーい!」」

スバルたちは頷くと、人混みに紛れていった。それと入れ違いに次元航行部隊の上級将校の制服を着た女性1人と護衛艦隊(次元航行艦隊)の制服を着た男性がこちらにやって来た。
男の方はこの世界に来てばかりの時に会ったクロノ・ハラオウン提督で、女性の方は聖王教会で見た写真に写っていたリンディ・ハラオウン統括官だ。

「こんにちは。あなたが早乙女アルト君?」

「そうだ」

「クロノは知ってるわね」

一礼するクロノを横目に頷く。

「私はフェイトの母のリンディ・ハラオウンです。あなたの噂は息子と娘から聞いています」

「・・・・・・そりぁ、ご贔屓にどうも」

しかしリンディは周囲をキョロキョロしはじめた。

「ところでなのはちゃんとはやてちゃん、それとうちの娘を見ませんでしたか?」

今までマスコミの取材攻勢にさらされていて・・・・・・と続ける。
アルトを含め席の者達は口ごもった。
まさか泥酔したなのはを休憩所に持っていったと言うわけにもいかない。忘れてしまいそうになるが、まだ彼女らは未成年だ。

「・・・・・・さぁ、さっきまでいたんだがなぁ・・・・・・そうだろ、ランカ?」

「えっ、う、うん。そうだね。どこいっちゃったのかなぁ~」

アルトにならってランカもとぼけ、周囲も追随した。

「そう? 仕方ない子達ねぇ・・・・・・」

リンディにとってみれば3人はまだ子供らしい。そこにスバル達が戻ってきた。

「持ってきましたよ~カレーパン」

その皿の上には都合のいいことにリンディ達の分もある人数分のカレーパンと、それであることをダブルチェックしたというお茶があった。

(*)

試食した神のカレーパンはそれはもう激烈な辛さだった。
水があっても半分がやっとだ。アルトは改めて水なしで頑張ったなのはに感服した。
周囲では犠牲者が多発しているらしい。

「グワァァァ!」

などと叫びながら青白い火を吹いている者もいる。
 ・・・・・・いや?あれは隠し芸大会か。よくみるとオールドムービーで見たことあるあの怪獣の着ぐるみを着て舞台上に作られた町を破壊していた。
それにしてもあの船首にドリルのついた船はなんだ?なぜビームを撃っている?俺の知ってる轟○号は冷線砲だったはずだ!

「なにこのパン、罰ゲーム・・・・・・?」

舞台から視線を戻してみると、パンを食べたリンディが鼻を摘まんで目に涙をためている。そうなのだ、このパンには少なくともわさびが入っている。

(しかしいったい何を入れればこんなに辛くできるんだよ。下手すりゃ死人が出そうだな・・・・・・ってかまずカレーの味がしねぇよ!ただひたすら辛い・・・・・・いや激痛がするだけじゃねぇか!)

しかし更に驚くべき事態が発生した。
リンディがどこかから砂糖を取り出したかと思えば、湯飲みに次々入れていくのだ。確か熱い抹茶が入っていたはずだ。
驚愕していると、念話が入る。クロノからだ。

『(すまん、かーさん大甘党なんだ。見なかった事にしてくれ)』

『(・・・・・・あ、あぁ)』

アルトは頷く事しかできなかった。

(まったくどうなってんだ!リンディといい、このカレーパンといい、常軌を逸してやがる!)

しかし「どんな奴がこのカレーパンを作ったのだろうか?」と、気になったアルトはスバルに問う。

「おいスバル、これをどこから持ってきた?」

舌を出して痛がっているスバルは、ある一角を指差した。
そこはバイキング形式で料理の並んでいる普通のエリアではなく、民間の店舗が宣伝のために展開しているエリアで、『古河パン』という店らしい。
少し興味のわいたアルトは、食べれなくて指をくわえるランカを伴い行ってみることにした。

(*)


「いらっしゃい」

『古河パン』の仮設の店舗は屋台形式だが、なかなか品揃え豊富でどれも美味しそうだった。
屋台をやっている店主はまだ30代ぐらいのたばこをくわえた男だ。しかし彼の目からは子供のような元気さ、溌剌さが漂ってくる。
つまりいい意味で『心は子供のまま』というやつだ。
それに古河パンは結構有名店らしい。たくさんの人がパンを買っていく。買いにきた大口の魔導士達。どうやら常連らしい。仲良く話し込んでいた。

「わぁ~、見て見てアルトくん!光ってるよ!」

ランカの指差した先には『レインボーパン』とある。確かにそれはどういう理屈か七色に光輝き、非常に美味しそうだ。
しかし─────

「そいつは止めたほうがいいぜ、少年」

店主が突然後ろから声をかけ、驚くアルトを無視して名札の一角を指差した。
そこは〝早苗パン〟と書かれている。
よく見るとゴッドなカレーパンにも同じ表示があり、値段は他が7割オフなのに対し、その名がついた物は定価となっていた。

「早苗パンってなんなんだよ?」

アルトの素朴な質問に店主は驚く。

「おまえ、早苗パンを知らないのか!?」

頷くアルトとランカ。

「そうか初めてなのか・・・・・・仕方がねぇ、教えといてやる・・・・・・このパンはなぁ─────!」

店主は神のカレーパンを1つ掴みあげると無造作に頬張る。そして比喩でなく本当に火を吹いた。

「きゃあ!」

その圧倒的な熱量に、ランカはサッとアルトの後ろに逃げ込んだ。
アルトもアルトで驚き戦(おのの)くことしかできない。
店主は火炎放射をやめると、得意気な顔で言い放つ。

「ガッハッハッハ!このパンはこうして、サーカスで火を吹くためにあるのさ!」

豪快に高笑いする店主の背後でトレーを落とす音がした。そのトレーにはパンが載せられていたようで、大量に転がっている。
落とした本人は、二十歳前ぐらいに若く〝見える〟女性だ。どうやらバイト・・・・・・なのかな?目に涙をためている。
しかし、彼女の口から出た言葉は落としてしまったパンの謝罪ではなかった。

「わたしのパンは、わたしのパンは・・・・・・サーカスで使う・・・・・・燃料だったんですねぇ!!」

彼女は言いっぱなしで泣きながら走り去った。店主はかじった残りのパンをくわえたかと思うと

「俺は大好きだぁぁぁ!早苗ぇ~!」

と叫びながら屋台を飛び出していった。

「なんだったんだ・・・・・・?」

そこには呆然としたアルトとランカだけが残された。

(*)

帰りの駄賃にと、あんパンとメロンパンをせしめた(無論、代金は置いていった)2人は元の席に戻って来た。
しかし、まだフェイト達3人は戻っていないようだった。
だがすぐに彼女達の声を聞くこととなる。それも最悪の形で。

TO BE COUNTINUE・・・・・・

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次回予告

暗躍するミシェル。
ベールを脱ぐなのは。
そしてフェイトとアルトの決断とは・・・・・・!
次回マクロスなのは、第17話「大宴会 後編」
本当の宴が始まる・・・・・・

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最終更新:2011年02月26日 21:52