第10章「安らぎの中で」
「………ふぅ。」
アイクはラグネルの手入れをしていた。毎日欠かしてはいけないものである。
なぜ、突然生活用品がほしいと言い出したかというと、砥石がほしいからである。
「砥石は一体どこで売っているんだ?」
と、独り言をつぶやく。独り言、ということは、誰も聞いていない。
これを第三者が聞いていたら、一体いつの時代の人間だ、と突っ込みを入れることだろう。
「そろそろラグネルばかりにも頼ってられんからなぁ……鋼の剣も買っておくか。」
アイクはどうやら、ここがミッドチルダだということを半ば忘れているようだった。
そんなものは売ってない、と誰かが言うべきなのだろうが、それを言う人がいない。
そして、アイクはティアナと買い物に行くまで空回りしたままだった。
「ところで、アイクさんのいた世界はどんなふうだったんですか?」
藪から棒にティアナが聞いてきた。
「そうだな…少し前までは騒がしかった世界だ。ラグズ、というやつらがいてな。何かしらの動物の特徴を持っているやつもいる。
そいつらは、化身することによって戦闘能力を大幅に上げることができる。」
「へぇ~。そんな人たちがいるんですね。ちょっと会ってみたいかも。」
「そうだな、いいやつらばかりだったから会ってみるのもいいかも知れん。」
と、談笑しながら街を歩くアイクとティアナ。
ティアナはTシャツにスカート、といった服装だが、アイクは赤いマントに甲冑、そして、ラグネル。
あまりに怪しい。警備員から声を掛けられてもおかしくないくらいに。
「あの……アイクさん?」
遠慮がちにティアナが話しかける。
「さすがに、その服装は目立つと思うんですけど…」
「?」
当の本人は一体何事か分からない、といった顔をしている。実際、道行く人たちは怪訝そうにアイクのことを見ている。
ここまでくれば、鈍感もいいところである。
「まあ、いいだろう。ところでティアナ、一つ聞きたいんだが。」
「あ、何でしょう?」
「武器屋はどこだ?」
「………」
市街地のことは大体知っているティアナだったが、この質問に答えることはできなかった。
「驚きましたよ。突然、武器屋はどこだ、だなんて」
「そうか。すまん。」
ティアナが武器も砥石もここにはないと説明し、とりあえず服を買いに行こうということで喫茶店で一服していた。
喫茶店でのマナーを一通り教えた後、コーヒーなどを注文し、ゆっくりしている。
「ティアナ、武器屋がないのは分かった。じゃあ、掘り出し物市はどこに?」
「……それも、少なくともこの町にはありません!」
「ん、そうだったか。」
………
(か、会話が続かない~…)
ティアナが何か言おうともたもたしている間、アイクは無言でラグネルを見つめる。
アイクは漆黒の騎士のことを考えていた。
(なぜ、この世界に奴が?スカリエッティとも関わりがあるのか?)
二人とも一緒にいるというのに、胸中では全く違うことを考えている。
そこで突然、ティアナが口を開いた。
「アイクさんって、その……好きな人とかって、いる、んですか?」
「…?」
考え事をしていたせいで何と言ったか分からなかったようである。
「だ、だからその…好きな人とか―――――――――――――」
「お待たせしました。エスプレッソと、アイスコーヒーです。」
いいタイミングで来た店員をちょっと憎らしく思いながら、ティアナはアイスコーヒーを飲んだ。
「……?」
アイクは終始、ティアナが何を聞きたかったのかも、なぜコーヒーが来たというのに気持が沈んでいるのかも分かっていなかった。
「ところで、エリオ達はいったいどうしてるんだ?」
「あの子たちもお休みなので、街を回っていると思いますけど…」
と、言い終わったその瞬間、アイクが突然振り向く。
「…………」
「ど、どうしたんですか?」
「いや、視線を感じたんだが…」
アイクは首をかしげ、そのまま前へ進む。
「あっ、待ってください!」
「ふぃ~、危ない危ない。危うくアイクさんに見つかるところだった…」
電柱の陰からにょっきり人影が出てきた。
スバルだった。
(あの二人いい感じだし、気になる~!あ、でも、アイクさんだからなぁ…)
スバルはアイクとティアナのその後を想像する。が、あまりいいイメージは浮かんでこなかった。
(……やっぱり、恋に障害はつきものだし、いっちょ悪役やってみるかな。)
そういった無駄な決意を胸に秘めて、スバルは二人の後を尾行した。
その姿は、アイクと同じくらい奇妙だった。
Another Side Episode:ERIO
「キャロ、何か聞こえなかった?」
「え?」
ライトニング隊も街にお出かけに来ていたのだが、エリオは何かを引きずるような音を聞いたという。
それも、地下から。
「一体なんだろう…?」
音がする路地裏へ二人は入る。
そこで見たものは――――――――――
Another Side Episode:END
ピピピッと、ティアナのクロスミラージュから音がした。
「なんだろ、キャロから全体通信…?」
「どうした?」
「いえ、キャロから連絡が…」
『緊急通信です、レリックと思われる箱が一つと、それを引きずった小さい女の子が…
女の子の方は意識不明、大至急来てください!』
「了解!!」
と言って通信を切る。
「ティアナ、頼みがあるんだが。セネリオにもこっちに来るように伝えてくれないか?」
「え?わかりました。」
そう言ってクロスミラージュを使ってシャーリーに通信をする。
そうしている間、アイクは顎に手を当てて考えていた。
(何か、嫌な予感がする…とてつもなく、嫌な予感が…)
アイクはどうしようもない不安に駆られていた。そして、ラグネルを腰から抜く。
まだアスタテューヌがアイクの加護を封印していないというのに戦闘を行うのは危険だが、いや、そもそも戦闘に発展しなければいいのだが、
と考えていたが、そんな甘い考えが通用するとも思えない。
今のアイクには、どうかこの不安が思いすごしであるように、と祈ることだけしかできなかった。
to be continued....
最終更新:2011年03月21日 21:44