第12章「鎧に隠された意思」
「ゼルギウス君。居るかね。」
スカリエッティがその名を呼ぶ。
すると、暗闇の中から一人の、黒い鎧を身にまとった男が姿を現した。
「……何の用だろうか。」
「どうやら、かわいいルーテシアとアギトが困っているらしくてね。助けに行ってくれるかい?」
少しの間、男は思慮する。そして、
「断る。私は便利屋ではない。真に仕えるのはセフェラン様その人だけだ。」
「ふぅん…じゃ、これを見ても行かないっていうのかい?」
そう言ってスカリエッティはモニターを映し出す。
そこにはルーテシアとアギト。そして、アイクとセネリオらライトニングとスターズの隊員が映っていた。
「!!」
「彼らは君の求めている人たちなのではないかい?その人たちと接触するチャンスを、ここで捨ててしまうかね?」
「……了解した。そこに行ってやろう。ただし、彼女らを助けるかどうかは、私次第だ。」
「それでいいとも。さあ、行ってやってくれ。」
その言葉を背中で聞き、漆黒の騎士はリワープを使う。
数秒後、部屋にはスカリエッティ一人になった。
「……さて、これだけ手を打っておけば、『やつら』も動き出すに違いなかろう。
私と同じ支配欲に溺れた者よ、どう出るか、期待させてもらうかな。」
「かかってこないのか?それならこっちから行くぜーーーー!!」
大きく吠えて、アギトが周囲に炎を展開させる。
「くっ!」
火をかき消すためにセネリオが風魔法の魔道書を取り出した、その時だった。
「こんなところで一体、何をしている。貴殿らの任務はレリックの回収であり、戦闘、破壊工作ではないのだぞ。」
地面に突然魔法陣が現れる。魔法陣が光りだし、やがて一人の男を映し出す。
その男は発射されたアギトの炎を剣でかき消し、ティアナ達を一瞥する。
「こんなところで時間を使っている余裕はない。早々に引きあげるぞ。」
そう言って、漆黒の騎士は剣を向ける。
「貴殿らに恨みがあるわけでもない。恨みたいのなら恨めばいい。だが、私は恨みや憎しみだけで殺せるほど、甘くはない。」
その言葉にライトニングとスターズの隊員はほぼ全員、戦慄した。
そして同時に、直感で理解した。
この人は潜り抜けた修羅場の数が違いすぎる、と。
「あ…う…」
エリオが呻き声を漏らす。戦場でこの戦士に出会ったことに恐怖しているのだ。
永遠に思える一瞬の静寂を破ったのは、同じく歴戦の勇者だった。
「その通りだ。お前は憎しみなどで殺せるようなら、あの時に決着は着いていたはずだからな。」
「久しぶりだな、アイク。この者たちは新たな仲間か?まだ実戦経験は少ないようだな。」
「そうだな。だが、有望な戦士たちだ。俺が保証する。」
「…何しに来た。」
いったん切れた会話をつなげる。
今度は本題のようだ。
「アイク。お前は気付いているはずだ。私は今、こちら側にいる。つまり……」
ここでまた言葉を切る。当然、アイクはその間黙って漆黒の騎士を見据える。
だが、アイク達が導きの塔でみた鎧の間から覗く、狂気にも似た信念と戦士としての眼光は
すでにそこには無かった。
「私は、お前の敵だ。」
そう言って、アイクに剣を向ける。だが、アイクには漆黒の騎士と戦う前にやることがあった。
「セネリオ、エタルドを。」
セネリオはその言葉に従い、アイクにエタルドを渡す。
アイクはエタルドを受け取り、漆黒の騎士の手前の位置に放り投げる。
「この剣を使え。決着をつけてやる。」
「……いいだろう。その気はなかったが、今ここで雌雄を決するのも悪くはない。」
そう言ってエタルドを引き抜く。漆黒の騎士は剣を二振りほどする。
まるで、剣が戻ってきたことを喜ぶようだった。
「…………」
「…………」
まさに、一触即発。何かが動けば、それが合図になる。
それ故に、ライトニングとスターズ、そしてギンガは一歩も動けないでいた。
もし音を立てれば、その瞬間に二人はぶつかり合う。そのことがわかりきっていたからである。
そんな静寂を切り裂いたのは、アギトだった。
「おい、オッサン!熱くなるのはいいけどなぁ、自分が言ったこと忘れてないか?」
そんな愚痴ともとれる言葉をいさめたのは、意外な人物だった。
「…黙れ。」
その声の主は、アイクだった。
「んだとぉ!お前誰に向かって―――――――」
「俺とアイツの決闘の邪魔をするな!!」
その声は大きく響いた。それは、ここが地下だから、ということもあるだろう。
だが、ギンガはともかく、スバル、ティアナ、エリオ、キャロはアイクが怒鳴っているのを初めて見たからだ。
そして、アイクは自身からみなぎる殺気をアギトに向ける。
「っ!!」
アギトが息をのむ。
これほどの殺意を向けられたのは、初めてだったからだろうか、それともアイクをここで只者ではないと感じたからだろうか。
それとも、その両方か。
何であれ、状況が変わらなかったことに変わりはなかった。
(スバル、聞こえる?)
ティアナがスバルたちに心話で呼び掛ける。
(聞こえるけど、どうしたの?)
(この膠着状態は結構マズイわ。今は動かずにヴィータ副隊長たちが来るのを待ちましょう。)
(わかった。ティア、ヴィータ副隊長が突っ込んだら、私も突っ込むから援護よろしく!)
会話し合って、全員は落ち着きを取り戻しつつあった。
(その通りだ。お前ら、なかなか賢明な判断だな。)
何者かが心話に入り込んできた。
(私たちももうすぐで到着するから、それまで持ちこたえててくださいです!)
その声の主はヴィータとリィンフォースだった。
もうすぐ、この状況が終わる。
その時、ティアナは気付いた。
天井から小石が落ちてきたのだ。
なるほどここは廃棄居住区だ。それくらい不思議でもなんでもない。
だが、問題は―――――――――――
カツーン
その音に呼応するように二つの影が動き出す。
直後、刃物が織りなす独特の金属音が辺りに響く。
「おおおっ!」
「はあぁっ!」
ついに始まった。
二人の強者たちの決闘が。
アイクは鍔迫り合いを無理やりはじいた後、衝撃波を2,3発放つ。
漆黒の騎士はうまくひきつけて衝撃波をはじいた。そのまま接近し、アイクの首を撥ねようとする。
それをうまくバク宙でかわし、天井に足ををつける。
次の瞬間、衝撃波を放ちながら、急接近する。
漆黒の騎士が衝撃波をはじき、次の攻撃に備える。
その構えを見て、アイクは渾身の一撃を漆黒の騎士にぶつける。漆黒の騎士もそれを予想しており、それを本気の力で撥ね返す。
それによる大きな衝撃で周囲の支柱が崩れ落ちる。
その次の瞬間、アイク達とは何も関係ない場所の天井が崩れ落ちた。
「ふう、遅くなってすまん。」
「遅くなりましたです!」
ヴィータとリィンの二人が到着した。
その侵入者を見て、ガリューが反応する。
だが、それに反応できても、力では負ける。
ヴィータはガリューを吹き飛ばしてしまった。
一方でリィンもルーテシア達を捕獲する。
「任務完了、です!」
何かがおかしい。
アイクはそう思い始めた。
(何を考えている…一体…?)
ほんの少し。だが、決定的な違和感。何がどう、とは言えないが、アイクにとっては明らかな違和感があった。
考えている内にまたつばぜり合いが始まる。
火花を散らすラグネルとエタルドの向こうにあるゼルギウスの瞳を見つける。
戦士としての誇りも、戦うことへの執着もなくしてしまった瞳を。
(やはりおかしい。こんな、カウンターの取りやすい攻撃ばかりを…)
思って、気がついた。
(まさか…)
そうとしか考えられない。だが、そうであってほしくない。
かつて、自分が何もかも認めたこの人物がそんな考えに至っているということを。そう思いたくなかった。
だが、そう考えれば、全てつじつまが合う。ホテル・アグスタの森で見たあの瞳。
そして、先ほどからの攻撃。
そう。漆黒の騎士、いや、ゼルギウスは『死にたがっている』。
ラグネルを振りぬき、後退する。
そして、静かにラグネルを降ろす。
「…どういうつもりだ。」
漆黒の騎士が感情の無い声で尋ねる。
「ゼルギウス。なぜだ?なぜ死にたがる!」
大きな声でゼルギウスに問いかける。その問いかけに答えるようにゼルギウスもゆっくりとエタルドを降ろす。
「やはり、隠し事はうまい方ではない、か。」
独り言をつぶやき、自分の心の奥底にある感情を読み取ったアイクに笑いかける。
もっとも、その微笑は鎧に隠れて、誰も見えなかった。
そして笑いを引っ込め、冷たい声を出して言った。
「お前たちにはわかるまい。安息の死をはぎ取られ、仮初めの生を与えられる苦しみが。
今の私は抜け殻だ。信念も、誇りも、あの時に捨ててきてしまった。戦士として生きることができない苦しみが
貴様らには理解できまい。」
その言葉を発した直後、地面に魔法陣が描かれる。
「やめだ。アイク、お前との決着はまた今度にしよう。やつが言ったことも果たしたわけだしな。」
そう言って、漆黒の騎士はリワープしてしまった。
「待て!ゼルギウス!!」
アイクが叫ぶが、もう、届かない。
「アイク、私に戦士としての死に場所を与えてくれ…」
そう言い残し、光に包まれて消え去った。
アイクは呆然としたまま漆黒の騎士が去って行った場所を見つめる。
だが、それも数秒のこと。それは突然にやってきた。
「アイクさん!」
ティアナが駆け寄ってくる。
「どうした?」
「あの小さな子達が……いません!!」
to be continued......
最終更新:2011年03月29日 12:29