世界は、とても暗かった。
光なんて一片も差し込まず、冷たい。
夜の暗闇よりも、遙かに暗い。
目前の物すら、まともに見えない。
立っているだけで、発狂してしまいそうな漆黒だった。
無限に広がる闇の中を、エリオはたった一人で歩いている。
普通ならば、このような所にいれば不安などの感情が芽生えるかもしれない。
しかし、彼は何も感じなかった。
一切の光が見えてこない、闇の世界。
永遠に抜け出す事の出来ない、地獄。
いくら足掻こうとしても、最後には竹篦返しを喰らう。
彼には、不思議と見覚えがあった。
幼少時代、モンディアル家の子息として生まれたエリオ。
しかしそれは長く続かず、崩壊が訪れた。
両親から裏切られ、暗いどん底に突き落とされる。
保身のため、紛い物として生み出された自分は切り捨てられた。
そして、一切の尊厳を奪われる。
それでも、光は差し込んできた。
自分と同じように、信じてきた親から見捨てられた人。
あの人は自分に、生きるきっかけを与えてくれた。
数え切れないほどの希望も。
本当の親のように、自分と向き合ってくれた。
同じような境遇を味わった、友達も。
一緒に道を歩いてくれる、大切な人達も。
多くの事を教えてくれた、尊敬する人達も。
全て、あの人のおかげで見つける事が出来た。
でも、自分はそれを裏切った。
長い間共に過ごしてきた友達を、理不尽に殴って。
あの子の悲しい瞳を見て。
相棒から向けられた怒りの瞳を見て。
大切な人から失望されるのが怖くて。
みんなから否定される事が怖くて。
あの子を傷つけた。
言い逃れの出来ない、最低の所為。
許されるわけがない。
だから、逃げ出した。
光から目を背けるように、闇の中へと。
とても暗い世界で、地べたを這い蹲って。
自分が今まで目指してきた道から、踏み外した。
それでも、悪い気はしない。
ここにいれば、何からも否定される事はないから。
闇は、全てを飲み込む。
だから、誰にも見つける事は出来ない。
ここには、自分を受け入れてくれる人がいる。
もしかしたら、ここは自分にとって本当の居場所ではないのか。
明るくて暖かい光ではなく、冷たくて暗い闇の中。
そう考えれば、何も怖くはない。
これが本当の自分。
考えてみれば、幼い頃から暗闇に浸かってきた。
なら、今更闇の中に堕ちたところで悔やむ事はない。
本来の姿に、戻るだけだ。
全てから見捨てられた、あの頃のように。
エリオはただ、闇の中を歩いていた。
先の道はまるで見えない。
でも、怖いと思わなかった。
このまま歩けば、会える。
自分と同じように、闇の中を生きる人達を。
「よう、待っていたぜ」
そんな中、声が聞こえた。
こんな自分を『弟』と呼んでくれる、闇の中で生きる人達の。
エリオは振り向く。
するとすぐに見つけた。
別の次元からやって来た闇に生きる二人の男、影山瞬と神代剣を。
「やっぱりここはいいよな、深い深い闇の中は……」
影山は薄ら寒い笑みを浮かべていた。
兄と慕う男にいつも向けている、不気味な笑みを。
普通なら薄気味悪さを感じるかもしれない。
でも、慣れてしまったのかエリオは特に何も感じなかった。
「我が弟よ、ここが俺達の居場所なんだ……」
剣も不敵に笑っている。
影山とは対照的に、まだ何処か暖かみが残っていた。
それでも、光を感じ取る事は出来ない。
まるで、壊れているように見えて。
その笑顔の奥に、闇が潜んでいるような気がして。
「あれ……?」
そんな中、エリオは違和感を覚える。
一番の人が、ここにいない事。
自分を闇の世界に連れてきてくれた人。
ワームから救ってくれた人。
ザビーの力をくれた人。
この二人が兄と慕う人。
「あの、矢車さんは……?」
矢車想がいない。
一番闇を知っていて、一番闇を見てきていたあの人が。
地べたに這い蹲ってこそ、見える光がある事を教えてくれた人が。
ここにいない。
「兄貴は、ここにいないね」
当然の言葉を、影山は返す。
粘り着くような笑顔を保ったまま。
しかし、エリオはそれに違和感を覚える。
まるで目の前の影山が、影山じゃないような気がして。
「でも、別にいいじゃないか」
そして、もう一つ。
剣にも疑問を感じた。
矢車がいないのに、笑顔を浮かべたままなのを見て。
エリオは違和感を覚えてしまう。
まるで目の前の剣が、剣じゃないような気がして。
「えっ……?」
無意識のうちに、エリオは後退ってしまう。
ここにいる二人が、まるで二人の顔をした別人のように見えたから。
一歩、また一歩と彼らは歩みを進めた。
「だって、お前はここで永遠の闇に沈むのだから」
「だって、君はここで永遠の闇に沈むのだから」
その言葉と共に、彼らの身体が変わる。
人であったはずの外見は、一気に異形の物へ。
影山は昆虫の蛹を思わせる緑色の怪物に。
剣は蠍とよく似た巨体が銀色に輝く化け物に。
一瞬の内に、変貌した。
ワームと呼ばれる、人の皮を被った忌むべき怪物に。
ネイティブワームとスコルピオワームは、爪を掲げた。
「あっ……あ………!」
それを見て、エリオは愕然とした表情を浮かべる。
同時に、確信した。
自分は騙されていた事を。
自分は闇に堕ちても尚、裏切られる運命である事を。
嗚呼、どん底にいても周りには誰もいないのか。
誰からも必要とされないのか。
暗闇からも、拒絶されてしまうのか。
じゃあ、どこに行けばいい。
どこにも行かず、朽ち果てろと言うのか。
(兄弟)
後退る中、闇の中から声が響く。
この世界に誘い込んだ、男の声が。
闇のすばらしさを教えてくれた、男の声が。
二人が兄と慕う、男の声が。
ワームから助けてくれた、男の声が。
(お前、やっぱり面白いな)
いつか闇の中で聞いた言葉。
彼の姿は見えないのに、聞こえてくる。
まるで、すぐ隣から囁いてくるかのように。
見えないのに、とても近くに感じた。
(裏切りってのはな、最高の暗闇だ)
その直後、影山と剣が闇に飲み込まれる。
彼らが見えなくなるまで、それほどの時間は必要なかった。
瞬く間に、エリオは一人になる。
暗闇の中で、ひとりぼっちになって。
それでも不安とかは、感じなかった。
この暗闇が、まるで自分の事を分かってくれているような気がして。
真っ黒な闇に、どんどん自分を包んでいく気がして。
流れる闇の中に、エリオは身を任せていた。
10
夕暮れによって、空は赤みを増している。
吹きつける風は、冷たくなっていた。
周辺には、草木の匂いを感じる。
肌寒さを感じて、エリオの意識は覚醒した。
「う………んっ」
呻き声を漏らしながら、瞳を開ける。
辺りを見渡すと、木々が並ぶのが見えた。
既に見慣れた物となっている、鬱蒼と生い茂る森。
「あれ……何で?」
目覚めた直後、エリオの中で疑問が芽生える。
何故、自分はこんな所にいるのか。
川岸に現れた怪人、ライオンファンガイアとの戦いに負けて、川に突き落とされたはず。
それで何とか土手にまで上がったが、意識を落とした。
なのに、どうしてこんな所にいる。
「やっと起きたか」
疑問が広がる中、声が聞こえた。
振り向くと、岩の上に座っている矢車がいる。
彼の姿を見て、エリオは起きあがった。
「矢車さん……!」
「随分と寝ていたな」
矢車は相変わらず、無愛想な表情を浮かべている。
いつもの見慣れた顔を見て、エリオは確信した。
あれから、矢車が自分をここまで連れてきたと。
また、この人に助けられてしまった。
初めてザビーゼクターを貰った、あの日のように。
「あの、さっき戦ったあいつは……」
「逃げられた」
エリオの疑問を、矢車は鼻を鳴らしながらあっさりと遮った。
いかにも不機嫌を示すように。
すると、彼らの間に重い空気が流れて、沈黙が広がった。
日頃見せる事がない、矢車の苛立ち。
それを見て、エリオは自然に口を閉ざしてしまう。
敗北が悔しかったのか。
四人で戦ったのに、結局は負ける。
「……あっ!」
その直後、彼は思い出した。
先程の戦いで、起こった出来事を。
突然、敵であるはずのワームとなった影山と剣。
そして、矢車に攻撃を仕掛けた。
「矢車さん、ちょっといいですか」
数時間前の戦いが脳裏に蘇る中、エリオは詰め寄る。
その瞳に、確かな怒りを込めながら。
しかし矢車は、それを刺されても一切動じていない。
「影山さんと神代さんの事ですけど……!」
「ワームだった……それがどうした?」
そして、あっさりと言い放った。
それが当たり前であると、言うかのように。
エリオはそれを聞いて、表情が驚愕に染まった。
「知ってたんですか……!?」
「ああ」
「それじゃあ、あなたはワームだった二人と、今までずっと一緒にいたんですか!?」
「だから何だ?」
怒鳴るように問いただすが、あっさりと返される。
矢車は一言喋るたびに、うんざりしたように顔を顰めた。
それを見て、エリオの身体はわなわなと震える。
「あなた達は今まで、ずっと僕を騙してたんですね……」
矢車は何も答えない。
相変わらず無表情を保ったままだった。
そこに何が込められているのか、エリオには分からない。
しかしそれでも、言わずにはいられなかった。
ワームという怪物を庇ってきた男への、怒りを込めて。
「まさか、二人は知らないところで、誰かを襲って……」
「違うッ!」
だが、エリオの言葉は遮られた。
これまでとは異なり、感情的な否定によって。
すると、矢車は振り向く。
今まで見た事もないような、複雑な表情を浮かべていた。
怒っているようにも、悲しんでいるようにも、後悔しているようにも、嘲笑っているようにも見える。
普段の彼からは想像出来ない顔を見て、エリオの口は止まった。
一方で矢車は、睨むような瞳を弟に向けている。
「笑ったな……お前、あいつらが偽物だって笑ったな?」
「なっ……!?」
「そうだ……俺達は所詮、光を求めたって竹篦返しを喰らうんだ……なら、笑えよ?」
そして、彼はいつものように笑った。
この世の全てから見捨てられ、どん底に追いやられた悲しみ。
いくら光を求めても、闇に堕ちたからにはもう二度と帰ってこれない。
自嘲するようないつもの笑顔。
見慣れた筈の顔だが、エリオはそれを素直に見る事が出来なかった。
偽物。
矢車の言葉を聞いた事によって、エリオの怒りが沈んでいく。
むしろ、悲しみが沸き上がっていた。
人間の皮を被った異形、ワーム。
本物ではない紛い物。
それは決して、他人事ではなかった。
「笑えませんよ……」
先程までとは打って変わって、エリオは弱々しく呟く。
自分自身、ただの人間ではないのだから。
誰かの肉体と記憶を複製コピーして、クローン人間を生み出すプロジェクトFと呼ばれる技術。
不意に、忌むべき自分自身の正体をエリオは思い出した。
「僕だって……ワームと同じような偽物なんですから」
「何?」
「この世界には、プロジェクトFっていう誰かのクローンを作る技術があるんです。僕は、それで生まれた『エリオ・モンディアル』の偽物なんですよ」
特に感情を込めることなく、淡々と言い放つ。
彼の顔を見て、矢車は笑うのを止めた。
それに構うことなく、エリオは言葉を続ける。
「でも、そんな事はこの世界じゃ許されないんです。僕は結局、僕を生み出した両親によって見捨てられましたね……一度は、助けられましたけど」
彼は全てを告白した。
それで何かになるわけではないのに。
それで何かが変わるわけではないのに。
でも、言わずにはいられなかった。
何故なのかは、エリオ自身でも分からない。
憎むべき筈のワームに、共感してしまったからなのか。
影山と剣の事を、知ってしまったからなのか。
答えは見つからない。
一方で矢車は、黙り込んでいた。
しかし、ほんの少しだけ驚いている。
新しく弟にした奴が、二人と似たような存在であった事に。
その事実は彼でさえも、驚愕させるには充分だった。
「作り物の身体に、作り物の記憶か……」
「そういう事になりますね」
しばらく経って、矢車は納得したように呟く。
それにエリオは静かに頷いた。
本物の命ではなく、歪んだ技術による贋作。
だから、ワームである二人を侮蔑する資格など無い。
「やっぱりお前も、闇を見てきたんだな」
矢車は初めて出会った時から、エリオの闇を感じ取っていた。
自分を信じた者を裏切ってしまった罪悪感。
人の皮を被ったワームからもたらされた絶望感。
光を浴びる事に対して持ってしまった恐怖感。
今まで自分で築いてきた物を自分で壊してしまった虚無感。
自身を生み出した者に対する嫌悪感。
闇から抜け出しても、結局は堕ちる運命にあるのか。
生まれは違っても、似たような境遇にいる。
だからこそ、エリオに興味を持ったのか。
矢車はそんな事を考える。
「……そういえば言ってませんでしたね、僕の事」
不意に、エリオは呟いた。
自分の正体を言っていないのも、当然の結果。
そもそも聞かれなかったし、特に言う理由も無かった。
しかしそれでも、彼の中では罪悪感が芽生えている。
「考えてみれば、騙してたのは僕も同じですね……ごめんなさい、二人の事を悪く言って」
「そうか」
そして、弱々しく謝罪した。
二人がワームである事を隠してたのと同じように、自分もクローン人間である事を隠す。
違いなど何一つ無い。
結局、自分もワームと同類だった事だ。
矢車は一言返しただけで、後は何も答えない。
責めるつもりはないのだろうが、逆にそれが辛かった。
何よりも今は、影山と剣に会いたい。
会って、話がしたかった。
「僕、二人を探してきます」
「何?」
「影山さんと神代さんと、話がしたいんです!」
エリオは思いを伝えると、矢車から背を向けて走る。
ワームである影山と剣に会うため。
彼らにも、自分の事を伝えるために。
鍛えられた彼の足は、木々の間を一瞬で駆け抜けていった。
そして、エリオの姿は一瞬で見えなくなる。
「チッ……!」
舌を打ちながら、矢車も走り出した。
闇に堕ちても尚、妙な熱意を持つエリオを追うために。
そして弟たちを探すために。
あの白峰という男は、どうにも胡散臭い部分がある。
弟たちを探すとは言うが、信じても良いのか。
しかしまずは、エリオを追う事。
奴は意外と足が速いから、力を抜くと見失いかねない。
そう思いながら、矢車は速度を上げた。
時間が流れ、一日の残りは既に六時間を切っている。
太陽の光は完全に消えて、夜の暗闇が空を支配していた。
しかし、天に昇る月と星の光は見えない。
夜空を厚い雲が覆っていたため。
電灯といった人工的な光が、闇の世界を照らしている。
そんな中で、一人の少年が笑みを浮かべながら夜空を飛んでいた。
バリアジャケットを展開して、その手に長い槍を模したアームドデバイス、ストラーダを構えて。
「おっ、いたいた!」
そして見つけた。
自分のオリジナルとも呼べるプロジェクト・Fの産物。
エリオ・モンディアルが、人気のない薄暗い道を走っていた。
そこから少し離れた位置では、同胞のワーム達が待ちかまえている。
獲物を捕らえる為に。
赤い毛を揺らしながら飛ぶ、彼の目的はただ一つ。
本物に絶望を植え付けてから、潰す事。
ターゲットを見つけた彼は邪悪な笑みを浮かべながら、急降下を始めた。
「さあて……エリオ・モンディアル。君を闇に突き落としてあげるよ!」
闇に覆われた道の中を、エリオは走る。
何処かに消えてしまった、影山と剣を見つけるために。
あれから、先程戦いが起こった川岸を再び訪れ、付近を捜索。
しかし、見つかる気配はなかった。
ワームどころか、人っ子一人の気配もない。
矢車達と行動するようになってからは常日頃、人のいない道を通っていた。
当然かもしれないが、都合が良い。
もしも二人が町に行ってたら、パニックになる。
そうなったら、管理局に狙われるに違いない。
でも、見つけるのが遅れたらどうなるか。
走るエリオから、若干の焦りが生まれていく。
その最中、闇の中より複数の気配が、唐突に感じられた。
エリオの敏感な聴覚は、それらを一瞬で気づく。
すると彼は、足を止めて辺りを見渡した。
響く足音に続いて、殺気もあちこちから放たれるのを感じる。
直後、闇の中より見慣れた怪物が現れた。
皮膚が薄気味悪い緑色に染まった、サリスワーム。
十匹を超える数で、群れを成していた。
「ワーム!」
ワーム達を見たエリオは、反射的に左腕を翳す。
そんな彼の元に、夜空の中からザビーゼクターが飛来してきた。
軌道を描きながら飛んでくるそれを、エリオは掴む。
そしていつものように、ザビーゼクターをライダーブレスに填め込みながら、言葉を紡いだ。
「変身!」
『Hensin』
電子音声が発せられた瞬間、タキオン粒子が手首より吹き出す。
それは一瞬で金属片に変わり、エリオの全身を包んだ。
彼の変身は、一瞬の内に終わる。
一秒も経たない内に、エリオの身体は重厚な鎧に覆われていた。
辺りを灯す微かな光に、銀色の装甲が照らされる。
仮面ライダーザビーへの変身を終わると同時に、エリオは走り出した。
「やあっ!」
一瞬でサリスワームの目前にまで接近し、拳を放つ。
胸部に凄まじい衝撃が伝わって、巨体が揺れた。
その隙に、ハイキックを脇腹に叩き込んで、吹き飛ばす。
足が着くのと同時にザビーは、別のワームへ振り向いた。
相手は鋭い爪を振り下ろしているが、左に回ってそれを回避。
続くように、ザビーはジャブを振るう。
異形の足元は、8トンの重量に耐えきれずに数歩蹌踉めいた。
ザビーはそれで止まらない。
彼は周囲を囲むサリスワーム達に、打撃を放ち続けた。
「キャストオフ!」
『Cast Off』
異形が倒れた隙を付いて、ザビーは左手首を反対側の手で添える。
ブレスレットに装着されたゼクターを、180度回転させた。
蜂を模した機械から、電子音声と稲妻が迸る。
すると堅牢な鎧は、勢いよく弾き飛ばされていき、サリスワーム達に激突。
『Change Wasp』
闇夜の中で、脱皮を果たしたザビーの瞳が煌めく。
ライダーフォームの形態を告げる声と共に、彼は再び駆けだした。
ようやく起きあがったサリスワーム達は、腕を振るう。
しかし一発たりとも、ザビーに当てる事は出来ない。
軽快な動きと、強化された視覚を駆使して全て避けていた。
加えて、エリオは元々卓越した身体能力を誇る。
故に、彼にとってサリスワームの攻撃などまるで脅威にならなかった。
「おりゃあっ!」
ザビーはまた一度、鋭い蹴りを放つ。
するとサリスワームの巨体が、6トンの重量によって宙に舞った。
素早い攻撃によって、異形達は地面に倒れる。
「ライダースティング!」
『Rider Sting』
ザビーゼクターのフルスロットルを押し込んだ。
叫びと共に、蜂の内部から膨大なタキオン粒子が吹き出す。
一方で、サリスワーム達は起きあがって襲いかかろうとしていた。
しかしザビーは、集団に向かって走り出す。
そのまま、左腕を敵の胴体に叩き付けた。
一匹だけでなく、次々と。
するとザビーゼクターの先端より、タキオン粒子がサリスワーム達に流れ込む。
やがて最後の一匹に、ライダースティングが放たれた。
異形の皮膚に亀裂が走り出し、勢いよく電流が迸る。
それを合図とするように、サリスワーム達の肉体は次々と爆発した。
緑色の炎が、メラメラと燃え上がっていく。
そんな中、空気を切り裂くような鋭い音が聞こえた。
同時に、上空から迫り来る殺気。
ザビーはそれらを察して、横に飛んだ。
「ッ!?」
直後、彼のいた地点に一閃の刃が流れる。
身体を一回転しながら、ザビーは襲撃者に振り向いた。
その瞬間、仮面の下で愕然とした表情を浮かべる。
「なっ…………!?」
「へえ、流石だねえ。エリオ・モンディアル」
目の前に立つ者の姿が、到底信じられない。
理解は出来ても、納得が出来なかった。
赤く染まった頭髪とジャケット、風に棚引く白いマント。
その手には、異様な大きさを誇る槍が握られていた。
青い瞳からは、侮蔑の目線が感じられる。
「まあ、これくらいじゃないと拍子抜けだけど!」
見覚えがあるどころではない。
同じだった。
自分自身の姿と。
相棒であるストラーダを起動させて、バリアジャケットを身に纏ったエリオ・モンディアルの姿と。
かつての自分自身、そのものだった。
「お前はっ…………!?」
「ああ、そういえば名乗ってなかったっけ? 僕はエリオ・モンディアル、よろしく!」
エリオと名乗った彼は、嘲笑うかのように名乗る。
そのまま、ストラーダを一閃させた。
呆然と立ちつくすザビーの胸が、横一文字に斬られる。
自分に酷似した人物が現れた事で、彼の身体は動く事を失念していた。
ザビーブレストに傷が刻まれ、勢いよく火花が飛び散る。
激痛が中にいる装着者にも伝わり、体勢が蹌踉めいた。
しかし、それで止まる事はない。
目の前にいるエリオは、力強くストラーダを振るい続けた。
ザビーの胸に、脇腹に、両腕に、次々と傷が生まれる。
彼は刃を避けようとするが、相手はそれを許さない。
エリオの速度が、尋常ではなかった為。
「くっ!」
「遅いよっ!」
ザビーは反撃の拳を打ち出す。
しかしエリオはそれを軽々と避け、逆に反撃の一閃を繰り出した。
するとザビーの身体は、衝撃によって吹き飛ばされる。
そのまま地面に倒れるのを見て、エリオは勢いよく跳躍する。
ザビーは何とか立ち上がって、空を見上げた。
「一閃必中――!」
金属が弾かれる音が、二度響く。
魔力の塊である、カートリッジが消費される音。
するとストラーダの刃より、大量の電流が迸った。
掛け声と構え。
全てを、ザビーはよく知っている。
魔導師として戦っていた頃、幾度となく使ってきた技への動作。
それをあいつは、今からやろうとしている――――!?
「メッサーアングリフッ!」
答えは、瞬時に帰ってきた。
空に浮かんだエリオは、弾丸の如く勢いで突撃を開始する。
重力をも利用した事によって、速度は徐々に上昇。
やはりそれは同じだった。
かつての自分が、修行と戦いの末に会得した技、メッサーアングリフと。
ストラーダの矛先は、ザビーに容赦なく叩き込まれた。
「あああああぁぁぁぁぁぁっ!?」
仮面の下から、中にいるエリオの絶叫が発せられる。
激突による衝撃と、魔力で構成された電流が全身に流れたため。
アーマーの至る所から爆発を起こし、肉体に激痛が伝わる。
そのまま、ザビーは背中から勢いよく、固い壁に叩き付けられた。
鈍い音と共に、コンクリートが人型に凹んでいく。
ザビーは滑り落ちるように崩れるも、意識は失ってはいなかった。
サリスワーム達との戦いの疲労、そしてエリオから与えられた膨大なダメージ。
それでもザビーの変身は、何とか保っていた。
しかし、それも時間の問題だと、身体の節々から伝わる痛みが教えている。
全身の神経が苦痛に支配される中、敵が目前にまで迫っていた。
「やれやれ、これじゃあちっとも面白くないなぁ」
「君は一体……何なんだ!?」
「だから言ったじゃないか。僕はエリオ・モンディアルだって」
エリオはストラーダの矛先を、倒れたザビーに向ける。
その表情は、自分が作るとは思えないほど、侮蔑で染まっていた。
「まあ、正確に言えば僕が『エリオ・モンディアル』になるんだけどね!」
邪悪な笑みを浮かべながら、エリオは告げる。
それを聞いた瞬間、ザビーは確信した。
目の前に現れた、エリオ・モンディアルの正体を。
彼のような存在が何故、現れたのかを。
「まさか、僕に擬態したワーム……!?」
「ご名答!」
言葉から、祝福など微塵も感じられない。
エリオは右足を振り上げ、ザビーの胸に叩き付けた。
蜂を模したマスクより、微かな呻き声が漏れる。
それに満足したのか、エリオは鎧を更に踏みにじった。
「まあ、それが分かったところで、君が死ぬ事には変わりないけどね!」
「ぐっ……!」
「そうだ、せっかくだから見ると良いよ! 君の相棒を!」
嘲笑う声によって、ザビーは視線を移す。
今まで、何度も一緒に危機を乗り越えてきたデバイス、ストラーダ。
エリオに握られた彼は、点滅する。
「ストラーダ……?」
『実に不甲斐ない姿だな』
「えっ…………!?」
帰ってきたのは、蔑むような言葉だった。
『こんな奴がマスターだったとは……まったく、あまりにも不快だった』
「ストラーダ、一体何を言って…………!?」
『名前を呼ぶな、虫酸が走る』
長い間付き合った彼から続くのは、とても想像できない暴言。
それを聞いて、ザビーは仮面の下で呆然とした表情を浮かべてしまう。
『お前のような負け犬など、もうマスターなどではない。私は、このエリオ・モンディアルをマスターと認めている』
「それってどういう――――!?」
『まだ分からないのか? 劣化コピーが…………お前は自分の愚考を他者に攻められるのを恐れて、私の元から逃げ出した』
「それは違っ……!」
『何が違うというのだ? 崇高なる管理局の理念に反して、お前は姿を消した。その間、私はたった一人で取り残された』
ストラーダから吐かれる言葉は、未だに刃物のように鋭利だった。
一言一言が、ザビーの心に容赦なく突き刺さる。
相棒の言葉が、嘘だと信じたかった。
しかし発せられる光が、それを真実であると証明する。
「だからこの僕が、屑みたいな君の変わりにストラーダと一緒に戦ってあげたんだよ?」
不意に、エリオの顔がザビーの視界に入り込む。
「本当に可哀想だったよ、君みたいな駄目な奴と一緒にいるストラーダ。それにフェイトさんやキャロ達も」
「フェイトさんやキャロ…………!?」
「僕が管理局に現れた時、みんな本当に泣いていたなぁ! そして心の底から、嬉しそうな顔をしてたよ!」
「なっ……!? どういう事だ!」
「言葉の通りだよ! 君の居場所なんて、もう何処にもないんだよ!」
ザビーの声は、いつの間にか狼狽に染まっていた。
奴が言った言葉の意味。
それは自分が消えた間に、自分の位置に居座っている。
しかも、ストラーダまで奪った。
納得など、出来るわけがない。
「ふざけるなっ!」
「ふざけてるのは君の方だろ? 君は逃げ出してみんなを悲しませた、僕はそれを埋めてあげた
むしろ君は、僕に感謝しなきゃいけない立場のはずだよ?
それともアレかな、君は僕達の仲間をたくさん殺してきたから、それでチャラになるとでも思ったのかい?
まあ、人々の影で暗躍する秘密のヒーローを演じていた君から見てみれば、チャラになる程の偉業かもしれないけど!」
エリオはザビーの怒号を遮りながら、ハッと鼻で笑う。
そのまま彼は、ストラーダの方に視線を向けた。
「君も本当に気の毒だったね、ストラーダ」
『全く持ってその通りです。この男は人々を守る英雄という仮面に酔いしれて、その実本当にするべき事は何も見えていなかった……』
「僕は、そんな事一度も思ってない!」
ザビーは必死に頭を横に振って、否定する。
しかしその仮面の下で、エリオの表情は歪んでいた。
不安と怯え。
その影響なのか、声も震えている。
ザビーが抵抗しようとする度に、エリオは足に込める力を強くして暴れるのを押さえた。
「やれやれ、最後に残った自分の存在意義を否定されたからって、怒らないで欲しいな!
君って奴は現実も分からないのかい? まあ、だからこそあんな簡単に逃げ出せたのかもしれないけど」
「そ、それは…………」
「にしても、君の自己満足は本当に凄いよ。帰る場所にも帰らないで好き勝手にする
その挙げ句に、正義の味方を気取ってるなんてね!」
青い瞳の中にどす黒い闇が潜ませながら、饒舌に語る。
呪詛の如く不吉な言葉が、次々とザビーの耳に入っていった。
その度に仮面の下で、歯がカチカチと震える。
聞いてはいけない。いや、聞きたくなんかない。
しかし、無情にも彼の意志は叶わなかった。
「まあ君のおかげで、僕は正義の味方になる事が出来たんだけどさ」
「えっ……?」
「僕は管理局に教えてあげたんだよ。『僕に擬態したワームがどこかにいる』……って」
あまりにも唐突すぎて、それでいて衝撃的な一言が発せられる。
「今の君はね、エリオ・モンディアルに擬態したワームなんだよ!」
「ぼ、僕が…………ワーム!?」
「ああそうさ! 今頃管理局は躍起になって君の事を殺そうとしているだろうね!
フェイトさんやキャロ、シグナム副隊長達だって! わかるかい、君はただの化け物なんだよ!
それを僕が始末して、僕は英雄として祭り上げられる! 君はその為の踏み台なのさ!」
その言葉が、トドメとなった。
ザビーの。いや、エリオ・モンディアルが今まで培ってきた物が、全て崩れ落ちるような感覚がした。
絶望の底から救ってくれた、フェイトさんとの出会い。
いつも隣にいたキャロとの思い出。
シグナム副隊長との修行。
機動六課や、それからの日々。
それらはもう、僕の物ではない。
目の前にいるワームの所有物。
だとすると、僕に残っている者は何なのか。
何もない。
もしかしたらあの日から、全てが無くなっていたのかもしれない。
考えてみたら、当然の結果だ。
この世界に現れたワームが、僕に擬態して管理局に忍び込む。
こんな当たり前の事に、何故気づかなかったのか。
僕に残った最後の存在意義。
それはエリオ・モンディアルを英雄に仕立て上げる事。
だったらこうなっても仕方ない。
だったらもう消えたって良い。
だったら生きていたくない。
みんなから、化け物と呼ばれたくなんかない。
そんな汚名を被るくらいなら、せめて少しでも名をあげた方がいいや。
「まあ、お喋りはこの辺でいいかな」
エリオは、ザビーの脇腹を楽しげに蹴る。
威力はワームが誇る筋力の影響で、その身体は勢いよく転がっていった。
しかしザビーは、受け身を取ろうとしない。
いや、する気力が沸き上がらなかった。
この世界で僕は、知らない間にワームとされている。
そしてストラーダも、完全に僕を見限った。
もう何もない。何も残っていない。
だったら、これ以上生きたって何も得られるわけがない。
――だって、お前はここで永遠の闇に沈むのだから
――だって、君はここで永遠の闇に沈むのだから
ふと、ザビーの中で夢の中で聞いた影山と剣の言葉が蘇る。
ああそうか。
あれは正夢だったのか。
永遠の暗闇に沈む運命にある事を、予言していたのか。
だったら、もういいや。
ここであの人達が言ってたように、本当の闇に堕ちてしまえばいいんだ。
「じゃ、とっとと死ねよ」
エリオは両手に握ったストラーダを、高く掲げた。
あれで僕は粉々に砕かれる。
ストラーダに殺されるのだったら、ある意味では本望かなぁ。
それなら変に悪あがきしないで、このまま黙ってよう。
仮面の下で、エリオは空虚な瞳でもう一人のエリオとストラーダを見つめた。
避ける気も、避ける気も、立ち上がる気なんてもうない。
このまま、闇の中に沈むのを待てばいい。
厚みを持つストラーダの刃が、ザビーに沈み込むまであと一秒――
そのはずだった。
「「!?」」
突如、金属同士が激突する鋭い音が、両者の耳に響く。
その直後、ストラーダの動きが止まった。
彼らの間に、一つの影が乱入した事によって。
「や、矢車さん……?」
ザビーはぽかんと口を開いた。
目の前に立つ背中が、彼にとって見覚えがあった為。
頭部から生えた三本の角、全身に彩られる緑色、両肩から伸びる突起。
それはワーム達に殺されそうになったあの日、ザビーの力を手に入れてない彼を救った男の背中。
矢車想の――――。
否。
「貴様ぁ…………俺の兄弟を笑ったな?」
仮面ライダーキックホッパーの背中が、ザビーの目前で存在していた。
最終更新:2011年05月19日 22:48