矢車は闇の中を駆ける。
既に姿が見えなくなった、エリオを見つけるため。
新しい弟を、死なせないために。
唯一残った守るべき存在を、零さない為に。
故に、矢車はいつもと違って焦っていた。
普段の彼からは、決して出てこない感情が湧き上がっていく。
理由は、エリオが自分自身の事を告白したため。
――僕だって……ワームと同じような偽物なんですから
あいつはそう言っていた時、寂しげな表情をしていた。
まるで、自分自身が許されない存在であるとでも言うかのように。
あの時の顔は、とてもよく似ていた。
忘れもしないあの日、港で見た影山と。
人間では無くなった自分に絶望してしまい、永遠の闇に沈んだ弟と。
それほどの暗闇が、エリオから感じられた。
――結局、僕を生み出した両親によって見捨てられましたね……
やはりあいつも、地べたを這い蹲っている。
兄弟達と同じように、全てから見捨てられて闇に堕ちた。そしてようやく光を再び掴んでも、またどん底に堕ちる。
そして、あいつは泣いた。大切な人間から裏切られて。
だがそれでもあいつは、光を求めているようだった。かつて、共に白夜の世界を目指した影山のように。
「兄弟……」
矢車は目の前で走るホッパーゼクターを追いかけながら、静かに呟く。
エリオを探している最中に、突如として現れた。まるで自分の事を必要としているかのように。
だから矢車は、ホッパーゼクターの後を追う。緑色の相棒からは、焦る様子すらも見えた。
現に、そのスピードは徐々に上がっていく。それに合わせて、矢車も疾走した。
(お前は一体、何を考えてる……?)
二人の兄を捜すために、エリオは闇に飛び込む。
あいつらと会って、何をする気なのか。何を話すつもりなのか。
自分に告げたように、本当は人間ではない事を話すつもりなのか。
それでワームであるあいつらに、同情でもする気なのか。
まあ、勝手にすればいい。あいつが竹篦返しを受ける事を恐れないのなら、別に構わなかった。
「わかるかい、君はただの化け物なんだよ! それを僕が始末して、僕は英雄として祭り上げられる! 君はその為の踏み台なのさ!」
突如、ホッパーゼクターが動きを止める。
その瞬間、声が聞こえた。この世界に来てから、ほぼ毎日聞いた声。
矢車は振り向くと、見つけた。ザビーに変身したエリオの姿を。
しかし、その近くにもう一人エリオがいた。見慣れないマントと服を纏って、巨大な槍を握っている。
もう一人のエリオは、嘲笑を浮かべながらザビーを蹴った。それを見て、矢車は気づく。
あいつは、弟に擬態したワームだ。その笑い顔が、何よりの証拠。少なくとも自分が知るエリオは、あんな顔を向けた事がない。
奴の目的など、考えるまでもない。本物に成り代わるために、エリオを殺す事だ。
だが、そんなことはさせない。矢車はゼクトバックルを左手で開き、右手でホッパーゼクターを掴んだ。
「変身……」
『Hensin』
そのまま、ゼクターをベルトに装填する。
甲高い音声が発せられた瞬間、ホッパーゼクターからタキオン粒子が噴出され、矢車の身体を覆いながら姿を変えた。仮面ライダーキックホッパーの名を持つ戦士へと。
キックホッパーへの変身が終えた瞬間、瞳が赤い光を放つ。そして彼は、地面を蹴って疾走。
もう一人のエリオが槍を振り下ろそうとした瞬間、前に立って左足を振り上げた。激突音と共に衝撃を感じるが、どうという事もない。
巨大な槍を受け止めたキックホッパーは、目の前のエリオを仮面の下から睨み付ける。
「貴様ぁ…………俺の兄弟を笑ったな?」
エリオに擬態したワームは、驚いたような顔を浮かべていた。だが、そんなことはどうでもいい。
キックホッパーは槍を弾いて、エリオを蹌踉めかせた。足元がふらついて、腹部ががら空きになる。
そこを目がけて、キックホッパーは前蹴りを放った。
「フンッ!」
「ぐ……っ!」
エリオの鳩尾に6.5トンもの衝撃が襲いかかり、呻き声を漏らす。如何にバリアジャケットといえども、マスクドライダーの一撃は軽く済む程度ではなかった。
ふらつくエリオに、キックホッパーは右足を振るう。その一撃は、槍によって阻まれた。
二度目の激突の後に、互いに背後へ飛ぶ。距離が空いたのを好機と見たのか、エリオはストラーダを掲げながら突貫した。
それは空気を薙ぎながら振り下ろされるが、キックホッパーは易々と避ける。続くようにストラーダを振るうが、洗礼されたフットワークによって悉く回避された。
上から来る刃を、横に飛んで避ける。横から来る刃を、後ろに飛んで避ける。斜め上から来る刃を、跳躍して避ける。
そして、キックホッパーはエリオに回し蹴りを叩き込み、吹き飛ばした。
「がはっ!?」
背中から壁に叩き付けられて、激痛のあまりに酸素を吐き出してしまう。
そのままエリオは崩れ落ちていくのを見て、キックホッパーは鼻で笑った。
「俺の事も笑ってもらおうか……?」
そしてまた一度、蹴りを放つ。続くように二度三度と、神速の勢いで繰り出されていった。
エリオはそれに反応する事が出来ない。キックホッパーから受けた蹴りによるダメージで、身体の動きが鈍っていたため。
反撃しようとしても、槍を振りかぶる僅かな動作が隙となる。故に、迫り来る攻撃を受ける事しかできなかった。
それでもエリオは、キックを避けて後ろに下がる。
「くそっ、調子に乗るなよ!?」
毒づきながら、彼は右手を向けた。姿勢を低くして迫り来るキックホッパーに。
その直後、疾走は止まった。虚空より突如として現れた、鎖に身体を縛り付けられて。
「何ッ!?」
唐突な現象に、流石のキックホッパーも驚愕した。
光を放ちながら現れた、謎の鎖。引きちぎろうと藻掻くがビクともしない。
それはどんな相手でも捕縛する魔法、バインド。キックホッパーが知らない、ミッドチルダに存在する技術の一種だった。
「ハッ、いい姿だねぇ?」
縛られたキックホッパーを見て、エリオは先程のような嘲笑を浮かべる。そこには、確かな怒りが込められていた。
「さっきはよくもやってくれたじゃないか、君をこのまま切り刻んであげるよ……!」
「ぐっ……!」
先程のお返しとでも言わんばかりに、じりじりと迫りながらエリオはストラーダを掲げる。
バインドを引きちぎろうとしても、まるで反応がない。むしろ、抵抗しようとすればするほど拘束が強くなっていた。
キックホッパーから焦りが生まれているのを見て、エリオは充実感を感じる。
それ故、彼は見落とした。視界の外から、拳が迫るのを。
「やめろっ!」
「なっ――!?」
急接近したザビーのパンチを見て、エリオは咄嗟に振り向く。そして、ストラーダで攻撃を受け止めた。
二つの金属が激突する音と共に、火花が飛び散る。そこからザビーは痛む身体に鞭を打って、拳を振るい続けた。
エリオはストラーダを構えて、防ぐことしかしない。キックホッパーより受けた、キックの痛みによって身体の動きが鈍っていた為、下手な動きは出来なかった。
しかし動きが鈍いのはザビーとて同じ。メッサーアングリフを受けた時のダメージで、彼の動きにキレが無くなっていた。
やがて互いに何合か打ち合った直後、再び距離を取る。ザビーはキックホッパーに縛られたバインドを掴み、力尽くで引きちぎった。
「矢車さんっ!」
「お前……」
「大丈夫ですか!?」
拘束が解けたキックホッパーを、ザビーは支える。その声からは、先程までの闇は感じられなかった。
彼の中に、絶望はまだ残っている。しかしキックホッパーが現れた瞬間、微かな希望が沸き上がったのだ。
助けてくれた彼の姿に、見覚えがある。まるで、かつて自分をどん底の闇から救ってくれた、フェイト・T・ハラオウンのようだった。
だから、死んで欲しくない。ここで見捨ててしまったら、最後に残った寄る辺も消えてしまう気がしたから。
「……兄弟」
「えっ?」
「やっぱりお前は、最高だな」
駆け寄ったザビーを見て、仮面の下で矢車は笑う。こいつからは、確かな光を感じられた。
やはり、地べたを這い蹲ってこそ見える。白夜のような、淡い光が。
とっくに汚れきった自分には、大きすぎるほど。
「矢車さんこそ……ありがとうございます」
ザビーの仮面の下で、エリオもまた笑った。
一見すると、ガラの悪い男にしか見えない矢車さん。しかし彼は、影山さんと神代さんと侮辱した自分を助けてくれる。
今までだって、反発した態度を何度も取っても、決して見捨てなかった。だから、決して悪人ではないかもしれない。
「行くぜ、兄弟……」
「はいっ!」
キックホッパーとザビーは、同時に振り向く。エリオに擬態したワームを。
その瞬間、闇の中から新たなるワームが三匹現れる。白蟻を連想させるような異形、フォルミカアルビュスワームが。
頭部や身体の形状が違うワーム達は、エリオを守るかのような陣形を取る。
数の点で一気に不利となったが、キックホッパーとザビーは狼狽えずに突貫した。
「畜生、何なんだよ君達!」
先程までの余裕が嘘のように、エリオは怒鳴りながら走る。それについていく様に、フォルミカアルビュスワーム達も走り出した。
エリオはその手に持つストラーダを、勢い良く振るう。しかし、ザビーは姿勢を低くしたことで、それを簡単に避けた。
ストラーダの一撃をかわして、彼は拳を叩き込む。エリオの肉体は、微かに揺らいだ。
ザビーは追撃を加えようとする。しかし、エリオの振るうストラーダによって、勢いよく弾かれてしまい、数歩後退った。
戦いは、一進一退。決め技に入り込めずに、互いが小手先の技でダメージを受け続けている。
「やあっ!」
「でりゃあっ!」
そして今も、ザビーとエリオの攻撃は続いていた。
その度にライダーアーマーとバリアジャケット、そして周囲の物に傷が刻まれていく。
また一度、エリオがストラーダを振るうが、ザビーは身体を一歩だけ左にずらして回避。
そこから、硬質感溢れる柄を両手で掴んだ。
「なっ、離せっ!」
エリオは振り解こうとするが、ザビーは両足に力を込めて踏ん張る。
目前で彼らは、睨み合った。
『エリオ・モンディアル。お前はまた裏切るのか』
視界が交錯する中、声が乱入する。
エリオの手に握られた、ストラーダの音声が。
『私を見捨てただけでなく、今度は破壊しようとする……やはりお前は、卑怯者どころではない』
「そうだよ、結局君はストラーダを裏切るんだ! 相棒を傷つけようなんて、正気じゃないね!」
ストラーダの言葉に合わせて、エリオは嘲笑を浮かべる。
それは、ザビー自身にも分かり切っていた。今やっている事が、相棒の裏切りであると。
この決断をしてしまったからにはもう、堕ちるところまで堕ちてしまっている。
「僕は薄汚いと呼ばれても仕方がないよ。もう分かってるから」
ザビーは淡々と答えた。
声には、自分の侵した全ての罪を受け入れるかのように、闇が満ちている。
「でも、矢車さんは……僕を助けてくれた矢車さんを殺すなんて事は、例えストラーダだろうとさせはしない!」
しかし、それでも力も満ちていた。
大切な人を守りたいという決意。それは闇に堕ちた今だろうと、燃え滓のように残っていた。
どんな目に遭おうとも、どんな世界に辿り着こうとも、どれだけ闇を見てこようとも。
譲る事も、手放す事も出来なかった。
「でりゃあああぁぁぁぁっ!」
「なっ!?」
渾身の力を込めて、ザビーは両腕でストラーダを頭上の高さまで振るう。
するとその動きに合わせて、エリオの身体も持ち上がっていった。ザビーは遠心力に任せて、相手を投げ飛ばす。
そのまま地面に叩き付けられていくが、エリオはすぐに立ち上がった。
「ハッ、結局開き直るのか! 『僕はクズです』って!」
「何とでも呼べばいい……でも言ったはずだよ、殺させはしないって」
侮蔑の言葉を耳にしながら、ザビーは左腕を翳す。
そして、反対の右手でゼクター上部のフルスロットルに手を付けた。
「ライダースティング……ッ!」
『Rider Sting』
資格者とゼクターの声が、重なる。
それが意味するのは、一撃必殺の構え。ここにいる誰もが知っている、現象だった。
ザビーは、腰を深く落とす。タキオン粒子が稲妻となって迸る音を、耳にしながら。
「そういうことかい……上等だよ! ストラーダッ!」
『Yes!』
ザビーの構えを見て、エリオもまた構えた。かつて、ザビーに選ばれる前の『エリオ・モンディアル』が、幾度となく取った構えと寸分の狂いもなく。
ストラーダの声と同時に、彼の足元に魔法陣が浮かび上がった。その意味は、先程ザビーに与えたメッサーアングリフへの繋ぎ。
カードリッジが二発弾かれた瞬間、エリオは突貫した。
ザビーもまた、地面を蹴って真っ直ぐ疾走する。
「やあああぁぁぁぁぁぁっ!」
「だあああぁぁぁぁぁぁっ!」
咆吼と共に距離は縮んでいく。互いの突進は、一瞬だった。
ザビーゼクターのゼクターニードルと、ストラーダの矛先が勢いよく激突。
その瞬間、接触地点ではタキオン粒子と魔力が拮抗を始めた。
二つの物質は止めどなく溢れ出し、凄まじいほどのスパークを生む。
大気は震え、中心にいる二人のエリオにも、振動が襲いかかっていた。
突如、ピキリと乾いた音がする。それは、ザビーゼクターとストラーダに亀裂が走った音だが、彼らは気付かない。
スパークの輝きと音で、確認する事が困難となっていた。もっとも、今の彼らがそれに気付いた所で戦いを止めていたかは分からない。
互いが、相手を潰す事だけしか頭に入っていなかった。
やがて二つの粒子は嵐の如く荒れ狂い、轟音と共に爆発する。
それを引き起こす、二人を巻き込んで。
最終更新:2011年06月04日 19:58