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「……お、やっと来たか」
大量のデスクが並ぶオフィス。
そこでティアナ達を待ち受けていたのは、紅い髪を三つ編みに括った少女だった。
「遅れてすいません!」
「シグナムから話は聞いてる……と、エリオはどーした?」
「ええと、その……」
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「じゃあ、私たちはこれで。行くわよスバル、キャロも」
「……あの、僕は?」
「おまえは私とだ。逃げるな」
「僕にも書類が―――」
「何、五分とかからん―――加減はしてやる覚悟しろ」
絶叫。
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「……とまあ、こういうことがありまして」
「何やってんだアイツ……まあ、エリオが来たら少し手伝ってやれ」
「了解しましたー」
三人がそれぞれの席に着き、端末を起動しディスプレイを展開する。
それらには書類などの文書ファイルが表示されているが、自分のそれには無数のインジケータと多アングルの動画が表示されている。
余剰スペースに表示された発注書などを処理しつつ、動画の内容を頭に入れていく。
……『予習』はしっかりしとかねーとな……
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「感熱、電磁系のセンサが焼き切れました……高かったのに……」
「……何か分かったことは?」
「魔力反応は完全にゼロ……あの威力で純粋物理砲撃ですよ、信じられない。
詳しい原理は分かりませんけど、私の知識に類似兵器はありません」
「AMFが効かないのも当然、か」
管制塔に立つシャーリーとなのはは、先程の模擬戦のデータを処理していた。
サーチャーからの映像とデータを編集し、順次送信していく。送信先はヴィータのデスクだ。
男が行った最小動作での連続回避を編集しつつ、
「にしても凄かったですねー」
「そうだねえ……ちょっと真似できないなあ。あれは」
する必要もないけどね、と続け、自分が受け持つ分の最後の入力を終える。
「さあて、私もアップしとかないと」
「シミュレータの使用申請は出してます。設定は?」
「パターンCの市街地、エネミーは合計戦力値で1200前後」
「編制、戦術の詳細と勝利条件は?」
「戦術はBC36O……『基本戦術・市街地・多対一・敵機撃墜のみ』に六番の乱数を追加。
配置と編制は八割までデフォルトで残りを乱数決定。勝利条件は、互いに敵戦力の殲滅」
「了解しましたー……って、大丈夫なんですか?
乱数かなり強くありません? イレギュラー増えますよ?」
「今回はそうじゃないとアップにならないし……
三分後に開始お願い。カウントは十秒前からね……行くよ、レイジングハート」
『Yes,my muster』
桜色の輝きが、市街地へと組みかえられたフィールドの中央へと飛翔。
曲芸飛行を繰り返し、高速機動戦へと身体を慣らしていく。
三分近くそれを続け着地した途端、シャーリーの声が響く。
「カウント開始します。9、8、7……」
周囲に次々と浮かび上がる無数の影。
巨大な球形や楕円形、空を舞う三角錐―――ガジェットドローン。
「……6、5、4……」
オートスフィア―――自動制御の浮遊、自走銃座が無数、銃口を覗かせる。
「……3、2、1……」
その全てに青い光が蓄積され―――
「―――Zero!」
放たれた。土煙がもうもうと舞い上がる。
そして、それを裂いて現れた、二十を数える桜色の誘導魔弾。
―――戦力査定試験まで、あと三時間強。
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「……ということで、我々魔導師がリンカーコアという器官によって精製、体内に蓄積する魔力が、魔法の動力源となるわけだ」
講習室―――机/椅子に座る自分/端末から呼び出したテキストエディタにメモを取る。
教壇に立つシグナム二等空尉/ノンフレームの伊達眼鏡/縦横二メートルのディスプレイ×二に資料を表示/説明。
「剣や槍……デバイスとやらは、外部接続式の増幅装置か?」
「力に方向性を与えるための制御装置……砲身だ。
一応、白兵戦用の武器も兼ねているが、多くの部隊では近接戦闘を想定しない長杖が主流だな。
AIによって自立稼働するインテリジェントデバイスと、データベースに徹するストレージデバイスに大別される。
状況判断に処理速度を割く分、ストレージの方が確実かつ高速な発動が可能だが、発動タイミング等は術者頼りだ。
魔法を制御する補佐も、ごくごく単純なもの以外は不可能……コストは遥かに低いのだがな」
「あの空薬莢は何だ?」
「カートリッジ……予め魔力を圧縮しておいた弾丸を開放することによって、魔力の不足を補うシステムだ。
魔力蓄積能力において劣るベルカの民が生み出した……必要は発明の母、ということだな。
汎用性を捨て、ミドルレンジからクロスレンジでの対人戦闘と一撃の威力に特化したベルカ式の魔法と相性が良い。
おまえが闘った魔導師……スバルと私はその形式だ。エリオもだな」
「……モンディアル三等陸士は大丈夫なのか? 鳩尾に一発いいのが入っていたが」
「少し、考える所があってな。完全に敗北した経験のないエリオには良い薬だ」
記憶―――自分/ギャローズ・ベルでの敗北/闇の中で得たもの/自由意志を持つ存在であるという自己認識。
記録―――オリジナル達/敗北/挫折を繰り返す度に、新しい強さを得て進んでくる。
「自分の弱さを自覚する、か……」
「そういうことだ……と、話が逸れたな。
ベルカ式と二分するのがミッド式だが、こちらは汎用性重視……戦闘においてはロングレンジからミドルレンジでの射撃・砲撃戦を主とし、搦め手も多数ある。
闘う際には注意しておけ……忘れるなよ」
妙な含み/笑み/警告―――記憶の隅に留めておく。
講義内容―――魔法の基礎動作原理/戦術利用について/基本的な部隊編制について/運用に関する法律について/etc。
試験についての質問―――ミッション形式の模擬戦だという返答。詳細は直前に伝えるとのこと。
時計/十一時―――残り二時間。
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十二時二十分。午前の分の書類を片付けた四人は、食堂へと向かう通路を歩いていく。
「うう、まだ鳩尾が痛い。吐くかと思った……食事はパスで」
「エリオ君、大丈夫……?」
「湿布、結構匂ってるね。八箇所だっけ?」
「……で、シグナムさん相手にどれだけ持ったの?」
ティアナの問いに、エリオは右手の指を一本二本と上げていき、四本で止めた。
「四分? 三十分ぐらい遅れてきたのに?
それはそうと、副隊長と一対一でそれなら上出来じゃない」
「いえ、四秒です。最初の一発……首狙いのは何とか防いだんですけど、後はもう何がなんだか。
で、最後に後ろ回し蹴りが鳩尾に入って吹っ飛ばされて、気付いたら医務室でベッドの上でした」
「……四秒?」
「逃げる暇もないわね……」
はあ、と四人揃って溜息を吐く。
「あたし達は、まだまだ弱いんだろうね……」
「ですねえ……と、アレックスさんの試験、十三時からですよね。丁度昼休みですし、見に行きませんか?」
「いいわね。特にやることもないし……スバルとエリオは?」
「賛成ー」
「じゃあ、僕が許可貰ってきますね」
―――あと、四十分。
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最後の一体、狙撃用の大型オートスフィアが、魔力弾で滅多刺しにされ爆発四散した。
「第十五セット……終了っ!」
「タイム、八分十七秒……順調に縮まってますね。リザルトの詳細を出しますか?」
「後で纏めて見るよ。ヴィータ副隊長は?」
「さっき連絡がありました。そろそろ仕事が終わるから―――」
「もう来た……なのは、幾ら何でも準備運動に気合入れすぎだ。公開試合じゃねえんだぞ?」
「まあ、それもそうなんだけど……避け損なったら痛そうなんだよねえ」
「推定温度で一万度超過の物理砲撃なんか、あたしらの防御は想定してねえからなあ……」
「バリアジャケットの処理書き換えで輻射熱は防げるようにしましたけど、直撃したら死ねますねー」
「頑張って避けるしかないね……ヴィータちゃん、準備運動は?」
「いらねえ、なるべく昔の通りの感覚で闘いてぇからな」
現在時刻、十二時三十分。
試験開始は、刻々と近付いていた。
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最終更新:2007年09月19日 19:22