■
「……では、試験官は私、八神はやて二等陸佐と」
「私、リインフォース空曹長が担当するです」
立体映像のディスプレイを通じて、金髪の男に声を掛ける。
口をへの字に結んだ仏頂面。
猛禽じみた双眸の眼光。
白人故に通った鼻筋と白い肌。
ベージュを基調とした空軍風の制服が、この上なく似合っていた。
今日初めて着た制服だろうに、着られるのでも着るのでもなく、完全に自分の一部にしている。
……年季がちゃうなあ……
それはそうと、と気を取り直し、
「試験内容はミッション形式の模擬戦闘。任務達成の条件は、目標である敵指令核の確実な破壊や」
「敵戦力は、機械兵器多数に加えて高ランク魔導師二名。結構な大戦力ですよー?」
キーを叩き、『指令核』の映像を表示。拳大の結晶体が、薄蒼い輝きを放って浮遊している。
同時、擬似再現された廃棄都市の鳥瞰図をワイヤフレームで描画し、その位置を表示した。
現在彼がいる建物からは、丁度反対側の位置だ。
「時間制限は無し。ギブアップしない限りは続けられるで。但し―――」
「機械兵器は延々と増えていきますですよ?」
「あと、戦意喪失した魔導師に対しての攻撃は禁止や。大事な部下やからな……無闇に傷つけられとうない」
男が頷いたのを確認し、立体キーボードの左下、一際目立つ赤いキーを押した。ディスプレイの隅にタイマーが展開。
『-00.00.03.』
……さあて、
『-00.00.02.』
三つのシグナルの内、一つが消えた。
『-00.00.01.』
その全てが消えた時が、模擬戦の開幕だ。
―――『00.00.00.』
試験、開始。両腕を武器へと換えた男が、姿勢を低く駆け出した。
……お手並み拝見、やなあ?
■
左右の路地に影/四つ/青い塗装/球形浮遊銃座。
着地と同時に地を蹴る/右へ/二つを蹴り飛ばし破壊/逆側の残り二つに砲撃。発射された光弾ごと蒸発させる。余波で周囲の窓硝子が熔解。
周囲に敵がいないことを確認し、左腕に付けた腕時計/携帯端末を操作、地図を表示。
任務開始よりおよそ十分/目標まで八百メートル/直線距離。道はそれなりに入り組んでいるが、壁を破って進めば問題ない。即座に疾走を再開。
機械兵器―――複数種の浮遊/自走銃座もまた、数があろうと烏合の衆。反応/攻撃/戦術/防御/機動、全ての能力が低過ぎる。
故に、問題は、
「
見つけたっ!」
上空から飛燕の急襲を掛ける女/手には長杖/弾け飛ぶ空薬莢/光弾射撃/数は十六。
右腕を振るう/打ち払う/壁を粉砕/建物の中へ飛び込む。絡め手/あの弾丸の悪辣さは、数分前の邂逅で思い知った。シグナムの忠告に心中で感謝する。
軌道は放物線/弾速は視認可能/故に容易く躱せたが、直後に方向転換し背を襲うのは予測不能。肩は即座に再生したものの、数秒は行動を大きく制限された。
攻防の基点が腕だと見切る/動作の根幹となる肩関節を狙い打つ/こちらの思考の死角を突く/外見にそぐわぬ闘い巧者。
それはいい。恐るべきは弾幕のみ。砲撃は相殺可能/反応速度/接近戦の技量は二流―――白兵戦に持ち込めばどうとでもなる。
だが、
「せあぁッ!」
炸裂/粉砕/吹き飛ぶ壁―――自分とは逆側から壁を破って突入してきた破城鎚/紅い少女。火を噴き加速する戦鎚のヘッド/正しく攻城兵器じみている。
相対距離十メートル/鉄弾による四連打/左腕の攻性防御で砕いた。
こちらは砲撃はしない/クロスレンジ担当/体格によるリーチの短さを長柄の武器で補い、実弾の多重射撃をも扱う。
……これが厄介だ。
接近しようとすれば槌の少女が押し止め、距離を取ろうとすれば杖の女が弾幕を放つ。
中距離戦を主に、遠近を互いに補うコンビネーション。汎用と一点特化/安定と爆発力の両立。理想的な戦闘単位だと思考する。現状/単独の自分では破れない。
一進一退を繰り返す/少しずつ接近している/だが遅過ぎる。今は配置を読んで避けているが、自律兵器との同時攻撃を処理できるかは分からない。敵の数が増える以上いずれジリ貧になる。
『ブリューナクの槍』は使えない。出の速い射撃/格闘で初動を潰される。そして発射後の隙もまた大きい/『バインド』とやらで完全に捕縛されれば投降せざるを得ない。
ARMSを完全展開して強引に突破するか?―――却下。一瞬でも制御をしくじれば/感情の手綱を取り違えれば即座に赤熱化し―――その先は考えたくもない。
……何をやるにしろ手数が足りん……!
軽量級サイボーグ―――否、生身の特殊部隊上がりが二人もいれば容易く打破できる状況。が、その手数が無いのだ。
先ず高所へと脱出。直後に捕縛されることを覚悟し、『ブリューナクの槍』で指令核を狙撃する―――不可。
荷電粒子砲は地磁気の影響を受け偏向する。精密な観測データが無ければ精密狙撃は不可能。
そもそも、『確実な破壊』が目的である以上、目標は直接視認しなければならない。壁越しに吹き飛ばすなど愚の骨頂、倒壊したビルを掘り返すのは手間だ。
確実に追い詰められている―――だが面白いと、そう考えた。
こうも悩まされる戦いは、未だかつて無い。自分の弱点/欠点/強さの可能性が浮き彫りにされていく。
だが、打破する手段/戦術は既に見出した。自分を/アレックスを/キース・シルバーを/マッドハッターを/ARMSを―――舐めるな。
■
『00.04.46.』
「五分と掛からずに半分以上を突破……か。予想外やなあ」
実のところ、彼女が設定したのは『達成不可能に限りなく近い任務』だ。
完全に掌握された制空権、一対多という数の差、時間が経てば経つほど不利になるという構図。
単独での正面突破という絶望的な状況で、どれだけ足掻けるか、冷静な判断を続けられるか―――それを見る為の試験。
本来なら、スタート地点まで押し戻すかバインドで拘束してギブアップを勧告する予定だったのだが。
「二人掛かりでも完全には押さえ込めへん、と……」
リミッターと試験ゆえの縛りが無ければまた違うのだろうが、一対一では確実に負けるだろう。
あの砲撃が使える遠距離戦と、多角攻撃を避け切る体捌きに加えて再生能力が十全に発揮される近接戦闘。双方で勝利できる魔導師は、海を見渡してもそういまい。
更に。極端に不利な状況に持ち込まれれば退くことを厭わず、市街地という入り組んだ地形を利用して視界から逃れ、配置の穴を読み切り前進する戦術眼。
「一体、どんな経験積んでんねや……」
渡した情報は周囲の地形のみ。恐らく、拠点制圧戦の膨大な経験があるのだろう。こちらが意図して作った穴は全く無視し、思いもしなかったポイントを突破される。
横では、リインが細かく記録を取っていた。
「被弾は一発のみ……機動力は陸戦Aランクの平均値とほぼ同等。近接白兵戦と長距離砲戦で空戦AAと同等以上です?」
「現状の査定結果は?」
「陸戦……AAマイナス相当、です」
「数の差を覆す一手が無いのが不運……や、幸運かいな?」
広域殲滅型の能力は、戦力査定においてポイントが高い。即ち危険として見られることをも意味する。
それではまずいのだ。『放置してはおけないが、封印するには惜しい』その程度の戦力でなければならない。
今のところは、それを完全に満たしてくれている。
「この調子で行けば、万事上手く片付くなあ……と、通信?」
新たに展開されたウィンドウに、焦燥を顔に浮かべた眼鏡の青年が映る。
部隊長補佐であるグリフィス・ロウランだ。彼はその焦燥を口調に乗せ、
『クラナガン近郊で護送列車が襲撃を受けました! 積荷はレリックを含むロストロギアです!』
「な……! また列車やて!? それも昨日の今日で……護衛部隊は!?」
『陸士108連隊の三個分隊ですが……既に通信が途絶えています!』
出動要請は、ゲンヤ・ナカジマ三等陸佐が―――』
「あそこの三個分隊が……敵は何が出たんや!? まさか……」
『ガジェットだけではなく、魔導師と思しき敵も確認されています……緊急事態です!』
「……リイン!」
「はいです! リインフォース空曹長より通達、出動要請が来ましたです! 試験は中止、待機中の魔導師は戦闘装備でヘリポートに集合です!」
「都市部やとあたしは出れへん……スターズとライトニングが頼りやけど……」
隊長不在のライトニングと、それなりに疲労しているスターズの隊長二人。
新人達はBランクだ。限定状況ではAランク、あるいはそれ以上の戦力を発揮できるが、未知の、それも単体戦力で同等かそれ以上であろう相手には不安が残る。
が、捨て駒としては高くつく、などと考えた自分に背筋を冷やし、その方向には行かないよう自戒し思考を続行。
模索する。違法性は揉み消し可能な範囲内で、確実性が高く、被害を最低限に抑え、敵戦力を打倒できる手段を。
―――当て嵌まる手段は、たったひとつだけだった。
■
蒼穹の下、炸裂音と金属音が多重する。
列車とはいえ、重要物件護送用のそれは装甲で鎧われている。上部での格闘も充分に可能だ。停車しているなら尚更。
他の分隊との通信はおろか、同分隊のメンバーとすら分断され、列車は停止してしまった。一刻も早く一人でも多く、敵を倒さなければならない。
故に。ギンガ・ナカジマは、その拳を振りかざす。
「……っせああッッ!」
全力で振った左拳が、銀髪隻眼の少女を打ち抜いた。
だが手応えは、ない。
「また幻影……!」
左から足音、咄嗟に跳躍。一瞬前までローラーを履いた足を乗せていた装甲に、六本のクナイが突き立ち、
「ち、気付いたか。仕事は完璧にしてくれクア姉……ランブルデトネイター!」
声と共に、その全てが爆破される。爆風を防護の力場で散らし退避。同時、翡翠色の魔力刃が飛翔、炸裂し、少女の姿を隠蔽していた幻術を破壊する。
別分隊の隊長だった同僚のフォローだ。どうやら合流できたらしい。
「生きているかいナカジマ捜査官!」
「私は何とか……気をつけて。あなたの相手は?」
両手両脚をバリアジャケットの上から装甲し、魔力で構成したスローイングダガーを右手に掴んだ金髪翠眼の優男。
顔に浮かべる余裕の笑みは、しかし僅かに引きつっていた。
「何とか倒せたよ。けど……もう、二人目がすぐ近くまで来ている。僕には分かる。
それも、今の僕達じゃ相手にならない。ここは一旦退くべきだ」
「一体、どういう―――」
「っ下だ!」
その叫びにつられて跳んだ。足場の無い空中に飛び出すが、彼女なら問題ない。
「ウイングロード!」
紺色の光が帯状に道を構成する。それに二人揃って着地したその瞬間、
重厚な列車の装甲が、一瞬にして分子の塵と砕け散った。
「……この感覚、その攻撃……」
突如として出現した大穴から、一人の男が現れる。
魔導師ではない。軍服の腰に長短の双剣を提げてはいるが、魔力は全く感じない。
だがその相貌。顔の造りそのものは、彼女の知るある魔導師と瓜二つ。
「やはり、お前か!」
その魔導師が、両の手に生んだ八つの刃を投げ放つ。
翡翠色の光を曳いて飛翔する魔力刃は、しかし抜き放たれた短剣の一閃で掻き消えた。
禍々しいまでに紅い刀身の峰には、剣という用途にそぐわない精緻なモールドが施されている。
「超振動に高密度AMF……逃げろナカジマ捜査官、いや、ギンガッ! 奴は、完膚なきまでに君の天敵だ!」
「仲間を置いて、逃げられるわけがないでしょう!?」
隙を突かんと飛んだナイフを、圧搾空気の一撃で吹き飛ばす。
「父さんが援軍を呼んでくれている……だから、それが来るまで持ち堪えます!」
カートリッジをロード、増えていく幻影を片っ端から叩き潰していく。
回線はとっくの前からオープンだ。今の言葉は、ガジェットを潰して回る他の同僚達にも伝わった筈。
「……僕が行こう。だけど二分だけだよ。今の僕だとそれ以上は持たない」
今の、という言い回しにギンガは引っ掛かるものを覚えたが、それこそ今はどうでもいい。
「二分もあれば充分……私がこいつらを倒せるわ」
「……随分と、言ってくれるな―――!」
銀髪の少女が、声と共に無数のクナイを投げ放ち、
手甲の魔導師は、さながら猫のように跳躍してそれを避け、
双剣の男は、それを迎え撃つように両手を広げ、
ギンガは、虚空に足場を展開し駆け抜ける。
―――あと、二分!
最終更新:2007年09月19日 19:25