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【2】
時間は少し遡る。
「あら意外に早かったわね。待ってたわ」
部屋の主人はいつもの笑みで客人を迎えたが、
なのははその表情に全く似合わない重要な内容だと直感的に感じ取った。
いきなり本局へ呼び出された理由についてはそれほど想像力は要らない。
先客にクロノ、フェイト、はやて、そしてヴォルケンリッターの面々までその場にいるとはさすがに思ってもいなかった。
軽い手振りと笑顔で挨拶を済ませるのを見計らったようにこの執務室の主、リンディ・ハラオウンは本題を話し始めた。
「管理外91世界でロストロギア『V2』の存在を示す情報が入りました。
情報部ではこれを確かなものとして評価。直ちに回収作戦を実施します」
「第91世界は我々には厄介なところだ」
「何が厄介なんだですか?」
ヴィータはお茶菓子に出された羊羹を幸せそうにほお張りつつ、
クロノのいささかわざとらしい発言にいつもの怪しい敬語で応じる。
「この第91世界はなぜだか魔法の効力が極端に制限されるんだ。理由は・・・実はまだわからない」
「この際、魔法が効かない世界だったのはむしろ幸いだったわ『V2』の力が削がれているんだから」
「本来なら都市が消滅するぐらいの災害は覚悟しないといけないシロモノだ」
リンディが無限書庫から借り出して来た記録映像を再生する。
「これを見て」
昔とある世界での事件でV2によって引き起こされた爆発が街を襲った記録だった。
次々と飲み込まれる建物や車、地面に散らばる米粒大の染みが取り乱したように動く。
が、やがてそれも飲み込まれて消えた。その「染み」が何であるかは明白だった。
時と空間を超えた惨劇の記録に統括官の部屋も沈鬱の波が押し寄せて飲み込まれた。
ただ一人既に映像の内容を知っていたこともありリンディは場の雰囲気を察したらしく慌てて話題を切り替える。
「でね、『V2』はこの大陸の北部山地のどこかにある筈よ」
地図のBELKAと書かれているあたりを指して、客人を一瞥する。
「総務統括官。現地捜査を開始するにはあまりに大雑把な情報だと思いますが」
控えめながらもしっかりと主張するフェイトの指摘に続いてはやてが応じた。
「こちらからの探索も効力と精度が落ちたんやな、現地に乗り込んでから探すしかないで」
「そうなのよ。『V2』が不安定発動した時の魔力反応も弱くてちょっとの信号しかつかめなかったわ」
なのは達は、なぜ自分達がリンディに呼ばれたのか既に理解していた。
だが、直接に話を聞いておかなければ安心できない。
「問題はレベルAA以上の魔道師でもなければ、現地世界じゃ只の人。何の役にも立たないのよね」
「それで、私達に行けと?」
クロノは内心で嘆息した。難事件は順番に起こって、順番に解決しているわけではなく、
同時平行で幾つもの事件が捜査中だ。
高位ランクの魔道師を一つの世界へ投入させる為に、リンディは何らかの取引をしたのだろう。
確かに今回の捜査には高いレベルの魔道師を現地へ直接派遣するしか手段がない。
管理局内の政治駆け引きは統括官の地位ともなれば仕方ないが、
問題は借りを返す際に貸し出される駒はいつも彼、クロノ・ハラオウンと『クラウディア』だという事だった。
「それとこの世界、もう一つちょっと厄介な問題があります。」
「 あーあー 聞こえなーい。 聞きたくなーい」
「それは?」
聞かなければ無事に済ませられるとでも思ったのか?ヴィータが
耳を押さえて独り怪しげな行動をしている。
フェイトが隣で苦笑しつつ尋ねる。ヴィータの行動は一見不可解だが、その気持ちは良く判る。
リンディがいうちょっとの厄介事はいつもろくでもない大問題に発展し、火消しに大わらわになるのだ。
「当地域は現在全面戦争中なんです」
その表情はよく言っても晩御飯の献立に悩んでいる程度にしか見えない
内容の深刻さと表情のギャップのせいで客人を立ち直らせるのにかなりの時間がかかった。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「どうしたの?」
悪意がないであろうリンディが不思議そうな顔で客人を見回した。
「魔法も殆ど使えない世界の戦場でロストロギアの捜索と回収? そら、無茶やで」
「危険は恐れぬが、好き好んで戦場に乗り込むのは愚か者のすることだ」
「作戦立案が良くないね。こういうのって現場が困るんだよ」
はやて・シグナム・なのは と相次いでボロボロに非難され、うるうると目が潤んでいるリンディだったが、
ロストロギア『V2』について肝心の説明を怠っていたことに気がついた。
「無茶でも今の内にやらないといけないの・・・エイセスデバイスが眠りから復活するわ」
「エイセスデバイスか、久しぶりにその名を聞いたな」
ここまで沈黙を守っていたザフィーラが初めて口を開いた。
「ロト・グリューン・ズィルバー・インディゴ・・他にも数タイプがあるんだけど・・・・知ってる?」
リンディの問いにフェイトは執務官として身に着けた観察力でさりげなく周囲の表情を探った。
ヴォルケンリッターの面々は既に知っているようだったが、
気になるのどうやらあまり好ましいシロモノではないという感触だった。
「何それ?」
「ベルカのちょっと変則的なデバイスさ。何十個もあるんだが、どれもリンカーコアの生成速度を飛躍的に高めるんだ」
今度はシグナムのお茶菓子に手をだそうとしつつ、ヴィータがなのはの問いに答える。
ヴィータの左手首をさりげなくみえるが渾身の力で抑え込んでシグナムは羊羹の守護騎士の役目を全うしていた。
「あ~、いいなぁソレ・・」
思わずなのはの本音がこぼれた。目下のところ高位の魔法を訓練生に安全に実体験させる方法が無いのが悩みの種である
「でも、そんなデバイスが普通にあったりしたら、なのはちゃん 教導隊はお役御免で解散よ」
「そか・・」
「ベルカが次元世界に君臨していた頃、聖王親衛軍が管理していたデバイスでな。特長は3つある」
シグナムとヴィータは羊羹を巡って実にみっともない戦いの最中なので、狼モードのザフィーラが話を引きついだ。
「さっきヴィータが言った魔力の生成促進が一つ、それと機械を身体に同化させる事ができるのが一つ。
そしてもう一つ、これはむしろ副作用ともいえるが所有者の意欲も強くなっていく」
「意欲が強くなるならやる気が出るってことで良いじゃない?」
「強すぎる意欲は剥き出しの欲望・野心に育ってしまうがな」
精神が徐々に危うくなり、機密漏洩、横領、叛乱、虐殺行為など道を誤る軍人が後を絶たず、
ベルカ聖王は親衛軍のエイセスデバイスを封印のうえ、何処ともしれない異世界に転送したという。
「ひょっとしてそのデバイス達がこの第91世界に?」
「おそらくは大昔に」
伝え聞く話と断った上で、ザフィーラは『V2』とエイセスデバイスの関係を説明し始めた。
『V2』は極めて強力な爆発的エネルギーの出力源あり、魔法で封印されている。
その力を解禁させるには封印に使用されたエイセスデバイスを介した魔法で『V2』と魔道師が一体にならければならない。
「でも、魔法の効かない世界でそれが問題になるのでしょうか?」
「戦争中の軍人や政治家達が持っているとしたら?」
どの次元世界でも政治家・軍人の欲望が暴走するとロクな事にならないのは共通だった。
「でも、現地世界の政治や経済に介入しないのが我々の基本方針。しかも今回、管理外世界ですが」
「例えばこの人物・・・・ベルカ空軍のディミトリ・ハインリヒ少佐」
国家的な英雄でもある彼が率いる戦闘機部隊は通称インディゴ隊と呼ばれているとリンディは解説した。
部隊章に描かれた藍地に白い騎士甲冑と優雅な鷺が目を惹く。
リンディは現地世界から持ち帰られた1冊の本とベルカ将校のポートレートを並べ、
話を中断した。
ベルカ英雄譚
第18章「宝石の8将家」
その昔、ベルカ公コルネリウスは豊かな南の大地を目指し、軍を率いて親征を開始した。
精強な騎馬民族であるベルカの民は幾つかの小競り合いを繰り返し、その全てに圧勝してさらに南を目指した。
そしてスーデントールで大帝国レサスとの決戦に臨んだ。温暖で豊かな土地は北の凍土に住む者にとって夢の土地であり、
その為にはこの戦いで宿敵と雌雄を決する。
コルネリウスは勇敢な将で兵からの信望も厚く、数が倍近いレサス帝国軍を正面からの激突で圧倒した。
壊走を始めるレサス軍に追撃をかけ、大戦果を挙げた国王は特に戦功のあった兵100名に対し
気前良く公家伝来の指輪を下賜した。
だが、決戦での敗北にも関わらず、レサスは帝国本領から圧倒的な軍を差し向けた。
女子供老人ばかり、父を、夫を、息子をスーデントールで失った哀しみは復讐となり、それは凶暴なまでの戦意と化した。
レサスの将軍達はその戦意を叩きつけた。
スーデントールでの勝利に酔っていたベルカ軍は完全に不意を衝かれ、復讐の前には無力だった。
後に「復讐軍」とも呼ばれるレサス軍は敗走するベルカ兵を仇として情け容赦なく嬲殺した。
コルネリウスらはタウブルグの森へ逃げ込んだが、すぐに大軍の包囲された。
この全体絶命の危機を打ち破り、国に還るために、包囲網の突破には陽動が必要だった。
国王から財宝を下賜されたばかりの100名の兵がのレサス軍を
食い止めようと志願し、やがてその姿は敵軍の中に飲み込まれ消えた。
100名の兵のうち、包囲陣を突破して北の国領に帰還できたものは僅か8騎。
その下賜された宝石の名前を冠した爵位と騎士号が授与された。
銀の騎士、炎風の燕、森霧の梟、藍夜の鷺、番の鵜、闇の禿鷲、雪海の鴎、金の獅子
現在のベルカにまで連綿と続くベルカ騎士の伝統はこの8家から始まる。
著 B.トンプソン「ベルカ公国戦記とその伝説」 OBCパブリッシング刊
その名前はエイセスデバイスの特徴と酷似していた。
いずれも精鋭揃いのベルカ空軍でTOPクラスのエリート部隊に冠される名誉称号である。
「以降、指輪を下賜された8将軍の家系では代々当主は皆武名に秀でた騎士揃いなんだけど、
今はこの藍鷺のハインリヒ家を除いた7家が断絶したわ」
リンディは敢えて説明を中途半端なところで止めた。
「じゃあ、代々当主の名騎士輩出と家系の断絶はエイセスデバイスの影響の表裏ということかしら?」
うっかり者のイメージから意外にも鋭い問いをしたシャマルに対し、
リンディは回答代わりと別の写真を取り出した。
ハインリッヒ少佐がインディゴ隊の部下と一緒に納まっている集合写真だ
「何か気が付く事ないかしら?」
リンディの振りに揃いも揃って全員が右30度に首をかしげ、沈黙が流れた。
「左手小指の指輪だ・・デバイスらしきものがある」
「さっすが~クロノ 鋭いわね 」
答えが判ってしまえば、どうということはない。
「じゃ、この髭のおっさんがデバイス"藍夜の鷺"を持っている可能性が極めて高いわけだな」
そしてハインリヒ少佐の魔力レベルが少しずつでも向上し、自我暴走を伴っている
いるとすれば、いずれ『V2』の存在を知った時、その力を行使しかねない。
ヴィータの発言に対し、はやてはさすがにげんなりとした表情をうかべた。
「みんなですこしずつでも頑張ろうよ」
その場にいる皆がなのはに視線を向けた。
彼女が真に強い理由は空戦技術でもなく、魔法レベルでもなく、迷いの無い意思の力にあることを思い返した。
だが、
いささか強引すぎるのが良い所でもあり短所なんだな、と図らずも皆が心の中で注釈をつけていた。
平和そうに羊羹を頬張っている白い悪魔の表情を見ると誰も言葉にする意欲が削がれるのだ。
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最終更新:2007年09月03日 20:37