XV級時空航行艦『クラウディア』
今度の捜査にあたって一般乗員スタッフは無駄に意気軒昂だった。
何しろ管理局でも若手TOPクラスの魔道師達が集団乗り込んで捜査の応援に加わっている。
だが、ハラオウン艦長はいつも以上に尖った雰囲気を纏っていた。
それを部下に気付かせないようにさりげなく振舞っているが、
何処の世界でも同じ船に乗り組む者の間では秘密は保てないものだ。
まして、つきあいの古いなのは、義妹のフェイトに至っては、
クロノが艦長らしいイメージの維持に懸命な姿を見ると吹き出しそうになる。
「ベルカと戦争中の国は複数ある。ぼくらはその国のどこかに潜り込んでベルカと戦うことになる」
艦長の威厳を保ったクロノの発言は、まったく効き目がなかった。
「人殺しなんて絶~対 嫌っ」
このいかにも直線的な反応は、クロノの偉そうぶった態度に対して笑いをどうにか堪えたなのはである。
「法と正義の代理人として却下ね」
フェイトの拒絶は冷たい鉄壁を思わせた。が、
実のところ義兄の態度が可笑しく、思わず笑いで爆発寸前のところを必死に堪えていた。
回答の内容よりも、二人とも顔が笑いそうにヒクヒクと引きつりながら答えたのが気に入らないが、
S級魔道師2人にあっさりと否定されたのは、彼の予想どおりだった。
クロノは暗黙の了解どおり はやてに視線を送った。
「二人とも反対するだけなら小学生でもできるで? 何か、こう、ビシ!っとキマるような代わりのエエ案でも出してや」
さすが上級キャリア合格者だけのことはあり、厭味にならない程度にクロノを擁護しながら、捜査会議の進行を計算している。
もっともこの程度の腹芸ぐらい難なくこなせなければ、局のお偉いさんとの交渉などできやしない。
なのはは「うっ・・・」っと言葉に詰まったが、フェイトはすかさず代案を出してきた。
フェイトのほうが頭が良いということではなく、執務官と教導官という違いによる職務経験の差だ。
ちなみに空戦技能ではなのはの戦術と戦技の前には適わないことをフェイト自身が自覚している。極めて高いレベルでの話だが、
当事者にしか絶対に判らない微妙な差がある・・・らしい。
「そう、ベルカ側に潜入して、目立つ功績をあげた人に接近するのはどうかな」
主に戦争で武勲を立てた人を調査していけばその功績が魔力によるものか調べていけばよい。
だが、その反論に対する回答は既にクロノの手で用意されていた。
「いい案だと思う。実は僕も検討してみたんだ。でもベルカ側への潜入は極めて困難だ。残念だね」
国家戦時体制にシフトしたベルカは人・モノ・情報・交通を効率的かつ厳格に管理していた。
ベルカ戦時保安協会と呼ばれる組織の監視の網をかいくぐり、外部の人間、
まして異なる次元世界の人間が潜り込む余地を見つけ出せなかった。
「侮りがたし ♪ベルカ戦時ほ~あんきょーかい♪・・・ってところか」
妙な節回しの呟きを聞いてシャマルが怪訝な顔で見つめる。
「はやてちゃん? 何ですかそのリズムは?」
「ん? サウンドロゴや。昔の帰省した時に聴いたCMをふと思い出してな」
恥ずかしそうに思い出し笑いを浮かべ、はやては束というか山となった机の上の資料を何冊かつまみあげた。
「長年、無駄に予算を費やした成果が日の目を見る訳さ。
現地で使う武器には性能制限の非殺傷設定の魔法をかけておく。
ここに書いてる魔法はちょっと使いにくいが、君達なら可能だろう?」
91世界で使用できる魔法技術の詳細な資料が集められていた。
書類を手にとって眺めていたシグナムが感心したように呟いた。
「よくここまで調べてあるな」
ありがたいことに91世界での魔法研究報告が無限書庫から見つけ出されたのだ。
資料を見つけだしたイタチもどきには礼を言っておかなくてはならない。
ようやく研究が有効利用されたとなれば、無駄飯食いで肩身の狭い技術部も救われた気分になるだろう。
クロノははやての新部隊設立時に技術部から積極的でなくとも何らかの支持を得る可能性まで計算していた。
「ふむ、誰も傷つかない『戦争ゴッコ』とはな・・・」
シグナムは困惑交じりの苦笑をみせたが、表情は明らかに乗り気だった。
根源的な部分に流れる血の温度が上昇している。
ヴィータが言うところの「バトルマニア」とは表現が気にいらないが、意味には納得している。
はやてはクロノが「君達なら可能だろう」という甘言を口にしたことで声も出さずに苦笑していた。
地球に居た頃、濫読した長編スペースオペラを思い出したのだ。
軍人の主人公が上司から同じことを囁かれ、困難な任務に就かされたという一節を
全く同じ状況だったのだ。
「あかんやん、シグナム。クロノ君の誘いの言葉にのせられそうになっとるで」
「いえ、けしてそのようなことは・・・」
どうみてものせられとるやんと心の中で突っ込みいれるが追及はしない。
「魔法が完璧じゃないのはクロノ君も知ってるでしょ?誰も傷つかないなんて保証できないじゃない」
だが、なのははシグナムとは異なり、納得していし、甘言にのせられてもいないようだった。
「世の中に100%と言い切れることなんて無いさ。だが、道を歩くとき、流星で頭を打つ心配をするかい?」
流星で頭を打つ。とはミッドチルダの諺だった。
なのははその諺を知らなかったが、クロノが言いたいことは感覚として理解できていた。
だが、非殺傷設定の魔法でも副次的な事故での怪我は珍しくない。
特に教導部隊の仕事では未熟な魔道師達の怪我が日常的に発生していたからこそ、安全性の完璧を求めたものだった。
「向こうはロストロギアや魔法なんていう真相を知らないし、本気で戦闘を挑んでくるだろうから、そうしたらこっちも手加減できなくなるよ」
「私たちの仕事は捜査であって戦争じゃないんだけどな」
フェイトが助け舟を出した。というよりも仕事内容の再確認だった。
「ベルカ空軍のエリート部隊と接触するなら、最初から敵役になったほうがいいだろう。先方から接触してくるさ」
「殺る気マンマンでな」
ヴィータはうんざりとした声でクロノにつっかかった。階級・世代の差を無視した会話というのはヴィータの特技で
相手は自然と本音を引き出されたりする。
「時空管理局のほうから来ました。お手数ですがお持ちのデバイスを提出願えないでしょうか?」
周りは呆気に取られた。
「オイオイ、誰に向かって喋ってんだ?」
ついに仕事のし過ぎでおかしくなったと思ったらしく、ヴィータにしては珍しい視線だった。
憐れむように眺める。
「申し訳ありませんが、非常に危険なモノですので渡していただけないとなりますと、魔法を使わせて頂くことになりますが・・・」
威厳のある艦長の振る舞いよりも腰の低い営業マンのスタイルのほうが妙に似合っているクロノである。
管理外世界では文明に対する影響を最小限に抑えるため、魔法と魔道師の存在を察知されないように動くのが大原則だった。
「・・・などとお願いして、ポンと渡してくれるなら、それもいいだろう。僕もどんなに楽だろうかと思うよ」
「確かに、今まで誰も傷つけた事が無い。なんて言えた立場じゃないよね。私達・・・」
何だかんだと話合いを試みたところで結局のところ、派手に大立ち回りせざるを得ない状況ばかりだった面々には
耳の痛い反省である。意図したわけではないが、結果的に最も多くの「戦果」を叩き出している
なのはも多少は気にしていたのであろう。普段の彼女らしくない表情で吐き出し、過去の戦いを振り返った。
捜査の全体指揮はクロノ提督が執る。
潜入チームにはリーダーをはやて、以下なのは、フェイト、シグナムの4名はすぐに決まった。
選抜の基準は魔道師ランクの他にもう一つ、単純だが実に重要な要素があった。
「何でアタシが留守番なんだよぉ?」
「こんどの世界で潜入捜査するには、ヴィータちゃんじゃちょっと・・」
フェイトが潤いのない平板な口調でごまかそうとする。
「我侭を言うのではないヴィータ。戦うだけが騎士の務めではないぞ?」
「だってよぉ、アタシだって空戦はSなのに・・・」
「主はやての決定だぞ?」
シグナムに対してはぶーぶー文句垂れるヴィータである。
「でも・・・むこうの世界であまりかわいい傭兵さんが居ると不自然ですわね」
ぶーたれているヴィータの表情を好ましく笑いながらシャマルが独り納得する。
「ヴィータちゃんは副官としてクロノ君を支えてあげてね」
「そやな、前線ばっかりじゃなく、もうちょい隊長経験を積んだほうがええかもな」
はやては既に将来の部隊人事についても考えている。
「あたしはみんなが心配なんだ。いつもみんなが一緒にいられる訳じゃねーし」
「そういえばそうねぇ」
シャマルは思案顔でヴィータとザフィーラを相互に眺めた。
ヴィータはその、何だ、婉曲的に言うと垂直方向にハンディがある。
今回はしぶしぶとヴィータはクロノの参謀役を受け入れたが、
役割に納得していない様子は明らかだった。
ザフィーラもヴィータと同様に潜入チームからは外されたが、こちらは語らずとも事情を察してくれるからありがたい。
「じゃ、私も行きます」
意外な人物の志願に冷静なザフィーラが問いかける
「シャマル、お前が か?」
「ええんか? 今度の任務は魔法が得意というだけじゃできへん任務やで」
「お忘れなく、ベルカの騎士として主の為に闘い、護るために生まれてきたのですよ 私は」
フェイトとなのは、それにクロノは咄嗟に思念通話を交わした。
日頃のおっとりとした穏やかな泉の騎士の笑顔の底にあるものは何だろうか。と。
3人ともシャマルの表情以上にヴィータとシグナムの態度が気になったのだ。
最終更新:2007年09月05日 21:20