内火艇:八神はやて
床に横たわるなのはは天井をぼうっと見ている。
左手と右足は赤黒く変色し、さわるのもはばかられる有様だ。
なのはの口がわずかに動く。
それに気づいたはやてはなのはの頭の横に座る。
「なのはちゃん、どうしたんや?なにかいいたいんか?」
耳をなのはの口に近づける。
とぎれとぎれの言葉がはやて耳に届いた。
「・・・ユーノ・・・ジュ・ル・・ド・・・うん」
はやては目を見開き、体を起こす。
「なのはちゃん、意識をしっかりもつんや!」
よくない状態だ。
「ティアナ、キャロ!ヒーリングや」

内火艇:ティアナ・ランスター
なのはの体をもう一度見る。
酷い状態だ。
キャロがなのはの胸に手を当てる。
「ヒーリング」
キャロの手に光がともり、なのはの胸に吸い込まれる。
なのはの息がわずかに強くなるのがわかったがまだ足りない。
ティアナもそれに続く。
なのはの腹部に手を当てる。
ティアナが使える回復魔法は初歩の初歩。
手に灯る光も弱いし、効果も薄い。
それでも、やらないよりはましだ。
「なのはさん、がんばってください」
聞こえているかどうかもわからない。
回復魔法を使っても、なのはの目は定まらないし口ををふるわせるだけだ。
気づくとキャロが自分の方を見ていた。
涙を流しそうになっている。
また、なのはの息が弱くなっていた。
鼓動も弱い。
「キャロ、がんばって。絶対になのはさんを助けるのよ」
ティアナの横に誰かが座った。
目を向けると赤い長髪が揺れている。
さっきなのはを助けてくれた緋室灯だ。
「私も、やる」
灯はなのはの足上に手を掲げた。
「できるの?」
うなずく灯。
ティカナはそれに首を縦に振って返す。
この世界の回復魔法がどんなものかはわからない。
どんな効果があるのかもわからない。
だけど今は少しでも可能性をあげるなにかが欲しかった。
灯の呪文が小さく聞こえてきた。
「レイ・ライン」
灯の手の中に光の球がうまれる。
灯はなのはの足にそっと光を押しあてる。
「え……」
ティアナは魔法を使うのを忘れてしまった。
光に当たったなのはの足が健康な色に戻ったのだ。
灯はさらに手をなのはの足に沿って滑らせる。
滑らせた後のなのはの肌も元の色へ。
ミッドチルダの回復魔法では考えられないほどの回復だ。
「すごい……」
ティアナは灯を見る。
額に汗の球が浮いている。
一滴、二滴と服に落ちてシミを作る。
ティアナは次になにか言おうとした。
でも言葉が出なかった。
言葉を選んでいるうちに、はやての声が聞こえてきた。
「ティアナ、キャロそれに灯さん。もう大丈夫や。向こうで医者を用意してくれたみたいや」
肩に重みを感じた。
灯が体を傾けている。
「あなた……ありがとう。それから……」
次の言葉はエンジン音にかき消される。
わずかな衝撃の後、内火艇のハッチがゆっくり開いていった。

アンゼロット宮殿:八神はやて
なのはを乗せた担架が運ばれていく。
「なのはちゃん……」
はやてはそれを追おうとしたが銀の飾り紐をつけた赤い制服の男に遮られる。
「アンゼロット様がお呼びです。ご同行を」
制服の男は礼儀にかなった会釈をする。
だが、はやてはそれどころではない。
「でも、なのはちゃんが!」
それを見ても制服の男がわずかたりとも動じた様子はない。
「どうか、落ち着いてください。彼女のことは我々におまかせ下されば問題はありません。ご同行を」
はやては頭が冷めていく思いがした。
第六課隊長としての立場を思い出す。
今の姿を隊員達が見続ければみんな不安になる。
それに、この世界に初めて来た管理世界の人間として無様な姿を見せられない。
「わかりました。そのアンゼロットさんと会わせてもらいます」
制服の男はにこりとも笑わず歩き出す。
はやては他のメンバーに合図を送り、制服の男に続いた。

アンゼロット宮殿:フェイト・T・ハラオウン
フェイト達が案内されたのは、前に来たときに通された物と同じ作りの部屋だった。
全員が座れるように前の部屋より大きい長方形の机が置かれ、椅子も人数分用意されていた。
制服の男はフェイト達がそれぞれ椅子に座るのを確認すると
「少しお待ち下さい」
と言って部屋を出て行く。
扉の閉まる音が部屋に響いた。

アンゼロット宮殿:ティアナ・ランスター
ティアナは部屋に満ちた静寂に居心地の悪さを感じていた。
違う。
本当に居心地を悪くしているのは、緋室灯の隣に座っている自分だ。
そんなものを自分に感じさせている理由もわかっていた。
だけど、ティアナはそれを解決できずにいた。
いつ言い出したらいいか、タイミングをつかめずにいた。
深呼吸を3回。
目をぎゅっとつぶって開く。
今だ。
立ち上がって90度、灯の方に体を回転。
腰をできるだけ深く下げる。
そして、思い切って言った。
「ごめんなさい」
灯の服が擦れる音が聞こえた。
下げた頭に灯の視線を感じる。
「あなたを犯罪者だって言って、あなたに魔法を向けたり、拘束したり……この世界のこと分かってなかったの。それでも許せないと思うけど……ごめんなさい」
「待ってや!」
横に別の影が立っていた。
「八神隊長……」
「それはティアナが言うことやない」
「でも!」
「ティアナはあたしの判断に従った、あたしの指揮に従った。それだけや。だらか、その責任は全部あたしにある」
「でも……」
「灯さん。あたしが灯さんにやったこと、この世界でやったことの責任は絶対に取る。でも、少し待って欲しいんよ。この世界にはすごい危ない物が持ち込まれとる。それを何とかするまでは待って欲しいんよ」
「私は……」
灯が口を開く。
「私に責任は取らなくていい」
ティアナは体を起こす。
「あなたたちはエミュレーターじゃない。世界を滅ぼそうとする気もない」
「そんなこと絶対にしない」
「それに、今あなたたちを糾弾しても、きっとベール・ゼファーが関わっている世界の危機はなくならない。だから」
灯はティアナをじっと見る。
そして、一言、一言、ティアナに伝わるように言葉を刻む。
「世界を守ってくれるのなら、それでいい」
ティアナは、また次にどう言えばいいのかわからなくなった。
だけど、嬉しくなった。
あんなに魔法をぶつけたり、殴ったりしたのに灯は自分たちの言葉を信じてくれている。
それがとても嬉しかった。
だから、ティアナはこれしか言えなかった。
「ありがとう。灯さん」

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2008年04月10日 15:27