アンゼロット宮殿:フェイト・T・ハラオウン
しばらくするとドアが再び開いた。
制服の男を従えたアンゼロットが静かにドアをくぐる。
ゆっくりと机に向かい、制服の男が引いた椅子に音も立てずに座る。
アンゼロットに会うのは2回目だ。
それに柊蓮司が言うところの本性も見ている。
だが、静かなアンゼロットの醸し出す雰囲気には慣れない。
緊張を止めることができなかった。
ふと、はやての方を見てみた。
目を見開いたはやての喉がわずかに動いた。
緊張で口の中に貯まったものを飲み込んだのだろう。
はやてもまた緊張を感じているようだ。

アンゼロット宮殿:八神はやて
内火艇から来るまでの間にフェイトから話だけは聞いていた。
この宮殿の主にして、この世界の守護者アンゼロット。
想像していた以上の……いや、想像すらしていなかった人物だった。
神秘性を感じさせるたたずまいの中で銀髪が揺れている。
その髪に何故かはやては初代のリィンフォースを感じた。
「あ……あの」
失礼を承知ではやては先に口を開いた。
「なのはちゃん……さっき、預けさせてもらったあたし達の仲間はどうなっているんでしょうか」
この部屋に来てからずっと聞きたかったことだった。
礼儀を持って時が来るまでは、不安の入り交じった質問を押さえなければならなった事もわかっていた。
それでもはやては止めることができなかった。
なのはの焦点の定まらない両目がよぎる。
「いいでしょう」
アンゼロットははやての礼を欠いた行いを気にする様子もない。
いつの間にか制服の男が盆に乗せて持ってきた古風な電話の受話気を取り二言、三言話すと受話器を元に戻した。
「高町なのはさんの怪我は……」
アンゼロットが口を開く。
次の言葉が出るまでの時間が長く感じられた。
覚悟はできている。
灯がかなり強力な回復魔法をかけたようだがそれでもあの怪我だ。
命は助かるかも知れない。
だけど、なのはの手と足は元に戻るのだろうか。
フォワードはもうできなくなるかも知れない。
それどころか、もしかしたら二度と立ち上がれないかも知れない。
8年前のことを思い出した。
また、なのはをあんな目に会わせてしまった……。
「全治1時間ということです」
「は?」
はやては思わず大口を開けてしまう。
「大変な重傷だったようですね。ここには優秀な医療スタッフが揃っていますが、それでも1時間もかかるとは」
アンゼロットはなんでもないことのように話す。
「そ、それじゃ、リハビリは?」
混乱するはやては質問を繰り返す。
「必要ありません」
「歩いたり、走ったりは?」
「問題ありません」
「また魔法を使ったり戦ったりは?」
「治療が終わり次第可能です」
質問が終わってもはやての口はとじない。
ぽかんと開いたままだ。
「なんちゅう……」
「勘違いされているようですが」
言葉を継げないはやてにアンゼロットが語りかける。
「彼女の受けた魔法、ヴァーティカル・ショットはベール・ゼファーの膨大な魔力と卓越した技術のため強力なものになっているのは間違いないでしょう。ですがヴァーティカル・ショットの使い手のウィザードは決して少なくありません。故に治療技術も確立されています。驚くほどのことではありません」
はやては開いた口をなんとか閉じる。
どういうことであっても、なのはが助かってまた動けることになるのには違いない。
「私も医療についての質問をしましょう」
はやてはうなずく。
「あなたたちと戦闘をした絶滅社の対エミュレーター部隊はわかりますか?」
肯定する。
ベール・ゼファーが結界を作る前に自分たちが戦っていた部隊のことだろう。
「あなたたちとの戦闘後、彼らは筋肉、内臓、神経に疲労とショック症状をきたしています。原因が不明なため手を出しづらい状況にあります。この症状に対する治療法、それを教えていただきます」
「それなら非殺傷設定の攻撃魔法を受けたときに出るものです。ショックや疲労なら患者がよほど弱ってない限り少し休めば回復するはずです。魔法攻撃に伴って気絶して頭を打った、とかなら普通に治療をすれば問題ありません」
「わかりました」
再びアンゼロットは受話器を手に取り、電話の向こうにいる相手になにかを伝えた。
「結果が出るのを待ちましょう。あなた方も高町なのはさんがここにいた方が話をしやすいでしょう」
アンゼロットのそばに控える制服の男がティーカップとティーポットを用意する。
「それまでは、体を休めることだけを考えてくださいね」
はやて達の前には順番に紅茶を満たしたカップが置かれた。

アンゼロット宮殿:柊蓮司
「お、おい!ちょっと待て」
すこし遅い。
はやてはカップの中身を口に含み、飲み下す。
「これは……ええお茶や」
「え?」
はやてがあっという間に顔をほころばせる。
はやての横に座るティアナやスバル、それに灯までも紅茶をおいしそうに飲んでいる。
フェイトが不思議そうに柊蓮司を見た。
「待ってくれ」
柊蓮司は紅茶の香りをかぐ。
いい香りだ。
だが、安心できない。
アンゼロットの紅茶はいつも香りと味はいい。
おかげで、それにごまかされてしまう。
ごまかされすぎて紅茶の違いがわかる男になってしまったほどだ。
今度は紅茶を口に流し、思い切って飲み込んだ。
しばらく待つ。
なにもおかしなことは起きない。
「どうやら……普通のお茶のようだな」
「普通ではありません」
アンゼロットの抗議が鋭く届く。
「ダージリンの最も良いものです。滅多に手にはいるものではありません」
「そ、そうか」
迫力がなにか違う。
「なにも危険なものは混ぜていません。柊さんもたまにはここのお茶を堪能したらよいでしょう」
「そうだな」
フェイト達にOKの合図を送る。
どうやら今回は本当に休めるようだ。

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最終更新:2008年04月10日 15:36