ウスティオ共和国ヴァレー基地

辺境の山岳地帯の僅かな平地に強引に作られた基地は今やウスティオ空軍の総力とも言ってよい。
この最後の砦として連日のように傭兵パイロットが愛機と共にぞくぞくと集まっていた。
戦争を市況と考えている連中にとって、危機にあえぐ国ほど好条件を引き出せるが、
危険すぎては自分の命と共に店じまいする羽目になる。その点、今回の「ウスティオ市場」は売り手にとって好条件であり、
リスクを考えても良い稼ぎが期待できそうだった。
ヴァレー基地に撤退してきたウスティオ軍人とは違い、傭兵に訓練義務はないが、
自主的に訓練を行うあたり、別の意味で職業軍人ともいえる。
「今日もまた何機か来るんだって?」
「今日は5機らしい」
男はランニングをしながら隣で走る傭兵に話しかける。誰かは知らないが、そんな事を気にする奴などいない。
次々と面子が入れ替わる商売。顔を見なくなったってコトは死んだと同義語だ。
「劣勢だからな。金に糸目をつけてらんねぇってトコさ」
負けたらそれまで。支払いも踏み倒す、というより、国の存続自体が怪しい。
勝利できればそれに越したことは無いし、傭兵へのボーナスなどたいした問題ではない。
ウスティオが振り出す手形が不渡りになるか
それはまさに自分達、航空傭兵の働き次第。

「大体今までこの基地に降りてきた奴って、半分は知った顔ばかりじゃねーか」
面子がすぐに入れ替わる代わりに何時も見る顔というのもある。
そう、生き残った傭兵は技術と経験を身に付け、死地でも狡猾に生き残っていく。そうやって狭い傭兵業界である程度をメシを
喰っていると自然にネットワークが出来てくる。
「オーレッドの傭兵共済組合から聞いたが、今じゃ、空をとべる奴なら女子供でもノープロブレムって感じで募集しまくってるそうだ」
「はははっ まぁ、女子供の傭兵がいる訳ないさ・・・・どこにいってもムサい野郎ばっかり」
「この稼業では男しか働いていないのは逆差別なんじゃねーかと思うよ?俺は」
「月曜9時に女の傭兵が主人公のドラマでも放映されなきゃな」
「認知度は大事ってか」
「今回の戦争でちょっと稼いで、傭兵のCMでも放送するか?」
「大金がいるぞ それは」
「ま、何にしてもウスティオが存在しない限り、契約の未収金が不良債権になっちまう」
「そりゃ勘弁だ」
「ほら、噂をすれば何とやら。おいでなすったぜ。」
雪山の向こうに広がる蒼天に瞬く点はやがて5つの楔形の機影になった。

『リーダーより各機、ポジション崩さんと通過するで。軽くご挨拶や』
『『『『了解』』』』
大きさも形も異なる5つの機影がヴァレー基地の上に迫る。
ファイブガードフォーメーションの編隊を維持しつつ、一糸乱れぬ4ポイントロール。
「ほう、上手いじゃないか・・・・」
「いいフォーメーション組んでいるな。乱れが無い」
「僚機との呼吸が揃っている」
「昨日飛んできた連中より腕はよさそうだな」
基地上空を飛び去る編隊こそ、時空管理局の5人だった。


「・・・良く来てくれた。ウスティオ国民を代表して感謝する。君達の働きこそが我がウスティオを助けてくれるものと期待している。誠心誠意をもって諸君らを迎えいれたい」
基地司令の顔は戸惑い・好奇心・不審・喜びがそれぞれ矛盾なくかつ複雑に調和していた。
個人的には大歓迎だが、国を護る盾としては無駄な買い物ではなかったか?と思いながら
基地司令は5人から視線を外して司令官室を仕切る窓を見た。そこには早速どこから噂を聞きつけたものか、傭兵共が群がっていた。
この世界、女性の戦闘機パイロットもいるが、傭兵パイロットはさすがに珍しい。

「リーダーのはやてです。 コールサインは"∞(メビウス)"や」
「"焔(ブレイズ)"・・・シグナムだ」
「"ZERO(サイファー)"高町なのはです。よろしくお願いします」
「フェイトです。私の事は"凶星(ネメシス)"と呼んでください」
「"護符(タリズマン)"のシャマルです。よろしくね」
「・・・・・」
「どうかしましたか?」
シャマルが問いかけるまで、基地司令は何か考え事をしていた。
「あぁ、気にしないでくれ。君達皆、とても戦争を商売にしているようには見えなかったのでね」


「アレ、どーよ?」
「いいよなぁ~みんな」
「特にショートボブの金髪とピンクの髪のねーちゃんの膨らみは堪らん」
「俺は金髪のロングのねーちゃんがいい」
「お前はふんわりマシュマロは好みではないのか?」
「俺はお姉系やお嬢系よりもギャル系の2人のほうが・・・」
パイロットには浮気者が向いているという説がある。
妻にバレないようにする慎重さを持ちながら、一人の女性を撃墜する努力を傾けつつも常に周囲に目を配って、次の女性を探す。
ということが空にも通用するということらしい。
「ルックスがどうこうも大事なことだけど、あの連中・・・傭兵らしいか?パイロットらしいか?」
たしかにどうみても航空傭兵には見えない。
唯一淡い紫の髪をポニーテールにまとめた女性が、若干それらしい感じはするが、
航空傭兵というよりも正規軍人、しかも誇りの為に戦う古風な武人・騎士を思わせた。
他の4人に至っては先ほどの見事な編隊飛行とその容姿が結びつかない。
「でも、妙に戦い慣れしているような冷静さ、というか妙に鋭い感じがしないか?」
偽装しているとはいえ、人それぞれがもつオーラをそうそう変えることができるものでもない。
魔導師の5人はヴァレー基地の傭兵達にとって、違和感のあるオーラを纏っていた。
「じゃ、今まであの子たちの噂、聞いたことあるか?」
「聞いたこと無いなぁ」
「俺も無い。航空傭兵なんてやってりゃ、狭い業界だし、すぐに伝わるさ」
どうにか理由をつけてイイ関係になりたいと考えている傭兵どもが窓の外でヤニさがっている。
それに気付いたなのはがお行儀よくペコリを会釈すると、死神の顎をあざ笑うかのように戦場の空を飛んできた男達が、
デレデレと幸せそうな笑顔で自らをアピールしてみたりする。
「じゃ、今回が初仕事?」
「初めての傭兵って奴の飛び方だったか?見なかったのか?」
「親がパイロットで小さい頃から一緒に飛んでたんだろ?」
「ありうる話だが、家族持ちの傭兵ってどんな奴よ」
「ファン・デ・ハイム、モールトン、それにハイランド・・・ぐらいか」
「違う違うモールトンは嫁さんと子供に逃げられて、慰謝料と養育費稼ぎで傭兵になったんだ」
「何にしても、この戦争で生き残れるだけの子達ならいいんだがな」
「ああ、空では出来るだけのフォローはしてやろうぜ」
自分の生命と報酬は自分で責任をとること、それが傭兵が大原則。
だが、一時のつながりとはいえ戦友同士は助け合うものだ。

<何なのかなアレ? みんな窓の外に群がって>
旧式の無線のようにガラガラと割れた声だが、フェイトの元になのはからの質問が届いた。
第91世界特有の魔法制限の影響を受けるとはいえ、思念通話が何とか使えるのはありがたい。
<さぁ・・・?なんだろうね>
<この世界では有名な筈はないんだけどなあ>
異性(同性も?)をひきつける自分達の魅力についてよく理解していない点で、なのはとフェイトは共通だった。
<どこの世界でも、男という生物は本能に素直なのだ>
と、いかにも知った風な口で諭すシグナムだが、
<ほなシグナム。あの連中を軽~く弄んでやり>
と主命が下されると狼狽しきりである
<な、なぬを、いや、何をおっしゃいますか!主>
<これからしばらく一緒に空を飛ぶことになるんや。そやから色々と情報集めたいんやわ。ハニートラップ仕掛けて情報収集頼むで>
車椅子生活が長かったせいか、純文学から801ノベルまで守備範囲が相当に広いはやては、
実際はともかく、男性に対し興味といかないまでも、歳相応の関心はもっており、茶目の要素も多分に持ち合わせている。
どうやら持ち前の悪戯心が刺激されたらしい。
はやては自分達に近づこうとしてくる男は内心では一歩退いて構えている者ばかりである理由を直感で理解している。
なのはちゃんもフェイトちゃんもその点わかってへんのちゃうかな?
少しは女の子らしく恋愛への感度を磨いて欲しかった。
たまには男共に聞かせられないような露骨な話題で盛り上がってみたい。

「いよう! グラナガンからの長旅御疲れさん」
フェイトはこの世界の人間では知っている筈の無いミッドチルダの地名を聞いて、咄嗟に声がしたほうを振りむいた。
「あら、貴方が何でこんなところに?」
「去年からここの駐在所長をやってるんでね。先行捜査さ」
フェイトは仕事柄、その執務官とは多少の面識があった。
管理支局長なら高級幹部だが、魔法効果も落ちるこの管理外世界では
規模の小さい出張所よりもさらに小さい駐在所となり、所長も執務官あたりが兼任している。
「それは栄転ですね。おめでとうございます」
「なに、駐在所長といっても現場仕事が殆どだからな。事務仕事がふえただけだぞ?」
フェイトは同じ「傭兵仲間」の4人を紹介する。
「皆さんさんのお噂はかねがね。それにしてもこれほどの精鋭を大量投入するとは、・・・情報をまとめて報告した甲斐があるというものさ」
管理局も本気になった証拠だ。
「ところで 怪我の具合は?」
「ん?ああ、もう半年もすれば完治だ」
「そう、良かった・・・で、その駐在さんが、こんな所で何をしておられるのですか?」
駐在所長は元々ミッドチルダ出身のAAクラス執務官だったが、
捜査中の事故による怪我以来、情報畑に転じ、この星には単身赴任で来ていた。
今はウスティオ軍と契約した情報コンサルタントという偽装で先行捜査を行っている。

基地の傭兵が外野から騒ぎたてる。
「何だ何だ。知合いか?」
「まぁ友人といったところだ。一緒に仕事したことがある」
「アンタの戦友という訳か? 彼女ら何者なんだ 教えろよ」
普段なら細かいことは考えずに話しかけるところだが、傭兵たちもあまりに直線的なアプローチでは些か下品すぎると考えたらしく、
ちょっとは情報収集しておきたいらしい。情報を制する者が主導権を握るのは何も戦争だけではない。
「♪内☆緒♪」
キモい口調とふざけた態度で傭兵連中からの追求をはぐらかす。

「このヤロー。どこであんな若いおねーちゃんと知り合ったんだ。この変態め」
童顔に醒めた表情を張り付かせたまま、だが口調は面白そうに別の傭兵がからかった。軽蔑交じりの視線がつき刺さる。
「俺は2次でしか萌えないんだ・・・・・っと本気にするな!! ピクシー」
今回も適当にボケたリアクションで軽くあしらっておくつもりが、
軽蔑まじりの視線だったものが軽蔑そのものに代わったのであわててフォローを入れる。
「ところでピクシー。ひょっとしたらお前の列機、あの子達の誰かかも知れんぞ?」
有名な片羽の妖精と呼吸をあわせることのできるパイロットはなかなかに見つからなかった。
「あん? 俺は自分で相棒を選ぶよ。使えない奴と同じ翼を並べるなんて勘弁してくれ」
「人を見かけで判断するのはよく無いぞ。あの子達の編隊飛行見ただろう。お前さんより上手だ」
「ほっとけ。大体あんな子達が傭兵で戦闘機に乗っているなんて、どうかしてる」
「亡国の危機とは、どんな無茶・非人道も受け入れさせる免罪符なのさ」
「戦争を飯の種にしてる俺に偉そうなことを言う資格はないがね・・・・・」
ピクシーがちょっと言いよどんだ。想いや考えを正確に表現できる言葉を捜していた。
「何を言いたいんだ?」
「・・・俺と異なる考え、対立する意見でもいい。相棒には・・・戦う理由をしっかりと持っていてほしい・・・それだけでいい」
「しっかりした理由さえあれば、女子供でも構わないのかい ピクシー?」
「・・・・・・ああ・・・構わんさ」

ピクシーと駐在所長がやりあう姿を遠目に眺めつつ、なのはは一人で考えた。
傭兵が戦う理由とは報酬の為だけではないのか?では何の為に戦うのか?

おもしろくなさそうにシャマルが呟く。
「第6航空師団86航空隊、なーんかこう、ぱっとしない特徴ない名前ですわね」
ウスティオ正規軍の86航空隊は開戦初頭に壊滅していた。書類の上では再編中の扱いだったので傭兵部隊に適当に割り振られたらしい。
「つまらんやろうから、ウチらで勝手に愛称つけて良いって話やで」
ウスティオ空軍とやらは意外に洒落が判る組織らしい。
「あら、どんな名前にしましょう?」
「そうですね、我等のエースに敬意を表して『ホワイトデーモン』 などはいかがしょう?」
「ソレええかもな。『あらゆる物を吹っ飛ばす 白い悪魔』か・・・どや、なのはちゃん?」
無愛想で素っ気無いことでは管理局内でも評判の烈火の将だが、最近では不器用ながらもこの程度の掛け合いはするようになった。
なのはにしてみれば不本意な異名をネタに弄られる事よりも、シグナムが他愛ない冗談を振ってきてくれた事のほうが嬉しい。
「そんな悪魔みたいな人がいるなら是非、一度会ってきっちりお話聞かせて欲しいね」
生真面目な顔でとぼけた返事を返し、思わず笑いが充満する。
「さすがにソレはちょっとやめようよ・・・無難だけど魔道師らしく『マジシャン』 どう?」
フェイトの提案に全員が頷く。だが、ヴァレー基地の係官からウスティオ空軍では原則4機で1編成を組むと知らされてから一騒動があった。
ウスティオ空軍の編制上、86航空隊も例外ではない。5人の内誰かが『マジシャン』隊というから外れることになる。
はやては隊長なので、外れる事は無い。 となると、4人で3つの椅子を争うことになる。
「わたしが外れてもいいんだけど」
「戦技教官なんだし、一人でも大丈夫だよ」
妙なところで譲り合うフェイトとなのはだが、はやては2人に甘えようとはしなかった。
「しゃーない。ジャンケンで決めるか。一発勝負、恨みっこ無しや!」
ヴォルケンリッターの2人、シグナムとシャマルの背中からはそれぞれマゼンタと薄緑のオーラが立ち上っている。
<思念通話でのズルは無しや ええな> 一応はやてが釘を刺す。
「「「「最初はグー! ジャンケン!」」」」
「「「「「ポン!!」」」」」
「あははっ、負けちゃった」
一瞬の気まずい空気はなのはの苦笑いでかき消された。係官はこんないい加減な決め方で
大丈夫かと不安になりながら、なのはに話しかける
「すまないが なのはさんは第66飛行隊に所属してピクシーと組んでください」
「わかりました」
「通称ガルム隊、そこの1番機をお願いします。期待してますよ サイファー」

この係官は『鬼神の生みの親』の異名を奉られ、ウスティオ軍内部で大いに勘違いされた存在となるが、 それはまた別の話。

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最終更新:2007年09月08日 11:13