炎が踊る。
殺意と志向性を持った紅蓮の波が全てを焼き尽くそうと迫る。
自らの相棒を構えた若き魔導師――――――フェイト・T・ハラオウンはそれをオーバーとも言える動作で回避する。
理由は単純。
炎の当たり判定は、周囲の空気すら含むから。沸騰した大気は炎自体よりは威力が低いものの、それでも十分。
バリアジャケットの上から受けたというのに、掠っただけの左腕はほんの少し動かすだけでも苦痛を伴う。・・・・・・もっとも、それだけで済んだと考えてもいいかもしれない。
つまりクリーンヒットしてしまえばそのまま戦闘不能に追い込まれかねない、ぞっとするような威力。そしてそれ以上に――――――

「・・・・・・バルディッシュ!」
<<Plasma Lancer>>

複数射出された雷撃の槍が、緑の炎に覆われた四つ足――――――フレイムマンへと殺到する。

が、その攻撃はフレイムマンを覆う緑の炎に触れた瞬間、あっけなく弾かれてしまう。

――――フレイムマンの緑の炎はあらゆる攻撃に対して無敵。そんな常識外のロジック、初見で看破する事などどう考えても不可能である。

AMFとはまた違う、攻撃そのものを防ぐフィールドと考えるべきか。何よりも厄介なのが、それだった。
間違いなくヒットしているというのに『手ごたえが無い』。接近して魔力刃を叩き込んでもみたが、まるで壁を殴ったような感触が手に残っただけ。普通のプロテクションなどならば
弾かれるような手ごたえがあるはずだというのに、だ。幻影の類かとも疑ってみたが、鋼の四肢が打ち下ろされる度に床を砕く様子からも実体であると断定せざるを得ない。

厄介な敵。それも『強い』ではなく『悪質な』。

屋内という、自分の力がフルに発揮できない状況であることもまたネガティヴポイント。こんなところでザンバーフォームなど使えば、下手すれば崩落を促進しかねない。生き埋めは流石に遠慮したい。
ならば『高速機動で撹乱しつつ空中から連打』という戦法を考え付いたが、相手も甘くは無かった。
――――オレンジ色の高速誘導弾。
まるで意思を持っているかのように追いすがる二つの炎弾が空中を走る。この攻撃もまた厄介で、『フェイトが空中に居るとき』のみ使ってくる。こちらは切り裂く事は出来るが、すぐに形を取り戻して
しまうため、いくら迎撃しようとも無意味。だが不自然な事に、こちらが床に足をつけているときには何の動きも見せないのだ。
そうなると魔力の消費を抑えるために必然的に床に足をつけて戦う事になってしまうわけで。

(やりづらい・・・・・・・・・!)

<<Arc Saber>>
連続して放たれる火柱を高速で回避しながらバルディッシュを振り、光刃を射出。が、やはりこの攻撃も無効化され、思わず舌打ち。
数メートルはある蜘蛛の如き巨体のどこにも、この状況を打破するための取っ掛かりが見つからない。

そして、もう一つ。離脱という選択肢があるにも拘らず、ここまで不利な状況でそれを選択しないのか。別にフェイトは敵に背を向ける事を恥と思っているわけではない。敵を見逃す事に多少の感情は沸くが、命には代えられない。
その気になればダメージ覚悟で誘導弾を突っ切り、一気に地上まで戻る事もできる。―――――――自分一人なら、の話だが。
そう。
フレイムマンからは見えない位置に、要救助者の少女―――――ギンガ・ナカジマがいる。彼女を抱えながら高速飛行し、あの誘導弾を回避、突破するのは難易度が高すぎる。
だからこそフェイトはフレイムマンを撃退するべく戦闘を行っているわけなのだが・・・・・・・・・・・・・・・

「ヴォォォォォォォォォォッ!ちょこまかと目障りなヤツだ!」

―――――轟!

仮面を思わせるフレイムマンの頭部から、灼熱が放射される。先ほどとは違う、威力よりも効果範囲を重視した攻撃だ。
回避、後方。
ブーツを鳴らし、サイドステップを織り交ぜながら炎から逃れる。
汗がひどい。
バリアジャケット越しにも分かる熱気に辟易しながら、火の海の中を駆ける。手袋の中でさえ汗にまみれて、ふとした拍子にバルディッシュを取り落としかねない。
息が上がってきているのが分かる。
呼吸をすれば、入ってくるのは肺を焦げ付かせるような熱い気体。いくら呼吸をしても満たされる事の無いような、そんな考えがフェイトの脳裏を駆け巡り―――――――――そこで、唐突に気付いた。
(・・・・・・・・・・・・え?そんな、まさか・・・・・・・・・・・・)


炎。それは、貪欲に酸素を喰らい尽くす魔物であるという事を。

―――――どこかで少女が倒れる音がした。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

火災現場。
そこで恐れられているのは炎・・・・・・・・・だけではない。いや、むしろそこでは炎など、序列で言えば大した危険ではない。
多少の知識がある者ならば分かるだろうが火災現場において最も危険な物、それは―――――――気体である。
酸素と水素を糧として膨れ上がる炎はあらゆる物を飲み込み、本来ならば燃やしてはいけないものを燃やす。それによって発生するのは、有毒な気体。
有毒でなくともその空気にもう酸素は残っておらず、人は満足に呼吸する事も叶わぬまま死亡してしまう。
魔導師であろうとも結局は人というカデコリに含まれるわけである。
つまり現在の状況がより一層最悪に近いものだと、ようやくフェイトは気付いたのだ。

・・・・・・・・・手遅れ気味ではあったが。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

戦況は変わらずフェイトの不利。加速度的に状況が悪くなっているのが自分でも理解できる程に、だ。
回避しきれなかった数回分の余波はずくずくと身体の各部を蝕んでいる。
酸欠気味の頭を振り、ぼやけ始めた視界をどうにか修復しようとする。頭痛が激しい。

(時間が無い・・・・・・・・・どうする?)

キレの無くなり始めた動きを見逃さない敵の炎が放たれる。火柱が連続で吹き上がり、さながら壁のように押し寄せてくる。

「ヴォォォォォォォォォォォォ!ただの人間が、よく耐えるものだ!そろそろ諦めたらどうだ?」
「・・・・・・誰がそんな事ッ!」

バックステップ。
拡散する炎は、その分射程が短い。――――――相手の攻撃パターンは二つ。誘導式の火柱か、拡散式の壁。どちらも速度はほぼ同じ。
熱された空気が対流を引き起こす。地下だというのに吹き荒れる熱風はますますフェイトを苛む。
ひょう、と空気を吸い込む音から遅れる事数秒、またも火炎が来る。

(しつこい・・・・・・・・・ッ!)

相手の作戦はもうわかっている。強固な防御で耐えつつこちらの体力を削る持久戦だ。
焦る。
今まで様々な経験をしてきた自分でさえ消耗しきっている。・・・・・・ならば、あの少女はどうだろうか?
そう思ってわずかに視線を動かしフェイトはギンガの隠れている方向を見て、


「ヴォォォォォォォォォォォ・・・・・・・・・・なるほど、そこか」


ぎょろり、とフレイムマンの頭がそちらを向いた。


(―――――――――――っ!)


驚愕するフェイト。だがそれを見ることも無く、フレイムマンは頭部へと渦巻く火炎を集中させる。
轟、とやけに明瞭な音と共に紅蓮の花が咲いた。
――――――放射。
フェイトがバルディッシュから雷槍を放つが、一瞬の痛痒をも与えることなくそれは緑の炎にかき消される。
間に合え、と床を蹴り疾走。
火柱が迫る。速い。炎が直撃すれば、バリアジャケットを纏っていない少女など灰も残らず焼き尽くされてしまうだろう。
――――――――だがフェイトは、間に合わないと確信していた。
遅い。何から何まで遅すぎる。自分の動きが、自分の速さが、足りない―――――――!
逃げて、という声が溢れる。
傷つく人はこれ以上見たくない。ましてや死人なんて。
しかし、非情にも炎はその勢いを止めることなく一直線に熱量を振りまき――――――――――


「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


―――――――唐突に、声と共に飛来した水の弾丸がその炎を吹き飛ばした。





命中を確認。直情からの視点であるからこそ分かったが、どうやら倒れている少女へと放たれたれしい炎は、バブルスプレッドでの迎撃に成功。ぶっつけ本番もいいところだったが、上手くいったことに安堵する。
相変わらず猛スピードで降下中のロックマン.exeは砲へと姿を変えた右腕からチップデータを排出、さらに連続でチップデータを叩き込む。
――――――セット:エアシューズ
――――――セット:フウアツケン
右腕が幅広のブレードと化し、風を纏う。さらに足裏からエアが放たれ、空中での姿勢制御を可能とする。

「でやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

起動、噴出、加速、疾駆――――――!
一瞬で間合いを詰めたロックマンは右腕のブレードを振り、斬撃と同時にそこに宿る力を解放する。
烈風。
全てをなぎ倒す風圧は狙いを外れることなく、奇襲に驚くフレイムマン―――――――――その背に燃えるロウソクの緑とオレンジの火を吹き飛ばした。
それと同時に絶対の鎧が解除される。フレイムマンの背に着地したロックマンはそのまま半回転しながらブレードを振るい、ロウソクを半ばから切断する。

「ヴォォォォォォォォォォォォ!?貴様、なぜそれを―――――――!?」

驚愕の声を上げるフレイムマンの背から跳躍、チップデータを排出し顔面へと向けてロックバスターを連射する。たまらずのけぞったところで、ロックマンはチップをロード。
接近戦、敵大型、炎属性。
そこから導き出すのは、一撃必殺を可能とするたった一枚のチップ。

―――――――セット:バリアブルソード・・・・・・・・・・・・

形成されるのは、流体の刀身。主の思うがままに姿を変える、テクニカルソード。
イメージは、衝撃波。それも四色の四連斬。制御の難しいこのチップの中で、最大の威力を持つ『技』。
下段から逆袈裟の軌道で抜き放つ刃は、四色に輝いて。

「――――――喰らえっ!」

―――――――・・・・・・エレメントソニック!!

炎。
水。
雷。
木。

暴力的なまでの威力を持つ斬撃がフレイムマンを滅多切りにしていく。


フェイトには目の前の光景が信じられなかった。
突然降ってきて今の今まで自分が酷く苦戦していたはずの敵をあっけなく切り刻んでいくその姿が。青いバリアジャケット(?)に身を包んだ少年は見たこともないようなデバイスを使って、砲撃射撃から近接戦闘まで
やってのけているのだ。それも、恐ろしいほどの練度で、だ。
自身が戦闘経験があるからこそ理解できる、異常と言っても差し支えないほどに洗練された無駄の無い動き。
少しの間呆然としていたフェイトだが、すぐさま意識を切り替える。今なら、攻撃が通用する。確信じみた直感に賭けて、痛みを上げる左手に魔力を集中させる。

「バルディッシュ、カートリッジロード!」

<<Load Cartridge>>

コッキング音は続けて三回。薬莢が落下するよりも速く左手を振り抜き、金色の輝きを纏う左の掌をフレイムマンへと突きつける。

「君!離れて!」

こちらをちらりと見たその少年は一瞬で状況を判断したのか、大きくバックステップ。離脱する。
円形の魔法円を展開。カートリッジから供給された暴力的な魔力が体中を駆け巡り、バレルと化した左腕一本へと殺到。
鮮烈な金色の閃光が電気を撒き散らしながら膨れ上がり――――――

<<Thunder Smasher>>

「―――――ファイア!!」

――――――咆哮にも似た嵐音と共に放たれるのは、柱の如き極太の稲妻の槍。反応しきれぬほどの速さで迫るそれをフレイムマンは避ける事すら出来ず、まともに正面から喰らった。
超高温高電圧高熱量の砲撃は狙い過たずにフレイムマンを飲み込み、その身に深々と傷を負わせる。悲鳴すら大気を灼くスパークにかき消され、のたうちまわる暇さえなかった。

数秒後、その身体がぐらりと揺れ、

「ヴォォォォォォォォォォ・・・・・・・・・・・・す、い・・・・・・・、せ・・・・・・・・・・・・・ィ・・・・・ま・・・・・・」

―――――――――爆散。
ご、と灼熱したかと思うと、余りにあっけなくフレイムマンは消滅した。後には何も―――身体の一欠片すら残らない。
無敵の鎧があるならばそれを纏う者には防御力など必要ない、ということだろうかとフェイトは予測を立ててみた。

・・・・・・だが、今はそれ以上に重要な用件がある。

見る。視線の先に居るのは、青いバリアジャケットの少年。まだあどけなさを残した、しかしそれで居て戦士の顔をした正体不明の少年。
視線が交錯する。
噴出音と共にバルディッシュが魔力の残滓を吐き出す。
それが何故か会話の糸口を作った気がして、フェイトは口を開く。

「・・・・・・・・・君は―――――――?」

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最終更新:2007年09月19日 18:56