アンゼロット宮殿:フェイト・T・ハラオウン
ちょうどティーカップを空にした頃、ドア再び開かれた。
そこにはなのはがいた。
フェイトは立ち上がる。
椅子が倒れ、床にぶつかる音が部屋中に響いた。
「なのは!」
駆け寄るフェイトになのはが手をあげて答えた。
「ほんとに……ほんとに、大丈夫なんだね」
「うん。ちょっと、信じられないけどもう平気」
なのはが出した右手を手にとって眺める。
暖かい、生きている手だ。
色も健康そのものになっている。
運ばれていくときには粉々に砕けていた爪まで綺麗に切りそろえられていた。
手を確かめたフェイトは次になのはの左足に目を移した。
いつもの白いストッキングに隠されてよく見えなかったが、フェイトに気づいたなのはがつま先で床を蹴って無事に動くことを示す。
「はら、大丈夫だよ」
「うん……うん」
フェイトに握られたなのはの手の甲に涙が落ちてくる。
「もう、ほんとに平気だよ。すぐにお仕事もできるの」
「無理せんでええんよ」
いつの間にかはやて達、機動6課のメンバーも来ていた。
真っ先に駆けつけたフェイトは、あわてて涙をぬぐいながら一歩下がる。
「ほんとに大丈夫だってば。先生も完治したって言ってたし」
「それなら、なのはちゃん。また、がんばってもらうよ」
「うん」

アンゼロット宮殿:八神はやて
なのはの完治を確認した機動6課のみんなはそれぞれの席に座り直していく。
なのはは灯になにかを話しかけ、頭を下げ、それから握手を交わしていた。
なのははすぐにでも灯にお礼を言わなければ気がすまなかったのだろう。
目を向けるとアンゼロットが小さく首を動かす。
灯となのはを待ってくれるようなのではやても待つことにした。
二人の会話はすぐに終わる。
なのはが椅子に座ったところではやては背筋をぴんと伸ばした。
「全員揃ったようですね」
はやては無言でうなずく。
「もうご存じの方もおられますが私はこの世界、ファー・ジ・アースの守護者、アンゼロットです」
「あたしは時空管理局古代遺物管理部機動6課、八神はやてです」
ここからは隊長としてはやてがみんなを代表しなければいけない。
だが、はやても異世界を守る組織のトップとも言える人物と対話するのは初めての経験だった。
口の中が乾いていく。
アンゼロットが片手でティーカップを示す。
好意に甘え、はやては紅茶で口の中を湿らせた。
「私がここにあなた方を招いた理由……それはあなた方がこの世界に来た目的、経緯を聞くためです。話してくださいますね?」
要請の形を取った言葉ではあった。
しかし、その言葉には強い命令が込められていた。
どの程度のことを話すか。
その判断は難しい。
任務の内容は話していいようなものではない。
「はやて。話していいと思う」
フェイトの言葉がきっかけとなった。
それに今の任務に失敗すれば後がない。
世界が1つ、あるいはそれ以上が滅んでしまう。
そして現地に魔法をすでに知っていて、世界を守る組織があるのなら協力は不可欠になる。
そんな組織に異世界からの侵入者である自分たちが協力を要請するのなら今の自分たちの立場では隠しごとはできない。
むしろ全て話すことで信頼を得るべき。
その判断の下ではやては口を開いた。
「あたし達は……」
はやては話し始める。
何故この世界に来たか。
この世界で何をしたか。
この世界で何を知ったか。

アンゼロット宮殿:フェイト・T・ハラオウン
はやてからこの世界は第97管理外世界ではないと言うこと聞いたとき、フェイトは自分の顔の温度が上昇するのを感じた。
たぶん自分の顔は真っ赤になっていることだろう。
「あたし……この世界が第97管理外世界だと思ってた」
「え?」
はやてがぽつりと驚きの声をあげる。
「だって、柊さんがこの世界の魔法や魔導師は一般人には隠されているって言うから……わたし、この世界に来たときにはずっとが第97管理外世界の魔法には会わなかったんだな……って」

アンゼロット宮殿:八神はやて
はやてもこの世界のことをアンゼロットから知らされる。
魔法と世界のあり方。
世界の敵、エミュレイターの存在。
その上に立つ魔王の存在。
ベール・ゼファー。
アニエス・バートン。
そして……
「世界結界……ですか?」
「ええ」
アンゼロットは静かに語る。
「あなた方が次元障壁と呼んでいるもの。それは世界結界です。この世界結界は強力なエミュレイターや魔王の侵入を妨げる働きがあります。また、侵入を許したとしても結界内ではその力を最大限に発揮することはできません。ウィザードが本来は単独で世界に深刻な危機を及ぼすような魔王という存在と戦えるのは、この世界結界のおかげでもあるのです」
背筋を冷たいものが伝う。
ベール・ゼファーの力の全て……はやての想像を超えている。
「世界結界があなた方の住む方向からは壁として観測されるのには私も驚きました。世界結界は、本来そこまで具体的な形をとるようなものではありませんから」
あの壁が……。
アルカンシェルを撃ち込んだあの壁が……。
はやては息を飲んだ。
まさか!
「あなたたちが侵入する直前に計2回の大きい負荷が加えられたことが確認されています。2回目は1回目に比べて遙かに小さい規模ではありしたが……その2回目の負荷はあなたたちがかけたものではありませんか?」
「そのとおり……です」
はやてはアンゼロットの目を見れなくなった。
「あたし達は、ステラを追って世界結界の内側にはいるために穴を作らなければなりませんでした。それが……」
「そうですか。ですがご安心下さい」
アンゼロットははやてに言葉を継がせない。
「あなたたちの開けた穴は小規模であり、以降の世界結界の弱体化には影響を及ぼしていません」
はやての服の内側はじっとりと濡れていた。
「ですが、そう考えない者達もいます。あなた方をアニエスの仲間。あるいはエミュレイターと考える者達は多くいます」
はやてはその考えに納得ができた。
そう思わせる条件は揃っている。
「私はこの会談の結果、あなたたちを世界に害を及ぼすような存在ではないと判断しました。故に、あなた方の安全はこのアンゼロットが保証します。そして、あなた方にはアニエス・バートンの結界を破壊するために必要なデータの提供を求めます」
「どう言うことですか?」
「提供されたデータを元に結界を破壊します。その後、アニエス・バートンを倒すためのウィザードを送り込みます。あなた方の立場は理解しているつもりです。その結果を確認するまで、この宮殿に滞在するのを許しましょう。あなた方の判断で途中で帰ってもかまいません」
つまり、必要な情報は渡してもらう。
後の処理はこの世界の人間で行う。
成り行きを知りたいのならこの世界にいてもいい。
そういうことだ。
そうなるのは仕方がない。
自分たちはこの世界ではよそ者に過ぎない。
時空管理局の権限は及ばない。
魔法の存在を知らない世界であれば話は別になるのだろうが、この世界には魔法的な事件に対する組織が存在する。
無理に手を出せない。
「わかりました。データは提供させてもらいます。でも、1つ教えてください」
「どうぞ」
「あたし達が提供したデータを分析して、結界が破壊できるようになるまでにどのくらい時間がかかりますか?」
アンゼロットはしばし考える。
「3週間。といったところでしょうか」
3週間という時間ははやてにさらなる疑問を与える。
「世界結界の弱体化でエミュレイターの活動が活発になっていると聞きました。その間、この世界のウィザードはもちろん対処すとはおもいます。その際にウィザードや民間人に被害はでるんでしょうか?」
「もちろん出ます」
「どのくらい?」
「1億人は下らないでしょう」
その被害の多さにはやては戦慄する。
「少ない被害ではありません。ですが、世界を守るためならば私は決断せねばなりません」
後ろで椅子を蹴って誰か立ち上がる音が聞こえた。
スバルかティアナだろう。
すぐに座る音も聞こえる。
なのはが制したのだろう。
「あたし達を戦力に組み込んでもらえませんか?」
すぐに答えはない。
はやては続ける。
「なのはちゃんとフェイトちゃんが協力すれば、結界の破壊も可能なはずです。その後にアンゼロットさんが選抜したウィザードを突入させてください。そのウィザードが抜けた穴は機動6課が埋めます。それなら、3週間も待つ必要はないはずです」
アンゼロットの視線がはやてを射抜いた。
心の底まで視線が貫く。
「あなた方がこの戦いにそこまで関わる理由があるのですか?」
「あります」
視線に負けないように声を大きくする。
「機動6課として話をします。この世界に危機を及ぼしているのはステラ……魔王の目です。先ほども言ったように、ステラによる次元災害は複数世界に危機を及ぼすと予想されています。魔王の復活によって次元世界にどういう影響が出るかはわかりません。ですが、それがわからないのなら、機動6課はその被害規模はステラの暴走と同等と考えて行動しなければなりません。なら、アニエス・バートンを倒すためにあたし達は協力してもいいはずです」
「それだけですか?」
それだけではない。
だが、それは任務とはかけ離れたものだ。
アンゼロットはそれをも吐露せよと迫る。
「個人的な理由です。あたしは第97管理外世界の出身です。せやから、この世界のことはとても他人事にはおもえんのです。それに、まだ短いつきあいですけどこの世界に来て友達と」
柊に目を向ける。
「恩人が」
今度は灯。
「できましたから」
アンゼロットははやてから目を外す。
「他の皆さんも、戦えるのですか?」
肯かない者はいない。
「灯さん。この方達は魔王と戦うにふさわしいと思いますか?」
それまで一言も話さなかった灯が初めて口を開く。
「この人達は強いと思う。でも、ベール・ゼファーやアニエス・バートンと戦うには力不足。でも……」
皆がその後を待つ。
「どんなウィザードも2人の魔王が相手では力不足。だから、ふさわしいかどうかは別の要因によると思う」
アンゼロットは静かに両目を閉じた。

アンゼロット宮殿:高町なのは
なのははスバルの膝に手を置いていた。
スバルの立ち上がるのを止めるためだ。
それでもいらつくスバルに念話で話しかける。
(スバル。アンゼロットさんはスバルが思っているような人じゃないと思うの)
(なのはさん。でも!)
言いたいことはわかる。
アンゼロットの被害を看過するような言葉が我慢できいのだろう。
(私たちはこの世界に勝手に関わることはできないよね。ステラがこの世界の由来ならなおさら)
(でも……)
スバルの膝が震えていた。
(でも、それはアンゼロットさんも同じ。私たちをこの世界の危険にさらしたくないのよ)
(……)
(だから、私たちにいつでも逃げていいって言ったの)
(でも、それでたくさん人が死ぬかも知れないのに)
(だから、ね。お話をしてるの)

アンゼロット宮殿:八神はやて
目をつぶったアンゼロットは動かない。
時間が過ぎてゆく。
冷め切った全員の紅茶を控えていた制服の男が淹れ直した後、アンゼロットは目を開いた。
「あなた方は運命を信じますか?」
「運命……?」
はやては答えられない。
答えたのはティアナだった。
「この戦いの勝敗がすでに決まっているってことですか?」
「まさか」
アンゼロットがわずかに笑う。
「運命はそこまで便利ではありません。私が言う運命とは、この世界は危機に立ち向かう人間を必ず用意している、ということです」
突然の話に、はやては少しとまどう。
「その危機に気づくかどうか、立ち向かうかどうか、勝つか、負けるか。そして、どのように勝つか、どのように負けるか……それはその人次第」
紅茶を一口ふくむ。
「どうやら、運命はあなた方を導いているようです」
「なら……」
アンゼロットは声をいちだんと高くする。
「なのはさんとフェイトさんだけを借りても意味はないでしょう」
少女は立ち上がる。
「あなた方にこの世界の命運を託します」
その声は部屋の全てに響いた。

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最終更新:2008年04月10日 15:53