アンゼロット宮殿:ティアナ・ランスター
八神隊長とアンゼロットの話が心に染みこんでくる。
1つの世界の運命に関わるような大きな事件に関わるという高揚、その後ろにある託された大きな物を見る気負い。
その2つにティアナは目がくらむような感覚を覚えた。
気づかないうちに体中に力が入っている。
拳をぎゅっと握りしめて、肩はいからせてガチガチに固まっている。
これでは動くに動けない。
ティアナ意識的力を入れ直してから、体中の力を抜いた。
ようやく落ち着いてくる。
横からコトリと音がする。
スバルの方からだ。
スバルはさっきまでのティアナと同じようになっていた。
俯き、下を見て、手が白くなるくらいに力を入れている。
わずかに震えているのがわかった。
「ちょっと、スバル」
周りに響かないように小声で話す。
「少し落ち着きなさい」
「う……ん」
まるでさっきまでの自分を見てるみたいだった。
こう言うときには自分がしっかりしないといけない。
「深呼吸しなさい」
「う、ん」
スバルの呼吸音が耳に届く。
「やることはいつもの訓練と変えようがないんだから。無駄に緊張してもしょうがないわよ」
「うん、そうだね……ティアの言うとおりだね」
スバルのふるえは収まっている。
落ち着いたみたいだ。
そのスバルの様子がティアナを落ち着かせていた。


アンゼロット宮殿:八神はやて
アンゼロットが隣の制服の男が戻した椅子に腰を沈める。
銀糸の髪が宙に舞う。
「あなた方に世界の命運を任せる以上、渡さねばならない物があります」
アンゼロットは制服の男に合図を送った。
「先ほども言いましたが、世界結界の弱体化によりエミュレイターは活性化しています。それは魔王とて例外ではありません。あなた達の今の戦力ではベール・ゼファーとアニエス・バートン、2人の魔王と対するのは無理でしょう」
はやてはなのはとフェイトを見た。
2人とも首を横に振る。
はやてはベール・ゼファーとは戦っていない。
2人の分析だけが頼りとなる。
その2人が首を横に振るのなら、無理なのだろう。
「魔王と対するために執れる手段は2つ。こちらの戦力を上げるか、魔王の戦力を下げるかしかありません」
戦略、戦術の基本ではあるが簡単なことではない。
「戦力を上げるのは難しいでしょう。あなた方が決戦を挑むのなら、それはアニエス・バートンが力を増す以前に倒す作戦となりますから」
戦力を集めるには時間がかかる。
ここで時間を費せば短期で決戦に挑める今の状況が無になる。
「ならば、魔王の戦力を下げるしかありません」
だが、そんなことは可能なのだろうか。
はやては瞬時にいくつかの可能性を検討するがどれも現実的ではない。
「そのために、あなた方にこの武器をお貸しします」
アンゼロットが机に置かれたベルを鳴らす。
それに合わせ部屋の照明が全て消える。
変わりにスポットライトでアンゼロットの後ろの空間が照らされた。
そこに鳴り響くBGMは巨大ロボがせり上がるときの物。
BGM通りにアンゼロットの後ろの床が開き、下からなにかが持ち上がってきた。
その全貌が姿を現したとき、BGMもやむ。
はやてにはそれが、ねじったパイプを組み合わせて作った大砲に見えた。
「この、46センチコスモ柊カノンメタトロンハイグレードGXαLv99をあなた方に託します」
「あ、あの……もう一度言ってもらえないでしょうか」
名前が長くてうまく聞き取れなかった。
「……それはともかく」
無視された。
「これは特殊な弾頭を活性化させ射出するためのものです。これにより発射された弾頭は着弾と同時に半径約312メートルの範囲内に1.21ジゴヒイラギの柊力を発生させます」
「あの……柊力って……」
その質問もとりあえず無視される。
「これにより魔王の力をある程度下げることができます。わずかながら勝機をつかめるでしょう。しかし、これには1つ問題があります」
アンゼロットの形容しがたい雰囲気に沈黙で答える。
「この弾頭は1つしかないことです。再生産は不可能。仕損じは許されません」
ごくり。
つばを飲み込む。
「そして、もう一つの問題です」
「あ、あの……問題は1つや無いんですか?」
「たった今増えました」
「そですか」
「もう一つの問題、それは……その弾頭が……」
びしっ。
アンゼロットは斜め前を指さす。
「逃げ出したことです!!!」
その先にはつい先ほどまで柊蓮司が座っていた椅子が倒れていた。
ついでにドアを開ける音と足音が響く。
「えーーー」「えーーー」「えーーー」
「えーーー」「えーーー」「えーーー」
「えーーー」「えーーー」
灯以外が一斉に驚嘆の声を上げる。
「柊力とはあらゆる物を下げる力!その力を持つ物はこの世界にただ1人!柊蓮司しかいません!ですから皆さん」
アンゼロットはハンティングキャップをかぶり、どこからか猟銃を持ち出す。
ゴシックな服と合っているはずがないのだが何故か似合っている。
「狩りの時間です」
アンゼロットは妙に嬉しそうに笑った。


アンゼロット宮殿:???
「ちょっと、あんた待ちなさいよ。この期に及んで逃げる気?」
「あたりまえだーーー」
「一撃必倒!」
「倒れてたまるか!」
「柊くん。ちょっと、お話ししようか」
「できることとできないことがある!」


アンゼロット宮殿:柊蓮司
奮闘空しく追い詰められてしまった。
後ろと左右には壁。
上は天井、下は床。
前方はアンゼロットと機動6課。
2名ほど床に手をついてへばっているが突破できそうにない。
アンゼロットが一歩前に出る。
「さあ、柊さん。大人しく弾頭になってもらいますよ」
「やるかっ。2度もあんなもんで撃ち出されてたまるか!」
「前も、やったことあるんや」
はやては顔の右半分だけで笑っている。
というか、笑うしかない。
「ある!あの時は、いきなり撃ち出された上に全然違う方向に飛ばされてその後は……」
なにか大変だったようだ。
「あの失敗で諦めなかったのかよ!だいたい、なんであんなもんを完成させる必要があったんだよ!」
「いいでしょう、教えてあげましょう」
アンゼロットは床に目を落とし、上げる。
「あっっっの蠅娘のレベルを下げるためです!」
「はぁ?」
「あの蠅娘、この前ここに来てなんて言ったと思います?『あら、アンゼロット、この前レベルが8に下がったんですって。不様ね』なんて言ったんですよ!許せません!!」
よく似た物まねである。
「私怨じゃねえか」
「世界の守護者たる私の怒りはすなわち世界の怒り!柊さんにはそれをはらす義務があります!それはともかく……」
「ともかくにするな!」
「結果的に、今はこれが世界の命運を左右する鍵になっているのです!柊さんには是が非でも砲弾になってもらいます!」
「やるか!」
柊は首を左右に振り味方を探す。
さっき追いかけて来た三人は論外。
はやては両手を合わせて柊を拝んでいる。
アンゼロットを止める気はなさそうだ。
なら、行動を共にしてきたフェイト達は……。
だめだった。
フェイトは横を向いて目頭を押さえている。
キャロとエリオはキラキラした期待を込めたまなざしで柊を見ている。
とても止めてくれとは言えない。
「だいたい柊力は免疫がないヤツ全員に効くだろ。俺は機動6課と免疫ができるほど一緒にはいなかったぞ」
「それなら問題ありません。先ほど皆さんに出した紅茶に免疫の発生を促す薬を混ぜておきました」
「さっき何も混ぜてないと言ってなかったか?」
「言ってません。よく思い出してください」

『なにも危険なものは混ぜていません』

「そういうことだったのかーーっ。って、ちょっとまて。ということはお前は機動6課に頼む前から免疫促進剤を飲ませていたのか?」
「ええ。彼女たちが運命に導かれている可能性はその時からありましたから」
「いやな用意周到さだな」
「守護者としては当然です」
額に手を当て、首を左右に振るアンゼロット。
「ここまで言ってもだめですか」
「どこまでかはよくわからんがだめだ」
「仕方ありません。これは使いたくはなかったのですが……」
アンゼロットは壁まで歩き、隠されたボタンを押す。
またBGMと共に床下から現れる物ある。
それを見たとき柊蓮司は戦慄を感じた。
「そ、それは……」
床からせり上がった物、それは柊サイズの輝明幼稚園の制服と鞄、後クレヨンに画用紙にその他諸々だった。
「柊さん……これ以上拒むのでしたら……聖王教会、コスモガード連盟、そしてロンギヌス、あらゆる組織の力をもってしてあなたの学年を幼稚園まで下げさせていただきます!!」
「なにーーーっ」
「一度下げたら再び戻すことはできません!」
「お、おい」
「そして、この書類に私がサインをすればあなたの学年は幼稚園までダウン!」
「まってくれ」
「待ちません!やるのかやらないのか!」
「だ、だから待ってくれ。これじゃ交渉にも話し合いにもならねえじゃねえか」
「交渉の必要はありません!テロリストには何も与えない!むしろ奪う!それがアンゼロットクォリティ」
書類に刻まれる文字はアンゼの3文字。
「誰がテロリストだ!」
「世界の命運の鍵を握っているにも関わらず逃げるのをテロと言わず何と言いましょう」
アンゼロ
「ああああああああっ。わかった……やるから、それだけはやめてくれ」
アンゼロッ
「柊さん」
「なんだ」
「後1文字で終わるんです。せっかくですから、幼稚園に入ってお遊戯をやりませんか?私、1回見てみたいと思っているんです」
「やるかっ」
「やるかっ?つまり、砲弾をやらないと言うことですね?」
「違う、やる、やる」
「お遊戯をですか?」
「違う!弾頭をやる。頼む、だから幼稚園まで学年を下げるのだけは止めてくれ」
床に座り込み土下座をする柊。
額を床に押しつけんばかりの勢いである。
「仕方ありませんね。私も鬼や悪魔ではありません。そこまで頼むのであれば、柊さんに弾頭になってもらいましょう」
柊蓮司、完全敗北の瞬間であった。

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最終更新:2008年04月10日 16:04