アンゼロット宮殿:ティアナ・ランスター
アンゼロット宮殿からの出発を1時間後と定めた機動六課はそれぞれが最後の準備を始めていた。
ティアナもカートリッジの残り弾数を数えている。
絶滅社との戦闘が終わった後でも十分な量が残っていた。
多め、というよりも多すぎに持ってきておいて正解だった。
クラウディアのスタッフに無理を行って規定の1.5倍も持ってきておいたのだ。
おかげでスバルのカートリッジも不安はないようだ。
灯はどうしているのだろう。
隣を見ると、まだバラバラのガンナーズブルームが置かれていた。
なのはを助けた後、分解してしまったガンナーズムルームはさっきまで灯の手で修理されようとしていた。
だが、修理していたはずの灯の姿が見えない。
「……ねえ」
その灯の声がいきなり真後ろから聞こえた。
突然の声に心臓が体ごとびくつく。
「お、脅かさないでよ」
胸に手を当てると心臓がどきどきしているのがよくわかる。
「で、どうしたの?灯」
ティアナは会ってからそんなには経っていないのに、灯と名前を呼び合えるほどなじんできていた。
スバルも同じようで、なのはに注意されるまで灯がガンナーズブルームを修理する様子をじっと興味深げに見ていた。
「……八神部隊長の事が聞きたい」
灯は前と同じように表情の変化が乏しい。
それでも、互いに警戒しあっていたときとは、どことなく違うのは気のせいでないとティアナは感じていた。
「八神部隊長の事?」
灯が小さくうなずく。
「……リィンというのがあると八神部隊長は強くなるの?」
ティアナは何故、灯がリィンの名前を知っているのかわからなかったが、すぐに悩むようなことではないのに気づいた。
柊蓮司を説得──と言っていいのかわらないが──した後で、はやてが作戦を提案した。
そこでなのはとフェイトがリィンがいないことに不安を覚え、はやてと議論していたのである。
アニエス・バートンはその眷属の蝗が食べたものを自らの力をする。
戦闘中、その力によりアニエス・バートンが強化され、また回復することは防がなければならない。
そのため、はやては自分を結界の中心にある黒いドーム周辺の蝗と戦う役割に配置していた。
無数の蝗と戦うのは広域・遠隔魔法を得意とするはやてが最も適している。
「うん。リイン曹長は八神部隊長のデバイスでもあるの。リイン曹長とユニゾンすると八神部隊長は単独で戦うよりもずっと強くなるわ」
蝗と実際に戦ったフェイトは、はやてが単独で戦った時の広域・遠隔魔法の命中精度と魔力では危険ではないかと言っていた。
「……何故、一緒にこなかったの?」
「私たちが帰る時のため。八神部隊長とリィン曹長のつながりが道標になるの」
それでもはやては単独で蝗の群れと戦うことを選んだ。
他に代わりはいない。砲撃魔導師と呼ばれるなのはでさえ、蝗の群れに対しては点と言っていい程度の攻撃しかできない。
それに、魔王2人と戦うための戦力を蝗と戦うために裂くことは避けたかった。
「せめてクラウディアとリアルタイム通信ができればいいんだけど」
命中精度ならクラウディアからのオペレートによって上昇が見込める。
だが、クラウディアと冗長性を持たせた圧縮通信でしかデータのやりとりができない今の状況ではそれも不可能である。
──他に方法はないの。
ティアナは改めて考える。
副隊長達、ヴォルケンリッターがいれば・・・・・・。
これも無理だ。クラウディアのアルカンシェルの修理はまだできていない。
仮に穴を開けられたとしても、時間がない。
アニエス・バートンが徐々に力を蓄えている今、残り時間は貴重だ。
世界結界に開いた出口とアニエス・バートンの結界の位置は合流するには離れすぎている。
「……そう」
考え込むティアナにその一言を残し、灯は横顔を向けて歩き出す。
「ちょっと、どこに行くのよ」
灯は首だけティアナに向けて両足を揃えて立ち止まった。
「……武器を用意してくる」
ティアナは隣に置きっぱなしのガンナーズブルームを見た。
あそこまでバラバラでは新しいものを用意した方がいいかもしれない。
「手伝おうか?」
灯は首だけを横に向けた姿勢のまま動かない。
しばらくして、灯は唐突にも思えるタイミングで首を縦に動かした。
「行きましょう、案内して」
ティアナはクロスミラージュをカード状に戻し、ポケットに入れながら立ち上がった。
「あ、待って」
スバルも机と椅子をがたがた言わせながら立ち上がる。
高級そうな椅子と机が傷まないかとティアナは少し気になった。
「あたしも行く」
「私も行こうかな。灯さんにまだお礼できてないし」
なのはまで椅子を引いている。
「……来て」
少し多めになった手助けを見て、灯は一言だけつぶやくように言った。


アンゼロット宮殿:ティアナ・ランスター
ティアナ達が案内されたのは宮殿の地下だった。
そこには地上の優美な城とはかけ離れた、いかにも倉庫然としている無骨で頑丈そうな扉が並んでいる。
灯が立ち止まったのは、その中でも最も良く使われた形跡のある「ウィッチブルーム」のプレートのつけられた部屋だった。
重い扉の中は真っ暗であったが、手探りで見つけたスイッチを入れると天井の蛍光灯が部屋を照らしてくれた。
中には細長い棒状と形容したらいいようなものが幾つも並んでいる。
初めて見たならばそれらの用途は全くわからなかっただろうが、灯のガンナーズブルームを見た後ならそれらがファー・ジ・アースの航空兵器の一種であることがわかる。
どことなくガンナーズブルームに似ている所があるからだ。
「ねえ、灯。これって、一体どう言うものなの?」
その質問に灯が答えるのには少し時間がかかった。
「……魔法の箒」
「は?」「え?」
予想外の答えにティアナとスバルは口を開ける。
それを答え方がわからなかった仕草だと判断した灯はよりわかりやすく答えた。
「……空飛ぶ魔法の箒」
「って、なんで箒なのよ」
「……デッキブラシや掃除機の方がいい?」
「なんで、清掃用品ばかりなのよ。そうじゃなくて、これが箒だとは思えないって事」
それを聞いた灯は手近にあったガンナーズブルームを持ち上げる。
そして、オプションとプレートの貼られた棚から取り出したものをガンナーズブルームに取り付けた。
次の瞬間、灯の背の二倍以上もあったガンナーズブルームは竹箒に姿を変えていた。
灯はそれが当然のことのように床を掃き始めた。
「……掃ける」
「わ、すごいよティア。細かい埃までちゃんと掃けてる!」
「スバル、感動するところが違うと思うわ」
灯は別のパーツをこめかみを押さえるティアナに見せた。
「……モップもある」
「そ、そう」
ティアナは納得する機会を後にとっておくことにした。
ファー・ジ・アースの魔法文明や魔法文化に触れるカルチャーショックは楽しそうではあるが、今は別のことを急ぐべきだ。
「で、それでいいの?」
竹箒に変化するオプションを外したガンナーズブルームは灯が使っていた物と同じ型に見えた。
灯は仕草だけでティアナの言葉を否定すると、倉庫のさらに奥に足を進めた。


アンゼロット宮殿:ティアナ・ランスター
倉庫の最奥部のガラスケースに厳重におさめられたウィッチブルームは他と一線を画していた。
不思議な機能美を感じさせるその姿に、ティアナは思わず感嘆の声を上げた。
「これって」
未だため息が止まらないティアナの目の前で灯は右手を振り上げる。
「……エンジェルシード」
言葉と同時に腰の入った突きをガラスケースに一撃。
粉々に砕けたガラスが澄んではいるが不快な音を立てて地面に落ちる。
「い、いいの?」
「……いいの。いつでも使っていいから」
灯は枠組みだけになったケースに両腕を突っ込み、固定具を引きちぎりながらエンジェルシードを引っ張り出す。
「……持ってて」
エンジェルシードは呆けているティアナに投げ渡される。
「待ってよ!」
エンジェルシードもガンナーズブルーム同様に長大なウィッチブルームだ。
ティアナの両手にその重みがのしかかる、と思ったがそれは意外に軽かった。
むしろ予想外の軽さに落としそうになる。
その間に灯はガラスケース横にあるに専用オプションと書かれた引き出しを蹴りつけ、鍵をたたき壊す。
「ほ、ホントにいいのかな」
あはは、と笑うスバルにはまた長大なものが投げ渡される。
「わ、わわわ。これ、なに?」
「……超ロングレンジライフル」
さらに棚からコンテナと、何かラベルの貼った箱を取り出した灯はその二つを月衣に入れながらきょろきょろ周りを見る。
「……なのはは?」
「あれ?そういえば……なのはさん、なのはさん」
倉庫に入るまでは確かになのはは一緒にいた。
スバルの呼びかけにも、なのはの返事はなかった。


アンゼロット宮殿:高町なのは
倉庫の中でそれを見たなのはは足を止めたきり動けなくなってしまった。
幼かった頃のあの出来事が思い出される。
ちょっとした魔法を使えるようになっただけで飛び上がって喜び、空を飛べると聞いてはしゃいだあの頃のことが。
あの頃の魔法をうまく使えるようになりたいという夢はかなっていたが、1つだけかなっていない夢があった。
ほとんど忘れていた夢の具現を見たなのははそれから目を離せなくなっていたのだ。
「あ、なのはさん。何してるんですか」
スバルが少し頬をふくらませている。
後ろを向いたスバルが手を振ると、灯とティアナも追いついてきた。
「こ、これって」
なのはは少し声をかすれさせ、それを指さした。
灯はそれを覗き込む。
「……ウィッチブルーム、テンペスト」
「やっぱり。飛べるの?」
灯はうなずく。
テンペスト……それは、高速飛行用に開発されたウィッチブルームである。
ガンナーズブルームのような武装は装備されていないものの、それとは比べものにならない高機動性能、トップスピードを誇る。
空力を最大限考慮されたその形状は木製の柄に箒の穂という形状になっている。
すなわち、まさに魔法の空飛ぶ箒がそこにあったのである。
なのはは幼馴染みのユーノ・スクライアと出会ったばかりのことを思い出していた。
あの頃、空を飛ぶために箒が必要かどうかをユーノに聞いた事があった。
そのことはずっと忘れていたが、テンペストを見た途端に思い出が心にあふれ出してきた。
「ねえ、灯さん。これって、どのくらいするの?」
「……200万v.」
v.(ヴァルコ)とはウィザード間で流通している通貨のことである。
「えっと、日本円でどのくらい?」
「……200万円」
なのはは腕組みをして眉にシワを作る。
頭の中では預金データの数字が上下していた。
「貯金がこれだけ……今度のお給料が……」
「あ、あの……なのはさん?」
はっ、と我に返る。少し思い出に浸りすぎてしまった。
「あ、スバルごめん。それ、私が持つよ」
後輩達に恥ずかしいところを見せてしまったなのはは慌ててスバルが持っている超ロングレンジライフルを持つ。
なのは少しはしゃぎすぎてしまった事を反省をしながら倉庫の外にでた。

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最終更新:2008年04月10日 16:18