ただ、力になりたかった。
心底いじけきっていたぼくに、信じる気持ちをくれたから。
暖かくって、やさしい腕が、涙も包んでくれたから。
この手に宿る魔法の力は、そのために。
いつか、どこかで泣いてる誰かに、差し伸べてあげる手になるために。
だから、絶対、大丈夫。
きみの思いも、きっとぼくと同じだよね?
…実はぼくも怖かった。
女の子の前だからって張ったミエだけじゃ、やっぱりちょっとツラくって。
でも、きみが元気になってくれたから、どうにか踏ん張って戦えそう。
ぼくの背中を支えてほしい。 ぼくも、きみを守るから。
せめて二人で半人前の、勝てないまでも、心は負けない戦いをやろう。
なんとしても…認めさせるんだ!
魔法少女リリカルなのはStrikerS 因果
第十話『二人(後編)』
覚悟さんのことは、フェイトさんから事前によーく聞いている。
魔法の才能はまったくのゼロ、念話でさえも一人じゃできない。
その意味では、圧倒的にぼくの方が上に立っていると、フェイトさんはそう言った。
だけど、そんな人に、フェイトさんは何度も負けたことがあるっていう。
そんなハンデがどうでもよくなるほどの力を、別方面で身につけているから。
肉体鍛錬、それだけをどこまでもどこまでも繰り返して、
今では生身でS-…魔導師ランク、陸士S-!
正直、もう想像できる世界じゃない。
勝てるとはとても思えないけど、ぼくはすでに試されている。
ここで逃げ出すくらいなら、最初っから管理局なんて!
ストラーダ、行くぞ。
「つっ?」
「きゃっ」
突撃しようと力んだ矢先、飛んできたのは石だった。
バリアジャケットの防御力場にはじかれて砕ける…砕ける?
矢継ぎ早に二発目、三発目が飛んできた。
二発目も同じようになって。
「ぐっ…」
「あぁぐッ」
三発目で目の前が真っ暗になった。
頭がしびれてどうにもならない。
何秒かして、ぼんやり視界が戻ってくる。
仰向けに倒れていることに気がついて、
起きあがり、額に手をやる…
…血?
「うわああっ」
「きゃあああっ」
血が! 血がっ!
手の平に…べったり!
石でバリアジャケットを撃ち抜いて、ぼくの、頭に。
いや…ぼくだけじゃない。 後ろを振り向いたら、気づいた。
あの子が、キャロっていう子が、額から血を流して…がたがたふるえてる!
「当方の残弾、無尽蔵なり。
おれに肉薄するまでの数瞬にて、おまえたちを蜂の巣にできよう!」
ぼくらの目の前で、覚悟さんはばきばきとコンクリートを握り潰していた。
片手で、石ころをもてあそぶように…『残弾』を作っていた。
多分、ぼくの顔も真っ青になっているんだろう。
こんなの、どうしろっていうんだよ。
でも、ここで逃げたら、ぼくは一体何しにここへ?
目指す道へ向かうためには、ここに後ろはないっていうのに。
それはきっと、あの子も同じで…
「うっ…きゃっ! あうっ!」
「!?」
あの子に石が飛んできた。
うずくまっているところに、何発も、何発も。
防御力場を突き破っては、音を立てて打ちのめしてる。
頭を…ジャケットで守られてない部分ばかりを狙ってる!
「やっ、やめてください、なんであの子ばっかり!」
「人間空母たる召喚師、先ず沈めるは戦術の正道」
投げる…石を、投げる。 七発、八発、九発。
そのたびに、苦痛、悲鳴。 あの子の!
ぼくをまるきり無視して、あの子ばっかり!
かといって、ここでぼくが飛び出していったら?
ぼくが飛び出せば、あの石の標的はぼくに移ることに…
「……」
そうだ、これは模擬戦だ。
だからあの子はあれだけ石で打たれても、殺されたりはしないんだ。
ぼくだって、それは一緒のはずなんだ。
召喚師を最初に倒すのが戦術の正道っていうのなら、
ぼくはあの子を守らなくっちゃいけないし、あの人はそれを求めている。
だったらここは、立ち向かうのが正解!
突撃だよ、ストラーダ。
「いっけぇぇ―――ッ!!」
「Speerangriff」
ぼくが一番得意としている正面からの全力突撃。
脅威と見なしてもらえさえすれば、あの子を守ることにもなる。
だからぼくは、ただこれを当てることだけを考えればいい…!
加速から突っ込むまでのたった二秒くらい。
あの人は、石を投げるのを、やめた。 こっちに向き直ってる。
これでも動体視力だけは特別鍛えてきたつもり。
スピードと突進力を使いこなすために。
だけど。
「 因 果 ( い ん が ) 」
今度は目の前が赤くなった気がした。
地面を転がされて、顔を何度も打った。
痛みと一緒に、やっと理解。
どうも、真正面から顔をぶん殴られたみたいで…
ひとっ飛びした距離もウソみたいに、気がつけばあの子の、キャロの目の前にいた。
ちょっと遅れて、鼻血がどっと出る。
バケツから入れすぎた水があふれるみたく。
「たった今の思慮なき猪突…
きさまの甘えが見え透いた」
「うっ、うぐっ」
立ち上がらなきゃいけなかった。
生命の危険を感じてしまったから。
だって、だって。
あの人の大きさが、さっきの数十倍に見えるんだ。
べつに巨大化なんかしていないけど、
なんというか、存在がふくれ上がって止まらない!
耳から頭に、声が突き抜けてくる。
実際よりも、ずっとずっと大きな声が。
物静かなのに、地響きみたいに迫ってくる声が。
模擬戦ならば 手加減されるとでも思ったか!
思っていたのか!
恥を知れ 軟弱
士道不覚悟 ゆるすまじ!
踏みつぶされる、一息に踏みつぶされる。
あの人がその気になった瞬間、ぼくの身体は蚊みたいにぷちっとはじけ飛ぶ。
逃げ出したい、全力で逃げ出したい。
でも、逃げ場なんか、どこにあるっていうんだ?
背を向けたら、多分それで最後。
つまり、戦うしかないってことなんだ!
…勝てないのに?
全力でしかけた突進を、あっさり殴り返されたのに?
でも、逃げられる見込みなんか、もっとない。
じゃあ、悲鳴を上げようか?
泣いて叫べば、フェイトさんが中止にしてくれるかも…
「……」
名案だと思う。
われながら、名案だと…
……
…
「うあああああああああああッ!!」
「Speerangriff」
八方ふさがりだ!
結局、考えがまとまるよりもずっと先に、ぼくの身体は勝手に動いてた。
きっとそれしかないんだろう…そういうことだと思うしかない。
どうすれば、どうすれば当てられる?
わからない。 搦め手に使える魔法なんか持ってない。
ぼくにできるのは突撃だけだ!
単なる拳で殴り返されたっていうのなら、そんなものを許さない密度の威力をまとうしかない。
カートリッジ全消費! どうせ外せば次はないから、ぶつけられる全てをぶつけてやる!
早くも石が飛んでくる…そんなもので止められるもんか。
ぶつかる端から全部、煙にして消してやる。
構えたな、今頃迎撃しようったって遅い!
なのに拳も握らずに、指一本で何ができ…
「 因 果 」
「え」
なんか、すごい速度で空を飛んだ気がする。
でも、それっきりだった。
ぼくの意識はそこで、きれいさっぱり途切れてしまったんだから。
わたし、キャロ・ル・ルシエは、ベッドの上で目を覚ました。
前に立ってくれた男の子…エリオくんが、ふっとばされてやられちゃったあと、
せめて一発でもと思ってフリードに火を吐いてもらったけれど、
やっぱり一発も当てることができなくて…
目の前に立たれて、額に手の平を当てられて、そのまま倒れちゃったみたい。
先に起きたわたしは、医務室にいたお姉さん、シャマルさんにエリオくんを看てあげるように頼まれて、
今はとなりに座って汗をふいてあげている。
石をぶつけられた額の傷はわたしと同じだけれど、
顔を殴られて、鼻血を出して…腫れちゃってるほっぺたが、痛々しくて。
もうすこし早く、わたしも立ち直って一緒に戦っていたら。
ごめんなさい…ごめんなさい。
そうやって、五分くらいして。
「うっ…」
エリオくんも、目を覚ました。
わたしと同じで、ちょっとの間、なにもわからなかったみたいだったから。
「ええと、ここは医務室、です」
「医務室…」
言われて、回りを見回して、わたしの顔を見て。
それから、なにか納得したみたいに肩を落として。
「ごめん…ごめんなさい」
いきなり、わたしに謝ってきた。
「ろくに戦えなかった。 甘えた気持ちで戦ったから、ぼくは…」
「そんなことない、です。 それだったら、わたしの方が」
血が出たのにびっくりして、がたがたふるえていたわたし。
そのせいで、エリオくんはほとんど一人で戦うことになっちゃった。
フェイトさんみたいになりたくて、フェイトさんの力になりたくてここに来たのに。
フェイトさんみたいに戦ったり、助けたりするのなら、血が出るくらい多分当たり前なのに。
わたしは、いったい…
「何しに、何しに来たんだよ…ぼくはっ」
エリオくんが、そばの壁をなぐった。
わなわなと握った拳をふるわせて、目からじんわり涙が浮いた。
こらえてる…泣かないように。
歯をくいしばって、にらむみたいに目を力ませてる。
「力を示してみせろって、決意を戦いで示してみせろって言われたのに…
戦いが始まったら、おびえて、へっぴり腰になって…」
「そ、そんなことないって」
「ちがう!」
また、壁をなぐった。
そのまま、握り拳を壁に押しつけて…それはまるで、押しても動かない絶壁にそうするみたいに。
そんなの無理だってわかってて、それでもあきらめきれないみたいに。
「逃げたかったんだよ…ぼくは逃げたかったんだ。
ストラーダを放り投げて逃げ出そうって、本気で考えてた。
こんなので…ぼく、こんなので、フェイトさんに、フェイトさんの力になんて、なれるわけ…」
…おんなじだった。
わたしと、おんなじ願いとくやしさを、エリオくんは噛みしめてた。
わたしよりも前に立って戦ったぶんだけ、それはきっと重たくて。
だから、わたしは言わなきゃいけない。
「そんなこと、ない!」
「っ?」
「エリオくんは逃げなかったよ」
手をとって、なでてあげる。
壁なんかなぐったりして、痛そうな音がしてたから。
このくらいしか、できそうなことがわからないから。
「こわくったって、おしっこもらしたって、エリオくんは逃げなかったから…
だから、わたし…戦う力、エリオくんからもらったよ」
あの後ろ姿を見てわかったんだ。
エリオくんもこわいんだって。
それでもこわさに負けないで立ち向かっていったから、
わたしは、思い出すことができたんだ。
「エリオくんは、わたしの戦う力になってくれたよ。 だから…」
わたしがやらなきゃいけないのは、前に立って戦ってくれるエリオくんを全力で援護することだって。
それができるのが、わたしの魔法なんだって。
エリオくんの最後の一発は、わたしの最初の一発になったんだ。
とっさだったけど、全力の支援魔法を間に合わせることができたんだ。
「エリオくんと、わたしで出したあの一発、あの人にはほとんど効いてなかったけど。
全然効かなかったわけじゃ、ないから」
「…当たって、たの?」
「わたしに教えてくれた人がいるんだ。 『正しければ勝つ』って。
エリオくんはなれるよ、ここで、機動六課で…もっと、強く、正しく」
そして、これは、わたし自身への約束。
「わたしも一緒に、強くなるから」
その後、エリオくん…おしっこもらしてたことを思い出して、
さらにどんより落ち込んじゃったけど、もう大丈夫だよね。
頑張ろう? 明日から、一緒に。
「頬っぺた、やられたね、覚悟。
絆創膏もらってきなよ、医務室に」
「これはおれの不覚にして、二人の戦果なれば。
覆い隠すなどという恥知らずな真似はできぬ」
「…ふふっ。 どうだった、二人は」
「戦に臨むには心構えが甘すぎよう。
だが、あの二人、おのれの貫くべき武道士道を、
すでに心の奥底、無我の内に秘めておるなり。
…フェイト」
「うん?」
「この親にして、あの子ありであった。
あなどった非礼、改めて詫びさせていただきたく」
「わたしだけじゃないよ…みんなが育ててくれた二人なんだから。
…始まるね、いよいよ」
「われら、『対超鋼』機動六課!」
「私達の戦いは、全部、これから」
最終更新:2007年09月24日 09:27