―Lylycal Nanoha StrikerS × SIREN ~Welcome to Hanyuda vil~― part9
キャロ・ル・ルシエ 蛇ノ首谷/折臥ノ森
初日/0時45分54秒
「い、いやあああああ!」
どこからともなく、いきなり聞こえた女の子の叫び声。
思わず、わたしは身を震わせてしまった。
だ、誰かが……あのバケモノに襲われているの……?
わたしはその方向を振り向こうとしたが……できなかった。
体が動かない。
動かそうとしても、動けなかった。
……今動いたら……わたしが見つかっちゃう……。
あまりにも怖くて……茂みから飛び出す勇気なんて出なかった。
ただ、その場で縮こまっているだけ……それが精一杯だった。
「……せんせぇ……どこにいるのぉぉぉ!」
バケモノは身の毛のよだつような絶叫を上げた。
そして、ガラガラという金属を引きずる音を思い切り上げながら……どこかへ走り去ったようだった。
音がだんだん小さくなっていくことからそれがうかがえる。
「…………」
わたしはなおもそのままじっとしていた。
そして、ガラガラという音が無くなったのと同時に……ゆっくり身を起こして、茂みから恐る恐る出た。
目の前には誰もいなかった。
何事も無かったかのように、静まり返った森があるだけ。
ふと、地面に目をやると……何かを引きずった線状の痕が道の向こうにまで伸びている。
それに沿うように、二組の足跡が砂利道にくっきりと残っていた。
た、助けに行かなきゃ!
わたしはとっさに走り出した。
でも、魔法も召還もできない……この状態で?
ふと、そんな疑問が湧きあがって……ひとりでに足は走り出すのを止めていた。
そして、歩くのすらやめて、その場に立ち尽くす。
フリードがいて、アルケミックチェーンなんかを召還できたら……何とかなっていたかもしれない。
でも、それはできない。召還もできないし、魔法も使えない。
何もできない。
そんなわたしが飛び出しても……何もできるわけがないよ……。
そうだ……そうだね……。
あの悲鳴もひょっとしたら、バケモノだったかもしれないんだ。
そうだったら……飛び出さなくて良かったのは目に見えている。
そうだ、そうなんだろう……そうに違いないよ……。
わたしは……むなしく笑いながら、ただ歩いていた。
バケモノに追われた女の子を見殺しにして、助けに行こうとしなかったわたし自身を……
必死に正当化しようと、そうなるような憶測を並べ立てて。
勇気を出せなかった、わたしの弱さから目をそらそうとして。
それへの悔しさをけんめいに隠そうとして。
その時、ふと感じた……頬を一筋の涙が伝うのを……。
※※
クアットロ 刈割/不入谷教会
初日/2時01分39秒
「……儀式は成功したのだろうか……大丈夫なのかな……」
目の前にいる若い男は、落ち着かない様子で、窓の外を眺めたり、教会内をせわしく行ったり来たりしている。
挙句の果てには、目をキョロキョロさせながら、訳のわからない独り言を呟いているのだからたまったものじゃない。
このキモい男――牧野慶とかいったっけ――は、ただあたふたとしているだけ。
適当に自己紹介なんかを終わらせて(もちろんあたしはこの空間に迷い込んだ遭難者ってことにしたけど)、
この空間で何が起こっているのかをいざ聞き出そうと、話をしていたらこれよ。
村の儀式の話になった途端にテンパっちゃうんだから。
傍から見ていれば面白いんだけど、それもしばらくしたら飽きてくる。
『マナ教』とかいう土着の宗教の求導師をしているから、ひょっとしたらこの空間の秘密や、
あわよくばレリックの事も知っていると思ったのだけど……結果は不発ってわけ。
知っているどころか、何も知らされずに、周囲に煽られて単にやっているって感じ。
「……ああ……八尾さん、早く帰ってこないかな……」
慶は今にも泣き出しそうな顔つきで、出入口の扉の前を行ったり来たりしている。
オールバックの髪型に、黒い求導師の服を身にまとって、ぱっと見ではいけてる男に見えるのだけど……ホント、台無し。
「あらぁ~求導師様ぁ。ちょっとは落ち着いたらどうですかぁ?折角の面子が台無しですわよ」
「そ、そんなこと言いましても……様子を見に行くって言ったきり、ずっと帰ってこないから不安で仕方ないのです……。
求導師として心配しないわけにいかないでしょう」
慶はその場にうなだれながら、大きくため息をつく。
ともかく――求導師として……というのは言い訳ね。
早く帰って来て、構って欲しくてしかたがないっていうのが見え見えよ。
てか、不安で仕方ないのだから自分から探しに行けばいいのに、それすらできない。
自分からは動こうとしない。人から言われなきゃできない。
このキモい彼がいう八尾さんってのは、どうもこの教会の求導女とのこと。
で、彼が小さいころから付きしたがっている人で……言ってみれば母親同然の立場らしい。
度々不安になっても、彼女がやさしくしてくれて、なんとか安定しているという。
正直、この男は極度のマザコンで、優柔不断という、極めて頼りないヘタレってわけ。
本当に気持ち悪いったらありゃしないわね。
使えないわね、コイツ。
こんな所にじっといるよりも、雨が止めばさっさと抜け出して、ルーお嬢様やお姉様を探した方がよっぽどいい。
そう思うところだけど、一つだけ気になることがあった。
その八尾って女、昔からこの教会にいて、慶はもちろん、村人からもさながら神のように慕われている……。
つまり、この女がこの空間の秘密を知っている可能性が高い。
本人に会って話を聞き出したら、何か得るものがあるかもしれない。
それまでは、せいぜい使ってやるわ……このヘタレ。
あたしはふと窓に目をやる。
窓の外は相変わらず暗かったけど……今まで激しくたたきつけていた雨は止んでいた。
見た限り、あのゾンビどももいない。
「よかったら、今から八尾さんを探しに行きませんこと?」
あたしは慶がドアの方に再び目をやった瞬間を狙って切り出した。
「な、何をいきなりおっしゃるのですか……」
いきなりのことにあたふたとする慶。
「ここでじっと待っているだけでは、不安が募るばかりですわ。だったら、すぐにでも行動に移したほうがいいですわよ」
「で、でも……あなたを一人っきりにしたら……その時にあの屍どもが襲い掛かってきたらどうするのですか」
慶はおろおろしながら、あたしと外の方を交互に目を向けていた。
求導師として、保護した遭難者が襲われたときの責任と、それによる後ろめたさに怯えているのね。
本当に、情けないオトコ。コイツは。
「クアットロのことならご心配なく。それよりも、こうしているうちに求導女様が襲われたらどうしますの?あ・な・た」
あたしは慶の耳元でそっと呟いた。
「そ、それは……」
慶は目を泳がせて、余計にあたふたし出す。
それを見て、あたしは最後の一押しをしてやった。
「だったら、クアットロも一緒についてあげますわ。ほら、行きましょう……うふふ」
あたしは立ち上がり、慶に抱きつきながら、ゆっくりと出入口へと進もうとする。
本人がぶるぶると震えているのがわかる。怖がっているのが丸分かりよ。
「は、はい……」
さすがに今度はこのヘタレも抵抗はしなかった。
あたしに言われるがままに、教会の戸を開け、外へと足を踏み出す。
こいつはこいつで、この村では有力者みたいだから……それも使わせてもらうとして……。
……いざとなったら切り捨てればいいか。
あたしは入口脇に立てかけていた鉄パイプを手にして、求導師のあとに続いた。
―to be continiued―
最終更新:2007年09月25日 21:13