"プラズマランサー"
黄色い魔力光に包まれた20mm機関砲弾が浴びせられるが、ショルはスローロールで巧み機銃の軸線からホーネットをずらす。
だが、森林迷彩をほどこされたホーネットには弾痕が穿たれ、ジュラルミンと複合素材がはじけ飛ぶ。
ちぃ・・・・俺のスローロールに同調した速度でロールをしたとでも言うのか!
コンマ数秒の遅れは高くつきそうだった。
《小賢しい!》
テストパイロット出身者らしく、機体が損傷しても慌てずに被害を確認する。
一部の機動が使えないハンデがあるが・・・オーケー、まだまだイケる!
スロットルを全開にしながら急降下、機体に嫌な振動が走るが、ぐっと我慢する。
勢い良く数字を減らしていく高度計が4000ftを指そうかというときに一気にスロットルを絞る。
機体が許す限り操縦桿を引いて機首を引き起こして降下角度を緩め、機体を横滑りさせる。
今日の気象情報から考えるに高度3500から5000フィートあたりに低気圧接近に伴う速い気流が南から流れている筈・・・
ショルの読み通りホーネットは機体全体で気流を受け止めてガクンと速度を落とした。
後ろにピタリと続いていたウスティオ機がたまらず勢い前に良く飛び出した。機体をロールさせつつウスティオ機の背後を取り、再逆転。
《良い腕だが、こんな単純な手にひっかかるとはな》
スポーツでもゲームでも上級者同士の対戦ほど意外と単純で初歩的な手で勝負がきまる例があるが、
そういう時には見えないところで高度な駆け引きがある。空戦でもそれは同じかもしれない。
《俺の勝ちだな》
勝ち誇った風でもなく淡々と事実のように宣告する。
《何故、戦うの?》
《ベルカの正当なる力を取りもどすのだ》
ショルが機銃を放つ。
《戦いで奪ったものが正当な力になるとでも?》
前を飛ぶウスティオ機がエアブレーキを最大にかけ、同時に機体を90度ロールさせた。
ショルは高度を一気に落として後ろに回り込む動きと判断し、咄嗟に傷ついたホーネットをスプリットSで降下させた。
ウスティオ機の回避を先読みして飛行パターンを飛行を予測する。だが、目標を逃がさないという自信は打ち砕かれた。
ウスティオ機は予想に反して全く変化していなかった。
ブレーキをかけた減速に釣り合うだけスロットルを加速させ、ウスティオ機は高度も速度もキープしたままだった。
ただ90度機体を横にしてナイフエッジ飛行していただけ・・・
《嵌められた!》
一人芝居をしていた形になったショルの後ろにウスティオ機がすかさず攻撃位置についた。
《ネメシス FOX2!》
白煙を確認すると同時にショルは機体に無理がかかるのを承知で急激に旋回する。
ミサイルの追尾をチャフとフレアで欺こうとしたが、ミサイルは欺瞞には一切騙されなかった。
さきほどの銃撃のダメージが広がってくる。
コクピット内では次々と不具合が発生したことを示す警告ランプが点灯するが、ミサイルの追尾から逃げ切ることがまずは先決だった。
《糞! 何なんだあのミサイル。欺瞞を見切る性能があるのか!》
突然物凄い振動に襲われたショルは意識を失いそうになりながらも戦闘機パイロットの意地でどうにか状況を確認しようとした。
森林迷彩を施されたFA-18Cホーネットが炎につつまれ、落下していく。
誰だ・・・って、アレは俺の機じゃないか!
ようやく自分が射出座席から放り出されてパラシュートで漂っていることを悟った。
撃墜された。俺は負けたのか・・・・。ウスティオ機に?
赤いB7Rの大地が迫り、受身をとって地面に転がる。
否、俺はまだ負けていない。無論勝者ではないが・・・
円卓の唯一のルールは? そう「生き残れ」。
そして、俺はまだ生きている。
そういうことだ。
「また空で会おう。ウスティオの傭兵! 決着はまた今度だ!」
ヴァレー基地
基地司令がやってきたおかげでのんびりと待機中だった傭兵達に緊張が走った。
というより緊張していなくても、そういう普通の人がとるような反応をするフリ位はしておくものだ。
それが処世術であり傭兵だって貧乏くじは引きたくない。
Chokerone作戦ことB7R強行偵察作戦の終了が宣言されていない状況では
どんな厄介な話が持ち出されたものかわかるものではない。
「諸君、B7Rでベルカ第10航空師団と接触した模様だ」
特に前振りもなく司令が切り出す。
「おいおいおいおい? ベルカ空軍の第10師って言えば・・・」
「言わずもがなのグリューン隊」
「厄介だなこりゃ。準備が無駄にならないかもしれん」
傭兵達は増援出撃があると考えていたところに丁度ガルム隊とフェンリル隊が相次いで戻ってきた。
「よぉ、ピクシー、B7Rはどうだった?」
「どうもこうもないさ、俺達は外縁部の制空なんだからな。とくに手強い奴ももいなかったな」
結果からいえば、警戒部隊をさっさと叩き落してしまえばお仕事終了だった。
「円卓の奥、敵は腕利きを抱えている部隊が担当しているらしいぞ」
「大丈夫かな・・・みんな?」
さすがに心配そうな表情を見せたなのはに傭兵の一人が話しかける。
「やはり気になるかい サイファー?」
「うん、自分だけが先に戻っているというのがどうも居心地悪くてね・・・」
「すぐにでも円卓に戻りたそうだが、無理だぞ」
ピクシーがなのはに釘を刺す。
今から整備と再補給をうけてガルム隊がB7Rに舞い戻るには時間がかかりすぎる。
「いざという時は待機中の俺達が出る。準備できてるしな。任せとけ」
男は自身の愛機を指差して笑った。
「うん。命の無駄遣いありがとね」
《ここまで楽しませてくれるのは実に久しぶりだ》
シュミッドは戦闘機乗りとしてのプライドを賭けて生き残る為の策を必死に考えていた。
《手加減無しだ1 噛み付かれるぞ!》
《わめくな2、腕が良くても生き残るのが先決だ。俺に続け》
グリューン隊では滅多にない指示だった。編隊を維持した空戦は柔軟で臨機応変なグリューン隊の持ち味だ。
そのお陰でこれまで生き残ってきたのではなかったか?
《隊長様には逆らえねぇな》
減らず口を叩きながらも、俊敏なロールでロストは愛機を降下させ、
シュミッドの斜め後ろにピタリと張り付く。
グリューン1と2機の編隊が間合いを取ろうとして、戦闘の流れを仕切りなおす。
ウスティオ軍の編隊を確認する。
1機はつい先ほどまで力強い華麗な舞を見せてつけてくれたMiG31フォックスハウンド、
もう1機はFA-18と似たサイズ、薄紫に塗装されたMiG29ファルクラム、
《ほう? フェルスターに落とされなかったのか 貴様》
余裕を見せながらシュミッドはファルクラムに通信を送った。
《そちらの期待に沿うことができず、悪かった》
挑発するようで真摯でもあるその返答にシュミッドは思わず笑ってしまった。
気に入った!
フォックスハウンドもファルクラムもいい腕だし、自然体だ。
こいつら、憎悪や主義・主張で飛んでいない。
それになにより、真剣で容赦がない。
なるほど、ウスティオ機からは独特のオーラを感じる。シュミッドの心に何かが語りかけてくる
"奴等を落とせ・・・決着をつけろ・・・お前の腕を見せ付けてやるのだ・・・・そして、・・・生き残れ!"
《俺達の梟の森から生きて返さん!》
《なら、森を切り開くまでだ》
お互いの意地と意地のぶつかり合い。HUDにミサイルロックの電子音が鳴り響くが無視する。
暗黙の了解でシュミッドはウスティオ機との交戦にガンアタックを選択した。
ロストは隊長機の動きが激変したことに気がついた。内心では密かにライバル心を燃やしていたシュミッド隊長についていくだけで精一杯だ。
ウスティオ機もベルカ機も速い機動を見せつけあい、雲を引きながら旋回する。
<主、魔力反応が急激に増加しています。>
<あの編隊長機な。まずは2番機を片付けて状況をシンプルにしよか・・>
シュミッドのより鋭くなった動きに追従するため、2番機の飛び方が変化していた。
相変わらず鋭く速い動きだが、鳥のような有機的な飛び方から、合理的かつ理論的な機動。
《お遊びはここまでだ!》
《おや?自分の飛び方を忘れたんか?》
合理的で理論的であればむしろ動きは予測しやすい。迅速な対応ができなければ命とりだが、
はやてはフォックスハウンド高速性能にリィンの魔力支援があれば十分対処できるとの目算をたてていた。
<・・・・ということで、シグナム。1番機を牽制しといてんか?>
<判りました>
ファルクラムは急激な旋回でベーパーを派手に引きながら、シュミッド機の斜め前に機体をねじ込み、宣言する。
《貴方をここで止める!》
《ふん、傭兵にも死に急ぐ奴は多いものだな》
"ここや!"
フォックスハウンドを力強く優雅に飛ばして機会を伺っていたはやてが叫ぶ。
ウスティオのフォックスハウンドからミサイルが放たれた。
ロストは難なくそのミサイルをかわしたが、それは牽制のミサイルだった。
フォックスハウンドは更にミサイルを放つ。その数4発
《数うちゃ当たるってものでもないだろうに》
冷笑しながらもミサイルを連続してかわそうとするロストは術中に嵌まり込んでいた。
とはいえさすがに4発のミサイルを避けるには大袈裟な回避をとるしかない。フレアを放出し、エンジンを絞って急降下する。
完璧な回避運動でミサイルはあらぬ方向へ誘われるように飛び去った。
だが、はやてとリィンが管制するミサイルは、赤外線追尾でもレーダー誘導でもない魔法誘導だった。
フレア程度には騙されない。 わざと騙されたようにミサイルを飛ばしていたのだ。
回避したとの思いこみを利用してホーネットの死角から2発のミサイルが襲い掛かる。
爆発。
直撃を受けたロストの機体がぶざまに落下していく。
《何故、何故だぁぁぁ・・・・!》
《何だ?案外、ザマねぇな》
シュミッドは2番機が撃墜されたことにも無感動につぶやいた。
グリューン3=ショルからの通信も途絶え、どうやら残っているのは自分1人だけだと悟る。
圧倒的に不利な立場、自分1機にウスティオは4機、どう考えても不利だ。
だが、1対4ではなく、1対1を4回勝てばよい。
まずはこの鬱陶しいファルクラムからだ!
シュミッドはシグナムの操るファルクラムを上空に見ながらインメルマンターンに入った。
旋回Gに押し付けられながらもコクピットの上方を見るとウスティオ機もこちらの後ろを取ろうと旋回に入っていた。
機体が垂直になったところ右45度に愛機をロールさせ、針路を捻り、スロットル全開で上昇する。
水平に入ったと同時にすぐさま全開で急降下。その機動はホーネットとしては驚異的な俊敏な動きだった。
シュミッドは雲にまぎれる高度まで降りると、失速速度ぎりぎりのコンパクトな旋回でMIG29の死角に潜り込んだ。
下方から突き上げるようにスナップアップ。気付かれないようにミサイルではなくガンアタックを仕掛ける。
《火を噴いて落ちろ!》
ホーネットの機首が瞬き、20ミリ弾が薄紫のファルクラムに襲い掛かる。
《くっ・・・!》
シグナムが連続エルロンロールで機体を捻り、銃撃をかわすが、体勢を立て直す間もなく、
シュミッドの攻撃が続く。今度も銃撃。
<速い! 質量兵器でこんな動きができるのか!>
シグナムは自らのピンチにも関わらず、どこか嬉しそうだった。
<シグナム!>
<そちらに向かう!>
一体この円卓の空の何処で何をやってるのか?さっぱり判らないシャマルと
ようやくグリューン3を落として駆けつけたフェイトが声をかけるが、
<手出し無用!>
とシグナムが吠える。
守護騎士、八神一家、管理局員、烈火の将、2等空尉・・・・
そういった立場や肩書きを全て放り出し、一介のベルカの騎士として死力をつくしてコイツは落とす!
それがこの敵に対する私の敬意だ!
だが、シュミッドのホーネットのほうがやや優位だった。
数え切れないほどの戦いに慣れたシグナムだが、戦闘機パイロットとしては魔法の力を借りてるとはいえ、素人に近い。
純粋にパイロットとしての力量はこの第91管理外世界でTOPの一角を占めるシュミッドに敵うはずもない。
先ほどまでは魔法によるアドバンテージがあったが、
エイセスデバイスの影響でで魔力を成長させつつあるシュミッドの前にその差は徐々に詰められている。
搭乗する機体はMIG29ファルクラム対FA18ホーネットと総合性能的にほぼ互角。
何度かひやりとする場面を咄嗟の判断で凌いだ。
《ちぃぃっ これで振り切れるか!?》
シグナムが攻撃ポジションに着こうとするシュミッド機をハイGヨーヨーで前に出そうと誘う。
その策に乗らないようにするであろうシュミッドの心理を考えて、シグナムはスロットルをオンにしながら、エアブレーキを立てた。
視界の端に緑のホーネットの後姿が映った。
上手くいった!
裏をかいたシュミッドの更に裏をかいて背後に回りこむことができた。次に機会が廻ってくる保障は無い。
《ブレイズ FOX2 FOX2》
渾身の一撃を放つ。シュミッドがタイミングを図ってフレアを射出したが、シグナムは無視してミサイルのホーネットのエンジンノズルを追わせた。
シグナムは古代ベルカ式の使い手でもあり、なのはやフェイトと違い誘導射撃系の魔法を根本的に苦手にしている。
はやてがグリューン2=ロスト機を落とした時のような囮に騙されたふりというような高度なミサイル誘導はできない。
執拗にホーネットを追い掛け回すように誘導する。2発のミサイルが炸裂し爆煙が周囲を包み込む。
《やった!》
《凄い!》
はやてとシャマルが思わず声を上げるが、シグナムとフェイトはその声に同調しなかった。
《やってくれるじゃないか・・今のは効いたぞ ウスティオの傭兵共!》
シュミッドのホーネットは健在だった。若干の損傷はあるものの、戦闘には問題なさそうだ。
<何でですかぁぁ?>
<そんな!>
はやてのフォックスハウンドの後席で驚くリィンとシャマルの声を聞きながら、シグナムがフェイトからの問いに答える
<やはり魔力の存在が・・・>
<ああ、無意識でも防御魔法を展開できるレベルに達したようだ>
超低空から直線的に上昇してくるホーネットの周囲には緑のもやがかかっていた。
《今度はこちらからお返ししなくてはな!》
シュミッド機が必殺の4発のXMAAを放つ。
それは違法魔導師によく見られる邪悪な殺意をむき出しにしたオーラがまとわり付かせていた。
XMAAを放ちながらシュミッドは上空を旋回して戦果を確認しようとしていたウスティオ編隊に一気に肉薄する。
《喰らえぇぇぇ!》
《やばっ・・全機、散開!》
はやての指示で間髪いれずに編隊を解く。
だが、シグナムは一人だけ回避行動をとるどころか、下から迫るミサイル群に真正面から向かっていた。
アフターバーナー全開の急降下で速度計の示す数字は流れるように吹っ飛んでゆく
「レバンティン!」
信頼する自身の分身ともいうべき存在に声をかける。
「 Drangen wir uns in durch Vertretungsbefugnis. (全力で突っこみましょう) 」
「はぁああああああああっ!」
ファルクラムはそのままミサイルの群れの中に飛び込んだ。
すれ違う際、強烈な衝撃波がシグナムを襲う。マッハの衝撃と爆発、その振動。
ショックで爆発したミサイルの爆発炎を背にしてさらに全力で降下する。
シュミッドは強烈な勢いで接近するシグナムのファルクラムが機体と同じ紫のベールをまとっていることに気が付いた。
《紫電一閃!》
《勝負だ!》
ファルクラムとホーネットの機関砲がほぼ同時に吠えた。
ホーネットに紫の曳航弾が吸い込まれる。
ファルクラムが緑の機関砲弾によって包まれる。
<<<シグナム!>>>
上昇してきたホーネットの速度がガクリとおちた。支えを失ったかのように崩れるように高度を落とす。
不規則な経路をたどりながらシュミッドの機体は雲の下に姿を隠した。
一方急降下していたファルクラムはそのまま雲の下に突っ込んでから行方がつかめない。
<こちらはやて、シグナム 返事しいや シグナム!>
<・・>
<・・・・>
<・・・ム・・>
思念通話に返事があるようだが、きちんと聞き取れない。
その時いきなりガラガラと雑音交じり無線が鳴り出した。
《・・・・マジシャン3よりイーグルアイ、梟の森の伐採を完了した。手強い相手だった。》
《こちらイーグルアイ。了解ブレイズ。よくやった。任務終了基地に帰るぞ》
最終更新:2007年09月25日 22:42