運命(フェイト)②
藍色の車を操る少年はアクセル全開で静けさの増す首都高を駆け抜けていく。
もう、これで何回目、いや何百…何千回だろう?この首都高に乗るのは。
普段から走っている道なのに、まるで生きているかのように首都高はその表情を変え、『彼等』に襲い掛かる。
もっとも、普段から猛スピードで飛ばさなければの話だが……
Z…
これで何回目になるだろう?オレ達が会って、首都高に乗ったの
イヤ、覚えちゃいないよナ。
横羽線を走る車をまるで事前に予想してかのようにかわす。
200キロ以上で走ると、一般車はまるで止まっているかのような錯覚を起こすことでまるで単独の障害物競走をしているかのような感覚を味わうのだ。
走るたびにお前はせがむ。
もっと出してくれ。オレの力はこんなもんじゃない…
そして「走りたくない」とわがままを言うように時々ハンドルが微妙に震える。
だけど、必ず「終わり」は来る。でもオレは見捨てない
お前が本当に力尽きる、その日まで…
暗闇の中に一筋の光、朝日が近い。
時間も4時くらいでそろそろ朝の車が動き出す頃。
ミッドナイトブルーの車は光を嫌う吸血鬼のように首都高を後にした。
某パーキングエリア内
朝7:30分。外に出ると伸びがしたくなる朝日が眩しい。
車の中で夜を明かしたフェイトは朝食を取るために停めたPA内にある喫茶店に入る。
昨夜は謎の青い車に心を奪われてしまい原因不明の精神的大ダメージを味わった。
そして近くのPA内でフェラーリを停め、そのまま力尽きた。
『それにしてもあの青い車、何だか不思議な力を持っていたような…』
注文したハムエッグを口に入れながら昨夜の出来事を考える。
確かこの時代の高速道路の法的制限速度は時速80キロ。
あの車はそれを遥かに上回る速度で走っていたことは驚いた。
この車も本気を出せば悠々と290は行くのだがそれでも雲泥の差がありすぎる。
「非常識だな」と初めは考えるも、この当時のスピード違反の取り締まり件数を見るとミッドチルダよりも少ないことが判明し、よほど取締りが甘いことが読み取れた。
だからああいう人も要るんだ、とりあえず納得。
そのまま指をコーヒーカップの取っ手に指を掛けるが何かが引っかかりふっと止まった。
『もしかして、今回のロストロギアって…』
自分よりも小さくて、非殺傷物体。
早急に事件解決か?
『まさか…そんなはず』
そんなことは無いはずとふっと微笑する。
古代の遺物であるロストロギアがまさか……。
そう朝食のコーヒーを飲みながら時間を潰していると、近くの席で他の客の会話が聞こえてきた。
色違いのパーカーを来た男の3人組がテーブルを囲んで会話している。
「なあなあ見たか?」
「見たヨ見たヨ」
「あの青い奴か?」
「何だってあの速さ、ついてこれねえヨナ」
「何だって『悪魔のZ』だもんナ」
「そうそう……」
「確か、ここんとこ毎晩毎晩首都高を流しているみたいだぜ」
「……『悪魔のZ』?青い車?」
引っかかる単語が一つ。
あきらかにウソっぽい御伽噺のような言葉。
だが会話の一部始終を聞いていたその『悪魔のZ』という車が気になったのかフェイトは席を立つと、その客へと足を運んだ。
「あの…何か?」
3人は突然の美人の介入者に驚く。
「すみません。その話、もう少し詳しく聞かせていただけませんか…?」
某ガソリンスタンド。
「いらっしゃいませ!」
今日も店員の威勢のいい挨拶が聞こえてくる。
ガソリンと洗浄液の匂いが漂う小さなガソリンスタンド。
「オーライ、オーライ……ストップ!」
一人の優しい顔立ちをした少年の前に停まる一台の白い車。
真珠のように輝くボディの清潔さから車を大事にしている人だとわかった。
「3000円で30リッターお願いネ」
運転席の窓が開き、若くストレート髪の美形の女性が顔を覗かせた。
「わかりました…って、あれェ?『れいな』じゃん!」
いつものように接客する少年はその女性に面識があった。
「オハヨー『アキオ』君。最近どう?」
「ん~、ぼちぼち。可もなく不可もなくというトコ。れいなは?」
アキオと呼ばれた少年は車の窓を拭きながら、れいなという女性に話し言葉で返す。
「最近仕事も順調だし、こっちもまあまあかな。てかサァ……」
「ん?」
「最近さあ…このRの調子がおかしくて、時々風邪を引いたようにエンジンがブロー(注1)しまくるのよ」
「風邪を引く?」
かつて「機械は機械。それ以上でもそれ以下でもない」と友人から言われた。
こうも愛着がわくと、機械でしかない車をまるでもう一人の自分のようにとらえてしまうのも過言ではない。
「で、社長に見てもらったんだけど「どこも異常が無い」って言ってたの」
「あれ、変だな。イッた(ブローした)ならピストンとかが溶けてるはずなのに」
「そうよね……」
変わった話題だがその調子で小時間雑談……
ガコン。(ノズルを戻したときの給油停止音)
「じゃあネ!今日の夜は仕事がないから、一緒に遊ぶ?」
「……OK。じゃあその時は湾岸を軽く流す?」
「イイねえ!あたしも今日湾岸行こうと思ったの」
「よし、決まりだな。気をつけろよ」
「じゃあね!」
れいながそう言うと、ウキウキしながら車のエンジンをかけ、轟音と共に去っていった。
ブロロロロ……
「ありがとうございました!」
「ここね…」
ある店の近くにフェラーリを停め、フェイトは朝聞いた客からの情報を頼りにその車のある場所を突き止めた。
それも兼ねて目的のロストロギアについても聞いてみよう。
「バルディッシュ……本当にここで間違いない?」
『全ての情報を総合した結果、ここで間違いありません』
彼女が疑うのもわからなくもない。
検索結果を参考に調べた先には『自動車屋』ではなく一文字違いの『自転車屋』。
「『北見サイクル』って書いてあるけど、とりあえずこの中の人に聞いてみるわ」
確かに両者とも移動手段であることは変わりは無いが、それにしては笑えない。
初めは一瞬バルディッシュの故障かと思った
「すみません……」
鍵がかかってたので『北見サイクル』の出入り口のガラス戸をノックするが、誰も出ない。
ガラス戸越しから見える新品のチューブや解体した自転車の真新しさから、今もやっている店だとわかる。
「留守かしら?」
再び、ガラス戸をノックしようとする。すると、
カラン…
何か金属のような物が落ちる音がした。
店の中ではなく、それ以外の位置から…
「金属…棒状のものが落ちる音……」
スパナだろうか?
細長い金属製のものがコンクリートの地面に落ちたときの高い音が響き渡った。
「とりあえず行ってみよう…」
音が鳴った事はそこに人がいるかもしれないサイン。
確証は無いが勘を頼りにその方向に脚を運ばせる。
「こんなところにガレージがあるわ。結構面倒なところに……」
『北見サイクル』から少し離れた地点。その巨大なパンのような建物が映る。
不思議な好奇心からか、自然にガレージに入る。
人がいるのか、シャッターは降りていたがドアの鍵は開いていた。
昼間なのか人の気配が無く、こんな密室では逆に不気味である。
「ここかしら」
そこには長く、細長い体を持つ車が静かに主の帰りを待つかのように佇んでいた。
ミッドナイトブルーのボディはまるで静かにその闘志を燃やしているみたいに暗がりでも際立っている……
「・・・」
フェイトは言葉を失う。
間違いない。こいつだ、昨夜遭遇した車は…
やばい、本来の目的はロストロギアの聞き込み調査なのに興味が車に傾いてしまう。
なんて魅力ある車だろうか……たいしてこの世界に魔法が存在しないのにまるで見えない魔法がかかっているかのような感覚……。
「……2シーター、ロングノーズの車。確か『フェアレディZ』よね。」
『正確には『S30Z』、フェアレディZの初期モデルです。』
フェアレディZ、『貴婦人』の名を持つ、スポーツカーとしても有名な日○の車である。
「ふーん。古いのに動くんだ。」
それを言うならフェイトのフェラーリもそうだ。結構古いモデルなのに中身を新型に変えただけで今も現役で走れる。
好奇心からか何かに取り付かれたかのように心のブレーキが壊れかけ、無断でZのボンネットを開放する。
「うわ……」
『エンジンは『L28型』のエンジン…』
「L28……これが一世を風靡した幻のエンジン……」
L28、今となっては時代の荒波に揉まれ、全く出回らなくなった幻のエンジン。
車に関しては本などで最低限の知識は備えているが、このL28に関してはミッドチルダの資料館で見た記憶がある。
ボンネットを開放すると、鉄板とチューブで構成された車の心臓部が堂々と映し出される。
すると更に新たな発見をする。
「これ、本で見たことがある。『ツインターボ』(注2)って言うんだよね。」
どう、あの加速が生み出されるか、少しながらメカニズムが判った。
幻のエンジンを拝めたことで興味がわいたのか、もっと深く調べようとした、その時……
「……誰だお前は?」
ガレージの中に男の声が聞こえ、フェイトはすぐさま隠れようとしたが。
時は待ってくれなかった。
(次回予告)
速さという麻薬。
それは死への制限時間。
取り付かれたら、逃れられることはできやしない…
Zとそのドライバーの出会い。
それは予言されたかのような必然。
彼らの走りへの情熱。
共に走るもフェイトはそれが理解できずにいた……
次回 魔法少女リリカル湾岸ミッドナイト 運命(フェイト)③
「どうして?何で君は、危険を承知でこんな危険なことを……?」
(注1)ブロー…エンジン内部温が高温になったりして、エンジンが壊れること。
(注2)ツインターボ…ターボチャージャーを2基取り付けた過給機構成の呼称。力がアップ。
最終更新:2007年10月07日 08:48