運命(フェイト)③
「誰だお前は?」
突然オヤジっぽい声の男がガレージに入ってきた。
さらにこちらの存在に気が付いているようだ。
突然の声にフェイトはビクッと震える。
「そんな!?さっきまでは……」
確かにここには人の気配が無かったのに……
魔法が使えない今は観念したのか、ボンネットを閉め、声のした方角へ向く。
「オイオイ、人をユーレィみたいに言うんじゃねえヨ……」
男はフェイトの反応が面白かったのか、軽く微笑する。
コツコツ……
足音がフェイトに向かって近付き、少々身の危険を感じたのかフェイトは後ろにバックする、男の体が移動したことにより鮮明に見えてきた。
工場でよく見かける、ツナギ姿で職人気質な顔立ちの中年くらいの男、左目にある肉眼でもくっきり見える切傷が生々しい。
いかにもそれだけで普通の人と違うオーラを放っている。
「誰かは知らねえが、そんなにこのZが気になるのか?」
謎の男がZの前に立つと、静かに手を置く。
「……別に、そういうわけじゃありませんが」
「そうか?だったらわざわざこんな油臭い所へテメーのような上品なお嬢様が来る訳無いだろ」
見た目で判別されるのは仕方がない。
今自分は、長いモダンなスカート(パンスト着用)に長袖に白のカーディガンで落ち着いてどっちかと言うと地味な人間の着るような服だ。
「それで前置きはさておき、誰だ?お前は」
「あっ、私は、こういう者ですが…」
そう言うと、バッグから名刺らしき顔写真入りの小さい長方形の紙を男に渡す。
「ほう、××大学情報管理科、『フェイト・T・ハラウオン』か。……いい名前だ」
「本当ですか?ありがとうございます」
フェイトの名刺を見て男はふうんと頷く。
周知の通り、本当は時空管理局『機動6課』の魔道師だということは隠してある。
勿論名刺もウソで、出発前にはやてから「とりあえず、なにかあったらこれで身元を欺きや」と言われ渡されたものであった。
これで身元を欺けるかは完全ではない。
しかし身分はウソなのに、意外とそこではなく名前で褒められるとは、我ながら少し嬉しい。
「オレは『北見淳』。見ての通りあの店の店長だ」
『北見サイクル』だから自転車屋さんだろう。
ふと「自転車屋さんなのに車も作っているんですね」と聞きたくなったが、失礼なのでよしておいた。
「北見さんですね。そうだ。すみませんが、これについて何か知りませんか?どんな些細なことでもいいです」
フェイトはバッグから写真を北見いう男に見せる。
「…………」
北見と言う男は写真を見つめると、淡々とフェイトに言った。
「……知らないな」
「そうですか……」
やはりいつもの思った通りの答えが返ってきた。
「なにやってんだろ……私」
北見という男に出会ったその夜、フェイトはフェラーリで首都高を走り込んだ。
誰からも言われたわけでもない。
ロストロギアについては質問できたものの、本命のあのZについては何も聞き出せなかった……
そう思ってると、急に車で走りたくなる
ただ、あの車に逢いたくて。
昼みたいに佇んでるだけじゃイヤ。あの機械なのに生きているように走っている姿が見たい。
Zの内部を見たが、どこも変わったところは無いスポーツカー仕様(本当はいけないが)。
それがどうしてあんなスピードの出る車になるのか、理解できなかった。
このフェラーリも290キロまでいけるのに、それでも足りない感じがする。
「おかしいな…確かこの時間だといるはずなのに」
首都高に乗って丸一時間。一向にその『悪魔のZ』という青い車が姿を現さない。
自然とアクセルを踏む足に力がこもり、どんどん車のスピードを速くしていく。
ミッドチルダでは緊急時以外はこんなにスピードは出さないのに、この車も自分と同じ負けず嫌いなのか、本来は移動手段として命を吹き込まれた車が、スポーツカーのようにぐいぐいとそのスピードを上げていく……。
すると、
ピピピピピ……
機械と空気の音が飛び交う空間を裂く高い電子音。
「通信……誰?」
フェイトはフェラーリの中央のボタンに触れる。
ピッ
<いやあー。元気やったかあ?フェイトちゃん!>
「はやて!?」
フェイトが見てるフロントガラスの左側に出たモニタにショートヘアーのフェイトと同い年の女の子が映る。
「どうしたの?」
<それがな……>
午前12時 有明ランプ前
月が天高くいる時間、奴は出番を待ち望む主役のように誰もいない駐車場に佇んでいた。
「あっ、れいなだ」
アキオの前に停まる白い車、よく見るとバックに「GT-R」というエンブレムのある車である。
昼にアキオが働いていたガソリンスタンドに来た客と車だ。
「ゴメーン。待ったあ?」
ウインドウが開き、れいなという綺麗なロングストレート髪の女性が顔を出した。
「イヤ、オレも今来たトコ。北見サンのところでちょっとしたチューニングしてたんだ。ここんトコ、こいつ調子わるくてさ」
その証拠にアキオは愛車のフェアレディZに乗り、エンジンをかける。
いつもより歯切れの悪いエンジン音……
「ホントだ。やっぱり違う」
いつもとは違うエンジン音。マフラーからの排気量も違う。
「怪しいトコを調整してもらって、試しに走ってきてくれってサ」
「なにソレー?でもあのオヤジらしいわ」
北見は二人と面識があり、それぞれ自分達の車をチューニングした人物である。
少し古臭いオヤジではあるが、機械のチューニング以外にも様々なことを教えてくれる(本当にそうなのかは不明だが)イイ人の一面もある。
「じゃあ、行く?」
「OK。」
アキオは『悪魔』と呼ばれるフェアレディZ、れいなはGT-Rに乗り込み、エンジンを鳴らしてPAを出ると、ランプを抜けて、直線と分岐点から成る最高速の回廊へと車を進めた。
そして、今夜も奴は踊る。
自分よりも速い奴を求めて……
「はあ……そんなに大変だったのね?」
<うん。では本題に戻るとして・・調査は順調?>
「聞き込みをしたけど何も進展なし。先が思いやられるわ…」
<まあ、時間も十分にあるから。急がず焦らず、ゆっくりぼちぼちね>
「ありがとう。はやて…」
<それにしても、今何してるん?車のエンジン音がやけにやかましいんやけど……>
実際、はやてのいる管理局の一室には通信機のスピーカー越しから少しうるさいエンジン音が聞こえていた。
「えっと……これは……」
グオオオアアアアア!
<それに今、尋常やないエンジンの音が遥か遠くにいる私にも聞こえ……>
<なあんですかあああ~!!>
まるで獣。いや、悪魔の咆哮のような恐ろしい5速のエンジン音。
それは6課の課長室中に響き渡り、ランドセルの小さな部屋の中で仕事に疲れきって眠っていたリィンフォースⅡがびっくりして飛び起きた。
「まさか!?……」
だがフェイトは知っていた。
この咆哮の正体を……
そしてくるおしく、身をよじらせるように走る、あの車を
来た…
来た!
奴が来るッ!
最終更新:2007年10月07日 08:47