アンゼロット宮殿:ティアナ・ランスター
アンゼロット宮殿の庭に着陸した内火艇はヴァイスによって修理が終わっていた。
今はコスモ柊カノン(略称)の設置も終わり、微調整をしているところだ。
その横で灯はティアナが支えているエンジェルシードに超ロングレンジライフルを固定しようとしていた。
1人でできない作業でもないが、長大な二つの物体扱う作業は誰かが手伝ってくれた方がずっと早く済む。
実際、普段の半分以下の時間で固定が終わった。
「これで終わり?」
「……後は調整」
ティアナが手を離すと灯はエンジェルシードを近くの木に向けて構えた。
出力を最小まで絞り、トリガーを軽く引く。
超ロングレンジライフルの銃口から糸のように細い魔力光が一瞬だけ見えた後、すぐに消えた。
エンジェルシードを向けた木にはなんの変化もない。
灯は工具を持つと、あるネジは締め、また別のネジはゆるめる。
そしてまたトリガーを引く。
今度は枝が少し焦げた。
それでもまだ納得ができないのか、灯は銃身を少し動かし、またネジを回す。
その作業は十数回続いた。
灯の表情は相変わらず動かないが、たまに取り落とた工具の音が彼女の焦りを示していた。
「落ち着いて」
ティアナが拾った工具を受け取り灯はうなずいた。
「難しいの?」
「……試作箒だから」
それを聞いてティアナは納得する。
試作品は得てして使いにくいものだ。
残り時間も少ない今、灯が焦るのも無理はない。
エンジェルシードを照らしていた光が影に遮られた。
ティアナは少し驚いて顔を上げる。
「ヴァイス陸曹」
「よ!」
片手を挙げたヴァイスが出撃前なのに笑みすら浮かべて立っていた。緊張している様子が全く見えない。
──そういえば
ティアナはさっきまで目がくらみそうになるほど感じていた緊張いつの間にか無くなっているのに気づいた。
なら、あのバカみたいな大騒ぎも無駄ではなかったのかも知れない。
「俺にやらしちゃくれないか?」
灯は何も言わず、ヴァイスにエンジェルシードを渡す。
「こういうのはな。端から見てたほうがわかることもあるんだぜ」
一度エンジェルシードを構えたヴァイスは、いくつかのネジを軽く回していく。
初めて扱う機械なのに、ヴァイスの指は踊るようにエンジェルシードの上を動いていた。
「こんなもんでどうだ?」
今度はヴァイスから受け取った灯が再度エンジェルシードを構える。
トリガーに指をかけ、少し力を入れただけで今日何度か目の細い光が銃口から伸びる。
小さい弾ける音がティアナの耳にも届いた。
灯が狙いをつけていた木の枝の先には、少し他の葉からぽつんと離れて葉が一枚だけ生えている。
その離れている葉の真ん中に、穴が1つ開いていた。
灯の目が少しだけ動いた。
「……ありがとう」
「うまくいったみたいだな」
ヴァイスが満足げに何度もうなずいた。
「みんなー、できたよー」
なのはの声が聞こえた。
大きなコンテナの端をスバルと2人で持って来ている。
「ふう、やっと詰め込めたよ。で、どうするの?」
腕力なら自信のあるスバルもこのコンテナとその中身の重さには少し堪えたようだ。
地面にコンテナを下ろして両手をしきりに握ったり開いたりしている。
「……これに」
今度の作業は五人だ。
コンテナをエンジェルシード後部に据え付け、下に潜り込んだヴァイスがボルトを締め付けていく。
「で、灯。これで準備は終わり?」
灯は首を横に振って否定を示す。
月衣から0-Phone取り出しティアナに渡した。
「……これとあなたたちの念話で通信ができるようにして。データも」
「そりゃ、できるけど」
この世界のインターネットとの接続のために使ったプログラムもある。
それとは違うところもあるかも知れないが同じ世界の通信方法だ。
デバイスの機能を使えばそんなに難しい事ではない。
「どうするの?」
ティアナは灯の意図が読み切れずにいた。
強力な武器を用意する、単にそれだけではないようだ。
それなら意図がわからなければ十分に対応はできない。
「……それは」

灯の語る内容はティアナでは答えることができないものだった。
灯がしようとしていることは理解ができるが、それを了承するにはティアナの判断ではどうにもならない。
助けを求めティアナはなのはを見た。
なのはもやはり少し考える。
「待ってる時間はないよね」
灯は肯定する。
「いいよ。ティアナとスバルはすぐに作業に入って。はやてちゃんには私が言っておく」
灯は足を振り上げ、コンテナが据え付けられたエンジェルシードに跨った。
「……お願い」
灯が手をわずかに動かすとエンジェルシードは低く呻りをあげ、それはやがて甲高い連続音になる。
少し機首を下に向けるとエンジェルシードは空高く舞い上がった。
「こっちは任せて」
ティアナは大声を出したが、この距離ではもう聞こえないだろう。
すぐにエンジェルシードはティアナの視界から姿を消してしまった。


アンゼロット宮殿:フェイト・T・ハラオウン
内火艇の横のに置かれた砲弾と呼ばれるカプセルに入った柊蓮司を覗き込んでフェイトは少し後悔した。
柊蓮司が柊力というレアスキルを持っているが故に賛成はしたが人間を射出するというのは……
「無茶かな」
思わず不安を口にしてしまった。
「経緯はアレでも引き受けたからな。それに前よりはずっとましだ」
「前は違ったの?」
「ああ、前は体1つで撃ち出された」
それもまたすさまじい話である。
フェイトもいろんな経験を積んできたつもりではいたが、こういう経験はあまり……というか全くない。
「今回はこれがあるだけましだな」
アンゼロットの説明によると、この砲弾には科学、魔法を併用したショックアブゾーバーが8重に取り付けられており、内部に及ぶ衝撃のほとんどを緩和するという。
しかし、この見るからに砲弾です、といった形と名前が柊蓮司ごと爆発するんじゃないかという不安を覚えさせる。
「やっぱり止めるようにみんなに頼もうか」
「いまさら止めたってしょうがいないだろ。後から来てくれればそれでいいさ」
こう言ってくれる柊蓮司の強さみたいなものにフェイトは感謝する。
あとは自分たちがそれに答えなければならない。
「うん。絶対助けに行くから。待ってて」
「助けは必要ないぜ。俺だってウィザードだからな。追いついてくる前に魔王と戦ってるかも知れないぜ」
「そうだね」
「それより、エリオとキャロ、それからスバルとティアナだな。あいつらは俺が守ってやるよ」
フェイトが「うん」と答えようとした時にエリオとキャロが飛び込んで来た。
「柊さん酷いです!」
キャロが抗議の声を上げる。
「僕たちも機動六課のフォワードです。守られなくても一緒に戦えます!」
エリオも少し怒っているようだ。
「そうだね。私の自慢の子達だもんね。ちゃんとできるよね」
「はい」
「はい」
エリオとキャロを見た柊は自分の頭をぽんぽん叩く。
「そりゃ、そうだな」
照れ隠しにも見える。
「みんな、準備はええ?時間や」
内火艇のスピーカーからはやての声が聞こえる。
「じゃあ、みんな。行くぜ」
柊蓮司は開いた手を砲弾の外に突き出した。
「うん」
フェイトの手がそれを撃つ。
「はい」
続いて、エリオも柊蓮司の手を叩く。
「はい」
最後にキャロの手が音を立てた。
「おう」
柊蓮司はその手で砲弾のふたを閉じた。


アンゼロット宮殿:八神はやて
内火艇の最終チェックが終わる。
この世界に来てからかなり荒っぽい使い方をしたが異常はない。
内火艇のエンジンもアイドリング状態でリズムを刻んでいる。
すでに内火艇には機動六課のメンバーが揃って出撃を待っていた。
はやては全員を見回し、大きく息を吸った。
「みんな準備はええな」
全員がうなずく。
「この任務は今までの訓練どおりやればええっていうものや無い。でも、この任務を達成できるだけの訓練を今までみんなやってきとる」
ここで弱気は見せられない。
みんなの決意を1つにしていく。
「できる準備は全部やった。せやから……後はあたしらが全部の力を出し切って世界を救うよ」
「はい」「はい」「はい」
「はい」「はい」「はい」
「はい」
みんなが一斉に答える。
「発進や!」
「了解」
エンジンの音が高まり、内火艇がふわりと持ち上がる。
その大きさに不釣り合いなほどの出力で、内火艇はアンゼロット城を飛び立った。


???:???
ここにおいて世界の命運は機動六課と2人のウィザードに委ねられることとなった。
だが、世界の命運はわずか10人で背負えるようなものなのだろうか。
否、である。
彼女らが背負いきれないものを背負い、世界を守ろうとする者達は世界中に存在している。
世界結界の弱体化により力を増し、復活したエミュレイター、魔王。
彼らはそれと戦っていた。


衛星軌道上:???
虚空より訪れるそれは確実に世界を滅ぼす力を持っていた。
それはいかなる魔力を使わなくともただ地球に降り立つだけで世界を滅ぼすことができる。
その名は、魔王ディングレイ。
直径10キロクラスの小惑星である。
それはすでに1度は滅ぼされていたが、世界結界の弱体化が復活を可能としていた。

衛星軌道上よりディングレイに接近する戦艦があった。
そのデザインは地球のいかなる船とも共通点はなく、またミッドチルダのものとも違う。
「今回は柊はいないのよね」
戦艦のシートに座った巫女姿の赤羽くれはは少しつまらなそうにコンソールに肘をついた。
「向こうは、あんなだし……仕方ないけど」
別のシートには1人の少年が眠ってた。
彼は魔王ディングレイを倒すべく世界が作りだした星の勇者と呼ばれる存在である。
すでに1度ディングレイを倒し、役目を終えた彼ではあるが再び襲来したディングレイと対すべく、アンゼロットが呼び寄せたのである。
どのような呼び出し方をしたかは聞かないでいただきたい。
「HAHAHAHAHAHA!ゴ主人様ノカワリハマカセテクダーイ」
「あなた、ほんとーに、柊の知り合いなの?」
「モチノロンデース」
作り物のように秀麗な女性が非常に怪しげな話し方をする。
「ソレヨリ、ワタシモキキタイコトガアリマース。ナンデアナタガキャプテンシートニ座ッテイルンデスカ?」
「私がキャプテンだからよ!」
くれははこの時のために持ってきていたマントを月衣取り出し、翻しながら纏う。
「こういうの一回やってみたかったのよね」
腰に手を当て、微妙な角度をつけて立ち上がる。
「ディングレイの現在位置は?」
突如女性は甲高い機械音を発する。
「あと、わずかで本艦射程圏内に入ります」
彼女の名はヴィオレット。
古代戦艦レーヴァティンの艦載機にして管制システムのヴァルキリーと呼ばれるアンドロイドである。
彼女の口調の変化はレーヴァティンがその力をふるうべく、システムを起動し始めたことを示す。
「いいわ。全砲門開け!射程に入り次第、一斉発射ね」
「了解。全砲門発射します」
異世界の古代において作られた戦艦が今、世界を滅ぼそうとする奈落を封じるために作られた無数の兵器を放った。


イギリスストーンヘンジ:???
そこは世界中でマナを集めるのに最も適した土地。
それ故にその地は多くのエミュレイターに狙われ、魔王に利用されてきた。
今もまた、その内より理性のない凶悪な意志を伴った魔力が恐るべき量で噴出され続けていた。
「どりぃーむ」
マントを風になびかせながらその男はつぶやいた。
「滅ぼされたとはいえ、さすがは魔王と言ったところか。残滓のみでここまでとはな」
吹き出す魔力は徐々に形をとろうとする。
かつての自らの姿。魔王アスモデートの姿へと。
理性無き魔力は、完全なものとはならない。
だが世界を滅ぼすには、その暴走する力だけで十分なのだ。
「でも、大丈夫なんですか?ヒルコの主も柱の巫女もここにはいないんですよ?あ、おにぎり食べます?」
眼鏡をかけ、魔道書を持った魔術師の少女がおにぎりを食べながら話す。
アスモデートはかつて、ヒルコの主と柱の巫女と呼ばれる2人のウィザードに倒された。
だが、無限を生きる魔王の魔力は滅びてなお留まる。
通常はただ放っておけば、やがて拡散し、消滅する。
ただし今のように世界結界に異常があれば別だ。
「なに。必要なかろう。ガール。残りカスにそんな大げさなものなど必要はない。」
カソックの男がおにぎりを片手に笑う。
「この際、根こそぎ滅ぼしてくれるわ。くっくっくっくっくっくっく」


海鳴市:???
10年前のことである。
海鳴市において事件があった。
21個の願いを叶える宝石、古代の魔道兵器、そしてそれらを使い世界を滅ぼそうしたエミュレイターがいた。
その事件においてウィザードとして覚醒し、世界を救った4人の少女達は、今また同じエミュレイターと融合した魔道兵器が蘇る様を見ていた。
「ほんと、前と同じやな。またあんなもんが出てくるとはなぁ」
「仕方ないよ。世界結界が弱くなってるんだから」
海上には、かつて少女だった彼女達が10年前に倒した魔道兵器が、徐々にその姿を現そうとしていた。
「前と同じようにすればいいの?」
「うん、同じ。全力全開で攻撃すればいいの!あれ、どうしたの?」
「うう、あのエミュレイターこんな時に出て来たりして!明日の講義、どうしてくれるのよ!」
「でも、エミュレイターはこっちの都合なんか考えてくれんしなぁ」
「少しは考えて欲しいわよ!私はあんた達2人みたいな専業ウィザードじゃないのよ!夜遅くまで起きてたら明日辛いのよ!」
「それは私も同じだし……」
「あなたは、種族的な夜型人間でしょうが!まあ、それはいいわ。早く倒してしまうわよ。それから二次会やりましょう」
「え?一次会は?」
「もちろん、今からよ」
世界で一番危険な同窓会が始まった。

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最終更新:2008年04月10日 16:58